再生するタワゴトver.5
りばいぶ



 忘却の彼方

ぼけている。
まだ春は来ないのに、暁を覚えず。

携帯を忘れる。
さっき使ったスイカの入れ場所を忘れる。
持っていかなくては、と、わざわざ目につくところに置いておいたものを忘れる。
この間は、あろうことか、十キロはあるだろうでかい鞄を電車に忘れ、
東京、大阪を行ったり来たりしているうちに、今日の日付と、約束を忘れたりして、
新幹線の切符拝見で、切符の行方を忘れ、

えらいこっちゃである。
これでは近いうち、わたしはだれ?だ。
こういう仕事の関係上、
一度言ったことを忘れないように、
なるべく以前と違うことを言わないように、
いう場合は、ちゃんと理由を添えるように、
心がけている。
芝居はその場でオコルことに対して演出するからこそ、軸の部分は絶対に。柔軟に対応するためには、絶対に必要なのである。
そうでないと、ただ、その日の感想を言うだけの人になってしまう。
もちろん、すべてというわけにはいかないのだが、
昔、二現場を抱えるくらいまではノートも取らずで、なんとかなったものごとが、三現場を超え、かつ、旅公演とかあって、半年振りの稽古なんて言う場合もあって、さすがにノートを準備してここ数年。
それでも、なんとか…

しかし、この間稽古場にて、通しの稽古をしつつ
わたし「あ、このセリフ、忘れか?」
と思う瞬間があり、
で、そう思ったことすら忘れ(なにせ、この通しの場合一時間弱なわけだが、助手の方もいないし、自分でチェックをしながら見ていたり、で、台本が前回からの書き込みもあって、どれがダメ出しやら…←言い訳)
逆に質問。先ほど思った当該場所。
「あの、このセリフ、カットすると、部屋を出ていく動機が…」

わたし「え?」

「動機が…」

わたし「うん、だから今日、言わないなと……え?」

「……」

わたし「俺がカットって言った?」

(ト書き)わたし、あわてて台本などをチェックするが、書き込みもカットの跡もない。回り、騒然。

「いや、では、復活(これは一度はカットするがまた流れ上必要になったりして戻すこと)ってことでいいんですよね?」

わたし「うん…」

身に覚えがないわけある。
そもそも、この流れで、確かにその当該本人が部屋を出ていく動機を失うわけだから、カットなどするわけがないのだ。
しかし…わたし以外…なわけはない。
カット?
ええ?


…その後、どうもその前に、そのセリフにおいて「今、そのことは置いておいていい、今の段階では」と言った覚えはあるので、それが湾曲して伝わったのだろうと思い当たり、ちょっと安心したわけだが、
言った覚えすら、実はなかったことだったりすると、
これはもう目も当てられない。
考えるだに恐ろしい。
そして、こんなことがあったことを忘れていくだろうわたしは、もっと恐ろしい。


2009年03月05日(木)



 IN大阪

実に昨年末以来の、
って、そんなにたったわけではないが。

コーロさんにて稽古初日。
「ハナシがちがう!」
学校バージョンへの改編である。

かなり具体的にし直した部分もありつつ、
時間の問題は、
書き直し、というよりも、一人ひとりのセリフを「本人にしかわからない」(だからこそ、一度覚えているので俳優さんには大変混乱を生じる作業とも言えるのだが)カットの羅列で、ボリューム感は失くさずに、時間だけ、間引きたい。←そういう決意。
久し振りに読んだ感じでは、思っていたより、やはり少々ずつ時間がかかる。うまく関係の会話でテンポをつくりつつ、一時間五十分を切りたいが…。
次いで、旅バージョンの装置の打ち合わせ、これがなかなかに難儀なのである。一度これだ、といわれた計算された装置。
あそこをこーすれば、こっちがこーなり、こっちをこーすれば、あっちはあーなりと、スパイラルに陥っている。
削れるところは削りつつ、粘れるところは、粘ろう、と、これまた「なんのこっちゃ」ということを考える。
舞台監督さん、美術さん、と、頭を抱える。
これも、「必要最小限」(ではない物量とは言われるが(笑))で「最大」の効果を探す。
これから二十日過ぎまで、週五で大阪、是非にも、前よりもさらにおもろい作品を、である。

しかし長居は充実している。
大阪の「おかあさん」のいる店。
背中の凝りに「整骨院」。
ここのところの体調不良につき、行けていなかった「プール」も(一回七百円とえらいぼったくりだが=市営)
でかい「公園」
そして、とある日、怒ったら、必要以上に大事にしてくださる「ホテルの方々」
うーむ。

とりあえず、十一月に一本売れたのだそうだ。
なにより。
しっかりやろう。

2009年03月03日(火)
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