再生するタワゴトver.5
りばいぶ



 広島最終日。

なんだか、つっこみをいれているうちに、最終日になってしまった…
午前中、また別の方に取材させてもらって、ヒロシマについての大枠、などなど、色んな問題点をお聞きする。
午後、宮島へ。
(神社仏閣巡りの好きなわたしをご存知の方は、どう考えても、「遊びに」と思われるでしょうが、違います。←言えば言うほど怪しくなるということをおいておいて)
なにせ、「宮島信仰」のある土地ですから。これは見ないわけにいかない)
途中、宮島口でKさん推薦の(K女史じゃなくて、←ややこしい)「あなごめし うえの」で昼食。絶品。生姜が妙に合うのです。

で、フェリーに乗って宮島へ。
この頃から、雲に覆われた空に、青が時々顔を出すように。

感想
もっと荘厳な場所かと思ってました。
もちろん、荘厳な雰囲気とか勿論ありますけど、ゲテゲテの観光地です。参道からして…
そりゃあ、三大景勝地だものね…
K女史は鹿から逃げ回る。。。
干潮の時刻だったので、下に降りることもできた。
ここまで来ると、流石に、「すごいー」になりますが、大鳥居の真ん中、宮島側から見ると、反対側の山の斜面に、白い、お城のような建物が見えます。
邪魔です。丁度、鳥居の真ん中に、見えるのです。知る人ぞ知ることなのかもしれませんが、
みな、ありがたいとこにきて
「なにあれ、じゃま」
「こわせこわせ」
「なに、宗教?」
ともうひどいもんです。…こんな有難い場所で…
シャッターチャンスはこうなると、奴が映らない、右斜め前方から。(要は支柱に隠せということ)
…そういえば、広告の写真なんか、大体この角度だ…なんて、一人発見する。
そして厳島神社を拝観中、遂に念願の日差しが…
広島行きからようやく…
あつい…
まぶしい…
海面の光り方が神々しい(調子がいい)
そういえば、こんなに遠くを昨日は全く見通せなかった。

という訳で、急遽予定変更、宮島の山の上にロープウェーで上がることに。
果たして帰りの最終近くの新幹線に間に合うのか否や…
で、ロープウェーの駅までの道、これがまた表示はあれど、途中から、よくわからなくなる、という代物。
到着地点予測がわからないから、余計に疲れるわけである。(これは嘗てもロープウェーで体験。体験者、わたし、Kさん)
更に、結構な登りなわけで、
K女史に「ロープウェーは、上に楽に登る為にあるんですよねぇ、なんですかこれ!」
という、尤もな名言を吐かせる。(わたしは意味もなく「K2(ケーツー)」と名づけた)

景色、昨日とはうって変わり、ぐるりを見渡せる。(もちろん、島は違うのだけれど)北は広島から、南は四国山脈まで。
訪れた島も見渡せ、ということは「宮島の西に沈む夕陽」なんかも反対から確実に見えるわけで。
やはり、晴れたときに、「反対から」見たいものだ。
結果、雨でかすむ瀬戸内と、見渡せる瀬戸内両方見ることができたわけだ…
一路、頂上を目指すも、途中から完全に無言。
結構なアップダウンである。
軽装の外人さんが、死にそうな顔をして通り過ぎていく…
おばさんが、こんなはずじゃなかった、とヒザを抑えて立ち止まっている…
途中、女史脱落。←その後も鹿に襲われたらしいが
わたしは更に上まで行くも、帰りの便の時間があるので、途中で断念。
大急ぎでロープウェーへ戻る。
出発間際をK女史走り、止める。「もう一人来ますので」
「おぉ〜」なのだが、その後、帰りの切符が見つからなくておおわらわしている。わたしはお陰さまでとっくに乗れた。
「いいです、みなさんお待ちですから」とは係員さんの名言。
神社は満潮を迎える時刻も近づいて、西日になって、「なるほど〜」な風情である。
ちょっと目を奪われている隙に、フェリーの時間を過ぎる。
が、もう一会社の船が五分後にある、を発見(多分その二分前くらいに到着)。
急ぎ乗りたい。
窓口へと颯爽と向かう女史。
「財布がない」とまた大わらわ。
で、「ありましたぁ!」と受付の人に宣言していた…

広島行軍は、他にもいろんな方にお会いして、お話させてもらって、
いろんな場所を見させてもらった。
洋々消化できることでないことが多く、これをしっかりもって帰って。
なんて思いながら、食べ残した広島焼きと焼きガキをビール片手にホウバル新幹線待ち時間である。

たぶん、もう一度、来る。
そんなつもりである。

2010年03月27日(土)



 何しにきたの?3

古鷹山で濡れて冷えた体を暖めようと、機転を利かせたつもりが、
シーサイド温泉のうみ、
わざわざ来たのに「本日休業」の文字。
こういう時ばかり、普段の自分の行いのせいか?とか思ったりする。
仕方がないので、倉橋島の(最初に通った島)南、桂浜(とはいえ、竜馬で有名なあそこではない)を目指すことにする。
なにせ、そこにも「温泉」の二文字を見つけたから。
(←て、それだけじゃないんだけど…←元々、元々コーディネーターであるところのKさんが見たいと言っていた)
「しかし、こういう時は続くんだよなぁ」
なんて言いながら、
次いで、行きの道を帰るのも癪なので、
西側から南へ下がるルートにし、羅漢石(平家伝説の残る岩群)を下から眺めて…

すっかり忘れかけた途中、イレギュラーでスーパーに寄る。
「大丈夫じゃないじゃないか!」←もう長いので割愛(笑)

早瀬大橋を再び渡って、倉橋島を南へ、都合一時間余り。
桂浜へ。
ここは西洋式ドッグ跡や桂浜神社、そして松の木群を抜けると、とても澄んだ水をたたえる海岸。絶景。(晴れていればね)
そして件の「くらはし桂浜温泉館」、なんだか電気はついているのに人気がない、
いやな予感…
て、「四月まで内装工事中」
見事すぎて笑ってしまう。今日という日は…

「いやぁ、流石に、運転疲れだ」
「え、疲れますか?」
「………」

ま、それはいい。その後、海岸を見、神社を見、など寒風吹きすさぶ中していたので、さっさかこの島の北、例の「グルグル廻る橋」のある音戸町を目指す。
もともと、先に江田島に向かったのも、音戸町の資料館らしき(うずしお)辺りに車が停められなかったから(清盛塚もある)で、一時間弱かけて北へ。
右手はずうっと海岸線の続く道。
瀬戸内の堤防は低く、海がよく見える。

「うずしお」で幾つか島の資料(祭りやなんかも)や、島の伝説が載った冊子なんかを手に入れ(今は全然波穏やかながら、嘗ては、渦潮がまく、難所だったのだそうだ)、「清盛塚」(瀬戸は平清盛が開いたのだそうだ)を見て、かつ、音戸の町並を散策。
この町並み、これがまたいいのです。
路地と、廃墟好き(この場合廃墟と言うものは殆どないのだが)のわたしのテンションは格段に上がる。
昭和そのものが残っている感じ。狭い路地と、密集した家々、置かれた生活、嘗て住んでいた人の想像と、ここが歩けたのは貴重。
造り酒屋なんかもあって(明治三十四年創業)、お酒を買いつつ(爆)、島のことやなんかを取材。カメラ片手に…←造り酒屋を廻ってらっしゃるんですか?と聞かれた、、、違う。

そんな中、どうやら、路地好き古民家好きであったK女史は、本日一番のテンションの上がりようを見せ、且つ、その造り酒屋が、「どうぞ試飲を」
とゆうのを、わたしが「運転手」につきできないので、
代わりに。。。
「んー、何しにきたの?」である(笑)

「あ、これは酸味がありますね、さっきのより」

やらやら…、だそうだ。
で、肝心の「島の昔」みたいなことを聞いている時は、そこにいなかった…。




しかし、まあ、貴重な時間になった。
仮に温泉が二軒空いていたとして、一軒空いていたら、もう一軒いくことはないとは言え、最後に町を歩く時間がなかった(もちろん、日が落ちる前とゆう意味で)。先に、「うずしお」に寄れていたら、資料などが殊の外細かいので(ここで、四年に一度のお祭りが、つい先週あったことを知り、愕然とするのだが…←祭りのシーンがあるので)、その周辺をぐるりで全体を見られなかったし、
最初から、この町並みで気分が上がっていたら、疲れきってしまっていただろうし、という訳で、
結果、わたしが今現在観たかった、感じたかったことは大体、この一日行軍で済んでしまった。とはいえ、いきあたりばったり過ぎるが(笑)
結果オーライな訳です。
晴れていなかったことを除けば。(晴れている時に是非来たい)

で、すっかり元気になってしまったK女史。
ナヴィに行き先を「わたしやります」と打ち込めるくらいまで完全回復。
わが宿「法華ク○ブ」を検索するのに、それだけだと余りにも膨大に出てきたので
「正式名称で入れた方がいいですよ」と気まで遣い、
「ホテル法華ク○ブ」と打ち込もうとして、

「(打ち込んで)ホツル」

…「つ」になってるよ。

「あ、(打ち込んで)ヘテル」

…「ヘ」になってるよ。

「ああ!」


…こっちが「ああ!」です。

もう、続けません。


2010年03月26日(金)
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