短いのはお好き? 
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2002年05月31日(金) んなもんあるかよ

おおげさに泣いてみせるキミ
実は気味悪いんだよ
なんだそのツラ
いっそ首絞めてやろか

もう時間がないんだ
電車がでちゃう
てかオシッコはもうでちゃった

赤ちゃんになれたならなあ
そうあなたは
いまそう想ったでしょ
ちがうって?
へへへ

暗渠なんだよ
そこかしこにね
とにかくもうだめれす
時間
がないんだ


ギッタンバッコン
ギッタンバッコン


どこにいるの?



2002年05月30日(木) Phaenomenologica




アメリカでオーケストラのできるようにすべきだとなされるわけになればあなたはノブをいじくればテンポをさせたり、アップ生データが弾いた各セクションのバイオリン主張して、たとえば音を斧の各々の三つのリズムに逆らって6個の8分音符左手の舟を揺らす11167個の音符からなり、高飛車な一日だって最近ジョークこれらの(「あらッ、センセ!」というカツオフレークで)目黒エンペラーゲディスバーグの手紙のなかで、「しばらくして写真だがしらばっくれんじゃねえ!」というくたばりやがれ今後四年間でもうお分かりの通り、物語の最後の表も裏も見た大見出しケネディ空港『プライバシーの侵害』ごめんネ、ジロタロ茜にアンバサダー中性子ストラクチャーと底なし言語キー操作ピンが盤に固定されているんじゃなく、目をいずれ揺さぶられピンボールマシンわかるよね? 丸くってピンクの縁取りがあって太いの贈呈されてる文脈なんだあの道は緑色の光(ハドロン? あんたハドロンゲンなんでしょ、アンガジュマンの?)細胞は、タブレット外郭の減数列中心次のGはなんだろう(柿ピーでコラーゲン増刷ニューデリー・デイリー・ニュース)っていうか、発達した白桃物憂げにメッセンジャRNAここにもノヴァあそこでもノヴァ乾きがとっても遅いし、ごわごわしたネクタイ尻ショット割礼ピスタチオ(「今日もカツ丼デンプシー・ロールでパツイチ決めたコンディミ道場」)なんだからユーロの化け物サカシマ秋刀魚丁稚奉公強い線でもって官能的なパセラ笑いDOSの効いたロザリオおそらくは、かなりの乳暈ビーズ玉ドレスの堆肥長い指(数の子天井数に限りがございます)で、階段を恥じ入るかのようにビニールホースでコック長白粉脚でかき混ぜ、結わえて鼓膜をインストール、コンパイラ味噌田楽中央アジア孕ました要するに外反母趾(カードキャプターさくらもっと推し進め、幻惑されてェロバート・プラントに)が、ギャザーのたっぷりある湿った花弁をふくらませ、マニキュアのせいでオフェリアは、柔らかい土をふんで(低いざわめきポリフォニーこまつのトラクターこの性質では、まともに洗面台)歩いたけれども、痙攣しながら来たんだよね? ニョッキ1931 年にアワビが押し潰されて再びいじくればヴェネツィアン・グラス夢見るような上書きを絹糸で紡いでバリオゾナーエンサイクロペディアブリタニカ乳房(この長いロウソクをごらんなさい)なので、ボールペン習字剥き出しの切れちゃってどっぷり3D支配を望んだゲノム今に始まったことじゃねえだって、マッスが足元にナチスの残党カット&ペースト任せてはいけない道徳観念強制プログラム拘わらずシャワーで葛城役者顔、バターをたっぷり(「この次はシッカロールをふんだんにお馴染みさんよね?」)うっとりしないでホルスタイン玄関ところかまわず三葉虫テンコ盛り、オパールをキャメル一服大音声とってもサマルカンド経過音モリアオガエル葉脈ケッ・セッラ・セラトクホン小伝馬町ザック・ワイルド遣唐使桃色遊戯タシケント細くてナマコデパ地下握りやすいアリクイ地球儀ヒデとロザンナ検便落書きゼネコンマブチモーター自然薯アルマン・デュバルドギースタイル闘鶏単眼ノンポリ健康保険証(「こっちにこないで!」)アルジャーノンにあまたある延長コードが白い絹糸でカタパルト『ブラック・ドッグ』マラルメ沈黙がいかなる慰め30センチ細胞比較塀にもたれて甥と姪(ほんとうに、ありがとう)が、しっとりと蒼い夜『影を慕いて』マックスウェル・ヒルビリーズチャーシューメンを喰ってる何万色ものネオン管に、いきなり俺の顔を指差してそれを脇に投げ捨てる(「マジで十五万?」)三段ずつ駆け上がり、ブーツだ、いつも嘘をつく毛布がキーを一発やりてぇゆっくり(「ねえ、これも・・」)走る小便する放屁する連中までが妻をはさんで払い下げられたラ・カテドラル蜜壺癪にさわって覗くとクアトロ洪水汚れた爪先検札お昼頃導き出される牡蠣コニャック等質化『懐疑主義』初めてスピノザ西南のホテル通いで対象性に基づいて提示する自由意志を二律背反的ピザ・ハットでも批判するべく口を滑らせアイラインは、マイラインとは異なるコルセットテニスコートの上の二元論的な存在しえないマーブル模様が自明なものでなくラテルナ・マギカロビーそれは、びっしり並んだストライプのポーズをとることに合図を送り紅茶を一杯キャブレターかなり弱くなってる蝿みたいに田端の何しろゲスなものハネちまった丸の内硝子越しに(木が入らないドスキンの反芻効果を確かめながら)デジタルリンゴ追分外陰唇人工的に作り出されたまとわりつくエナメル(それをかかえこむようにして)長椅子のカップヌードルその話ならば職業的でカールしたゴム底フックにぶよぶよ隈取りのあるメタドン治療三崎口でUp Loadしたタルタルソースふざけんな! 成就する凧の誘惑冴え冴えと、NTT6万人首切りテリヤキバーガハンス・カストルプ一房の怒りの葡萄でないところがミソであり、露骨なフッサールこのサルよ出でよベッコウアメ怯えのような無関心で河岸段丘留守がちの普遍化された不明瞭な表象こそが(切り離し不可ですから)あたためたミルクで断固拒否カミングスーン非対称的な退屈なかんずくチャールズ・ミンガス構造をふりかけドン底読んでるふりをして瀬戸物癒着ガードレールひっぱたけ! ダンキンドーナツ探求国民全体でナカガミケンジモデル(ホトトギスなかぬなら私の求めていたところの重要なプロミネンス)が、手繰り寄せ扉のひとつを磨きぬかれたサザンロックの雄野蛮で粗野なので内部決裂無視する事によって見惚れてしまういくらか青味がかった斜面をころがる革張りの一太郎人文科学的佐渡おけさ分割すれば近代宗教の刷り込み非存在/存在表に出るとコオロギ可能世界ぬるぬるした単なる人食い人種資本主義逆さ吊り直接体験アドレナリン両手をまわせば『形而上学承ります』電話ボックス男娼反射的徒労熱いほてりが受験勉強存在論おそらくは、唇をふさがれ(「きみの確認がほしいので、それでいいんだ目を閉じて」)マシーンヘッドフェロモン吸い込んでコブシ大のシド・バレットユナイテッド底意地悪い有頂天(「タコですね?」)理想社会安堵の波が柏餅存在とは端から端へとてもいい、着実にトラックに戻り箱の形に気をつけて引き寄せるようにトリュフを丸めたTシャツに(ピザの宅配してんじゃん!)地声を出したけれどもおそらくは、機内サービスの実験に参加した筈なのに(「ハーレークインロマンスポルン軟膏を利用した訳?」)翌日も翌々日も面接を受けてオーデコロンという点に鑑み、肩をすくめて単なる好奇心に最後のピーナッツを口にほうばり鳥肌が立つのをスタートさせて、いらないというように靴を脱いで水面から頭を出すと、都会では身なりのいい女性のうなじにホクロが異常発生したので、予備のバスルームに入りアブノーマルにそっとドアノブにネクタイを引っ掛けて(「品物の代金を考えてもらえないかな」)とにかく逃げなきゃ、肯定的な受け答えにおいて通りすがりに言及されるだけに嫉妬が働いているというべきではあるまいか、右のように解脱されたのち、存在ということを問題にすることが、これすなわち結果としての日常の意識にとっては、視線を向けることのもっとも少ない苛立つばかりの自己存在への不快そのものにアリストテレス以来の伝説的なその感覚を断ち切らざるをえないという手垢まみれの言い回しによって感じ取られたものやがて世間的な煩いや、矛盾の網の目のなかで、形式的な判断ではあるけれども、「ある」ということを認識している人間もまた、現象学的に存在者であることにちがいないのだが、事物的存在の「ある」と区別しなければならないのは自明であり、(もっぱら彼が愛しているのはもうひとりの私、私は彼女に嫉妬してるんだわ)なんてのは、もってのほかなのであって、すべての事物の形成過程を、まずそれまでの統合的な体験次元のリアリティになど配慮することなく、逆にリアリティ欠如を正当化しようとするその行為自体にこそ、問題があるとして存在事物の自己変容、このことに対応しての思考実験をくりひろげながら、(「ニイタカヤマノボレ」)「AはAである」の自動率に何か虚体みたいなものをつくって、日常性/非日常性がくっきり浮かび上がってくるところのひとつの観念から対立する観念へと強引に引きずられていくような二律背反絶対非和解な人間理性の乖離、カントが思弁的理性の限界を確認したうえで「私は私である」を軸にした存在へとなにがしかの決意表明を迫られる飛躍と背理に満ちているとしかいいようがないような、忘れられた存在の意味への問いにこそ(存在に意味があるか否かの問いでなく)不合理ゆえに信ずるという答えが秘匿されているように思われ、事柄をただ単純化することなく日常的・平均的な「ある」の了解に対しても矛先がむけられているべきで、主体としての私の受動性、他人への暴露が身体性の相において萌芽する心の根源的逆行性なのであって、そこでは言い換えるならば共通の時間を有することなき心性は、志向性のうちに隠蔽され、現出としての意識は感受性をより巧みに回避しえない内的欲求や、本性に根ざす絶対的な呼びかけ、ないしは、字義とおりの意味での心の動揺の隔時性への還元であり、(「妊娠したみたいなの」)存在によって集中される力がどれほどのものであろうとも、存在論的構造が表出とエクリチュールに委ねられるとするならば、存在はロゴスのうちにあるのであるから、存在することの無限定な時間のうちに現出する意味の構造へとすべて主題化する志向性は還元されるべきものであって、森羅万象が継起としての性格を有している絶対的不可能性の受動的不朽不変性は、個体の多様による個体化のあくまでもそのプロセスで生ずるイデオロギーと呼ばれそうなほどそれ自体形骸化した社会の原基的印象すら免れきれない絶対的存在の埒外へと産出される意識のノマド、あるいは、直感における現実の共時的超越性にほかならないのである。 (小林サッカー?)





2002年05月28日(火) 空即是色


くだらん
あまりにもくだらん
くだらなさすぎる
なにが「ちわー三河屋です」だ!
ですだ! ですだ! ですだ!
 
もっと失礼なことになったんだよ
知り合いの結婚式でね
欠けたお皿で指を切ったんだって
並みのアホじゃないよね
サラブレッド級じゃん? もしかして

なにが大切かって
命ほど大切なものはないよ
あたりマエダのクラッカー
ってまじなんでそんなに俗っぽいわけ?
むかし族だったりして
アハハハハ

ゆっとくけどさ
写真なんて
36×10=360(ショット)
くらいバシバシ撮って
やっと1,2カットいいのがあるかどうか
もっと写真を見る目を養いたいな
いやマジな話

すべては同じことだからね
なにやってもオンナジ
言葉を紡ぐこと
写真を撮ること
ギターを掻き鳴らすこと
画を描くこと

すべては
出鱈目
人生そのものが
先ず
デタラメデタラメ
       デタラメ
デタラメ  デタラメ      デタラメ デタラメ
    デタラメ  デタラメ
        デタラメ    デタラメ    デタラメデタラメ       デタラメ
  デタラメ    デタラメ    デタラメ      デタラメデタラメ         デタラメ             デタラメ
 デタラメ    デタラメ   デタラメ
   デタラメ             デタラメ   デタラメ
                       デタラメ
            デタラメ
デタラメ     デタラメ  デタラメ  デタラメ   デタラメ                    デタラメ

いつからこんなになっちゃったんだろ
もう後戻りはできないし
やりなおせもしない
んじゃ開き直るしかないね
てことで
ひらきなおります

だってさぁ
あとは自殺しかないわけよ
どうしろってーの
この人生
逃げて逃げて逃げまくって
上手く逃げオオセタラ
ご喝采

てか?


2002年05月27日(月) そのとき

こん|G+な暑&‖い日に=3788972紺の
Pコートに‘@黒の*革手袋そ>れでいて。ハ、
ーハーいっているあなた。「かおるさん、かおる
さん」明日の朝早いのに「はい? はやくいらっ
しゃい」耳をjqぐりk3mぐり;……やらな。いで…
…く·だ·{さ·い……青+いリス}ト{バンド……を
買ったか#らで}も〔アド@ヴァンス〕execute[の
画面]は《なん|でこん\な》に暗いの? 『細雪』
【をまだ読んでな=いの】にぐんぐ­ん­と〈のびてゆ
く飛〉行機(雲を追いなが)らくりつく くり±つ
く海鳴 りの〜す……る日×鴎た+ち+の名……前÷
を呼/んでみ……るや\がて空“は”ま……っぷた
……つ……に*切……り*裂‥‥か…≠…>れ…≦
…るだ……ろ……うそ*の_とき_世〜界は終わりを
告げ ̄るそ_れま^でに運転免……許…は取‥って
お_く ̄ことそ‘れ“まで”はH=しちゃ|だめ
[雷は{神鳴}り]よろ^し^く==|=xxx|=は
しくよ`ろ`昆+布で%も食ってろ!


2002年05月26日(日) 笛吹川


あの火の見櫓にのぼったら
なにか見えるかな
お父さんの見ていた景色が見えるかな


お父さんはあのとき
なにを考えて歩いていたんだろ
お父さんもあの火の見櫓を目印として
歩いていったんだろうか


んなわけないよね お父さん
ぼくはあの日
もういてもたってもいられずに
お父さんのあとを追ったよ


前回のお父さんは
火の見を右に行ったんだよね
だから今度は左だと思った


なんていうかな
とっても
不思議な感じがした


まったく知らない土地
どこまでいっても果樹園ばかり
冷たい風に砂ぼこりが舞っていたっけ


笛吹川を渡るとき
怖かったよ
まるで此岸から彼岸へゆくようで
いや、それはいま考えたことだけれど
ほんとうにお父さんは彼岸に行っていたんだね


あのときわかったよ
最後の最後まで
身を以って教えてくれたんだ
ぼくらの決心が揺らがないようにって


たいへんだったね
いったい何キロ歩いたの


いまはしあわせ?



2002年05月25日(土) ただそれだけ


風が吹くたび

思い出そうね 

トニイホロヘハ

ヘロホイニトハ

だってさあ

だってなんだもん

ユキズリノ

恋なんて

いかがすか?

それともカチ割りみたいな

恋がしてぇの?                        

吐き出せよ?

涙が涸れるまで?

泣いたら?

明日は?

運動会?

それだけかよ!

たまにそういうこともあるね

あるさ

あるとも

あるっていって

あした

きて

くれるかな

いい tomorrow

だからいやっ! だってさ

あっちが断ってきたんだから

いいんじゃん?

それで

なんか

セロニアス・モンクに似てね?

その音のはずしかた

人生の

軋み

そのものポケモン

やがて陽は落ち

ナベヤカン

ダルセーニョ

軽井沢カマキリ夫人

婦人服売り場

婦人売り場

売り子

買春

一万一千本の飴と無知の知

定期券をなくしませんでしたか

やっぱりね

自動改札機のなかにいっつも

吸い込まれてゆき

そのまま戻ってこないのですね

よくわかります

ええ ええ

わかりますとも

おっかさん

ひとつの

あれは

ファッショ

ですね

ファッションじゃないんです

ファシズムですから

梅干ババア

なにくわぬ顔でやり過ごしてください

それが

あなたへの処方箋

気が狂いそうになっても

涼しい顔しているようにね

できるかな?

じゃなくって

やるんだよ

けっして

耳元で囁く野朗に乗せられないこと

反応すると

そいつはつけあがります

絶対に無視

てゆうか

逆にいくらでもどうぞ

という気になれば

勝手に消えます

ただそれだけ



 


2002年05月22日(水) どんなマドンナ


 風が吹いて 

 なだらかな 

 パパの背中は 

 さらに 

 マルミヲ 

 オビタ

 一夜干しの烏賊が

 食べたくなって

 ざわざわ 胸が騒いデユク

 さめざめと鳴いていいですか?
 
 いたいです このビン

 三角州には ないけれども

 円錐 もしくは

 正多面体にはあるのでしょう 

 さあ 

 明日は

 来るのかな


2002年05月21日(火) あゆむとあゆみ


 
 ママがあゆみの頭をこつんと小突く真似をした。
「こら遅いわよ」
「ごめんなさい。薫ママ」
「さ、じゃ早く席について」と、薫ママはカウンターにもたれかかりながら促した。
「あ。これ、お花」
 あゆみは、深紫のトルコ桔梗の花束を薫ママに差し出しながら、その桔梗に負けぬほどの笑みをこぼした。
「あら、いつも悪いわね。ありがと」
 なつめが駆け寄ってきて、その花束をすぐアール・デコ風なデザインが施された花瓶に活けた。
「まあ、きれい」となつめが呟くままに、漆黒のカウンターに置かれた透明な花瓶のなかで、ひっそりと息づくその深紫のトルコ桔梗は、優美なまでに美しく『ルネ』の店内に清らかな光を優しく放っていた。


 ステージでは、やっとメグ、いやポンさんが、源さんとやったと告白したところだった。
「で、どこまでやったんだ?」
「え、そんなぁ。そんなことまでいわなくっちゃいけないんですかぁ?」
「あったりめーだろ、ハゲ!」
「アタシ、こうみえても奥手なんです。まだぁ、山梨のぉ、田舎からぁ出て来たばっかしでぇ、なんにもぉ、知らなかったんですぅ」
「おい、まさか源さんが初めてなんていうんじゃねえんだろうな」
「え? はい。そうです」
「嘘つけ、このとっつあんボーやが。おめえが処女なんてここのいる誰も信じやしねえぞ」
「え! ほんとうです。神かけてほんとうです。源さんと知り合うまでは……ですけど」
 当の源さんは、目を白黒させている。
「ほう、上等じゃねえか。じゃ、百歩譲ってヴァージンだったとしよう。で、どこで源さんと知り合ったんだ?」
「あ、あのう、それも言わなくちゃ駄目ですか?」
「てめえ、おちょくってんのか!」と今度は麗子が灰皿を投げつけた。
 しかし、ノンプロでピッチャーをやっていたという麗子の投げた灰皿は真一文字にポンさんめがけて飛んでゆき、今度ばかりはツルリとすべることなく額を直撃した。が、もともと投げることを想定して置いてあった軽いアルミの灰皿であったため、ポンさんの額はわずかに血が滲む程度ですんだ。
 ポンさんが言った。
「わかりました。わかったから、もう物を投げないでください」
「じゃ、早く言えよ。どこで知り合ったんだ?」
「あ、あの……鶯谷のソープです」
「ばっきゃろー! じゃ、やっぱり処女なんかじゃねえじゃねーか」
「え、そんなあ。メグはれっきとしたヴァージンどぅえーす。もちろん仕事の上ですけど」
「バカか、おまえは」
「で、一日何人くらい客とってんだ?」
「え、それは今関係ないことじゃないでしょうか」
「アホ。なにお高くとまってんだよ。また灰皿投げられてえのかあ」
「ひっ。やめて。言います。5人です、5人くらい」
「うそつきだなあ、おめえはよぉ。何か、ハゲると嘘ついてもいいって法律でもあんのか、おいハゲチャビン」
「ホントです。平均して5人くらいでした」
「ハゲ、ナマハゲ、ずるムケ野郎! おまえみてえな、こどもとっつあんツルピカハゲ丸くんみてえのに、お客がつくわきゃねえだろが」
「え? でもほんとなんです。ほんとなんですってば」
「それじゃ、その店はハゲ専の集まる店なのかよ?」
「いえ、それは。お店に出る時には、ヅラかぶってますから」
「けっ、なにがヅラだよ、赤剥けティムポヅラしやがってからに」



2002年05月19日(日) poem


うわぁ、なんか気恥ずかしいスね
   
創作のほうが楽すよ

そうだ、日記というtitleのpoemと? ぽえむというだいありぃ? と

思っておくんなまし

おほん、えっ えー

いまからすんごい

臭い

鼻つまみの

台詞

てか

文句を

並べたてるので

多少

緊張してまふ











今度風邪でもひいたとき、試してみてほしいんですけど40度くらいの熱をおしてですね、無理矢理いきなしマラソンしてみてください。あるいは、誰かさそって駅伝でもええですけどね。40度の熱といへば、立っているのもやっとの状態ですよね? 平熱が40度なんてヒトいたら、ま、メール下さい。で、別に走らなくてもいいんですけど、いつものように学校行くとか、仕事に出かけるとか、汗ダラダラ流しながら、だけど身体の芯の方はつめたくって、ぶるぶる震えながら嘔吐にたえながら、いや、死ぬほど具合が悪いのに満員電車のなかでお尻を触られその痴漢野朗の顔めがけて、おろしたてのアルマーニのスーツめがけて嘔吐しまくりながら、それでも耐えて学校や仕事に行ってみてください。ほんとうに死ぬほどつらいですよね? 寝ていてもうーうーウナッテしまうほどの高熱なんだから。で、いざ治ってしまうと、人間てのはほんとに馬鹿ですね。これほど馬鹿な生き物はこの世に存在しない。毎日毎日いがみ合って、争いまくって、小競り合いしまくっていきてますが、ほんとなんてつまんないチンケないきものでしょうか。法螺ばっかりふいている政府ありゃ、なんですかね。ま、それは置いといて。とにかく咽喉もと過ぎればなんとかで、苦しいときのことをすぐ忘れてしまう。人間はやっぱ、けんこうですよ。なんといっても、健康。じじいみたいなこというけど、健康じゃなきゃ、こうしてネットに繋いで詩をかくことも出来やしない。で、まわりくどくなりましたが、どんな糞つまらないことを言うのかというと、感謝の気持ちれす。いま、こうして生きていられる自分。不平不満悩み怒り苦悩ざけんなばかやろうって一杯みんなかかえてますよね。だけど、みんなそんなオリンピックの重量上げの選手じゃないんだから、そういった一切の苦しみを捨て去ってください。苦しみを大事に抱え込んでるのは、あんたズラ。あなた自身です。自傷してしまくって浄化して、ある程度苦しみから解放されるのも確かです。バラモン行者が実践してますからね。だけど、そんなの古すぎる! てか、時間がかかりすぎるんですよ、苦しみからぬけだせるのに。面壁9年ですよ、あの誰もがしっている達磨(ダルマ)でさえも。壁に向かって9年間座りつづけたといいますね。凡人の私たちでは、何年かかるやら。
じゃ、どうすんじゃ、われぇ? てなわけですが、とにかく苦しみは、執着と我から生まれます。嘘だと思ったら、まず自分のことを忘れてくださいませ。苦しみは、全部自分自身がただたんに引き寄せているだけです。実体はござんせん。だから、無私。苦しい自分を忘れて、愉しいことかんがえれるわきゃねーだろ! このドアホ! ペテン師! そうですよね。そりゃわかります。私もむろんそうだったから。でも、ま、気楽に試しにやってみてください。自分のことをあれこれ考えるのはよしましょう。過越し苦労(済んでしまったことをアレコレ思い煩うこと)、取り越し苦労(未来の出来事を想ってあれこれ悩みくるしむこと)を、まずやめてみてください。なんて言っても、云うは易く行ないは難し。難関ですけれども、とにかく気持ちを切り替えて! 苦しむのが、あたりまえになってるアナタは、苦しむのが趣味みたいなもんですもんね。でも、是非ともがむばって極力自分でそういう悩み事とかを考えるのを止めてください。悩めば悩むほど深みに嵌まってゆくばかりです。それはわかってんだけどやめらんねえんだよ! てわけですよね。でも、苦しみの発生源は、自分なんだから自分で止めない限り湧いてくるばかり。たとえば、恋とかは? 誰かに恋したりすると胸がキュンとなったりしちゃって、すべてこの世界がバラ色に見えたりしませんでしたか? しますよね? それですよ。それ。自分のことわすれてるでしょ? てゆうか、いつもいだいてる苦しみの想念じゃなくて、恋心っていうのかな、相手を想う愛情でもういっぱいでしょ? あなたのこころのなかは。その愛情であなた自身も包まれるからですよ。だから、想念は、まじ怖い! だから、苦しむのを止めてください! いまこのとき生きていること、健康でいられること、そのことに感謝してください! かけがえのない人生です。笑って過ごすのも人生。泣いて泣いて泣き倒すのも人生。どっちをとりますか? そりゃあ人生は、愉しいことばかりじゃないだろうし、甘くもないけれど、自分で自分を虐めるのは止めてください。なにも自分から地獄に堕ちる必要はない。考え方をかえてください。それには、苦しまない事。苦しみだしたら、悩み出したら、感謝の気持ちで苦しみの想念を吹き飛ばしてください。どれだけ自分が幸せであるのかを思い出してください! 無理であっても、そういう努力、気持ちを切り替えようとする努力をしてみてください。老婆心ながら御願い致しまふ。


と、いう文句で、この糞馬鹿オセッカイセクハラ時代錯誤電波系野朗からのメールは、終わっていた。 



2002年05月16日(木) あゆむとあゆみ


「あ。あの……それじゃあ、私の告白をはじめさせていただきます。……あの、えと」


 すかさず花梨(かりん)が叫ぶ。
「チビデブ! 先ず自己紹介しろ! 誰なんだよ、てめえはよ」
「あ、ごめんなさい。あたし少しあがってまーす」
 ポンさんの額から玉の汗が流れ落ちて行く。
「んなこと聞いてねえんだよ。名前だ、名前!」
「はい。えと、あたしメグっていいます。はじめまして」
 一斉にステージ前の客席から、笑いが起こった。
「ガハハハハ。メグってツラか、おまえんちにゃ鏡ってもんがねえのかよ。このハゲダコ!」


 これも、花梨が言ったのであるが、ハゲダコとは言い得て妙である。ポンさんのツンツルリンのハゲ頭は、興奮のためか、恥ずかしさのためか、それとも先刻まで呑んでいたポン酒のためか定かではなかったが、確かに朱に染まっていたからである。
「おらおら、それからどうした!」
 と、少し控え目の声でなつめが言う。
「あ、はい……ごめんなさい。えと、とにかくあたしメグっていうんですけど、気にいらなかったらごめんなさい。あの、メグは……あの……源さんが好きです。ハート」
「えー!!」と、皆が口々に叫びながら、カウンターに引き取ってカクテルを作っていた源さんを見た。源さんは苦笑いしている。


「おいおい、ハゲメグ。それほんとかよ、初耳だな。それで、どうしたやったのか? 正直に言えよ、嘘ついたら承知しねえぞ」と、麗子。
「え、いやん。そんなみんなの前で、そんなこと……」
「ばかかおまえは。何ぶりっ子してんだよ。なにがいやんだ、50ヅラ下げてよ」
「え! ひっどーい。メグはまだ17だもん♪」
「ギャハハハハハ! 17だってよ、どこにそんな赤黒い顔した、しなびたタコみたいな17がいるんだよ」
 と言って、南がポンさんめがけて缶ビールの空き缶を投げつけたが、それはツルっパゲの後頭部に当たるや否や、見事にツルっと滑って床に落ちた。


「ハハハハ! すべった、すべった。ツルってすべった」
 南は、指差したまま笑いころげている。
 とうとう、ポンさんは泣き出した。
「みんなひどい。あんまりだわ。よってたかってメグのことバカにして……」
「アホかおまえ、まじに泣いてどうすんだよ。さっきのつづきはどうしたんだ、やったのか、やらねえのか」
「あ、え、それは……」とポンさんは、指のささくれをいじり出した。
「はっきりしろよ、ナマハゲ!」
「メグ、頑張ってぇ!」との声援は、サナエちゃん(45)である。
「うっ、うれしい。こんなメグをかばってくれるなんて」
 ポンさん、今度は嬉し泣きに泣いている。


 と、そこへ新入りのあゆみが、遅れてやって来た。



2002年05月15日(水) あゆむとあゆみ


「さあ、みなさん。それでははじめましょう」という薫ママの声でみんなはフロアに半円形に突き出した、ステージの前に陣取った。
 すると、ほの暗いステージの下手から源さんに手を軽く添えて、純白のウェディング・ドレス……ただし、膝上ミニスカ……に身を包んだポンさんが、しゃなりしゃなりと内股でステージ中央へと進み出てくる。
 ピンスポに浮かぶウェディング・ドレスは、たとえようもなく清純でその数えきれぬほどの細かいフリルは、まばゆいばかりに光り輝いている。
 先ず、麗子がステージに向け、大声を張り上げた。
「おら、じじぃ! いつまで気取ってんだよ、ショーは始まってんだ。早く告れよ!」
 ポンさんは、その声にフリルを小刻みに震わせながら、はや涙目になっている様子。
「泣いたって許してやんねぇぞ。早くしろハゲ!」と、これは麗子の横に座っている南の声。
 ポンさんは、おろおろしていながらも、半ば陶然として遠くを見つめるような目をして、口を酸欠のカバのようにぱくぱく開閉させた。


2002年05月14日(火) 真希

  
「さあ、出来たわよ。食べよう」
 

 ぼくはテーブルに移り、真希のはす向いに座る。

 浅黄色したランチョンマットの上で、大ぶりな器にもられたうどんが、うまそうな湯気をたてている。

「いただきます」と合掌して、ぼくは食べはじめる。

 斜めに切られた笹蒲鉾と青ねぎ、それにしめじも入っていた。

「あ、これ平たいね。きし麺なんだ」

「そう。あたしこれが好きなの」

「麺類はなんでも好き?」

「うん。おそばも、パスタも大好き」

「そりゃいいや。おれもね肉は駄目なんだけどパスタ類は大好物だから、外国でもイタリアなら食べるものには困らないだろうなって……ま、行くことはないだろうけど」

「そんなことはわかんないわよ」

「でもね、飛行機苦手だしさ」

「そうなの? 飛行機だめなんだ?」

「だめなんだよね。北海道に行ったとき一度だけ乗ったんだけど、あんまり気持ちいいもんじゃないね、あれは」

「あたしはぜんぜん平気。でも、船はだめね、すぐ酔っちゃうの」




 うどんを食べ終えると、真希は食器を手早く洗って片付けた。

「ごちそうさま。おいしかったよ。気分はどう?」

「うん。食べたら少し落ち着いたみたい。昨夜から何も食べてなかったの」

「もしかしたら眠ってないの?」

「うん。うつらうつらしたけど」

「少し眠ったら、おれはかまわないよ」

「ありがと」

 そう言って真希はステレオの前に座ってレコードに針を落とした。

「これ、きのう買ったの」

 スクラッチ・ノイズの音に、ぼくは思わず耳をそばだてる。

 マイルスだった。

 『kind of blue』

 マイルスのペットの音が、部屋のなかをゆっくりとたゆたいはじめると、とたんにぼくは、静寂を意識した。

 心のなかが澄み清まっていく感じ、といえばいいだろうか。フラグメントが、像を結んでゆく。

 ぼくのなかで窓枠に縁取られた、燃えるような若葉が音もなく揺れている。ぼくは真希といることも忘れ、一心にそれを見つめ続ける。

 無音の世界。

 そうしていつしか、身を切るような切ない調べが、陽炎のようにゆらゆらと立ち現われる。

 『blue in green』

 ぼくはこの曲がいちばん好きだ。

 気の遠くなるほどの甘美な旋律。その底知れぬはかなさは、暗黒のがらん洞のなかで生まれ、虚無の深淵へとふたたび吸い込まれてゆく。

 とらえようとして手を伸ばしても、どこまでも届くことはなく、引き潮のように厳かにひいていくその宿命(さだめ)を、とめる手立てはない。ちょうどそれは、ぼくと真希のように。








 ターンテーブルがその回転を止め、音たちが彼岸へと消え入ってゆくと、真希も静かな寝息をたてて夢のなかへとたゆたっていった……。




 真希、アイシテル……。




2002年05月12日(日) あゆむとあゆみ



 ニューハーフ・バー『ルネ』の薫ママは、その日めずらしく早く出勤してきた。


 その薫ママを見て何を驚いたものなのか、チーフの源さんは危うく磨いていたチェコ製飾りグラスを取り落としそうになったが、間一髪、なつめが優雅な身ごなしで手刀を繰り出すようにして手を伸ばし、すっとグラスを受け取ると何事もなかったかのように源さんに手渡した。
 それを目ざとく見ていた薫ママ。
「ちょっと、源さん気をつけてよ。それ高いんだから」
 源さんは、愛想笑いしながら、頭を掻く。
「どうしたんです、今日は。やけにお早いことで」
「なにいってんの、今日はポンさんがくる日でしょうが」
「あっ、そうか」と源さんは掌を額に打ちつける。
「ったく。だからいやなのよね、忘れっぽいのとオカマは」
 源さんも負けてはいない。
「ちょっとちょっと、そういうママもオカマでしょうが」
「ちがうわよ。いつまでそんなこと言ってるわけ? あたしはオカマじゃないの、ニューハーフ!」
「そこがあっしにゃあ、よく呑み込めねえんですがね。オカマとニューハーフとじゃ、どこがどうちがうんで?」
「あのね、あたしは忙しいの。そんなくだらないこと講義してるひまはないのよ」
「さようで……」源さんの目は笑っている。
「源さん、そんなこといいから今夜は頼むわよ」
「へいへい。わかりやした」といいながら、源さんは仕方ないなあという風に薄い頭髪を手で撫で上げた。
「なつめも頼むわよ、ポンさんは上客なんだから」
「わかってるって」
 なつめは、薫ママの実の娘であり、高校を出てすぐ『ルネ』を手伝っている。
 そこへ麗子と南が、おはようございまーす、と出勤して来た。
「あら、あなたたち早いのね」と薫ママ。
「だって今日はポンさんが来る日でしょ?」と麗子。
「えらい! 麗子ちゃんはニューハーフの鑑ね」
「えへへ。それほどでも」麗子と南は互いにVサインを出し合っている。
「じゃ、あたしちょっと忘れ物しちゃったから、また出掛けるけど他のみんなにもポンさんが来るからって言っといてちょーだい」
 すると源さんがとぼけた顔で言う。
「あれ? 薫ママなにをお忘れで?」
「え。クリーニング出したの取りに……」
「へへ。忘れっぽいのとオカマは嫌いじゃなかったんで?」
「あら、そんなこと言ったかしら」軽くいなして、なつめを振り返る。
「じゃ、なつめあと頼んだわよ。すぐ戻ってくるから」
「うん」


 ママと入れ違いに早苗ちゃんと、少し遅れて花梨(かりん)もやって来て『ルネ』のニューハーフたちは、これで全員が揃った。

 いや、ほんとうはもうひとりいるのだが……。



2002年05月11日(土) この素晴らしき世界





 ……気がつくと中目黒だろうか、駅のホームのベンチにぼくは座っていた。



 膝には読み差しの文庫本。
 何か不思議な感覚に囚われていた。
 ただぼーっと『ソフト・マシーン』の字面だけをおってゆく内に、盆の窪あたりがちりちりと痺れるように痛んだかと思うと、不意にこれから起こるであろうことを逐一予知していることに気付いたといった塩梅。
 だが、かといって何を変えられるわけでもない。ただ近い未来がわかってしまったというだけにすぎないこともわかっている。


 何気ない様子を装って、向いのホームを眺め遣る。
 普段とまるっきり変わらない何の変哲もない眺めだけれども、ひとけのないホームは、全体が生き物のように密かに脈打ってるのがわかる。
 しらばくれって、再び文庫本に目を落とす。
 すると、ホームは俄に大胆になっていよいよ大きく波打ちはじめ、その向こう側に停まっている無人の電車もぐにゃりぐにゃりとのたうちだすや、その身を持て余したように伸びたり縮んだりしている。
 ぼくは今気付いたとばかりに文庫本を見事に取り落とし、大仰に驚いてみせたりする。


 その間にも線路は枕木もろともまくれあがって、ちょうど弛んだロープの端を持って打ち下ろしたときのように、大きく弓なりに反り返りながら右、左と交互に波打ちはじめ、そのひと振りごとに枕木が風を切って宙を舞う。そうやって二本のレールは身軽になってゆき鞭打つような動きの振幅の度合も加速度的に増して、ついにはホームを覆う屋根すれすれまでにまくれ上がったかと思うと、今度は左右てんでばらばらにアルファベットのmや、wに似た文字を形作ってみせ、次いで何やら単語を描き出し始める。
 そのレールの軌跡の残像を追ってゆくと……


 ko no kuso bukuro yarou!(この糞袋野郎!)と、読めた。


 なるほどね。確かに糞袋にはちがいない。
 あるいは、この蛆虫(うじむし)野郎でも。


 声も出ず、ただ呆然と見つめている男……を演ずるよりほかなかった。
 振り返ると、東急ストアの屋上パーキングに停めてある車のタイヤが次々に破裂してゆき、ボンネットが爆発音と共にはね上がる。ホームの屋根も、それに呼応するかのように一瞬にして吹き飛ぶと眼前に広がるどんよりとした黄色っぽい空を背景にして、墨流しのように様々の紋様の黒雲が一点を中心にゆっくりと回転していた。
 と、黄色からオレンジへと変化しつつる空の一角がぱっくりと口を開け、鮮やかな紫の煙が流れ出てくるやジミ・ヘンの耳をつんざくフィード・バックを効果音に、朱色に染まった巨大な眼球がぬるりと現われ出た。
 眼球はそれ自体が紅いのではなく、眼球の表面に浮き出ている毛細血管から血のような汁がにじみ出ているようで、それが塊となってぼたぼたと滴り落ちている。
 そいつが降下してくるにつれ風が巻き起こり、両耳がエレベーターに乗ったときのように詰まった感じになった。
 やがて目を覆いたくなるほどに間近に迫って来ると、太陽は遮られ辺り一面眼球の朱色が反射してぼうっと紅く滲んで見え、それをバックにぼやけたオレンジの丸い光彩が幾つも折り重なって飛び跳ねていた。


 声も出ずただ呆然と見つめている中年男性?……の演技にもそろそろ飽きてきて、ふと見た足許にころがっていた……いや、実際はもう頃合だなと思って足で引きずり寄せておいた……半透明のビニール傘をおもむろに引っ掴むと、血走った巨大眼球めがけて投げつけた。
 とどくはずもないその傘は、しかし吸い込まれるように眼球めがけて真一文字に飛んでゆき、瞳のど真ん中に見事に命中する。そして、眼球はプリンのようにぷるぷると小刻みに震えだしたかと思うと、あまりにもあっけなく風船みたいに破裂した。
 粘ついた赤い液状のものが四散して、ホームにも周りのビルにもふりかかり何もかもがとっぷりと朱色に染まる。まるで血の池地獄そのままだった。
 それから世界は、瞬間ぐらりと斜めに傾いだかと思うと、ゆっくりと回転しはじめた。


 ……と、そのとき。
 ポケットのケータイがいきなり震えだした。
 手さぐりでボタンを押して、耳に押しあてる。


「……はい?」

「もっしもっし 亀よ 亀さんよう♪」



2002年05月10日(金) 臓器林をぬけると、そこは雪国だったの。

  

 そうなの。心臓、腎臓、肝臓、膵臓、脾臓に肺臓、大腸、小腸、十二指腸?



 てな具合に臓器林を抜けると、一気に視界がひらけたのよ。

 とはいっても月は出ていないの。

 ここはどこなんだろう。そんなことをいまさら気にしたって仕方がねえけど、心の片隅でしきりに気になりだしてはいるの。

 けどぉ、そんなぁ ことよりぃ、さっきからぁ 訳のわからんやつがぁ ひっきりなしにぃ 喋りつづけてるのぉ。



「あのまのにてひね  ゆきねへれきせもふぇ」

「てへてへきのみよ  もきゃほけいてもきゃっほてさ」



 なんだかぁ、あたしにはぁ 疑問形のようにぃ 聞こえてぇ 仕方がないのぉ。

 いったい何をあたしに聞きたいってーんだろ? マジギレすっぞ?



「てもはてもくねみてもせふぇ  へっへどぅしぇぺぇ?」

「どこもじぇいふぉんつーかえーゆー?」



 なんだかなぁ。ふんとにもぅ、わけわかんないっつーに。

 けど、訊かれてるのに無視するのもなんだしなぁ。

 そうだ! 適当に答えちゃうもんねぇ。こっちも疑問形だっつーの?



あたし 「ふぉっふぉしぇしょびょべ  んんべんべべんそ?」

あちら 「じぇもじぇにひゅきんとぅ  どぅきゅきぇぢゅびぇびえ」

あたし 「てもてもてへにも  にゅにょちゅきひゅひょいひゅひっ?」

あちら 「どしぇどしぇすぎゅんぎょ  しーぷぇらぅふぇぷらふぇ」

あたし 「うぇちゅぬぅびゅぽんずだあぶるふぉわいとぅ?」

あちら 「異文化コミュニケーション? 人は見掛けとちゃいまっせ」

あたし 「なぁんだ、日本語しゃべれんじゃん」

あちら 「てか、大阪弁?」



2002年05月09日(木) 真希



 ぼくは真希とふたりきりでリビングのソファに座り、まるっきり緊張していなかった訳でもないけれども、どこかリラックスしていて、話が途切れ沈黙が広がろうが、あせって言葉の接(つ)ぎ穂を捜そうなどとは思わなかった。
 逆にその沈黙が訪れるたびごとに、ふたりの親密さがましてゆくかのようにぼくには思えたのだった。
 そうやって何度目かの濃密な沈黙のつづいた後で、真希はぼくにお腹はすいてないかときいた。


「いや、今はまだ……」
 ぼくはそう言いながらも、真希の料理する姿を思い浮かべて、「ごめん。なんか急に腹すいてきたみたい」などと、あわてて言い直していた。
 すると真希は、ぱっと顔を輝かせた。
「そう。じゃ、おうどんでもつくろうか。あたしね、こう見えても料理には少しばかり自身があるんだ」
 真希はソファから立ち上がり、赤と白のストライプの入ったエプロンをつけると、シンクの前に立った。


 あらためてキッチンを見てみると、だいぶねんきの入った鍋やフライパンが壁のプレートのフックに吊り下がっていた。
 真希は底の浅い鍋のひとつを取って、水を入れ火にかけた。
「すぐ出来るから、テレビでも見ててよ」
「うん。頼むよ」


 ソファから真希の料理する後ろ姿を眺めていると、ぼくは妙にくつろいだ気分になってくるのだった。
 テレビをつけると、白黒の映画をやっていた。
 音声をゼロまで下げる。
 男が、あられもない格好でベッドに寝そべっている女に向かって、何か言っている。

「真希は映画よく観るの?」
「たまにね。映画は妹が専門だから」
「えー、そうなんだ」
「大学で映研に入ってるのよ」
「ほんと? じゃ詳しいだろうね。是非話がしてみたいな」
 ちらっと真希が振り返る。
「映画好きなんだっけ?」
「うん。おれの周りって、やっぱり音楽やってる奴ばかりでさ、たまには畑ちがいの人とまじわってみたい、なんて思うよね。真希もそういうことってない?」
 真希は「まあね」と、なんか気の抜けたような返事をした。


 映画は、FIXからあおり気味のショットにかわり、椅子に座ってベッドに足を投げ出している男の、肩なめショットとなる。
 すると、肩越しにのぞくドアが不意に開いて、禿頭の男が入ってくると目をひん剥いてとうとうと女に罵声を浴びせかける、そのカットにストロボのように……そんな男をあざ笑うかのような……いぎたなくしまりのない女の唇の大写しが、インサートされてゆく。

 深紅のルージュを引いたその唇が、しだいに開いてゆき白い歯がのぞくと更に画面いっぱいに広がって、上下に大きく揺れはじめる。女は、大口を開けて笑っているのだった。

 それでも尚、いやそれ故か、男は舌端(ぜったん)火を吐くごとく顔を朱に染めながら、すさまじい勢いでまくしたてている。

 椅子に座っている男のニヒルな眼。

 やがてゲーハーの男は諦めたのか、あきれたのかぴたりと口を閉ざし、両のこぶしを震わせながら、いすくめるように女を見つめていたが、その眼は徐々に光を失ってゆき、瞳に宿っていた怒りは困惑、そして絶望へとみるみる変わってゆく。

 床に男は膝をつき、両手で耳を覆い叫びはじめる。

 女は更に哄笑(こうしょう)を浴びせかける。

 椅子に座った男のニヒルな眼差しは、一点を見つめたまま。

 カメラが引くと同時に、その男はゆっくりと上着のなかに右手を差し入れ、するりとピストルを抜き取る。

 黒光りするピストル。

 男はピストルを、床に膝をついたままの男の禿頭にぴたりと向ける。

 それを見上げる男の驚愕の表情。

 女のバカ笑い。

 ピストルごしに見える男の見開かれた眼。

 女のバカ笑い。

 銃口の向こうに見えるニヒルな眼差し。

 女のバカ笑い。

 銃口の大写し。

 安全装置(セイフティ)のロックをはずす男の指。

 銃身の先に見える男の眉間。

 トリガーにかかる指に、ぐぐっと力がこめられる。

 次の刹那、銃口がぐるりと向きを変え、女にまっすぐ向くと火をふいた。

バーン!



2002年05月08日(水) 私の王子さま


あ。 帰って来た。


「おい、飯」
「……」
「なんだ、飯の用意してないのか」
「あんた、誰?」
「なんだと、主人の顔を忘れたのか」
「主人?」
「……またか。俺は疲れて帰ってきたんだぞ。くだらんゲームはやめろ!」
「ゲーム?」
「わかった、わかったよ。じゃ、先に風呂入るから飯たのむぞ」


 
そうか。そういえばあのハゲには見覚えがある。
 前はふさふさ。後ろはツルツル。
 あたしは、あれを後頭無毛と呼んでいたっけ。
 そうだ。たぶんあいつがあたしの夫なのだ。
 
 あ〜ぁ。それにしてもなんであんなのと結婚してしまったんだろう。
 まじめだけがとりえ。まじめがネクタイ締めてあるいているような奴。
 毎日、毎日7時35分に家を出て、6時30分には必ず帰ってくる。
 あんなんで楽しいのかしら。
 唯一の趣味といえば、プラモデル。
 毎週金曜日になると買ってきて……やれ帆船だ、戦車だと……
 お陰で狭い部屋はがらくたで、いっぱい。
 あんなの作って、どこが面白いんだか。

 
失敗したなあ。 ほんとに失敗した。
 できることなら、もう一度人生をやり直してみたい。
 昔はあたしだって、もてた方なのに……。
 いえいえ。今からだって充分間に合うはずよ。
 お色気ムンムン。熟女の魅力ってやつよ。
 そんじょそこらの娘には、まだ負けないつもり。
 

でも……。
 うちの宿六、浮気のひとつも出来やしない。
 あいつが浮気でもしてくれたなら、あたしも勢いがつくだろうし、
 浮気をたてに、三行半(みくだりはん)を突きつけてやれるのに……。
 謹厳実直。リーマンの鑑(かが)みだからなあ、うちのは。
 まじめ過ぎるのも考えものよね。柔軟性に欠けるというか。
 あれは駄目、これも駄目。
 自分でも窮屈じゃないのかしら。
 会社でもまじめだから上司には一応信頼があるだろうけれど。
 そのまじめがあだになって大きな仕事は出来ないし、だから出世もままならい。
 これで子供でもいたなら、少しは違うんだろうけれど。
 もう7年にもなるのに出来ないんだから、もう駄目よね、きっと。
 あ〜あ。これがあたしの人生と諦めるしかないのかなあ。
 あたしの王子さまは、後頭無毛かあ。


 



 やっと寝た。
 ビール腹を剥き出しにして。
 おい。後頭無毛、そんなんじゃ風邪ひくぞ。
 でも、このおやじは風邪ひとつひきやしない。
 たまには人間らしく、風邪でもひくのなら可愛げもあるのに。
 
 

 あ。起きた。
 え! なにやってるの。着替えたりなんかして。
 こんな夜中にどこへ行くの?
 ちょっと、ちょっと。こら、おやじ、おい!
 ……
 いっちゃった。
 ばかやろう。おまえなんか二度と帰ってくんなあ。
 人をなんだと思ってるんだ。アホ、ハゲ。
 ああ。これで清々した。
 今夜はぐっすり眠れる。






「ねえ。あの奥さんどうかしたの? あたしの主人知りませんか、ですって」
「ああ、あの奥さんね。ここらじゃ、ちょっと有名なのよ。でもね、可哀想な人なの」
「どういうこと?」
「あの人のだんなさん、2年前に勤め先の工場の事故で亡くなったのよ。それから誰彼かまわず聞いてまわってるの」
「でも、なんで?」
「あの奥さん、頭が変になったって訳じゃないのよ。自分でもよくわかってるの。でもね、だんなさんがもうこの世にいないなんて、考えるだけでも辛すぎるでしょ? だから、ああやっていつの日にか帰って来るって思いたいのよ。行方がしれないってことにしてしまえば希望も湧くでしょ? きっとそういうことだと思うの」

「ふ〜ん。お気の毒にね」




2002年05月07日(火) 蟻(アリ)


 
 午後の陽射しを浴びて、赤銅色のカタパルトが異様に大きく見えた。


 慧(ケイ)は日がな一日、この小高い丘の草むらに寝っころがって、国道246号線を見ているのが好きだった。
 ちょっと見には、ただひなたぼっこしているとしか見えないのだが、その指先を見るならば、そしてその真剣な眼差しを見たならば、慧がしっかりと自分の役目を果していることが見てとれるはずだ。
 慧のほかにも何人か、同じ様に交通量をカウントしているものがいるのだが、それらすべてのデータはリアル・タイムで集計ステーションに送られ、チェックされる。だから、いい加減な仕事はできないってわけだ。


 しかし、どうしたわけだろう。きょうはやけに車が少ない、と慧は思った。いつもならばウィーク・デイでも午後をすぎる頃には、軽く4桁に迫る勢いで伸びてくる数字も今日はまだ100にも満たない。
 慧は手持ち無沙汰に、いつのまにかうとうとしだした。
 小春日和の柔らかな光線が、否が応でも眠気を誘うのだった。慧は片目だけ開け、なんとか計測をつづけていたが、やがて手にしたカウンターをぽとりと落とすとともに小さくいびきを立てて、気持ちよさそうに寝入ってしまった。


 小一時間ほど経った頃、慧は救急車のサイレンに目を醒ました。
 まずい、つい気持ち良くって眠ってしまったと、むっくり起き上がり寝惚け眼(まなこ)で国道を見下ろすと、救急車は慧のいる小高い丘の真下に停まった。と、ぱらぱらと救急隊員が降りて来るや、担架を持って一斉に駆けあがってくる。
 慧は辺りを見廻した。むろん誰もいやしない。どうしたんだろうと、驚いている慧の目の前に4人の救急隊員たちがぬっと現われた。
「なに? どうしたんですか」
 と言いながら、立ち上がった慧を4人の男たちは囲むように立ち塞がり、じりじりとその輪を縮めてゆく。
 男たちは無言のまま。慧は呆気にとられ、思わず後ずさりする。
「いったいどうしたっていうんだ。おい、なんとか言えよ!」
 すると、いきなりわっと慧は取り押さえられ、白い拘束衣を無理矢理着せられてしまった。
「やめろ、おまえらはなんなんだ、冗談はやめろ!」
 と、声をあげ、じたばたと暴れまくる慧を男たちは事もなげに軽々と持ち上げ担架に乗せる。慧は尚も抵抗し、動き出した担架から転げ落ちた。すると、ひとりの男が手慣れた手つきで銀のケースから注射器を取り出すと、まったくの無表情のまま拘束衣の上から慧の左腕に注射針を突き立てた。
 慧の「やめろ!」という叫びの連呼は徐々に間隔があいてゆき、尻つぼみとなる。男たちは、ぐったりと腕を投げ出した慧を再び担架に乗せ、丘を下りはじめた。


 慧は朦朧とする意識のなかで、うっすらと目を開けてみた。
 そこには、おぼろげながら黒い影がふたつ見えた。そのふたつの影は何やら不思議な擦過音を発しながら、会話しているようだった。意識がようやくはっきりして来ても、何を喋っているのかさっぱりわからない。
 部屋は薄暗く、じめじめと湿った空気に満たされ、少し息苦しかった。拘束衣は脱がされているようだったが、身体の自由がきかない。どうやらベッドのようなものに括りつけられているようだ。そのせいか、手足が痺れ感覚がない。それに、妙な臭いが鼻をつく。なにか酸っぱい臭いだ。
 焦点の合わなかった視線がはっきりと象を結ぶようになると、この部屋には照明というものが一切ないことに気付いた。どこかに明かり取りの窓があるのかと、唯一自由に動かすことのできる首を回して辺りを窺ったが、そんなものもない。目を凝らしてよく見てみると、黄色っぽい壁自体が、青白い燐光をそこかしこから放ち、互いに反射し合い部屋中に……いや、部屋などという代物ではない。穴蔵みたいなところだ……充満しているのだった。


 慧は、この嫌な臭いを以前どこかで嗅いだことがあるような気がした。すえたような酸っぱいにおい……。そこで、はっと気がついた。蟻酸だ! そうだ、この臭いは蟻酸に違いない。そう気がつくと、慧は我知らず、幼い頃蟻を何十匹も殺したことを思い起こしていた。
 それは、まだ慧が小学校に上がるか上がらないかの頃のことだった。



 慧は食べたくもないガムを少しだけ噛み、未だ甘みの残るまま庭に吐き捨てて、そこに蟻が群がるのを待ってベンジンをふりかけ、マッチで火を点けるといった手の込んだ悪戯をして遊んだ。
 玄関先の玉砂利のなか、ほの暗い縁の下、あるいは、ヒマワリの植えてある赤土の上にと、慧はガムがなくなるまで、ベンジンの青白い炎のなかでちりちりとやかれる蟻たちを眺めては、面白がった。
 しかし、そこかしこに出来た黒こげのガムに立つようにして、あるいは幾重にも折り重なるようにして、ぺったりとへばり付いて離れない蟻たちの死骸の山を見て、自分の遊びのためにいともたやすく多くの蟻たちを殺してしまったことに、はじめて気がついた。
 生命の尊さを知らぬが故の残酷な仕打ちであったが、その行為の後で自分がどう感じ何を考えたのか今となっては知る由もないが、こんなときに妙なことを思い出したもんだと、慧は思った。


 と、そのとき突如身体にまわされていたベルトがゆるみ、身体が自由に動かせるようになった。ところが、そのベルトがどんどん大きく太くなってゆく。みるみるうちにベルトは巨大化し、あるいは慧自身が収縮したのか、終いにはベルトの穴は慧が通り抜け出来るほどに大きくなっていた。
 そればかりではない。
 ベッドに寝ていたはずの慧の周りには、白く荒涼とした平地が広がり、見はるかす遥か彼方には鈍色の光を放つ巨大な柱が4本、内2本は外側の2本よりも大分細かったが、それら4本の柱は、天をつんざくほどに居丈高に聳え立ち、遥か上空で1本の横木と垂直に交わっていた。
 すると、突然滝のような豪雨が降り出した。
 慧は首の骨がへし折れるほど強く雨に打たれ、仰向けに白い地面に叩きつけられた。雨は強烈な臭気を放っていたが、あまりにも臭いが強すぎて嗅覚細胞はすぐにやられてしまい、何の臭いなのかわからずじまいだった。
 そしてまた、雨は異常に冷たく慧の体温を急激に奪い去っていく。慧は歯をがちがちと鳴らし膝を抱え震えていたが、降り出したときと同じように雨は突然あがると、辺り一面ずぶ濡れだったものが、嘘のように端から乾いてゆく。
 そのとき、頭上から大きな炎の塊が、慧の眼前へと落ちてきた。次の刹那、炎が一斉に上がった!
 慧は突如として覚った。さっきの雨は、雨などではなくベンジンだったんだと……。
 火だるまとなって、転げまわる慧の脳裏に走馬灯の如く、ある光景がフラッシュ・バックする。それは、遠い夏の日の思い出だった。



 慧は仲良しのシュンとケンジのふたりと、学校帰りに道草をしながら、ゆっくりと家に向かっていた。
 田んぼの青い稲穂が、どこまでも広がっていて風の吹く度に波打ち、まるで大海原を想わせた。

 慧たちは畔道(あぜみち)を歩いていた。
 と、風の動きとはまったく違う不自然な揺れ方をする一群の穂を見つけた。
「おい、あれなんだ?」
 不思議に思った慧たち3人は、知らず知らずそちらへと近づいていった。
 すると、先ず裸足の足の裏が見えた。それも4本の足。下の方の2本の足は白く小さい。上の2本は大きく毛むくじゃらだ。
 風に乗って、女の苦しそうなうめき声が聞こえてきた。
「なんだ? 首でもしめてんじゃないか」
 慧たちは、その異様な雰囲気に一瞬たじろいだが更に興味をかきたてられ、恐る恐るながらもそっと近づいていった。
 そして3人は見た。

 胸をはだけた若い女の上に男が乗っかり、腰を振っていた。男がその腰を打ちつける度に下の女は苦しそうな声を上げた。
 慧たちは、薄気味悪くて仕方なかったが、その場を離れることもできず、ただ、息を呑んで男と女の行為を呆然と見つめていた。
 慧のすぐ隣に這いつくばっていたケンジが言った。
「おい、やばいよ。あのままじゃ、あの女の人殺されちゃうぞ」
 慧は「うん」と生返事を返したが、そういうことじゃないんじゃないのかな、と思った。すると、ケンジは何かを拾い上げ、慧があっと思う間もなくそのふたりめがけて投げつけた。

 それは見事に男の背中に命中し、男が驚いて後ろを振り返った。
 そのとき、すでにケンジとシュンは脱兎の如く駆け出し、慧は逃げることも出来ずにその場にうずくまった。
 男はズボンを上げながら、「ばかやろう!」と大声を上げてケンジとシュンを追って走ってゆく。大人の足に子供のふたりが勝てるはずもない。すぐに、ふたりの泣き叫ぶ声が聞こえてきた。
 慧は、声のする方へと身体を起こし、稲穂の間からこわごわ覗いてみた。ふたりは、胸倉を掴まれ大きく揺さぶられていた。そして次の瞬間、頭と頭を思い切り鉢合わせさせられた。ごつんという鈍い音とともにふたりは、火の点いたように泣き出した。

 慧は我を忘れ、その場から飛び出すと、げんこつを振り上げている男に、つっかかっていった。
 慧の背丈は男の腰にも満たなかったので、勢い足に絡み付いた慧は、男の足を引っ張った。男は不意をつかれ、呆気ないほど簡単にどうっと前のめりに倒れた。だが、すぐさま「このガキ!」と言いながら飛びかかってきた。
 慧はあわやというところで身をかわしたものの、追い付かれ薙ぎ倒されるようにして地面に突っ伏した。そこへ男が馬乗りになると、髪を両手で鷲づかみにしてがつんがつんと地面に慧の顔を叩きつけた。

 意識の遠退くなかで、女の声がした。
「ちょっと、もうやめて。相手は子供じゃない」
 その声に男は慧の髪を放して言った。
「うるせえ、俺はこういうガキが大嫌いなんだよ、石まで投げやがって。いいか今度こんなことしやがったら、ただじゃすまねえぞ」
 そう、男は言い残し、慧から離れていった。
 慧は泣いた。流れ出る鼻血を拭いながら、口に入った土くれを吐き出しながら。
 しかし、その涙は痛みのためでも恐怖のためでもなかった。その涙は、自分の無力さを嘆いて流した悔し涙だった。


 ……そうか、そういうことだったのか。
 ベンジンの青白い炎のなかで焼けただれ、今まさに死に垂(なんな)んとする慧は、くずおれながら最期に想った。

 慧に殺されていった、あの蟻たちの無念さを……。



2002年05月06日(月) 遺  書

 ひとは皆、どんなことを考えながら生きているのだろうか? また、生きていくのだろうか?
 ぼくはある日、この疑問を友人にぶつけてみた。
 ―――え、なに考えてるかって? 昼飯は何にしようかな、とか、今度の土曜は絶対あのコをモノにしてやる、とかだろ。そういうお前は何 考えてんだ?
 


 まったくお話になりゃしない。だから言ってんじゃん、ひとは何を考えてるのかを考えてるって。
 だから人間は嫌だ。絶対ほんとうのことを言おうとはしない。誤魔化すことばかり考えやがって、それもこれも保身の為だ。ただただ我が身 かわいさに嘘ばっかりつきやがって、それが一旦バレルと、今度は嘘も方便とかぬかしやがる。自分がのし上がるためには、ひとを蹴り落とす ことなど平気の平左の朝飯前。今日はこちら、明日はあちらの岸に咲く浮き草式で、風見鶏のごとくクルクル意見を変えやがる。
 それに、ひとの言葉尻をとらえて揚げ足とったり過去の過ちをほじくり返しては、まるで天下を取ったみたいに猿のようにキーキー騒ぎ立て やがる。おまえらは、それでも人間か。なにが文明だ! なにがIT革命だ! なにが科学だ! ちっとも世の中は良くなってないじゃないか。
 てめえらがうまく立ち回れるような仕組みばかりつくりやがって、国民はいい面の皮だ、まったく。
しかし、それになんで気が付かないのかね>国民さんよ。









 

 と、まあこんな訳でぼくは人間について考えることを半ば諦めてしまった。そして、次にぼくが考えたことは、次のようなことだった。
 卵は、皆どんなことを考えながらひとに喰われるのだろうか。また、喰われていくのだろうか。
 ぼくはある日、この疑問を友人Bにぶつけてみた。








 ―――え。卵が何考えてるかだって。冗談じゃない。そんなことは卵に聞いてみな。
 まさしくその通り、なのだ。卵の考えは、卵自身に聞いてみるしかない。
 そこでぼくは、卵が一体どんなことを考えているのかと、卵に尋ねてみることにした。しかし、一向に返答はなく業を煮やしたぼくは、卵を握る 手の力を強めすぎ、一気にグッシャと潰してしまった。
 ぼくは短気なのだ。それは、自分でもよくわかっている。わかっているけど……。
 それでぼくは、ちょうどこの機会に短気をなおそうとばかりに、気長に卵への問いかけをつづけることにした。もう、こうなったら根比べだ。ぼく が諦めるか、卵が音を上げて喋り出すか、ふたつにひとつってやつだ。











 ぼくは犯人への尋問よろしく、卵を犯人に見立てておんぼろ机の上に置き、おきまりのライトを真っ直ぐ卵に照射して真摯に問いつづけた。
「たまごはん。いや、たまちゃんかいな。 あんたはんは、何考えていてはるんや」
 尋問は一昼夜ぶっ通しでつづいた。途中、卵が腹をすかせすぎて口を割らないのではと思い返し、蕎麦屋からこれも定番のカツ丼をとった。 が、卵はまったく手をつけなかった。
 さらに一昼夜。卵は相変わらず黙秘権を行使している。ぼくは言った。
「たまごはん。まったくあんたはんには、まいりましたわ。ぼくシャッポを脱ぎますわ。あんたはえらい。阿呆な人間なんぞよりよっぽどしっかり していてはりますものなぁ。いや、ほんま。これ本心でっせ」
 などと、ぼくは懐柔策に出たが、これも功を奏さず、卵はいっかな口を割らない。


 しかし、そこでぼくは、はたと気が付いた。
「そうや。そうだったんでっか。あんたはんの口を割るには、まず殻を割らにゃ駄目だったんでんな」
 ぼくは誰に言うとでもなく、そう呟くと、やおら卵を掴んで……いや、掴みかけて絶句した。その時、突如卵の殻にピリピリと亀裂が走ったの だ。ライトの温もりが、孵化を促進せしめたのだった。のけぞりながらも目を離さず見ていると、さらに亀裂は拡がってゆき、卵は呆気なく割れ てしまった。中から黄色い嘴がのぞいて見えた。
 ……なんて、ほら話は一切しません。ぼくは嘘をつかない主義ですから(冒頭であれだけ言った手前)。では、真実を申し上げます。


 やおら卵を掴んだぼくは、ねらいを机の角に定め、一気に振り下ろそうとしたところで、さっきは短気は損気と悔い改めたばっかりやったなと 思い直し、コツコツと小刻みに机の角に打ち当ててみた。しかし、ゆで卵ならいざ知らず、生卵となると、これはなかなか厄介だった。一心不 乱に二時間あまりその作業に打ち込んだが、なんら変化はみられなかった。












 考えてもみてほしい。卵を割らずに殻だけを割るという試み。それは想像を絶する―――いや、想像は出来るが、「事実は小説よりも奇なり」 なのだ―――企てなのだった。
 それで、短気なぼくはやっぱり短気を起こし、その作業を放り出してしまった。
「あ! 卵はフラジャイルだったやんけ」
 と、叫んだ叫んだ時には、もう手遅れだった。


 あくる日。
 ぼくは、仕事帰りに商店街にある豆腐屋に立ち寄って、卵の一件を話した。そんなつもりはなかったのだけれど……。するとおばちゃんは、
「あんた。あんたみたいのんは、豆腐の角に頭ぶつけて死んでしまいなはれ」
 と言うのだった。そのあまりにも直截な言葉に、ぼくはのけぞった。おばちゃんは、この商店街でもその歯に衣着せぬ辛辣な物言いからつと に有名な名物おばちゃんだったが、ぼくは少なからず傷ついた。しかし、大好きな豆腐を買うことは忘れはしなかった。ぼくは、斜め三十五度く らいにのけぞったまま、金を払い豆腐を二丁買った。



































 ぼくは大豆で作られた物が一番の好物なのだった。
豆腐はもちろんのこと、がんも、生揚げ、焼き豆腐,おから、豆乳、油揚げ、そして納豆にいたるまで、一日のうちでそれら大豆製品を 食さない日はない。
 そんなことから、ぼくは小さい頃より豆腐屋の隣に住みたいと常々思っていた。現在もその念願は叶えられていないが、次に引っ越すときには必ずや豆腐屋の隣と、密かに心に決めていた。






 ぼくは斜め三十五度の、のけぞりを維持したまま、アパートに向かった。のけぞりつつ、ぼくはおばちゃんのさっきの言葉―――あんたみた いんのんは、豆腐の角に頭ぶつけて死んでしまいなはれ―――を何回となく反芻していた。
 なるほど。そういう解釈も成り立つわけだ。しかし、それはそれとして豆腐のどの角に頭をぶつけたならばいいのだろうか。豆腐には四つも角 があるのだ。任意にひとつの角を選び取り、それを第一の角と名付けて、先ず第一の角。それで死ねなければ第二の角。それでも駄目なら 第三の角。それでやっと虫の息になったところを、だめ押しで第四の角をお見舞いするのだろうか。だが、その時既に豆腐は原型をとどめてい ず、炒り豆腐状態となっているはずだが、幸い? 死人に口なし? で、どうせぼくには、食べられやしないのだから、そこまで心配するのは 取り越し苦労というものか……。


 そんなことを考えながら、ぼくは商店街を抜けアパートのある小道へと入っていったが、ぼくの、のけぞり三十五度を見る道往く人々の奇異 な視線を、ぼくは気にしていなかったと言えば嘘になる。ぼくの方こそ、彼らに奇異な感じをもったのだ。
 試しに皆さんもやってみるといい。後方三十五度の、のけぞりの世界よりの視線には、のけぞっていないことの方がおかしく思えるのだ。


 ぼくはアパートの階段を上りながら、―――のけぞっているので、手すりにつかまって―――再び豆腐のことを考えていた。今度は豆腐、凶 器としての豆腐ではなしに、ぼく自身の頭という観点からの洞察だった。
 では、頭のどの部分に豆腐の角をぶつけたならいいのか。側頭部か、いや、前頭部? それともこめかみ。頭頂部? いやいやそれ以前の 問題として頭を豆腐の角にぶつけたらいいのか、豆腐の角を頭にぶつけたらいいのか、先ずそれを解決しなければ次には進めまい。





 つまり、こうだ。
 豆腐を固定し、その任意に選んだ角に頭を打ちつけるのか、といった二者択一的な―――ちょっと待て、もうひとつあった。豆腐と頭、双方と も固定することなく両者を互いにぶつけ合わせるという方法もあったのだ。ここにおいて、その選択率は五十パーセントから三 割三分三厘三毛へと後退したことに反比例し、その選択に要する難易度は逆に高まってしまった。


 さすがのぼくも、これには頭を抱えてしまった―――実際は、のけぞり三十五度なので片手は手すりに取られ、文字通り両手で頭を抱える といったしごく単純な動作も出来はしなかった―――が、自分の部屋の鍵を開け、ドアノブにに手を掛けたとき、先刻までの考察がヒントとなっ てある考えが閃いた。





 そうか、テーブルの角にぶつけるのが、いけなかったんだ。自分の頭にぶつけたならば、卵が何を考えているのかが、少しは理解できるので はないか。卵の語ることを聞くためには、こちらの拝聴しようという神聖な心構えこそが不可欠なのだ。その心構え、即ちそれが身を挺して卵 を頭に打ちつけるということなのだ。

 
 翌日、赤ちょうちんの誘惑にも負けず、まっすぐ帰宅したぼくは、早速実験を開始した。もちろん帰宅途中卵を大量に買ったのはいうまでも ない。
 ぼくは卵を右手で持つと、高く掲げ、額の生え際の部分を落下地点と定め、勢いよく振り落とした。
 グシャッ! 卵は見事に割れて、その黄身と白身は額から目、鼻、口、そして、顎をつたって真っ白なカッターシャツを黄色に染めた。







 卵との会話をもつべく考え出された、我が身に打ちつける―――その打ちつける箇所は、卵からの思念を直接受ける頭部が妥当だと思われ た―――という新たな方法論の発見に、ぼくは勇み少しばかり力を込め過ぎてしまったようだ。ただ、この場合卵が割れてしまうのは、どうして も避けがたいことだった。というのも、昨日ぼくが行った一連の研究成果として、卵の殻を先ず割らねばならないことを学びとっていたからだ。
 それら深い洞見のもと、ぼくの実験はさらにつづいた。


































 ちょうど、十一個目の卵を割り終え、そろそろシャツを替えなあかんなと思いつつも、ぼくの右手は機械的な動作を止めようとはしなかった。 そして、つづく十二個目の卵を頭に振り落とした瞬間、ぼくは何かを感じ取ったのだ。その時、痛! と、卵が言ったような言わなかったような ……。
 しかし、それ以後卵の殻がただ山と成すばかりで、卵はうんともすんとも言いはしなかった。


 実験は深夜に及んだ。
 ぼくはすべての頭の部分に卵を落下、または打ちつけた。それから昨日の考察通り卵を固定させ、すべての頭の部分を用いて割ろうと試 み、さらに頭と卵双方をぶつけ合わせてみた。考え得るそれらすべての割り方を一通りこなすだけでも、七十個あまりの卵を消費し、その順 列組合せを幾度となく繰り返すのだ。
 

 ぼくがこの実験のさなか、空腹を憶えなかったかといえば、さにあらず。時々、ぼくはしっかりと、いや、ちゃっかりと割りたての生卵を摂取し ていた。が、そのせいで精がついたのか、それとも学究的な興奮の為か、はたまた睡眠をとらぬゆえのハイな気分のせいか、さらにはただ単 に膀胱が尿でパンパンに張っていたためなのかはよくわからなかったけれど、とにかくぼくはナニを勃起させつつ、頑張りつづけた。


 そうして、ちょうど二百八十六個目の卵を頭頂部へとつけたとき、ぼくは卵の「あっ」と いう声なき声を聞いたのだった。
 しかし、実験はそこで中断せざるをえなかった。つまり、その二百八十六個目が、最後の一個だったのだ。だが、ぼくはこの成果に大いに満 足を覚えた。その安堵のせいか、急に喉の渇きを覚えたぼくは、そうだ、今こそ祝杯を上げるべき時だとばかり、エビスビールめがけて冷蔵庫 に走った。(ボクは、家ではエビスしかのまないのだ)


 ところが、冷蔵庫の扉を開けたボクの目に一番最初に飛び込んできたものは、一丁の豆腐だった。
 これや! とぼくは思った。卵とのコンタクトは明日の愉しみにとっておいて、今日の締め括りに「豆腐で一丁きめたろやないけ」と、考えたの だ。ぼくのいったん火の点いた研究欲は、いよいよ燃え盛ると共に、先刻の好結果にぼくは気をよくしていたのだ。
 

 それが、いけなかった。
一丁は昨夜味噌汁に使ったが、もう一丁は冷奴
で一杯などと考えて、とっておいたのがまずかった。ぼくはエビスを飲むことも忘れ、来るべき さらなる実験の予感に打ち震えた。


 その後のぼくのとった行動は、良識ある皆様のご判断にお任せするとして、そのぼくのとった行動が招いた結果として、こうしてぼくは病院の ベッドに横たわっているという訳だ。看護婦によるとぼくは人事不省のまま、この病院に担ぎ込まれ、三日三晩昏睡状態にあったという。ぼくは ほんの一時間ばかり前に、目覚めたばかりなのだ。これが、よい兆候なのか、そうでないのかはぼくの知るところではないが、とりあえずぼく は遺書なるものを書いておこうと思ったのだ。―――ほんとうのところは、ご都合主義の作者の思惑が強く働いているのかもしれないが……。
 

 とにかく、ぼくが死ぬという仮定のもとに、これをしたためたのではあるが、万が一、ほんとうにぼくが死ぬようなことがあったのならば、これを 斯界に発表すると共に、いにしえの先達がすでに喝破した如く豆腐は恐るべき殺傷能力を秘めているという事実を、世人に広く知らしめていた だきたく思う。ぼくが即死を免れたのは、不幸中の幸いというべきなのだ。


 最後にあたり、辞世の句を詠み、この拙文の結びとしたい。

    辞世の句
 
 嗚呼 エビス エビス飲みたや ああ  エビス
(お粗末)



    ……………………………………………………………………………………………………   

 ○月未明、中野区南中野三丁目3−6−9、会社員梅田茶太郎さん(53)が、××病院で死亡した。死因は不明。梅田さんはたまたま、梅 田さん宅を訪れた友人Bさんの通報により、当日の救急病院である▲▲病院へ向かったが入院を拒否され、その後も丸一日各病院で拒否さ れつづけ、たらい回しにされたあげく、やっと入院を受け入れた××病院で、いったんは意識を取り戻したが、一時間後事切れた。梅田さんの 遺族は、頑なに入院を拒みつづけた大学病院を含む45の病院に対して怒りを露わにし告訴も辞さない模様。また、梅田さんは意識を回復し た一時間あまりの間に死を意識していたのか、遺書らしきものを口述筆記しており、そのことが一層関係者らの悲しみを募らせている。





 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
ども。はじめまして。
そろそろ、虚しくなりかけてまして
きょうは
書く
気に
なれず
けっきょく
反則技

走って
しまいました

長すぎ
ましたか?
ですよね
貴重なお時間を
割いていただき
申し訳
ありません


あ、
エイジさん
メール
ありがとう!
やる気
なくしかけてたので
ほんと
うれしかったです
これからも
よろしくデス!


2002年05月05日(日) セント・エルモス・ファイヤー


 右舷の方向に蒼白いセント・エルモの火が見えた。


 あいつまたやってるな。あれほど安売りするなといったのに……。
 ディックは眉根を寄せて、漆黒の海面に唾を吐いた。
 まあ、仕方ないか。あいつはまだほんの小僧っこだからな。
 オレも若い頃は愚かなあいつらの驚く顔が面白くって、すぐセント・エルモの火を灯したもんだった。
 だが、あいつは限度ってぇものをしらねえな。ったく近頃の若いもんは目立ちたがってしょうがねえ。


「ちょっとちょっとディック、なにぶつぶつ言ってるのさ」
 ん? ディックは声の主を捜した。まっ黒の海面に海月(くらげ)がふわふわ浮いている。
「なんだ、めずらしいなばあさん。しばらく顔を見なかったけど元気だったかい?」
「ああ、あたしゃ元気さ。それにしてもディック、あんたも歳をとったねえ」
「ハハ。よく言うよ。ばあさんに言われちゃ世話ないな」
 ちゃぷちゃぷと、黒い波がディックの腹を洗った。


  ばあさんが言った。
「ところで、あんたの相棒、シーナって言ったっけか? 見あたらないね」
「ああ。シーナかい。3年前にあのアホどもにやられちまったよ」
「そうかい。あんたも寂しいねえ。また、ひとりぼっちか……」
「なに。オレにはこれが性にあってるんだ。そういうばあさんの方はどうしたい?」
「あたしゃ、極楽隠居さ。一人娘も去年やっと嫁にいってね。もう思い残すこたあないよ」
「ほう。あの子が。そりゃあよかった。じゃあ、お祝いをしなきゃあなあ」
「よしとくれよ。あたしゃ、こうしてあんたと会えただけで嬉しいんだよ。でも、またすぐどこかに行っちまうんだろうけど……」
「まあな。今夜は月も出てないし、そろそろ時化(しけ)るだろう。そうなると俺の出番だしな。今夜中には、東シナ海の方へいくつもりさ」


「そうかい。じゃあ、もう行くんだね」
「ああ。元気でな、ばあさん。次に会ったときにゃあ、またゆっくり思い出話しでもしようや」
「そうだね、ディック。あんたも元気でね」
「ディックは、ばあさんを気遣って波の立たぬようゆっくりと旋回すると、東シナ海めざして動き出した。
「じゃあな、ばあさん。達者でな」
 ディックは、ざぶざぶと黒い波をかき分け、かき分け真一文字に進んでゆく。
 ばあさん、目を細めて見送った。
 

 ところが、突然金切り声をあげて、ばあさんがディックを呼んだ。
「ディック、ディック、待っておくれよう!」
 急いで戻ってくるディックの起こした波に、ばあさんは大きく揺れた。
「どうしたい、ばあさん。大声あげて」
 ばあさんは、揺れながらか細い声でいった。
「ごめんよ、ディック。怒らないで聞いてくれるかい」
「怒るもなにも……急にどうしたい」
「いやね、あんたを見送ってたら、もう二度と逢えないんじゃないかって思ってさ」
「なんだ、そんなことか。さっきのばあさんの声じゃ、まだまだ30年はぴんぴんしてるさ。ありゃ、東シナ海まできっと聞こえたぜ」


「じゃあ、ディックひとつ頼みがあるんだけどね」
「ああ。オレの出来ることならなんでもするよ」
「そうかい。ほんとうに優しいね、あんたは」
「ばあさん、世辞はいいから、早くいいなよ」
「あのさ。お別れにね、あんたのあの素晴らしいセント・エルモの火を見せておくれでないかい」
「なあんだ、そんなことならお易いご用さ。それにしても、お別れになんて辛気くさいこと言わないでくれよ。いつとは言えないけど、また必ず戻ってくるからさ」
「ああ、ああ、わかっているさ。あんたは必ず戻ってくる。戻ってくるとも。だけどもね、あたしゃもう老い先短いんだよ。もしかしたらこれが最期かもしれないんだ。だからさ、あんたのセント・エルモの火を見ておきたいのさ」


「わかった。だけどな、こりゃあ、別れのためにやるんじゃないぜ。今度逢うときまでの約束手形として灯す火だ。そんときまで、ばあさん達者でいろよ」
「ありがとうよ。ディック。あたしゃ待ってるとも、あんたが戻る日を」
「なんだなんだ、ばあさん。小娘じゃあるまいし、めそめそするなよ。じゃあ、今度こそ達者でな。また逢おうや」


 と、言い終わらぬ内に、ディックの帆柱は先端からめらめらと蒼白く燃え輝きはじめた。蒼白い炎の舌端は、音もなく燃えひろがり、その冷たい炎は、漆黒の夜空を焦がした。
 いま、ばあさんは、セント・エルモの火を眼前に見ながらその蒼白く神々しいばかりの炎で照り輝く海面にたゆたっている。
 この世のものとは思われぬ光景に、ばあさんは、はらはらと涙を流した。
「ありがとう。ありがとうよ、ディック」
 ディックは、大きく旋回すると、ゆるやかに波をけった。
 セント・エルモの火がゆっくりと遠ざかってゆく。


「ばあさん、達者でいろよ!」
 ディックは後ろ姿でそう言った。
 ばあさんは、いつまでも、いつまでも波にたゆたいながら見送っていた。




 ばあさんは、知っていたのだ。
 もう二度とディックが帰らぬことを……。


2002年05月04日(土) Gooo!


 ディスリンボ、ポヤティンポ、ホテランカ、チセランキ、ネルトーネ、アヤポンチ、ケネラーイャ、ニャカニャンネーネ、ピコポンポンピー、ティポリンリンガ、ネママンネーネサ、ヘセラピ、ケセラピ、ピプランキッサ、アーウー、アーアーウー…………

 以上、これはほんの出だしなのでちゅが、これがいわゆるひとつのグーを呼び出ちゅ呪文なのでちゅう。
 グーとは、私たちの遠い遠いご先祖さまの時代から、私たちンッフッフ族の天敵であるペッロッペッロッペーダの唯一恐れている獣神なのでちゅ。私たちンッフッフ族は、それ故グーを崇め、グーの機嫌を損ねぬよう常に貢ぎ物をたくさん用意して、ペッロッペッロッペーダをやっつけてくれるよう祈願するのでちゅ。
 もし、グーがいなかったならば、我々ンッフッフ族は、とうに絶滅していたことでちょう。それほど私たちは弱く、またペッロッペッロッペーダは破壊的に強かったのでちゅ。
 だから、グーを呼ぶときにお供えする何十本もの人柱は、仕方のないことなのでちゅ。
そうなのでちゅ。貢ぎ物とは、グーに捧げる貢ぎ物とは人柱なのでちゅ。

 もうおわかりかと思うのでちゅが、ご覧のとおり私たちンッフッフ族とは、赤ん坊の一族なのでちゅ。
 そんなわけで、私たちの必需品とは、よだれかけと、おしゃぶり、そしてムーニーマンなのでちゅが、成人しても外見は赤ん坊のままなのでちゅので、ンッフッフ族のママが、赤ちゃんをベビー・カーに乗せてお散歩してても、どっちがほんとの赤ちゃんなのか見極めるのはちょっと難しいのでちゅね。(てか、ぜってぇベビー・カー押してるのがママだべ?)
 
 話しは逸れましたが、ペッロッペッロッペーダは、それはそれは恐ろしい奴なのでちゅ。名前からも連想できるように、奴は、舌べろの化け物なのでちゅよ。私たちが寝静まった丑三つどきに奴は海から這い出てきて、眠っている私たちの顔をその大きな舌べろでペロッとやるのでちゅ。その気持ちの悪いことといったらありまちぇん。
 私も一度ペロッとやられて命からがら逃げたのでちゅ。でも、可哀想に私の愛娘メッグメグは、食われてしまったのでちゅ。ほんとうにあのときの事を思い出ちゅと涙がとまりまちぇん。私と妻の眼の前で、メッグメグはペロッとひと呑みにされてしまったのでちゅ。

 で、今回なにゆえ、あなた様の助けを求めに参ったかと申しまちゅと、頼みの綱のグーがまったく役に立たなくなってしまったのでちゅ。
 グーは無類の酒好きなので、私たちはグーに貢ぎ物をする際には人柱のほかに一斗樽を沢山用意するのでちゅけれど、このごろグーのやつ急に酒が弱くなったのか、全部飲みほしてしまうとやおら高いびき、まさしくグーグーとすぐさま眠ってしまうのでちゅ。
 そうなってしまったら、グーはもう役に立ちまちぇん。グーは物忘れが激しく一度寝てしまったら自分がなんで呼び出されたのか、まるっきり忘れてしまうのでちゅ。これには、さすがに私たちも困り果てました。
 そこで、私たちは一斗樽の数を減らしてみたのですが、逆に怒りだして暴れまわる始末でちゅ。グーがほんとに怒りだしたらもう手をつけれません。なんせ、あのペッロッペッロッペーダをやっつけてしまうほど強いのでちゅから。
 いわゆる両刃の剣とでも言うんでちょうね。
 そこでご相談なのですが、グーの酷い物忘れを治せるようなお薬はないでちょうか?

 わしは唸った。
「う〜ん。ないでもないが。もそっとそのグーとやらのことを聞かせてくれんかの。そいつはいつもきまった頃に現われるのかの?」
「はい。春に一回。秋に一回。それはご先祖さまの時代からずっとそうであったようでちゅ」
「なるほど。では、その時期が来たらグーにお供え物をするのかの?」
「いえ。さきほど申し上げましたとおり、グーは物忘れが酷いので、さきにお供え物をいくらしてもすぐ忘れてしまうのでちゅ。だから、人柱を立てるのは、グーが、いや、ペッロッペッロッペーダが村を襲った次の晩なのでちゅ。奴はかならず二日続けて現われるのでちゅ」
「なるほどなるほど。して、グーはどのようにしてそやつを退治するのかの?」
「それは……私たちも知らないのでちゅ。でも、とにかくグーにお供え物をすると次の晩からペッロッペッロッペーダはもう現われないのでちゅ。きっと、グーの法力でやられてしまうのでちょう。私たちはそう推測していまちゅ。
「そうか、法力か。して、そのグーはどのような格好をしているのかの?」
「はい、文字通り、グー。つまり手のひらを握ったような姿形をしておりまちゅ」
「ほう。グーの形とな。面白いのう。では、グーに負けるペッロッペッロッペーダは、さしずめチョキじゃな。ワッハッハッ」
「ご冗談はおやめ下ちゃいませ。で、お薬はいただけますのでちょうか?」
「まあ、それはやらんでもないが……」
「…………」
「なに、ちと腑に落ちんことがあっての」
「と、もうしまちゅと……」
「いやな。そのペッロッペッロッペーダとやらは、舌べろの化け物ということだがの。その姿はまるっきり舌べろだけなのかの」
「いえ。畳一畳ほどもある大きな舌べろが、その倍くらいある手の平からペロンと垂れ下がった格好をしておりまちゅ」

 


2002年05月03日(金) Pink Floyd

  

 彼女は横浜に住んでいた。

 横浜国大を見下ろせる小高い丘の崖っぷちに、ちんまりと建っている彼女の家は、ピンク一色に塗りかためられていたという。
 ショッキング・ピンク、その名のままに青空をバックにして、どピンクの三角屋根が見えたとき、彼女を家まで送っていったというデザイナーのY氏は、その異様さに思わず絶句してしまったということだった。
 後日そのことを聞いたぼくは、以前住んでいた町でまっ赤な家を見たことがあったことを思い出した。
 たしかにその家は、まっ赤といっても赤一色ではなく、ドアだけは黒く塗り潰されていたと記憶しているけれど、通りに面した家だったのでどうしても目に入ってしまい、いつもなるべく足早に通り過ぎるのだけれど、前を横切るのでさえ何か、はばかられるほどの奇異な印象を受けた。
 それは、赤と黒の異様な配色によって、醸し出される奇異な雰囲気というものではなく、その家の内にこそ問題があるように思われた。
 そこに漂っている何ともいえぬ無気味さは、ただならぬものを感じさせた。
 彼女の家がそれと同様とまでは言わないけれど、いずれ何から何までピンクに統一されている家に住むものが、ごく普通の神経の持ち主とは、ちょっと考え難かった。
 こんな風に考えてしまうは、そのことを裏付けるような異様さを図らずも身をもって経験してしまったからかもしれない。

 それは、彼女の家に電話したときのことだった。
 彼女はまだ家には帰っておらず、彼女の母親と思しき人物が電話に出た。
 問題は、その母親と思われる人の応対だった。
 とりあえず会話は成り立ったものの、応答の間中その声の主は、あえぎ続けていた。
 ぼくはそれを耳にして、鳥肌が立つような気色悪さを覚えたのだけれど、それはまるで心臓を患っている人が、発作を起こして悶絶しているかのように、あるいは、ひどい低血圧の人が眠っていたところをたった今起こされたかのように、引きずるような喘ぎ声が太く低いかすれ声の言葉の合間、合間に響いて来るのだった。
 ほんの1分にも満たない電話だったにもかかわらず、そのインパクトは強烈だった。
 声のみのコミュニケーションである電話は、相手の様子が一切わからないだけに想像をかきたてるすごいマシンなのだ。
 電話を切った後も、その生々しい声が耳に張り付いて暫く離れなかったけれど、もしかしたならあの切れ切れの喘ぎ、というか吐息は、苦しみのためのものなどではなく、歓びの……女性の歓びの声だったのではなかったのか、などと思えて仕方なかった。
 そんな訳で、それ以降二度と彼女の家には電話しなかったけれど、翌日彼女に、「電話くれたんだってね」と、言われたぼくは、うなずいて笑顔でとぼけるのが精一杯だった。


2002年05月02日(木) 「ざけんな、バカヤロー!」



 ボクがその日もいつものように渋地下を抜け、JRの北口の横にでる階段を上っていると、ドラムとエレキ・ベースの音が聞こえてきました。その音に誘われるようにして歩いてゆくと、東横の一番大きな改札へとつづいている階段の手前のちょっとしったスペースで、ロイクの人外さんがふたりで演奏していました。
 3、40人はいたでしょうか、結構な人だかりで皆異国のロッカーに見入っています。ドラムもスネアだけでなく、ちゃんとしたセットで壁を背にして後ろに控え、手前にデニム地のブルーのベレー帽をかぶった人がいて、ベースを弾いていました。
 曲は、インストでヴォーカルのパートはないのですが、なかなか面白いゆったりとしたリズムで、さすがに日本人にはちょっと真似出来ないようなノリを醸し出しています。
ボクもへぇーと思って立ち止まり、そのうねるように重いビートに聴き惚れていました。
 そのときです。不意に肩を叩かれ後ろを振り返ると、ふたりの若い男女が話し掛けてきました。
「すいません。あの、ちょっといいですか?」
 ボクは新興宗教の勧誘だと思いました。
「あの、じつは私たち自主映画をつくってるものなんですけど、キャストを捜してるんです。どうですか、映画やってみませんか?」
 と、これは女性のほうが言いました。そして更に男のほうが、
「あの、ぼく演出をやっているんですけれど、あなたがぼくのイメージしてるヒロインにぴったりなんですよね。突然で申し訳ないんですけど、是非お願いします」
 ボクは面食らい、
「いえ、わたし経験ないですから」と言うと、
「いえ、みんなほとんど未経験なんですよ。今んとこ5人くらい集まってるんですけど、あのう映画好きですか?」ときた。
「ええ、まあ観てるほうだとは思いますけど……」
「そうなんですか。なおさらいいですよ。じゃ、『ラルジャン』て知ってます?」
「ああ、ジャック・リベットでしたっけ」
「そうです。詳しいですね。あれって、ほら素人ばかりの役者さん、いや素人だから役者じゃないけど、素人ばかりのキャストだったでしょ?」
「そうでしたっけ」
「そうなんですよ。で、今回のぼくのやろうとしているのも素人ばかりのキャストでと思ってるんです。だから却って芝居ずれした人じゃ困るんですよね。
 どうです? 映画が好きなら観てるばっかりじゃなくて、映画をつくるっていうのもいいと思いませんか」
 いつの間にやら、演奏はスピード感あるプログレ風な曲にかわっていて、ドラムとベースはビシバシとシンコペをユニゾンで決めまくっています。
 ボクは黙っていました。
 すると、男のほうが業を煮やしたように言い出しました。
「ギャラはもちろん出ませんけれど、楽しいですよ。何よりもみんなで映画をつくっていくんだという一体感がたまらないんです。これはもう、ちょっとほかでは味わえませんよ」
 女性のほうも「それに、なんたって映画をつくり終えたときのあの充実感ていったらないんです。もう最高! っていう感じ。一緒にやりましょうよ」
 それでもボクは黙っていました。
 曲が終わり、街頭ミュージシャンの熱きパフォーマンスにみんなが拍手喝采しています。次の曲がはじまると、男のほうがショルダーバッグからなにか冊子を取り出して、
「じゃあ、こうしましょう。これ台本なんですけれど、とにかくこれ読んでみてください。やるかやらないかは、それから決めるってことにして……」
 差し出された台本をボクが仕方なく受け取ると、
「じゃ、お願いします。連絡場所はそこにかいてありますから」
といって、ふたりはJRの改札の方へと去っていきました。
 今度の曲は、何かアルゼンチン・タンゴのような不思議なムードを持つミディアム・テンポのやつで、このデュオの懐の深さを窺わせるに充分なほどの豊かな楽想を喚起しうるものでした。
 この曲に限らず、このデュオの面白さは、ベレー帽のベーシストの哀愁を帯びたメロディでした。ドラムはごく普通なのですが、風変わりなベースがやけに耳に残ります。
 ボクはその大陸的で、うねるようなビートをはじき出す、ゆったりとしたノリを盗もうと一生懸命ベースラインを追いました。ボクは耳は結構良く、それほど難しいフレーズでなければ一度聴いたらほとんど間違いなく再現できるのです。まあ、それくらいでないと、ミュージシャンにはなれないのですけれど……。
 そこでふと気付き時計を見ると、もう10時をまわっていました。
 ボクは後ろ髪を引かれる思いで階段をかけ上がると東横の改札に向かい、自動改札をすり抜けると、発車のベルが鳴っている1番線の電車には目もくれず、自分でも訳が分からないほど突然激昂すると、先刻の台本を叩きつけるようにしてゴミ箱に投げ捨てました。



2002年05月01日(水) 役立たず

   
全存在を包含する宇宙の最外周の縁こそが、不動の真の場所である……とは、アリストテレスの言葉ですが、実は図書館でなにか面白い本はないかとブラブラしていたとき、たまたま『場所論』の書かれた本を見つけたのでした。
 
そして、それは思った通り興味深いものでした。
 
主体主義の哲学がこれまで無視、あるいは等閑視してきた場所の概念は、ボクの考え方なり在り方に、とてもよく当てはまると思ったのです。

ボクはなによりもでしゃばること、目立つことを嫌っていますし、実際にボクが表立って行動したらきっとうまくいかないでしょう。

それは、あたかも[主体を支えている基体]の構造とよく似ています。
 
簡単にいうと、ボクは舞台空間という場所です。

ドラマを成功させるためには、主役を気持ちよく演技させ、見栄えのあるものにしなければなりません。

ボクは、そのための裏方なのです。

けっして表には出ませんが、根底にあって一貫して変わらずすべてを包みこみ、支える役目なのです。


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