再生するタワゴトver.5
りばいぶ



 ま、この文は長居しないでしょう(笑)

なんだかとてもイライラしている。
現場にイライラしているわけではない(ま、勿論、色んな事はおきるし、色々あるけど)
、今、この瞬間何が行われているのかについて大きな興味が動いていないこと、そこに尽きるわけです。
誰もわからない結果を伴う企画に関して、果たして「もう売れている」から良いのでしょうか?
売ったモノに関する責任は誰がとるの?
わたし?
ま、そりゃ勿論
冠ついてるし、背負うけど、
この非情さ。
そんなことだけを思いながら、
稽古場では若手に相当突き刺さる言葉を吐きながら、それを受け止めている当人、周りと、あまりにも温度差がある。
今、本当に集団とゆうものがその存在意義を試されているとゆうのに。
わかっていたくせに、現場に任せて見にも来ない、先のことばかりな集団。
わたしはダメだと思うのだ。

最終的に言ってくれる言葉は容易く想像できる、
「やってくれると思っていました」
………
だから?
それは既に誉め言葉でもないし、
この現場の在り方を体現してくれている人たちにとっては、
必要性ないってこと?
と済まされる事が、いつ届くのだろう…

今年、またモノをつくるはずなんだが、
こっちの興味をなくしてくれるその手法に、なんの演出意図があるのだろう…

人の変化に敏感であること、
人が必死に変わろうとする姿(結果変われないかもしれないが)に当たり前にアンテナを張っていること、

人間を創る仕事なはずなのに、人を創る事が急務な今に何を発信しようとするのだろう。

.

2011年05月05日(木)



 移動の時間を如何に充実したものにできるのかの欲求。

西宮の会館から新大阪へ。
新幹線で東京へ。
移動中、色々とやれることをしたい。
行きしなは、
今さらなぜ?ながら、
「摩天楼を夢見て」
を観ながら。
ジャック・レモンvsアル・パチーノvsケヴィン・スペイシーvs……
名優たちの演技合戦を観て、気分は高揚。
さて帰り、
運よく隣はいず、なので
さっき買った新聞、別件の資料、買ったままページを開けていない新刊、読んでおきたい戯曲、ついでにPCも出してみて(後は荷棚へ)←もちろん、こんなこと全てができるわけもないのは分かっちゃいますがね、選択肢は多い方が豊かなわけです。
とりあえず柿の葉寿司に舌鼓。
←これには小さい「湯豆腐」があったら「嬉しい」かもな、なんて思いながら、これだけ引っ張られるネタとの出逢いそれ自体が「嬉しい」ことなのだなと合点。
新大阪を出て京都までの時間は短く、
京都から隣が来ることも考えられるので、飯は食べ終えておきたい。
京都。隣は来ず。ラッキーと、
何をするかを決めようと、新聞の一面を眺め、切符拝見が来たくらいまでの記憶はうっすらありながら、
轟沈。
気づいたらもうすぐ新横浜。
もう一度落ちて、
次に気づいたのは品川。
使われることのなかったモノたちを、慌てて片付け、東京へ。
嗚呼…

やりたい(もしくはやらなくてはいけない)事を確認しただけの、二時間半。

新宿御苑に移動して、「修学旅行」稽古+通し。
なかなか足並みが揃わない中、あと3日の過ごし方、とても大切。




2011年05月04日(水)
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