2003年08月31日(日) : まったりモード

いつもそうじゃねえか! と言われそうですが。
まったりモード、当社比で187%アップです(増えすぎ)。
まー暫くは絵描きして、書けそうなら小説書いて、と無理はしないの無為自然。
何てったって、『Shadow Saga』は早くChapter-5「浄夜」を書きたく、『華京騒動録』は、四話「大鬧英宣節」を書きたいのです。
それがままならないので、ともかく、萌え男祭り、別名、親ばか祭りです(笑)。
情熱が一定水準を越えると、祭りが発生するのです。
ラインナップはエコヒイキの面々ですが、厳密には男というにはちょっと複雑なメンバーも含んでたりしますが余談。

そんなこんなで、8月が終わります。
やっぱり、暑かろーと寒かろーと、8月は苦手な月の様子です。他人事かいな。




2003年08月29日(金) : 欲望のままに

……女体を描いてました(語弊ありまくりな表現)。
いやー楽しい楽しい。美男も美女も大好き。
しかし、楽しいのはいいんだが、ペン入れをすることを思うと、少し気が遠くなったりしてみてます。どれが主線じゃー。
そして、男の体が必要以上にごつくなり、「均整、均整……」と、内心で呟きながら身幅を削ってみたりしてます。

それにしても、鉛筆も消しゴムも、私は大量に消費する人間なので、もうストックがありません。ちびた鉛筆で描き、ちびた消しゴムを使いながらうっかり紙を爪でこすったりして、そこはかとなくわびしさを感じたりしております。
私は所詮キャラ絵の漫画絵描きですので、キャラクターをどん、としっかりペン入れしてないと色塗りが出来ないのです。
私の下書きの酷い有様は、以前にもラフ画をお見せしたとおりです。

え? 小説の続き?
筆が乗ればね……。
ええ加減、七割ほどは書いた、『Shadow Saga』Chapter-2の七話をちゃんと書かなくては、とは思うんですけどー。



2003年08月28日(木) : 決意する

書けないときに無理矢理文章をひねり出すのは、いたく苦しいので、今日の游敬を皮切りに、自分のエコヒイキたちを描いていくことを決意。だって、游敬、塗ってて楽しかったんだもーん(←不気味な……)。
うーん、久しぶりにソルツェルが描きたくなってきたので、次はソルツェルにしよう。
さほど長髪美形が好き! と拘っているわけではないのですが、昨日あげた7人のうち、3人が長髪でした。シリュイア、リョウラ、游敬。游敬は長髪で当たり前なんですが、まあ、結い上げてるか垂らしてるか、でイメージ違いますし。
しかし、長髪って、どうして描いているうちに髪が伸びていくのかしら……。不思議です。

そういや、次のトップ絵、どうしよう……。
孝姫さんにしようか。女性トップ絵が続くけど、中の更新は男ばっかりだし。



2003年08月27日(水) : エコヒイキ

私は、自キャラ、相当エコヒイキします。
どーでもいい感じ(ひでえ)の奴と、エコヒイキとの体感温度差はそりゃあもう凄いッス。砂漠の昼と夜よりも激しいです。
勿論(?)、どんなものを書いても、一人か二人は、好みのタイプのキャラを配置しております。それがないと、書けないんじゃ〜。本当は、あんまり自分の好みを反映炸裂させない方がいいことは知ってますが、所詮キャラ萌えなのね〜。
では、荒野的エコヒイキ列挙!
(サイトに上がってないもの含みます)

『フィルキス英雄志』
○シリュイア・クローディス
22歳。綺麗系美形。竜騎士。人間ではなく竜神族という種族で、背中には白銀の翼が隠されている。怒ると目が黄金色になる。大胆不敵な男性的な性格と、包容力のある女性的な性格が混在しているのは、両性体なため。現在は男性体。天地を滅ぼすほどの潜在能力を持つ。

○ソルツェル・クリストフ・ソウクトルス
28歳。男前系美形。騎士。ガルア帝国ハイル州太守。長身、無口、無表情。冷酷非情、といわれるほど有能極まりない政治家・軍略家であると共に、「剣神」と畏怖されるフィルキス最強の騎士。出生の秘密あり。目の色は蒼。神剣“裁きの剣(ジャッジメント)”所有。戦場においては、常に黒衣を纏う「黒衣将軍」。


『フィルキス英雄志III』
○ジェスト・ウィーナー・コールドウェル
25歳。男前系美形。騎士。ゾルマク王国王大子→庶民→ゾルマク国王。戦争においてはめっぽう強く、「軍覇王」と称される。ソルツェル以前、「剣神」といえば、このジェストのことだった。目の色は茶色。激情家であると同時に冷徹。宝剣“正義(ジャスティス)”所有。

○リョウラ・シヴォン・ティルシメル
23歳。中性的美形。魔導士。元はカムシア王国宰相家に生まれるが、留学中にゾルマク王国とシェルーク王国の連合軍に祖国を滅ぼされ、以降、復讐のために生きる。リレウスをガルア帝国建国に導いた、「最高の軍師」の代名詞。諸国を放浪中、庶民時代のジェストと出会っている。目の色は若草色。


『Shadow Saga』
○レオンハルト・ベルンシュタイン
23歳。綺麗系美形。魔法戦士。異能者として生まれ、魔剣“暗闇の剣(ダークブリンガー)”と、ありとあらゆる魔法を使いこなす。英雄詩に“静かなる魔法戦士”と謳われる救国の英雄の一人だが、同時に帝国軍の“闇将軍(ダークジェネラル)”として幾多の人々の命を奪った過去に苦しむ。生真面目な苦労性。

○カイン・H・ハーバート・アーヴィノーグ
21歳。綺麗形美形。竜騎士。記憶喪失で森に倒れていたところをレオンハルトに助けられ、以降、行動を共にする。卓絶した剣術と槍術の腕の持ち主。豪胆だが、意外なほどの脆さが同居する性格。失われた過去の罪の記憶は、夢の形で昏く囁き続け、彼を苦しめる。神槍“魔封じの槍(エビルスレイヤー)”所有。


『華京騒動録』
○宋游敬
27歳。男前系美形。諱は恭羲(きょうぎ)。武科挙出身の武人。父は宰相、共国公・宋発。本来は八十万禁軍の所属だが、現在、項貴涼の護衛を務める。粋で軽妙洒脱。腕は確かではあるが、それ以上に言動に癖があり、周囲の評価は「部下にしても上司にしても扱い辛い男」で一致している。得意武器は三尖両刃刀。


こんな感じです。祥竜は割と微妙な立場です(苦笑)。
ちなみに全員共通は「黒髪」。游敬は当たり前なんですけど。いやあ、本当に自分、黒髪好きね!
ちなみに『フィルキス英雄志』の主人公はリュオルト・リイ・ヴィルモス、『フィルキス英雄志III』の主人公は、リレウス・キエフ・ヴィルモスです。
そして、リョウラを除く全員が、身長180センチ台だったりします。年齢20代だし(物語終了時に30歳になってるのもいるけど)。
凄く分かりやすいエコヒイキですね! 凄いや!!



2003年08月26日(火) : 次回の

話をすると、鬼が笑います(私の場合)。
ともかく、游敬の下書き上がったので、ペン入れして、色塗って、游敬を上げます。
そんで、トップ絵も替えようと思うんですけど、秀昂にするか、孝姫さんにするか、ちょっと迷ってます。
今のトップが暁華さんだから、次は男で、秀昂にするべきか。ううむしかし地味なトップですね、秀昂。苦笑

それにしてもなー。
ネット始めた頃は、そんなに他人様の掲示板にお邪魔して、書き込むの、そんなに苦手じゃなかったと思うんですよ。
それが、最近はどーも苦手。
書いたはいいけど、書き込んでから、「しまった! 言葉足らずで、何かすっげー失礼!」とか、そんなんばっかり……。
怖いもの知らずだったから、いろいろ書けたのかなあ。
反省だったら犬でも出来るのよ……。

それはそれとして、『華京』の感想ボタン、押してくださった方々、どうもありがとうございます。愛してます!(引かれるがな)



2003年08月24日(日) : 道士

請神!
神様が降りてきません!!

(気持ちは)うんうん唸りながら、『華京』二話の三、更新。
とりあえず、レギュラーメンバー勢ぞろい、って感じですか。陛下や秋蘭は、ちょっとレギュラーっていうのはね……。苦笑
まあ、そんなこんなで(?)、劉待崇。道号があることなど、ナチュラルに忘れそうですが。大体、「待崇」は辞書登録してるけど、「翠海」は辞書登録してない辺り。

……で。
お願いですから、ツッコミはなしの方向で。
激しく付け焼刃なので。道教関係は。
「収驚」というのは、本当にある法事なんですが、この時代、15歳の明鳳は、驚いて魂が飛び出してしまうほどの子供なんだろうか……。
一応、待崇が使った呪文は、浙江省の収驚の呪文なんで、でたらめではないです。
ただ、どーにもこーにも、宋代の道士、というと『水滸伝』の公孫勝やらを思い出してしまうんです。ダイナミックすぎる。
ファンタジー的に「変人魔法使い」系のキャラだと思っていただければいいんですけど、待崇に関しては。
実際の道士がどうだったか、というと、もう逃げの一手です。
しかし、中国という国、「君子は怪力乱神を語らず」と言いつつ、ナチュラルに正史に怪異現象が載ってたりするので、生暖かい目で、大目に見てくだされ。
あ、勿論、徳真派、なんて宗派はございません。でっち上げです。

おっと忘れてた。
ユニコードタグが見えない方へ。
丸椅子の「とん」とゆー字は、「土敦」と書きます。



2003年08月23日(土) : いい男を書きたい……

書きたいんですよ、「いい男」が!
祥竜は、もうちょっと年齢がいくと、ふてぶてしい「いい男」になるかもしれませんが、今はまだです。
レオンハルトは如何せん、本人はあまりにも生真面目。カインにはその要素はあるんですけどねえ。人を食ったようなところ。しかし、カインには今はまだ気持ち的に余裕がありません。

そう、私の思う「いい男」は、何処かふてぶてしいのです。それも変に気張った感じじゃなくて、「粋」な感じで。もう自然にふてぶてしいというか。カッコつけてるんじゃなくて、もうほんとにそれが地で、さらっと「不敵」という。それが許されるから、いい男なんじゃないですかー。
ちなみに、『華京』で一番のいい男、は宋游敬のつもりです。自分としては。
本当は、「愛してる」と言い放てる男だとモアベターだったんですけど。相手がいねえのよ(苦笑)。孝姫さん辺りが候補なんですが。どっちも仕事第一だから、さてどうだか。
愛の男、といったらぱぱなんですが、あの人はいい男、というにはとぼけすぎてる(笑)。
全然関係ないですが、「游敬」は字です。名はまた別にあります。士大夫層に属する人間ですから、游敬は。文葉喬の「葉喬」も字です。やっぱり士大夫階級なんで、出身が。しかし、葉喬も滑る系キャラなので、「いい男」ではないんですねー。
それにしても、「いい男」と「いい人」。漢字にすりゃたった一文字なのに、意味は全然違いますね。
いい男代表が游敬だとすると、いい人代表はやっぱり秀昂だ。笑

だが、いくらいい男が書きたいといっても、今の状態で別の話を書くのは、とっても自爆行為。
描いて我慢すっかー。ひとまず、游敬の平服+朴刀バージョン。三尖刀バージョンは鎧着用です。あーそういや、鎧も描いてないなあ、最近。
祥竜も、ちゃんと男として名誉挽回させてやりたいところですね、絵的に(笑)。



2003年08月22日(金) : キャラクター覚書・その一

ぐはあ(吐血)。
『華京』二話の三、後もうちょっと、な感じではあるんですが、そのまとまりが、流れがー。
大まかな流れが決まっているとはいえ、所詮大まかなのねー。
定期的に更新しているサイトさんは、もうそれだけで凄いと思います……。
一歩進んで三歩下がってりゃあ、進まない罠……。三舎を避けないで……。

お茶濁しに、『華京』キャラクター覚書、第一弾。小説内に混ぜておいた個人情報(笑)が、どれだけ読者様の意識に残っているかどうか。

項祥竜
・背が小さい(いきなり身も蓋もない)。
・口悪し。
・腕は立つ。
・大食らいの大酒飲み。酒と料理に関しては異常に耳が早い。
・景の西京から出てきた。
・実はこの名前は本名でないらしい。
・父は項貴涼、母は徐麗佳。
・役所勤めの兄がいるらしい。
・顔はモロに母親似。
・背にいつも負っている剣は、相当の名剣。
・恋愛ごとに関しては超絶的に鈍い。
・母親は病死ではなく、殺されたそうだ。
・意外に人が好い。
・密かに美女の護衛がついている。

こんなところでしょうか。「らしい」とか「そうだ」とかなっているところは、第四話「大鬧英宣節」で全部明らかになりますが、何時そこに辿り着けるのだろう〜。



2003年08月21日(木) : 何だかさあ

漫画の場合なら、大勢が同時に出てきて喋ってても、「吹きだし」という便利なものがあるので、大体、誰がどの台詞を言ってるか、区別がつくわけですよ。
これが小説になると、大勢が出てくると、今のは誰の台詞、と説明しなきゃなんないですよね。一対一なら、大抵交互に発言するので、ある程度は省略できますが、三人以上になると。
作者だったら、キャラを把握していて「こいつはこういう口調で喋る」と分かるから、いいですけど。
が、読者となるとそうはいかない。
それで、誰がどう喋った、と記述を挟まざるをえないわけですが、それで文章が非常に単純化される危険性爆発。
また、特に無口設定とかがない限り、複数を適当に発言させなければ、「え? こいつ、この場に居たの?」なんて、読者に印象がつかない。

えー。現在、四人の会話シーンを書いてる最中です。
祥竜、秀昂、明鳳、待崇。
待崇が喋りまくってる、というのが正しいのですが。うっかり、秀昂が発言できる隙がなかったりして……。
『華京』の登場人物たちは、とにかく喋りたがりが多くて困ります。
一番、口数が少ないのは、多分、孝姫さんです。クール系美女。

ちなみに、二話ではぱぱは、地元でお仕事中です。なわけで、游敬も出てきません。いや、ぱぱと待崇をいっぺんに出すなんて、自殺行為です。変人大集合。



2003年08月18日(月) : 傾向と対策

しかし、「創作に関する」日記とかテーマを決めてしまったもんですから、……早い話がネタ切れになりそう。日常の日記だったら、アレ萌えコレ萌え〜とか、アレ嫌コレ嫌〜とかほざいてたらすむんですけど(実際そうだ)。

まあそれはそれで置いておいて。
対策なんて寝言も飛ばしておいて(……)。
隣の家の芝生は青い、と申しまして。ないものねだりは世の常ですが。
主人公の性格設定がまずよくないのか、私はいわゆる「優しい」話を書くのが苦手です。そのくせ、嫌悪を催すような悪人は書けないんですが。
それはそれとして、だもんで、優しいお話を書くことが出来る方に、なんだか妙な憧れがあるとゆーか。
まあ、人間には向き不向きがあるわけなんですけど。
後、生まれ持った性格とか。深刻に考えすぎるとか、どーもネガティブ思考があるとゆーか(自分がです)。
基本的にチキンちゃんなのです(誰ですかそこで笑ってるの)。いや、こうして本題から離れていくんですね。軌道修正。

まあせめて、「読んでて気持ち悪くならない」話を書きたいな、と思います。
このキモチワルイ、という感覚もクセモノだと思いますが。それは人それぞれの感性ですからね。
読んで損した! くそー! と思われなければ。
読んでよかった! と思ってもらえれば。
そんなこんなで『Shadow Saga』は暗く、『華京騒動録』は騒々しく、やっていきたいと思います。今更、所信表明……?



2003年08月16日(土) : 去年も

夏に力尽きてましたなあ。
今年はそんなに暑くないのに(むしろ寒い)、見事に力尽きてますなあ。
他人事かよコラ。
去年は早春〜春、今年は初夏頃が元気でしたか。
このままずれていくと、来年は夏〜晩夏辺りが元気?
そんな自己分析はいりませぬ。ていうか幾らなんでもまだ来年の話すんな。

気分転換(?)に、と、井上祐美子氏の『紅顔』を読んでいたら、微妙に『華京』シフトにチェンジ。時代、全然違うんですけど……。
今、半分くらい? 待崇出てきました。
個人的に、『華京』第一の山は、四話です。これで、主要登場人物が出揃います。秋蘭と陛下が。メインキャラ入りはないんですが、こっそり祥竜のお兄さんも出たりしますが。
いやあ、でも書きたい場面に辿り着くには、それまでの話をちゃんと消化しないといけないんだよ、とー。



2003年08月14日(木) : 自分がアホすぎる、と思う瞬間

……いや、しょっちゅうあるんですけど。
創作に関してだけ言うなら、お前は手の内を語りすぎだ。
とにかく、あーだこーだ喋りすぎだっつの! 先の先まで!!
分かってて止められないのが、更にアホです。アホウ増量出血大サービス、年中大セール中!
……ウサギは寂しいと死んじゃうんだよ。
荒野は萌えがないと何も出来ないんだよ(腐敗臭)。
頭ん中発酵しすぎだろう。
いちいち、思い立ったら語らずにいられない、この喋りたがりには、自主規制という言葉は遠く。そもそも、○○が××で、△△が□□だとか、ぜってー分かるってー!

いやあ、小説書く人っつーのは、大概、多かれ少なかれ「語りたがり」だとは思うんですよ。
にしたって、度があるだろうって……。
本来は、作品の外であんまり言い過ぎるのは、フェアじゃないんだよ! いくらプロじゃないからって!

ということで、誰か構ってやってください(最悪だー!)。
とりあえず、のらりくらりと書いてます。しかし、『Shadow Saga』を途中まで書いて、『華京騒動録』をやっぱり書いて、いや、やっぱり『Shadow Saga』……と、相変わらず予断を許しません次回更新。
次回っていつ。



2003年08月12日(火) : ハッピーエンド

とある掲示板でも話題になっていたが、はて、ハッピーエンドって何でしょう。
例えば、とある困難を抱えた主人公がいたとする。で、最後にその困難を克服するんだけれど、その克服と引き換えに、最も愛する人を失ったとする。
これ、ハッピーエンド? アンハッピーエンド?
主人公が目的を達したのは、ハッピーエンドと言えるかもしれないけれど、その代わりに愛する人を失ったというのは、ハッピーとはいえない。
ちなみに、これ、自分の話の例です。主人公じゃないキャラですが。失った故国と家族のために復讐を誓うんだけど、その仇である男を愛してしまう女。自分では悲劇だなーと思います。

昔から、日本人は悲劇を好む、と言われます。
江戸時代の浄瑠璃なんかでも、心中物が流行ったり。近松門左衛門の『曽根崎心中』とか。古くは『平家物語』とか。
それが、オンライン小説では、悲劇というか、ハッピーエンドに終わらないものはあんまり好まれないらしい。ことに、恋愛物に関しては。
個人的には、手放しのハッピーエンドを書く、というのが苦手なのかもしれません。
剣と魔法のファンタジーを書いたとしても、「英雄勇者を必要とする時代が、幸せな時代であったためしがあったろうか」なんて書く人間ですから。

書き手がハッピーエンドだ、と思っても、読んだ方がそうとは受け取らないこともあるでしょう。
とある(悪役でない)キャラの死で、物語が大団円で結ばれた場合。書き手はそのエンディングが最良だと思って、キャラに死を迎えさせたとしても、その「死」によって、物語の終わりが不幸だと感じる人もいるかもしれない。
何だか例が漫画ばっかりで恐縮ですが、『BANANA FISH』、あのラスト、ご存知の方はどう思います? ハッピーエンドとは言い難いかもしれませんが、でも、私はアンハッピーエンドだとは思えません。少なくとも、アッシュは幸せだったのだろうから。
実際、ハッピーエンド、アンハッピーエンド、とはっきり白黒つけられるラストって、意外と少ないと思うんですよ。
読後に、嫌〜な感じを残すものでなければ(狙ったものはともかく)、結構ハッピーエンドに感じられるかも。それまでの展開に無理がなく、説得力があれば。
ちなみに私は悲劇好きです。



2003年08月11日(月) : 中国帝王紀

中国の皇帝を主人公にして、物語を書いてみたいなーと思うのは、後漢・光武帝劉秀と、唐・太宗李世民。
(しかし、光武帝って一発で変換できたよ!)
光武帝は、光武二十八将。唐太宗にも、李靖、秦叔宝、尉遅敬徳、李勣、などの数々の名将が配下に居て、群雄像としても魅力的なわけです。
また、光武帝は、楽浪郡を設置して、あの「漢委那国王」の金印を日本にもたらした皇帝です。ただ、いまいち日本で有名でないのは、効果的な宣伝文書、すなわち『項羽と劉邦』や『三国志』みたいな小説が書かれてないせいでしょうが。塚本愡忙瓩『後漢光武帝』を、つい最近に出版したけど、読んでないんで大きいことは言えませんが。
後漢を再興した、というだけでなく、光武帝は「隴を得てまた蜀を望む」や「柔よく剛を制す」、「矍鑠」という言葉を残した人でもあります。功臣を粛清しなかった、という点も含み、もっと評価されてしかるべき皇帝でないか、と思います。苦労して皇帝になった人であるし、陰麗華とのロマンスもあるし(笑)。

で、唐宗李世民は、『隋唐演義』が訳されたり、『西遊記』にも登場してたりで、そこそこ知名度はあると思いますが。「貞観の治」も。
ただ、自分で書くなら、きっと玄武門の変で止めちゃうだろうなあ、とか。
そしたら、魏徴の「人生意気に感ず」の出る幕がないんですけど。出る幕がないと言えば、薛仁貴もですが。
やっぱり、年取ると、名君もある程度、衰えちゃうしねー。

どっちにしても、「王朝建国記」を書きたいんだと思います、私。

宋・太祖趙匡胤に関しては、『華京』で耿允尋として触れてるしなー。
光武帝も、唐太宗も、こっちのフィールドに持って来てもいいんですが、それはそれで、昇華させるのが大変そうだ(おい……)。

フィールド移動なしで考えてるのは、春秋戦国時代の楚について、小説の形にできねーかなー、と実は論文書いてるときから思ってたりもしますが。
楚という国は、『史記』の蛮夷、という記述のせいで、かなり割を食ってるんですよね、知名度的に。
古代中国において、所謂中原の黄河流域と、長江流域では、発祥文明が違うので、考え方なんかも、当然違うわけですよ。
楚擁護と共に、論文のために集めた資料を何とか生かせないか、と邪悪なことを目論んでいるわけですが。ああそうそう、擁護といえば、伍子胥に鞭打たれた平王。伍子胥という人は人気があるので、平王は馬鹿殿扱いされがちですが、楚史的には、平王は評価が高い王である、ということを書ければな、と。

……無闇に裾野を広げる真似はしませんが、現在。
単なる野望です。聞き流してくだされ……。



2003年08月10日(日) : 完結

多分、小説を書き始める人の最終目標は、「完結させること」ではないでしょうか。
口で言うのは簡単。
で、長編ともなると、完結させるというのは、これがプロでもなかなか難しいこと。しかし、これがプロともなると、完結されずに終わったものは、「未完の名作」といわれたりするのですが。個人的に未完の名作、と言われてぱっと思い浮かんだのは、吉川英治『新・水滸伝』……永遠の未完……。
個人的には、「次、次!」と、やきもきしながら連載を追うのが好きなんですが。
書き手としちゃあ、書いてるときは苦しいけどやっぱり楽しいし、終わるってのはちょっと寂しいと思うし……。
だからって、本当に来年『アルスラーン戦記』出るんでしょうね……? 

が、ウェブ小説というのは、基本的に趣味の世界。
これを書かなくちゃ飯が食えない、というのはなく、しんどいからお休み〜とか、実生活のが忙しいから強制終了、とか簡単にありえる世界であります。ほぼ一年さぼってたあんたが言うと、ろくでもなく説得力あるわね、ほほほ、ほほ、と。

だもんで、「完結させた小説がないと、敬遠される」傾向があるウェブ小説世界。
……心が痛いです。
趣味でやってんだからいいじゃん、というのもあり。楽しみにしてるんだから、ちゃんと書いて欲しい、というのもあり。
ここで、楽しみにされてんなら、いっちょ気合入れっかーとも思うのも人情。
しかし、生身の人間であるからして、好不調の波があるのはどうしても。
うーん今書けないんですよだらだら(←だらけてる)。
実際、私はラストの「ビジョン」があって、今の話、両方とも書いてるわけなんですが。言い訳させていただくと、ええ。
だから、堂々と『Shadow Saga』五年後のレオンハルト、みたいな話をする。よく考えりゃ、これでラストの一端、「レオンハルトは生存」ってバレてんじゃん! みたいなー。え? カインですか? それは秘密だから秘密です(得意技)。ていうか当たり前か。
意外に思われるかもしれませんが、『華京騒動録』も、ちゃんとラストは決まってるんです。キャラの行く先が。

完結させる、ということは結構……いやかなり相当、作者にエネルギーを要求することです。読まれる方はどうでしょう?
終わってる、と思うと、やっぱり安心して読めますかね?
それはそれで、終わってる、だけじゃなくて、その完結のさせ方の云々もありそうですが……。
完結作品の名作、といわれて思い浮かぶのが、漫画ですみません。永井豪『デビルマン』です。この作品については、もう今更何をかいわんをや、なのですが。あの圧倒的な物語を、20代の青年が30年前に描き上げていること。これが凄いです。もう、もう……! ヒロインを屠り、人類は絶滅し、そして美しくも残酷な静けさの中での、主人公の死という終焉……。
コレは読む方もエネルギー要ります。私、未だに美樹ちゃんが殺されるくだり、正視できません……。
ある意味、これぐらいの「ショック」を与えられたら、書き手としても本望だろうなーとは思いますが(しかし、豪ちゃん本人も、「え、俺、こんなこと描いたの!?」みたいなトランス状態で描いてたそーなのでなあ……)。

基本的に、その人の作風、というのがあると思うんですが。
私は「狭く深く」の人間なので、しつこくネチネチ書いてると思います。
まあ、時々でいいので、思い出して下されば(FFXのユウナのラストの台詞のようだよ)。
少なくとも、終わらせる、という意志、ちゃんとありますから。



2003年08月09日(土) : 感想

えーと、まずは、『Shadow Saga』『華京騒動録』ともに、簡易フォームご利用くださった方、ありがとうございます。
どっちも匿名(可)のフォームなので、まとめてここでお礼を申し上げます。

感想。
まあ、本音をずばり言ってしまうと、くれくれ星人になってしまうわけですが。(正直者が!)
しかし、我が身を振り返ってみて、要求ばっかり出来る立場かオラー! ということです。読み逃げ、多いじゃん自分。

モノカキならレスポンスは欲しいと思うでしょう。自分の書いたものに対して。
が、一方的に寄越せといえるほど、自分はいい小説を書いているのかね?

そういや、全然関係ないんですが、前にチャットで男性の方なんですけど、「登場人物の男二人の友情を、そっち方向に持っていこうとする読み手に困る」と言っておられる方が居て、「オンライン小説も、そういう腐女子的読み方されるのかー……。ヤオイ女魂、恐るべし!」と、なにやら妙な感動(?)を覚えました。

読み手が何をどう受け取るのか、それは自由だと思うんですけど。そういうことを作者さんに言うっつーのは、アレですよ。マナー違反。こっそり萌えるものです。公にしてはいかんよ。

閑話休題。
何の話だ。
えーと。
感想という反応をいただけるだけで、有難いですよ。それだけの「何か」を読み手の心に落とせた、ということですから。
前にも書いたけど、「書くために書いてる」んだから、人の目ばかり気にしてもしょーがないでしょ、と。お金貰ってるわけじゃないし(そればっかりが動機というのも心が貧しいが)。勿論、人の目に触れるところに晒しているのだから、人の目をまったく意識しない、というのも不可能ですけど。大体、それじゃあ上達が見込めないしね。

読み専ならともかく、書き手でもあると、色々余計なことを考えてしまうのですが。



2003年08月08日(金) : 身長

元々、絵描きだったせいか(今も中途半端に描いてますが)、どうしてもキャラクターの身長を(ある程度)設定しないと気がすみません。
絵的に。後、単なる設定ヲタク。

『Shadow Saga』の場合、ぶっちゃけた話、レオンハルトとカインの身長。
レオンハルトの方が、カインより3センチ高いわけですが。
実は、この身長認識、昔は逆だったのです。カインの方が高いイメージでした。
それが何で逆転したかというと、……まあ、話を書き始めたからですよ。
どういうことかっつーと、冒頭でレオンハルトがカインを助けるシーンがありますが。そこで、レオンハルトの方が、カインより背が低かったらカッコつかんやんけ! とゆー、実にしょーもない理由で、レオンハルトの方が背が高くなったのです。
それ以前は、二人はそれぞれ独立した、別の話の登場人物だったんです(要するに、『Shadow Saga』以前のお話で)。たまに自分で二人一緒に描く、ということはあったんですが、明確に二人のスタンスが決まったのは、やはり小説という形になってからです。
お話が設定に影響を与える、ということは、私の場合、ままあるのです。

『華京』の場合、登場人物で一番背が高いのは、多分、宋游敬です。武人ですし。ていうか、私は、「いい男」は高身長じゃないといかん! という変な思い込みがあるので……(苦笑)。なわけで、游敬は大体6尺(約187センチ)です。宋尺で。
だって、三尖両刃刀振り回すのに、背が高くないとやっぱりカッコがつかないしー(ビジュアル重視!)。
宋代の人間の平均身長がいくつくらいかは知りませんが。
どーでもいいけど、『三国志演義』の関羽の身長はでかすぎる。あの後漢時代当時、本当に2メートルを越すよーな身長の人間がいたとは思えんぞー。あ、正史には記述ないですよ身長。そういや、時代は遡るけど、始皇帝の兵馬俑から、当時の人間の平均身長を計算云々、ってどっかで見たような。余談(長い)。
次が文葉喬かな。で、コイツがちみっこい祥竜に勝てないから、余計に可笑しいんですよね(笑)。
で、ぱぱも結構背が高いんです。息子はちみ(以下略)。
何で祥竜はちみっこいかというと、「たまには主人公がちみっこくてもいいだろー」的、安易な考えからです……。後、何となく小さいけどパワフル、みたいなキャラにしたかった……んじゃないかと思います(ウロ)。



2003年08月07日(木) : 煮詰まってます……

某所でじゃんじゃん落書きしてるのは、煮詰まってる証拠です。
単に夏ばてですか。
『華京』二話の三、なかなか進みません。
去年の二の舞の危機!
暑いだるい暑いだるい(以下略)で、伸びております。
むしろ、絵の構図の方が、もわーと浮かんでくる始末なので、暫く絵を描いてようか……とゆー気分です。あくまで気分(殴)。

しかし定期的に煮詰まってませんか。



2003年08月05日(火) : 暑中見舞い

ものぐさでは人後に落ちないであろう自分。そんなことを胸張ってどうする。
何たって、日本人のたしなみ(?)年賀状ですら、面倒くさがって出さないこともしばしばしばしば。オンオフともども。いかにも友達なくしそうです。
今年は喪中だったので、どっちにしても年賀状は無しだったのですが。
しかし、今年は一念発起!?
描きましたよ、暑中見舞い!
勿論、今年の夏のテーマに則って!
え? 今年の夏のテーマって何かって?
一目瞭然です。←答えになっておらん。

あ、ちなみに『華京』じゃないですよ。笑
やはり夏はオナゴに限る。



2003年08月03日(日) : 物語内季節

梅雨があけ、8月になった途端、うだるような暑さのO阪府です。
ご多分に漏れず、暑さにも寒さにも激弱な、軟弱惰弱な悪い現代人の私は、すっかり暑さに参ってます。元々、働きの悪い脳みそはますます、脳内ストライキをかます気満々に思えるこの二、三日です。
思考停止寸前の脳みそですが。

季節といえば、物語の中で季節って意識されてますか?
『華京騒動録』においては、華京の歳時記も兼ねているので、おっつき季節はばりばり意識しております。物語内季節は、現在初夏です。そういや、中国では五月五日の端午の節句に生まれた子供は、成長するとその親を殺す、という言い伝えがあるんですけど、この由来って何なんでしょうね? 俗説では、男の子は父を、女の子は母を殺すことになるそうです。で、北宋の徽宗皇帝も、本当は五月五日生まれだったのを、縁起を担いで十月十日生まれに変更されたとか……。激しく余談。
何で『華京』の開始季節を初夏設定にしたかというと、祥竜が新酒、と言い出したからです。で、4月と9月が新酒の季節で、なら4月にするかーという感じで決まりました。そんなもんです。

異世界ファンタジーで、あんまりそういうの意識して書いてる人っていない……ですかね? 季節。
一応、『Shadow Saga』も、初夏〜夏、の季節を設定してはいるんですが、舞台となる世界の設定自体が、「何となく北欧風」以外、ほとんどつめてないので、あんまり意味ないような……。
情景描写よりも、心理の方に重きを置いてるからなあ、こっちは。

結局、何に重点を置いてるか、の問題なんでしょうか……。
しかし、真冬に真夏の話とかは、あんまり書きたくないような気がします。何となく。極端に相反しすぎて。



2003年08月02日(土) : 神様

異世界ファンタジーにつきもの(?)、神話伝説。
大抵、異世界を構築される際に、殆どの方が「大体の」神話とか神様とか、考えてらっしゃると思うんですけど。

基本的に、私が作った神話というのは、善悪二元論の、ゾロアスター教に近いかもしれません。
大体、ある程度、創世の方向が定まったときに、ある神が反乱を起こして、魔族を生み出して創世戦争を起こす、と。
結局は反乱した神様は負けて封じられる。
で、その反乱する神というのが、『フィルキス英雄志』の世界では、闇の神イラストス。『Shadow Saga』の世界では、破壊神アディリウス。それぞれ、その世界の主神である光の神ルアース、創造神ハルキフスズの双子の神なんですよね。
魔は神に勝てないっつーか。とはいえ、『フィルキス』では、第三者の目として、竜神を配したりしてますけど。
まあ、我々の現実世界でも、神話つーのは、どっか似通ったものを持ってるんですよね。洪水の話とか。月を掌るのは女神が多いとか。シンクロニシティですよ。
だからいいか! とか。開き直り。

『華京』ではと、申しますと。
まあ、中国ですから。唐、宋、と割と道前仏後だったんですよね。特に唐は、李姓で、その祖が太上老君、老子であるとしてるんで。唐代の『史記』の版本では、老子韓非列伝を列伝のトップに持って来てたりします。特に、唐武宗の廃仏令は有名ですね。
で、宋の場合。今の道教のスタイルって、かなり宋代に決まったものが多いようです。関羽の神格化が始まったのも、宋代、徽宗皇帝の時からですからね。あれですよ、靖康の役の際に。この時はまだ「義勇武安王」といって王だったのですが、いわゆる「関聖帝君」――「三界伏魔大帝神威震天尊関聖帝君」に昇格したのは、明代です。清代では、最初から「忠義神武関聖大帝」という封号を贈っています。中国最大のナショナルヒーロー・岳飛も、「精忠岳王」って王止まりなのに、凄いなあ、関羽。
また、有名な二郎真君信仰も、北宋から盛んになっています。清源妙道真君を追封したのも、宋の真宗皇帝です。真宗皇帝は、道教の最高神を玉皇上帝に決めた人でもあります。割と、道教かぶれだったんですよね、この皇帝。
で、時代がやや前後しますが、この北宋時の名臣、寇準・范仲淹・包拯――井上祐美子氏の『桃花源奇譚』でも御馴染みの面々ですね――が、揃って閻魔大王になっているのも面白い話です。以前、中国行った時、テレビでやってたなあ、『包青天』。
道教の神様っていうのは、こういう風に実在の人間も神格化したり、アニミズム的に山を神様に見立てたり、佛教の仏様を取り入れたり、まあ凄い数がいるわけです。六世紀前半には既に、約840柱の神様が数えられているんですが、その後にも増えてたりして、今はどれだけの数になるんでしょうねぇ……。
『華京』では、実在した人の神様は置いておくとしても、玉皇上帝や星の神格化の神様なんかはそのまま出そうかと思ってます。まあ、季節行事とかでちょっと出るだけですからね。後は、待崇の使う呪文に出てきますが。
二郎真君の扱いはどうしようかしら(笑)。
まあ、『華京』での神様ってのは、民衆の素朴な信仰対象なわけです。あんまり大袈裟なもんじゃなくて。
都市生活を描く以上は、やっぱりそういう信仰って切り離せないと思うんですよ。昔の話の場合。んで、どうしよーと思っていたところ、ふと田中芳樹氏の『アルスラーン戦記』でも、ペルシアの神様、そのまんま使ってたじゃん! ということで、あっさりと解決された『華京』神様問題。









前日 目次 未来
荒野 龍輝 メニューに戻る