再生するタワゴトver.5
りばいぶ



 怖いのは、「ちょっとな」

もう十月ですよねえ…
いや、すごい雨と風でした。
電車止まってたし。
こんな日に出なくちゃいけなかったし。
今現在は東北を北上している台風。
外はなんだか心地いい風が吹いているのみ。
今日はR-viveの内田晴子が出ている芝居がありましたが、お客さんは入ったのだろうか…

しかし、台風が行ってみるとどうなのだろう、なんか、物足りなさを感じる私。
どうしてか、今年の夏(秋も多いが)は台風上陸が多かったが、やはり、こまったもので、近づいてくればくるほど、ドキドキしている自分がいたりする。無論、実際に被害にあった事がないからなのだろうが(ええっと、直接被害に遭われた方、悪意はないのです)。風が信じられないほど強く吹いている。または、轟音で、雨が屋根を降り叩いている。そんな非日常、思わず、

ちょっとな。

と扉を開けて外に出てみたり、窓を開けて風を感じてみたり、してしまう。そして

うぉー、すげぇー

とのたまわってみたりする。
自然の脅威を体感したいから、なんてことは言わない。
明らかな、怖いもの見たさ。プラス興味本位。そして野次馬根性。
よくニュースで高波にさらわれた。なんてやってますが、「こんな日に海辺、波打ち際なんて行くからだ、自業自得」やら、どうして「一番風雨強くなっている時に屋根を修理してしまうのか」やら。人間の不思議、と言うか、家の中でじっとしていれば起こらなかった事故が多くなる。しかしかくいう私も、家の側に海が在れば、あれ程、テレビやラジオを通して、「外出を控えましょう」とか、「波が高くなっているので、海岸には近づかないように」とか注意しているにも関わらず、

ちょっとな。

とかいって、波の高さに恐れおののき、あっという間に高波にさらわれるか、

ちょっとな。

とかいって、風に煽られ、雨で滑って、屋根から落ち、理由を聞かれてそう答えているかもしれない。

どうしてだろう。この「やっちゃいけない」事に対する、「やってみたくなる」感覚。勿論、そんなことを言いながら、台風情報を伝える現地の記者の代わり映えの無い映像が助長させているだろうことには目を瞑って。
未経験なモノに対する、無知の欲。

ちょっとな。

と、台風の直撃、しかも関東に上陸すると最大級だと言われる、要するに、関東圏にとって初の規模の台風を待ってしまうのだ。
ニュースに釘付け、予想進路がまさに東京めがければ、「いやだねー」とか言いながらワクワクしている。やれ電車が停まった、飛行機が飛ばない、高速道路通行禁止だの情報が増えれば増えるほど、その期待は嫌がおうにも高まっていく……、そして雨も強くなったし、風も強くなったのに、上陸しなかった避けて行ってしまった台風に、「あ〜あ〜」と思う。
自分の乗っている電車が停まらなければ、それでいいのだ。
ちょっとだけ体験できて、己の身にふりかからなければ…

愚かだなあ…

しかし、実はこれこそ人間味。

……なのか?
ただ一つ許せないのは、おっきなカバンの中の、台本たちがグショグショになってしまっていること。

旅行を中止した方、明日はきっと台風一過。
これほどむかつく「よい天気」はないことでしょう。

これは決して三連休が私にないからではない。

ごう


2004年10月09日(土)



 守ってやりました。。

前回確認したとおり、本日の土曜日はやはり間違いなく、十月になった。
秋ですねえ、秋。
なのに今週はまた台風が上陸したり、九月の最後の日は○城さんのお誕生日だったり、色んなことがありました。

さて、何を守ったのかって…

今週は水曜日、まさに台風の大雨、風のなかの出来事。

私は、雨が降っているにも関わらず、駅からの帰り道、自転車に乗って帰ろうと決めたのだった。思えばこれがイタイの始まり始まり…

私は普段、人から「なぜそんな一週間くらい旅行できそうな重量のカバンを持っているのか」と言われる。実際に重い。かなり重い。それはまるで苦行なのかもしれないくらい重い。そんなカバンを肩から提げて、渋谷なんか人の多い所を暫く歩くと具合が悪くなる。わかってはいるのだが、いつも重い。どうしても重くなる。

ちなみに本日の内容物を…
台本、四冊。(←読んでおかなければいけない、修了公演の為)
ノート、二冊。(ネタ帳だったりして、普通のB5よりも大層なもの。←気分の問題)
今書いている脚本の資料、三冊。(←大きいのから小さいものまで)
その元ネタとなる小説。(←難儀なやつだ…)
その初稿。(気が気じゃないもの)
小説というか、エッセイ(小冊子、基本的にくだらない、リフレッシュとリラックスを含む。最近はまっている)
漫画。(浦沢直樹と手塚治のコラボレーション。プルートウ)
ファイル。(詳しくは触れない)
電子辞書。(必需品、昔高価にも関わらず買ってしまった。今その価格を出せば、辞書五十冊分のやつが買える…、替えたい)
CD三枚。
財布。(現金は入っていない…)
折りたたみ傘。
そして、パソコン。

改めて思う。そりゃあ重いだろ。
だけど、言っておこう、これを持って、一週間の生活はできやしないさ。
大半を占める本たち。
こんなに入れてたって、全体読むのかどうか。
多分読まない。いや、読むにしろ、読めるにしろ、一日のうちでできることは計算すれば考えられそうな物なのだが。そうする気配も無い。自分のことなのに。
つまり、私はそうやって、きっと、安心を持ち歩いているわけだ。
たった一回でも「あれ、あの資料のあの、あそこ、えっと…、あー、持ってればわかるのに」という数少ない経験のために。
持っているという、安心を買うために、渋谷なんかで具合を悪くしているのだ。
この場合、普段散々学習能力がないようなことを書いているのに、そんなことは気にするのか。とか、言わない。
そしてカバンの中は、まんまるさんの言う、「ちょっと珈琲でも飲んでいかない?」とは決して言えない状態なわけである。
違いがあるとするならば、パソコン、そう、命よりも大切なパソコンが入っていることである。スケジュールから、台本から、何からなにまで、そこに入っている。管理している。だから、そんなカバンでも、粗雑にはゾンザイには扱わないよう、日々心がけている。

そしてかの雨の日―
駐輪場は二階にある。
二階にあるから、一階まではスロープを下りなければいけないのだ。
そして、張り紙もしてある
「自転車を降りて、押して、下りてください。」
…わかっている。わかっているのだ。だがしかし、しかしである。
雨が降っている。だから、カバンの中で無駄と思われた折り畳み傘が役に立つ。
片手にはひらいた傘である。そして、自転車の籠には、それだけの重量を持ったカバンが鎮座している。右手しか空いていないし、その右手すら、カバンのストラップを、籠から出ないようにハンドルと供に握っている。それはつまり、押して下りる方が遥かに難儀に思われた。
というか、二階にいた段階で乗っていたのだが。

スロープは金属である。
雨の日はことさら滑りやすい事は誰にでもわかる。
だが、大体の場合、すべるーと思ってから、「やはり」となるわけだが、
案の定、私の自転車はそのスロープ、雨のふるスロープにやられ、前輪を滑らせ、思い切り転がったのである。詳しく言うと、前輪が結局持ち上がるような形になった。
あ、まずっ…
そう思った。それから完全着地までの間、それはもうスローモーション。
このまま倒れると、腰を打つ。
そういう感覚は運動をしていたからわかる。
だから受身の態勢に移る。
そしてまあ、こけたけど、雨の日はやっぱすべるよねーとか言いながら、照れ隠しをした…
で、終わるはずだったのだが、そのとき、上がった前輪(つまり籠部も当然持ち上がるわけで)に、私はカバンの存在を、結局の所「パソコンさん」の存在を見てしまったのだ。だから私は、しっかりとカバンを抱きこむ、そして仰向けに、受身も取れないままに倒れる、または落ちるという選択肢をひいてしまったのだ。

完全に腰から落ちた。
私の全体重、プラス自転車、プラス、その重すぎるカバンを腰一点で受けた。
金属部のスロープの横に並走している階段は勿論コンクリート。
これはもう軽い交通事故だ。
死ぬかと思った。
しゃれにもならない。 


しかしパソコンさんはと言えば、今これが書ける位だから、しっかり守ってやりました。

現在の私は背中痛、軽い感じのムチウチ、腰痛、三重苦である。
それでも、重さの変わらぬカバンを提げて、これはもう四十苦である。
やはりわたしはマゾなのか…

ごう








2004年10月02日(土)
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