与太郎文庫
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1954年11月21日(日)  同志社中学文化祭プログラム

 
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 from Awa Library;19541122同志社中学生新聞16P10cp
── 編集兼発行人 阿波 雅敏/印刷所 都新聞印刷局
《文化祭記念号 19541122 同志社中学生新聞 第16号》P09
 
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 有意義な文化祭に クラス採点制実施
 
 秋も漸く深く、色ずいた木立ちのこずえ越しに彰栄の鐘がすみきった
学園に一きわ高くひびく季節になりました。今日私達の意義深い文化祭
を持つに際し、今一度その意義を考え、平和な文化国民にふさわしい教
養と態度を養うことは大切なことです。一昨年秋に生徒会に於てバザー
やバーゲンセールが主である文化祭ではなく、同中生の文化のための文
化を持とうと発案され、生徒の手によりそれが実行されました。然るに
昨年、今年と回を重ねるに従って当初の意義を忘れられて生徒の大多数
が安易なレクリエーション的な考えを持つ傾向になることは厳にいまし
めなければならない。本年文化祭に採点制を実践したのも一人でも多く
の生徒がよりよい作品を出品するように奨励するためである。
 勿論運動の場合も同じですが勝つ事や賞に入ることが目的ではなく参
加する事が大切なのですが、どうせ参加するならあくまで良心的、芸術
的なものでなければならない。その場しのぎの間に合せなら三文の価値
もない、これを機会として真正の文化に目覚め、興味を呼び起すならば
この二日間が私達の生陸にとって誠に意義深いものとなるのではなかろ
うか。
 本年度は昨年に比較して展覧会も地歴郡、宗教部、ESS等がふえ従
来からの各部も内容的に次第に充実して来ており、又学芸会の内容も昨
年より充実して来たことは喜ばしい。
 
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 同志社中学校文化祭 プログラム
 
第一日(十一月二十二日)(月)
 
08:10-08:25 礼拝(チャペル)
08:30-10:30 合唱コンクール(チャペル)
10:40-12:00 弁論大会(チャペル)
       英語弁論大会(化学実験室)
       珠算競技大会(図画教室)
       席上揮毫大会(研究室、視覚教室)
       楽焼コンクール(工業教室)
       学芸会(チャペル)
 
 第二日(十一月二十三日)(火・祭日)
 
08:10-08:50 特別礼拝(チャペル)
09:00-10:00 文化講演(チャペル)アンナプルナ登攀 今西 錦司
10:30-12:00 クイズ大会(チャペル)
13:00-16:00 学芸会(チャペル)
 
(尚、両日を通じて各会場にて左の催しがあります。)
 作品陳列展 生物、化学、工業、華道、書道、生活科学、絵画、新聞、
写真、地歴、E・S・S、宗教
 らくやき
 模擬店
 バーゲン・セール(第2日のみ)
 
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 合唱コンクール
 
 課題曲 一年 秋に寄せて    コンパース曲
     二年 湖上の月     ロッシーニ曲
     三年 野ばら      ウェルナー曲
 
 自由曲
 
一A ローレライ         ジルヘル曲
一B スキー           ドイツ民謡
一C まごころ          キユッケン曲
一D 遠足            ドイツ民謡
一E 久しき苦          ぺーレイ曲
二A 子守歌           モーツアルト曲
二B 真白き富士の嶺       カードン曲
二C み翼のかげ         マルティン曲
二D 讃美歌五〇九
二E 狩の歌           ドイツ民謡
三A 希望のささやき       ホークン曲
三B オールド・ブラック・ジョウ フォスター曲
三C 五ツ木の子守歌       九州民謡
三D 海女の子供         キャンプソング
三E 遠き山に          ドボルザーク曲
 
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 弁論大会出場者
 
「少年よ大志を抱け」    一A 鈴木 謙介
「落し物」         一B 福田 経三
「一つの世界」       一C 亀田 誠二
「らしく」         一D 竹内 宏一
「一国の良心となれ」    一E 石角 雅則
「尊ぶべきもの」      二A 松田 忠興
「最近の私選について」   二B 山口 茂
「古美術に対する態度」   二C 安田 真美
「労働と学問」       二D 服部 京一
「中学生とラジオ」     二E 馬場 久雄
「足跡」          三A 久城 幸治
「責任」          三B 吉村 修二
「美術の秋」        三C 岸田 貞義
「一国の良心」       三D 伊藤 太一郎
「もっと勇気をもて」    三E 山本 祝子
 
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 クイズ大会 新らしい企画で先生方も出場!
 
 今年のクイズ大会には昨年好評だった「三つの歌」に加え新らしい試
みとして先生と生徒対抗の「二十の扉」が行なわれる。回答者は先生側
から久保教頭先生他四名、生徒側から各学年二名宛で競技は五回戦で行
なわれる。
 また「三つの歌」には先生方がそれぞれ御担当のクラスの生徒と二人
で出場される。尚、これには校長先生及び父母の会の会長さんも出場し
て下さることになった。なお司会は「二十の扉」を昨年のクイズ番組で
二三年生にはおなじみの須田さんが、また「三つの歌」は同志社放送局
の野垣さんがして下さる。(会場案内図は裏面へ)
 
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 プログラム(第1日) (午後1時〜4時)
 
1 合唱   A 草刈の歌   B たてよいざたて ホザナ・コーラス
2 舞踊劇「赤頭巾さん」       洋舞班(声)2D 加藤 雅彦
3 ヴァイオリン独奏
       A トロイメライ B スーヴニール  2年 松田 忠輿
4 二重唱  A サンタルチア B めえめえ子山羊 1年 横井 軍平
                         1年 猿橋 厚
5 弦楽合奏 A ガヴォット(バッハ管弦楽鼠曲第3番より)
       B ヴァイオリン協襲曲 イ短調 第一楽章
              (ヴィヴァルディ)  弦楽合葬班
6 英語劇「森の中の家」     (2,3年有志)3A 清浦 圭明(解説)
7 吹奏楽  A 行進曲 アメリカ巡羅兵     高校ブラスバンド
       B 序曲  十字勲章
       C タンゴ ラ・クムパルシータ
       D 行進曲 ワシントンの陣営
8 狂言「附子」                (3A有志)
 主人=野沢 義忠、太郎冠者=久城 幸治、次郎冠者=立石 義雄
9 演劇「楽しい旅」               高校演劇部
 
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 プログラム(第2日) (午後1時〜4時)
 
1 吹奏楽  A 行進曲 アメリカ巡羅兵     高校ブラスバンド
       B 序曲  十字勲章
       C タンゴ ラ・クムパルシータ
       D 行進曲 ワシントンの陣営
2 弁論
3 合唱                     1年
4 英語暗誦
5 合唱                     2年
6 舞踊劇「赤頭巾さん」       洋舞班(声)2D 加藤 雅彦
7 ヴァイオリン独奏
       A トロイメライ B スーヴニール  2年 松田 忠輿
8 二重唱  A サンタルチア B めえめえ子山羊 1年 横井 軍平
                         1年 猿橋 厚
9 合唱                     3年
10 英語劇「森の中の家」   2,3年有志(解説)3A 清浦 圭明
11 合唱   A 草刈の歌   B たてよいざたて ホザナ・コーラス
12 弦楽合奏 A ガヴォット(バッハ管弦楽鼠曲第3番より)
       B ヴァイオリン協襲曲 イ短調 第一楽章
              (ヴィヴァルディ)     弦楽合葬班
13 狂言「附子」                (3A有志)
 主人=野沢 義忠、太郎冠者=久城 幸治、次郎冠者=立石 義雄
 
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※ 195511.. 狂言「附子」太郎冠者=竹内 康(3A有志)
※ 弦楽合葬班:ジュニア・シンフォニー“DJS”同志社中高管弦楽団。
 
(20090913)
 


1954年11月06日(土)  ショスタコーヴィッチ《祝典序曲》の編曲と移調

 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19541106
 Ex libris Web Library;“Festival Overture”
https://www.youtube.com/watch?v=ZycHParRYi8(KBS Symphony Orchestra)
 
 Shostakovich, Dmitrii Dmitrievich 19060925 Russia 19750809 68 /19060912 Julius
 
── ショスタコーヴィッチ《祝典序曲 イ長調 Op.96 19541106 初演》
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19680419 《初演年譜》1950〜
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20090503 眠りの前の最後の歌
 
https://www.youtube.com/watch?v=MxtL1cl8Haw(5:53)
 ↓ Nobel Prize Concert 2009
https://www.youtube.com/watch?v=1gDZTah8J2A&list=RD1gDZTah8J2A#t=1
 
 ショスタコーヴィッチ《祝典序曲 19‥‥‥ 大阪府音楽団定期公演》
 
…… 東山高校時代、何回か演奏した思い出の曲。ショスタコーヴィッチ
の『祝典序曲』。この曲の生演奏を初めて聴いたのは、確か、大阪の
中之島にある「フェスティバルホール」で開催された、大阪府音楽団の
定期公演だったと記憶している。
・・・・・
 うちの吹奏楽部のトレーナーをしていただいていたクラリネットの
村瀬 二郎先生は、この「府音」の、コンサートマスターだった。
(後に楽長になられた)
 
 どういう経緯か、よく憶えていないのだが、ぼくたち部員数名が、
村瀬先生(から入場券をいただいたような?)の率いる楽団におじゃまし、
いい席で、のうのうと鑑賞できたのは、ひとえに、先生のお蔭である。
・・・・・
 ぼく自身、在学の3年間、村瀬先生には、いろいろ教えを請うことが
でき、本当に感謝してもし尽くせない思いがある。
・・・・・
 さて、その演奏会、冒頭の曲がショスタコーヴィッチの『祝典序曲』
だった。最初の一瞬でしびれてしまった。
 トランペットの、透き通るようなファンファーレ。
 存在を誇示する金管の中低音。速い動きのなかで、激しく切なく、
しきりに語りかける木管。もう、最高だった。
 そして、ぼくは、その曲が終わるまで、呼吸しなかった、かも(笑
 
 この曲を聴いたのは初めてだった。
 そして、感動し、一生、忘れない一曲になってしまったのである。
 ぼくが3年生となった定期演奏会には、村瀬先生に、この曲を含む、
メイン3曲を指揮していただけた。
 そして、そのことは、29年たった今でも、ぼくの宝物として、心の
底に、大切にしまっていることができているのである。
http://akarui-clarinet.cocolog-nifty.com/blog/2006/07/__86b8.html
 村瀬 二郎先生と『祝典序曲』20060725 吹奏楽@アカルイくらりねっと
 
…… 吹奏楽用の編曲でも盛んに演奏されている。編曲の際、原曲のイ
長調は吹奏楽では演奏しにくい調であるため、半音低い変イ長調や半音
高い変ロ長調に移調される。中でも、ドナルド・ハンスバーガーが編曲
した版(変イ長調)が名高い(Wikipedia)。
 
(20170714)
 

http://twitter.com/awalibrary
http://twilog.org/awalibrary(ツイログ検索)
http://booklog.jp/users/awalibrary(書籍目録)
 |
http://q.hatena.ne.jp/adlib/(はてなQ&A)
http://d.hatena.ne.jp/adlib+bilda/(準公開)
http://chiebukuro.yahoo.co.jp/my/myspace_note.php?writer=gswyn755
 |
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/list?id=87518&pg=000000
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http://www.enpitu.ne.jp/tool/edit.html(与太郎文庫)

 
(19541106)
 
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1954年11月01日(月)  座談会 久保先生を囲んで

 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19541101
 


 出席者 久保 政義(教頭) 
     平岡 澄江(教諭) 
     高島 春江(教諭) 
     阿波 雅敏 
     木村 祥子 
     木下 聖治 
     内村 公義 
     河原 満夫 
  司会 井上 正雄(編集発行人)

 
司会 久保先生、生徒が宗教的に無関心であるということは、どういう
   ことでしょう。
久保 それはね、やはり年令的に、そういう時期ではないからであって、
   これが高校になるといくらかあらわれてくる。でもやはり中学時
   代はその準備期間なのであって、皆が知らないうちに宗教的なも
   のが養われているとみていヽのです。だからこのときに指導者が
   本当に真剣になって呼びかけるならばそれはきっと高校で実を結
   ぶと思うのです。問題はたえず私たちが努力しているかどうかと
   いうことに大きな問題があると思うのです。こういうことも云え
   るかも知れませんね。生徒会の活動が旧制中学時代より活発にな
   ってきているのに、宗教的な活動がそれに平行していないという
   ことですね。同志社の様な学校は宗教的なものが伴なわない限り
   公立の学校と変らない。同志社の特質がそういう面でも表われて
   こないということは残念ですね。
阿波 一寸ポイントが外れるかも知れませんが宗教部が生徒会の執行委
   員会の一角をなしていること、生徒会で重要な地位を占めている
   こと、これはその性格からいって疑問があると思うのです。たと
   えば予算にしても他のクラブとちがって生徒会からいくらでも貰
   えるというように宗教部が、その意味でうまくゆくのは当り前だ
   という気がするのです。宗教部というのは本当に「もりあがった
   力」の集まりでなければと思うのです。
久保 阿波君の意見はもっともだと思うのですが、私は、生徒会の指導
   者になりうる人はやはり同志社の精神を最もよく理解した人であ
   ってほしいのです。そういう人に指導する地位を与えることは非
   常に大切だと思うのです。もっとも私の願いは選ばれた人たちが
   本当によく新島精神を理解し、そうして指導してほしいというこ
   となのです。そしてそうなることによって本当に同志社独特の生
   徒会が生れると思うのです。
 
 ◆ 年々よくなる同志社中
 
木村 代議員会は存じませんけれども、執行委員会では会議を始める前
   にいつもお祈りしています。
久保 それはいヽことですね。私はやはり昨年より今年と、だんだん生
   徒会は同志社らしく動きつつあると思っています。生徒会が新し
   くできた当時は同志社らしくない空気も少しはあったのですが、
   それらは徐々に薄らいでゆくことでしょうし、皆が努力してやっ
   てゆけばだんだん立派な学校になると思います。

 ◆ よかった修養会
 
木下 今年の委員の修養会などその意味で非常に大きな成果をあげたも
   のといえますが、新聞は�狷瓜崋卆鎖世瞭讃讚瓩判颪い討い泙靴�
   が本当にそうですね。
久保 あれは私達でもよく考えたのですが結果として非常によかったと
   思うんです。
平岡 今木村さんから具体的なことについてお話がありましたけれども、
   例えば�猯蘿匯�間の静じゃく�瓩箸�礼拝遅刻欠席などは公安委員
   会の方たちが非常に熱心になさっていますね。
高島 その具体的なことの、根本は一つだと思うんです。宗教的キリス
   ト教的に物を考える、その分れ目だと思うのです。キリスト教的
   に物を処理するかしないか、根本ができてなかったらどちらへ傾
   くか判らない。だから入学当時は思想らしい思想はもってないん
   ですが三年生になるとそれができてきます。その三年間の間に皆
   が�燹屮�リスト教的」な考え方�瓩忙蠅襪�どうか非常に大きな問
   題があると思うんです。(一同うなづく)
 
 ◆ 悩みは進歩なり
 
司会 礼拝時間は昔はもっと静かだったんですか。
久保 いやとっても、それで当時の指導者たちが苦しんだです。彼らは
   自分たちが騒いでいることがたまらなかったのでしょう。しかし
   そういうことに心を痛めることはそれ自体同志社的なのであって、
   規則づくめで生徒を抑える学校と違うわけですね。そして上級生
   がそれを自覚して下級生を導いてゆく。私はそれをこの同志社中
   学に望みたいですね。教師というのは生徒を叱るためじゃなくて
   生徒の相談相手であればいヽんです。
司会 内村君このことについて何か。
内村 礼拝が何であるか判っている人が少ないということが原因じゃな
   いんですか。
木下 学校と教会の相違が考えられますね。
久保 そうなんです。学校はどこまでも教育機関であるために、信仰を
   人々に迫ってゆくということは困難ですから、やはり生徒はでき
   るだけ自分の霊を直接導いてくれる教会へ行って、牧師と学生が
   一対一の交わりをすることをすすめます。学校はいわば教会で実
   を実らせるための準備として知識を与えるところですからね。
 
 ◆ レポート以来教会行きがゆううつ/感想文ならけっこう
 
高島 この時代の人達が教会に連なるということは大切なことですね。
   私の知っている人が東京の大学へ行っているのですが、京都へ帰
   る楽しみの一つが教会に行くことだそうですよ。それに戦時中外
   地へ行っていた人が故郷の家へ帰るよりも先に教会へ帰る。とに
   かくそこへ早く入り込むという事は大切ですね。教会の生活をし
   ないで礼拝は理解できないでしょうね。
 
 ◆ 五日制
 
久保 今の若い人は教会に連らなる習慣をつけた方がいヽですよ。学校
   生活も忙しいけれども。
平岡 それを思うと六日制になったことはプラスになった一面マイナス
   になった、ともいえますね。
久保 どちらともいえませんね。
司会 日曜日に教会へ行く習慣をつけた方がよいといわれましたけれど
   もどうしたら皆がなっとくして教会へ行くでしょうか。
久保 六日制なので強いることもできないのですが。
高島 教会に連らなっている人達がもったらどうでしょう。
木下 上級生の影響は大きいです。一年生のときに�犇飢颪惺圓辰討澆�
   うか�瓩箸い辰燭薛猝滅鬚�ないからやめておけ�瓩箸い錣譴燭里�
   例のレポート発令まで一度も行かずじまいでした。でもそれから
   はしぶしぶながら教会へ行く習慣がついたのです。
木村 久保先生、先生のレポートは私達に強制されないのでしたら、す
   ヽめるという意味なのでしょうか。
久保 あれはね、私は毎日曜要求していないのです。あなた方に一ト月
   に二回くらいは教会へ行ってもらって、どんな話を聞いてきたか
   知りたいというのが僕の要求なんです。だからいやな人は書かな
   ければいヽんです。
木村 私は小さいときから教会へ行っていたのですけれども先生がレポ
   ートを書くようにいわれてから教会へ行くのがゆううつになった
   のです。前は一生懸命聞いていたお話も、先生がレポートを出せ
   とおっしゃると何か上べだけ聞いてそしてこれやったらこういう
   文にできるなァとか、こヽは難かしいからこヽは聞かんともっと
   やさしいところを聞いておこうという様な具合で、そんな気持で
   教会へ行くのが嫌なのです。これは私だけなのかも知れませんけ
   れども。
久保 それは僕の望んでいる態度の逆なんです。私はあれを読むとき名
   前を見ないですらすらと読んで、あとで全員の名前をつけておく
   のです。だから点数など全くつけませんし、名前だけで用は足り
   るのです。内容は全然問題にしてないんです。
木下 僕はこのごろ書くのがめんどうになったので友達に見せてもらっ
   てます。(笑)
久保 私はこんどあれを改めて感想文にしようと思うのです。しかも簡
   単なのをね。
木村 それでしたら私達にとってけっこうなことです。そのお話につい
   てよく考えられますから。
阿波 ジュニア・チャーチの先生に来ておられる神学生の人がこういっ
   ておられました。�犒�達の書いていること、時を選ばず、お祈り
   の途中でも書いていること、それは、説教をする人の言った言葉
   であって言わんとした心を写しとっていない�瓠ー造砲修Δ世隼�
   いました。
久保 でもね、夢遊病者のような書き方をしている人は少ないですよ。
   とにかく書くことがプラスになると思うのです。たとえ僕がだま
   されたとしても。
 
 ◆ ファイトに欠く宗教部
 
司会 大分時間も過ぎましたので、この辺で宗教部でない方、何か宗教
   部に望まれることがありましたら……。
高島 相当おせっかいなまでにも積極的にあられることがいヽと思いま
   す。お友達を教会へさそったり、家庭的な書物をすヽめたり、意
   義ある行為だと思いますね。お友達同志やりにくいとは思います
   がね。でもそれは克服しなければならないと思います。
司会 阿波君何か……。
阿波 宗教部の方、ファイトに欠けると思うんです。学校生活に於ても、
   宗教部員としてのプライドといつも新鮮な情熱で、すべてのこと
   に当ってほしいと思います。
久保 しかも年令的にそういう確心がないから……。何しろ与えられた
   ものだけに自分で獲得したより情熱は薄いでしょうね。まァでき
   るだけ勉強しますよ。
内村 宗教部に本当のクリスチャンといえる人が何人いるかということ
   ですが、宗教部でも本当の信仰を持つ人を養ってもらいたいと思
   います。
河原 理屈だけでなく、行動にもそれが表われる宗教部を望みます。
木村 今年はいくらか活発ですけれども、今迄の宗教部の人達一つのカ
   ラの中にとじこもっておられるように思うんです。もっと積極的
   に行事など計画していただけたらけっこうだと思います。それに
   は確かな信仰が必要ですし内村さんがおっしゃったように本当に
   信仰を持つ人が沢山出られるように望みます。
司会 どうもいろいろお話し下さいましてありがとうございました。お
   かげで私達の活動について色々反省することができ、これからは
   益々努力してよりよい宗教部になるよう努めたいと思います。あ
   りがとうございました。
 
   ── 《彰栄・創刊号 195411.? 同志社中学宗教部》
 → ── 《彰栄・第二号 19550316 同志社中学宗教部》
 
────────────────────────────────
 
 ◆ “クボエム or アナグマ”教頭
 
 創刊号には日付がないが、おそらく文化祭当日に配布したもの。署名
がなくとも題字・カットをみれば《図書室便り》とおなじ、影の編集者
の存在は一目瞭然である。この座談会では、宗教部員は司会者だけで、
あきらかに教師と生徒が対峙して、レポート・キャンペーンの結論が出
ている。しかし当時は、それほど策を弄したつもりではなかったが。
 
── 9月12日、敬老の日に先立ち、桝本市長は今年度100歳を迎
えられる北区の久保政義さん(写真A)と右京区の永井丑之助さん(写
真B)のお宅を訪問。記念品として京漆器の壽盆(ことぶきぼん)を贈
呈し長寿を祝いました。
 今年度市内で100歳を迎えられる長寿者は昨年度より31人増加し
て135人。これで100歳以上の長寿者は341人となりました。
http://www.city.kyoto.jp/koho/shinbun/15ks1003.pdf
── 《敬老の日を前に市長が長寿者を祝福 20031001 市民しんぶん 第738号》
 
 ◆ 写真
 
《ライオン校長 Pho'195407.. 由良キャンプ》 加藤 延雄(同志社中学高校長)
《神学生    Pho'195408,, 》Let'195408.. 江川 永 (群馬県出身)
 
────────────────────────────────
 
── 兄の曾て西京を出発するや、僕に約して曰く、公会へは必ず出づ
べしと。然るに未だ数月をも経過せざるに、東京の公会にもご出席なく、
しかのみならず、当会(京都第二公会)より御退会の事とは、余り約し
て速かに約に違ふに似たり。これ小生の君の将来のキャレクトル (Cha-
racter) を成し立つるに、何等かの影響を生ずべきやと、大に痛心する
所なり。一諾不変は男子の常なるも、斯くの如く速かに氷解霧散せしむ
るものは、兄には必らず見る所あるを、然かするなるべけれ共、斯くの
如く一約一諾を易々然として変ずるは、大丈夫の大いに恥づる所なるべ
し/御忠告の段、多謝の至り。何れ僕成るべく丈け注意いたし、弊校の
進歩を計るべく候。同志社生徒の自負心の点には、僕も着目しをり候へ
ば、何れ此点にも精々注意仕るべし。斯くの如く東西所を異にする共、
何なりと僕の心得となるべき事は、御遠慮無く御忠告を仰ぎ度く候。右
は貴答の為め早々此くの如きなり。(1880)九月廿一日 徳富猪一郎 君
── 同志社・編《新島襄書簡集 19880316 岩波文庫》P143-144
 

 新島 襄 同志社創立 18430212 江戸 18900123 48 小田原客死 18751129同志社英学校創設 天保14.0114幼名=七五三太
 徳富 蘇峰 歴史評論 18630314 肥後 19571102 94 戦犯〜《近世日本国民史 1953 大阪毎日新聞》 文久 3.0125 廬花の兄

 
 ◆ 主の祈り
 
── 天にまします 我らの父よ/願わくば 御名を崇めさせ給え/
御国を 来たらせ給え/御心の 天になるごとく/地にもなさせ給え
/我らの日々の糧を/今日も与え給え/我らを こころみにあわせず
/悪より救い出し給え/国と力と栄えとは/限りなく 汝のものなれ
ばなり/アーメン ── 《マタイによる福音書 6章9節》
 
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=20031009
 
《新約聖書》(詩篇・付)
《新約聖書》(口語訳)
《讃美歌》《Takasago》
《新・讃美歌》


1954年10月06日(水)  図書室便り 〜 読後感想文コンクール 〜

 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19541006
 
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 読後感想文コンクール入選発表


一 等  ヘルマン・ヘッセ郷愁        三A 内村 公義
二 等  宮沢賢治 銀河鉄道の夜       二A 和田 和代史
三 等  アレクサンドル・デュマ 三銃士   一A 井上 健次
選外佳作 トルストイ 生立ちの記       三D 木村 祥子
 ″   アンネ・フランク 光ほのかに    二C 清水 弘子
 ″   ジョルジュ・サンド 愛の妖精    二D 北川 禎三

 選定後記
 
 藤原・高島・仲原・児玉・松森各先生及び図書委員一同によって選定。
 入選者一等には千円、二等には五百円、三等には二百五十円の図書購入
券を副賞として贈呈す。
── 《図書室便り・第三号 19541006 同志社中学校図書委員会》
 
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 ヘルマン・ヘッセ 郷愁          3A 内村 公義
 
 自然は偉大なるものである。そしてうるわしいものである。
 自然は、あらゆる人に棄てられた孤独な者を慰め、はぐくむものなの
だ。そして、人間の到達し得ない偉大な力を持っているのである。その
力の蔭には偉大なるあるものがひそんでいるのだ。
「郷愁」を読むと、この様な何かいい知れない自然の力を感じるのであ
る。そして、それと同時に、もう一つのものを感じる。それは自然の如
く不滅のものなのである。愛、愛がそれである。愛は自然と共に不滅の
ものではなかろうか。人間の欲望は、此等の不滅のものに較べたら、ど
んなにか小さく、はかないものであろう。
「郷愁」は次の様な言葉で終っている。
「……この大作はことによったら、もう一度書き直し、書きつづけ、完
成する様な時が恵まれるかも知れない。その時こそ私の青春の憧憬が充
される時なのであり、私は詩人になれた、と云うことになるであろう。
 それは私にとっては村会議員や、石の堤防と同じくらい、或いはなお
それ以上の価値のあるものだったかも知れない。しかしながら、それは
あのほっそりした美しいレージ・ギルターナーから可哀想なポッピーに
至るまで、愛すべきあらゆる人々の像をひっくるめた、──あの私の生
涯の過去とはなったが、しかし不滅であるところのもの──に較べたら、
元より及ばぬものであったであろうが。」
「郷愁」は都会文明の中に生きる場所を求め、幻滅しか見出し得ずして、
自然の中に心の故郷を見出し、その自然を愛し、自然に溶け合った青年
の姿を画いている。この青年は自然を愛し、その愛から人間愛へ行く道
を見出そうとした。そしてその道を歩んだのである。それのみかこの道
は自然と共に、彼の生涯に於いて不滅のものとなったのである。
 私は更に次の様な事を感じる。自然の力の蔭にひそんでいるもの、そ
れは神ではなかろうか。いや、神なのである。神の愛なのだ。
 自然の力、そして愛、何か力強いものを感じるのだ。そして美わしい
ものを感じるのだ。
 私は秋空や、或いは冬の星空を眺めるのが好きだ。そこに神秘的な美
わしさを感じるのだ。そして、この「郷愁」を読むとそれと同じ感じが
するのだ。
 ヘッセは次の様な事を云っている。
 
  世界が戦争と不安に息詰ろうとも、
  方々で、
  だれにも見えないが、ひそかに、
  愛が燃えつヾけている。
 私は更につけ加えたい。
  そして自然は、我々を愛してくれる。
  その美と偉大さは、
  永久に変わることを知らない。        (芳賀 檀・訳)
 
── 読後感想文コンクール入選作(一等)
 
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── 芳賀 檀・訳《現代世界文学全集�機真慶�社》
 高橋 健二・訳《郷愁》の引用は、「ポール先生さようなら」に重複。
 
…… 引き出しには、私の大きな創作のはじめの部分がはいっている。
 「わが生涯の作品」ということができよう。それはあまりおおげさに
聞こえるから、そうは言うまい。というのは、この作品の進行と完成は
おぼつかないことを告白しないわけにいかないからである。新しく始め、
続け、完成する時が、もう一度来るかもしれない。そうなったら、私の
青春のあこがれは正しかったわけで、私はやはり詩人だったのである。
それは私にとって村会議員や石の堤防と同じくらいの、あるいはそれ以
上の値うちがあるだろう。しかし、すらりとしたレージー・ギルタナー
から哀れなボピーにいたるまで、なつかしいすべての人々の姿を含めて、
私の生涯の、過ぎ去りしはしたが、消え失せることのないものを、それ
はつぐなうに足りないだろう。
── ヘッセ/高橋 健二・訳《郷愁 19560831 新潮文庫》P185
 
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 論説 図書部の方向            3C 河原 満夫
 
…… 我々が、民主主義社会の一員として又一個の人間としてより高く、
より完全に生きようとする時、我々は必ず読書の必要を痛切に感ずるで
あろう。
 云うまでもなく、我国は憲法に主権が国民の一人々々にあることをう
たっている。すなわち、国民の一人々々が国を動かし、さらに世界を動
かし得るのである。こう考えてみると今更ながら、民主主義社会におけ
る個人の比重の大きい事と共に、個人の国家さらに人類全体に対する責
任の重大さに気付くのである。
 今、世界は二つの陣営に分れて相争っている。高度に発達した自然科
学は、戦時において、もはや前線と銃後とのへだたりを完全になくして
しまった。人類の前には、今永遠の破滅と永遠の繁栄あるのみである。
 どうすべきか、どちらをえらびとるべきか。これは、主権の存在する
我々国民の判断によってすべてが決定されるのである。
 結局、民主主義の社会は個人々々の判断の上に成立しているのである
といえる。さらにほりさげて云うならば、民主主義は個人々々の思索の
上に成立しているということになろう。
 私は、思索力を養い育てるものは書物であると思う。他に映画、テレ
ビ、ラジオ等ないではないが、書物に匹敵できるものは何一つないと私
は思う。
 されば、我々一人々々が、書物を読むか読まないかは、只単にその人
の運命をかえるだけではない。人類の運命さえをもかえる可能性がある
と思う。
── 《図書室便り・第二号 19540701 同志社中学校図書委員会》
 
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 編集後記 3E                 吉田 肇
 
…… 二学期に入ってやっと新館からの通路が開けた。投書箱や座談会
にも出ていた問題だったが、やっと願望がかなったと云う訳だ。三年生
は十分間の休みも図書室を大いに利用してほしい。
 所で私はこれに関係して、一つの事を心配している。それは読書水準
の低下である。つまり利用すると云っても十分間ではさほどまとまった
物を見る訳にはいかぬ。だから雑誌等に少しだけ目を通す様な読書にな
るという事である。まあそれも教室でレスリングをするよりは良いだろ
うが、三年ともなれば一応まとまりのある物を読まれたい。又、六日連
日貸出しの新制度も大いに利用してほしい。
 少しもどって夏休中の事だが、室内貸出はほとんどなく、わずかに二、
三人が利用しているのが見受けられる程度だった。又貸出票をくって見
ると驚いた事に、文学書、著名新刊書等の記載されているのは皆女子で
ある。男性はと云うと、講談社世界名作全集、探偵小説、今に日本の文
壇は全て女性に占められるのではないかとおそれている。男性よ、この
様な事が起らんように努力されん事を望む。人が読む書物はその人を左
右する。だから読書の選択は自由だが、良書はその人の人格を増し、く
だらん本(図書には無いと思はれるが)は益どころか時には害をもおよ
ぼすという事を理解してほしい。無論、ずいぶん熱心な人もおり、そう
云った人を見ると、こんな事を我々が書くのはあつかましいとも思う。
けれども、図書室で相撲を取っているやからを見ると、ついこんなこと
も云いたくなるのだ。
── 《図書室便り・第三号 19541006 同志社中学校図書委員会》
 
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 委員へ感謝一言                 高島 春江
 
 私は二三年図書部を離れていたが、今学年再びこの部に帰って来て、
委員達の仕事への意欲の盛んなのに驚いた。第一回の会合で、機関紙の
発行が議せられ、予算もないのに突進、しゃにむに五号まで出してしま
った。それも活版にする、写真を入れる、などの強い要望があったが、
私はかえってそれを押えて来た。原稿の相談も始め一・二号の間は受け
たが、あとはまかせきりであった。その間、部員は絶えず外部へ働きか
けることに気をくばり、座談会や読書会、感想文のコンクール等、次々
催して校内の読書の指導をもって任じ、その上毎日放課後は勿論、夏休
みまで閲覧者への奉仕は実に誠実に続けてくれた。しかしそれら他人へ
の奉仕は、即ちその人達自身の成長となった。私は、時間と労力を惜ま
ず働いたこれらの人々の、それ自身の成長のすばらしさに驚く。そして
欣びを禁じ得ない。今このすべての中心であった三年生の人達を送るに
あたって、一抹の淋しさを感じるが、しかしその将来を祈って別れよう。
そして私達も又新しい構想を練って、新学年度を迎えねばならない。
── 《図書室便り・第五号 19550316 同志社中学校図書委員会》
 
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 精神の危機        ジョン・スチュアート・ミル
 
…… 今や私は、人間の教養の道具としての詩歌や芸術の重要性に就い
て、曾て私が読んだり聞いたりしてゐた意見に、漸く意義を見出し始め
たのである。尤も私自身の体験からこのことを悟り始めたのは、それか
ら可成り後の事であった。所謂芸術なるものの中で、私が子供の頃から
非常に面白く思ってゐたものは音楽だけであった。音楽の最良の効果は
(恐らくこの点に於て音楽は他の有らゆる芸術を凌ぐものであらうが)、
情熱を昂揚するにある。即ち既に人の性格の中に存在してゐる一種の高
貴なる感情を高い調子に昂揚するにある。そしてこの亢奮はその感情に
光輝と熱と与へる。成程その亢奮は最高潮時に於てこそ一時的ではある
が、他の時に於てもそれ等の感情を支持するものとしては実は極めて大
切なものである。かうした音楽の効果を私は度々経験した。併し快楽に
対する私の凡ての感受性と同じく、憂鬱時代の間はこの音楽に対する感
受性すらも停止されてゐた。従って私は幾度かこの音楽の方面から慰め
を求めようとしたのであるが、それは一切徒労に終った。併しその後、
潮の向きが変って、私が次第に回復に向ってからは、私は音楽の為めに
回復を促されることが多かったのである。尤もそれは昔よりも遥かに調
子の低いものであった。この頃私は初めてウェーベルのオーベロンを聴
いた。/その甘美なる旋律から受けた得も云はれぬ快感は、私が昔なが
らに感受し得る快楽の源泉を私に教へてくれたので、大に慰むる所があ
った。併し、音楽の快味は(それは音楽の快感の様な、単に音調のみの
快感に就いては全然真理であるが)慣れるに従って薄らぐものであるか
ら、間隔を置いて興味を新にするか、乃至は絶へず新奇なものを与へて
興味を養って行くかしなければならぬと考へて来ると、折角の効果も大
分損ぜられることになったのである。そして私の当時の精神状態と、そ
の年頃の私の心の全体の調子との特質を最もよく表はしてゐることは、
音の組み合はせは結局尽きて了ふことになりはしないかと考へて、本気
になって煩悶したことである。音階は唯だ五つの全音と、二つの半音と
から出来てゐる。そしてそれ等が組み合はされ得る方法の数には一定の
限度がある。而かも音楽美を有する組み合はせはその中の極小部分に過
ぎない。加之、その極小部分の大部分はもう今までに既に発見されたも
のに相違ない。さうなると今後モツァールトやウェーベルの様な名匠が
続々現はれて、彼等がこれまでやって来た様に、全然新しい、この上も
なく豊かな音楽美の鉱脈に掘り当てる余地はもう左程長くはない筈だと
云ふ風に思はれたのである。
── 西本 正美・訳《ミル自伝 19281215 岩波文庫》P154-156
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 20001224 00:00:00 虚々日々 〜 Files 〜
(20050518/20051008)


1954年09月15日(水)  野矢文庫 〜 Noya Library 〜

 
https://jp.quora.com/%E5%93%B2%E5%AD%A6%E5%88%9D%E5%BF%83%E8%80%85%E3%81%AE%E5%AD%A6%E7%BF%92%E3%81%AE%E5%89%8D%E6%8F%90%E3%81%A8%E3%81%97%E3%81%A6-%E8%AB%96%E7%90%86%E5%AD%A6%E3%82%92%E5%AD%A6%E3%81%B6%E3%81%B9%E3%81%8D%E3%81%A0?__filter__=all&__nsrc__=notif_page&__sncid__=61094227961&__snid3__=82194847053
・
 Noya, Shigeki 19540915 東京 /東京大学名誉教授
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=19540915
 書誌目録 〜 from My Bibliography 〜
 
── 野矢 茂樹《論理トレーニング101題 20010427 産業図書》
http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/478280136X
 
── 野矢 茂樹《ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』を読む 20060401 ちくま学芸文庫》
http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/4480089810
 
── 野矢 茂樹《入門!論理学 20060925 中公新書》
http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/B00LMB0G46
 
── 野矢 茂樹《新版 論理トレーニング 哲学教科書シリーズ 20061110 産業図書》
http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/4782802110
 
── 野矢 茂樹《増補版 大人のための国語ゼミ 20181004-1005 筑摩書房》
http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/4480816801
 
── 野矢 茂樹《論理学 20190308 東京大学出版会》
http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/B07HWVSY82
 
── 野矢 茂樹《そっとページをめくる 〜 読むことと考えること 20190726 岩波書店》
http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/4000237403
 
── 野矢 茂樹《まったくゼロからの論理学 20200226 岩波書店》
http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/B0928DQYWP
 
── 野矢 茂樹《語りえぬものを語る 20201112 講談社学術文庫》
http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/406521615X
 
── 野矢 茂樹《言語哲学がはじまる 20231020 岩波新書》
http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/B0CLKZ7V8V
 
(20250128)


1954年08月23日(月)  ラプソディ 〜 華麗空虚の恋愛狂詩曲 〜


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│ adlib/19540823
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│ http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=19540823
│ http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/list?id=87518&pg=000000
│ https://tx696ditjpdl.blog.fc2.com/?q=00000000
│
│ https://awalibrary.blog.ss-blog.jp/
│ https://booklog.jp/users/awalibrary/
│ https://q.hatena.ne.jp/adlib/
│
│ https://twilog.org/awalibrary
│ https://twitter.com/awalibrary
│ https://www.facebook.com/masatoshi.awa
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 ラプソディ 〜 華麗空虚の恋愛狂詩曲 〜
 
 Ex libris Web Library;Rhapsody [DVD] [Import] MGM
http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/B002N37N70
── 《ラプソディ Rhapsody 19540311 Release 19540813 America 19540823 Japan》
 |
https://www.amazon.co.jp/dp/B002N37N70?tag=booklogjp-default-22&linkCode=ogi&th=1&psc=1
…… DVDが 201209‥ に発売されております(20131002 16:15:01)。
https://blog.goo.ne.jp/taezaki160925/e/b7343939365ef60e1d5550b57192c56d
 
 エリザベス・テイラー  as Louise Durant ルイズ
♀Taylor, Elizabeth   19320227 England America 20110323 79 /Dame Rosemond DBE
 
 ヴィットリオ・ガスマン as Paul Bronte ポール
 Gassman, Vittorio   19220901 Italy      20000629 77 /《奇蹟》《バラバ》
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 マイケル・レビン or ラビン(18)Violin“神童”
 Rabin, Michael     19360502 America     19720119 35 /麻薬転倒死/誤=71
 専門スタッフ(ヴァイオリン&ピアノ・スーパーバイザー)が演技指導。
http://en.wikipedia.org/wiki/Rhapsody_(1954_film)
 
 Ericson, John     19260925 Germany America 20200503 93 /俳優
https://en.wikipedia.org/wiki/John_Ericson
 ↑ジョン・エリクソン ↓ジョニー・グリーン
 Green, Johnny     19081010 America     19890515 80 /指揮/音楽監督
 
 ブロニスロー・ケイパー(編曲)
 Kaper, Bronislau   19020205 Poland America 19830426 81 /Music Department
 
 クラウディオ・アラウ(51)
 Arrau León, Claudio  19030206 Chile  America 19910609 88 /Piano
 
 Vidor, Charles    19000727 Hungaly America 19590604 58 /監督《アンデルセン物語》
 Kaye, Dann      19110118 America     19870303 76 /コメディアン《五つの銅貨》
♀Jeanmaire, Zizi    19240429 France     20200717 96 /バレエ・ダンサー《カルメン 1949 London》
 
── チャイコフスキー《ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 Op.35 18811204 初演》
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=20081219
 わが競奏 〜 Concert for Violin and Orchestra 〜
 
── ラフマニノフ《ピアノ協奏曲 第2番 ハ短調 Op.18 19011026 Moscow》
http://okwave.jp/qa/q3963858_8.html#answer(No.3 20080421 02:42)
 不急の記憶 〜 想い出は遠くにありて思うもの 〜
 
〔story〕 (※結末の記載を含むものもあります)。
 
…… ルイズ(エリザベス・テイラー)は南仏リヴィエラの別荘から音
楽学生の恋人ポール(ヴィットリオ・ガスマン)とチューリッヒへ来た。
ここには有名な音楽学校があって世界各国から音楽に志す青年男女が集
まっていた。ポールはルイズを連れてシューマン教授の試聴をうけに行
き、交響楽団と協奏曲を演奏するチャンスをつかんだ。ポールの演奏会
も迫ったころ、ルイズは父からの電話をうけてポールとともに週末を利
用してサン・モリッツへ出かけたが、そのため練習不足となってポール
はリハーサルに失敗した。しかし、シューマン教授はもう1度チャンス
を与えてくれた。ポールはルイズと会うのもやめて練習に打ちこみ、無
聊をかこつ彼女は同宿のピアノを学ぶアメリカ青年ジェイムズ(ジョン
・エリクスン)と次第に親しくなった。演奏会は大成功だった。これで
2人きりの生活に戻れるとルイズがほっとしたのも束の間、ポールは翌
日から演奏旅行に旅立った。ルイズは、失望のあまり服毒自殺を計り、
ジェイムズの献身的な看護に救われた。彼女は父のいるパリへ彼を伴い、
2人は結婚した。一方、各地で大成功を収めてパリを訪れたポールは久
しぶりにルイズと会った。ピアノを捨てたジェイムズは酒びたりの生活
でルイズとの仲もうまくいかず、ルイズは、ジェイムズと別れてポール
と結婚したいといったが、ポールはそれを断った。ジェイムズもアメリ
カ帰国を決意したが、ルイズの引き止めを振りきることができず、2人
でチューリッヒの下宿を訪れた。そして、ジェイムズはふたたびピアノ
に精進するようになり、やがてシューマン教授の推薦をうけて交響楽団
のゲスト・ピアニストとして晴れの演奏をすることになった。その当日、
ポールからルイズを迎える旨の電報があったが、これはジェイムズにと
って大きな衝撃であった。しかし、彼はよくこのショックに耐えて見事
に演奏を成し遂げた。ジェイムズの成功に我を忘れて喜ぶルイズの姿に、
駆けつけたポールは全てを理解し、静かに去った。聴衆の去ったホール
で、ジェイムズは、ただ1人彼を待つルイズの姿を見いだした。
 
(20220102)
 
…… 製作は「アダム氏とマダム」のローレンス・ウェインガーテン。
ヘンリー・ハンデル・リチャードスンの小説『モオリス・ゲスト』を
ルースおよびオーガスタス・ゲーツ夫妻が潤色し、フェイおよびマイケル
・カニン夫妻が脚色したものを「アンデルセン物語」のチャールズ・
ヴィダーが監督した。映画中使用される10数曲の純音楽は、「リリー」
のブロニスロー・ケイパーにより編曲され、ジョニー・グリーンが音楽
監督とオーケストラの指揮にあたり、陰の演奏は、ヴァイオリンを
マイケル・レイビン、ピアノはクラウディオ・アロウが受持った。
https://moviewalker.jp/mv9534/
 
 テクニカラー色彩撮影は「リリー」のロバート・プランクの担当。
エリザベス・テイラーを中心に「君知るや南の国」のヴィットリオ・
ガスマン、新人ジョン・エリクスン、「アスファルト・ジャングル」
のルイス・カルハーン、「白い恐怖」のマイケル・チェホフ、
「イヴの総て」のバーバラ・ベイツ、リチャード・ヘイゲマンが出演。
 
http://blog.goo.ne.jp/taezaki160925/e/b7343939365ef60e1d5550b57192c56d
 狼魔人日記(20061118)↓動画
http://maruyamaxx.exblog.jp/15640733/
 
〔private〕
 
 Sound of Silence 20140320 00:00
 
 Ex libris Awa Library;弓引く与太郎 20140320 Photo by Tamura, Tad.
http://d.hatena.ne.jp/adlib+bilda/20140320/1395981531
 Silent Violin at 本宮先生卆寿祝賀会
 
https://www.youtube.com/watch?v=QHnVRrd8Xq0(2:55)
── 《ラプソディ Rhapsody 19540813-0823 America》19540311 Release dates
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19540823 華麗空虚の恋愛狂詩曲
 
 エリザベス・テイラーが、硬軟ふたりの男性と狂おしい恋を演じる。
 ヴィットリオ・ガスマンが、夜明けのジュースを運んできた恋人を
「きみのキスのほうがいい」とベッドに引きよせる場面は、許しがたい。
 
(東京時代の共同下宿で、ふざけた西尾が、寝起きのキスを仕掛けた時、
「きみのキスよりジュースのほうがいい」と応じたが、彼は映画を観て
いなかったらしい)
 
(一年後に与太郎が、ヴァイオリンを購入する引き金になったほどだ)
 この伊達男が、ヴァイオリンをアゴに挟んだまま、歩きまわる恰好は、
ついに真似できず、いまも夏の樹にしがみつくセミのように弾いている。
 
 図書委員会も、中学生が司書の小屋 浩子さんに恋愛談義を語らせた。
 彼女いわく「わたしなら、迷わずヴァイオリニストのほうを選ぶわ」
 ついでに、めぼしい現役大学生の品定めにまで発展する。
 
 ゴリが「男前で美声の神学生は、身長が足らんな」とケチをつけると
「でも、体格はガッチリね」しぶしぶ「ホルンも吹けるし」と折れあう。
 あとで河原が「彼女は、あれでなかなか大学生にモテるんや」と総括。
 
【Yahoo 知恵袋】三行革命宣言 gswyn755 プロフィール
 
 長文は読まれず、読まれても理解されず、理解されても忘れられます。
 わたしは、原則32字詰×3行≒100字(一段落)で書いています。
 思ったまま書くより、翻訳ソフトが理解できるように心がけています。
 
 あなたの好きなもの・得意なもの(20081207)
 古典音楽+写譜+チェロ/近代美術+写生+デザイン
/未来文学+写真+文学/年代学+暦法+レイアウト
http://chiebukuro.yahoo.co.jp/my/myspace_prof_edit.php?writer=gswyn755&crm=Eczrbxyj15k
 
【教えて!goo 】自己紹介 bilda 20040909 adlibilda 20140601 登録
 
 bilda は、原則32字詰×3行≒100字(一段落)で書いています。
 Mozilla Firefox 3 での閲覧・印刷を想定しています。質問回答とも、
“── 《‥‥》”により引用(コピペ)部分と出典を明示しています。
 
 過去の質問は、つぎのキーワードで Google or Yahoo! 検索できます。
“教えて!goo > ”“質問者:bilda ”の検索結果 約 x 件(y↓全z件)
(「検索結果をすべて表示する」には、ここから再検索してください)
https://oshiete.goo.ne.jp/profile/155241 (20080921)(20150810)
 
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 YMDay(20220104)last up dated.


1954年08月17日(火)  キリギリス 〜 アリガ来たりて 〜

 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19540817
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/list?id=87518&pg=000000
http://www.enpitu.ne.jp/tool/edit.html
 
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=19540817
 Ex libris Web Library;
 
 夏休みになって、生徒会長あてに手紙を出す。「あの原稿は、都合に
よりボツになりました」というかわりに、わけのわからない弁明を書い
たらしい。折りかえし彼女から、誠実で真意にあふれる返信がとどいた
(Let'337 19540804)。
 二学期になると、久保教頭の所属する教会での噂話が、ひそかにささ
やかれはじめた。年度末には、教頭のポストは信楽先生に移った。
 
 中学三年の夏、恒例の由良キャンプには、一期一週間のところ、二期
三期つづけて参加することにした。申込書を届け出ると、岡田先生に、
「おんなじ行事の繰り返しやで、それでもええか?」と念を押された。
 しかし、おなじではなかった。二期のボート・レースで優勝したあと
潮風に喉をいため、三期に入ると、まったく声が出なくなった。
 もし二期だけで帰っていたら、沈黙の夏を無為にすごして、新学期を
迎えたにちがいない。そして、有賀誠一も訪れなかったであろう。
 以下、(四十二年後の)吉田肇・馬場久雄(両君同文)あて書簡の一部。
 
…… 郵送された冊子で、有賀博士の没後譚を読む。いまも博士ご存命
なら教わりたいこともあるが、中学以後その愚息・有賀誠一の悪友とし
て、上りこんで、ピアノやバイオリンを鳴らして隣室の研究の邪魔をし
た。当時の有賀誠一は、わが師わが友の筆頭である。夏のキャンプで、
潮風に喉をいため、初めて歌う気になった。数日後の彼の訪問で、楽譜
のシステムが理解できた。その日「有賀来たりて合唱す 19540817」と
記して以来、わが青春わが人生は大きく曲がったのである。立石義雄か
ら見舞状も届いた「君は、のどを枯らしていたが、元気ですか。♪我ら
は主の子供らよ」かくて西欧古典音楽への傾倒がはじまった。有賀誠一
の援護がなければ、バイオリンもチェロも縁なき衆生だったと痛感する。
── 幻の有賀勅語 19960302-0601 書簡(目録参照)
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=19451205
 
 なんとしてもボート・レースに優勝するぞ、とテント仲間にハッパを
かけて毎朝一時間早起きした結果、ブッちぎりの優勝を果したあとで、
声が出なくなった。これで変声期をくぐりぬけたらしい。
 小学校三年以来、唱歌の時間にも断固として歌わなかった音痴少年が、
先生や神学生の男性合唱に耳をかたむけ、ついに目ざめたのである。

 あとで判明したことに、その日は有賀誠一(十五才)の誕生日だった。
 勢いをかって、文化祭の合唱コンクールでは、指揮者として優勝した。
賞品はノート一冊、うれしくて、いまだに未使用のまま保存している。
 
…… 「暑い季節にはなにしていたの。」アリは借り手のセミに訊く。
「夜も昼も、みなさんのために、歌をうたっていましたの、すみません。」
「歌をうたって? そりゃけっこうな。それじゃこんどは踊りなさいよ。」
―― ラ・フォンテーヌ/今野 一雄・訳《寓話(上)1972 岩波文庫》P070
 
 男性合唱団・枯木コーラスの由来は、ハイキングで梅の木を見つけた
「うめき・コーラス」に発祥するという(有賀説)。枯木も山の賑わい
(誰でもいいから集める)の意、声が枯れても歌う、枯木にも花が咲く、
など諸説あり。アリガ来たりてキリギリス、アリガ来たりてセミが鳴く、
これらは、当時封切られた映画の題名を連想させる。
―― 横溝 正史・原作《悪魔が来りて笛を吹く 19540427 東映京都》
── 《虚々日々 20001224 阿波文庫》P050
 
 ゲーム・ボーイ 〜 永遠のボーイ・ソプラノ 〜
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=20030910
“グンペイ”生る 〜 もうひとりの時間泥棒 〜
 
(20001224)
 
 ◆ プロローグ 〜 自転車で来た友 〜
 
 有賀誠一は、15歳の誕生日に、はじめて与太郎の家にやってきた。
 彼は図書委員で、与太郎は図書委員会のオブザーバーだった。
(図書委員長の河原満夫が、地歴部長を兼ねていたことによる)
 
 新聞部長だった与太郎は、毎日カメラをぶら下げて登校していた。
 最初は、生徒会長選挙の候補者で、同級生の生徒手帖に貼る写真も、
全員撮影した。ひとりづつ集金して、ほとんどポケットへ入れた。
 
 有賀くんの用件は、いま思うに明快そのものだった。
 職業科(仲原教諭)の夏休みの課題レポートを共同制作するために、
清水焼の浅見家を訪問するというアイデアだった。
 
 浅見家では、息子の同級生がカメラを持って取材に来るというのに、
ふだんどおりに対応された。京の旧家は、いまさら改まるには古すぎる。
 雅夫くんの父も弟子たちも、黙々と土を捏ねていたのである。
 
 最後に筆を与えられ、釉薬の上から、つぎの一首を書きこんだ。
 ♪われ男の子(をのこ)意気の子 名の子 つるぎの子 詩の子 恋の子
あゝもだえの子。雅敏かく ── 与謝野 鉄幹《紫 1901‥‥ 詩歌集》
 
 この茶碗は、結婚後まで保管され、日常的に用いていたが、いつしか
粗末にされ、なにかの拍子に割れて捨ててしまった。いま思うに、写真
でも撮っておけばよかったのだが。
 
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=19980307
 祥瑞亭・開窯150年 〜 六代目・浅見 五郎助 〜
 
 ◆ エピローグ 〜 自転車で来た友 〜
 
 1961年、タヌキが自転車で京都から東京まで500キロを走ってきた。
 与太郎が下宿に帰ると、ふとんの中で眠りこけていたのである。
 背広を質に入れて、銀座でシネラマ(タイトル失念)を観せてやった。
 
── 昨日は シネラマから締めくくりの女の子に到るまで結構楽しか
った。本当にありがとう。(Let'19610522 from Kinoshita, Syouji)
 
 帝劇のシネラマ
 
19550105《これがシネラマだ》帝劇=東京帝国劇場
http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD4110/index.html
── 《シネラマ・ホリデー 195512‥-196211‥帝劇》
 
196211‥《西部開拓史 》
1964-1965‥‥《アラビアのロレンス》を最後に解体。
 
(20080624-20090526)(20210123)
 


1954年08月04日(水)  沈黙の夏 〜 新聞部長のポスト 〜

 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19540804
 Ex libris Web Library;Let'19540803 from Tateishi, Yoshio
 
>>
…… 暑中御見舞申上げます。
 拝啓
 酷暑の折柄御機嫌好く御過しの事と拝察申上げます。私も無事消光い
たしております故、御安心下さい。先ずは御見舞まで……。
 そおそう帰りのバスの中で歌って声は出なくなったのはもうなおりま
したか!!
 “我等は主の子供等よ 御業はげみ進み行く・・・・”
 昭和二十九年盛夏
<<
 
…… ♪ 我らは主の子供らよ、みわざはげみ進み行く。
── 《Day was Day》P033(出典未詳)
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19540725 Ecce Homo
 
── 立石 義雄《人と事業 活性化 19870804 読売新聞》Let'19540803
 鳥越 忠氏から、新聞の切抜きコピーを受取った。33年後の偶然!
Let'19540804 from Kimura, Sachiko
 
>>
…… 前略、おたより拝見致しました。暑中見舞状を出そうと思いつヽ、
キャンプの三期にのこって居られるのだから、もっと後でも良いだろう
等と勝手な考え方をして失礼致しておりました。
 今年のキャンプ生活は、これまでになかった深い、何か言葉では云い
表わす事の出来ないものを与えてくれました。二期間生活された阿波さ
んにとっては、一層意義深いキャンプだったろうと思っております。
 さて、お手紙の件ですが、むづかしい問題だと思います。私には批判
なんて出来ませんが、今、私が考えているまヽを少し書いてみたいと思
います。
 あのお手紙を見て最初に感じた事は“ずいぶん変られたなあ”と云う
事であり、次に感じたのは“阿波さん、考え方の進歩をされた”と云う
ことです。でも今思っているのは“進歩は進歩だけど、ずい分ずるい進
歩だ”と云う考えです。
 もちろん、貴方は貴方が最も正しいゆき方だとお考えになる方法をと
られるのが最善だと思いますが、私のまずい意見(でも私は、これが正
しいと思うのです)も一応お聞き下されば幸でございます。
 生意気だとおっしゃるかも知れませんが、私には貴方のお手紙の始め
のところにあった“生徒の層に与える影響を考えてみて、それが果して
私達の思っている方向にゆくかどうか自信がなくなった”と云うのが本
当のところで、その後のはそれについての弁明に過ぎない様にも思える
のです。無論、後に書いてあった色々の考えは間違いではないと思いま
した。しかし、見方によっては、やはり自分自身が可愛いので良い子で
居りたい為に自分一人で勝手な理くつを作ってこの事をやめたいと云う
風にもとれます。
 いたずらに教頭をつるし上げた記事を書いても、反って反感をかわれ
るだけだと思いますが、貴方が教頭のとった態度を正しいと思わないの
なら、どうしてもっと別な(おだやかな)方法でヾも教頭の非を認めさ
す様にしないのですか。

 私は、私の意見をのべますが、これをおしつけよう等とは毛頭考えて
おりません。たヾお聞き下さって、御批判願えば結構なのです。
 どうぞ、そのおつもりでお読み下さい。
 貴方が久保先生の意見に賛成なら、それで良いと思います。が、反対
していながら煮え切らない態度を取る等とは男らしくないじゃありませ
んか!
 キャンプで本宮先生達がこの様な意見を述べられたのですか?
 もちろん、このことよりも生徒の自覚をうながす方が大切だと私も思
います。しかしその為にこの問題をうやむやに終らせる必要はないと思
うのです。私の考え方は、前に出した原稿のとおりで、趣旨は結構だし、
私も賛成だが方法には反対する(点数のことをやめた方が良い)と云う
のです。今も変っておりません。だから、もし新聞部でこの問題をその
まヽにされる様でしたら個人的に教頭の意見を聞きにゆきたいとも思っ
ております。 でも個人的にはそう云うことは出来ても新聞部、生徒の
代表となって行われるとなると本当に大変な事だ、色々と気もつかわれ
るだろうし、むづかしい事だと思います。新聞部にそう云う事を望む方
が間違いかも知れません。
 実は、私は、一学期中にこの新聞を出すのならともかく、夏休みを中
にはさんで二学期に出すとなると皆の関心も淡らいで来て、あまり効果
が上がらないのじゃないか、又、先生方は、それを望んでにぎりつぶし
にされないだろうかと心配だったのです。鉄は熱い中に打てと申します
から。先には色々な事を書きましたが二学期に入ってからだったら
どちらにしろ、おやめになった方が良いでしょう。
 
 ▲ それに気乗りしない事を無理にやってもあまり効果は上がらない
   でしょうし、
 でも、私はこうも考えます。過去何年間か陰では反対して居りながら
先生の前で反対出来なかった意気の無い、長いものにまかれろ主義の同
中生が堂々と反対運動を起したと云う事は大いなる進歩だと、そうして
その中心となって活躍した新聞部、そのリーダーであった新聞部長に
敬意を表したいと思います。
 何だか思いついたまヽ書いてまとまりの無いものになってしまいまし
たがおゆるし下さいませ。
 今一つ申上げたいのは“阿波さんは少年の考え方よりぬけて大人の考
え方になられた”と云うことなのです。生意気なことを申しまして……
 貴方が御意見をお聞かせ下さったのが“木村は出しゃばりでうるさい
から一応言っておこう”という理由でない様に願っております。
 時折柄お身体御自愛下さいませ。
 先づは御返事まで                さようなら
 
<<
 
1954年12月10日(金)   いそいそ 〜 something wrong 〜
1954年11月27日(土)   ♪ 五木の子守唄
1954年11月23日(火)   秋の夜の感傷 〜 続・虫のいろいろ 〜
1954年11月22日(月)   男女共学の発展のために
1954年11月21日(日)   同志社中学文化祭プログラム
1954年11月06日(土)   ショスタコーヴィッチ《祝典序曲》の編曲と移調
1954年11月01日(月)   座談会 久保先生を囲んで
1954年10月06日(水)   図書室便り 〜 読後感想文コンクール 〜
1954年08月23日(月)   ラプソディ 〜 華麗空虚の恋愛狂詩曲 〜
1954年08月17日(火)   キリギリス 〜 アリガ来たりて 〜
 
19540803-0809 Letters
 
1954年07月27日(火)   夢の銀貨 〜 父の小噺 〜
1954年07月25日(日)   Ecce Homo
1954年04月27日(火)   旅のしおり 〜 余太郎の出処進退 〜
1954年03月21日(日)   客太郎 〜 サロン・ド・ボヴァリー 〜
1954年03月10日(水)   福翁自伝の変遷
1954年03月01日(月)   死の灰 〜 ビキニ環礁のマグロ漁船 〜
1954年01月02日(土)   死辞苑 〜 圧死事件 〜
 
 Hatena Q&A
 
…… 会社から強要される自己研鑽に疑問を感じます。
 私の会社では1年間の目標を立てる際に、自己研鑽という名目のもと
業務に関連する資格の取得を掲げさせられます。
 資格取得の目標を達成できないと、評価が下がります。
 
 業務に関連する内容の資格取得なので、給与を払わずに社員の能力を
上げることができます。会社からすると非常にお得だと思うのですが、
ともすればサービス残業にあたるようなことなのではないかと思ってい
ます。
 
 他の会社の友人を見ていても、一般的には、プライベートの時間を使
って、英語や資格取得等自己研鑽を行うことが「普通なこと」とされて
いるように感じます。
 
 もやもやするのは、それが自由意志によるものではなく、実態として
会社からの評価に響くところです。
 
 私はプライベートでは個人で別の事業をしている為、資格勉強の時間
がなかなか取れず苦労しています。
 小さなことのようで、とても時間を消費することなので、悩んでいま
す。どう思いますか?
 
http://q.hatena.ne.jp/1504943890(No.3 20170911 不投稿)
 
…… 夏休みになって、生徒会長あてに手紙を出す。「あの原稿は、都
合によりボツになりました」というかわりに、わけのわからない弁明を
書いたらしい。折りかえし彼女から、誠実で真意にあふれる返信がとど
いた(Let'337 19540804)。
 
…… 二学期になると、久保教頭の所属する教会での噂話が、ひそかに
ささやかれはじめた。年度末には、教頭のポストは信楽先生に移った。
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19540817
 キリギリス 〜 アリガ来たりて 〜
 
…… 座談会では、宗教部員は司会者だけで、あきらかに教師と生徒が
対峙して、レポート・キャンペーンの結論が出ている。
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19541101
 座談会 久保先生を囲んで
 


 サンピツ  〜 同中三筆 〜                 048
 クボエス  〜 真性三筆 〜                 048
 生徒会長の返信
 
 クボエム  〜 反教頭キャンペーン 〜            049
 ベンケイ  〜 謎の投書 〜                 049
 アナグマ  〜 ノックは問答無用 〜             050

 
 Let'19540803 from Tateishi, Yosio
 Let'19540804 from Egawa, Hisasi
 Let'19540804 from Kimura, Sachiko
 Let'19540805 from Kodama, Misao
 Let'19540809 from Kimura, Sachiko
 

http://twitter.com/awalibrary
http://twilog.org/awalibrary(ツイログ検索)
http://booklog.jp/users/awalibrary(書籍目録)
 |
http://q.hatena.ne.jp/adlib/(はてなQ&A)
http://d.hatena.ne.jp/adlib+bilda/(準公開)
http://chiebukuro.yahoo.co.jp/my/myspace_note.php?writer=gswyn755
 |
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/list?id=87518&pg=000000
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=
http://www.enpitu.ne.jp/tool/edit.html(与太郎文庫)

 
(20170911)(20190130)
 
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1954年08月03日(火)  野太郎・補遺 〜 仮題・新聞部長のポスト 〜

 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19540803
 Ex libris Web Library;Rebel Without a Cause 1961[f:id:adlib:20190126140522j:image:w480]
 West Side Story 1955
 
 この件は、さきにまとめた自伝《虚々日々 20001224 阿波文庫》でも、
野太郎(20171013)のタイトルで公開したが、前後のエピソードに関連
するので、重複をいとわず(あとで気づいたことなど)追記・改稿した。
 
…… 立石 義雄も、この話に感動したとみえて、九日後には与太郎あて
の暑中見舞(19540803)に、わざわざ歌詞を書きそえている。
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19540725 Ecce Homo
 
〔1〕
 
 三階の窓から、卒業生全員が見おろす中を、革手袋をパチンパチンと
鳴らせながら、坪井キャプテンが、与太郎に向かって歩いてきた。
── 《理由なき反抗 Rebel Without a Cause 19551027 America 19560418 Japan》
 
…… ついに、上級生の卒業式が終った。水泳部のキャプテンが、ブン
殴る情景を、最後の思い出にするため、新館校舎二階三階のベランダに
は、卒業生の顔がひしめいていた。
 情報を伝えてくれた友人たちは、いつのまにか姿をくらませている。
 はたして皮手袋をパチンパチン鳴らせて、キャプテンが歩いてきた。
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19540526 水泳部歴代部長との確執
 
…… 《ウエスト・サイド・ストーリー》を観たあと、パチン、パチン
と指を鳴らして、時々サーッと両手を拡げたりしながら、家まで歩いて
帰る男(略)を想像したまえ。http://d.hatena.ne.jp/adlib/19641210
── 田村 忠彦《愛すべき人間 点展・第一号》
 
── 《ウエスト・サイド物語 West Side Story 19611018 America 1223 Japan》
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19270511 歴代アカデミー賞 1961 第34回
 ウエスト・サイド物語(正/誤)ウェストサイド物語
 
〔2〕
 
 この映画より七年も前に(指ならぬ)皮手袋を鳴らせて、坪井主将が
登場したのは、もともと古典的な不良のパフォーマンスだったのか。
 この相手に、立ち向かったのは、実は、小学校時代の学級横綱である。
 
 金谷先生が、病みあがりの与太郎を指して「お母ぁさん、決して勉強
させてはいけません」と宣告した結果、数年後には相撲を取れば、誰も
勝てないほどに強くなっていた。三人を相手にしても負けなかった。
 
 芝山先生は、休み時間の遊びかたまで見ていなかったので、与太郎が
相撲に強いことを知らなかった。みんなが先生に「あいつにかなわない」
と言っても、冗談だと笑っておられたほどだ。↓(卒業前のコンテ模写)
 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19510101 失われたダビデ
── ミケランヂェロ《ダビデ像頭部 1951-1952》conte 1091×788mm
http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/B000JB3MAA
── 京都市教育委員会・監修《美術の鑑賞 19491010 都出版社》P023
 
 中学でも、休み時間に相撲を取ったが、狭い廊下で下駄箱に押しつけ
たら勝ち、というルールなので、これでは投げが打てない。
 
 二年から三年にかけて、斉藤家を訪れたときの雑談で「ボクシングは
見ておれない」と言ったのは「スモウなら自信がある」の裏返しだった。
 母上は「そうね、お相撲はユーモラスだもんね」と同調された。
 
〔3〕
 
…… 由良キャンプ以外に、春秋に宗教部主催の修養会がある。(略)
寡黙な参加者のひとり加藤 真也君は、水泳部歴代主将としては異色の
秀才肌であるが、同じクラスにはならず、口を利いたこともなかった。
 
 夜の討論会が終って、みんな座を去りがたい気分でいたところ、彼が
名指しで腕相撲を挑戦してきたのである。屈指の強豪である水泳部長と、
口先ひとつの新聞部長が対決すれば、結果は見るまでもない。
 
 周囲に囃されて、やってみると予想しない善戦となった。勝者も敗者
をほめてくれた。「なかなか、やるやないか」
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19540526 水泳部歴代部長との確執
 
 このあと田中部員にプールで襲われたり、高校では加藤主将とのあら
たな確執が断続し、つぎの小山 照夫主将からは婉曲ないやがらせなど、
卒業後も口を利かない不穏な関係が続いた。
 
 ほんとうは、ただひとり和解できた加藤くんに再会して、なぜあんな
対立が生じたのか、それぞれの青春を回想したかった。昨夕、カッパ君
との電話で、いろいろ話すうちに、懐旧の念がふたたびよみがえった。
 
(20190126)
 


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 |
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http://d.hatena.ne.jp/adlib+bilda/(準公開)
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 |
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/list?id=87518&pg=000000
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=19540803
http://www.enpitu.ne.jp/tool/edit.html(与太郎文庫)

 
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1954年07月27日(火)  夢の銀貨 〜 父の小噺 〜

 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19540727
 
 夢の銀貨 〜 父の小噺 〜          3C 阿波 雅敏
 
…… (本宮先生の紹介) エー、アワくんは、ことしのキャンプでは
第二期だけでは満足しないらしく、こうして第三期にも居のこっていま
す。エー、つまり、まだ家には帰りたくないのだそうであります。エー、
しかし本日は、せっかく、ご父兄の方々がお見えになりましたから、彼
がキャンプの大先輩として、代表して挨拶を申しあげることにします。
 
 えーと、ぼくの父は、晩酌のときに、むかし話をしたことがあります。
いま思いだしながら、みなさんに話してみようと思います。
 父は幼いころ、こんな夢をみたそうです。その夢は、氷の上を歩いて
いると、なにやら光るものがある。よく見ると、どうも銀貨らしいので
すが、なにぶん氷の中に埋まっていて、少々のことでは取りだせない。
いろいろやってみたが、うまくいかない。
 そこで、フっと気がついた。氷を溶かすには、温ったかい湯をかけれ
ばよい。温かい湯……、そうだ、小便をかければよい。そうして、氷が
溶けたところで、銀貨を取りだせばよい。まことに理にかなっています。
 わかい父は、思いきって、たっぷりと、小便をかけはじめたのです。
こうして、ようやく銀貨を取りだしたところで、パっと目がさめました。
 実は、銀貨は夢のままで、小便だけが夢ではなかったのです!?
 
…… (本宮先生の小噺) エー、アワくんは、お父さんお母さんの姿
を見て、やっぱり自分の家を思いだしたらしいですね。爆笑がつづいて
いますから、もうひとつ先生も、小噺をしてみましょう。
 英語の、市谷経哉センセイは、どうして“ケイヤ”と名づけられたか。
それは、センセイのお家が、時計屋さんだったからです。いいですか、
“トケイヤ”さんだったからです。それが、どうして“ケイヤ”になっ
たかというと、鳥取県にあったからです。いいですか、“トッ取り県”
出身です。ハイ、おしまい。
 
(亡父の小噺(同中三筆・重複))
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=19730921
 すれちがった人々 〜 美濃部家の人々 〜
 
 ◆
 
195407・・ 由良キャンプ(第三期)父兄参観日のスピーチ。
 落語《芝浜》のパロディか、出典不詳。父には、これという趣味など
なかったが、座敷では唄をうたい、太鼓を打つこともできたという。
 
 家にテレビが入ったころ、歌舞伎をみて「ここは、愛想づかし」など
と説明し、中村梅之助が出ると「口跡がはっきりしとる」とも評した。
 しかし、それ以上の講釈には立ち入らなかった。
 
…… うたまくら【歌枕】
1 和歌に詠み込まれる歌語。歌題、名所、枕詞、序詞などを含む。
2 特に、和歌にしばしば詠み込まれる特定の地名。名所。
3 和歌に詠み込まれる名所、枕詞などを、解説あるいは列記した書物。
  「能因歌枕」「歌枕名寄」など。
4 転じて、歌に詠まれた名所を見物すること。
  *伎・独道中五十三駅‐二幕「八つ橋村へ歌枕に参った」
── Kokugo Dai Jiten Dictionary. Shinsou-ban (Revised edition)
 
…… 由良の戸を わたる舟人 かじを絶へ ゆくへも知らぬ 恋のみちかな
〜 藤原 市太郎 先生《Camp Song Book 》寄書 〜
 
…… 【由良川】京都府北東部、丹波半島に源を発し、福知山盆地を経
て若狭(わかさ)湾に注ぐ川;146km。古来水運に利用され、重要な内陸
水路であった。 ── 《新世紀百科辞典 19781005 学習研究社》P2035
── ゆらのと【由良の門】��京都府舞鶴市の北西、由良川口。川底が
深く福知山まで船運がある。(歌枕)
── 《広辞苑 19711118 岩波書店》P2263
 
(20060213)


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