再生するタワゴトver.5
りばいぶ



 正しくなかったすごし方?

神戸の友人宅に一泊。
朝一番、出社の友人と同じく駅へ。
「こだま」で西明石から新大阪まで。←こだまはめったに乗らないのだが、グリーン車じゃないか、どの座席も(のぞみの)、どうも体調も芳しくない様子なので、そのシートに腰を落とし続けていたい、が現実と時間はそれを許さず、新大阪でおとなしく「のぞみ」へ乗り換え、グリーン車は高いので乗りません、自分のことには財布の紐の硬いわたし。
東京戻り、すぐ打ち合わせ予定なので、戻りの新幹線、飲まず、食わず、(本当はいつものように、新大阪駅で、広島産の牛タンペッパーを片手に酎ハイ、京都を過ぎて爆酔と行きたいところだが…)台本を今更のように再読。一路東京へ。だからといって付け焼刃でなにかを…なんて思ってませんからね悪しからず。
いや、なにせ、面白い本なのだコレが。
来年、やることになっているのだが、本日はその作家さんと劇団さんとの打ち合わせ。
作家さんとは初顔合わせだ。

最初、「この本読んでみて」風なお誘いの受け方だったのだが、
一度読んで、
すぐ、もう一読。
ニヤニヤがおさまらないまま台本を読めるのはとても幸せな瞬間だ。
それから紆余曲折に曲折に曲折あって(笑)、やらせてもらうことに決まったのだ。
問題は山積みのようだが(笑)
産み出すの苦しみってことで。
とても楽しみである。

作家さんにお会いして、尚のことそう思った。
大体の流れを漠然とだが決めていく。
十二月、ワークショップ。一月、キャスティング、二月下旬稽古開始……
四月、本番。
いや、あつそうだ。
いつもあついんだけど。
とても、あつそうだ。
詳細はまた今度、書きます。

困るのは、これがテンションの上がりによる内燃なのか、ほんとうに、兵庫生活のつけが体に回ってきているのか、よくわからないままになってしまった帰途だった。

九月下旬からの演出助手の仕事の方の打ち合わせの日取りも勢いで決める。(順序としてはこちらから決めるのが当然である)

帰途につき、家に着き。
これはやっぱりどうも、熱があるんじゃないか、ということに気がつく。

摂生、たまに休肝日なんて作るから、体が摂生にあわず、不摂生…
東京に戻っても、兵庫の子供たちの幻影にやられるわたし。

ああ、休みが消えていく…



2006年08月29日(火)



 正しいすごし方ザ兇鯏呂襦

贅沢にも会館まで友人に迎えに来てもらう。
わたしの兵庫はまだ終わらない。

本当はそのまましばらく居座るつもりもあったのだが、明日、東京にて打ち合わせが入ってしまったため、半日ばかしのステイとなる。

初の明石で、
たこ焼きを食べる。
「たまご焼き」というんだな、出汁が絶品だった。ほくほくだし。
アーケードの中のたまご焼き屋が空いている一方で、案内してもらったはずれにある、←どうやら有名店なのだろう→きむらやは「有名店」なのだろう、がんがん並んで、がんがん回転していく、ついでに「関東煮」がどうも「おでん」のことを言うようだと、理解←真意不明。
牛筋も美味かった。

やしろからこっち、明石の市場はぎりぎりのしまりかけ、プラス、きむらやも六時閉店のところ五時五十分着(しらなかった、ラッキー)と、運も味方につけた感。

そしてその後、明石海峡大橋が見える穴場へご案内。
↑とはいえ、男二人である。
しっかり、下車し、写真を撮る。
↑だから、男二人。

いや、絶景だった。だったので、この橋は渡れるのか聞いてみる。
いや、そりゃ渡れるに決まってるんだが。

そして日の沈みかけのロマンチック街道状態の明石海峡を車で渡ってもらう。←男二人。
やっぱね、横風もすごいのですよ。
そして渡りきる。絶景。
淡路島に入ってすぐのPAに観覧車があったのだが、それは流石に乗らず。このままずっといきゃ香川だよ、なんて言うから、おっ、うどん!なんて思ったが、折角こっちの友人のところに来ておいてそれもなんなので、渡った先からすぐにUターンで、橋を兵庫方面へ。
これがまた行きの景色と違って、灯り溢れる方へ帰るからとてもいいのです。
しかし、片道2400円、往復4800円。
所要時間三十分……
…あの、高くないですか…
遊園地のフリーパスでも買えそうな値段である。
ま、わたしが払ったのじゃないのだが……
んー、持つべきものは友である。

そして宅へ。
そのまま、近所の美味しい焼き鳥屋へ(流石に白キモはなかったが)へ。
ここでも、混んでるのに、四人がけのテーブル席に案内される。←だから、男二人。
至極ついていた一日だった。

そしてどうも私の体調、おかしい。
喉が痛い。
ダルイ。
んー、そういうことか…
ガキどもの夏○○、いただいたか?
そう、いいことばかりも続かない。
折角のちょっと長めの休みが眼前だというのに…

2006年08月28日(月)



 正しいすごし方い覆鵑世んだと言いつつ。

朝から、アップして歌唱指導あって、ダンスやって、朝のシーンの当たりなおしをして、そして二度目の舞台稽古。←彼らにとってそれがいったい何なのか、きっとわかっていなことだろう(笑)やや、疲れと、緊張が伺える子らも。

一大イベントお弁当の時間を経て、みんなで舞台集合、舞台監督も、演出助手もわたしも、そろって丸くなり、呼吸を合わせる。
「息があったら座るよー」←これ、最近よくやる
で、最初やいのやいの言っていた子らも、本番がまもなくという引力か、すーっと静かになっていく。一年目、こういうことをやると、舞台上にいない人や、スタッフさんらが音だしたり、話したりと平気でしてたりして、往生こいたものだが、流石に三年目、そこいらのバックアップもしっかりしてくれる。ん、やはり本気は伝ぱしていくものだなと、実感。。。
ちょっと話をし、最後にダンスと歌の練習(冒頭のシーン)をやるから、それが今日までやってきた、つらい?ながい?練習の最後だよ、本番前にしっかり忘れ物がないか確認するんだよ、と、確認。
とても、いい顔をしていたので(←子供)そのまま突入。
(緊張で頬が上がっている大人には、後フォロー)
いい集中度、このまま階段をあがってくれればよし。
あとは、子供らのものだ。

本番前、ふいにやることがなくなり、居場所ない感の助手まりちゃん。今回ゲームにいきなり参加させられたブカンののりさん。歌唱指導できてくれている仙波さん、昨日まるで呑みに来たかの如く夜中に到着の作家の高瀬氏(わたしが好き勝手に喋るのを微笑ましく見ていた…こわっ)、そしてコーディネーターAさん。そしてわたしと、他愛もない話で盛り上がる楽屋控え室。


本番。
うん。やっぱりやつらはたいしたものですよ。
とても良い拍手をもらっておりました。
いや、一応、肩の荷がおりた…


毎年恒例のように、こちらのプロデューサー、鈴木さんと握手。
親御さんにもわざわざご挨拶をいただきました。
冥利につきますよ。
みなさま、ありがとうございました。
来年も?
……はて。
……さて。


ジュースで乾杯後、わたしらはしばしバラシを手伝って帰途。
東京からチームは私を除いてインターまで送迎。
私は、神戸の友人に会場まで迎えに来てもらう。
贅沢。
私の兵庫はまだ終わらない?

…これは正しいのか?

2006年08月27日(日)



 正しいすごし方I垈鳥弋弔閉並み

明日は、いよいよ本番を迎える訳だが、あと、舞台稽古が一回、そしてダメだしというより、もっとよくなるよチェックをして、後は子供たち任せとなる。ここまで盛ってくれば、あとは、奴らの本番の集中力を期待ではなく、確信して、と言った感じである。毎年、なんやかやあわただしい十日ばかしである。しかし、正味七日での、三十五ページの台本、五曲の楽曲、二曲のソロ、一曲アカペラ、ダンス…と、これはもうキャパシティオーバーですな、この企画自体は今年で終わりらしいけど(作品←毎年進化してきた)、来年から、どうするつもりなのだろう?
ま、とりあえずでも集大成になれば尚よし。

そんな頃私は、毎朝散歩に興じ中。
別に食べすぎ呑み過ぎだからというわけでもなく…
いや、それはないとは言い切れず。
別に朝早い稽古に目を覚ますためでもなく…
いや、それが濃いかな…

とまっているホテルの周辺をよく散策する。
横尾忠則氏出身らしく、名前のついたもの多多あり、
面白いのが、Y字路だらけなのだ。横尾のYだが、氏が作ったわけではないようだ。そういう、町並みなのだ。
あっちもY字、こっちもY字。Y字に建つから妙な形の家家。
とにかくY字路。
YYYYYYYである。

そして嘗て栄えた町の流れか、(ホテルは廃線になった元駅にある)商店街だったらしい現在はシャッター通りが続く。
下町の長屋とも違う、共同炊事場、共同トイレの集合住宅?←共同の玄関口?の通りには、トタンなどで屋根をつけ、一見、小さなアーケードのような一群が、そこここに点在。←夜はこれは怖い。。。

朝通ると、現在も営業しているのか、潰れているのかわからない店だらけだ。現に、去年から散歩で通る道、Y字路の入り口に「すし」の文字、私はすっかり「嘗てはすし屋」だと思っていた店に、今年入った。普通だった。「今も」「すし屋」だったのだ。店の方、すいません…

活気とは程遠い町。
タクシーの運ちゃん曰く、「陸の孤島」だそうな。

でも、そんな知らない町を散策しながら、想像力を働かせるのは悪くない、いや、とても良い時間なのかもしれない。
明日がよければね、これもひとつの有意義な時間のすごし方と呼べるのでは?
そして今日もよく歩き、よく喋り、よく汗をかいたから、きっと、ビールが美味い(笑)。
今日の朝、ふと見かけた店に(営業してるかどうかはわからんが)行ってみることにする。

これは一石二鳥というのか、
趣味が実益を兼ねるとでも……


乾杯。

2006年08月26日(土)



 正しいすごし方∈N行の…

稽古も中盤である。
メンバーのほとんどが小学生なので、拘束時間もあまりなく、集中力も食いつきの時はいいが、繰り返し覚えるになると突如なくなる?ので、それだけ、密な時間をすごさなければならないのだ。
論理よりも、感性が一番な現場かな。
といっても、三年目に入ったので、少しずつ、論理を解する子らも増えてくる、つーかこちらも、ちょっと学んでいるわけです。
休憩時間をどのように迎えるのか、迎えさせてあげるのかが結構重要なのである。

「つかれたー」だの
「足いたいー」だのは通常あたりまえとして、
さっき稽古が始まったと思ったとたん、
「なー、あと何分?」とのたまう兵、
さっき昼休憩(こちらでは通常一つのイベントとしてお弁当持参、みなで食べる)終わったのに「おなかすいたー」と戯ける兵
もいるのだ。
「むりー」とこちらに巧くアピールしてくる輩までいる。
こっちも「そんなこといわれてもむりー」と返すしかないじゃないか。
恐るべしである。

昨年、一昨年と、この休憩時間、先ほどまでのグダグダ疲れちまった感は嘘のように、鬼ごっこや、このお芝居とは関係のない(!)ダンスに興じたりして、いたものだ。で、休憩が終わると、

「つ・か・れ・た」とノタマウ

…当たり前である。
そうでなくても集中力を普段以上に使った上、気も、精も、根も←どこまでわかっているかは不明、使っているのに更に上乗せである。だから、そうなることを見越して、先回り先回りをし、挙句は「疲れた」と言わせる前に、こっちがとにかくシャベクリ、走り回り、ワラカし続け、時間が経っているのを忘れさせるという他の現場でも見せない引き出しが、私のなかにできあがりそうなくらいだ。←大概、その後の休憩は、私自身の為、といっても過言ではない状況に…

しかし、今年は違った。
休憩時間、みなとても静かだ。
ちゃんと席に座っている。
または、舞台に何人かで寝転んでいる。
そして、その手の中には…

ニンテンドウDS

……

遂にこの田舎まで席捲か、と言う感じ。
たぶん、去年も持ってきていた子はいたんだろうが、今年は、みなだ。
なんか言ってやりたくなるもんである。
でも、休憩時間なんだから、それはそれで何をしようがいいわけだし、却って走り回らないだけ、余力がしっかり残り、回復も……するんだろうか?
正直よくわからない。わたしもゲーム自体好きだしなぁ←ちょうど、ファミコンと外遊び、両方の頃育ち。
そして更に輪をかけてソフトは、

スーパーマリオ

何を隠そう、いや、何も隠すほどのことはないんだけど、
ちょっと二十年前、確かに、僕らもすっかりはまっていたゲームだ。
ちょっと二十年前は、こいつらだったか〜、このわたしがと思ってみたり←もっと手に負えなかったのは間違いないが

いや、正確には、スーパーマリオDSなんだけど。

なんだろう、なにか、ちがう、気がするのだが、
うまく、いえない、なにか、
なんだ、コレハ、
コノ、カイショウ、デキナイ、ナニカハ、、、、ウチュウジンカ


そんなことを播州の数少ない美味しいお店で話す。
酒を片手に、四川料理(山椒が良く効いている、紹興酒で)、播州地鶏(白キモの造りが美味い、本当は日本酒と言いながら、芋焼酎)、インド料理(タンドリーチキンでビール)、播州ラーメン(これが甘いのだ!チューハイ)と食道楽、明日は、休肝日にしとかないとな〜。

なんだろう、なにか、ちがう、気がする(笑)

明日は、なんとかどうにかこうにか、通し予定!







2006年08月23日(水)



 正しいすごし方(叱妨社町改め

さて、例によって例の子供たちのミュージカルのために、兵庫県へ。
朝八時の東京発新幹線、なので、前日の呑みだか、決起集会だか、顔合わせだかは、しっかり「終電」という名目で打ち切らせていただいた。←私だけ。(他の方々は四時までコースだったらしい…)大人である。と、いいつつ、その前日は、始発の中央線を→高尾→東京→高尾とやっていたのだから相殺とも言う。そうやすやすと人は変わらないのだ。

なんの決起だったのかは、また後日。

昨年までのやしろ演劇ひろば。
今年から地域三市合併で、加藤演劇ひろばになった。

多いですよね、合併。
なんか、一年に一辺しか行かないから余計なのか、一辺しか行かないからなのか、妙な感じである。
だって、杉中馬区、というようなもんでしょ?
私の場合杉並にゆかりが深いので先に杉にしてみたけど…そんなことでももめるんだろうし、中馬杉でいいじゃないかとか、ここは思い切って、杉って花粉を連想するし、この際だからなくしちゃおうみたいな話もあるかもしれないし。
すんでる人たちにとって見ればどうなんだろう。
市長が三人いたのが、一人になる。当然議員の数も減る。いろいろ減る。しかし、一人ひとりの仕事の量は確実に増えるんだろうし、
きっとてんやわんやでしょう。土地も広くなるしね…
と、私が言いたいのは、そんなことじゃなくて、合併して広くなって、またそこここからやってくる子供たちと、ここから一週間みっちりお付き合いである。立派なホテルと立派な会館、そのほかには何もない(語弊あるかな)土地で三年目の(今回はファイナルと銘打ってある)勝負である。
さ、備えて呑みにいくか…

(三年目なので、どこが美味いかは熟知している)


2006年08月19日(土)



 所謂初めての…

呑んだくれの初早盆体験。
そんな中、呑んだついでに?南海放送へ!?

元々が、五年前に芝居作りで住み込んだのがすべての始まり。
本年二月にも栃木県は足利市にて市民からの立ち上げ演劇をしてましたが、そんな活動の大本が、四国は松山市だったのです。

で、帰省初日、ど深夜、五年前、役者としてその舞台に上がったこれがまた「変」な男がおりまして(年上。が、わたしのことを「このおっさん」と呼ぶ)、当人曰く、「あんたたちに会わなければ、こんなことしとらんかった」と、なぜだか、関西弁で話す男。ちょくちょく(とは言え、一年に一度会えるか否かだが)連絡は取り合っていたのだが、この機会、六月の芝居も観に来なかったので?久方振りに呑むことに。(この場合、その日の夕方から呑み食べ続けていることはおいておく)
出会ったころは、確か金融屋だった筈なんだが…

その後、参加した夫々が、夫々の活動に従事し始め、熱かったカンパニーも五年も経つと、元の木阿弥に戻っていくもの、やめてしまうもの、また新しい興味に走るもの、様々な中、かの地で演劇なるものを復旧させようと、尽力している、のんびり風土の中、セカセカしているこの「おっさん」(奴の方がこの言葉似合う)
とても気があうみたい(笑)
ま、暑い中、熱いトークが展開されていたわけです。

で、午前様もいいとこを過ぎ、

「明日ね、ラジオのレギュラーがあるんで、ついでだから出ません?ゲストで。」
「は?何を話すの?」
「いや、なにをおっしゃいますの、今話してたことをかいつまんで、話してくれればいいんすよ。」
「か、かいつまんで?」
「せっかくでしょ。」
「え、明日も予定あるし…」
「なにしてはりますの?」
「二番町で呑むという大切な予定が…」
「何時からですの?」
「七時から。」
「じゃ、番組が十時からなんで、九時半にタクシーで南海放送に向かってくれれば、すぐですから、タクシー代、出しますから。」
「いや、呑んでるし…」
「なんなら、酒持ってきてくれてもいいですから。警備員室までって言ってください、運ちゃんに。なんなら、呑んでる友達も見学にくればええやないですか」
「だから、呑んでるし。」
「せっかくやし。三十分くらい。」
「………。」

なにがせっかくなのだろう。普段であれば、「いや、それは、ごめん」な筈だったのだが、
旅は道連れ世は情け、調子のいい関西弁と、それに茶色い飲み物が手伝って

「いいよ、なんでもいいんでしょ?」

と、その勢いに当てられるわたし。

そういえば、生まれて初めて、大学の教壇に立たせてもらったのも、ここ松山だったなぁ…(←その時は呑んでません悪しからず)

そして…

行ってきました、南海放送。

七時から、きっちり二時間呑んでから、タクシーに。
打ち合わせ三分。前の番組からの入れ替え一分。
左手にスイカ、右手にお茶で、話すこと一時間。
最初の三十分という話はどこへやら…

しかし、改めて思いの丈を話すって、面白いもんです。
赤提灯ならばただ勝手に話してればいいんだけど、これがまた、公共の電波にのって…などと考えると、小心者な私は、言葉と、考えと、確認確認しながら喋ることに。
思うことを改めて口に、言葉に出すこと。
自分でもへぇえ〜なんて思ったり。

そしてなにより、自分が関わっていく、関わっている、携った現場から、影響を受けて、この場合、わかりやすくパーソナリティーとしてわたしの前に座っているこの男の発止なしゃべくりを見聞きしながら、いい仕事をさせてもらってるんだな、と、改めて実感。総じてエライけど。

素直に、負けとれんな、と思ってみたり。

また機会があったら、やりましょ〜。
…そういう話だったな…

そして、一時間が過ぎ、わたしは再びタクシーに乗り、二番町を目指すのであった…
そして、きっちり二時間何をしたのかは、言わずもがな。

2006年08月12日(土)



 所謂、初めての…

初めての体験というものは、
なんかドキドキするもんだ。
ドキドキするようなとはいえ、艶っぽいことでないけど。

この八月、私事ながら、初めて実家に帰省するという(私のではないが)ちょっと早いが、お盆休みらしい、休みの過ごし方をしてしまった。
東京生まれの東京育ち(二十三区の端の方)、田舎も東京都小平市、というシチュエーションにいた私。
はるか昔、大体この八月を過ぎると、二学期が始まって、「夏休みの宿題」の中の「夏休みの日記」発表が、国語の時間にあったりしたもんです。

キーワードは「田舎」「お盆」

田舎なしのわたしには「田舎」の意味すらよくわからず、そりゃあ祖母の家に行ったりしたものだが、電車で十五分。。。イコール川と森と縁側と山と。
「お盆」とは、敬虔なクリスチャンのわたしには、さっぱりわからず(←うそだな)。イコール「怖い話」位のもの。

ただ、感じたのは、(その後「となりのトトロ」を見たりしたことも手伝ったかとは思われるが…)なんかよくわからんが、これはどうもとても素敵なものなんではないか。ということだった。
そりゃ、小学生風情、わざわざ行った田舎のことを親の手前、みんなの手前、先生の手前「つまらない」ものとして発表しないだろうが、総じて「楽しかった夏休みの出来事」の第一位 旅行 第二位 田舎帰省 (勝手な判断)としのぎを削っていたのではないかと思われる。
これはどうもとても素敵なものなんではないか。
「田舎で蝉取り」
でもいいし、
「田舎でスイカ割り」
でもいいし、
「田舎で蚊帳の中で寝る」
でもいいし、
「田舎で花火」
…なんて甘美な響きなんだ。
「田舎で呑む」
……関係あるのか……
「田舎でお盆」
最強のタッグである。

ずっとそう思ったまま。
そしてそのままそう思ったことすら忘れてしまっていたのだが、
美味いものを食しつつ、温泉に入って、風呂上りにビールを飲んで…


「田舎に帰りました。温泉に毎日入って、たくさん美味しいものをご馳走になって、お酒も呑みました。とても楽しかったです。また行きたいと思いました。花火はしませんでしたが時間の経ち方がとてもゆっくりで、スイカ割りはできませんでしたが、つい昨日のというか、今日の朝まで呑んでいたことも忘れて、また呑んでしまいました。とても暑かったです。二キロ太りました。」

東京時間に戻すのが、えらいこっちゃ。
これはどうもとても素敵なものなのではないか。
……確かに。


2006年08月11日(金)



 蝉の声に促されつつ…

やってきてしまいました、大阪は長居。

と言っても、別に仕事でもなんでもなく、昨年こちらに在住中すっかりお世話になった?お店へ。。。

本日は一旦、東京帰りという日でもあって、ならば…

と、泊まってきた次第。

急遽昨日来ることに決め、ならば、と、去年住み慣れたホテルに予約の電話。
名前を言ったら、「あ、劇団コー○の?」と言われ、
「あ、いや、今回は個人的に…」
と、全く応えになってるんだかなってないんだかの返事をし。
「ああ…」とこれまた微妙な返事をされ、やってきました。

夕刻五時、開店の時間と同時に入店、その後、去年お世話になった方々など交代にいらして、気がつくと二時を当に過ぎている。。。

美味しいという簡単な言葉では表しきれない美味のアテと、ドンドン出てくる種々の酒と、盛り上がる会話と、贅沢三昧な一日でした。

やはり、人はつながりだなぁ〜
と、当たり前の事を、至極当たり前に思えることに、感謝。
大阪のお母さん(店のママ)曰く、

「仲よしは、ええなあ」

ほんと、子供じゃないんだけど、そう思う。

去年は、去年で、こっちに滞在しつつ別件で一週間、兵庫へ
そして長居に戻りしな
「5さん、おかえりなあ」

…ほんとねえ、まずい。
別に母なしで生きてきたわけじゃないけど。
おかえり。こんな一言が人にとってどれだけありがたみがあるのか、わかってしまった。無論、シチュエーションなりあるだろうが。
こういう店が各地にあったら、たまらない。

大々的に宣伝はしません、大事な店だから?


ここからは玄人向け。
ポン酢持って、というか、買って帰りましたよ。
お早めに、わたしに言っていただければ…



2006年08月04日(金)



 蝉時雨

昨日から関西地区入り。

いやぁ、やはりこっちの夏は暑い。
そしてなにより、東京と違うのは、蝉の鳴き声なのです。
まさに、「降ってくる」気配

そういえば、去年はこの時期、すっかり大阪に定住して、最初違和感を感じていたこの鳴き声に慣れ始めた頃だったような…


くまぜみ

というらしいですね。
これは東地区にはいない蝉みたいで。
はがいましげな(香川弁?)鳴き声にすっかり、郷愁感たっぷりのわたしなのでした。
明日はキャスティング、プラス、変更点の総ざらい、なにはともあれ、行って来ます。


2006年08月02日(水)
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