再生するタワゴトver.5
りばいぶ



 この二週間あまり…

随分と日にちがあきましたが、もう今日で七月も終わり。

この二週間も盛りだくさん、二十六二十七と、私が抱えていた本番。
初の脚色なんかしたりして、夏真っ盛り、室内に籠もる事必死。

空いたところも、観劇、映画、仕込みと屋外生活とはかけ離れた生活。

日陰人間と化していたなあ。。。
本番あけて、道学先生の芝居を見に行く車内で、ふと肩の力の抜けている自分と対面。
気が付いたら昨年の十二月公演(R−vive企画其の六)に始まり、二月(養成所修了公演)、五月(企画其の七)、七月(養成所中間発表)と全部作演で突き進んできていた事を忘れていた……

やっぱり「ちょっと」の息抜きは必要なんだと、今更ながら実感している本日折々。
八月は充電とさせていただきます。と、誰に向かって決意表明してるのかさだかではないが、そうすることに。


話かわって―
いや、見ました見ました「ゴッドファーザー」
大スクリーンで。

圧巻、圧巻。
ドン・コルレオーネ。
久し振りに、鳥肌立ちました。
そして、今は亡きドン様、あなたは製作された頃、四十八歳だったんですねえ。なんだろう、あの存在感たるや。

DVDも持ってるのに、新たに気が付くこと多く、「やっぱ映画は大スクリーンで見なくちゃ」と、これまた再確認。

うちの本城さんは一日でワンからスリーまでオールナイトで見て流石に辛かったらしいが…


話変わって―
そんな中、中島らもが亡くなってしまった。

ここのところ、好きな人が亡くなる…

「酔って、階段で転んで、頭打って、死んだ」
なんだか、悲しすぎる。
だが、なんて中島らもらしいんだろう。

最近は余り読む事もなくなっていたけど、
私の読書嫌いを変えてくれた作家さんなんですよね。

なんか気重の時に読むと、ばかばかしくて、元気にさせてくれた作家さんなんですよね。
エッセーはどれもこれも、酒とドラッグと馬鹿な友達の話。それがまたよかったんですよね。
朝日新聞の夕刊でやってた「明るい悩み相談室」(かなり昔のことか)
全然悩みに対する答えのある相談室になってなくて、それもまたよかったんですよね。
「ガダラの豚」って長編小説があって、すごく読みやすいし面白いんだけど、途中からどうも適当になってる……と思ったら、途中からほぼ「ラリって」書いていたからとそんなことを平気でいってしまえる作家さんで。

つい前にはやっぱり大麻で捕まって、本当にダメな人を地でいける数少ない作家さんなんですよね。

アル中で、薬中で、芝居中で、
でも、とっても愛すべき文を書いていた人で。

重い事もなんもかも、おかるーい文章で書ける人で。

…残念だな、新作を読む機会にもう出会えないとは。

「酔って、階段で転んで、頭打って、死んだ」
なんだか、やっぱり悲しすぎる。
でも、書けば書くほどなんて中島らもらしいんだろう。

きっとあっちにいっても、自らのアル中入院の体験を「今夜すべてのバーで」に書いたように。いちいち体験した合法ドラックを一冊の本にまとめたように。
「酔って、階段で転んで、頭打って、死んだ」ことを、底抜けに面白い「小説」にしているんでしょうね。

ご冥福をお祈りいたします。


で、わたしは八月は充電です。
決意表明です。
普通とは逆です。

ごう




2004年07月31日(土)



 お笑い漫画道場が。。。

なんだか前回に引き続いた。
漫画家、鈴木ヨシジさんがなくなったそうな。

思えば何曜日だかは忘れたが、(たしか金曜日?)五時からと言えば、四チャンネルで「お笑い漫画道場」を毎週のように見ていたな…

とてつもなく垂れ目の司会者が←名前忘れた
お題を出して、それにパネラーが答える。いわば、笑点、漫画版…(だった覚えがある)そして番組を締め括るのは、途中で変わったけど、やっぱり車だん吉と今は亡き(?)川島なお美(字、あってるかな?)の「だん吉、なおみのおまけコーナー」だった。おまけコーナーで何が行われていて、何がおまけだったのかは忘れてしまったが。あの頃、川島なお美には間違いなくワインの血は流れていなかったし、一念発起して(?)官能女優(そんな言葉があるのか?)になるなんて思わなかったし←多分本人も。きっとあの番組とともに消えていくだろう、そんな匂いをぷんぷんさせていた。うっすらな記憶によると、終わる直前には森山…なんとかって、←こっちも消えてるが。に替わって、その後暫く川島なお美を他で見かける事はなかったように思う。

って、別にそんな人の事はどうでもいいんだった。
別にファンでもないし。
すきでもないし。

……と書いていると、もしかして私は川島なお美を実は好きなんだって宣言してるみたいだな……、今書いている字があってるかどうかもわからんのに…

さて、本題?
上記二人のほかには、やはり漫画道場を漫画道場たらしめるお二人がいたのだ。
それが鈴木ヨシジさんと、富永一郎。
この二人の掛け合い、面白かったなーそういえば。
そんなことをふと思い出したのだった。

もう決め事のように。
富永一郎の絵には必ずおっぱいぼーんの漫画が出てくるのと同じ頻度で。←しかし全然興奮させない(あの頃ね)のも才能だったな
鈴木ヨシジと富永一郎はやりあっていたな。
大なり小なり、どの部門にいっても全ての基本の関係。
懲りないダメな大人の典型。
どちらも憎めない、ギリギリのブラックを持ち込むセンス。
愛すべきアホな大人。

無論、台本があったわけだろうが。

富永一郎は必ず、土管から首を出す、鈴木ヨシジとその家族こじきの絵を書いていた。「すずきがー」とひらがなで表記するに相応しい台詞もあわせていたっけ。

そしてその先制攻撃のあとには、鈴木さんが、富永一郎で、何かを書く。当然蔑んだ絵でね。
すると今度は富永が、で、次は鈴木で、富永で、鈴木で………

思えば毎週そんなだった。
能が無い。
といえば、そうだな。
偉大なるマンネリ。
といえば、すごいな。

でも、あの頃の私には素直に面白かったような気がする。
これは過去のことだからなんだろうか?

鈴木ヨシジが夕刊に漫画を書いていたのも、知ってはいたような気がするけど、昔ッから朝日新聞の家はそれ以外のことなんて知る由もがな、だし。

なんだか今日はお笑い漫画道場が死んでしまった。そんなちょっとセンチメンタリズム……

鈴木さんのご冥福を…あ、あ、あ、

あ、垂れ目の司会者は「柏村」だったような……

南無。


2004年07月18日(日)
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