再生するタワゴトver.5
りばいぶ



 そんな昨日の今日。

「で、昨日はあれだけのダメだしをもらって、帰って何をやってたんですか?」

「読んでて、…二場の途中で寝ました。」←五場まである


だそうで、人には堪忍袋というものがやはりあって、
これはもう、どうにも仕方がないので、切りました。
仕方がない、という言葉を知りますね。

周りがこの人の事でやっきになって心配して眠れないし、
かつ、作品を良くする為にはと、夜を徹して話し合いが続いている中、
ご本人だけは、夢の中だったようです、自分が悲劇の主人公の。

夢見心地だったのでしょう。何からなにまで。
帰り際、それでも気に留めてくれたのに、何人か言いやすい人間だけに(ここがポイント)
「もう金輪際会うこともないから、云々…」
という捨て台詞を吐いて言ったそうです。
捨て台詞、という言葉が本当にあるんだな、と知りますね。
そんなセリフだけ「当てて」いくとは…
勉強になります。
実にくだらない…


さて、そんなことはどうでもよくて、
面白い装置が立ちました。
ちょっとない絵が見られます。
切磋琢磨をちゃんと続けてきた人たちの作品。
日にち廻って、明後日から阿佐ヶ谷はアルシェにて。
今日久しぶりにアルシェに行って、
そう言えば、こうやって芝居作りがまだ「仕事」になりかけの頃から、
かなり鍛えられた場所だなぁ、と、五年ぶりかな?の来小屋は感慨深い。
小屋主さんにも久しぶりに会って、懐かしい話が出たりして、
改めて、明日のふんどしを締めなおす。
席にはどうもまだ余裕があるようですので、お時間ありましたらば是非。


2008年11月25日(火)



 これはもう。。。

ま、こんなところで愚痴を言ってもしかたないのだが、
だが、しかし、驚いた(笑)
こういう仕事をしている関係上、年々、不思議な俳優さんというものに出会うわけだが、というか、特殊な人を除いたって色々な俳優さんと出会う。
そして、そこを目指している、様々な若手と。
で、さらに、そういう世界に触れたい、と思っている、全くの素人さんと。
そして、まだそれをやりたいかどうかもわかっていない子どもさんと。

お陰さまで、年間でも、百名近くの表現を志したり、根ざしたり、期待されたりしている方と新たに出会わせてもらっている。
努めていえるのは、「上手くなりたい」人であること。
言葉を変えれば、「綺麗に」「格好よく」なりたいでもいい。
基本はそこである。
「向上心」があること(なんか説教くさいな)
向上心について、足りない部分を考えること。
未知のものに対して、貪欲であること。
スタートが有名になりたい、とかだけであっても。

「酔いたい人」はだめだ。
「酔いたい人」はわたしのように、飲み屋にいけばいい(獏)
「何もない人」はまだいい。
「何もない」を自覚していて
「何かを得ようと邁進する」から。
「何もないのに、プライドだけある人」これはもう、どうにも仕方がない。
そして、周りの人間に全く興味を持たない人、これはもう、救いようもない。で、「更に言うに事欠いて、悩んでいることを人に好意的に見られていると勘違いしている大人」
これはちょっと困ったことである。
更に、周りがどんだけの思いでいるのかも、今日のこの日まで全くわかってもかすってもいない人。
匂いは感じていたが、ここまでできる、大人はすごい。
というか、時点で大人でもなんでもないが。
というか、大人でも、ましてや、表現者では絶対にない。
頼むから、「俳優」とか言わんで欲しい。
あなたを「俳優」だと認識する人の「俳優」という職業に対するものさしがかわるから。

わたしは兎にも角にも、節操なく色んな作品つくりをしている方だけど、現場で一つだけ口をそろえて言われること、それは「待ちますねぇ」である。この場合の「待つ」とは、俳優さんの「自家発電」の瞬間のこと。
でもそれは、はっきりと、「何とかしようと思っている」人との関係において成立しているのだな、と思った次第。

口が開いて塞がらない。


でもね、「何とかしたい」人の集まりの集団の、大勢の思いに答えようと思う。この過程にはちゃんと結果を伴わせることが至極大事な気がしている。

2008年11月24日(月)
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