再生するタワゴトver.5
りばいぶ



 口惜しい終わり方

巨人が初戦をゴンザレスで落とし、
中日がチェンで負ける。
クライマックスの行方というものは本当にわからない。
で、巨人戦については見れるか見れないかはおいといて、
放送されていて、うまく時間がつくれれば、贅沢な週末、
または、帰宅後。
し、しかし、
こういう全てが大事な一戦と言われる試合。
スピードアップを普段の試合は図っている(とはいえ、そこに一番関係ありそうな、「テレビ放映」はほぼないに等しいわけだが…→その分、ケーブルテレビがあるからいいのか…)
なんてどこ吹く風、終盤(野球で言えば、七回から)の攻防が二十一時を越えてから始まる。
で、こういう行き詰まる熱戦は、最終盤で試合が動くことが多いのだが、
必殺の、途中終り、である。
こうなるともう目も当てられない。
巨人ファンのわたしでも楽しみしてしまう、立浪(中日、今年引退を表明した小さな巨人)が代打で登場、
もしかすると、彼の二十三年間の現役生活最後のアットバットかもしれないのだ。それが得意の二塁打で終わるのか否か
そして切り札が登場している時点で、中日には大チャンス、巨人には大ピンチという、最高の見せ場である。放送も、ここの為に、あまり動きのない中盤戦を中継してきたと言っても過言ではないわけだ。
で、
「すいません、この試合の結果は後ほどたっぷりと」って…
しかも、そのスポーツニュース自体も試合のたかだか三十分の延長だが、その分、三十分しっかり遅くなるわけで…
これはラジオに切り替えればいいじゃないか、
とか、
だったら、ちょっとお金払って、スポーツチャンネルをケーブルでつけろ、
とか、
そういうことではなくて、
この臨場感と、
この気持ち、
どこにー

きっと苦情殺到である。
日本シリーズはさすがに、全編放送されると思う(心から願う)が。(昔は勿論そうだった)
久しぶりの野球中継、
こんなことでは、更に地上波で見る人口が減っていくのは目に見えているわけで、
ま、野球に何の興味もない人にとってはそりゃ、いいことなんだろうけど、



2009年10月23日(金)



 漠然と考える。

今週は、今まで休んでしまっていた分も養成所。
修了公演候補二作品の読み合わせ。
昨日今日と連続で。

題名と作家を内緒に、
一場ずつ配布し、場ごとに、「感想」と「人物」と「人物関係」「先の展開」などを考えてもらう。
それを週一くらいで。
で、その後に、次の場がくる。
といった具合に進めてきて。
←決して全体を把握する、という意味や、その本の質、とかそういうことでいうと正しいやり方とはいえないのだが、「考えることをやめない」、「想像を広げる」なんてことを思うので、今現在はこの方法。
どうしても修了公演辺りになると、本が決まり、そうそうに自分の役が決まると、もう、そこしか興味がなくなる帰来がある…
期間的には長いのに…
逆に、細かいところを想像させて、最後に、全体から見直す。
今週は佳境を越え、最終盤が渡る。

どうしても「上手に読もう」という部分だけが見えて、
そのことについて暫く。
「上手に読もう」という意志でものを喋ったら、やっぱり「上手に読もう」という心の奥が垣間見えてくる。
「カツゼツがいい」とかそんなものは「当たり前」の上で、ものを作ると思わなければ…
そのための準備は、自分、しかできない。
漠然と
「俳優になりたい」
ではだめ
「どんな俳優に、なりたい」
のかも一つ突っ込んだところが必要。

これは私オリジナル意見ではないのだが、
「サッカー選手になりたい人は、監督に、サッカーを教えてくれとは言わない。そして、サッカー選手になりたい人は、確実にサッカーの事が好きで、興味を持っている。で、上手い人のプレーを絶対に見ている、カツ真似したりする、←すぐにはできない→考える、練習する。」

クライマックスシリーズが始まっているわけだが、
どうかして、放送をして欲しいと漠然と思っているわたしである。

2009年10月20日(火)
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