再生するタワゴトver.5
りばいぶ



 基本に立ち返る

修学旅行の稽古、本格的に。
とはいえ、今回は4月公演に多くのキャストが出演していた関係で、
かつ、ゴールデンウィーク明けすぐの旅出発で、実質六日の稽古。
再びの旅とはいえ、そんな洋々といくモノでもない。
一から地道に作り直しながら、かつ、完成形を探りつつ、の両方を行ったりきたりの作業。
ちょっと駆け足感のある進行具合だが、
いい緊張感と、どちらサイドからもよくしたい欲求があるので、
楽しい稽古場ではある。

プランナーの方々もなんだかんだ、もう四度目の旅になろうと言うのに、気にして稽古場に来る。これは、嬉しい。

今回はまた、「基本に立ち返る」ことを前面に。
もう、体にはすっかりセリフも動きも入ってしまっているため、
改めて、「なぜ」そうなったかの確認を殊更しながら、
複雑になりすぎているところはあらためて「シンプルに」
「ほとばしる」感覚(4月初演時はこの言葉がテーマだった←毎旅、そんな言葉がある)を大事にするように。

バット振り二号のヤマガミが(ソフトボール部員)
稽古二日で、大爆発、喉をつぶす(笑)

でえーーーー

ま、どれだけ「調整」ではなく「本気」の稽古をしてるかが、
この作品は本番の「出来」に関わってくるので、ま、よしとするか…

2009年04月29日(水)



 偶然がすぎる。

軍艦島上陸許可!
すっかりクサナギクンの一件で埋もれましたが。
長崎にある正式名「端島」という、炭坑(海底)で栄えた島。一時は島の人口も今の東京を遥かに越え、日本初の高層アパートが乱立(周たったの1.5キロ)、その島の遠景が軍艦に見まがうようで、軍艦島。
エネルギー革命とともに廃れ、七十四年に閉島。無人島。以来、廃墟に。埋もれてはいたが、有数の、知る人ぞ知る物件(笑)である。

非常に思い入れがあることは、R−viveを見てくださっている方にはわかると思いますが、企画の其の十で、思いっきり「ここ」を題材にした芝居をしたわけです。その名も「センカン島」(←芸がない。原題「風待チ」)。
その島が「観光地化」されようとするのを(笑)「反対」している「人たち」の「運動」の物語。が、最初の名目が失われていき、気勢だけが残り、誰もその「内容」について触れなくなるという「暗闇」の中、内から崩れいこうとしていく時、見えざる「大きな力」によって「戦士=戦犯」とされ、戦わざるをえなくなるのだが、最後の一瞬の光のように…
そんな話。
賛否両論まっぷたつだったが、
わたしとしてはかなり「書きたいことを書かせてもらった」思いがあって、
その(見えにくいとは言われたが(汗))テーマを扱うにその場所を…
という時にとりあげた場所なのだ。
資料は読み漁ったし、
写真集も、
上陸した映像(もちろん禁止されているわけだが)も観た。
芝居の中にはその島で「暮らしていた」側の人間も出てきて、

イメージが肥大化して、どちらかと言うと、なんだかよくわからないがフルサトみたいなもの。として捉えてしまうのだ。

で、僕らの運動の甲斐もなく、「観光地化」へ。
って、架空じゃん。
どっちが良いのかはそりゃ、わかりませんが。

しかし、いずれ「上陸」はできなかったわけで、
これを機会に上陸を是非したいと思っている。
非常に勝手だ(笑)


とそんな話を「修学旅行」の稽古場で、田代くんとしていた時(彼は、修学旅行の初演の後、「風待チ」に参加、一番新しい運動員としてKYを熱演、その後、本当にKYになる、という記念碑的作品(大笑))、
その「センカン島」の元住人の思いの象徴である「船長」という老人がでてくるのだが、これがまた見えたり見えなかったり、いきなりいたり、消えたりするわけだが、S劇場のWナベさんという方にたっての希望で出演してもらった。
で、Wナベさんは「修学旅行」には全く絡んでいないし、
その稽古場に居るはずがないのだが、
田代君に、「いやぁ、われわれの運動の甲斐もなく…」
なんて会話をしていると、徐にトイレの扉が開いてWナベさんこと「船長」さんが登場、しかもにこやかに。
そのタイミングのよさ足るや、舞台でやったら、
「偶然がすぎる」
と言われるに違いない。

2009年04月27日(月)
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