ジョージ北峰の日記
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2003年06月22日(日) 雪女”クローンA”愛と哀しみーつづき

 一瞬、それが自分の錯覚であることを祈った。しかし咄嗟には平静を装って、気分が悪いのじゃないか?と優しく尋ねていた。 何っ?と微笑みながら振り返った。その時、彼女は元の美しい顔に戻っていた。
 キツネにつままれたような気分だった。やはり錯覚だったのか、私は胸をなで下ろした。
 VIII
 N大陸からS大陸へ向かう飛行機の機内は、日本を飛び立った時とは雰囲気が随分異なり、日本人客は極端に少なくなっていた。周囲には英語ではなくポルトガル語、スペイン語が飛び交っている。乗客の動きも一段と忙しく国際線とは思えないリラックスした雰囲気が漂っていた。離陸して数時間は経っただろうか、今、AZ河の上空を飛んでいるそうよ、機内放送で言っている、とA子が言った。なるほど、眼下には緑の絨毯とも言える密林が広々と地球の果てまで続いているかの様に見えた。その真ん中を蛇行しながらAZ河が褐色の帯の様に延々と流れている。さながら大蛇のような印象を受けた。
 ”あなた”と緊張したA子の声に振り返ると、彼女は英字新聞の小さな記事をそっと見せた。見出しには世界最初のクローン動物の死!と報道されていた。彼女はショックを隠しきれない様子で、このクローン動物は突然病気で死んだそうよ。私もこんな死に方するのかしら?もし私が突然死んだらあなたは悲しんでくれる?など今、私が全く予期していなかった、しかし以前から一番恐れていた質問を彼女が始めたのである。
 クローン動物が死んだのは、ある意味では予想通りだったと言えるかもしれない、がその逆の場合があってもよい。クローン動物がどんな運命を辿るのかは受精卵の発生の様には予想出来ない。クローン細胞の遺伝子を操作して寿命を延ばす事だって可能かも知れないんだ。君がどんな死に方するか、私は君と会った時から考えたこともない。もし早く死ぬと予想していたら、私は国際医師団に加入する事は考えてもみなかった。日本を遠く離れて、海外で君と一緒に活動しょうなどと考えてもみなかっただろう。私は君を、君が考える以上に深く、本当に深く愛している。君が死ぬなんて考えた事もない。
 もし君が死んだら、私も希望を失って、私自身死ぬかもしれない。私は君を女性としてだけでなく、仕事のパートナーとしてとても頼りにしている。
 そんな答えられそうもない難しい質問を、今後二度としないで欲しい。それに私は君より15歳も年上だ、君の老化が早く進行するなら、むしろそれは私にとって歓迎すべきことなんだ。
 私は彼女の気持ちの昂ぶりを鎮めようと心をこめて説明した。
 しかし彼女の質問の厳しさはおさまるどころかエスカレートするばかりだった。
 


2003年06月08日(日) 雪女 ”クローンA”の愛と哀しみーつづき

 彼女が来てから2年目の春には、田舎としては設備・スタッフの充実した近代的な診療所として新たに出発することになった。
 新しい出発にあったって年齢差には問題があったが、私はA子と結婚する決心をした。彼女の純粋で真直ぐな心、自然に発する神々しい雰囲気、仕事に賭ける情熱に心底まいっていた。そして何よりも彼女の秘密を知った、たった一人の人間として彼女の運命を見届けるのが医者としての務めだとも考えたからだった。
 結婚式には、村の長老が仲人役を務め村の人々の共催で2人の前途を祝福してくれた。
 結婚の儀式も滞りなく終り、酒宴が始まると緊張感もほぐれ、人々の心が打ち解けてくると、先生はこの村へ来たからこんな若い、美しい嫁をもらえたのだとか、人は良い行いをしておくものだ、神様は何時も見守っていてくださる、真面目に働いていると、必ず幸せにしてくれるものだ、などとてんでにからかい大声で話したり笑ったりしていた。
 美しい妻、診療所に対する高い評価、個人的にも社会的にも、この時が私の幸福の絶頂期だったかもしれない。

 VII
 しかし結婚してみて初めて分かったことだが、他人として見ていた時と妻としてからとでは、A子に対する私の見方に微妙な狂いが生じはじめた。無論、彼女に対する愛情は深まる一方だったが、そうであればあるほど彼女がクローン人間であることが残念で、気掛かりになり、何か”老化”の徴候が現れはしないかと無意識の内に監視している自分に気付いた。
 
 2人は初夏の連休を利用してS大陸へ視察旅行することになった。私は外国語が苦手で心重たかったが、A子は父譲りの語学の才能があり3ヶ国語は自由に話せるというので安心だった。
 K国際空港はS内海の埋立地に建設され本土から5kmほど離れた沖合いに位置している。
 空港では航空便の発着を告げるアナウンスが日本語、外国語で絶えず流され、それに呼応するかのように人々は忙しく移動していた。時折、きりっと制服に身を固めた男女の搭乗員が行き交う、外国人が搭乗待ちの人々の合間を足早に縫って行く、レストラン、買物店も洗練され、雰囲気はもう外国にいるかのようだった。
 私達は搭乗前の一時を海に面したカフェーで休憩することにした。
 この旅行は新婚旅行の様ね、将来海外での医療救援活動は何処でするの、S大陸?
 子供が出来たらどうするの? 等、彼女は女として夢一杯と思える未来、2人で初めて海外旅行する喜びーーを夜空にライトを点滅させながら頻繁に飛び交う飛行機や離着陸するジェット機に目をやりながら話していた
 私はワインを飲み、彼女の話しを聞きながら海を眺めていたが、ふと何気なく振り返って仰天した。
 青ざめ、頬がこけ、目が落ち窪み、あたかもミイラのような彼女の横顔を見た気がしたのである。私は内心ぞっとして無意識に周囲の視線を窺った。
 誰も--気付いていないようだった。
 私はその時、心臓が動転するほど狼狽し、体は緊張、手が汗ばむのを感じた。
         つづく


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