再生するタワゴトver.5
りばいぶ



 「洞窟(ガマ)」終演。

10月の企画については、延期となったわけだけれど、
周りのコロナの状況というものは、決して明るくなった訳でもなく、
「太平洋食堂」をある種の禁欲生活の中から達成したように(あれだけドンチャラが好きな人たちの集まりの中で)、
「洞窟(ガマ)」は新メンバーも含めて、神頼みも入った稽古期間となった。
ただ、前回の騒動を共に経験したチームは、結びつきを増し、足りないところで右往左往していた所を各人がカヴァーしあうこと(それは私も含め)、参画しあうこと、病室のベッドで重ねられた台本の読み直しの中での熟成を生み、新メンバーの短い時間ながら努力と貪欲さにも触発され、ひめゆりピースホールという場所を一月かけて飾りこみ、もしかしたら二度とはできない「洞窟」という作品を全四ステージ、百人未満の人だけへの特別な繋がりを創りあげることができたのである。表立ったキャストに拍手、それを支えてくれたスタッフに感謝。もちろん、この一歩をまた大きく次へと繋ぎたい思いは強い。中止からの一気の動きで年内ギリギリの公演を決めたものの、もともと、要求されたので決めていた日程が霧消したことも、来沖機会を増やすことができる機会となったのは災い転じて、というやつだ。(とはいえ、他の二つの現場にも大いに迷惑をかけてしまった訳だけれど…)二日目を終え、帰京、直帰で稽古の為、千穐楽の時間を共有できなかったので、どうも終わった感がないのだけれど。
しかし、作品が取り上げられるのは本当に避けたいところだ。
もちろん、作品を創りあげる時間・機会についても。
俳優、スタッフ、理由はどうあれ、「演る」つもりのモノを取られるのは悲劇しか生まない。
それはこの先の作品群にも言えることだけれど。

モノづくりが如何に貴重で大切な時間の中でできる特別なことで、
そこに纏わる『個』がいかに大事で、
それをまた観る方が「場」を選んで共有してもらえる機会一つ一つを大切に、そんな一年の終わり。
稽古はまだまだ続く。。。
創り続ける場があることに感謝。


2020年12月28日(月)



 ACO沖縄『洞窟(ガマ)』当日パンフ戯言。。

演出の戯言
あの戦争から75年の歳月が過ぎた。
世の中は、昨年の今頃思い描いたのとは、誰も想像もつかなかった地点に来てしまっている。このコロナ禍というものがなければきっと、オリンピックに沸き、その後特集のように組まれる「戦後75年」を記念した作品が多く残暑極まる世の中に出回り、それを目にする度、襟を正す思いになっていただろうし、見せかけの「平和」みたいなものを英霊のお陰をもって享受している気分になっていたかもしれない。しかし、どうにもこうにも「それどころではない」時代になってしまった。
なんでも起きうる時代。
そして人の想像など、はるかに先をいく現実がある。
だがしかし、このコロナすら、なかったことにしようとしている世界がある。
そして、そのことを決定していくのではない人たちが、その決定によって生き死にを決められている。形を維持することに奔走する中央に、地方は捨てられていく。
自粛警察の名のもとに、まるで五人組を地でいくような衆人監視が行われ、
何よりも「集まる」ことを禁じられ、自らも禁じてしまった。
芸事もまず「それどころではない」ところに追いやられ、ステイホームになって「やはりこころの栄養は必要」と再脚光を浴びたりしながら、でも中央としては「オンライン」でなんとかならないものか、と推奨されている。「『場』を共有する目的をもった媒体」である演劇がである。
そんな中で25年ぶりに『洞窟』に息吹を吹き込むことになった。
密が禁じられる時代に、あの密にしかなれなかった洞窟の中の人間模様を描く。しかも「場」はこの「ひめゆりピースホール」だ。
脚本家・嶋津与志さんが足と耳で稼いだ沖縄戦の記憶の集積のような人物たちの生きざまとぶつかりを、まずは机上で、そして打ち合わせで、そして稽古を重ね物語を紡ぎながら、その人間の行動に驚異と脅威を感じ、善役も悪役もない「そうならざるを得なかった瞬間」に向き合い続けていると、この「洞窟」に存在する者同士が、もし戦時で出逢ったのでなかったとしたら…と妄想は逆に膨らんでいく。でも、戦争は始まってしまったのだ。そして始まったら人は「勝つことしか考えない」のは今だってそうだ。コロナで負ける、と思っていたら何も手につきはしない。見えている世界の構造は、便利に進歩と進化をしているようで、実は何も変わっていない、そのことに翻弄される人間も。
 今回、ヤマトンチュの僕が2020年度版上演台本を創る際、慰霊の日の高校生の平和の詩二篇(高良朱香音さん・相良倫子さんー劇中歌にもなっています)にとても勇気づけられ教えられ、大いなる道標となった。それは沖縄という土地が育んだものだろう、「過去」に向き合って「今」があり、その「今」の積み重ねが「未来」を創るのだということを。

本日はご来場いただきありがとうございます。作品はみなさんに共有されることでやっと完成します。狭いところで恐縮ですが、最後までごゆっくりご覧ください。「それどころではない」世界で、この作品が、誰かの心に「生き」「育ち」ますように―

藤井ごう


2020年12月27日(日)



 『太平洋食堂』戯言。。。

演出の戯言 

あなたは今の世界をどう見ていますかー
初演(’13年)を前に、和歌山県新宮市にある墓の前で問いかけてから、7年が経った。

過去の革命は少数偉人の手により為されたりといえども将来の革命は多数凡人の自覚によって行わるべしー
自分は決してストライキそのものを善い事だとは云えぬ。併し悪いものを悪いと主張する元気や、嫌なことを嫌だと言いぬく自由の精神は最も尊重すべきものではないか、こういう元気と精神を青年の頭から取り去ることは即ち、青年を屠ることと同じであるー
今から百年以上前、こんなことを書き記した人物がいる。

大石ドクトルこと大石誠之助である。劇中、大星誠之助、大星ドクトル。
大逆罪という汚名をきせられた人物の一人。
その発想の豊かさ、自由さ、奔放さ。そして人間らしい身勝手さ。この人物に惚れこんだ嶽本の筆圧は強く、物語は紡がれていく。

明治後期という時代のうねりに右往左往しながら、煌く生きていた人物たちの『現在』が舞台上にあるよう、新旧俳優さん、スタッフさんたちと喧々諤々、上演の度リライトされるこの嶽本戯曲フルコースを正に一つのテーブルに寄り集まって、最善を探る日々である。

いつか「あの時」に変換されるだろう時代を、コロナと国に翻弄されながら生きる僕らに、
この物語は人物たちは改めて『今』を鋭く突きつけてくる。

私事で恐縮だが、思えば再演(’15)の稽古初日に師が亡くなったのだった。あれから5年、上質なフィクションは時代を見通し、真実を捉える。そんな師の言葉を頼りに、モノづくりを追及しているーそしてこんな時代にこそ心の栄養となるべく研鑽を重ねる。さまざまな出会い別れを繰り返し、どんな未来を描いていけるか。その為の『今』この時だ。

本日はご来場誠にありがとうございます。
どうぞ最後まで想像力フル回転でご参加ください。演劇は皆さんの参加を得て、初めて完成をみます。
太平洋食堂、再再開店です!


藤井ごう

2020年12月06日(日)
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