再生するタワゴトver.5
りばいぶ



 松井秀喜が…

なんたることだろうか、
これは国民的大打撃である。

つーか、左手の遅れながらのヒネリのリプレーしすぎです。
折れてるジャンか、どう考えたって、どう見たって。
見てるこっちが顔面蒼白になりそうでした、ハイ。
あれは、五輪で、今やプロの格闘家、吉田秀彦が肘を脱臼した時以来のインパクト…

松井が心配だ。
別に私くらいが心配したところで、何がどうなると言うわけではないだろうが、
まず、連続出場記録途絶える。
松井は十二年以上も、フルイニングではないけれど、公式戦に出続けていたのである、干支が一周しているのである。生まれたての子どもが、小学校を卒業し、反抗期なんか迎え、悪ぶってタバコなんかくわえてるかも知れない時間である。
ただ体が頑丈なだけでもだめ、成績も伴わなければ、いくらそれをアピールしたところで「は? 体が丈夫なのはわかってるよ?」とか、疑問譜を投げかけられた上、「体が丈夫なだけではねえ…、いいバイトは紹介できるけど…」と気がついたら別の仕事で日給生活である。
腕があって、頭が切れて、体が丈夫、これで、十二年以上である。それだけの時間を費やして積み重ねてきた記録である。他の一流といわれる選手が休んでいる横で、消化試合ですら、出てきたのである。あと六七年で、衣笠の記録も抜けたかもしれないのに…
心配だ。

左手は心配だ。
右手よりはよかったかもしれないが、松井は左バッターである。
運ぶのは右手だが、送るのは左手なのである。
が、別に私は野球の専門家ではないので、その辺のところはよくわからない。
ただ、心配だ。

守備が心配だ。
突っ込んでのプレーでの怪我である、今後の元々そんなにうまくなかった守備だ、心配だ。

そしてなによりも松井のプレーにいろんな自分を重ね合わせていた筈の人々が心配だ。

今年は松井にとっては苦難の年なのだろうな…
方や、イチローにとっては最高の年なのだろうな…←チームは弱いけど。

イチローより、松井、の私としては、「あなや!」と時代劇調に叫んでしまいそうた。


さらに、WBCで盛り上がった野球、松井の公式戦不出場は痛いのではなかろうか…

交流戦も去年ほどではないけど、盛り上がりつつある昨今、その向こうからは、サッカーの足音が着々と、一月をきっている。
心配だ。

何度もいうけど、サッカーも大好きな私。
どちらも大盛り上がりしてもらうに越したことはない。
でも、でも、本年だけは、そうも言っていられない。
だって、うちの芝居と被っているから。
サッカーもいいけど、野球もね、そして、六月の
R-viveもね!
心配だ(笑)
時間は被らないはずだから、是非、池袋へどうぞ

そして、松井秀喜の復活を信じつつ

2006年05月13日(土)



 四年について

ゴールデンウィークも終盤、こんだけ長いのも珍しいんだろうな、土日が絡んでるし。まったく関係ない私にとっては、終電間近は空いてていいけど、今回使っている稽古場の周りの飲み屋はオール休みだし、相変わらず中央線快速電車は通過しちゃうし、と特にこれといって恩恵にも預からないまま、である。
黄金週間を終えると、さあ、野球は交流戦(二年目でもう目新しさがなくなっているような気がするのは気のせいだろうか、やはり、試合数が多すぎるのでは…)、そしてついに一月をきったサッカーワールドカップである。

なぜだか、うちの公演と、最初の一週間がまるかぶりである。
そこのところが非常に不安な面も…
今回は諸事情(政治?)により六月にした意味もなくなっているような…
だって、四年に一度である。
オリンピックなみである。
と、つい何ヶ月か前に冬季オリンピックあったな…

だから四年というものについて考える。
すごく前のことではない。当たり前だけど。
だけど、つい昨日のことでもない。当たり前だけど。
その年齢によっても違うのだろうが、当たり前。
日本と韓国でワールドカップをやっていたことから考えていくと、私のような、運動馬鹿はかなり思い出すことが多いのだが、
試合も見に行ったし、日本戦は飲み屋で大騒ぎもしたし…

しかし、しかしである。
見に行った二試合の対戦チームでさえ忘れがちな私がいる。
理由としては、あんまり人気がないであろう試合を申し込んでいたからとも考えられる。が、それにしても、それにしてもである。
たった四年前、私はその競技場にいて、そのプラチナまではいかないけど、貴重なチケットを「一生の宝物にしよう」と思ったものなのである。そのチケットすら今やどこにあるのか、わからないのである。
他の誰でもない、自分のことなのである。
時間とは恐ろしいのか、
記憶がなぞめいているのか、
自分の衰えが恐ろしいのか、
こうなると、ニンテンドウDSかなんか買って、流行の脳トレーニングでもしなくてはならないかなと思ってみたり、
でも、そう思ったことすら忘れてみたり、

そういえば、今思い出した、四年前だか五年前だかに拙者が書いた人物に、「書いておかないと忘れる」→「たまに書くのを忘れる」→「書いたことすら忘れる、そう思ったことも忘れる」
という、記号的人物がいたが、どうも、机上の空論と、笑ってはいられなさそうである。

で、何を書こうとしていたんだっけ…

……これである。

今回の舞台もやはり、記憶や、そういうものを扱っている。
昨日、や、今日、や、一昨日、や、一年前、や、
それこそ四年前、が今日は稽古で出てきた。
その先、十七年前なんてとこも、ある。
その人自身からの距離と、時間と、思い出と、今の状態(認知症じゃないとか)と、当たり前のことだけど、個人によってさまざまである。
だからこそ、そこが面白くて仕方がない。

さて、問題です、四年前の今日、皆様何をしていましたか?

…考えることから、全てがはじまるのです。
お金を使って、DSなんか買わなくたって、それでいいのですよ。
脳を働かせることを、サボらないようにしないと。

私は、それを忘れないようにしよう。
と、今日、思ったことを、四年後の今、思い出すことができるのだろうか…



2006年05月06日(土)
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