再生するタワゴトver.5
りばいぶ



 ちょっと思う。

ドーフマンの「谷間の女たち」芝居を創りながら、色んなことに直面する。
取材を受けたりしても、どうしても「チリ」においての話、とゆうだけに限定されがちだ(そりゃまあ、確かに題材だからそうなんだけどさ)、だから南米のそんなことなんて知らないし、難しい。とイコールにされたりもする。
稽古していてもその部分を感じる事はあるんだけどさ(稽古を重ね、識っていくなかで現場は大きく変わっていることは確か)
ここに作者の前書き(抜粋)を載っけてみたりして…(しかも別の戯曲からだったりするが、ドーフマンの場合は、書いている作品の根本は同じだから)

どうしたら、抑圧が深い傷になっている国を、はっきりと発言する恐怖が今も強くはびこる中で癒すことができるだろう。どうしたら、嘘が習慣になっている国で真実にたどりつけるだろう。どうしたら、過去の囚人とならずに、過去を生かし続けられるだろう。どうしたら、将来、また繰り返す危険を冒さずに過去を忘れられるだろう。平和を守る為に、真実を犠牲にするのは、正当だろうか?過去と真実が私たちに囁きかけ、呼びかけてくる時に、それを抑えつけると、どんな結果になるのだろうか?そうした状況の下で、暴力は避けられるのか?そして我々すべては、最も苦しんだ人々のなめた辛酸に対して、どれくらい有罪なのか?そして最大のジレンマは、国全体のコンセンサスを破壊せずに、こうした課題とどう対峙するかでる。


以上。
…別に、特殊な国の特殊なことを特殊な人たちがやっている訳ではないとゆうことを、僕は言いたいのだ。


2012年01月23日(月)



 通う2

土曜日から今回は会館近くのマンスリーマンションに。
七年前は(もうこの時点では六年前か)も少し離れた所で、そこはそこで良かったのだが、便はこちらの方が楽。
店も近所に多数あるし。

昨日今日稽古場の広さがないので、
車座になって頭から最後まで「関係性重視」で稽古。
とは言え、読み合わせではなく、動きたい人は動ける、荒立ちよりも一歩も二歩も進めた稽古。
どうしても平日は時間が短く、
土日はホールを使わせてもらっている関係上、段取りを説明しながらが多くなり、
かつ集まりの悪いところもあるので、
なかなか「通」せる形ができていなかったのでこれを機に。
今後もおそらくこんな機会はない…
「コントロール」と「先読み」が見事に垣間見えるので、
そこを指摘しながら。
…しかしまあ、エネルギー量のハンパない芝居である。
そのエネルギーを軽々乗りこなすには、いかに稽古で「それ以上」を経験しておくか、しかないのだ。
今日は、衣裳アドバイズで宮岡嬢が来てくれたので、
衣裳合わせも。
女性の多い座組はいつも思うが、「格好」に対する興味は果てしない。
ほの決まって、さあ、次は小道具関係…

帰りは宮岡嬢を送りがてら、色んな話。
明日も東京⇒足利⇒東京である。


2012年01月22日(日)
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