再生するタワゴトver.5
りばいぶ



 圧倒される。

村松邸にお邪魔させて貰う。
前回のウチの芝居に出て貰った、村松えり嬢のお家である。
お母様は、かの村松映子さん。
芝居を楽しんでくれたようで、「今度遊びにいらっしゃい」と言われたのを、しっかり真に受けるわたしなのである。
七ヶ月経って、招待いただきました(笑)

日本酒で乾杯。
アテは刺身からじゃこ天…
ちらし寿司と贅の限り。

そしてもう話が面白いわけである。
識者、博学の方とお話すると酒も進むわ、話も進むわ。
なぜか、いつもはしこたま呑むえり嬢はにやにやと、「なにも呑まずに」そこにいる。
デザートをいただく頃には、
六時半にお邪魔して十一時をユウに超えようとしている。

そしてそれから、「コニャック」の時間である。
話に花が咲く、それはもう。
「ブッシュは、実は石原ヨシズミだ」論(その日、発見)のようなくだらない話から始まり、政治だの、三島由紀夫だの、霊感だの、杉村春子だの、遠藤周作だの、イスラエルだの、演劇とはだの、と、もうそこまで話すと、何を話したのか忘れてしまうくらいのことである(笑)
そりゃあ「コニャック」も二本目に突入するのも自明の理。。。

気づくと、二時である。
流石にいくら非常識なわたしでも、気が引ける。というか、その前に時間に気がつけという、話なのだが。「じゃあこの一杯で」という言葉を遣う度、新しい話題が展開され、雲を掴むような「じゃあこの一杯で」の後、始発もとっくに動いている時間になる。名残惜しすぎるが、「また、ぜひ、呼んでください」と、真に受けるわたしは言って、「待ってるわ」という言葉をもらったので、大人しく帰ることにする、というか、もうすでに大人しくもくそもないのだが…
で、えり嬢、車でわたしを送ってくれる。
なんのこっちゃない、わたしを「送迎」する為に、呑んでいなかったのね…
曰く「ごうさん絶対、母と合うと思った」

底抜けのパワー(知識と教養と経験に裏打ちされた)に、圧倒された一日だった。遅くまですいません。勝負じゃないのに、負けない。と、思ってみたり。いい刺激と、いいお酒をいただきました。



2007年02月01日(木)



 高円寺で呑まない。

本日も「修学旅行」本稽古前ワークショップ。
稽古場がかなり自由度があがり、「稽古場」らしくなってきている。
これがキャスティング後にも通用しているかどうか、考えつつ、「言葉の意味」の応酬ばかりになりがちを、「その言葉を言う意志」の応酬にしたい。
どうしてもいきがちな、成立を「テンポがいいこと」←勿論大切なことだが、最終的に。という枠からはずして、まず考えてみる。実感が大事。
これから二週間余り時間が空くので(あくまで修学旅行のね)、その辺りのことを伝えて、稽古終了。
「キャスティングは…」という、当然の空気(笑)。

一応、次には決めるつもり。

その後、予想以上に打ち合わせも早く終わったので、以倉にTEL.
旗揚げから一緒にしていた以倉が今月で遂に、東京を引き払うらしいのだ。
帰省前、最後のチャンス。
本人曰く、また戻るだろう。わたしらも、どうせまた戻るんだろう。という程度だが、いや、「かえろっかなあ」「かえんなきゃ」「かえる」三段活用を五年前位から聞き続けている内に、ネタの一つみたいなっていて、実感がわかない(笑)。人生いろいろである。
高円寺の美味い店「タツヤ」で、夜飯のみ、一緒する。(わたし=これから二週間は、R-vive本書き!、以倉=明日には荷だしなのに、部屋が片付かない)普段、呑んでくだまいて、更に美味い店なので、素面であてを食べると、塩っ辛い。そんな日なのに、いつもどおり、次の構想をちょっと話してみたりして、自分の熱さを確認したりする。酒を浴びない以外は、何も変わらない。やはり実感がわかないのだ(笑)。何はともあれ、握手して別れる。帰ってからより、荷だしの方が心配である(笑)いずれにせよ、しっかりやっていこぅ、お互いに。


2007年01月30日(火)
初日 最新 目次 HOME