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■ 普天間 パンフレット掲載文
演出の戯言
日々動いている情勢、 変わらない現実、 現地以外では忘れられていく問題、 人まかせにして、責任から逃れ、見ないふりをする日常、 ある時は注目しながらも、いつのまにか忘れて過ごす社会。 想像力の欠如。。。
いつも思う、 それでも、 知る、識る、知り合う、向き合う、 そこからしか始まらないと。
現在、演出なんてエラソーなナマエで作品を創ったりしているけれど、
十数年前、僕は「卒業旅行」と称して、初めて沖縄に。 何の事はない、首里城、さとうきび、エメラルドグリーンの海(時期的に泳げず、乗った海中が見えるボートで、なまこしか見られず)典型的なツアー。 ちょっと違ったのは格安ツアーとは思えないオフシーズンならではの豪奢なリゾートホテル、日々島酒をニーニーがやっている店で飲んだくれ、 お客と僕らとニーニーでヘベレケ万座毛ツアー(事故なくて奇跡くらい、目も当てられない…)… 基地もモチロン遠目に観て、 「おー、本当に広い」 南へは、 「せっかくリゾートツアーで戦跡巡りなんて…」 最後は国際通りでコーレーグースと泡盛をお土産に。。。 東京の大学生、コンナモンである(一括りにしてはおかしいのは承知で)。。。というか、僕は今思えば……汗、でしかなかったわけだ。
そんな頃、沖縄では大きな運動が行われていた筈で、 一応、東京の大学生としてニュースステーション、NEWS23なんかはイチオウ欠かさずに見ていたと思う。 モチロン、うっすら知っていたようにも思うけれど、何せ、その青い海と広い空とゆったりと流れる時間に、土地と問題と事件と、知っている知識とが相まみえることはなかったのだ。 (その後、しっかりと行かせてもらいましたが…)
今現在、現在進行形、やはりこの作品、しかも坂手さんの沖縄三部作に続く「普天間」と組みするにあたって、普段目にしない情報、本、雑誌、講演、新聞と手当たり次第あさってみて、問題の根深さ、複雑さ、煩雑さ、…気づけば目の前には大きなカベ!である。 そして、色んな矛盾を多角的にみつめた作品。 その場所で生活を営むとゆうことの意味。
そこに暮らす身近な人々、人物に出会い触れ合うことでしか、「入り口」も簡単に見つかる筈もない「出口」も、見つけることはできないのではないか、と思っている。 他人事でなくなって、初めて人はその痛みを、知りうる。 自分のことの様に思える、とゆう意味では演劇は非常に力がある。そうやって知っていくしかないのだとも思う。 これで解決、なんてそんな単純なことじゃなく、 今、「知った」「感じた」自分が、その物事をどう捉え、想像し、動きだすのかである。どう考え始めるか、である。 明るさの奥に眠っている『叫び』みたいなものが、しっかりと誰かの心に届けられるように、坂手さんの筆致、言葉、そして沖縄の人の思いと向き合いながら、俳優陣、スタッフ陣と研鑽の日々である。 人の営みの儚さ、愛しさ、やるせなさ、切なさ……そして可笑しみ。そんなものが溢れてくる、そんな舞台でありたいと思っている。
藤井ごう
2011年09月22日(木)
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