ジョージ北峰の日記
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2003年07月27日(日) 雪女 クローンAの愛と哀しみー続き

 突然スコールが来たかと思うと、もう強い日差しが照りつける。正直その蒸し暑さには閉口した。夜には、今にも降り出しそうな星空、聞きなれない、うるさいほどの虫の鳴き声、そして時折けたたましく鳥の声が響き渡る。野性豊かな自然を体感して、久しく忘れかけていた野生の本能が体内にみなぎり、若さが蘇るのを感じた。
 ホテルの食事は予想していたよりも遥かに美味しかった。殊に朝食には日本とは異なり新鮮な野菜、果物、ジュースが種類豊富に準備されていて驚いたほどである。国の経済は逼迫していると聞いていたのに、現地の人々には暗さは微塵もなくむしろ底抜けに明るい印象で、生活水準がかなり高いのではと思ったほどだった。
 この地で、A子の活躍には目を見張るものがあった。言葉に不自由していないこともあって、保健所、病院、診療所などを積極的に視察、可能な限り病気の種類、診療所経営の可能性などについて尋ねたり、現地の子供たちと遊んだり、生活の知識を得る為と現地の人々と共同生活を経験したり、とにかく精力的に動き回っていた。時に眩しいほどの水着姿で、子供たちとAZ河に飛び込むーー私が心配になってピラニアに襲われるよ!と声をかけると、平気!と彼女は明るく笑い飛ばした。AZ河に住む、見たこともない獰猛そうな魚を釣り上げた時は、早速現地の人達に習って料理してくれた。
 見かけは悪いが味はいけるね!と言うと、彼女は嬉しそうに頷き、現地での生活にますます自信を持ったようだった。彼女の天真爛漫な活躍ぶりを見ていると、私は彼女にとってこの地が日本よりも余程、性にに合っているのではと思うようになった。
 次の活動はこの地にするかと尋ねると、彼女は此処こそあなたが海外で腕を振るうのに、本当に意味ある場所よ、と確信するように言った。
 しかし暫(しばら)くして、彼女のもう一つの顔、”幽霊のように恐ろしい顔”が瞬間的に現れるのを、私は最初錯覚だと思っていたが、そうではなく現実に起こる現象だと気付いた。
 彼女の体内に何か異変が起こり始めている。私は背筋が寒くなるほどの恐怖に襲われた。これから異国に腰を下ろし活動しようと真剣に考えた矢先、何と言う不幸!私は天を恨んだ。

 しかし現地調査も無事終了し、市長の謁見では心温まる歓迎を受け、私達の今後の活動に期待を表明された。
 帰国の途中、休暇をかねて世界一のリゾート地、RIO市に立ち寄った時のことである。彼女は遠くの丘陵にに見える巨大なキリスト像に望んで、十字を切り手を合わせ熱心に祈りを捧げる仕草をした。
 彼女が一心に神に祈る姿を、私は過去見たことがなかった。不思議に思い尋ねると、自然にこみ上げてくる涙、歓喜の表情を隠そうともせず、少し間をおいて、妊娠したようなの、と昂ぶる気持ちを抑えるように囁いた。
 それは、私にとって天地がひっくり返るほどの驚きだった。


2003年07月13日(日) 雪女”クローンA”愛と哀しみーつづき

 そうは言っても、もし私が死んで、あなたが私を解剖して学会で発表したら、あなたはそれこそ世界で初めてクローン人間を”研究・発表”した医師として有名になるでしょう。単に医学界だけでなく世界中の人々から注目されるのよ。
 とうとう私の怒りは爆発した。
 そんなことを考える私だろうか?今まで君は私と一緒に暮らしてきて、私をそんな卑怯な人間と思ってきたのかい。もしそうなら許せない。私は純粋に君をクローンとしてではなく”普通の人”として愛してきたつもりだ、それ以上も、それ以下のことも考えたことはない。
 だったら、この旅行中、時々あなたが私の様子を窺うように見るのは何故なの?
 彼女は私の心配を、想像以上によく察知していたのだ。
 そう言えば、私が彼女を愛した動機、それは必ずしも純粋なものではなかったかもしれない。勿論、彼女の若さ、無垢で純粋な心、神々しいとも言える美しさ、その上正確で信頼できる仕事ぶりーー最初から人間としてだけでなく、女性としても、彼女のすべてが気に入っていた。しかし、彼女はまだ若く、本来若人としての大きな夢や希望があり、私を仕事のパートナーとしてだけではなく、結婚の対象として見ているとは思ってもみなかった。それだけに、一生懸命働き尽くしてくれる彼女の行為が不思議だった。彼女が”クローン”と言うハンディを背負って、けなげに生きてきた、と知った時初めて、私は彼女のいろいろな謎めいた行動に納得出来たのだ。
 それからは”クローンだから”と彼女をいたわる気持ち、同情する気持ち、それに彼女に将来降りかかるかもしれない災難に対する恐怖心など、彼女に対する私の複雑な憐憫の情も重なって、より一層深い愛情に変形して行ったーーーのは事実だろうが、しかしそれよりむしろ医師として冷徹に彼女を観察しようとする好奇心が片隅にもなかった、と言えば嘘になるかもしれない。
 今、彼女があの質問をしたと言うのは、実は彼女が私の心の内を既に充分知り尽くし、見透かしていながら、しかも出来る限り自然に”普通の人”ととして私の前では振舞おうと努力してきたのかも知れない。若い女性にとっては残酷とも言える、そんな心の中(葛藤や苦悩)を思うと、ほんの少しとは言え、不純な利己心に誘惑されそうになった自分に呆れ恥ずかしくなった。
 しかしアルコールが入ったとき、時々現れる幻覚(彼女の恐ろしい顔)は、単なる幻覚で自分の弱さから現れるものだと思ってみても、しかし頻繁に見るようになると、やはりそれが恐怖心となり、彼女にとっても不審な態度となり、それが彼女の心を傷つけてきたのかもしれない。
 確かに君の事を心配している。しかし今となっては、私は君が仕事の上でも、今まで以上に必要なのだ。だから無意識に君のことが心配で、それが私の態度に表れているのかも知れないね。
 あなたは、私のことを本当に心配しているの?真実から私のことを愛してくれているの?と、真剣な眼差しで私の目を見据えながら言った。
 勿論だとも !
 彼女の体から緊張の糸がほぐれ、感情のたかまりが徐々に和らいでいくのが窺えた。
 私は兎に角”ほっと”一息つくことが出来たのである。

 IX
 B 国のAZ河に隣接するM市のホテルは密林の中にあったが、空調が装備された近代的な建物だった。日本のホテルには見られない、なんとも不思議な外観だが、部屋は広々としていて、窓辺近くまで緑の葉が生い茂っていた。名も知らぬ鳥の鳴き声に新鮮な野生の息吹を感じた。私はAZ河にワニ、ピラニア、密林には大蛇がすんでいるなど、漠然とした先入観があった為、余計にあたりの景色が神秘的で、冒険映画の主人公になったような錯覚に陥った。
          つづく


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