ジョージ北峰の日記
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2009年06月12日(金) オーロラの伝説ー続き

 パトラが、私の故郷へ移り住んでから、村は活気を取り戻し、それまでは老人ばかりが住む海辺の貧しい山村でしたが、若い人達が帰郷、農業、漁業に真剣に取り組み始めました。そして、パトラの薦めもあって、私は遺伝子工学利用した農水産業の遺伝子研究を開始しました。
運も良かったのですが、当時国の景気が悪く都会に有能な若者達が力を発揮出来ずに溢れていました。彼等の中には大学で工学、農・水産学を学んだ学士や若い博士達迄含まれていたのです。
最初は、資金の不足もありましたが、皆の情熱が一緒になって粗末ではありますが研究所を設立することが出来たのです。「皆がそれぞれの自分の能力を発揮すれば、何一つ出来ないことはないのです!」

 パトラのもとで、若い人達が、想像以上の力を発揮し始めたのです。
パトラは、何事も人に決して強制することはありませんでした。ラムダ国にいた時も、そうでした。何をするにも彼女は率先して動くのです---それも楽しそうに。
仕事が終わると、若い人達が集まって活発な議論をしたり、自分達の作った作物を使ってパ-ティ-を開いたり活動の盛り上がることもありました。
 仕事の成果が上がるに連れ、パトラに憧れた若い女性も集まってきたのでした。
  若い人達の中には腕自慢がいて、パトラに挑戦するのですが、実践で鍛えた彼女の技術にはとても太刀打ちできませんでした。
中にはパトラを抱きしめたいと思う不埒な若者もいて、柔道の試合を申し込んだが、彼等もまたパトラを抱きしめて押さえ込んだと思った瞬間に宙へ飛ばされてしまうのでした。
  「パトラ女王は、一体何処から来た人なのだろう?何故あんなに強いのだろう。T先生がいつも言っているようにクレオパトラの再来なのか?」
「しかしクレオパトラは、あんなに強くはなかっただろう? あんな美しい女(ひと)が奥様だなんてT先生が本当に羨ましい」確かにパトラは誰から見ても憧れの対象だったのです。
  リーダーが明るく、楽しそうに働く姿は見ていると、人に強い勇気を与えるのでした。そしてパトラの力強い行動力に皆は催眠術にかかったかのように懸命に働き始めました。
  やがて島には多数の若者達が集まってきて、
、とても豊かな、楽しい社会を築き始めたのです。
  その中心にはパトラがいたのです。

  しかし良いことは長く続きませんでした。
パトラと私が地球に戻って来た時に見た、あの戦闘機を巻き込んだ戦争が悪化の方向を辿り始めたのです。
 驚いたことに戦闘機が攻撃を加えた場所に原子力兵器の秘密地下施設があって、それが大爆発したのでした。

  この事件--------それは地球の生態系システムを完全に破壊しかねない程の重大な意味をもっていました。もし憎悪の連鎖で核戦争が長引くことがあれば地球が、物理的な意味で直ちに破壊されることがないとしても、大多数の高等生物の遺伝子はずたずたに切り裂かれてしまうのです。ラムダ国にとってそれは看過出来ないことでした。
  無論、直ちに国際会議が開かれ、戦争当事国へ即時停戦命令が出されたのです。しかしそれはもう後の祭りでした。両国の指導者の中には核爆発に巻き込まれ、亡くなる人が続出、両国の指導体制が機能麻痺をきたしたのです。    
  そのこともあって、軍部が暴走、周囲国を巻き込んだ核戦争に迄発展する可能性が出てきたのです。
勿論、両国の首都は廃墟と化したのですが、核爆発の影響はそれだけでは終わりませんでした。
多数の死者、難民が国境を越えてどっと周囲国へあふれ、放射能汚染は世界に広がる気配を示し始めたのです。国境警備隊も放射能の影響を避けるため、国境から撤収せざるを得ませんでした。そればかりか、予想された通り、核爆発で発生した多量の死の灰が地球全体に降り始め、地上の生命に大きな脅威を与える可能性が増大してきたのです。

  考えてみれば、日本の広島・長崎の経験を踏まえて、これまで世界中の多数の科学者、政治家、哲学者が核兵器の持つ危険性を指摘、核廃絶を何度となく世界の指導者に勧告してきました。しかし彼等の活動だけでは、所謂、国益優先叫ぶ多くの人達の主張を封じ込めることは出来なかったのです。
  “決して使うことがない”という暗黙の了解の下で核兵器を保有する国が増加の一途を辿っていたのです。
 今回、国際的核査察を逃れてきた国の秘密核兵器保有施設が偶然攻撃され、大惨事を引き起こしたのです。そして夥しい核汚染で世界中が大パニックに陥ったのです。
「我々は、冷静にこの事態に対処しなければならない。今この事態となっては、戦争の当時国だけを非難しても何の解決にもならない。我々にも重大な責任があったことを深く反省しなければならない。
しかし今は、まず世界で憎悪の悪循環を断とう。そして世界中が冷静に全知全能を傾けてこの危機的緊急事態に対処しよう。知恵のある者が、まず意見を出し合おう!そして迅速に行動しよう。さもなければ地球は壊滅する」
  国連総会でA国の大統領が必死の演説をしました。
  大統領の演説に呼応して、世界中の科学者、政治家にがW市に集まりました。そして直ちに対策会議が開かれたのです。

  そんなある夜、パトラは緊張した面持ちで「戦争は、ラムダ国にとって放置できない事態です。猶予はありません。地球上には、まだまだ有用な遺伝子が沢山残っているのです。私達は今回の事件を予想していませんでした。今となっては遺伝子の収集を急ぐ必要があります。私は、A国の大統領、そしてW市に集合した何人かの指導者達に、遺伝子収集事業を早急に立ち上げるようお願いに行かなければなりません」
「えっ! それは大変な仕事だと思うが、パトラ一人だけで大丈夫なのか?」私が驚いて問い返しますと、
「W市に行けば私の知人も大勢来ていますから大丈夫です」
「ラムダ国から? で、私はどうすればよいのです」と私、
「この村で、皆と一緒に事業を進めてください。私は必ずあなたの許へ帰ってきます」と少し首を傾け、少し考えるような仕草をしながら彼女、
「何時帰るのですか?私は行かなくても良いのですか?」
「あなたには、この村を守る大切な仕事があるでしょう?---今、私は何時帰るとは、断言できません。しかし必ず---」
「帰ってくるんだね!」しかし、それには答えず彼女は続けて
「私がいなくても、気を落とさず、皆の気持ちを盛り上げて下さい。
 それに近い未来に日本の上空に必ずオーロラが出るでしょう。その時私が戻って来るのです---」
「日本の上空にオーロラ?そんな馬鹿なことが信じられる?」
「とても信じられない」と少し怒った口調で、振り向きますと彼女は大きな目を見開いて私の顔をじっと見つめ、首を横に振るのでした。
 確かに自体は緊急を要していました。今すぐ地球上が壊滅するとは考えられません。しかしその前に生物の遺伝子がずたずたに切り裂かれてしまう可能性が大でした。それにパトラは私に話せない何か事情があったのでしょう。

 私には訳が分からないままパトラは出発するというのです。
 悲しみのあまり思わず、彼女を抱き寄せますと、彼女の目から大粒の涙をが溢れてきました。

 そして彼女も私をそっと抱きしめ----何時もとは少し違った態度でセックスを挑んで(いどんで)きたのです。それは---全身から彼女の悲しむ気持ちが伝わってくるのでした。

 私にはもうパトラを困らせる会話を続けることは出来ませんでした。

 と、彼女は、私の傍で横になったまま、「今夜、あなたの子供を創ります」と、白い歯を見せ、愛くるしい、子供のような表情を見せたのです。
 それは、それまで見たことがないパトラの本当に美しい表情でした。

 しかし私は驚きました。ラムダ国の性習慣から、パトラに子供が出来るとは思ってもみませんでしたから。
 だから、彼女の最後の言葉は鉄球をぶっつけられたかのように私の心奥深くにズシンと響きました。
 
 ただ、最近では彼女の存在しない状況が想像できませんでした。
 しかし最後に「妊娠を覚悟している」と聞いた時、「そうだ」---私達二人は例えどんなに遠く離れていても、一緒にいるのだ!と---

 此処で私はくじける訳にはいかない!
 パトラの為、新しく誕生して来るかも知れない子供、パトラを信じ付いて来ている若者達もいる!
 パトラは今、命がけで地球の為に働くというのだ。
 「パトラ、君は、私にとっては偉大すぎるよ。本当に偉大すぎる。
今回も思う存分地球の為、ラムダ国の為、働いてくれたらいいんだ。でも私は、君を何時も助けることは出来ない、しかし君は何時も私を助けてくれる。今度は、我慢する事が君を助けることなのかい? それなら、どんな事だって我慢する。 でもたとえ遠く離れていても私は何時も君と一緒だから、このことだけは忘れないで欲しい」何時もなら、とても口にでてきそうもない気障な(きざな)言葉が、不思議に次々出てくるのでした。

 パトラは、嬉しそうに頷くと、まるで子供のように、私に抱きついてくるのでした。 しかし、それが、返って私につらい予感を思い起こさせるのでした。


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