再生するタワゴトver.5
りばいぶ



 忘年会。

火曜日は稽古のあと、道学先生の新作を観に赤坂見附へ。
青山氏、かんのさん、やはり、素敵な俳優さんです。
水曜日は俳優座で師匠演出のグレイクリスマス。
手帳で見させて(なにせ年末はものいりで)もらったので、なんと最前列(笑)
しかも真ん中…、普段絶対いかない、取らない席なので無駄に緊張する。寝たらまずいなとか×←素人か。。。

まわりは四の五のありつつ、核がとてもしっかりしていて、しっかり術中にはまって見る。休憩挟んでの二時間四十五分。(そりゃ、やや長いが)
二時間半越えの芝居が、他人事でなくなってしまった今現在なので、(理由はそのうち)どう、興味を引き続けるのかということに、殊更。
夜はりばいぶの忘年会(思えば今年はいくらの事でしか、集まらなかったな…)、アトリエキノコの面々、他も参加してくれて、しっかり朝まで。(終電でないのが味噌)
来年はやっぱり、
なんかしたい。
なんてことを話しつつ。
改めて、連続して上演していくことの縛りから解放(って、勝手に自分らでハードルをつくって、且つ自分でやめているのだが←小屋を先取りしておかなきゃいけない現況なども含め)されると、不思議なもので、色んなものが見えてきたりする。
ただ、そうは言え、鉄はアツい内にうて、って言葉もあったりして、
無理繰りひねりだしても…という側面がある一方
必要に迫られて、火事場のクソ力…というのもあるし。
ただやっても意味がない…とも言うけど
やらなきゃ始まらない…ということも呆れるほどよく言われる。
機が熟して…って言うけど、
機は自分で作るもの…という言い方もする。
←世の中の格言は本当に、両側面をうたったものが多い。
←信じるものは救われる、ということか、
←信じても救われないから、信じない、のか、
逡巡。

結局、自分がその時の、「今」「現在」をどういう「意志」をもって過ごしているか、ということにかかっているのだと合点。
それはもちろん、過去から、そして未来を見据えて、ということも大いに含まれてくるのだが、
で、このことが、
来年後半戦最初に決まったホンに殊更見え隠れし、
でもって、
まさにそのことを、色んな現場で、俳優さんたちに、「役作りって」「ホンを読める」ってなんて話でしているわたし…
嗚呼、人間って。。。

人間を考える師走三週目…
新年からはじまる学校のホンがなかなかに決まらない…
3月頭に上演する人形劇のスケジュールがわれながら、なかなか作れず、先の予定が組めない…
そんなこんなを、忘れていいのよ、忘年会。

2009年12月17日(木)



 どうでもいいこと。

当日も、打ち合わせなんかしていたので、
すっかりスルーしていたけれど、
また一つ歳をとった。

どうでもいいですが35になりました。

とは言え、ここ十年程、ずっと「老成しているよね」とか「落ち着いてますねぇ」やら言われ、「でもそう見えて、三十五くらい?」

というような会話がそこここで行われ、
なんだか、ここ五六年はすっかり、
自分で35だったような気がする。
自分から35。
それはきっと「でもそう見えて、」というものに対する自分なりの対処療法みたいなものなのかもしれないが、
不思議な感覚である。

ようやく、35ということか

とはいえ、サラリーマン世界なんかではもっと違うような気もするし、
この歳で引退をしていくスポーツマンの世界からして、
(しかも35までやれたら御の字、大ベテランであるわけだが、大概の場合)はて、この演劇みたいな世界、まだ「若手」

ただ、確実に、腰や肩にストレスが出るようになり、睡眠時間も長くなり、人の名前を覚えづらくなっているという揺るがない現実というものもあるにはあるのだが、

次は何歳になるんだろう。
何歳を頼りにするんだろう。

そんなこといいながら、昔は35なんて
どんな大人よ、
と思っていたことからすると、
現実と言うのは、程遠いものなのだ…

2009年12月12日(土)
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