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■ なによ?
修学旅行ワークショップ二回目。 前半は目一杯体と頭と心をほぐして、 前回より引き続いての課題、地図を作り、近い道を論証する。 これをじっくりと、 それぞれのチームの着眼点が違うのは面白い。 というか、同じ劇団に毎日のように通う人たちのこのルートの違い方もすさまじい。(新宿という場所柄だから、ということが大いに関係あるのだが←想定してるからやっているとも言う) しかしま、荒れる。 のである。 荒れる、とは、議論、にならないのだ、これがなかなか。 一触即発の空気。 それはもう一言で言うと、何かを突っ込まれると
「なによ!?」
と、逆切れするの意味で、これはこれでなかなかに楽しい(?)のだが、 一つのことだけに集中しすぎて、周りが見えなくなるとこうなることが多い。 視野を広く、なるほど、という感じだと他人の意見に耳をかせる。 勿論、ただ、なるほど、で、納得し、意見が変わる人もいる。 または、実体験を伴って、裏打ちされたところからハナシができると、非常に余裕があり、新しい他人の意見すらも巻き込んで、自分の意見に波及させることもできる。 自分の位置取りを把握し、目の前の建物(正に鼻先くらいの近さで)だけにとらわれず、行きたい方向を鑑みて、そこが全体図の今どの辺にあり、最短で行くにはそれはスタート地点からゴール地点までの直線距離であるのは間違いないのだが、そこに「障害(物)」というものがあり、そこを「どのように越え」るのか。またこの場合、「新宿駅の改札口から」という、乗っている電車が違えば、そのスタート地点までも違う、ということで、これは非常に、役を考えるという作業と酷似していると思うのだ。 つまりは、台本をもって、全体図があり、演出というルールにしたがって、今その役が、このとき、どの場所にいて、どこに向かっていて、誰と…云々、 近道、と思って、思い切り遠回りしていたりするし、 で、役である自分は、まさに鼻先に建物のある道を通っているのだ。
それをさらに、議論にしよう。 というわけで、難しくもなるわけだが、 自分がどういうタイプで、 だからこそ、どういう準備が必要で、 どういう言葉に耳をかたむけるのか、 そういう自分にとってのヒントに(要は自分を知るということ)満ちている。
どこまで伝わっているかはおいておいて…
来週は、も一つホンに入っていこうかなと思う。 夜は、そのまま新宿スペース雑遊にてアンの芝居を観る。 非戦の会の時にその存在を知って(おそっ)、まだ今回で三回目の観劇ながら、毎度楽しみ(だから毎度、というほどでもないわけで…)。四の五のなくて「生命力」溢れているのです。 日曜日まで。
さあて、わたしも「なによ!?」といわれないようにしよ。
2009年04月17日(金)
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