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随筆
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2002年12月12日(木) 伝統?

病院から帰る時間は、丁度中学生の下校時間と重なります。
私の校区の隣の中学校の生徒がぞろぞろと帰っています。
中には、無秩序に横断歩道のないところを横切るので、気が気ではありません・・・。

そんな中、一組のカップルが、この寒い中、ベンチに座ってうつむき加減で話しておりました。
「こんな寒いのに・・・ほほえましいなぁ(おばちゃん?)」
とか思ってみてると・・・

カバンがうちらの時代のとおんなじ!
白い肩掛けカバンなんです!
うちらの時代でも「ダサい!隣の学校かわいそう!」と思ってたのに!
うちの中学ではカバン自由になってたのに!
まだそれかよ!

時代が移ろい、制服が変わったり、体操服が変わったりしている中で、何一つ変わらない・・・一番変わるべきだと思ってたものが、いまだに残ってる。
ある意味すごいと思いました。
その後、その学校の生徒に注目して帰ってみましたが、やっぱり全員肩掛けカバンでした。
しかし、荷物はすっぽり収まる模様。
確かにでかいけど・・・それ自体も重そうだった。

今日の入院日記→ようやくチューブが抜けました。乳房の外周をぐるりと一本、脇の下から横腹にかけて一本・・・抜く時は、ぴりぴりしたそうです。また、乳房の外周のチューブに、肉が巻きついていたらしく(5日で取り込んでしまうの!?)なかなか取れなかった様です。ああ、聞いてるだけで、身の毛がよだつ〜!
まだチューブが入ってたところが膨らんでるし、違和感があるらしいです。



2002年12月11日(水) 買い物とお見舞いと

父が麻雀に行くというので、これ幸いにと、病室で弁当を食べ、酒を買ってのんびり帰宅したところ、父がいてびっくり!
キャンセルになったと・・・はぁ・・・。せっかく一人だと思ったのに・・・。

父の堕落話をし出すと、キリがないのでやめとくとしよう。

今日は、そんなわけで、5時間くらい病室にいたわけですが、やっぱりまだ痛そう。
点滴はこれで最後。でも、熱が出てるから分からない。

病室に行く前に、色々と買い物をしました。
ほとんど母のものですが・・・。

まず、蓋付きマグカップ。
病院のご飯は18時。
なのにお茶を持ってくるおばさんが17時に帰るので、17時前にお茶がくる。
談話室なるところにもお茶があるのだが、おばちゃんが持ってくるお茶は、ご飯用のお茶。
一時間も早いお茶の到着に初日はビックリしたもんだ。
てなわけで、一時間も放置して(大体はその前に飲んでしまうが)埃が入るのがいやなので、蓋付きマグカップが必要になる。
これが1200円もした・・・。
というわけで、一足早い快気祝いの一部という事にする。

そんで、いつもはだしでスリッパはいてたので、気持ち悪いということで、スリッパを購入。
使い捨て状態なので、100円ショップ。
暇つぶし用に、パズル雑誌も買ったので、鉛筆と鉛筆削りも購入。

そうこうしてると、一時間が簡単にたってしまった・・・。
私への買い物は、シングルCDのみ。
明日も、また母からの要求で、チョッキを購入しに行くことに・・・。
どうやら袖が長いと、傷に触って着にくい様子。

入院日記とほのぼのの合併版でお届けしました(されてるのか?)



2002年12月10日(火) 父もおだてりゃ・・・?

ちの父は、一つ、得意料理があります。
それは、デミグラスソース。
といっても、材料の大半がお好み焼きソースなんですが・・・。
「お好み焼きソースで本格的(?)なデミグラスソースができる!」というのが楽しかったのか、以来、おだてると作ってくれる様になりました。

母の入院の時は日曜の料理当番を父と決めました。
お母さんがいないと、通帳のありかから、米のありかまでまったく分からない父。
「何かあってからじゃ遅い」と言っても、「何かがあるか!」といった具合で、まったく覚えようとしません。
というわけで、日曜を強制的に父の日にし、「日曜やってくれないんだったら、私も今後何もしない!」という強硬手段に出ているわけですが、この前の日曜に作ったソース・・・まだ今日の分まで残ってます・・・。

この料理に絶対の自信のある父。
そして、褒めてもらいたくてしょうがない父。
作った初日、私に味の感想を聞いてきました。
普通に聞けばいいものを、
「味見していくうちに、味が分からんことなる」
とか何とか言い訳をつけつつ聞くもんで、内心すごくおかしかったです。

それだけにとどまればいいものを、朝昼晩と、病院食が出ている母に持って行けと言うんですよ。
「病院の飯よりこっちの方がお母さんは食べたいんだ」
とか言って・・・実際処理に困るわけですが・・・
だって昼は12時、夜は18時・・・お腹がその間にすくわけがない・・・。
「熱いうちにもっていけ」
とおっしゃられても、持って行ったところで、食べる余裕はない。

おだてると、木に登りすぎて手がつけられないのが難点です。

今日の入院日記→チューブから出る、老廃物の量が減ってきました。これが、50ccが二日くらい続くと、チューブを抜けるそうです。一昨日は100cc、昨日は80cc。順調?
リハビリの先生の発言「痛気持ちいいとこで止めてくださいねー」・・・ストレッチ?



2002年12月09日(月) 人との縁

ごみ捨てて、洗濯して、洗車して・・・
すっかり主婦な一日の始まりです。

今日のお昼はお好み焼き屋さん。
九州ではあまり食べられないもんじゃ焼きを食べてました。
土手を焼くのに四苦八苦していると、後ろからつんつん・・・

誰かと思ったら、9月にバイトを辞めた人でした。
以前彼女の新職場に顔を出しに行った時にはいなかったのに、こんな確立低いところで会うとは!

しかし、人の縁って、考えれば考えるほど不思議。
もう一日ずれてたら、生まれた場所が違ったら、進学先を変えてたら、会わなかった人がたくさんいて、むしろ会った方が奇跡で・・・。
疎遠になってからも、出先で偶然よく会う人もいれば、まったく会わない人もいる。

今回みたいに、ピンポイントで狙っても会えないのに、まったく予期しないところで出会ったり。
つきつめて考えていくと、生まれたことだって奇跡なんだよなーって思う。
つきつめてくときりがない。

私の話は、なんでこんなに飛躍するんだろう・・・これもナゾ・・・。

今日の入院日記→だいぶ痛みも引いた様です。何かの拍子に痛いらしい。今日はリハビリの先生が来て、訓練方法を習うらしい。まだチューブがついているので無理しなくていいって人もいれば、痛くてもどんどん動かしてねーって言う人もいて、困惑



2002年12月08日(日) 久し振りのお仕事

今日は、久し振りにバイトに行きました。
行く前は、とにかくめんどくて・・・。
昨日は、弟は下でいつまでも起きてるし、お父さんは、出かける前、こたつも電気も消さずに来る人だから、ちゃんと寝る前に消したか心配で気になるし(こんなことを心配される年ではありません)でなかなか寝付けませんでした。
もうこのままずっと病室にいたい・・・とほざいておりましたが(でも病室はすぐ眠くなる)行ってみると、なかなか楽しかったです。

まず、とっても久し振りで、リフレッシュしてるから、嫌な客がいても、嫌な気にならない!
これはとっても重要。(この状態が持続できる人を私は尊敬する。さきちんとか)
なんだかね、ずっと働いてるときは、「またお越しくださいませ」なんて、完全に社交辞令というか、台詞だったわけですが、今日の私・・・
「ちゃんと「また来てください」って思って言えてる!」
私の中でそう思えてるので、間違いありません。
自分のことなのに、「あんたどうしたの?」と聞きたくなりました。

年始は、やっぱり出動らしいです。懇願されちゃあ仕様がない。
父が、「忙しい時に出るなんて、いいように利用されてるんだ」と言いますが、いい人だからです。
これが嫌な上司だったら引き止められようがなんだろうが、
「いや、辞めますから」
って言います。私は。
あのおっさんに、何の人徳があるのか、ムカつくときもあるのに・・・。何故か断れない。いいキャラです。店長。

というわけで、今日は終始ご機嫌なままバイト終了でした。
アイスの仕様が変わっていて、とっても力がいってやりにくかった・・・。
サーティーワンとかの、アイス屋さんって大変なんだなぁと実感しました。

今日の入院日記→尿道についてたカテーテルを昼頃に、点滴を夕方にはずしました。手術部位の出欠、分泌物(何かはあまり知らない)を排出するために、体から管が出ているのですが、その管が、丁度神経に当たるらしく、かなり痛がってます。傷口よりはそっちが痛い模様。人によっては、まったく痛くないそうで、お見舞いに来てくれた、同じ病棟にいる人たちは、全員痛くなかったそうです・・。わずかな確立を見事にヒットさせる母・・・悪いことばかりにヒットするあたりが痛々しい・・・。
あ、昨日の麻酔してからの数時間・・・ほとんど記憶がないそうです。受け答えはするんですが・・寝言に近いのかな?寝言言ってるときに質問されても受け答えするって言うよね?あんな感じ。不思議・・・。



2002年12月07日(土) 手術

今日は母の手術日。
まずは、点滴。
昨夜から何も食べてないので、栄養剤。
その後、手術30分前に筋肉注射。
この時点で、昨夜徹夜して、今朝帰ってきた弟、ダウン。母の病室でお休みタイム突入。

そして、母が手術室へ。
私と、母の母・・・つまりおばあちゃんは、母の病室で待機。
この間、孫の教育について、延々と愚痴を聞かされる・・・。
そんな・・・ねぇ・・?勉強しろって何度も言われると、やる気もそがれるもんだし・・・個々の能力差ってのはあるんだから、「こんなに金かけてもちっとも成績よくならない!」なんてえぐいこといわれても・・・。
段々聞いててかわいそうになってきたので、読書に入る。そして眠くなったので、20分ほど仮眠。

終了予定時間30分前に手術室の隣の病室へ移動。
しかし、予定時間30分後にようやく終了。

切り取った乳房を見せて頂きました。
今夜は焼肉の予定。父はちょっと気持ち悪かった様子。
男の人って、こういうの苦手な人多いよね。
私は平気。
癌自体は、白くて堅い塊。
乳房は、きれいでしたよ。脂肪の塊・・・。筋肉で支えられてるんだなぁと実感。
なんかね、だらーんと広がってんの。
小さい小さい思ってたけど、こんなにあったんだーって感じ(失礼)

今の所、目で見る限り、リンパへの転移はないそうです。これから顕微鏡検査に出すそうです。
乳房も、ホルマリン漬けにして、癌センターに行くそうです。
ここで、女性ホルモンで発育する癌なのかどうかとかを見るんだそうだ。
その前に写真とって見せてくれるってさ。

んで、病室に戻ってきてすぐに麻酔からさめた様に見える母。
とりあえず、傷口がかなり傷むそうで、痛み止め注射イン!
しかし、効き目がないらしく、しかめっ面のまま・・・。
手術終って2時間半後くらいかな。だいぶ目が覚めた模様。
おそらく、この2時間半の記憶は、断片的にしかないと思われます。うつらうつらしてた。覚めたと思われる後は、比較的しゃきしゃきしゃべってたから。
全身麻酔って、こんな風なんだーって実感。

手術は成功。大成功。転移の可能性も低く、かなり安心できる内容でした。
後は、アフターケアですな。
明日は仕事の前にも後にも病院へ・・と、ハードスケジュールの予定です。

今日のほのぼの→昼食をうどん屋さんでとる。5人組の家族連れが、4人席に、カウンターから椅子を一つ持ってきて、無理やり置いて座ろうとする。
通路が狭いので、さすがに店員さんに止められる。
仕方なく、カウンターに2人で座るのかと思いきや、母親一人がカウンターに着席。一人でとっても寂しそう。その後、来た食事を少し与えたり、なんたりで、何度も席をたってました。



2002年12月06日(金) 手術説明

昼ごはんにしようと、お湯をわかし、お茶漬けの準備をしていると(質素・・・)裏の家に「すいませーん!住宅リフォームの件なんですがー」と言う勧誘の声!
うちにも来る!と思ったので、とっさに電気を消し、テレビの音量を低くし、居留守。そんな始まり。

執刀医の先生から説明を受けました。
なんか、レントゲン写真を貼るときに、じーっくり見て、「ん?」って顔しながら貼るんですよ。
ちょっとドキドキ。

そんなドキドキとは裏腹に、見解としては、以前と変わりなく、レベル1。
リンパは、今の手術方法としては、切除するそうで、その後、リンパを一つずつ検査して、リンパに転移があるかどうかを調べるそうです。
そして、結局リンパに行っていれば、今の所全身に転移している様なレントゲンは取れなかったけど、小さな細胞が肝臓とかに行っちゃってるかも知れない・・・という事で、制癌剤を使うそうです。
全身に行ったかも知れない癌細胞全滅大作戦ってとこです。
でも、抗癌剤になるので、髪の毛が抜けたりなどの副作用があるとのことでした。

リンパにいってると、入院伸びるんだよー・・・それだけがいや・・・。
んで、胸筋の切除は行わないとのことで、リハビリ的には、そんなに問題ないことが判明。

しかし、レントゲンを見せてもらいました。
言われたから、「これがしこりなんだー」って分かる程度で、いわれなきゃ分からない!医者ってすごい!
まあ、これで分からないと、ヤブってことなんだろうけどさ。

今日のほのぼの(?)→朝からうるさくしていたクーちゃん・・・。今日は洗面所の近くに吐いていて、危うく踏み掛けました。お漏らしの次は・・・まあ、いいけどさ。


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