再生するタワゴトver.5
りばいぶ



 ピッシャー君ではないけど。。。

それはそれはとても腹立たしい。
さぞや心病んでいることでしょう、庄司さま。(前回参照)

私にも、心に残る浮浪者が一人おりまして、
が、しかし、いつか、本にしたろうと思っているので、余り書くとネタばれのようになってしまいそうだが…


小学生時代、いたんですよ、近所のグラウンドに一人。
誰がつけたかしらないが、その名を「おまた」と言いました。
別に本人が名乗ったわけではないのだろう、大人になると、なんとなくそういうことはわかります。
いつもいて、ずっといて、ぼくらが遊んでても、帰るときも、朝も、移動図書館がやって来る時も。って現在移動図書館自体を知らない人が多そうだが。休みの日も、サッカー部の練習があって、大人が多いときは、すっかり身を隠してはいたけど、いないと逆に話題にあがるくらいの秀逸な存在感をはなっていた「おまた」。
彼はどこから来て、どうしてそこにいて、何をしていたのか。
いまや誰にもわかりません。というか、その存在自体を忘れているやつの方が多いだろう。
今みたいに、新宿の公園やなんかで、あたりまえのように浮浪者が存在している頃ではなく、また、彼がいたからといって、「何されるかわかんないから」と避難、または攻撃対象にもならない時代でした。

そのあと暫くしてぼくらが覚えた「ルンペン」という言葉。
その言葉、大流行。インフルエンザどこの騒ぎじゃなく、大蔓延。
…子どもって恐ろしい…

「おまた」と言っても、怒らなかったが。←もしも仮に本名であれば当然なのだが、小学生に敬略称である。もしくは本名を「また」と言って、「お」つまり「御」をつけているから、よしとしたのか、これも今となっては…
しかし「ルンペン」と言うと、血相変えて追っかけてきたっけ。
…わたしって子どもって恐ろしい…

そんなことがいくらか続き。
怒って〜した。とか怒って〜しようとした。とか怒って〜されそうになった。とか怒って〜された。と様々な実証できない噂が飛び交うようになった。
そしてある日から、ぱったりとその、「ルンペンという言葉に怒る人」(当然だよな…)の姿を見かけなくなった。

噂はたつのだが、いざ確認にいくと、いないのだ。
そんな彼の最後の有力な噂、それは―

グラウンドの水のみ場の裏で死体で発見された。

というもの。誰かの友達の友達がそれを見つけたらしかった。
誰かの友達って誰だ? 更にその友達の友達ってさらに誰なのだ。
なのだが、彼はもうそこにはいなかった。
子どもの社会では、そういう結論で落ち着いたのである。
またの名を、飽きた、ともいえるかもしれない。

彼は何を考え、そして何をして、そしてその後にどこに行ったのか。

今や誰にもわからない。
でもぼくは今でも、水のみ場の裏で死んでなかったと思っている。

でないと、彼が存在したことすら、噂の一環で終わってしまいそうな気がするから。
彼はそこに存在し、きっと今も別のところで異彩な存在感を放っているに違いない。
できればその地域グループのリーダーとして役人と闘っている姿を想像したい。そしたら「おまたさん」と、敬称をつけた感じだけど、実は「お!またさん」みたいなテヤンデーな風に呼びかけたい。「おまったさん!」(「お待ちどうさん」を短くして勢いよくした風)でもいいけど。


そんなことを、ふと思った。


2005年06月17日(金)



 浮浪者とガムとピッシャー屋(庄司再び)

 バイトでピザの配達(D君と同じ職場だったりする)をしていると時々変わった出会いをすることがある。特にぼくが配達している地域は中野や新宿区なこともあって特殊なのだ。今日はその中でも特に印象に残った出来事をひとつ。

 新大久保のホームレスと賭けをしたことがある。深夜にピザの配達で、ロッテのガム工場裏手のアパートに行ったときだった。「おいピッシャー屋!」。突然の声に驚いて振り返ると、前歯の欠けたホームレスが立っていた。ぼくの制服を指差しニヤッと笑う。どうやら前歯がないので、「ピザ」がうまく言えないみたいだった。ロッテのクールミントガムをぼくに握らせ、小声で話かけてくる。「ガム工場とスーカー(ツーカー)やから無料やねん。内緒やで」。よく見るとセブンイレブンのシールが貼ってあった。

 変なおやじだったが、同じ関西出身ということもあり、ちょくちょく話をするようになった。ロッテに就職したが、ガムの匂いに辟易したこと。匂いのせいで鼻水まで甘くなったこと。そのうち排泄物からガムの匂いがし、「俺の入った便所は香水いらずや」と、どこまで本当か分からなかったが、おやじの話はおもしろくて、よく二人で笑い転げた。

 おやじと賭けをしたきっかけは、ぼくが工場に対して「いいかげん頭痛くなるわ、この臭い」と呟いたことだった。それを聞いたおやじが突然立ち上がり「よっしゃ賭けしよ!」と言い出したのだ。「ワシが工場から細かくする前のガムの塊パクってきたる。賞品はでっかいピッシャーな。絶対やで」。そのままブツブツ言いながらどこかへ行ってしまった。おーい出来へんかったら?賭けになってないで――おやじと会うのはそれが最後になった。

 三日後、おやじの場所に花が添えてあった。交番で、やくざに殴り殺されたと知らされた。「『ピッシャー屋、ピッシャー屋』言いながらビニール袋指差してさ、中にガムのカスがぎっしり詰まってんのよ。なんでやくざに噛みかけのガムせがむのよ。困るんだよ、頭の変なのにうろうろされるとさあ。で、君なに?」。「ピッシャー屋です」。交番を出ながら、アホかアホかと呟いた。警察とやくざと死んだおやじが、無性に腹立たしかった。



2005年06月15日(水)
初日 最新 目次 HOME