再生するタワゴトver.5
りばいぶ



 This is st

話題の「This is it」をようやくみる。
最近は、夜のを見ようと思っても完売だったりして、機会に恵まれなかった。
そうです、MJの記録映画。
映画というか、ドキュメント?
まあ、とにかく、いろんな方から、「見ました?」を言われていたのと、その評価がとても高いので、(そりゃあ、故人であるという前提で、果たされなかったコンサート、という面を考えれば頷ける)見とかなきゃ、もあった。
で、こちらも規模は違えど作り手側であるからして、
きっと泣くよなあ、とか、漠然と思う。
で、
二時間弱。
MJの曲全編で(当たり前だが)、とても気持ちがよく、
で、途中途中挟まれる、共演者やスタッフのインタビューが効いている。
まるで、この映画をとることを前提としていたかのようでもある。
というか、編集がうまいのね。
MJの人となり、
リハーサルなのに真剣度の高さ、
こだわり、
諸々あって、へぇ〜なのだが、
作っている人に弱いわたし、
中盤からものすごく違和感を覚える。
確かに良い作品だとはそりゃ思うのだが、
一流の作り手はMJでなくたってリハだってちゃんとやるし、
自分の表現に極限までこだわるし、
そこにそれぞれの人となりがあって、
でも、問題は、「なぜそこまでリハだろうが、稽古だろうが、真剣に取り組むのか」
ということだ。
つまりは
「本番を見に来るひとたちがいる」
ということで、
「その人たちを満足させる」
ことを大前提としているのだ。
この映画(だか、記録作品)は完成しない作るという部分をクローズアップしている。
もしや、本人は未完成のコンサートを(つまり、不特定多数の大勢に見られることを想定していないコンサートのリハーサル風景)周知のもとにさらされることをどう思うのだろうか、稀代のエンターティナーとしては、大手をふるって見せたかったとは、とてもじゃないが思えない。
完成したものをちゃんと人に渡すために、稽古をし、リハをするのだから…
勿論、普通の人たちは、コンサートやイベントなんかが、どのように立ち上がるのかわからないし、知らない世界に触れるという意味でも覗き見るドキドキ感も手伝って、興奮する気持ちもよくわかる。わたしも、よく知らない世界であったなら、きっとそうだし。

見られなかったFANのため、、、
それはまあ、理屈としてはわかる。
で、乗せられて私も見ているわけだし…
しかし…

作り手側としては、素直に「いやぁやっぱMJいいよね」なんて言っちゃいかんと思うのだ。それでも、見るべき作品である気はしているが、金の匂いがちらつくのである。


2009年11月26日(木)



 悔やまれる

旅から戻って、
稽古の合間を縫って観劇。
金曜日は加藤健一事務所「高き彼物」(占部房子素晴らしい…)を見終わって、
合流してくれた師匠とちょっと一杯、と言いながら、
いろいろ報告やらもあって、かつ芝居のあーでもないこーでもないをしているうちに、すっかり熱くなり、終電の頃になって、もう一軒、というわけで、宅へお邪魔する(笑)
そういう流れなので、ヘンリー六世のZ席ゲット(一部から三部全て)に朝から並ぶ、ということは早々にあきらめる。
土曜日は新国立劇場「ヘンリー六世」(一部のみ)
超大河ドラマ。三時間、退屈なし。
鵜山さん炸裂してました。
清原くんも好演。
先が気になりつつ、二部のS席が若干出ていて、でもS席は高いし、
しかし、二部も見た上で、三部が見れないともっと苦しむことになると思われ、あきらめる。
日曜日はハイリンド
懐かしい「華々しき一族」とモリエール
知り合いいっぱいの公演。
華々しきの解釈はおいておいて(なにせ、これは非常によくできたシチュエーションコメディであると思っている私なので←笑いの舞台の教科書的な作品なわけです)、
好演だが、
最後の泣く母、姉、妹、ここがカットされたことの意味がよくわからない。
華々しきはやっぱり何と言っても、あの最後のシーンに集約すると思うのだが…
モリエールは普通に楽しかった。

いやぁ、二部、三部、見たかったな…
そういう芝居は滅多にお目にかからないので、
これは悔やまれる…


2009年11月22日(日)
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