母のタイムスリップ日記
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2011年06月30日(木) 夕立…


2011年も半分が過ぎた。
この半年を震災抜きでは考えられない。

「おおいニッポン♪何処に行くんだい?」と聞いたら…。
「それは あなた次第よ」と返事が返ってきそうな気がする。

それは 
母に「おおい 〇ちゃん♪どうなっていくの?」と聞けば…。
「それは あなた次第よ」と答えるのかもしれないと感じるのと同じ構造。

これは あくまでも私の中の感覚なのですが…。

ちゃらんぽらんに生きている自分だから 何処に行き着こうが其の場所で自分らしく生きていくしかないのだろうと自己完結してしまう。

今日は夕方から イヴェント準備の集まりがあった。
今年は学生さんが企画の段階から参加してくれる。
最初に 司会の方が 自己紹介を兼ねて 「私の理想の老後」「私の身近なクライシス」「私の2015年問題」を一言で語ってと導入。

それぞれの特徴があった。
特に「私の理想の老後」が多いように感じた。
介護経験者と未経験者の違いがおかしかった。
介護経験者は ある程度茶化していたと思う。
介護に直面すれば 理想より直面した事に対応して行くので手いっぱいとなることを感じているからだろうと思ったりした。

学生さんが参加するにあたって 其のコンテンツ作りのためのヒントを拾ってもらうためのワークショップも行った。
ここでは 若い方たちの発想に「ふーむ なるほど」と感じた。

 会を訪れ一方的に「お願い」という学生とこうやって老いも若きもワイガヤと話すのとでは ワイガヤの方が同じ時代を生きているという実感が湧いてくるから不思議だ。

ワイガヤ雑談会は 今日はごめんして頂いて帰路に着いた。

明日は 母が帰ってくる。
午前中介護仲間と作業して 母の買い物して帰ろうと思ったら雲行きが怪しくぽつりぽつりと落ちてきて とにかく急いで家に戻ったのだった。
洗濯物は気持ちよく乾いて濡れる事もなくて…。帰宅が正解。
母の帰る前に買い物を済ませておかないと その後の2日間困ってしまうから…。
今日は夕立2回。
夜は すっかり涼しい。





2011年06月29日(水) 被災地の支援。グリーフケア…

きょうも暑かった。
これから「この夏初の暑さでした」というニュースが続くのだろう。

汗だくになりながら 電車に乗ってでかけた。
集った方々とお話してきた。

役目を終えて 其の足でちょこっとシンポジュームを聴きに出かけた。
娘と落ち合って2時間じっと聞き入った。
被災された方のグリーフケアについてのお話だった。

現地に出かけられ時のお話で 被災地のにおいについてお話くださった。
阪神の震災の時にも同じにおいがあったという。
介護仲間も東北の現地に出向いてボランティアをなさっていて 其の方からもにおいについて伺っていた。

これまでそのにおいについての具体的な説明はなかったが 今日はちょこっと触れてくださった。
想像していたにおいと合致した。
その中で暮らされる地元の方の想いを想像して涙が零れそうになった。

阪神の震災と比べると 支援者の数が少ないのだそうだ。
個別の支援も必要だが これからは地域を団体で支援していくことがよいと思うと話されていた。
復興は 阪神と比べるとずっと遅れるだろうとのことだった。

さて私に何が出来るだろうか?
身動きできない状況だからなぁ。
関われるなら 介護者の支援だろうなぁ。


2011年06月28日(火) 本格的暑さだ!


夫を送り出して 家事をしながらPC作業。
資料送付ができて一件落着。

その後も手直しのPC作業をしながら 母の衣類 春物から夏物へ一斉入れ替え。
気温が夏モードに安定してきたので決断。
毎年 エアコンが強いと寒がるので麻や綿レースのカーディガンが必要だった。今年は節電で温度設定次第ではカーディガンは出番がないかもしれない。

お昼過ぎに作業を中断して 母のショート先に出かけた。
自転車に乗り 母に逢った後遠くまで買い物に出る予定だった。

母はベットで午睡中。いやベッドで休息中。
寝ていたわけではなく 1人トイレサインを出してた。
そこで車椅子に移乗してトイレ誘導した。
大量の「小」排出。
これなら脱水の心配はない。
横になっていた母 厚手の半そでに長袖の麻のカーディガンを羽織り タオルケットと羽布団薄がけを掛けていた。
室内の気温設定は高め。西日が入る時間だ。

通りがかりの看護士さんが 温度設定を下げてくれた。
カーディガンを脱がせて車椅子で外に出た。
日陰は 風も通りあつ涼しい…。
そこで 家から運んだ みかん アイス ゼリー飲料をゆっくり食べて貰う。
それから 施設の喫茶室へ移動して珈琲を飲んで貰った。

母の部屋に戻ってトイレ誘導してみなのいる場所へと移動した。
母の向い側に座っているご婦人が「私 ベッドに横になりたいのです。ベッドへ連れて行ってください」とお願いしてくる。
「ごめんなさいね。あなたのお部屋を知らないのでできないのですよ」というと「私も知らないのよ…」と言った会話が幾度も繰り返された。
辛さを紛らせて貰うと「お願いがあるの…頑張っているあなたの手と握手がしたいの。いいかしら?」と伺うと手を差し出してくれた。
「ありがとう。嬉しいわ」とがっちり握手させていただく。
ふとみると隣の方も羨ましい視線。
そこで同じテーブルの方とがっちり握手させていただいた。
すると隣の母がとんとんと私を突っつく。
「あ〜そうだねぇ。〇ちゃんも握手」と母と握手。
母は深く頷いていた。

施設で過す事2時間。
持参したパットが切れてしまったので 家に戻って届けて其の足で買い物と銀行を廻った。

夕食後 またPC作業。
一応予定していた作業は完了した。
日にちの余裕はあるが 時間が足りないので今日仕上がってホッとした。
母のところも行けて良かった。

今日は 安眠できる。
明日明後日と日中から夜まで用事がある。
そして母が戻ってくる。

しかし 今日はカンカン照りで暑かった。
冷房は弱だけれど 外に出ると汗だく。
家の冷房は まだ辛抱している。
帰り道 よそ様の家をみると窓が開け放たれていた。
みんな辛抱しているんだなぁ。


2011年06月27日(月) 手術って…


可燃ごみの回収日。
冷蔵庫の整理を大急ぎで。
この季節 傷みが早いので保存してある食べ物を一斉に処分。
すると…。
あったあった。奥のほうにからからになったゆずがコロンと。
タッパーの中に期限切れになった食べ物が。

慌しく始めてようやく回収に間に合った。
それから 冷蔵庫内をアルコールと漂白剤を薄めたもので拭き掃除。

そしてPC作業。
この所連続して作業していて 目も頭も「いやだぁ」って言っている。
会のことは 仲間に点検を依頼のためメールでお願いした。
それだけで ホッとした。
直ぐに仲間から連絡があり助かった。

午後 皮膚科に通院。
人差し指の第2間接にぽこりと何か出来て もう1年以上経過している。
其のうち消えるだろうと思って放置してきたが 何時までたっても消えないので診察を受ける事に。
他にも 手の平の下のほうに湿疹が出来て 痒かったり皮がむけたりしているのでそれも診察を受ける事に。
纏めてようやく通院することにした。

長くて2時間と想定しての通院だった。
ところが診療所は凄い混雑していた。
どのくらいかというと予定の倍の時間を要した。
手のひらの湿疹は もともと皮膚が弱いからで軽い湿疹だと言われた。
実は 手のひらは 時折皮がむけてくることがある。
今始まった事ではないが 汚らしいけれど痛くも痒くもないので気にしないようにしていた。今回はそれも診察していただいた。
それも軽い湿疹だという事だった。
治る事はないと思うが症状を和らげることは出来るとの事で薬が処方された。
人差し指は 皮膚科というより外科ですねと外科に廻された。
母の介助をしている時よくドアに当たるところなのでそのせいかなと思っていた。だからレントゲンを受けるように言われて骨折でも見るのかなと思っていた。
が 骨折ではなく 良性の腫瘍だそうだ。
そこで「手術」といわれ「ぎょっ!」とした。
「手術ですか?」と伺うと「腫瘍の中の液体を注射で抜くのです」とのことだった。「そうなんだ。それも手術なのねぇ」と納得。

この腫瘍稀ではなく結構多いらしい。そして再発を繰り返すのだそうだ。
まったく聞いたこともない話で驚いた。
少なくとも私の周囲にそういう人はいない。

まぁ慢性的に皮膚科通いが始まる気配だ。
とはいっても 母が家に戻ったら時間的に余裕が無いから簡単に通院はできないから放置気味になるんだろう。
悪さはしないというから…ま いいかぁ。

暗くなって診療所を出て 買い物をして家に戻ってため息。
時間 時間…何処に行っても何をしても時間が過ぎてしまって用事の半分も終わらない。
でもちょこちょこと取り組みながら片付けるしかないという結論に達する。


2011年06月26日(日) みんなの力で...


大きなイヴェントがひとつ終わった。
昨日の講演で「良かった。ほっとして初めて安心できた」といってくださった方がいた。今日も会場に見えて「ようやく見えてきました。何におびえていたかが判りました」と感謝された。
一口に介護というけれど介護だけで心が壊れるだけでないのだ。
周囲のこと 自分の健康の事 また老いていく先のの不安 家族関係...そういう要因が複雑に絡まって立ち往生してしまう。何でも話せる仲間がいても心の内までは話せない。

昨日は 講演を聴こうと会場に見えた訳ではなかったそうだ。
それでもふらふらと入って 気持がすっきりしたと話されていらした。
参加者が少ないと嘆くよりも「助かった」と思う方が1人でもいればそれで良いのだろう。
昨日は これまで知らなかった人が訪れてくれた。
何かを感じて帰られた。
これは 介護仲間の働きが大きい。
自分は 時々 とてもしんどくなって投げ出したくなることもあるが 自分の小さい器を自覚しながら「出来なくて当たり前なんだ」とおもいながら取り組んで行こうと思う。

ネットワークの仲間と「たった1人でも 苦しんでいる人がいるのならその人の為に会を存続していく」と話している。
地域の中で「会の存在を知らなかった」という人が今でもいるのだから。
世の中のため...になんて仰々しいことではないのだ。



イヴェントを作り上げる関わりの中で いろいろの方と出会う。
ちょっとずつ 会の存在を知って頂き連携を...といってくださる。
これも地域に根を下ろしていくために不可欠なこと。

昔の私なら「もうやめた」と逃げ出したくなるような場面にも出くわす。
けれど そういった個性を無理せずに受け止められるようになってきたなぁと思う。いい人という訳ではない。「それもありね」という感じ。
自分だって赦されて暮らしている訳で...。

活動していく上で ショートステイを使い 母に辛い思いをさせていることも自覚している。
でも 間接的ながら母も活動に貢献しているのだと思うのだ。
地域の介護者と其の当事者もまた貢献していると信じている。

あれれ 何だか今日は変だ。
イヴェントが済んで気持が昂ぶっているんだな。

溜まっている仕事がまだある。
ゆっくりという訳にも行かず 家人には迷惑のかけ通しだ。
「早く寝なさい」という言葉が 皮肉にも励ましにも響く。


2011年06月25日(土) 助けられながら...


企画した講演会無事終了。
準備など 打ち合わせ不足もあり慌てたが そこは介護者同志でそれぞれできることをカバーしてくださり助かった。

あすも 朝からイヴェントはあり 与えられた仕事をこなす。
毎年 夜の部まであるのだが 節電対策もあり今年は陽のあるうちに終了するのであり難い。

PC作業は まだ残っているのであと少し踏ん張って早目に就寝の予定。
大きなホールでのシンポジューム。会場担当のお役目もあり席についていたが どうにも眠くてついコックリ 慌てて膝を叩いて「おきてよ」と自分にサインを送っていた。

雨の予報も見事外れて 暑い1日だったが 夕方から一気に涼しくなった。
扇風機の風も何だか冷たく感じる。

母の着替え 気温の変化を考慮して幅を持たせので大丈夫とは思う。
高い気温が続くと心配だが 何とか踏ん張ってくれればいいなぁ。


2011年06月24日(金) ショートへ


 母が居ないのに こんな時間となってしまった。
明日のためのPC作業だ。

これから数日 PC作業は続く。
母がいると出来ないことが増えてきているんだなぁ。
手順悪さとと気力不足が否めない。ウッ!


2011年06月23日(木) 真夏日二日目!


いつもの通りの朝 母をデイに送り 家事を済ませてPC作業。
その後 ギャリー展示会場へ出かけた。

イヴェントで使う機材の打ち合わせ等あれこれ。
土曜日に開く講演会まで秒読みである。
何となくせわしい。
当日のお手伝いしますよと手を挙げて下さる方も増えて嬉しい限り。
ギャラリー展示 今年は多い。
それに少しずつ 飾りに手が込んできた。
低迷期もあったが 暖かさを加えてレベルアップしてきてる。
地域力?仲間意識?がたかまってきたのだろうか?

ギャラリーを引き上げて ショート用のOS1ゼーリーを購入。
買い物をして家に戻った。

夕食の支度を済ませて母を待った。
送ってくださったデイの職員が「今日は 紫陽花を見に出かけました」と話してくださった。
母を玄関の上がりかまちに腰を下ろして貰って 荷物を母の部屋に運んだ。ひとりになった母が声を出して泣き出した。
慌てて母の所に行くがグッスングッスン。
トイレでもなさそうで テーブルで水分補給したら笑顔が戻った。
次いでみかんも食べて貰った。
それからは泣く事もなかった。

食べながらじっと顔を見て笑う。
この表情をみていると明日からショートに出す事が後ろめたい。
安心しきっているんだよねぇ。こんな私の介助でも...。

イヴェント担当の職員から「準備さえ済めば 後は動き出すから無理しないでお母さんのこと気にかけてくださいね」との言葉を戴いた。
担当の職員は 子育て中だが イヴェントが続くとやはり不安定になってくると話していらした。
高齢者でも子供でも 誰かの手助けの必要とする者と共に暮らす同志だからわかるのだろう。

昨日 弟からさくらんぼが送られてきて 今日は蕨が届いた。
逢いに来ない 電話も来ない日々だったので「なんだかなぁ」という想いもあるのだが...。
自分の想いはさておいて...。
夕食前にさくらんぼを食べて貰い 夕食には蕨を食べて貰った。
母に「〇×から送られてきたんだよ」と伝えた。
それを理解できたかどうかは定かではない。
でも名前を言った時に頷いていたから判ったのだろう。

それよりもさくらんぼを軸ごと母の口に運んだら 口の中に実を入れて軸を母の手で抜いた。種は実と選別して出した。
そして美味しそうに食べていた。
蕨は 口に運ばれるたびに「うふ うふふ」と笑ってたので美味しかったのだろう。旬を味わえる 味が判るってことなのだろう。
折角送ってきたのに それを見られない弟は可哀想だと想う。


2011年06月22日(水) 真夏日だぁ…


とうとう真夏日がやって来た。
ひたすら我慢の1日となった。

母が家に居る日なので せっせと水分補給。
何しろ朝が勝負だ。
食事前から ゆっくりゆっくり回数を多く数種類の形の補給していく。
OS1ゼリー・ゼリー飲料・お茶ゼリー・みかん・すいか・珈琲ゼリー・ところてん トロミのないお茶等である。

10時半を過ぎると1時間ごとに気持ちよくなるほどの「小」を排出。
窓はちょこっと開けて風の通り道を作っておいた。
熱中症や脱水症は避けたい。
30度を越える暑さとは言っても まだ酷暑ではない。
ひたすら我慢の1日となった。

食事は通常ペースに戻った。
よく笑い「なして」「んだ」「あれ」等単語がぽんぽん飛び出す。
けれど 意味を感じ取れる時は少ない。

午後 訪問リハビリ。
汗は殆ど出ていない。
今日は扇風機を出したのでそのせいかな?
それとも高齢者特有の症状かな?

入浴前に水分補給した。
身体を洗い洗髪。
昨日1日 入浴は見合わせたので しっかり洗った。

入浴後再度水分補給している時ケアマネが見えた。
プランのことと当然脱水症状の話題になる。
今週またショートステイが予定されている。
それも今回は長い。
3件の予定が入っており 時間の許す限り水分補給に出かけようと思っている。

ケアマネが「ゼリー飲料を持ち込んではどうか」と提案くださった。
施設側に確認を取って下さり 持込OKとなった。

食事の支度は暑いので 合間合間に作った。
美味しそうに食べてくれ 時間も量もいつも通り。

就寝もいつも通り。
窓は少し開けておいた。
雨がぱらついたので雨戸を締めるとジトッと暑くなり28度設定で除湿運転。30分廻して一旦止めたら 母 汗ビッショリとなった。
やはりエアコンは使うと止めるのも難しい。

トイレ誘導時に汗を拭いて 水分補給して汗が引いてからベットへ移乗した。除湿もやめた。

明日も暑いらしい。
デイサービスがあるので 私の踏ん張りは朝の水分補給と夕方からの介助だ。今日よりは楽だが ちょこっと用事がある。
今月末までは 母も私も踏ん張りどころ。

被災地も漏れなく夏日だったというニュースだ。
冷房も使えないのではないだろうか?
トイレも臭いがきつく水分を控えている人も多いらしい。
被災地のにおいは かなりのものだと出かけた人から聞いている。
なれない土地へ避難している方たちも暮らし難いだろうな。

そういう事を考えると自分の暮らしの上の暮らし難い事なんてブツブツ言っていられないねぇ。
あと3ヶ月?...うだる暑さに向って行くんだなぁ…
グリーンカーテン まだまだである。


2011年06月21日(火) 予感


昨夜は 解熱剤で熱は下がった。
投薬した時「数時間後に熱発したら 夜間通院」と決めていた。
幸い あれから熱発はなかった。が「小」が出ない。
出たのは早朝。それも摂取した水分と比べるとかなり少なかった。
だから 布団に横になっていても「ひょっとして何か病気?」と気になってあれこれ考えていた。

朝6時になってようやく「小」。
量は少ない。
足も床に着かず 抱える風に誘導。
「脳出血?」「脳梗塞?」でも手は動くしベットで上体を起こす。
呼びかければ 弱いけれど返事もする。
だいいち 夜間の水分摂取 強攻策ながら噎せもせずに呑み込めたもの。

「小」が少ないなら 水分足りてないのだろうしこの調子だと食事もまた無理だわ…と考えながらベットへ寝かせた。
直ぐにzzzz。鼾をかいている。

1時間半後「やっぱり 通院しよう」と思い 着替えを始めた。
椅子に移乗したら「うふふ」と笑う声。
着替えを始めると視線を合わせてしっかり頷く。
「おはようございます」と挨拶するとこくりと頷く。

「これは 大丈夫かも...」
トイレ誘導は空振りだったけれど 洗面して整髪して...と身支度を整えていくと姿勢もしっかり保持。それに 足裏を床にしっかり着いている。
たった1時間ちょっとの間に 母はみるみる回復したのだった。
昨夜から今朝までの心配は なかったかのようだ。

水分補給から朝食介助。
しっかり噛んで呑み込んでいる。傾眠もない。
昨夜あまり食べていないので 量は控えめにして水分はいつもより多めにして無事食事が済んだ。
よくわからない言葉がぽんぽん飛び出す。
急いで 昨夜からの経過をデイの連絡帳に書き込んだ。

デイの車に乗り込み 迎えに見えた職員にも今朝の様子を伝え連絡帳を見てくださいとお願いした。

車を見送ってから 家に入ると連絡帳がテーブルに乗っていた。
慌ててデイに電話をして 保健士さんに経過を伝えた。

家の中を片付けて ギャリー展示準備のため会場に走った。
人の手が足りないなぁと思っていたが 会員の機転で予定の人数より多く集まっていて作業は捗った。
会を辞めた人も手伝いに来てくださった。

お昼過ぎまで作業して 残りの作業を託して買い物をして戻った。
暑いし湿度も高く 睡魔に襲われて30分ほど横になった。

デイから帰宅した母。
穏やかな表情をしていた。
連絡帳をみると発熱もなく 落ち着いていたと記してありホッとした。
「小」の量もいつも通りに戻った。

とりあえず水分摂取。みかんを食べて貰う。
その後夕食。
全量摂取できた。
笑顔も出て ひと安心。
やっぱり脱水症状だったのだろう。

今日もじっとしてても汗が滲む。
昨年までは この時点で除湿運転していた。
でも今は サーキュレーターで空気をかき混ぜてじっと我慢している。
うちの地域は計画停電が実施されたところ。
今夏 万が一の時には実施される筈。
その時には 扇風機さえも使えない。
寒い時期はガスで代行できたが 暑い時期は何もない。
身体を慣らしておかないと大変なことになってしまうから じっと我慢。

放射能も心配で窓も開けにくい。
「木造だし...まいいかぁ」と風向きをみながら 夕方から少し窓を開けて風をいれて温まった部屋を冷やす。

「お願い 気温が上がるのは我慢するから 湿度は高くならないで...」と毎日毎日願っている。

就寝後のトイレ誘導時 汗でじとっとしていた母。
夜間の水分補給もしなくちゃだねぇ。忙しい夏の夜となりそうな予感。


2011年06月20日(月) わっ わっ わっ !!


 今日は 午前中ギャリー展示とイヴェントの役割を決めるため介護仲間と落ち合う予定だった。
昨晩 資料を準備していたのに 一部引き出すのを忘れて家に戻って再度家を出た時メールが来た。
「至急連絡を」「?!」
電話をすると落ち合っていた場所が休館日という事だった。
ウワッ!

場所を替えてギャラリー展示を諦めて 役割分担を決め展示の飾り方を打ち合わせて解散。

買い物を済ませて家に戻り 母の帰りを待った。
母が帰って来たとき 職員から家での水分摂取量を聞かれた。
食事以外の摂取量を伝えるとショート先では足らないかも知れないという事だった。

何となくホカホカしているので 湿度も高く暑いんだろうと思い七分のセーターを脱いで半そでTシャツに5分丈のパンツに着替えて貰う。

少し涼しくなったようで手足が少し冷えてきた。
水分補給とみかんを食べて貰った。
それから夕食の支度を始めると母はテーブルで居眠りを始めた。
帰宅した時から眠そうだったので疲れたのだろうと思ったが 念のため体温を計った。
7度5分だった。
「こりゃ遺憾」ととりあえず眠って貰う事にして 目覚めたら食事にしようと思った。
トイレ誘導したら 濃い「小」が少しパットに沁みており残りはトイレへ。

先に自分の食事を済ませ母の所に行き検温。
今度は7度9分。
「うわっ!」

起こして食事をして貰おうとしたが 居眠りを始めてしまう。
少し食べて貰って 後はしっかり水分補給。 

居眠りして危ないので食事は諦めてベットに横になってもらった。
それからzzz。

3時間経過してもぐっすり眠っていてトイレサインはない。
それでも何とか...とトイレまで誘導したが空振り。
「こりゃいかん」と再度水分補給。

家に戻ってから 無理を押して600ccは補給した。
こういう時は点滴での方が確実なんだろうけれど...致し方ない。

OS1ゼリーも少し甘みがあるので トロミのないお茶も飲んで貰う。
少しづつだが 噎せずに飲んでいた。

解熱剤を使ったので熱は引いている 引いている熱が再度上がる様子もない。血圧や脈は特に問題はないようだ。
脱水症状かなぁ。
扇風機よりもサーキュレーターを廻して空気を動かすようにしている。
次の誘導で「小」が出てくれますように...。

もうひとつの「わっ!」
先日娘が 石鹸バーを持ってきてくれた。
「これは甘いから 浴室に置くときには蟻に気をつけてね」と言っていた。
だから いつも気に掛けて片付けていた。
が 外出から戻って洗濯物を取り込んで脱衣室に下げに入ったら...。
黒い塊がもこもこ動いている。それも2ヶ所で。
やってしまった!
大急ぎで片付けた。

いやはや「!」仰天の3連荘でした。


2011年06月19日(日) 闇に舞う光


 今朝は ゆっくり目に起床。
夫は仕事なので いつもよりも少し遅いと言う感じ。

娘の起き出す前に洗濯等を済ませて朝食。
お昼前には もう3日以上乾かない洗濯物と今日の洗濯物を持って乾燥しに出かけた。
お天気が保障されるなら そこまでしない。
天気予報は ずっとグズグズしそうなので致し方なし。
一軒目は 行列。
2件目は 少し空いていたので 何とか乾かせた。

それから お腹を満たすためにちょこっと遠回り。
父の日でもあるので 日ごろ踏ん張っている夫に気持だけのプレゼントを準備した。

家に戻ったらドカンと眠くなって 少し横になった。
2人ともzzzの所へ夫が帰宅。
急いで起きて夕食の支度。
そのうちに夫もzzzのようだったが。
3人で久しぶりに夕食をとる。

食後 母のもので買い忘れがあり再度買い物に出た。
そこへ友人からの「蛍」のメール。
帰り道 そちらへ立ち寄った。
昨日見ていたところは 少し大きめの川。
蛍がいるのは 奥まった湧き水のある川だった。
友人に教えられた場所に移動すると...。
ぴかり ぴかりと闇夜に小さな黄色の光り。

子供のころはふわっふわっと闇夜に飛ぶ灯りに手を伸ばしてつかまえて虫かごに入れて家に戻り 蚊帳の中に放ってキャッキャッと楽しんだ。

ふるさとでももう見られない蛍。
それが目の前にいる。
川の流に沿うように行ったり来たり ぽっぽっと光る灯り。
同伴した娘は人生で初めて蛍の灯りを見つめていた。

この蛍は 地域の方が大事に大事に守り育てたのだ。
昔はもっといたそうだ。
幸いかわになが生息しているのでほぼ自然な状態で育っているとのことだった。「ここにいるよ」と大きく宣伝せず 地元の人が口コミで教えあっているのだそうだ。
「あまり広がると採りに来る人もいるので...」と寂しそうに呟いていた。

湧き水があるから育っているとも言っていた。
この場所から 1キロも離れていないところでも試みたが ザリガニ食べられて育たなかったそうだ。
本当に貴重な場所なんだなと改めて感じた。
母の施設に通う時いつも通っていた場所だ。
お昼には 鶯もよく鳴く場所でもある。

うう〜ん 今年の初夏の想い出の一齣となりそうだ。


2011年06月18日(土) ほたる?


 ショート中の母。
水道の蛇口を替えてもらう。
ろ過式の浄水器 キッチンにろ過装置を置いていた。
だが そろそろ寿命。
蛇口もパッキンが緩んできており「どうしようかな」と思っていたが 夫が替えるというので替えてもらった。
今時もう珍しくもないがレバー式に。
夫の考えで替えたので いろいろな想いはあるがそれでも新しくなったので助かった。

工事の時間が読めなくて 外出が遅れたが夕刻美容院へと出かけた。
ところが混雑してして 予約してから買い物へ。
電車に乗って出かけて 買い物。
戻って美容院へ。

カットだけだけれど...。丁寧にしていただいた。
何も言わずにカット。
こちらの好みは判っているから...。
髪の毛が細くなってきているのでくせ毛になりやすく厄介。

夕食の時間がずれ込んで 蛍を見に出かけるのが遅くなった。
友人からは「今日も飛んでいるよ」とメールを貰ったのだ。
雨も上がったので ひとりテクテク。
でも雨上がりで灯りが水面で反射していて水が光っているようにも見えるし...。

往復1時間掛けたけれど...見たような気分になって帰った。
途中娘から電話があり「何処?」と聞かれた。
何となくの勘で「家の傍」というと「今うちにいる」とのこと。

お土産いっぱいで訪問してくれた。
それから夫も帰宅して遅くまであれこれとおしゃべりする。


2011年06月17日(金) 蛍の季節


母のいない日の朝は 夫と一緒に食事できる。
母が居ても一緒に食べる事は出来るのだろうけれど...何かとせわしいので避けてしまっている。

午後介護者の会。
入院中の介護者に面会に出かけ食事介助を始めると床に雫が落ちているのに気が付いた。なんだろうと思ったら「尿」だったと言う。
ダイレクトにいえないこの介護者は遠慮しながら言って見たら...担当者お昼休みで...と言われた。また着替えさせてあげようと思い腕をまくったらシャツが赤く染まっていて 一部黒くなって皮膚にくっついていた。
他にもいろいろ。
どうにも切なくなって「家に連れて帰る」って言いたくなったけれど 自分の体力も落ちてしまっていて在宅では無理だろうと思う。転院して…といわれそうで言い出せないと涙を零された。

薬の副作用で皮膚が弱くなってしまう人は これまでにも介護仲間にいた。特養などと福祉施設だった。
でも今日の話は 病院のお話だ。
同じ病院に入院していた仲間から経験を話して貰った。
困ったことを伝えても「転院」なんて言われなかったから言った方がいいよとか 話せない人の代弁者として言うべきよ...と皆さんがそれぞれ伝えていた。

実は 同じ病院に入院してそこで看取り終えた方にお願いして今日の会にきて頂いた。年齢的にも似たような方である。
お願いはしたけれどお返事はなかった。
でも今日 此方の会にきてくださった。
看取り終えた皆さん 暫くは篭られるが「皆さんに教えて欲しい」とお願いすると役目があると察して会に来てくださる。
押し付けがましいことは言わないが 経験した事を淡々と話してくださるので状況が見えて 他の介護者に大きなヒントとなる。

きょうもこういう話を中心に いろいろの話題で話が広がった。
学生さんも入って 少し長くなり5時寸前までの会となった。

会が終えて家に戻り お腹を満たして次の会議へ向う。
今日は 予備に取っていた日。
やはり 最終調整が必要という事で召集がかかった。

最終チェックとイヴェントの広報が広がっていないので 更なる広報の方法を検討。
会議が終わって イヴェントの広報を兼ねてチラシを撒いた。
どの程度の効果があるか判らないが...何もしないより...と協力。
イヴェントに関わる人の若返りがあったので 運営委員も少なくて厳しい状況である。
会としても企画参加しているが どのくらいの参加者になるのか ちと心配である。

会議は いつもより早く終了したので助かった。

そうそう介護仲間から「蛍の季節になったよ」と教えて戴いた。
今週辺りが時期的に良いみたいだ。
明日の晩でも ふらりと出てみようと思う。


2011年06月16日(木) 「生きていく」ってことは


母は今日からショートステイ。
私の顔をみてニコニコされると 此方の胸はチクチクとしてくる。
昨日から そんな繰り返しだった。
ある程度割り切っていても やっぱりそうなる。

たいした介護もしていないし 自分より確かな介護もなされてはいても...
ついつい「自分でなければ...」と思ってみたり。

そういう想いを抱えながら ショートステイへ送り出した。

午後に会議があるので 支度をして電車に乗った。
近隣の介護者の会の人たちが集まる会議。
それぞれの状況を語り それぞれの会の工夫等を知る良い機会である。
今日は 久々に会の運営に関わる話題が出た。
地域ごとに行政の姿勢が異なるが 困難を突破するヒントを得る。

想いがそれぞれあるので 時に話があちこち飛ぶけれどそれはそれだ。
うちの会の人も参加するが「ここは面白い」と評している。
真面目一辺倒ではない所が ここの魅力だろうと思う。
時にブラックな話も出るけれど...。

会議が終了後 今度は更に会議。
メンバーも多少入れ替わる。
今度は介護者だけではない。
イヴェントを進めるための基盤となる会議。
此処も更に いろんな方向から話し合い。
それぞれの立場からの意見が出た。

会議を終えて家路に着いた。
先月 人身事故で電車が止まっていて 復旧した頃に帰路に着いた。
今日も 人身事故で...ホームに人が溢れていた。
何だかなぁ。
少し時間を潰して 混雑が落ち着いてから電車に乗って帰宅。
駅で夫と落ち合って 家に戻った。

最近 介護仲間以外の方と話す機会が少なくなった。
母の事と会の事で手一杯となってきている。
基本的に 友人達は忙しいから...と思ってくれている。
それでも 此方に連絡する事も気を使われていると感じてもいた。
昨日 遠距離介護をしている友人に電話をした。
母もいるので「長く話す事はできないけれど...」と前置きして最近の話を伺った。
独り暮らしの親が薬の管理も出来なくなっていて ある数値が悪化して施設入所に踏み切ろうとしたが本人の拒否にあって困っていらした。
まだ言葉を返せる当事者なので お互いに辛い状態となっている。
「親のため...の想いが通じなくて辛いね」といったら 電話の向こうの声が湿った。「介護してきたから判るのよね」とも言っていた。

当事者も家族もお互いに思い通りに展開できなくて苦しい。
これまで彼女に 母と2人で泣いてしまったこと等話をした事もなかったが
そんな話も伝えた。
今の彼女なら判るだろうと思ったから。
彼女は 親から「死ぬ」と言われているという。

「死ぬ」と言われる事と「死なないからね」と言われる事は言葉の上では真反対だけれど どちらも「死ぬ」という事を意識している意味では当事者の辛さを物語っていると思うよとも伝えた。 
それを受け止める家族も辛い。

友人との話も結局介護の話となってしまった。
そういう年齢でもあるんだろう。
そして次に来るのは 自分が介護を受ける話や連れ合いの介護に移行して行くのだろうなぁと感じる此の頃なのである。
これが「生きていく」ってことなんだね。きっと!


2011年06月15日(水) そうっとそうっと…


私が起床したのが6時。
その時母は ぱっちり目を開けて静かにしていた。
食事の支度を始めて 夫を送り出して母を立位介助。
誘導しながら「あれぇ」と思ってトイレまで行き用心深く介助。
時既に遅し状態。
トイレでの格闘1時間程。
ベットで1時間ほどの事と思うが可哀想なことをした。

手当てを済ませてから ベットや椅子を点検。それらはセーフ。
はて 原因は?心当たりなし。
でもお次もあるかと覚悟。

食事はいつもより少し控えて 消化の良いもの限定。
すっきりしたのか よく笑っていた。
検温しても熱はない。

食後は水分補給を心がけた。
昨日夫がスイカを買ってきてくれたので 水分以外にスイカも食べて貰った。
今日は訪問リハの日で 次の波が来たら通院も視野に入れなくてはいけないので リハはお休みの連絡を入れた。

母は穏やかに過していた。
「小」の量も多量である。

昼食まで次の波が来なかったので 少し控えめに昼食。
食後 暫く経ったころ 少し辛そうな表情なのでトイレ誘導。
てっきり「小」だと思っていたら...「大」
今度は きちんと間に合った。
やはり1時間近く格闘。
どうやら変動の範囲内のようだ。
薬の在庫はあるが 服用しないことに決めた。

この時間 キッチンでは煮物をしていた。
危ないと思う時にはきちんとガスを止める。
でも今日は「小」と思い込んでいたので焦がしてしまった。
よくみるとなべ底についている所だけ焦げたので 焦げ目だけ包丁でより除いて食べてみた。
漕げた匂いが付いていないので 再度味付けをした。

夕食前に入浴介助。
ぬるめのお湯に浸かって気持良さそう。
身体を洗い 洗髪をした。
昨日 デイの職員が「今日は僕が介助しました」と言っていた。
垢も出なかった。

湯上りに 寒天黒糖ゼリーを食べて貰う。
美味しかった様でニコニコ。

「大」と「大」の間のトイレ誘導では「小」のみで だらだらと排出はしないようなのでそれだけでもすくわれる。
特売のトイレットペーパーだが 今日1日でワンロール使いきってしまいそうだ。

夕食もゆっくりと食べた。
軟らか目のおかずだが 普通食である。

湯食後もいつも通りに過せて 眠そうなので8時過ぎには就寝。
就寝後のトイレ誘導でも覚醒しており間に合った。

誘導後ベットに戻ると直ぐに軽い鼾をかいて眠っている。

起床時からちょっと不安だったが 熱も特段の変わりもなく落ち着いてきているようでホッとしている。
母は どうだったんだろう。笑顔が多かったので苦痛もなかったのだろうと思うのだが...。
気温が上がる筈が思ったほどでなかったので 夜はひんやりしている。
母の頬もひんやりしている。
薄い上掛けを1枚増やしておいた。

明け方に皆既月食だというが 天気予報によれば雨なのできっと見られないだろうなぁ。


2011年06月14日(火) 覚醒しているけれど…


朝までぐっすり眠っていた母。
「小」の量が控えめだった。水分控えめだと熟睡するだろうことは判っているけれど...でも…でも何だなぁ。

いつものように朝の身支度から順繰りに...朝食介助まで。
その後 少し休息を取れる時間の余裕が出来たのは 迎えがゆっくりだから...。
でも午前中に仕上げの必要な書類がある。
昨夜 生協の注文書と夫の話を聞いていて時間切れとなってしまっていたのだ。

母を送り出し 職員には送りの時間ぎりぎり帰宅かも知れないことを伝えた。

母が出かけた後 大急ぎで作業。
ところが押印すべき印が手元にない。連絡してみるが応答なし。
17日〆だが 今日役所に行くついでに終わらせたい。
焦ってみても仕方がないので 順次すべき事を片付ける事にした。

お昼前に家を出て通院し薬を処方して頂き 其の足で役所へ向った。
書類提出しチェックを受けて受理して貰い 押印は連絡が取れ次第出向いてもらう事にした。
ここで予想外の時間がかかって 次の役所の会へ少し遅刻。

此方の会も演者優先で 此方の枠は少なくなった。
でも会の広報と講演会の案内を告知。
地域の専門職の方と少し話し 買い物をして大急ぎで家に戻った。
家の前に生協の車が停車していてホッとする。

朝出かける時に注文書と荷受の箱を出し忘れてしまっていたので気になっていたのだ。

荷受が終わって母帰宅。
「今日は幾度も握手してくれましたぁ」と送りの職員さん。
「ちゃんと手のある所へ手を伸ばしましたか?」と聞いたら 「ちゃんと出来たと思うけれど...」再度握手の手を伸ばしたけれど 母はもうそういう気分ではなくなっていた。
母の動きがそうであることは充分わかっているので...「うふふ その気がなくなってしまったみたいですね」と言って職員と笑い合った。

家に入って バナナと水分補給。
それからトイレ誘導。
今朝家を出る前に「大」排出しており 戻ってからも「大」排出。
これで通常よりやや少なめの量となった。

今日の母は よく笑ったし返事もしっかりしていた。
言葉もほんの僅かだが出ていた。
食事の時にも「ご飯にしましょう」というとしっかりと頷いていた。

意識がはっきりしているので眠くないのだろうと思ったが 居室に移動したら眠くてうとうと始めたのでいつも通りの就寝。

就寝後のトイレ誘導も覚醒しており 誘導後ベットに戻ってからも「おかちゃん」と言う声が聴こえた。
傍に行くと顔を確かめるようにじっと見つめていた。
頭をそうっと撫でていると目を閉じて再び眠りに入った。

昨日電話してきた学生さんから 今日も電話が入った。
とても忙しい時間だったが じっと我慢して話を伺う。
電話を受けた時にきちんと名乗っているのに...「昨日と同じ人ですか?」と質問された。
此方は 相手の声を聴いただけで「同じ人」だって判ったけれどなぁ。

電話の主は「約束した日は誰も動けないので...」と言われた。
此方も予定が入っていてそうそう動ける身ではないことを告げてメールで送っていただく事に変更していただく。


2011年06月13日(月) 協力はするけれど…


 昨夜 母の就寝の着替えのため立位してもらった時 夫が母のパジャマのズボンを上げてくれた。
その時「中の下着とパジャマの上衣がきっちり伸びているかを見ないといけないのよ」とひとこと言ってしまった。
夫が自主的に手伝ってくれるなんて初めてのことだから 言わないほうがいいかなと一瞬思った。でも 上げて貰ってもやり直してしまうのを見られるので きちんと説明しておいた方がよいと思った。
強くも言わなかったし状況説明の感じだった。
「ふうん」と夫。
何を感じたかな?

 朝1番に 母の肘を見た。
昨夜より良くなっており 胸を撫で下ろした。

朝はいつものように順繰りに...。
そしてデイに送り出した。

午前中のうちに 夕食の準備を始めた。
午後 買い物へ。
帰宅して 食事の支度の続き。

母帰宅。
直ぐにトイレ誘導し「大」「小」排出。
その後 水分補給。

ゆっくりと夕食介助を始める。
母のペースに合わせて 全量摂取できた。

便秘もないし 食事中・後の噎せもない。
肘もデイで手当てして貰っているので順調に回復しているようだ。

食事後からあくびの連続。
疲れたのだろう。一時間半休息後就寝。

就寝後も今日は落ち着いておりぐっすり眠っている。
膝も抱えていない。

夕方 ある大学の学生さんから電話が来た。
同じ大学で今月2件目。
介護者のアンケート・調査の協力のお願いである。
これが ちょっといらつく。
お願いするのに 相手のことを気に掛けるのは「協力お願いできますか」ということだけ。
こちらから質問をすると 傍にいる人に確認する。
日にちの調整をしている時「あなたの予定は如何ですか?」と聞いた所
「あなたの都合に合わせます」と言われた。

「学生だから仕方ない」と思っているし「これから学ぼうとしている方」ということで受け容れようと思ってはいる。
でも 話を聞きながら「あなたの友達じゃないのだし きちんと要約してから電話してよ」と電話を何回も切りたくなってしまった。
「あなたへの連絡先は?」と尋ねると 電話の向こうでぐじぐじしていてはっきりしない。
担当の教授や教務課でどの程度の事前指導しているのだろうか?

あ" もうちっと広い心にならなくちゃねぇ!


2011年06月12日(日) きつ〜いパンチ!


ややゆっくり起床。
母は穏やかに目覚め「ふふ」と笑顔のご挨拶。

着替えから始めて食事介助まで順調。
母に休息してもらいながら 洗濯と珈琲タイム。

お昼過ぎ娘が手伝いにやってきた。
お昼を途中で仕入れてきて貰う。

娘がいるので ちょこっと横になり居眠り。
その後 母の水分補給を兼ねてみんなで娘のお土産でおやつ。

夕刻前 入浴介助。
寝た分 夕食の支度が遅れた。
娘がある程度作ってくれた。

夕食の支度が整う前に夫が帰宅。
お腹が空いているようで 何も出来ていないので少しイラッとしている。

娘 ちょこっと駅前に買い物に出てくれ 戻って用事があると帰宅。

夫の夕食を少し作って配膳して 母の口腔ケアを済ませた。
それからトイレ誘導して母の部屋へ。

今日の「大」は朝少し。
気になるので少し踏ん張って手当てをしてみたが空振りが続いていた。
そして就寝前 再度少し。

昨日 今日と食事でもたついている。
摂津量と水分だろう。

就寝のため着替えをしている時母の右ひじが赤くなっている所数ヶ所を見つけた。昨日もあったが 肘は初めてなので何かにぶつけたかなと思った。
でも少し悪化していた。
薬を塗布して休んで貰った。

トイレ誘導のとき テープかぶれしていないかと気になりみたら 危ない危ない。ついうっかりだ。
今度は ラップで包んで就寝してもらった。
やはり 疱瘡注意というところかもしれないなぁ。
赤くなっていると感じた時が何時だったのかがはっきりしない。
昨日だったのかおとといだったのか。
毎日 朝・夜着替えているのに…今朝を思い出せない。
いやはや健忘症だな。

そして今日も両膝を抱いている。

娘帰宅間際に 私に向けてチョコッと注意していった。
親からみれば娘は「そう感じているのだな」と一応胸に留め置いてある。
「気付いていても出来ない...」「気持と実態が一致しない現実」に少し苛立っている此の頃を敏感に感じ取っているのでしょう。
年寄りの冷や水の様であっても 危ういバランス感覚であっても踏ん張っていきますわ♪
気付いてくれてありがとう♪


2011年06月11日(土) えんやら えんやら♪


 雨まだふっているぅ〜。
今日は 午後に介護仲間と打ち合わせを予定している。
止んでくれるかなぁ〜。止んでよねぇ〜。
こんな具合で 朝がスタート。

どうせ乾かないと判っていても洗濯を始めて室内もじとっとする。
浴室乾燥できるのだが 節電の時期なので致し方なし。

食事介助を済ませてから 母用のお弁当を作る。
果物3種類の皮をむいて詰めて パンにコーヒー。そしてクリームチーズにトマト。それからお茶ゼリー。ちょっと省略気味だけれど一食位我慢して貰う事にした。軟らか食のお弁当だから...。

母の荷物は昨夜の内に纏めておいた。

外の様子を見ながら出るチャンスを窺う。
集合時間の一時間半前なら母に食事を介助する時間が取れる。
雨がちょこっと上がった隙に車椅子を押して外にでる。
ノートパソコンや母の物と自分のバックをバランスよく車椅子に下げて(使用上やっていけない行為)とっとこっとこ集合場所へ移動。
「外は気持がいいでしょう」と話しかけたらしっかり頷いた。
…いつも判っているんだ。狭い家の中よりも視界が広い外が好きな母だってこと...

集合場所に着いて 休息用のスペースで母の食事介助。
何とか食べ終えて 今度は自分の食事。
そうこうしている内に約束の時間となった。

母と一緒でも気を使わずに済む仲間なので安心。
姿勢を保って車椅子に座って静かにしている母。
みんなから褒められていることを感じているのか とても穏やか。
少し水分摂取量も少なめなのでトントンというトイレサインもない。

打ち合わせをしながら時折フルーツや水分を補給する。
「食べすぎじゃない」と心配して下さるが いつもよりずっと少なめなのでそれが気にかかる。摂取量自体そう多くないとおもうのだが...。

家にいると途中で洗い物をしたりして母の傍を離れる事もあるが 今日はずっと隣にいるので安心しているのが判る。
だから静かに過せるという事もあるだろう。

2時間じっと隣で穏やかな顔で過していた。
そろそろ終わる頃ケフッが起きて トイレ誘導。
此処は 障害者用のトイレがあるので助かる。

打ち合わせを終えて スーパーへ移動。
エレベーターで降りようとしたら日曜日のせいか 沢山の人が乗っていた。
たった一階下がるだけなので誰か降りてくれるかと半分期待した。
詰めれば車椅子が入るスペースくらいできる。
でも誰一人動こうとしなかった。
「無理だわね」と言ったらスッとドアが閉じられた。
別の場所へ行けば後2機エレベーターがあるのでそちらへ移動。
仲間と「誰一人動かなかったわね」という話しになった。

2機並んだエレベーターも最初に来たのは車椅子の入り込む隙間なし。
乗り込む人がいたが 私達の会話を聞いてじっとしていた。
「いえいえ 車椅子は無理ですから」と言って先に下りていただく。
ようやく次の便で下りられた。
ちょこっと買い物をして家路に着く。
一瞬 タクシーかなと思ったけれど折角お天気になったし少し頑張って歩いて帰ることにした。

ずっとのぼり坂で此方は汗ビッショリとなったが 母が気持ちよければそれも良いだろう。
でも 家に戻って入浴介助する元気もなくて 水分補給と果物を食べて貰ってごまかしてしまった。

夕食も順調に食べ終えて 母以外に元気。
でもしばらくすると頬杖をついて 眠そうな表情。
1時間ちょっとの休息を取って トイレ誘導して就寝。

でもさすがにくたびれたぁ。
若い(?)から…一晩眠れば疲れも消えるよね!''☆''!

就寝後のトイレ誘導も今のところ問題なし。


2011年06月10日(金) 時の記念日だよねぇ。


母はデイサービスへ出かけた。
此方は 地域のサロンへと向かった。
今日は サロンを運営する1人が別の集まりに出かけるため人手不足。

集会所に着いたら 先に来ている方が雨戸を開け始めていた。
窓を開けて お湯を沸かし テーブルを並べて座布団を敷き 正座が出来ない方には椅子を準備する。
それから茶菓をお皿に分けてお茶を淹れる。

皆さん ゆっくりと揃うまで話に花が咲く。
先月末日 この地域に救急車が幾度も入った。
日暮れすぎの殆ど同時刻に2台の救急車が入った。
一台は我が家の近所のマンションだった。
もう一台は 奥の方へと入っていった。
でも何処の家かは判らなかった。

今日サロンに行ってみて サロンに来ている方の家だったとことが判明。
幸い 大事に到らず救急車は引き上げたようだった。
高齢者ではあるけれど 普通に暮らされている方だ。
食後のショック性低血圧症のようだった。
翌日通院検査しても何処にも異常は見当たらなかったという。

普通に暮らしている方でも起きるのであれば 90歳を越えた母なら起きても不思議ではないだろう。そして認知症だから起きているという事でもないだろう。

でも 急に症状が出ると脳梗塞や脳出血との違いは容易に判断できないだろうから救急車を呼ぶのも無理からぬ事だと思う。
万が一脳出血だったら一刻も早く病院に搬送した方が良いのだから...。

午後は テクテク買い物に出た。
買う物は決まっていたので ちゃちゃっと済ませてテクテク帰った。
夏に向けて少し暑さに慣れておかないと...と思うのだ。
けれど これも時間に余裕があれば出来るが 母のデイの帰りの時間と睨めっこ状態ではちょっと厳しい。
其の分 部屋の中で運動。
でもなぁ。
母に運動を強いる事は無理だし...母の熱中症対策は どうしようかな。
今の様子で 水分補給も何処まで出来るか ちと不安。
不安がってもしょうがないんだ。
毎日まいにちを無事に過して 夏を乗り切るしかないんだよねぇ。
きっと大丈夫さ♪と。

夕食 少し欲張りすぎてしまったみたいで 残量あり。
食べて貰うこともできたが デイの連絡帳をみるとお茶があってお菓子を頂いて 3時にもおやつを食べている。
ゆっくりペースで食事介助していたら1時間経過しそうになった。
カロリーはオーバー気味で「ご馳走さましていいかな?」と母に聞くと頷いたので 無理に食べさせない事にした。

就寝もいつもよりゆっくり。
母の部屋でゆっくり過ごしていたら ケフッと上がって咳き込み それも鼻からも出てきた。
其の症状が落ち着くまで起きていて貰って就寝とした。
今日は その後落ち着いており噎せもない。
痰が絡むこともないようだし...。
昨日膝を抱えて寝ていたけれど 今日はそんなこともない。
こそっとも動かず軽く鼾をかいて熟睡している。
起こすのが可哀想で トイレ誘導を1回飛ばしている。

今さっき 咳をしたので様子見すると汗ビッショリ。
10分前には鼾をかいていたんだけれど...。
汗を拭いて着替えてトイレ誘導。
それからあったかタオルで顔を拭いて ちょこっと水分補給。
汗も引いて落ち着いてきたので再度ベットへ移乗。

ずっと以前 こんな風に深夜の介護している時介護仲間と介護のことや他愛のない話を電話で話していた。
其の方は もう介護も終えたが...。
その時に 「相手のペースに合わせて食べたい時に食べて貰うのよ。だから纏めて眠るなんてこと全くないのよ」と話されていた。
その時も今も 少ないけれどまだ多少纏めて睡眠は取れるのだから...。
落ち着いてくれれば ホッとする。

あれぇ 6月10日って 時の記念日じゃなかったかなぁ。
特に新聞で話題に上ってもいなかったような...。
今年はそれどころじゃないかぁ。
1日を振り返れば 朝の目覚まし 母の行き帰り サロン等きちんと時間通りに過ごせたと思う。
意識していた訳じゃないから 自慢にもならないけれど...。


2011年06月09日(木) 変動の範囲は...


紫陽花の花がうっすらと水色になってきた。
これから濃い紫色になるまで雨の日を彩ってくれる。
でも剪定する時期の影響で花数が少なめだ。

昨夜も噎せが出て トイレ誘導後暫くベットの端に座位をして貰い背中を擦った。落ち着いてから横になってもらう。
その後は治まってホッとした。
これまでも 噎せが出る時はあった。
風邪っぽい時に 食べ方もゆっくりになり食事にかかる時間が長くなったりしていた。
しばらくして 噎せが消えてしまうという経過だった。

最近は痰が絡んだりする事もある。
いつもではないので注意してみている。
痰が絡むと自然に痰を切っているようなので ちょっと安心している。
痰を切ったときには「頑張ったね」と母を労う。
どうか 自力で痰が切れる時が長く続きますように...と願う日々である。

デイのバスに笑顔を見せて乗り込んだ母。
職員さんも「今日は笑顔だわ」と言ってくれた。
切ない顔をしてでかける時には こちらも少し心配になる。

デイから戻った母。姿勢もしっかりしていて良い感じ。
バナナと水分補給しているとテーブルをトントン叩く。
トイレ誘導して「大」「小」排出。

あらかた夕食の準備を済ませていたので ゆっくりと配膳して夕食介助。
噎せが気になるので 今日も呑み込みやすいように配慮した。
昨日の夕食で板麩の煮物の水分で噎せていた。
今日は 甘酢にトロミをつけて板麩の煮物に和えた。
本当なら酢の物にしたい所だが...喉を優しく通過してくれるのでは...とトロミをつけた。
母は酢の物が好きだし...。
予想通り母は喜び 噎せも起きなかった。
毎日 そういう心がけをしたいものだが...そうは行かないのが現実だ。

夕食後 休息を取り トイレ誘導後母の部屋へ移動。
眠くなってくると口の中につばをいっぱい溜める。
「の・み・こ・ん・で・よ」と言ってみるが これがなかなか通じない。
「言っている事判る?」と聞くとあっちこっちみてしまう。
1人の世界に入り込んでいる風ではないのだが...。

就寝後1時間ちょっと経過した頃咳をしていた。
此方は 明日のリサイクル品回収日のため プラ・古新聞・雑誌・紙ごみ・布・雑誌等を纏めていた。
「まだ もうちょっと後でも大丈夫よね」と母の体の向きをちょこっとだけ変えて 作業を続けた。
20分後 また噎せたのでトイレ誘導した。
既にパットが濡れており 残量をトイレへ排出。
先に誘導すべきだったと反省。

今日は 水分摂取がやや少なめのデイなので 夕方の水分摂取を多めにしていたのだが今日は デイでの摂取量少し多めだったのだろう。
トイレ誘導が済むと咳も治まった。

少し気になる事もある。
今日は 寝ていて膝を抱えるのである。
幾度も直すのだが それでもまた膝を抱える。
薄い抱き枕を抱えさせてみるが それでも膝を抱える。
そうでなくともいつも丸まって寝ているので更に丸まってしまっている。
お布団の3分の1しか使っていない風である。
仰向けにすれば 噎せも出るだろうし...悩ましい所だ。

今さっき トイレ誘導。
立位時にゴクリとつばを呑み込む。
時折 ここで噎せる。今日は 噎せなかった。

膝を抱えるのもようやく止まった。やれやれ。
言葉がない分 変動の範囲を探る日々。
過剰に反応しないように…安易な見逃しをしないように...と自分に言い聞かせながら...。


2011年06月08日(水) しっかり握手

 今日はデイのない日なので家でのんびり過した。
出来れば近くの診療所に母を連れていこうと思っていた。
夜間の噎せが気になっていた。
けれど訪問リハがあるので 午前中が1番良い。
しかし 外は雨。

昨日も今朝も検温しているが熱はない。
そして起きている間は殆ど噎せない。
結局 通院は諦めることにした。

と言う訳で 音楽を聴いたり 手遊びをしたり 立位や歩行を室内で繰り返した。母はずっと笑顔。声をあげて笑っていた。

療法士さんが見えてリハビリ。
両手を肩より上に上げると肩甲骨の運動になります。
「はぁなるほど...こう縮予防ですね」と言ったら...。
「それもありますが肺の働きを高めます」という。
そうか そうすれば肺炎とかなりにくいのかもしれない...。

リハが済んでまた母と遊ぶ。
今日も握手を試みた。するとちゃんと私の手に向って腕が伸びてきた。
先日のような ズレがなかった。
日によって違うのかなぁ。

言葉は無いが よく笑っていた。
日中は噎せもないのに...。
就寝後 やはり噎せる。
大体 トイレサインと重なるように感じている。
トイレ近くなると体も動くそのせいで溜まった唾液で噎せてしまうようにもみえる。更に要観察だわ。


2011年06月07日(火) …気が付いたら...


 母をデイに送り 夕食の支度を途中まで。
午後には 介護者の会があるので夕方パタパタするのは目に見えているからだ。買い物メモも作り準備万端整えて 早昼ごはんを食べた。

時間を見てとっとこ歩いて会の場所へ出向いた。
今日は ボランティアの方がお休みと聞いているので準備も大変だろうと思ってのこと。
先に出向く人が多ければ 私の手なんて必要ないけれど介護者だからその日の具合でどうなるか判らない。

久しぶりに出席くださった方も数名いらした。
結構際どい話や近隣の医療事情について話題となった。
皆さん 認知症と併発する病となった時や終末期在宅では介護できそうもない時の医療費がとても気になるようだった。
医療機関で...という方は それぞれの事情がある。
特に高齢者世帯では深刻なのである。
今日も踏ん張ってきたけれど限界で...と施設入所に踏み切られた方がいた。食事介助中時間がかかって 気がついたら2人一緒に居眠りしてしまったの...。とか 
ベットから落ちたら持ち上げられなかったので緊急に出向いてくれる事業所を見つけて確保している...とか。

母の帰宅時間ぎりぎりまでとなり 買い物は諦めて家に戻った。
直ぐに夫にメールして帰りに購入してきてとお願いした。
「暑くなってきているのでくれぐれも必要以上のものは買わないで...」と付け加えた。
家に戻って3分後にデイの車で帰宅した。

トイレ誘導等を済ませておやつと軽く水分補給をしその後夕食。
夕食 食べやすい物(普通食)をゆっくりと介助。
定時間で定量食べる事が出来た。

夫も早目に帰宅してくれた。
買い物も今日必要という訳ではなくて 明日買い物に出るのが大変なので頼んだのだけれど...。

食後の休息をとってトイレ誘導して就寝してもらう。
夫は 明朝 4時前に仕事に出るといって先に就寝。

午前零時近く猛烈に眠くなって 灯りをつけた儘 ちょこっと横になった。
夫から「おいおい」と呼ばれてハッとした。
午前2時少し前。あと1時間で仕事に出て行くのだったなぁと思い「もう起きていることにする」と伝えた。
「いやいや 1人で静かに家を出るから寝ていなさい」と言われた。

母のトイレ誘導をして 布団を敷いて就寝。


2011年06月06日(月) 6月6日と言えば...


夜も深い時間に ほととぎすの鳴く声が聴こえた。
遠くから だんだん近くになってきて...おそらく10メートルと離れていないだろう距離になった。
暗闇だし姿を探すことは難しいので 家の中でじっと聴き入った。
あら 今夜も聴こえる。
直ぐそばだわ。そうっと外に出てみた。
闇の中で移動しているようだ。
なんだか 異世界にいる気分になった。

暗闇で飛んでいる鳥がいた。
ほととぎすよりずっと小さい。ひょっとしてコウモリかな。
そろそろと蛍の季節かしら...。

デイサービスにでかけ 帰って来て...穏やかな表情をしていた。
ノートをみて「大」の記載がないのでトイレ誘導し「大」排出。
昨日 あれこれと食べ物で調整した結果が出た。
これでひと安心。
「大」排出後も口の中に唾液を溜めて呑み込めずに噎せる。
噎せると鼻からも出てくる。
便秘が原因ではないだろう。
暫く こういう事がなかったのだから...。
食事を変えてから強く出るようになった。
やっぱり夜の食事は控えめの方が母は楽なんだな。

噎せているとき「辛いねぇ」といったら静かに頷いていた。
調整できるとしたら夕食の量と副菜の形状かなぁ。
もう少し検討してみなくちゃだなぁ。

日中も夜ももう半そでに切り替えた。
上掛けは タオルケットとうすがけである。
これだとさすがに汗もかかない。
私の上掛けは 実は母より多いのです。

就寝後のトイレ誘導もうまく行った。
覚醒はしているが 反応は鈍い。程よい眠りなんだろうなぁ。

特別の手入れもしていないのに 7.8年前に植えたワイルドストロベリーが増えている。
肥料もあげてないので実は小ぶり。
以前は 其のつど実を収穫して冷凍庫に納めて少し纏まったところでヨーグルトに入れていた。
でも最近はもっぱら観賞。よって種が零れて増えているのである。
結構強い。
コンクリートの隙間に入り込んで根を張っているのもある。
うん こういう風に生きたいものだ。
悪条件にもめげない強さ...。
ふふ 手を掛けないから苦し紛れの言い訳だねぇ。

あら 今日は6月6日だわ。
6月6日と言えば…。
♪棒が1本あったとさ 葉っぱかな葉っぱじゃないよ蛙だよ 蛙じゃないよあひるだよ。6月6日に...アッというまに可愛いコックさん♪というお絵かき歌を思い出す。


2011年06月05日(日) 上がったり下がったり...


 昨夜はあれから ケフッも咳もおさまっていた。
ただ暫く布団の中で上体起こしを繰り返していた。
そのうちにあがり具合がだんだん低くなって 眠りについた。

今朝は 汗ビッショリだった。
急いで熱を測ると7度4分。
トイレ誘導して直ぐに水分補給。みるまに36度5分となりほっとした。

夫を送り出してから 朝食介助。
定量・定時間で食べ終える。
休息後 検温36度5分

蒸し暑いので水分補給を小まめにした。
お茶だったり ゼリーだったり 寒天だったり 果物だったり...。
それなのに尿量が多くなる訳ではないので 気にしながら水分を補給した。

お昼前 汗ビッショリとなっており 検温すると7度1分。
長袖から半そでに着替えをして水分補給。

入浴の判断のため検温すると36度5分。
汗も出ているので 入浴介助。
母 ゆったりと湯船に浸かって 出たら笑顔。

また水分補給。
トータルすると食事以外の水分補給が1900ccを越えた。

夕食は 煮魚と鯛のお澄ましと魚が多く食べ難そうだった。
献立の失敗だな。
でも定量・定時間で食べる事が出来た。

此方から見ると大変だなぁと思うのだが 母は意外な事に「うふふ」と笑っているのだ。

食後も追加に水分補給。

いやはや 食事・排泄・入浴・水分補給で1日の大半が過ぎてしまった感じだ。

就寝後 一時間おきにトイレサインでトイレ誘導。
日中少なかった分が出ていると言う感じである。
果物は 凸ポン2個 メロン バナナである。
就寝後3度目のトイレ誘導で ガスが出てきたので便秘気味も解消できそうな感じでホッとした。


2011年06月04日(土) 推し量る日々


朝5時に起床。夫を送りだす。
いつもなら母を起こして再度眠るが...きりりと身の締まるような爽やかさを感じて其のまま家事を始めた。
母はベットでzzz。

昼食までの準備と洗濯と...気が付けば8時。
普段気にも留めなかったが たったこれだけの家事で3時間もかかるんだなぁ。洗濯もいつもよりは多かったけれど...。
家事を済ませてしまえば母にかかりきりとなってもあれこれ焦る事もないだろう。

家事をしているとオナガの鳴く声が聴こえた。
先日 オナガを見かけないと書いたばかりだったけれど...これは訂正だ。
庭から 四十雀からの鳴く声も聴こえた。
家事先行で 庭に目を移す事もしなかったけれど...でも耳に優しい響きだ。

母を椅子に移乗して着替えをしてトイレ誘導でスタートしいつもと変わらない朝の始まりである。
話しかけても話しかけても 母の言葉は出ない。
話しかければ しっかり目をみてくれて笑顔を見せてくれるのが嬉しい。

食事が済んで ゆっくりしている時母に「握手」と手を伸ばしてみた。
この所こういったことにも反応しないことが多くなっている。
でもきょうは違った サッと前に手を出した。
以前は ここでがっちり握手できたのだが...。
今日は 差し出した私の手の20センチ以上下に母の手が伸びた。
此方の手を下げて握手した。
それから数回この動作を繰り返したが やっぱり同じだった。

「目が見えにくい状態か?」と一瞬思った。
でも 私がウィンクすれば 母は笑う。
話せば しっかり目を見ているし...。
だから見えてないということではないだろうと思うのだが...。
視覚と動きが一致しなくなる機能的疾患かなぁ。
暫くは 様子見しなくちゃいけない。

昼食後はボール遊び。ビーチボール渡し。
もうキャッチ出来ても返す事を忘れてしまっている(?)のだ。
だからキャッチして貰ったボールをこちらから取り返す作業をしないと続かない。
それでも誘いに乗って遊び相手になってくれた。

夕方近くに入浴。
身体を洗って洗髪して...。

「大」は少な目。「小」もきちんとあった。

夕食も順調に食べ終えた。
食後 休憩後 立位・歩行を試みる。
立位の時は 自力で腰を上げるように此方の介助は控えめ。
ちょっとだけ自力で腰を上げる。
歩行は 床に足をつけるが爪先立ちで膝曲がり気味で依存度が高い。

調子の悪い所だけに気を取られていると気持がくさくさとしてしまう。
「いい時もあれば悪い時もあるさ」と自分に言い聞かせる。

大あくびを数回したのでベットへ移乗しzzz。
今日は 日中時折ケフッケフッとしていた。
就寝後も 時折 同じことが起きて 其の後咳き込む。

メロンを食べて貰ったが 全体量が多かったかな。
夕食の煮魚に小骨が混じっていたかな。
やや便秘しているからかな。
よくよく考えれば 食事の時呑み込むのがやや遅かったような気もする。
特定できないけれど 思い当たる項目がこんなにある。

「お腹いっぱい」「酸っぱい物が上がってくる」「喉に何かひっかかっているみたい」と言葉で言ってくれさえすれば...とないものねだりをしたくなってしまう。

2度目のトイレ誘導時覚醒していたので 少し椅子に起きて貰って落ち着くまで様子を見た。20分くらい座位。
その後ケフッも咳も少し落ち着いて来ている。
母の苦痛がとれればいいんだけれど...。


2011年06月03日(金) お天気のせいかなぁ


昨夜はいつもより少し早目に就寝し 熟睡してたのだが今朝覚醒するまで少し時間がかかった。
着替え始めたら「うふふ」と笑顔を見せてくれた。

朝食も順調で特段の変化はない。
介護者にとっては これが一番大事だから...ありがたい。
デイサービスの車に移動して 母は振り返る風でもなく出発。
ひょっとしたら感度が鈍っている日なのかもしれないなぁ。

洗濯・後片付けを済ませて 診療予約の診療所に向う支度を始めたらメールが入る。
提出書類の件だった。
いろいろ支障が出るので大急ぎで書類を調える。
今年は 微妙に書類の様式が変化しているので 少し手直しをした。
診療所に出るついでがあるので 提出する事にした。

予約時間に遅れて 少し待たされたが無事診療治療が済んで其の足で書類の提出をした。
これで1つは完了。
もうひとつの提出書類も早く整えておかなくちゃ。

デイから帰ってきた母。割りに穏やかだった。
トイレ誘導し「大」「小」排出。
「大」は少なめ。
それからバナナとみかんを食べて貰う。
母の好みは みかんだ。酸味が好きなのだなぁ。
食べ始めた時は 笑顔を見せてよく反応していたが そのうち目を瞑り出す。眠そうではあるが寝ているわけではない。
が 食事前にこういう症状になると2年前の悪夢が過ぎる。

急いで夕食の配膳をして食事介助。
眠りはしないが 目を瞑っている時間が長いので時折噎せる。
話しかけてみたり 肩をトンと叩いたりしながら目を開けてもらうようにして食事を食べ終えた。量・時間は普通。

食後は眠そう。口腔ケアを済ませてトイレ誘導して 母の部屋へ。
洗濯物を畳んでいるうちに 本格的に居眠りが始まり 急いで着替えをしてベットへ移乗。zzz。

就寝後 トイレサインで2度のトイレ誘導しているが 何れもあまり覚醒せず眠そうだった。
眠くともトイレサインは出るんだよねぇ。

今日は 湿度も高くこっちの身体も重たい感じ。母だって同じなんだろう。
お天気模様は体調や気分にも影響するなぁ。


2011年06月02日(木) 助っ人


「おはよう」と挨拶したらパッチリ目を開けた。
ベットから椅子へ移り身支度を整えてトイレ誘導。
笑顔は 今朝も続いている。

朝食介助も済んで 玄関へ移動しようかなぁと時計をみて時間調整していたらデイのお迎えがきた。
いつもより早い。慌しくデイに送り出した。
送迎の時間のずれ 初期の頃は結構きになったものだが 今ではそれほどではない。それは我が家の場合で 初期の認知症の介護をなさっている人には時間が正確であって欲しいだろうと思う。
だから 家で時間をかけてしまわないように...と思う。

雨降りなので はなから室内干しと決めのんびり洗濯。
ちゃちゃっと掃除機をかけていたら サロンの仲間がピンポン。
ちょこっと立ち話。

午後買い物に出かけた。
夜会議があるので 早目に夕食を準備しておく必要があるから。
留守番を夫に頼んであるので 少し奮発して夕食を作るため。

買い物を済ませて家に戻り 夕食の支度をしながら母の帰りを待った。
ところが今日に限って送りが遅い。
早い時には4時に帰ってくる時もある。遅くとも4時半。
それなのに 4時半を廻ってもまだ戻ってこない。
途中 降りるのを嫌がる人が出たかな?それとも道路が混雑しているかななんて考えた。
送りの時間が遅くなるのもそんなに気にならない。
でも今日だけはひやひや。
早く夕食を食べて貰って 休息しベットに移乗してから家を出るからである。

配膳を済ませて母の帰りを待った。
4時45分近くに帰ってきた。
直ぐにトイレ誘導し「大」「小」排出。「小」は前回より多いのでホッ。

テーブルに並んだ食事をみて母ニコニコ。
いつもより20分近く前倒しの夕食。
介助を始めるととても嬉しそう。
こちらの都合で夕食の時間を設定しているがもう少し早くても良いのかも知れない。
でも食前に食べる間食でもカロリーを摂取しているから どうした物か。

今日もお粥さんを少し減らして副食を多めにした。
背中の赤味は大分落ち着いた。安心できる状態となった。
塗布している薬のおかげかな。

食事が終わると笑い声が響いた。
其の間に後片付けをして自分達の食事を作った。

ひと段落した頃に夫が帰宅。
母の部屋に移動してベット移乗。
今日は眠そうで助かった。

後は夫に任せてとっとこ会議の場所へ向った。
会議は始まっており丁度私の担当する所だった。
イヴェントまでの会議は予備日1日を残して終了した。

会議は少し早めに終わり急いで家に戻った。
今度は自分の食事の時間。
食事が済んで母の就寝後のトイレ誘導。
今日は とても眠そう。でもタイミングはばっちりだった。
就寝後2度目のトイレ誘導もタイミングばっちり。
やっぱり この時も眠そうだった。

気を張れば きちんとできるんだと判ったけれど これが連続だとこれまた体が続かなくなりそうな気がして...。

さて肌寒い日今日だったが 明日は一転暑くなりそうという。
気温の変動に体がおいついていかない。

会議から戻って「今日は ありがとうございました」とお礼を言ったら...。
「俺には これくらいのことしかできないから...」と一言。
「そう決めつけないでよ...」と思いながら トイレ誘導とかはやっぱり無理だろうしなぁと妙に納得してしまったけれど...。

でもやってみなきゃわかんないよねぇ。
やってみてわかることもあるんだけれど...。


2011年06月01日(水) 笑い声に元気貰って...


笑顔で目覚めた母。
起きてからもふふふと笑っていた。
朝食も順調に終了。

早目に廻した洗濯機で朝の仕事も片付いた。
今日は 近くの床屋さんに連れて行こうと思う。
床屋さんがお店を開くのは10時。
それまでに身支度を整えて車椅子を玄関前にスタンバイ。

トイレ誘導して 急いで1人床屋さんに走った。
ここの床屋さん 予約はさせてくれない。
母を長い時間待たせるのも困る。
空いていることを確認して母を連れて行くのだ。

床屋さんに付いたら先客が整髪中。
お次を狙って終了時間をうかがう。

家に戻り 療法士さんに今日のリハビリをお休みさせて戴くと電話した。
サッ 後ろに下がれない。
今日は 頑張って床屋さんに行く。
お昼少し前に床屋さんに行きOK。

今日は よく首を動かす。
床屋さん はさみを持って苦労していた。
助手役で母の頭を押さえる。
「頭綺麗にするから 動かないでね」 母は頷く。
でも直ぐに横を見たり 上をみたり...。
「頑張っているわね。ありがとう!」 目をしっかり見て頷く。
ちょっこと動かない時間ができたが また動き出す。
「動くと綺麗に切れないから もうちょっと我慢してね」 また頷いた。

こんなことを繰り返しとカットは済んだ。
折角家を出たのだから…とご近所を一回りした。
この一帯 暫く見ないうちにまた様変わりした。
街道沿いにありながら少し奥まっているのでとても静かである。
鶯の声は聴こえてきた。
残念ながら 鶯の鳴く声は母の耳には届かないんだ。

くるっと一回りして家に戻って昼食。
鯛のお澄ましに煮魚と口の中に停滞しそうな副菜なので里芋の煮物で補助した。
お昼も順調に済んだ。
それから自分の昼食を作った。
朝は珈琲とクッキーでごまかしたのでお腹ぺこぺこ。
ちゃちゃっとお腹を満たして...。

夕方前に入浴介助。
お散歩で以外に体力を消耗したが よいこらっしょと踏ん張った。
昨日の背骨の所の赤い所改善しつつあった。
昨日帰宅した時には 背骨があたっているところ赤くなっている所があった。デイから指摘された所は疱瘡になる2.3歩手前だが 赤くなっている所は「ここにあたっていますよ」くらいのものだった。
今日はそういった所も見当たらなかった。
でも予防の意味で薬用クリームを塗ることにした。

身体を洗い 洗髪して...湯上りに「さっぱりしたかなぁ」と聞いたら頷いていた。
湯上り後 ドライヤーを当てて水分補給した。

急いで夕食の支度をして夕食介助。
お肉とゴボウを刻む。
今日も クリームチーズとゴマ豆腐を普段のおかずにプラスしてお粥は少し控えた。

食後の後片付けをして お風呂のお湯を抜いてお掃除。
トイレ誘導して母の部屋へ。
毎日此処までたどり着くとホッとする。
夜間の介助もあるけれど 起きている時ほどあれやこれやの心配も減るように感じる。

お風呂上り後から就寝までの母は 「あはは」と声を立ててよく笑った。
ベットに入り寝入ってからも「あはは」と笑い声が聴こえた。
一体どんな楽しい夢を見ているのだろう。
就寝後のトイレ湯どうにも目をパッチリ開けて「あはは」と笑い 私が首を左右に傾げると母も同じように傾げて笑うのである。

こういう日は 疲労感も吹っ飛ぶ。


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