マキュキュのからくり日記
マキュキュ


 心配してくれる人が多いので・・・・・・。


店を辞める決心をして、たくさんの人から(生き甲斐を失っちゃってだいじょうぶ? 死んじゃったりしないよね・・・?)という心配を頂いているのだけれど・・・・・・。
何かが起こるごとに、死にたい願望に駆られてしまうのは、4タイプの中でも落ち込み度が特に激しい私の昔からの癖なので(苦笑)、こんな厳しい状況でも、まだ今日も朝から笑いあったりしながら生きているのだから、私はきっと大丈夫だと思います。

正直今は、大きな肩の荷が一気にストンと下りたような気がし、心がかなり軽くスッキリしているので、自分でも不思議なくらいです。
後は野となれ山となれだわ・・・と、少し開き直ってます。(笑)

とても気が楽になった・・・・・・。
それは、この4〜5年間が、私たち夫婦にとって、精神的、肉体的、経済的、アクシデント的に、如何に過酷で辛かったか・・・・・・という証拠だとも思うのです。

本当に毎年毎年お金にまつわる辛い事や、友人や人様に申し訳なく思うこと事ばかりがたくさん起こりました。
でも、あの店を通じて様々な嬉しい出逢いがあり、人の優しさや温かさや、ありがたい気持ちをたくさん受け取り、ある意味とてもいい勉強と経験になったと思うのです。

以前友人から「人間ってさ、いつまでも何かに執着してたらロクな事にならないもんさ。最も大切で捨てがたいものだからこそ、思い切って捨て去ってみろ、そこに新しい空間が出来て、その時に心が腐っていず、前向きな夢に進もうとさえしていれば、以前よりももっと素晴らしいものがそこにちゃんと収まってくるもんなんだってば・・・・・・」と言われた事が・・・・・・。
本当にそうかもしれません。

当時、捨て去るものを、店のことを指してたのか、チョンのことを指してたのかはいまだ解らないけど(爆笑)チョンのことは今でも大好き過ぎるので、私がぶちゃられる(松本弁で捨てられる・・・の意味)事はあっても、私はチョンはこれからも捨てません(笑)



皆様からプレゼントされた店を何があっても決して潰してはならない。

そんなプレッシャーを強く感じながら、少々無理のある見切り発車営業でしたが、預貯金ゼロで、しかもあの歳から飲み屋を始めるには、過酷すぎる時代に突入していたのも、また事実だと思うのです。

失敗だらけなスタートの店でしたが、ある人に「オマエさんがやってた割には、よく持った方よ・・・。よく頑張ってきたね」と言われました。
少しだけ救われた気がします(笑)

もしも今度又、飲食店を出すような事があるとしたら、片田舎の方で、住まいと店舗が一緒になったような安い家賃の物件を探し、チョンマゲと美味しいものを少しだけ提供しながら、夫婦で楽しんで営業できるような小さい店を持ちたいです。

今後の事はまだ何も考えられてないのですが、もう新たに夢がたくさん生まれてワクワクしてます。

コーチングセミナーも今週の土曜日で最後です。
コーチングセミナーに出席した事でたくさんのことを学び、この先役に立つであろう貴重な体験をしました。
それを活かしながら今後の事をゆっくりジックリ考えて行きますね。

又日記もネットを使う事が許される限りは更新していきたいと思います。


さてさて、これからコーチング最後の宿題に取り掛かります・・・・・・。


2013年05月23日(木)


 からくり箱を閉店します。


日記を書くのは久しぶりです。心配してメッセをくれた方、電話をくれた方、本当にごめんなさい。
返信も出来ぬままで居た事、心からお詫びします。

先ずは最初にお知らせをしておきますね。
長年ご愛顧いただいてきた「マキュキュのからくり箱」を来月6月22日(土)を最終営業とし、閉店する事に決めました。
厳密に言えば6月いっぱい掛けて後片付をし、店を明け渡すという事です。

いろいろと考え、悩みぬいた末の結論なので、開店時に応援をしてくださった方々、今までこりもせず通い続けてくださった方々には本当に申し訳ないと思いますが、どうか私の力不足が全ての原因ですので、心中をお察しくださり、ご理解いただきたいと思います。

ご承知の方も多いと思いますが、あの店は、私が癌からの生還後、貧乏赤裸々WEB日記を綴りながら様々なパートを転々としていた頃、もう一度自分の店が持ちたいという事で、顔も知らぬWEB日記の愛読者や、地元の友人などから寄付金を頂き、開店できたお店でした。
なので貯金も何も無い状態からのスタートだったのです。

しかしこの8年間、様々なアクシデントもちょくちょく起こり、チョンの病気や手術、猫の病気や手術、大震災による日本全体の自粛ムード、、去年の私の線維筋痛症などなど、ただでさえギリギリの状態で人様の助けを借りながら回してきた店は、どんどん経営困難な状態になっていきました。

去年の暮れからコーチングセミナーに通い、シャンソン教室にも通い、何とか店の雰囲変えや店の発展につなげるようにと、頑張ってきたつもりなんですが、もう既にその頃はどうしようもなくなっており、とうとう心身ともに限界が来てしまいました。

コーチングを学び、それと同時に少し上級のエニアグラムも学び、私はエニアグラムのタイプ4(エニアグラムタイプ4・・・と検索すると、いろいろ出てきます)と言う事が解りました。
自分の基盤になっている性格の本質がわかった時、目からウロコが落ちたように自分がなぜこのように、子供の頃からずっと生き辛い人生を歩んできたのかが理解でき、少し自分を慰め、許せる気にもなれたのです。

タイプ4は、個性的な人・表現者・ドラマチック・アーティスト・ロマンチスト・引っ込み思案、憂鬱な人・唯美主義者・孤高な人・・・・・・などと呼ばれています。

このタイプの心身の健康状態が良い時は、自他共に正直、心根が優しい、表現力に長けている、洞察力がある、センスがある、人の痛みが良くわかる、独創的なアイデアが浮かぶ、ユーモアにも長けている、冷静、様々な表現者として芸術面で力を発揮する人が実に多いらしいのですが、心身の健康状態がいざ薄れてくると、人に理解して欲しい、解ってほしい!!という願望が強くなるあまり、執拗に自分のことを話し、素直さに欠け、疑心暗鬼になり、自己批判的で、悲観的、自己憐憫、被害妄想、ねたみ、嫉みの傾向が強く出て来、徐々に孤立化し、四面楚歌になり、挙句の果てにはうつ状態になり自殺願望者が一番多いのもこのタイプ・・・・・・とあります。

それをつい最近になって知り、正に今の私そのものじゃない!! と、かなりショックでした。
今私はタイプ4で精神レベルは最も低い9(1〜9まである)の状態のようです。

代表的な有名人は 太宰治・ジェームズ・ボーボールドウィン・尾崎豊・林芙美子・・・などなど。
なんとなくタイプ4の持つ雰囲気がお解りの事と思います。
エニアグラムのタイプは9つ有るのですが、もしかしたら4が一番生きにくいタイプなのかも・・・と、私は思っています。

しかしこのタイプは幼少期に、かつては有ったもの(恵まれていたもの)が、突如人の手や思考により、奪い取られてしまったり、引き離されてしまったり、と言う経験をした人が多く、孤独で寂しい幼少時代を過ごしたり、親族からの虐待に遭った人などが人が少なくないといいます。

実は私もそうでした。
一人っ子の私は、曾祖母、祖母、父、母、父方の叔父夫婦とその赤子が同居すると言う、とても賑やかで楽しい家庭に生まれ育ったのです。
しかし小学校の3年の時、両親の離婚をきっかけに、賑やかだった生家から出て、いきなり母子家庭になってしまい、大好きな人々と離れ離れになりました。
特に私は父親が大大大大大〜〜好きだったので、それはとても哀しい経験でした。

母に引き取られた私でしたが、母は夜、店をやっていたので、独りぽっちの不安な夜をすごす事が多かったのです。
転校も何度もしたので、仲のよい友達が出来てもまた離れ離れだし、勉強も付いて行けず、・・・・・・。
そんな幼少時代の大きな孤独感や喪失感や劣等感を大人になってもずっと抱えたままでいる人が多いらしく、9つのタイプの中で4は一番末っ子の性格を持つとも言われています。

いくつになっても子供のままで、僻みっぽいスネヤなんですね・・・・・・(苦笑)
本当に面倒くさいタイプなんですよ・・・(笑)

大人になっても一人では中々成長できず、まともな生活も出来ず、親からの教育も不十分な為、いくつになっても常に心の中で、親代わりの信頼できるスポンサーを捜し求め続けるのだそうです。
スポンサーといっても「パパぁ、○△買ってぇ〜」とか「お小遣い頂戴〜」と言う類の一過性のスポンサーではなく、タモリに取っての赤塚不二男さんのような、大きな存在で心から信頼でき、安心できる師匠的なスポンサーの事らしいのですが・・・・・・。

タイプ4は張りぼての虎のような薄っぺらな言葉や奇麗言も嫌い、本物趣向のところもあり、なかなか厄介に人の本音を見抜いてしまうところもあるようです。なので厄介さに拍車が掛かります。

先ずは私がこんなタイプなのだと踏まえて欲しく(ホラね、もう人に解って欲しいタイプ人の予兆が・・・ww)説明が長くなりました。

店の経営が辛くなり始めた頃は、私たち夫婦には緊急の生活資金を借りる事も出来ないので、今の店の経済の現状を常連に正直に話し、何かのアイデアや良い案はないかなぁ?と言う事で(常連だけですが)相談のつもりで話していたのですが、経営状態が悪化するにつけ、その内に私が線維筋痛症になる前辺りから、正確な診断は受けていませんが、私はうつ状態になっていき、焦りと共に本格的な愚痴ばかりを吐くようにになり、お客様を引かせてしまうという悪循環に陥っていきました。

今年に入り、チョンマゲの身体は益々悪くなる一方で、私も精神的にかなりしんどく、かといって医者に行く余裕も無く、チョンの給料も10万を切る月が増え、とうとう休みが多いという理由で今年の3月には会社も解雇されてしまいました。

それから先は屋根のあるホームレスとほぼ一緒でした。
月に24万は最低でも必用なのですが、半分にも満たない収入しかなくなりました。
電気が止まってしまったり、ガスが止まってしまったり、ガソリンを入れられぬ日も有り、無論店の仕入れもできず、店が出来ない日が増えつづけていきました。
そんな時に限り、来るはずだった人が突如来れなくなったりということがほぼ毎日のように続くものです。
かみさまはいかにして私を殺そうと思ってるか・・・・・・なんて思えてしまうんですよね・・・。
その人たちにとっては「又今度」があるのですが、私にはとってはその日その日がもう最後かもしれないと思うことのほうが多かったから・・・・・・。

正直、昨日まで10日ほど家の方はガスが止まってました。(笑)
なので調理も出来ないので買い置きしていたカップラーメンばかり食べてました(笑)

しかしこんな私にもまだまだシンクロニシティーは起きるんですね・・・・・・。
地獄に仏様が現れるんです。
先週末、予告も無く来てくれた友人と、もう一人の東京の友人のお陰で、ガスも開通し、店の電気も開通し、ネットも開通し、信じられない事ですが、念願だったシャンパーニュにもペイトンにも行く事が出来、心身共に九死に一生を得られたのです。

本当ならばそんな贅沢なことは許されるはずも、状況でもなく、だから甘いのよと、叱られるかもしれませんが、絶望の最たるものだった週末に、その人が突然現れたという事は、「よく店を辞める決心をしたね。このところ辛い思いをたくさんしたね。だから最後に思い切り楽しんでおいでよ」と、あえてずっと行きたくても行けないと思っていたその日の前日に、神様がその人をよこしてくれたような気がしたのです。

シャンパーニュでは念願だったコラボを聴け、ペイトンでは様々な人々の人生ドラマを垣間見させていただき、深く感動し、様々な人の歌に涙し、私も「メランコリー」を一部替え歌で熱唱し(恥)思い切りその瞬間を愛しみ、楽しみ、燃え尽きて来ました。
それで今回の決心が揺るぎの無いものに変わったのも事実なのです。
もう思い残す事が無いほど、意味のある一夜でした。

そんな諸々の理由から、店を続ければ続けるだけ、払えないものが増えていくだけなので、店を閉める決心に至りました。

今後の事はまだ正直何も考えていません。
課題も多く、整理しなければならないものも気が遠くなるほどたくさんあり、何から手を付けていいのか解らない状態です。
なので店を閉じたら数日間は、とりあえず頭と身体と精神を休ませてやりたいと思っています。
二人で病院にも行きたいですし。

からくり箱にはとても愛着があり、「からくり箱」は私の宝箱でした。
いろいろな想い出がたくさんあり、いろいろなドラマがたくさんありました。
残すは、僅か一ヶ月ですが、少しでもからくりの想い出を語りに大勢のお客さんに来て欲しいです。

少しでも多く売り上げも上げたいし、未払い金の足しにしないといけません・・・・・・。(笑)
でもぼったくったりはしませんので、どうぞご安心くださいね。(そんなことが出来ていたら、とうにこんな苦労はしてませんし・・・・・・ww)

この残された一ヶ月間、乾き物くらいしか出せませんし、食べ物の仕入れはリクエストがあるもの意外はできません。あしからずです。

でもどうかできるだけ多くの方々。からくり箱の最後を飾りに来てください。

長文になりましたが、読んでくださりありがとうです。


2013年05月14日(火)

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