再生するタワゴトver.5
りばいぶ



 土ならび!

うーん、八月からのたわ言、土曜並びだ、ここまでくると気持ちがいい。
またの名を、わたしの一週間を振り返って。

こうやって土曜日に書くことで、日曜から始まる暦通りの、新たな一週間を迎えるにあたっての心構えと、そんな心構えではじまった週がどんなであったか、自分などなどを振り返る、ありがたーい、たわ言。なのだろうか、どうなのだろうか、そうなんだろうか。多分、そんなことを露とも考えたことはないな。読んでる人がいるのか否かもわからぬまま、どうしてか、ここに向かうと、まんまるさんの言う所の、逃避行動という言葉を借りて、言葉が羅列されていく、そして、大概、というか、大体、いや、ほとんど、いや、全部、くだらない。

うーん、万歳。

一歩間違えると、一週ごとに、プロ野球のストなどなんだの、結果と対策、それだけで終わってしまいそうなんだモノ。私が思う事、それは、単純。ロッテのオーナーはこの後、きっと、大変だ。それくらい。渡辺オーナー、策士。あの人は、こうなることを予想して、先に逃げたな。狸、嫌いじゃない。あ、二つ目だ。
そして古田敦也は昨日、励ましメールを読まれて、泣いていた。アツイ男だ。アツイのは、いい。特に、そうは見えない人の、内燃しているのだろうアツサに触れた時は(どこかの首相の外遊先でのパフォーマンス涙は除く、あれは涙を流す前の間に、別の感涙話を考えていた間だ。他に行かなければならんところがあるだろうに、何故、今、ブラジル? 田中真紀子はそれを評して、「方向音痴」と行っていた。つまり、南にいくなら、南米ではなく、沖縄とか、色々あんだろってことね、上手い、が、自分も相当方向音痴なのは置いておいて)。あ、三つ目だ。
このままいくと、野球のことばかりになりそうだ…、いや、しかしね、とやはりなるのか…、こういう言い方は失礼ですが、そして偏見先にたつになることを先刻承知で、高校、大学、社会人、ひいては中学から、野球三昧、白球を追い続けてることに秀でまくってプロになり、こと、交渉、とか、こと、話し合い(議論)。とか、やっていなかった所謂「たかが選手」。交渉事に秀で、話し合いのイニシアティブをどう取るべきかを熟知し、策略を張り巡らし、組織のトップに君臨している「プロ野球機構の偉い人たち(特に野球に興味はないらしい、野球というビジネスに興味がある。が、ここのところ経営の失敗が目立つ、が、それは自分達もしくは先人がつくったレール上にあることはこの際無視している)」←あの、正式「日本プロフェッショナル野球機構」という名前もどうかと思うが……、一体なにをどう話合えると言うのだろう。だからこそ、「たかが選手」に頑張っていただきたい気持ちはありあり。しかしせめて同じ土俵で話し合いにならないと、先週のように、微妙な、大人の言葉遣いにあれよあれよ、え、まさか、裏切られた!? となります。
こうなったら、微妙な判定とかではなく、しっかりとアウト、セーフをつけてもらいたいものです。ああ、長い四つ目。
かく言う私は、一リーグを見てみたい気もしている天邪鬼。

つまり長々文字を連ねて、問題はわたしだ、という結論にいきついた。←こういうことは、頭の中だけで十二分にやれることはしっている。というか、やらなくてもまず「前提」なのではないかという疑問が頭をもたげたが、「前」に「提出」することはわたしの得意分野とは異なるので、これでいいのだ。←天邪鬼

今週から、休み明け、また別のクラスの授業が始まった。
新しい出会いにはやはりドキドキする。が、やはり最初に見える壁はいつも同じ。
硬い。
これにつきる。
心も、体も、頭も。
これから半年かけて、その硬さと向き合って、柔らかさが一瞬でも見えた瞬間を捕まえ続けなければ…

そして、先月から書き続けている、某時代小説について。
ツイに、初稿にもならない(だめじゃん)稿を先方に渡す。
感想を待っている。やはりドキドキする。
そんなわたしの心と体と頭は、コチコチなのであった…

来週は、柔らかく! これで決まり。

ごう

2004年09月18日(土)



 九月十一日

「こんなことをしている場合なのか」

とこういう時期はよく思う。
本の締め切り間近だったりすると(あれ、今?)、特にそう思う。
家でずーっと「あーでもない。こーでもない。」するよりは、表に行って違う空気を吸う。息抜きに映画でも観る。違う小説なんかを読む。こういう時は、頭が動かないから体を動かして汗を流してみる。思い余って飲みに行き、悪酔いする。挙句、まだ出来てないのに、それを超え、次の仕事の打ち合わせ。などなど「こんなこと」をあげると、枚挙に遑が無い。

ふと思った、今日は9.11なんですねえ。

あの日から三年、ということですかあ。
ちょうど今くらいの時刻でしたか…

わたしは地方に仕事で行っていて、丁度その日から東京からのスタッフ勢が一時帰郷、本番までの一月余りをわたし一人残された記念すべき(?←不幸ともいう)日で、その頃のスケジュールと言えば…、午前、起きて喫茶店でモーニングを食べつつ、12月に迫っていたりばいぶの本を仕上げる時間。昼。なんだか適当に地の物を食べて、昼から夕方までその仕事の台本を読む。そして夕方から夜まで稽古。で、夜は夜飯と言いつつ、スタッフさんと飲む。

なんてことを繰り返していて、
ただ一つ違ったのは、この日から呑みに行っていた人らが帰ってしまったことで。
三十人を抱えた稽古の初日を終えたわたしは、地元のうどん屋さんに入ったのでした。

特に混んでいるわけでもないのに、なぜか、テレビの前だけ、人が集まっていました。そこには二棟のビルが映ってました。わたしはうどん屋に入ったのに、邪道にも蕎麦を頼んで、店の人間に変な顔をされ(←じゃあ、品書きに「蕎麦」などと書かなければよいと思うのだが←その地方はうどんが有名←じゃあ、うどんを食え←なので、うどんを食べる機会が滅茶苦茶多い←偶には蕎麦を食べたくなる←じゃあ蕎麦屋にいけばいい←確かに…)「なんの映画かいねえ」なんて思って、店でわたしだけ遠くからテレビを見、すぐに二機目が突入…。まだ映画だと思ってたけど、周りが騒然→事態を把握(把握しきれるわけはないのだが)となったのでした。蕎麦はしばし出てきませんでした。

部屋に帰って、B学座のA野くんと電話で話す。
その頃、彼も商業演劇で地方まわりをしていた。
地方に来ちゃっているもの同士で、
「なんかえらいことになってるぞ!」
と、ウルトラマンの怪獣登場の台本にも書けない様などうしようもない言葉を言って、捉えがたい、大きすぎる現実を前に

「こんなことしてる場合なのか?」

という、誰にも答えられない質問を投げかけていた。
最近になって、この時、結構こういうことを話し合ってた人たちが多い事を知った。

「こんなことをしてる場合」

いや、そりゃわかっちゃいます。「こんなこと」をしないとして、その後一体なにができるというのか。でも、頭では、そういう一つ一つって大切なんだろうと。それについて実行とはなんなんだろうかと。

気が付くと、わたしは「こんなことをしてる場合なのか?」という人たちを描いていることが多い。
側面は色々、
イタイ時、イタクナイ時、内容によりそれぞれですが
色んな現実に直面した時、人はどうするのか?何を思うのか?
それを追求する事。

それがわたしにとって、ほんとに「こんなことをしてる場合」に陥らないタメの命題。

なんではないかと思う。

その先になにがあるのかはわからんが…


と、まともだなあ、書き直すか、なんて思いながら、「そんなことをしている場合」じゃない。と慌てふためいて―

本は二冊いただきました。目の前で、買ってくださいました。謝謝。

ごう

2004年09月11日(土)
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