再生するタワゴトver.5
りばいぶ



 八月もまもなく…夏休みの宿題

八月もあっというまに終わろうとしている。
これだけ盛り上がったオリンピックもあと二日。
銅メダルで胸を張って帰ってきた、どうしようもないことになっているプロ野球のペナントレースももうすぐだ…

このままいくと今年一回きりになるパ・リーグのプレイオフチームも、既に三位の日ハムとロッテにしか興味がいかない、???な状況。

このページを観ている人でいるわきゃないとわかっていながら。

夏休みの宿題終わりましたかー
夏休みの日記は毎日ちゃんとつけてましたかー
適当にでっちあげたけど、天気の欄に困ったりしてませんかー
でも僕らの頃に比べるとインターネットとか充実してるからこまらないんですかー

あなたはどちらですか?
って唐突な質問。

私は当然、毎夏休みが来るたびに、前半からしっかり予定表を作って、その通りに夏休みの宿題をこなす。……はずなのであるが、作ったのにどうしてかその通りに進まず、折角たてた予定通りに進まない事にいらだちと焦りを覚えるのが最初の方の二週。そしてそんなことすら忘れて遊んでしまう真ん中の二週。
予定を立てていたことを思い出す後半の一週。
綿密な計画をたてたのにこんなことでは全然間に合わないと考え込む最後の一週。
と完璧なる六週間をすごし、明日には夏休みが終わるのに、しっかり寝て、新学期に備える事もできず、挙句、その後の一週間、各教科の二学期最初の授業に間に合わせるタメにまさに四十日を七日余りで振り返るという暴挙にでる。

はたして、どの段階からこんなことになってしまったんだろうか。
と、ゆっくり考え、振り返る余裕も当然なく。
反省もろくすっぽ(一年は覚えてられない)できないまま、次の年、また次の年と同じことを繰り返し、いつの間にか、「夏休みの宿題」をもらえない年になってしまった。
わたしのリベンジ心はどこへ?(そんなものがあったかどうかは別として)
んー、リベンジをしておくべきだった。


最近はたと気が付いたことがある。というか、今気が付いた。
前述の文の「夏休みの宿題」をある言葉に置き換えてみる。

「台本を書く」

………。
大体わたしの台本書きのペースなわけである。
予定通りにことが進んだ事など無い。
そしていらだちと焦りを覚える。
現実逃避にハイって遊ぶ(子供の頃ほど、夢中になって遊ぶことはないにしろ、一つ大人になっているとするならば、呑んで騒ぐ、という特技を身に付けたくらいか)こと暫し。
締切が迫っていることに気が付いて、
どうしよう………と悩む時間。
そして締め切り。
これじゃあ小学生の時から変わってないじゃないか!

しかし問題はもっと深いところにあった。
知っての通り、夏休みの宿題の厳密な締め切りは、夏休みが八月の三十一日までとするならば、九月の一日なわけである。
前述の文でいくならば、どんなに七日余り頑張ろうが、それは「間に合っていない」というんじゃなかろうか。
だからね、別に今りばいぶの台本を書かなくちゃいけない時期じゃないんだけど、私はこうやって育ってきちゃったのさ、だから、仕方ないじゃないか!(誰あて?)

あなたはどうですか?実は同じ事してません?絶対同じだな。

そして私は現在締め切りに追われている。
いや、追われるものじゃない、もうすぐそこに迫っている。
八月中に、スケジュール的なもの(笑)は立てたはずだ。
わたしの予定表になかったもの、それは―

オリンピック!

と誰に向かってか言い訳を長々として、再び「時代小説」を前に途方にくれるばかり。。。
いとをかし―

ごう

2004年08月28日(土)



 オリンピックも半ばを迎え

もうすでに言われ尽くされているのを承知で、
いや、すごいですねえ、日本の快進撃。。。

金メダルは日本のオリンピック史上、新記録だし。
トータルメダル獲得数も東京オリンピックを超えそうだし。
井上以外、ほぼ順当。
おかげで睡眠時間を削らざるを得ず、この先、九月頃になってやってくる本当の「夏バテ」(←暑い最中になるのは、厳密に言うと「夏バテ」ではんないのです。熱にやられる、食欲不振、などなどが溜まりに溜まって秋口にやってくるのが本物。)を食らう人がきっと増える事と思います。

私なんかは、全国封切り前にわざわざ並んで見た「華氏911」の中盤からもうそりゃあ眠くって眠くって、マイケルムーア節を堪能する以前の問題。
もっと封切りされてから時間たってれば、二回見ることも可能なんだろうが、今現在、完全入れ替え制。後半にかけての二三十分、なんか字幕を追っていただけの気もするし、実は寝ていたのかもしれないし。

もいっかい観ようかなー。
でもどの作品でも洋物はそうだけど、
特にこいつは、本当は、英語をちゃんと理解できないと面白さ五分の一くらいなんじゃないかな。
売りとされる皮肉も、何もかも、真面目で素直な日本人には全て字幕を見ての「文字情報としての近い歴史の裏事情」としか写らないんじゃないか。
そんな気がした。微妙なニュアンスとか、聞き取れないからなあ。
その「文字情報」をそのままいつのまにか「自分のご意見」にしてしまう人が多くなるだろうなって。それはそれで危険な気もするが……

私としては「ボーリング・フォー・コロンバイン」の方が好きかも。
それにしてもマイケル・ムーア太りすぎ。
完全な典型的ジャンクフード育ちのそのまんまアメリカ人。
……だからいいのか?

そりゃああんな突撃取材をすらっとしたいかにも頭の回転の速そうなヤツがやっていたら、こんなにヒットすることもないんでしょうが。

最近もまたぽつぽつと芝居を見る。
面白いとか、面白くないとか、所謂「好み」以前の問題な芝居が余りにも多い気がする。以前ていうのもはっきりさせることが非常に難しいとこではあるけど。
どうしてお金払ってイライラしなくちゃいけないんだろうな。
そしてそれを「やっぱりな」って俯瞰して観てる自分もいたりして、
でも「やっぱりな」って、なんでしょうね?
それがやはり芝居という世界を自ずから「小さく」「狭く」してしまっているんだろうな。
そして大体いっぱしの値段を取っている所に当てはまるからこれがまた不思議なのである。

本気になってないんじゃないか?
仕事の合間の息抜き。
今回はこんなもんでいいだろ?
不特定多数を相手にするからこそ、そういうことが出来る人たちならばこそ、手を抜かず、しっかりとしたものを造り、また「芝居」を観たいと是非にも思わせて欲しいものである。責任は重大なのだ。それがたとえ、「自分のために」やっている好きな事であるにしろ。だったらそれで儲けようなどと思わないで、最低の値段でやってくれればそれでいい。

一本一本にしっかり責任をとって欲しいなあ。
どういう形でもいいからさ。

そうすれば「十本に一本」しか当たらない面白いお芝居。
って変わって行くような気がするんだけどな。



さあ、後半戦はレスリングなど、下馬評の高い種目が続く。
眠い目を擦って、さあ、応援!

ごう



2004年08月21日(土)
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