再生するタワゴトver.5
りばいぶ



 連日

修学旅行、
約三十の嘘、

芝居の中の「自由」であることを探す稽古が続いている。
自由にはルールがある。
ルールがあるから自由があるのか。

自由になれるために、何をすべきか。
俳優さんも含め、わたしも日々自問自答している。
「これでいいんだよ」
に行きがちな、段々近道を覚え、その道しるべの出し方も上手くなってくる自分に気がついたりして、これじゃあいかんと、別角度からモノを見直してみたりする。
殊更におもろかった「ダークナイト」なんかを観て思う。
「舞台だからこそできること」

コーロさんのパンフにも書かせてもらったが、
「出会う」こと。
で、次の日には出会ったことを「疑う」こと。
だから、「出会い」「続ける」こと。
出会った自分がまた「未知」と「出会える」こと。
そういう自分をどう作れるか。
その自分がどこに立っているのか、
口で言うのは容易い。しかし、
…難しい。
だから、面白いのだ。

2008年10月05日(日)



 今週は

合間をぬって
文学座+金沢市(?)の「おーい幾多郎」と、
何年か振りで
「ラフカット」を観に行く。

「おーい幾多郎」はそれこそ、市民の戯曲ワークショップから始まって、立ち上げられ、最終的に、市と文学座、両方がやることになった作品。
長い期間かけて、作品自体は熟成されていた感。
良質なホンでした。っぽさがも少し少ないといいなと。(なにぽさ?=安心して観て、最後にほろ?)
芝居もホンも。

ラフカットは
うー、
まさに、「ラフ」
そういう企画だからいいのか…(毎年、四作品くらいを持ち回りで作家さん、演出家さんが集まり、一般からオーディションして、公演をする=この企画出の人らは結構いる)
ものによって、まあまあのもあるが、
「大人」が「ラフ」な仕事をしているような印象があるのは気のせいだろうか…
それとも、出ている人らと同じ目線だった頃とは見方が変わってしまったからか、
それとも、この企画は「見せる」
というよりは、
その後の「繋がり」を「作る」
方が大事というか(どっちもね)、そっちがメインだからか、
企画自体に「勢い、新鮮さ」がなくなったからなのか…
ま、荒かったです、色んな意味で。

2008年10月02日(木)
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