再生するタワゴトver.5
りばいぶ



 sakamoto9

もう書き飽きるくらいの言葉、「今年は異様に台風の上陸が多い」
これはもう先々週、期待はずれ(と実際に書いたわけではないのだが)的ニュアンスで書きなぐったことを後悔せよ、とでもいうのか…
台風はいく。
あまりに被害が甚大で、これはもう、驚きに値した。
バスの上で、「上を向いて歩こう」を歌い励ましあって、バスの上に避難しているのに、さらに膝上まで水につかりながら一夜を不安なまま明かした32人の人たち。
いや、美談である。これはもう相当、美談である。
そこで歌うのが「上を向いて歩こう」であるのが、更に美談を増長させている。
なんとシチュエーションを鑑みて、これぞという選曲をしたものである。
そう話が上手すぎると、疑ってみたくもなるのである。
はたして「上を向いて歩こう」である。
これが「雨に濡れても」でもいいかもしれないし、「あーめあーめふーれふーれ♪かあーさんがー」と歌っても、周りから睨まれないならいいかもしれないし、「最後の雨」でも、森高の「雨」(個人的に好き)でも、いいんだろうさ。
そこで井上陽水の「傘がない」を歌うくらいのウィットが欲しい(例誌:…、だけども〜問題は〜今日の、あめ〜、傘が、ない〜)ところだが、別にそんなものは誰も求めていないし、それ以上にウェット(駄洒落)であった訳だから、求めても仕方ない。しかし、しかしながら、もしかしたら歌ったかもしれないじゃないか。
そりゃあこんな歌詞があるのかどうかはしらんが「雨に沈む〜」とか「涙にくれる〜」とか「涙の洪水〜」とか、こういうのはちょっとどうかと思う。
また、この美談が、『バスの上で、「祭り」を歌い励ましあって〜』では美談が美談にならないで、ちょっとドンチャラ祭りになってしまうんじゃないかという危惧もあるし、『バスの上で、「嫁にこないか」を歌って〜』では美談よりは、嫁不足の農村の惨状、というか悲壮感が漂ってしまうし、『バスの上で、「きよしのズンドコ節」を歌う』では、わけがわからない。もうそれはただ単に、氷川きよしを好きな人の集まりになってしまうかもしれないし、『バスの上で、「piece of my wish」を歌う』では、今井美樹と歌詞をしらなければ、「あ〜反戦運動ね」なんて片付けられてしまうかもしれないし、「リンダリンダ」ではバスの屋根は壊れなかったかと心配が別のところにいってしまうし、ましていわんや「おら東京さ、いくだ」では、もう意味が全くわからない。
閑話休題。
都合何時間だろう、そして、何曲、歌を歌ったのだろう。そんな状況だ、テンションがおかしくなって「おら東京さ、いくだ」を歌ったかもしれないし、「上をむいて歩こう」だって、何曲も歌った上の、たったの1曲なわけだろう。夜から、朝を迎えるまで、永遠に「上を向いて」を歌い続けたとはちょっと考えにくい。なのに、どうしても「上を向いて歩こう」を歌って励ましあった。のだ。
別に坂本九の曲が嫌いなわけではない。
というか、好きだ。…なんのカミングアウトだ…
美談は美談で確かにいいのだ。最悪の事態にならなくて、本当によかった。そう思う。
しかし、なんか演出、または装飾された匂いを感じてしまう。
当然、それを書いた人もそうだろうし、その件を報道した方もそうだろうし、もしかしたら、助かった本人たちも、自分たちが助かるとわかった上で、美談を演じようとしていたのかもしれない。(決して非難ではないですよ、無意識下のこともあるし…)ましていわんや、聞いてすぐの私もそれで、ああ、いい話だと思ったし…
決して事実を捻じ曲げたわけではないのだし、事実の断片を切り取ったとすれば、それはそれでいいのかもしれないが、これでは、その時、人間が何を感じ考えたのか、本当の興味は薄れてしまっていくように思える。美談というのを隠れ蓑にして。

『バスの上に取り残された32人は、互いに励ましあい、たまには歌を歌い、朝になり救助が来るのを待った』のである。歌の題名、まして内容は関係ないのだ。(とここで散々自分が題名と内容にこだわってここまで書いていることに気がつく)

美談の主人公たちは、来るかわからぬ助けを請い、窓ガラスを割って足場にしてまで屋根に上り、それでも増え続ける水に、恐れを抱き、しかしその恐れや不安もほかの31人といられること、歌い励ましあうことで、朝を待ったのだ。


だがしかし、わたしはそのバスの横にあった大型トラックの荷台にいた一人の男が気になってしかたがない。彼は、画面で見たところ、毛布かなにかをかけ、横たわっていたようだった。美談の蚊帳の外に、一人、寄り添っていたのだ。

彼はきっと同じように不安な夜を独りで過ごしながら、真の闇の中、聞こえてくる話し声に希望の光を見出したかもしれない。そして真の闇の中聞こえてきた「上を向いて歩こう」をどう聞いただろうか―

ちょうどこの間再放送をしていたから思う。
わたしは、タイタニックを好きではない。
だけど、別につまらない。とこの場を借りて宣言したいわけでもない。
ただ、沈んでいく船の中、それでも演奏を続けた、楽団の方に、よっぽど興味がある。
その内面に興味があるのだ。

ごう


2004年10月23日(土)



 奇妙な沈黙。

そこは所謂ファーストフード店。柔らかなMに象徴される店だ。舞台はその店舗の二階、喫煙okの階である。向かい合って座る男(モヒカン男)と女(微妙に可愛いかもしれない女)、その横のテーブルに、一人の男。男女、なにやら話をしている。一人の男は食事中。

モヒカン男  おいかけられるのって初体験でさあ。
微妙女  そうなの?。
モヒカン男  そうなのそうなの、俺、基本的に追いかける方でさ。追いかけてる 自分に酔っちゃうみたいな? 
微妙女  あ、それわかるわかる。振り向かれた途端に冷めちゃったりするんだよ ね。
モヒカン男  そうなのよ、だから追いかけられるとさ、自分の気持ちがわかるも んだから、ここで振り向いていいのかー、なんて考えちゃったりしてさ。
微妙女  それでどうなの?
モヒカン男  結構刺激的。
微妙女  へぇ〜。
男  ……。
モヒカン男  (唐突に微妙女に向かって)ほんとかわいいね…

沈黙。男、食べる手が止まる。

微妙女  …まじ言い過ぎだって。
モヒカン男  スカウトされたことない?
微妙女  え〜、そんなことないよ。一回だけ。
モヒカン男  へぇぇ。まじかわいいね。
微妙女  そんな……、もっとかわいいこ、いっぱいいるよ…(とメンソールタバ コを吸う)

沈黙。モヒカン男も、タバコに火をつける。

モヒカン男  最初に吸ったタバコってなに?
微妙女  え?……キャメル。
モヒカン男  まじ!
微妙女  まじ、おやじ〜!らくだーみたいな!
モヒカン男  らくだ〜!おやじだな、おやじ。
男  ……。(と自分のタバコを静かにしまう)
微妙女  ちょー、おやじでしょ。にがいよっ!って(笑)
モヒカン男  俺はね、キャスターマイルド。
微妙女  あー、微妙。
モヒカン男  微妙だろー。
微妙女  でも、なんかいいかも。
モヒカン男  そうかぁ?
微妙女  うん、ラクダより、数倍いいよ。フィルター甘い!
 みたいな。
男  ……。(と、吸おうとしたタバコもしまう)
モヒカン男  (とこれまた唐突に)まじ、かわいすぎ…
微妙女  え〜…

沈黙。男、余りの展開に思わず二人を見てしまった。暗転。

なんなんだこれは。
これは90パーセント以上実話である。
違うとすれば、男は二人を見はしなかったことだ。プラス煙草はキャメルではないということか。
この後も、くだらない話から、「まじかわいいよ」トークは展開し、初めて吸った「タバコ」から、「何歳」から吸っているかになり、両人ともに「中2」で吸い始めたことを確認し、「じゃあ、もしかしてヤンキーだった?」「ちょっとだけ」等と続き、「じゃあ、ひかないよね」とモヒカンの中高時代の武勇伝が始まり、絶対にありえない話が展開されているのに「あ〜あるよね〜」と無意味な相槌は打たれ、その会話の間間に「まじかわいいよ」「そんなことないよ」を挟み続け、その時だけ、奇妙な沈黙が訪れるのだった…。

前提として、彼らは予備校生である。何の予備校生なのかは上記の会話からすっかり推測することはできなかったが、青春とはおそろしい。ということは、どう考えても未成年なわけだが、中二から煙草を吸っているということだし、それはよしとして(絶対によしではない)、上記の内容だけを見る限り、特に突飛でもないし、その頃の年齢ならば、やってしまう会話であるような気もするし、明らかにわかる話の装飾も若気のいたり。ということで済ませてしまうことができるし、そう思えば「微笑ましく」聞くこともできる。モヒカンが彼女がいるにも関わらず、微妙にかわいいかもしれない女に好意を寄せている(←いつの言葉だ)のも男という生き物の性質上容赦できる。(明らかに差別発言であることをここに陳謝いたします)

しかし、しかし、「まじかわいいよ」のいれる場所、間違ってませんかね?
これが追いかけることに酔っているということなのか…
二人の会話はとりあえず盛り上がっているわけである。いちいちはさまなくてもいいのではないだろうか。
しかもあろうことか、言われた女も女の方で、その前までの会話から察する所、「ちょっとやめてよ」やら「きもいよー」やら言いそうなものなのに、その瞬間だけは何故だか素直に言葉を受け入れたりしている。
事実は小説より奇なりとはよくいうけど、こんなことを台本化したら、役者からお客様から「この人分裂してますよ」とか「下手だよね、流れの作り方が」とか「こんな奴いねーよ」とか「無理やり沈黙つくってそんなに面白いですか?」とかとかとかとか、色々ありがたい意見を頂戴することだろう。
しかし彼らは挟むのだ。
まるでその言葉を挟む為だけに「別の話」をとりあえず並べたてておく。そんな行為とも言える。
(「別の話」も相当に深いのにである、例えば―
どうして女が、「そんなことないよ〜」と言いながらも、「スカウトされたことない?」というのに、「ない」で良いはずなのに「一回だけ」と答えねばならなかったのか。
そしてその挙句、話を振った本人であるはずのモヒカンがそれに「へぇぇ」と答えるだけで、じゃあ興味ないんなら振るなよ!と冷静に考えれば突っ込めなかったのか。
「もっとかわいいこ…」って、つまりは私はかわいいということをちゃんと認識してしまっているのだな。←この場合、本当にかわいい必要はないものと想像される。
「おやじ〜」ってキャメル吸ってる若いやつの立場はどうしてやったらいいのだろう(←これには「激しく同意」なのだが)。そして「微妙」と微妙な女に言われてしまったキャスターはどうなのだろう。大体フィルターが甘いのはガラムであって、キャスターは甘くはない。(←真意不明)そういうことで言えば私が最初に吸わされた煙草は「echo(エコー)」だが、それはどのように料理してくれるのか。その場合、「なんかいいかも」と言ってもらえるのか…)

いきなり考えられないタイミングで放たれた「まじかわいいよ」
それに付随して訪れる奇妙な沈黙。

私的に、かなりやられた。
私的に、かなり笑った。
私的に、かなり考えさせられた。
しかし、大人だから表情には出さないで。
私は本当のところ「……」のところで、ケータイにメモってしまったのだ。
これは犯罪ではない。断じてない。知的所有権とかいうやつがいたら、決して「知的」ではなかったからと、話をすりかえることだってできる。できるさ、できるんだもん!……

奇妙な沈黙。

幕。


こんなことで、私を含め、日本の未来は大丈夫なのか!?
先行きを案ずる事、しばし…

ごう

2004年10月16日(土)
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