母のタイムスリップ日記
DiaryINDEXpastwill


2010年11月30日(火) 「目からうろこです」らしい♪


 母をデイに送りだす。
今日のお手伝いの手が足りないことが判った。

慌てて あちこちに電話して探してみたが皆さんご用があって無理。
1人だけOKが取れたので「なるようにしかならない」と早目に家を出た。

いつもの福祉用具の会社の人が ベット3台と車椅子5台を無償で運んでくれセットしてくれた。ここに6名の社員を配置してくれているのだ。
謝礼も準備したが受け取ってくれなかった。

事前に 介護家族以外に地域包括に連絡して今日の研修の案内をしておいた。今日は ヘルパーさんの参加が多かった。
前回の時に ヘルパーさんと一緒に作業してヘルパーさんも喜んでくれ 介護者も喜び 当時者も喜んだという話に脈ありと感じていた。

ヘルパーさん不信の声は時々耳に入る。
でも 学びが出来ればきっと理解して貰えると思った。

この動作介助の人の話は 介助に終わらない所がいい所。
「皆さん 助けてあげようと介助するでしょ。でも 違うのですよ」という下りである。
「助けるのではなく できる事を引き出すのですよ。そうすれば介助する側も楽になるのです。重労働ではないのですよ」

最初は 硬い表情の参加者だが30分もしないうちに笑顔が見られるのである。

口先ではないという事がじわりと伝わってくる。
其の雰囲気をうまく伝えきれないが...多くの専門職の方との出会いがあるが
このような人に出会うことは 稀。

研修を終えてアンケートに協力して貰ったが 皆さん「良かった」という反応。中には お金を出して研修会に参加した事があるけれど 今日の研修の方が良く判った」という人もいた。
「目から鱗でした...」という感想もあった。
皆さんが「次も参加したい」という声を残されていた。

ヘルパーさんがその気になってくれれば 利用する側にもメリットは多い。
でも残念なこともあった。
今日は記さないが 介護のセンスに関わる話だ。
次の機会に...。

今日は PCも動き出して 緊張が緩み眠い。
後暫く 母のトイレサインを待つ。





2010年11月29日(月) ギャッ!


 30日の動作介助の研修のための準備をあれこれとして 全て準備が整い
後は お手伝いの人の返信を待つだけという段になってパタッと画面が動かなくなってしまった。

相変わらずの永久PC操作初心者なので パニック。

直ぐに 携帯メールを使ってPCのご機嫌が悪いので此方のメールを使ってと手伝いの人たちに送信。

でも メールアドレスがPCにしか入っていない人もいてヤキモキした。

切り替えだけは得意なので「なるようにしかならない」と諦めた。

それでもPCが作業してくれないと3日後の作業がお手上げになるので母がデイに行っている間に家電店に走って 新規のPCを探してみた。
買い替えか 修理か とても悩ましい所。
買い換えるための出費は痛いので あれこれと思案。

こういう時 家電店では 何故動かないのかを考えないで即買い替えを勧める。売り上げが大事なんだろう。
ちょこっと馬鹿にされた感が強かった。
だって 買い換えるならいろいろ考えたいし...言われるが儘なんて嫌だ。

家に戻って 母を出迎えて 食事介助を済ませて 就寝までは母が主体。
母が就寝してから パソコンの師に電話。
忙しい中対応してくれ ちょこちょこPCに触れているうちにマウスに問題ありというアドバイスを戴く。

それから キーボードだけで操作してみた。
動く。ただマウスが使えないので肝心の用は足せない。

帰宅した夫に聞くと会社に使っていないマウスがあるというので明日持ってきてもらうことになった。

来週にも依頼されている事がありそのファイルも引きだせないので不安が残る...。


2010年11月28日(日) 目覚めの悪い日は...


先日 地域の集まりがあった日 バスを降りて公園を歩いて抜けた。
娘が幼かったころ よく歩いた道。
道は落ち葉の絨毯。
其の上を選んで歩いた。
この季節だから味わえる感触。
足の裏に 耳に優しく響いてきた。
ちょこっと落ち葉を足先で蹴ってみた。
カサッ!と言う音と共に落ち葉が舞った。
暫く そっと蹴りながら歩いた。
これに焚き火の薫りが漂ってきたら最高なんだけれど…。

家の周りは 落ち葉は邪魔者扱い。
昔は と言うよりもふるさとでは 家の前の落ち葉を綺麗に掃いてしまう家と暫く其のままにする家とがあって 皆一様ではなかった。
小学生の頃は 掃除当番で外掃除だったりすると山のように集めた落ち葉を 足で蹴って 再度集めたり...ということもしてたなぁ。
今じゃ 絶対やっていけないけれど川に落ち葉を浮かべて 競争した事もあった。

母が歩ける頃は 公園を散歩しながら落ち葉を蹴って歩いたりした。
綺麗な落ち葉を拾って集め 外出できない仲間にお土産に持ち帰った。
自然の中の遊びは 何となくうふふふという笑いが生まれ ふたりで楽しめたなぁ。

今日もデイはなく 家でゆったり過した。
昨日は 朝ベットの中で「うふふ」と笑い。
テレビをつけたら見ていた。
でも今朝は 布団の中に丸まって目を開けなかった。
椅子へと移乗したら笑顔を見せてくれたけれど 明らかに昨日とは違った。

どういう訳か お昼頃までは 時折涙を浮かべ「おかちゃん」を連発。
お腹が痛いのかとトイレ誘導してみるが特に変わりない。
検温しても平熱である。

格別なんかの手当てをした訳ではないのだが 午後になって落ち着いて
笑い声も出るようになった。

食欲も変わりないしなぁ。
一体なんだったのだろうなぁ。
目覚めが悪いと やたら体調が気になってしまう。

夕食前に入浴して貰った。
お風呂に入ると脱力状態となり「よいこらっしょ」と身体を持ち上げないとならない。
湯上りは気持ちよいようで笑顔も言葉も増える。


2010年11月27日(土) 穏やかな休日


毎日 普段通りに暮らしている。
が 時折 「あいつに話せたら…」「あいつはなんと言うかな…」と想う。
別段 答えを求めている訳ではないのだ。
ただ 他愛のないことをふわっと話してみたい。
「まだ そんなこと言っているの!怒るよ!」というあいつの声が聴こえてきそうだ。

今日は 1日母と過ごす。
昼過ぎ ひょっこりと娘がやってきた。
此方の診療所に通院のためだった。
お馬鹿な娘は診療所に携帯を忘れてきて…。
医師の奥様から「おそらくお嬢様の携帯だと思うのですけれど…」という電話を戴く。
「アイフォンで…えと ◎△…と書いてあるストラップが…」と説明があり
「アッ それは 間違いなく娘のもののようです」と返事した。
携帯って 開けて見るわけにも行かないんで困りもの。

母は 朝から快調。
母を置いて 部屋を出たり入ったりする度「やぁ」といった風に手を挙げて反応していた。
穏やかな表情で1日過した。

起床時の検温で7度2分。
今日は 地域のサロンを含む民生委員の会議が予定されていた。
一応出るつもりでいたが ノロが流行っていることを考えて欠席することにした。健康・安全第一。

後は キッチンのお掃除をボチボチと。
母が家にいるので一緒の部屋での作業でないと厳しい。
姿が見えれば 安心しているようだから…。

「大」も「小」も順調。
夕方 検温したら6度5分だったので 一安心。
食欲もあるし 安定している。


2010年11月26日(金) 衣類の調整


朝 少し冷えた。
母の 着替えは いつも前日準備しておく。
今朝「これでいいかな?」と迷う。

玄関を出て 直ぐ車に乗り込むし デイについても玄関前で直ぐ建物の中に入る。そんなに寒い思いもしないと思うから比較的軽装。
施設内は 暖房も入るし…。
そう考えたら やはり準備した物を着用して貰った。

ジャンバーは 中綿のない2枚仕立てのもの。
コートもソロソロかなと思うがまだ 着用していない。

寒さも本番になるまで もう少し待ってみようと思う。

母 特に変わりなく過ごせている。
昨日は うとうとしながらデイから戻ったが 今日は元気。
相変わらず デイから戻るとお腹を空かせている。
これも元気だということで安心できている。


2010年11月25日(木) 目を瞑って…


 穏やかに目覚めて 更衣してトイレ誘導。
洗面して 朝食介助。食欲もあり元気。
口腔ケア後 顔を拭いて 手を温めてデイの迎えを待った。

玄関で待っている間 少し不安そうだったので賛美歌を耳元でうたってみた。じっと聞き入り涙を堪えていた。

車の音がしたので 玄関ドアを開けて車椅子に移乗し 車に乗り込む。
職員の声にホッとした表情になった。

日中は母の介護用品を購入に出かけた。
娘や介護仲間はネットで購入すればいいというのだが まだネット購入はしていない。

夕食は ルクエ スチームケースを使って温野菜にしようと思っていたのだが 今日は 取りやめた。
新しい物を使う時には ちょっとした弾みがないと踏み切れない。

明日 蒸しりんごでも作ってからチャレンジすることにした。

母デイから戻った時 車椅子でうとうと。
車から降りて玄関前まで移動しても目を開けない。
疲れたのか?それともトイレ我慢?
トイレ誘導したら「小」「大」排出。
でも緊急を要するほどではない様子だった。
テーブルに着くと テーブルをトントン叩くので柿を剥き食べて貰う。
食べ終えたら笑顔が戻った。
空腹だったのか?

急いで配膳して夕食介助。
途中から目をつぶった儘口を開け 食べる。
施設にいた時もこういう状態から 食べている途中で本格的に寝るようになってしまったので 要注意だわ。
頭の中の問題か 気分のせいか 疲労のせいか 様子を見ていかなくては…。

片づけをしていたら また目を瞑ってしまった。
口腔ケアをしトイレ誘導して 母の部屋に移動。
テレビにも興味を示さず じっと私をみている。
「眠いの?」と聞けば 頷く。
ぎりぎり1時間起きてもらって パジャマに着替えて寝てもらった。

時間になればトイレサイン。
トイレ誘導してベットに戻れば直ぐに寝入る。

夏の間悩ませた「ケフッ」が消えている。
あれは 過剰に水分を摂りすぎていたせいではなかったのだろうか?
何となくだが そういう気がする。
何事も過ぎてはいけない。丁度よい塩梅を探さないとなぁ。
個体差があるのだから…。


2010年11月24日(水) ショートステイから戻った母


体調不良が続いていた。
耳鼻科に通院したのだが 冷えによる急性鼻炎だという。
医師の其の説明では 外に出て寒いと感じたら冷えているのだそうだ。
その反応が24時間過ぎて出るのだと言う。判りそうで判らない説明だった。
薬を服用して大分改善された。
だが この薬「弱い方ですよ」と言われているのに 非常に眠くなる。
服用の仕方も ちょっと変わっているのだった。

幸い 母はショート中で助かったのだが 今日からはそうも言っていられない。あと10日ほど薬が処方されている。
これもいつもと違う。大概4日分なんだけれどねぇ。

午前中は 家の南西にある木を剪定。
9時から作業を始めて 片付けて1時過ぎ。
それから昼食を摂って 夕食の準備を済ませて母を迎えに出かけた。

割りに穏やかな表情の母だった。
ショート中排便がなかったらしい。
6泊7日である。
申し訳なさそうな表情の職員。「大丈夫ですよ」と満面の笑みで答えた。

家に戻ってまっしぐらにトイレへ誘導。
へへ♪ちゃんと排出できました♪

トイレから戻ってからギュッと抱きしめたら 泣き笑いの母。
12月に追加のショートの調整をお願いしていたので確認を取ると取れていた。

昨日入浴したと言う報告だが チョイ臭うので夕食前に軽くおやつを摂ってから入浴介助。
ほかほかのにっこり笑顔。

それから頭髪を乾かして夕食。
今日はクリームシチュウがメイン。
お腹の調子が悪いとブーなのだが 便秘を予測していたのでタイミングが良かった。

よく食べて笑顔を見せてくれた。
口腔ケアを済ませて 一時間後就寝。
疲労は見えないが…。
明日 元気に目覚めてくれますように…。

しかし今月は夏の疲れが出たのか 本当にあちこち調子が悪くて気力が出なかった。
ようやく体調も戻り気力もボチボチと出てきてホッとしている。



2010年11月23日(火) 芸術の秋?


 勤労感謝の日。
幼いころ この日は休日も仕事してくださる方々に感謝する意味で其の年の収穫物(果物)を持って訪問していた。
教会では 収穫感謝祭と言っていた。

其のころの幼稚園で必ず作っていたのが 新聞紙を丸めて其の上に和紙を貼り付け 仕上げにポスターカラーで色塗りをしてりんごや柿や梨。
糊付けの作業が嫌だったなぁ。
母は記憶しているだろうか?
今度家で作ってみるのも悪くないかもね。

娘の幼稚園時代にはそういう作業を見なかったのであの時代ならではの事なんだろうな。
そういえば 小学校の時には 新聞紙で粘土を作り指人形を作ったなぁ。
なかなか乾かなかったことを思い出した。
乾かないとニスが塗れないのだった。
新聞紙で作る粘土は臭くてそれも嫌だったなぁ。

今日は 娘の手を借りて夫の買い物。半日 あちこちに。
夫の冬支度は これで何とかなるだろう。

帰宅した夫に見て貰い 全てOK。

さて 明日は母を迎えに行く。
ショート先からは 特別の連絡はなかったので そこそこ元気に過していたのだろうと思う。

予定していた作業が出来ていないが それを悔いても仕方がない。
ボチボチと…きっと何とかなるさ♪

介護仲間が入院していたが 本日無事退院。
良かった♪

知り合いの作品展示会と友人の勤務する施設の作品展の案内状が届いた。うん そんな季節なんだわ。
行こうと思えば行けなくもない日程だった。
一応頭の隅っこに記憶させておこう。


2010年11月22日(月) 迷いまする


 今日は 放置していた庭木の剪定をした。
比較的軟らかな木で棘もないので楽だった。
剪定ばさみをあたらしい物に替えたのでそれも楽になった要因。

途中から雨で作業中止としたので 2本だけの剪定。
雨が降ってくれて正直助かった。
下手をするとのめり込んで 1日作業を続けたと思うのだ。

先日来 夫は「剪定しなくちゃな」と言っていた。
夫に任せるとハチャメチャになる恐れがあるので 反応しないでおいた。
今朝 夫に「植木屋さんに頼もうかなぁ」と言ったら「俺が…」という返事。自分でやった方が良さそうだと思って今朝の作業となった。
剪定する木は まだまだある。

自分の体調と空いている時間とお天気と睨めっこしながらボチボチと取り組むしかない。
高い木に梯子を使って登っての作業が 結構足煮負担を感じるようになった。まだ大丈夫だけれど 何時まで出来るかなとも思う。

先日出逢った介護者から戴いた論文を読んでいる。
彼1人だけでの論文ではないのだが「死生学」について。

私自身 自分と母のことについては あれこれと考えている。
母は 認知症の症状がある。
母が 生死の岐路に差し掛かった時母自ら医療の選択をすることは現実にはできないと思っている。
そのため 自分の事を考えながら 母の想いを探るしかないと考えている。

全て考えた通りにできる訳でない事は承知している。 
生きる意味については 母と話したこともあり 出来る限り その時の意志を尊重して行こうと思っている。

死を受け容れるとは おそらく「現在」から始まってると思う。
母と共に暮らしながら「面倒を掛けて悪いね」等周囲への気兼ねもあることに気が付いた。「苦しい事」「痛いこと」も嫌だということも知っている。
身綺麗でいたいというのも母の意思。
母が元気な間は 母の意志を探りながら微調整することになるだろう。
出来る限り母らしく最期を迎えられるように…と思っている。

今すぐ 命が消えるような状態ではないので まだ先の話だ。
でも介護って「如何に死ぬか」の見通しを持っていた方が良いような気がしている。
今年 介護仲間が看取った形は様々である。
でも その仲間からいろんな貴重な事を学ばせて貰った。

死生学の論文はまだ途中までしか読めていないが ゆっくり読み進もうと思っている。

剪定も「木」にとっては 生きる意味?生かされる意味があるんだろう。
太くなりすぎた木を倒してしまおうかとも思うのだが まだ踏み切れない。
その木の役目もあるしなぁ…。迷いまする。


2010年11月21日(日) フォーラムへ


ケアラー支援フォーラムに出かけた。
北海道から九州まで 介護者のことを考える人が集った。
ケアラーだから 認知症介護者限定ではない。

厚労省の人も加えたフォーラム。
ケアラー支援がどういった形で広がっていくのか…。
地域の人が核になって緩やかに広がって行くのだろう。

それぞれの地域に持ち帰り自分達のペースを守りながらの筈だから 急速に…ということもないだろう。

それにしてもみんなパワフルだ。
もし これが遠くで開催だとしたら意気地なしの私は動けなかったと思う。

月末の作業も開始しないとなぁ。

外出する時には ショート中の施設を見ながらとっとこ歩く。
「すみませぇ〜ん。がんばってよぉぉ」と声にせずにパワーを送る日々である。


2010年11月20日(土) 交流会?


ちょっとした集まりに出かけた。
それぞれに活動している報告をして お互いの活動を知るよい機会を得た。地域で参加できない介護者の為に集い 情報を伝える。
自分の地域だけに埋没していると近視眼的思考に陥る事もある。

他の地域の話を伺いながら 面白がったり なるほどと思ったり…みんな様々である。勿論 自分も含めて。
在宅で介護となって 思うようには出られない。
疲れてしまうこともある。
今日は 最後まで参加はせず ゆったり会のほうは後半で退席してきた。
中途半端な感もあるのだが 自分の体調も維持したい。

楽しみ半分 義務半分。できる事はちょこっと無理して取り組む。
できないことはしない。
そう介護と同じペースで ゆっくりのんびりの精神でこれからも…だわぁ。


2010年11月19日(金) あ’介護保険!


昨日 電車に乗った時向側の席に綺麗なお姉さんが座った。
席について バックをごそごそしてたので「お化粧タイムか」とチラッと見ていたら スーパーの白い袋を取り出した。
「なに?」と見ていたら 大きな梨が1個。
「どうするの?まさか まるかじりなんてないよね」と思った。
スーパーの袋に入った梨を一口かりっと食べ始め ある程度食べ進んだら梨が見えるように持ち直した。
そして 10分足らずのうちに綺麗に食べ終えてしまった。

実は隣の席の親子連れもおにぎりを食べていて...。
ちょっぴり唖然としてしまった。

お腹が空いていたのかも...。とかダイエット中で梨が食事代わり?とかひとりあれこれと想像してしまった。

実は 我が家の愚娘もいちじ仕事でご飯を食べる時間がなくて 電車で移動中にお腹を満たすことがあった。
その時に良心の咎めを感じて 何かを食べてもいい車両っていうのがあればいいのに...と言っていたことを思い出した。
きっとそういう事情でもあったのだろうと思う事にした。

今日は 午前中 介護者の会にご挨拶したいという業者さんとお逢いした。介護者のために役に立てればという申し出を受けた。
大元では 結構お世話になっているところなので 押し付けはないと確信している。
こういう企業さん 他にもある。
例えば 福祉用具提供事業所。
今月末の会の催しにベット3台 車椅子6台を無償で貸してくれるのだ。
ありがたいことである。
帰ろうとしたところで掴まった。
来年のイヴェントのこと。
「来年もかぁ」夜の会議なのでなかなか厳しい。
ぼちぼちと…という条件付きで…うけることにした。

午後は介護者の会。
奥様の介護振りをみてられなくなって会に見えた方がいる。
「お義母さま如何ですか?」と伺ったら「亡くなりました」と声を詰まらせた。
脳だけでなく 他にも疾患があって致し方ない様子だったが無念な想いが伝わってきた。自分の親なのに奥様任せの男性が多い中 よく踏ん張られたと会員はじっとお話を伺っていた。
会では 亡くなられた後のことも時々話していたのである程度準備なさっていた様子だった。が 煩雑な作業にうんざりして 銀行窓口で「もうお金なんていらん」と言ったそうだ。窓口で対応した方も 困惑した事だろう。
でもやっぱり そういう気持ちになるももんだろうとも思った。
「納骨後 寂しくなりますよ。奥様の事見守ってあげてくださいね」と看取り終えた方の一言も優しく響いた。

はてさて 今日の新聞で介護保険のニュースもあった。
なんとも複雑な思いで読んだ。
昨日 仲間とわいわい話している時「厚労省の最近の動きから感じるのは介護保険をなくすということだよ」と言っていた方がいた。
事業所を運営なさっている方も「そうだ」としきりに同意なさっていた。
介護保険が有ってなき物になりそうな気配だけは感じていたので そういう風に感じている人がいても不思議ではないと思った。
さて  介護保険はどんな風に進化していくのだろう。


2010年11月18日(木) 流星群


 母をショートステイに送り出す。
迎えに見えた職員の顔をみて頷いていた。
車に乗り込む時には 笑顔をみせていた。
ホッとしたけれど 1週間のお泊りと判っている訳ではないので 後ろめたい気持ちも残る。

午後会議にでかけたが 会議中に弟から電話があった。
音沙汰がないよりあった方がいいけれど...。
いつも電話のタイミングが悪いんだよね。
愚痴ってもしょうがないかぁ。

家に戻って雨戸を閉めていたら 流れ星を見つけた。
この所メールで流星群の話で持ちきり。
母がいるとそこまでも気が廻らないことが多い。

母が病の初期の頃なら一緒に見上げれたけれど...。
今の母には 夜空の流れ星を見つけることは難しい。

遅くならないうちに...と思っていたけれど やっぱり眠る時間はいつも通りになりそうだなぁ。


2010年11月17日(水) お風呂効果でぽかぽか


デイのない1日。
気温も低く お日様もみえない。
こんな日に大物を洗濯。それも3枚。
母以外の人の物。
乾かない。

もう少し 配慮があれば回避できただろうに...。 
ちっと恨めしいが...致し方ない。

眠ろうとした午前1時のこと。
結局 片付けしてたら3時近くの就寝になってしまった。
本人は 全く知る由もないのだが...。

寝不足気味で起床。
洗濯をしたり掃除機をかけたりで トイレ誘導と水分補給以外は放置気味。さすがに浮かない表情になってしまった母。

午後 訪問リハビリが済んでから ゆっくりちょこっと遊んだ。
夕方近く 入浴介助。
夏ほど 体の汚れもなくて身体を洗うのも大分楽になった。
介助していると こちらの衣類はお湯がかかってしまう。
夏は 汗が引かないのだが これからは体が冷える。
風邪を引かないようにしなくちゃなぁ。

母も湯上りから 就寝まで時間があるので湯冷めしないように配慮。
就寝時「どうかなぁ」と思って 足に触れてみたらほかほかとしていた。

これからの季節 デイのある日も 足湯でもして温めてあげた方が良いのかもしれない。

明日から一週間 ショートステイである。
この間 用事もあるが 少しは片付けができればいいなぁ。
おじとおばの施設にも出かけてみたいしなぁ。


2010年11月16日(火) 焦らずのんびり


 最近の母 少し体が硬くなってきている。
寒くなってきているのでその影響もあると思うが それだけではないかもしれない。
体が硬くなると動きも鈍ってくる。
介助する身としては ついつい介助を強めてしまう。
介助を強めれば 母は緊張を強め余計に体が硬くなるし 依存も生まれてくるような気がする。
もう少し母のペースに合わせてゆっくりと介助すれば リハビリになるだろうなぁと思う。

何につけてもスローペースになると 介助だけで1日が終わってしまいそうな気がしてくる。

「ここが岐路。踏ん張り時」と自分に言い聞かせる日々である。

この所 夜間の誘導時「少し重いから 自分で歩くように協力して」と語りかけている。
これが 覚醒していれば踏ん張ってくれる。
が眠いと踏ん張れない。

母も踏ん張っているのだから 焦らずにのんびりと行くのが一番だねぇ。


2010年11月15日(月) 「なるほどねぇ」


 例の小規模多機能施設の件。
小規模多機能は介護保険枠のサービスである。
「365日 休みはない」という方針だった。
若し医療保険利用のデイの利用を続けたいと希望した時に利用できるかと見学の折聞いてみた。
答えは「小規模多機能でデイサービスが賄えるので 必要がなくなります」とうのが施設側の答えだった。
また デイサービスの利用時間を午後からと限定できるのかと聞いた時の答えもぼんやりとはぐらかされた。
「ちょっと来て直ぐ帰るのも自由。勤めがあるから 早くからデイを利用し遅くまで利用もできます。それがこの施設のメリットです」
「ご家族が ショートのみ何日も使うような 勝手な利用の仕方は駄目です」こういう説明の仕方だった。

新しい施設に文句をいうつもりはないのだが...なんとなく気になったのだ。

実は 今年他所の小規模多機能の施設を見学させて戴いた。
其の施設は 利用者と家族のことに配慮し尚且つ 地域の人の集い場を設置していた。
地域に溶け込もうとしている姿勢がみえた。

だが 今回は違うように感じたのだ。

例えば ショートのみの利用だって 日中は何とか踏ん張って家でみるけれど 時にショートだけを使って休息を計りたいという介護者がいても不思議はないだろう。

医療のデイだって使いたい理由はあるだろう。
医師の目のあるデイを利用して経過を見たいという人だっているだろう。

そういう介護者の想いを汲み上げることなく一律に「うちで間に合う筈」と言い切ってしまうのかと思った。

今朝 役所の担当部所に問い合わせてみた。
「制度上 医療デイの利用は問題ありません」という答えだった。
ただ 話しこむうちに「それを決めるのは 施設のケアマネ および担当者会議で判断されるでしょうね」という話も出た。
「考え方としては リハビリ目的のために医療デイを半月利用して様子をみて 小規模多機能デイに戻し また様子をみて医療デイを利用するということが考えられますね。ただ 小規模側としては 『うちデイじゃ駄目ってこと?』となるかもしれませんね」と補足された。

実は こういう説明が小規模の施設側からあれば「なるほどね」とある程度納得が行ったと思う。

話し終えて 暫く考えてみた。
また介護仲間とも考えてみた。
今の状態で何とかやれているから このままでもいいんじゃないかという話となった。
別の介護仲間ともそういう話となった。

母がデイから戻った時 送迎の職員にも聞いてみた。
母の利用しているデイは 小規模多機能が併設されているのである。
やっぱ「小規模多機能は ケアマネ次第でしょうかね?」と。
すると「そうだとおもいます」という返事だった。

話は変わるが 午後役所主催の介護者の会があった。
講師は精神科医。
この医師「介護保険は そもそも介護者を支援するための制度ですよ」と言い切った。
いろいろ問題も含んでしまうが きっぱりと言い切る其の姿勢に清さを感じた。現場を良く知っているなと思う事例が次々と出て見事だった。
更に 病院に入院させて死ぬ時まで面会にも来ない家族は困ったものですともばっさり。

微妙なことがあるので 下手をすると問題含みのある発言だ。
でも よく観察し対応なさっている姿勢があればこそだと理解できた。

この医師 他にもある医療機関のあり方をばっさりと切りこんだ。
普段 介護者として感じている事だったので 介護者としていじましい気持ちゆえの話ではないのだと妙にホッとした。


2010年11月14日(日) せめて 味覚で…


今日は 町内一斉清掃日。
数日前に夫に「清掃日なので一時間だけ母をみて貰える?」と伺いをたて了解して貰っていた。
今朝になって「自分が清掃にいこうか」と言ってくれたのだが ご近所では男性陣が出る人もないので 母の見守り役をお願いした。
折角の夫の自主性を潰してしまった。
清掃に出てくる家は稀。
もし 夫が「この近所は...」なんて言い出すとこれまた面倒という思いもあるのだ。

今日も高齢のかたのみ作業に出てた。
この地域の急な坂の道端の枯れ葉や草を抜いた。
一時ほどゴミも目立たなくなったので これも清掃ゆえの効果と思えばいいのだろう。

母は 夫とふたりテレビを見て待っていた。
私が戻ったら 夫は仕事に出かけて行った。

1日のんびりと過した。

ご近所にも介護仲間がいる。
その方も清掃に出ていて「施設見学してきました。教えて戴いてよかったです」といわれた。
一般公開は ケアマネだって把握していると思うのだが ケアマネからの案内はなかったという。
高齢者世帯で介護者自身も病んでいる身なのだから 一言知らせても良さそうな気がする。

介護仲間は 説明を聴けてよかったといっていた。
やはり これから先のこと気に掛けているのだ。
利用する・しないは 別にしても 介護のおおまかなプランは介護者自身もざっくりと立てておけば 必要最小限の揺れで済むのではないかなと思う。

ケアマネといえば 見学をした後で介護仲間と食事をした。
介護仲間は80歳を越える方。
よいケアマネさんに恵まれ信頼関係が築けているから 80歳になってもひとりで在宅介護が出来ているんだなと感じる話が多々あった。

我が家を担当しているケアマネさん きっとやりにくいだろうと思っているからあまりあれこれ注文をしない。
これも良くないことなんだろうな。
きちんとやり取りを重ねておかないとね。
ケアマネのことも少し触れたいのだが...時間がないのでまた次の機会に...。

母は ゆるりと就寝中。
今年2度目のふるさとの秋の料理。
口に入るとにやりとした。
味覚に感覚はあるね。ちっとは ふるさとを思い出せたかな?
明日は デイサービス。




2010年11月13日(土) 「おかあさま!」


 夏の疲れが出てきているのだろう。
いまひとつ体調が戻らなかったので おやすみ宣言をしたのをいいことに作業が済んでも日記を離れていた。

これまで日記の公開を休んでも実際には 記録は残してあるのだが今回は完全にオフタイムとした。

日記は休んでも介護は続いている。
でも大きな変化もなく穏やかな状態である。

この間に地域初の小規模多機能施設を見学に出かけた。
このことは 後日に記したい。
確かめておきたいこともあるのでそれを確認してから...。

そうそう見学してる時ひとつ収穫があった。
浴槽の端をまたぐ形の入浴介助の器具である。
そこに座ればボタン操作でそうっと沈んで行く器具。
吊るよりも恐怖は少ないような気がするのである。
それが レンタルで月2千円だというのである。
これも介護用品で確かめて製品名等後日に。

明日からお天気が悪くなるというので 今日 母を美容院に連れて行くことにした。
朝 娘から「おばあちゃんとおかあさんの調子どう?」と電話があり「いける」と判ったら 電車でせっせこ足を運んでくれた。

美容院に予約を入れて 遅れ気味に着いたが スタッフも降りてきてくれて何とか2階まで上がれた。
直ぐに入っていただき 無事パーマもかけて 胸を撫で下ろした。

「外食しようか」ということになり 入りやすいファミレスへ。
水分補給分は 吸い込むゼリーを準備していたので...。
お腹を満たして 家に戻った。

娘は直ぐに自分の家に戻っていった。
その後 洗濯物を取り込んで2階から降りてきて母と目が合った時...。
「おかあさま...△〜▼…〜☆」と母が言った。
思わず「ぷっ」と噴出しそうになってしまった。
生まれてこの方ずっと「お母さん」。
今でこそ母は「おかちゃん」と言うけれど これも本来はこれだって使ったことはない。 
おふざけでない限り「おかあさま」なんて使ったことがなかったのだ。
それでも 美容院に出かけ ファミレスに立ち寄って なんとなく落ち着かないのに ちょっとの間1人になったので寂しくて思わず「おかあさま」が出たのだろうと想像できたので笑いを堪えて「はい。ごめんなさいね。1人にしてまったね」と詫びた。

でも 暫くの間 思い出しては1人笑いを堪えることとなった。


2010年11月08日(月) ちょっとお休みします。


 作業が終わりましぇーん。
みんな 変わりなく過していますので ご安心ください。


2010年11月07日(日) あしたこそ♪


夫を送り出して 母の介助。
母はベッドで目覚めており 静かに待っていた。
着替えのため椅子に移乗するとニコニコ。
着替え終えて トイレ誘導。
「大」が下りてこないので少し焦る。

そんな訳で 今日はりんごを1個半を食べてもらった。
他にも クタクタに煮たほうれん草半把。
大根やジャガイモ等も…。
水分も多めに摂取してもらった。

午後には 入浴介助。
身体を洗い 洗髪。
ゆっくり温まって貰ったら 浴槽を出る時足が重くなったようだ。
入浴は身体を緩める効果があるので 出てから暫くは力が抜けたようになって介助が少し重くなる。
でもとても気持ち良さそうだった。

水分補給しおやつを食べて貰った。
朝と昼には りんごをレンジでチン。
なので おやつはすり下ろしたりんご。

そして夕食。
しっかり食べてもらったが やっぱ食べさせすぎ。
ちょっぴり苦しそう。
まだ「大」の排出はないのだ。
明日こそ…でも駄目だったら マグラックスの力を借りる事にしよう。

就寝後も穏やかに眠っているが トイレ誘導の時には噎せが起きた。
少し咳もある。
食べすぎなんだよね。私が欲張りすぎだ。
病のない母だったら きっと「食べない」って言うのだろうな。

さ 明日はデイサービスに送り出す。
明日締めの作業が溜まっている。
母と過しているとどうしても作業できない。
ひとがんばりだなぁ。


2010年11月06日(土) インフルエンザ予防接種


 今日は 亡き父の誕生日。
朝 ひとり父のことを思い出して祈った。
でも母には 何も伝えていない。

昨日 罹り付け医にインフルエンザの予防接種の予約をした。
予約してから ケアマネの訪問予定日だったと思い出した。
ちょっとぎりぎりの予定になってしまったが何とかなるだろう。

朝 爽やかに目覚めた母。
ショート帰りから数日 明け方に泣いたり叫んだり…が続いたが落ち着いたようだ。
朝の介助を順繰りに済ませ 洗濯しながらケアマネの訪問を待った。
トタパタしているので 母はどうしても椅子に座って貰っているしかない。

ケアマネの訪問が終わって直ぐに家を出るので 母の荷物の準備を済ませる。トイレ誘導も。
その時にケアマネが見えた。
急いで用を済ませて母の居室に移動して ケアマネを出迎えた。
「先日はすみませんでした」と詫びられた。
急に訪問が入って キャンセルとなったことだ。
ポータブルトイレから前のめりに倒れてしまった当事者。起き上がらせることも出来ずに床にお布団を敷いて寝かせていた方への訪問が急遽あったそうだ。

お互い様だから仕方あるまい。

ケアプランの確認と今の様子等を話して終了。
それから 大急ぎでかかりつけの医師のところへ向った。
時間がないのでタクシーを呼んだ。

直ぐに配車されて…母を車に乗せていると…。
「これ重いから 手伝って貰わないと…」と運転手さん。
母がしっかり座ったのを確認して トランクに車椅子を入れるのを手伝った。
「あのね クレーンの付いている車使ってもらわないとね。こんなに重いとこっちの腰がやられてしまうよ」と運転手さん。

とても重たい気分になった。
介助を手伝って貰った訳ではない。
荷物を詰め込むのを手伝って貰ったのだ。
海外旅行する時等大きなトランクは ちゃんと詰め込んでくれるよね。

でもグッと我慢して何もなかったように母に話しかけた。
それ以上 運転手さんは何も言わなかった。
一応 運転手さんの名前はメモした。

「介護タクシーを使え」って事なんだよね。
十分判っているけれど…いろいろ都合もあるんだよね。

罹り付け医のところまで着いて 私としては最大の嫌味のアクション。
「ご面倒お掛けしました」とチップを渡した。
運転手さんは 黙って受け取った。
普通「ありがとう」とか「すみません」とか言うけれど 一言も発しなかった。

ちょこっと腹立ち紛れに八つ当たりしている自分の行為が情けなかった。

気を取り直して 車椅子を押して診療の受付をしてもらった。
結構混んでいた。
予防接種の人多かったので 混んでいる割に順番が来るのが早かった。

予防接種を済ませて定期健診もして頂き 薬を貰い買い物をして家に戻る。
急ぐ事もないので ゆっくりと車椅子を押して…。

今日は風もなく青空の広がるいい天気。
少し早いけれど 紅葉を見ながら お日様の光りを浴び 気分転換。
母も気持ち良さそう。
「外は気持ちいいねぇ」といったら頷いていた母。
お昼も過ぎていたので ちょこっと川べりのベンチで休息して 水分補給とパンを少し食べてもらった。
40分ほどで家に戻った。

それから 本格的に遅い昼食。
休息後 母の足のマッサージ。

夕食 ちょっと欲張って多めに食べさせてしまった。
今月の体重測定で 0.8キログラム減っていたのが気になったのだ。
コンマ以下の体重減なんて気に留めないようにしているのに 今月は なんだか気になってしまっていた。
食後 少しケフッとしている母をみて「あせっても得なし」と反省。

大きな流れに逆らう事はしないようにしているのだが…今マイナス思考の傾向なんだなぁ。

就寝はいつものとおり。
トイレ誘導もいつもとおり。
母は ゆったりと眠っている。

さぁてと。
そろそろ1時のトイレ誘導だわ♪



2010年11月05日(金) 引き出す役目?


朝 電話の受話器を置いた時「電話」と言った母。

デイに出かける時 迎えのバスに車椅子で乗り込むと「おかちゃん」と不安そうな表情となった母。
デイの職員が申し訳なさそうな顔をしていた。
勿論 私だって…。
「帰りをまっているからね」と送り出した。

デイから帰って 車椅子から降りて貰おうと介助する時母の腕を抱えた時「大丈夫」と言った母。

そして家に入って 椅子に座って貰って暫く経た時「さむい」と言う。

今日 母が話した言葉は 多く適切だった。
確か2日のデイでは 食後「ごちそうさま」と言ったと連絡帳に書いてあった。

とても不思議だ。
言葉が戻っていると核心はないが すくなくとも今日の母はすごい。

「やんだぁ」「いたい」「すんなぁ」と言う言葉は時折発していたが それ以外の言葉は 最近聞いた事がない。

夕食もちゃんと食べて 更に食べたそうだった。
そこで急いでりんごをレンジでチンして 食べてもらった。
このほうが 沢山食べられる。

「ごちそうさまね」と言ったら頷いていた。

意志はあるのに…言葉に出来ない母。
出来る限り 話して言葉を引き出せたら…と思う。

夜間も落ちついて寝ており 噎せもない。
トイレ誘導の折のぶら下がりが 少し増えたかなぁ。



2010年11月04日(木) 「寒くなった」といっていいのかな?


 虫の音もすっかり消えてしまった。

気温が下がるに従い 母の身体が硬くなってきているように感じる。
自分の事を考えても 冷えに対して防衛本能が働くのだから 母だったら当たり前だろう。

さしあたり 母には ボアシーツを出す事にしよう。

夜間はさておき 日中も長袖シャツに長下ズボンを着用を始めた。
まだ セーターの着用はしていない。
長袖のブラウスか長袖Tシャツにベスト着用。
朝 デイに行く時にはコートを羽織って…。

母にとって 介助する手に冷たさを感じる季節にもなった。
デイに出かける時コートを羽織らせた時に母の手に触れた。
「つみだい」(つめたい)と一言発して 手を引っ込めた。
顔を拭く時に触れた手に 顔を引っ込める。
「ごめん。冷たかったね」というと深く頷いていた。

常温のタオルで顔を拭いていたのがついこの間だったような気がする。
もうタオルをレンジでチンして顔拭きが当たり前になってしまった。

北風も吹くようになるので 買い物ついでにユニクロに出かけてタートルネックを新調した。
少し首の辺りが延びているのもあるので新旧入れ替えである。

そして夕食は 今年初のお鍋。
さて今年は何回登場するだろうなぁ。


2010年11月03日(水) 来客効果?


朝から多弁な今日の母。
リズムとイントネーションから何かを話しているのは間違いないのだ。
そこに 関連のない単語がはっきり聞き取れる。
だから耳に入った単語を母に向って話すと母は「通じている」と思ったかのようにハッと視線を合わせて頷く。
今日は こんな会話が多かった。
「会話じゃないよ」と言われれば 「確かに…」なんだけれど。

朝食後 洗濯機を廻しながらシャカシャカと片付け。
午後来客の予定が入っているのだ。
少し前から判っていたのだが 片付ける気力が湧かず まあるくまあるく掃除機をかけるのみだった。

片付ければ角が現れてそこには埃が…はお決まり。
掃除機をかけて 雑巾で拭いて…パタパタと作業した。
ここまで腰が上がらなくなったという事は 大掃除なんて気の遠くなる話だと思った。

外を見ればくっきりとした青空だ。
あぁ こんな日はお散歩できるのになぁと思う。
「本当か?」「来客お断りの逃げ口上では…?」と言う声が自分の後ろから聴こえそうだ。

昼食前には何とか片付けて 昼食介助。

おやつのセットをして来客を待った。
予定の時間を少し過ぎて来客が見えた。

それから2時間ほど男性5人のチームとおしゃべり。
「94歳よりずっとお若く感じますね」「とてもよい表情をなさっていますね」
「足取りもしっかりしていますね」「認知症とは思えない表情です」と。
どうやら施設に入所中の人も見ていらしたようだ。
「いえいえ いつもこうではありませんから。今が程よい時間なのでしょう」
と説明した。
母は話しかけてくる人をじっと見つめて その後私へと視線を移す。
「いやぁ 見つめられると…」
「そうでしょ。見透かされる感じがしますでしょ。この目に出会うとね 出鱈目は出来ません」
「そうですね。そういう視線ですね」

嬉しかったのは「お母さんお幸せですね」という言葉がなかった事かな。
2時間近い時が過ぎて皆さんが帰られて…。

それからの母 ちょっと疲れた表情。
やはり見知らぬ人に囲まれて 明らかに自分の事を話していると感じていたのだろう。

でも しばらくすると何だかゆったりと甘えてくる。
甘えてくるというよりも「ここにいていいんだ」「邪魔じゃないんだ」といった風なのである。

そういえば 施設から戻った頃は よく「ここがおうち」「いろんな事いっぱい教えてくれてありがとうね」「〇ちゃんがお母さんで良かった」とよく話しかけていたが 最近言ってなかったなぁ。

「ご飯食べよう。お腹が空いたでしょ」というとしっかり頷いて夕食となった。
しっかり食べて 終える頃には和やかな笑顔を見せてくれた。

食後休息をとって母の部屋に移動。
気温が下がってくると母の足も冷たくなってくる。
洗濯物をたたみながら 椅子に座っている母の足を私の膝の上に乗せるようにしている。
膝の上の足は しばらくすると温んでくる。

そうやって足を暖めてベッド移乗。
1月に我が家に戻ってコタツを使うことなく冬を過した。
さて今年の冬は…。


2010年11月02日(火) ショート疲れ?


 デイで眠って居る事が多かったと報告があった。
帰宅時も眠っているかのように見えた。
とんとんと肩を叩いてもびくともしない。
「ショートステイで疲れたのかもしれませんね」と職員は言った。

この言葉が合点が行かない。
緊張が多かったから疲れたという事か?

 暫くは反応なしだった。
座位は保っており 目をつぶっているのだ。
昨年と同じような状態のように見える。

夕食前に 居室を移動して歩いて貰ったり ギュッとだきしめて見たり 水分補給してみたり…と様子をみた。
が反応は薄い。
食事の時間をずらすようかしら…と思い始めていた。
其の前に眠って貰ったほうが良いのかなとも思った。
でも 眠くて目をつぶっているのではないという感じが強かった。

手を取って擦りながら いっぱい話しかける。
「目を開いてみない」と言った時そうっと目を開けてくれた。
「ね おうちよ。判る?目を開けてくれてくれて嬉しい」と話しかけた。
それからは 目を瞑る事はなかった。
「ご飯食べようね」といって急いで食事の支度。

温かな食事を運ぶとちゃんと食べ始めた。
噎せることもなく 順調に食事を食べ終えた。
食べ終わる事には すっかり笑顔になって「あはは うふふ」と笑い声も出た。

食後も笑い続けた。
眠そうと言う感じは全くなかった。
日中傾眠したから目覚めたのか?
でも どうしても眠かったようには見えなかった。

8時30分頃 大きなあくびをしたので ベッドに移動してもらって就寝。
そう 大きなあくびが眠いサインなんだよね。

今日は 介護者の会だった。
デイや施設等介護サービスの利用が出来ている人 まだ未利用の人と様々である。利用料がネックとなって悩む人もいる。
厳しい世の中だ。

つい今しがたのトイレ誘導で マグラックスや食べ物が効を奏して「大」排出できた。効きすぎの感がする。
ショートで4日間「大」がなく昨日は排出できたのだが…。
先日の嘔吐でまだ胃腸系の薬を服用しているので 安全のためマグラックスを使ったのだ。
しかしなぁ ショートステイでマグラックスを2日連続で服用してもお通じなしなんだよね。
家では 食べ物で追加も出来るから 個別対応の結果か。




2010年11月01日(月) ショート帰り


朝 夫を送って直ぐに 昨日運び忘れた物を移動するため元利用者さん宅へ。
みんな忙しいので一人でエッサカホイサカ 集会所まで運んだ。

家に戻って今日締めの書類を届けに役所へ とっとことっとこ。
午前中のうちに 予定を片付けて肩の荷を下ろした。

家に戻って 洗濯物を干して 掃除機をかけて…。
どっかりと疲れた。
母が戻るまで ちょこっと休息。

気を取り直して夕食の支度を始め その後母を迎えに行く。

ボディチェックで 気になったところの報告を受けた。
こういう事で何かトラブルになったことがあるのだろうか?というほど毎回報告を受ける。
今日は 此方が把握してない所があったので ちょっと心配になった。
家に戻って点検してみて「なあんだ」と。
これももう ずっと以前からあるのだ。
「1年近く利用しているのに 今まで気が付かなかったのか?」と思った。

ショート帰りの母はぼんやりとしていた。
以前ほど投げやりの表情ではないが とにかくぼんやり。
でも夕食の終わった頃から ようやく気が付いたようにニコニコ そして声を立てて笑いはじめたのでホッとした。

最近のトイレサイン。
テーブルを叩く音がやさしくなって来ている。
どうしてだろう?
排泄近くなるとちゃんと感じているのは変わりない。

就寝してから2度トイレ誘導も済んだ。
夜間に起こして眠りを中断させているのでは…と気になるけれど でも就寝中だってトイレサインは出ている。
誘導すれば ちゃんと排出する。
結局 サインを出して眠れないなら連れて行った方が母にはいいんだろうと思っている。


はな |MAILHomePage

My追加