マキュキュのからくり日記
マキュキュ


 (日記) 太刀魚の怪


昨夜はとても静かな夜だった。
お茶っ引きかと思いきや、(Y)と言う昔からの飲み友達の女性が先ずはドアを開いた。
この女性、松本には居ないタイプの超美人で、妖艶な美しい顔と、モデル並みのか細い肢体とハイセンスな着こなしの持ち主である。
彼女、ここ三日ほど連荘で来ているものの、来た途端に代行が着てしまったり、2日目は来た途端彼女のフアンから呼び出しが掛かってしまったりで中々腰をすえて飲めないで居た。
しかし昨日はゆっくりと会話に華を咲かせながら飲めていたのだ。
三度目の正直とはこういう事ナリ。

暫くすると(O)が来、(Y)(O)(アタシ)の美女3人(?)で和気藹々と飲んでいた。
その内色男たかちんが来て、皆を紹介し合いながら世間話をしつつ、酒が進んで行き、(Y)が明日も仕事だからと帰って行き、(O)と、たかちんとアタシの3人が残った。

「んで、太刀魚の怪はいつ出て来る」だって??
これからですよ、これから・・・・・・。


ウチのメニューには珍しい太刀魚の塩焼きに目を付けたたかちんが、それを注文し、いつものように「マキュ、旨いっす! コレ・・・」と言いながら太刀魚を突付いていると・・・・・・。
「マキュ、なんすかコレ?」(注・何ですか?これ)と言う。
『どれどれ?』とアタシがたかちんの太刀魚を覗き込むと・・・・・・。

太刀魚の骨と皮の間から(要するに身の中)何と大人の親指の爪2枚分を合わせたほどの大きな白い石が出てくるではないか・・・・・・。
然程大きな太刀魚ではないのでその石の大きさたるや、只ものではない。
しかも胃などの内蔵のある場所ではなく、本当に普通の身の中にめり込んでいたのだ。

「この太刀魚、尿管結石だったのかなぁ?」

『いんや、胆石かもしれないね・・・』

などとワイワイガヤガヤ言いながらその石を取り外し、アタシャ丁寧に洗ってティッシュにくるみ、「コレはラッキーストーンだわよ」と財布の中にポイと入れた。

多分、アタシが思うに、太刀魚は口が大きいので餌をついばんでる内にその石を誤って飲み込んだのだろう。
そしてその石が出所が無く、胃を突き破って骨と身の間に定着されたのかもしれない。

「さぞや痛く辛い思いをして生きていたんだねぇ・・・・・」と皆で両手を合わせ、太刀魚の冥福を祈りながら神妙な面持ちで食してあげた。

(コレがダイアモンドだったらなぁ・・・・・・)そう思いつつも、こんな珍しい場所に収まっていた石はただの石ではないと思う。
もしかしたら本当にラッキーストーンかも知れない。
どうか財布の中の石様よ、大きな大きな福を呼び寄せてくだしゃりませ。


2008年02月28日(木)


 (日記) 土ツボ最低調バイオリズムからようやく脱出できた。


今朝、いつものように長文日記を書き、アタシがUPのためEnterKeyを押すのと金蔵がパソコンテーブルの隣の仏壇の上からダイブしたのと0.1秒差で金蔵が勝ち、日記が跡形も無く消え去った!!

こんちくしょうめ!!おぼえてやがれ。
八つ裂きの刑にしてやる!!

それはさておき、最低調だったバイオリズムが今月も遠のいてくれたみたいで、又来月が迎えられるようになった。
再び薄皮一枚の所で何とか繋がったと言う訳だ。
こんな毎月がロシアンルーレットのようなアタシの人生、皆様どう思います?(汗)
アタシは将来や未来どころか、明日さえ解らない綱渡り芸人みたいなものなので、日々の健康と売り上げ次第で直ぐに明日が無くなってしまう。

いつまでもこんなじゃいけないと思い、毎日せっせと日記を書き、文章の練習をし、いつか売れっ子エッセイ作家になって、生計の足しにしてやるんだ!! との夢は有るものの、たまにおっしょれてズタボロになってしまう・・・。

昨日もあんな天気にも関わらず、最近の日記のテンションを気にし、心配して駆けつけてくれた数組の常連に叱られたり励まされたり自信を付けさせてくれたりされた。
「世捨て人になってはあかん。捨て鉢になってはあかん。なげたらあかん。死んではあかん」
そう励まされた。

からくり箱が他の店とはちょっと違ったニュアンスで、常連達の役に立っている事も改めて痛感でき、アタシはアタシのまま生きていて、又おぼれそうになったら近くに居る誰かにしがみ付けば良いのだと言う事を知った。
そうしたら皆で助けるさ・・・と・・・・・・。

アタシのように周りに良い人々が大勢居て、常に愚痴や甘えを受け入れてくれる人々が居ると言う事は大変に幸せな訳で、いくら天に向かって感謝をしても感謝仕切れはしない。
そういう人々が回りに居ず、孤独で日々を戦ってる人も多いと思う。
アタシはそういう人々が読んだら励みになり、クスリと笑えて元気になれるような文章を書いてその人たちの助けになれば良いのだ。
助けてあげられる人が徐々に自分よりも弱い人立場の人達を助けて行けば、世の中万事丸く収まる。
国のトップからそういう性質になれば良いのになぁ・・・・・・。

今日は、タカチンとコマキとランチをして来た。
美味しくゆったりとした時間が流れ、又少しライフゲージが上がった。
タカチンがショゲ気味だったアタシとコマキにご馳走してくれたのだ。
(キャァ〜!! カッコイイ!! 色男!!)

そんな訳で、元気を取り戻したアタシは、又来月に向けてイッポ進む事が出来そうだ。


2008年02月27日(水)


 (日記) セブンイレブン物語


晴天の霹靂(へきれき)だった・・・・・・。

土曜日の日、店を終わって帰る時にはやっていた斜向かいのセブンイレブンが今日は灯りを消していた・・・・・・。
店には10日前ほどから店仕舞いの張り紙はしていたらしいのだが、アタシが自分の店の足りなくなった氷や焼酎ボトルなどを急遽買いに行く場合は急いでいるのでそんな張り紙を見る余地もなく・・・、店を仕舞うなんて事はおくびにも思って居なかった・・・・・・。

多分店を閉めたのは昨日か一昨日だろう。
毎回お世話になっていて(アタシがですよ)顔馴染みだったのに・・・、ほぼ毎晩通うような常連なのに・・・「もう直ぐ閉めますので」と言わなかったのは、多分店主のプライドか尊厳なのかもしれないし、とうに張り紙を読んでいると思っていたからなのかもしれない。

この、大手のセブンイレブン(通称、裏町のセブン)は誰が経営者なのかはいまだに知らぬが、アットホームな人情店だった。
多分大半で家内経営だったのだろうと思う・・・。
お爺ちゃんみたいな店員や、年配の店員や、たまに居る若いパートの店員で賄っているような店だった。
このセブンはアタシたち水商売にとって無くてはならぬ存在だった。
深夜営業だったササイと言うスーパーが無くなった後は、唯一足りないものの補給が出来る店で、アタシの店の斜向かいだった事もあり目印にもなっていたセブンだ。

この辺の街すがら、水商売の店以外会社は無いし、道路も狭く、家並みは古い民家が多く、昼間セブンに物を買いに行かなければならない人はかなり少なかったのかも知れない・・・。
夜や深夜はそこそこお客がいても、きっと成り立たなかったのだろう・・・。
人事とは思えぬこの状況に、ただただ悲しさと無情さがつのる。


半年ほど前・・・、お好み焼きの材料不足で、客を待たせ急遽セブンに青海苔を買いに行った事がある。
ところがあいにくセブンに青海苔が置いてなく「仕方ないですね・・・もし良ければ多少で良いので次回から置いておいてください」と言い残し店に戻った。
そうしたら、約10分後、セブンのパート店員だと思い込んでいたその御爺ちゃん店員が、青海苔を持って店のドアを開けたのだ。
(この人が本当の経営者かもしれないのだが・・・)

自分の持ち場時間が過ぎた後、な、な、なんと歩いて5分も掛かるスーパーまでわざわざ買いに行ってくれたらしく、それを丁寧に届けに来てくれたのだ・・・・・・!!!!!
アタシはあまりの事に、思わず涙してしまったくらいだ・・・・・・。
そんな人が居た店なのだ。

こういう風に世の中の流れや、新たな規制や諸々で、良い人間が経営する店がどんどん無くなって行く・・・・・・。
例えば今回の沖縄の米軍基地の不祥事問題で、外出禁止令が出た事は致し方ない事なのかもしれない。
だけど、アタシは問題を起こした人間と直属の上司くらいが厳重に処罰されれば良い訳で、皆が皆、外出できないとなると、その人たちを相手に経営していた店にとっては死活問題だと思う。
猫も杓子も外出禁止にするならば、そういう事で生計を立ててた人たちに救いの手を差し伸べて上げるべきだと思う。

人間はどんな職業においても悪い事をする人も居れば、悪い事をしない人も居る。
悪い事をした人だけを厳重に罰すれば良いじゃないか・・・・・・と、アタシはそう思う・・・・・・。
数人悪い事をした人が居ると、全てがそういう目で見られ、責任を取るというのは何かが違うと思う。

今回の斜向かいのセブンが無くなった事とそれとは全然意味合いが違うかもしれないけど、変な規制が酷くなり過ぎたお陰で、水商売の人々やそれに付随する人々は何の保証も無いまま店をたたむ人が多い。
命がけで守っていた店をたたまなければならないと言うことは、死ねと言うのと同じじゃないか・・・。

企業が何百億と言う債務を抱えれば助ける機関が有るのに、ちっぽけな個人事業主には何の保証も無く、たった数万円が足りぬために自殺する人も居る。
そんな矛盾した世の中に最近憤りばかりを感じてしまう。

あの気の良い人たちの顔が見られなくなる事と、あの老齢の人たちの今後を考えるとやりきれない気持ちだ。


2008年02月26日(火)


 (日記) フリーハグ


この前TVで見たのだが・・・・・・。
そして誰が最初に始めたのかは知らないが、都会あたりでフリーハグと言う運動を行っている若者が増えているという。
男女のそれではなく、恋愛感情の伴わない抱擁だ。
「抱きしめ合いませんか?」と書かれたプラカードを持ち、男女を問わぬ見知らぬ人とただ黙って抱きしめ合うという運動だ。
アタシはこの運動はとても良い試みだと思う。

世の中には、下手をすれば一日中誰とも接触する事もなく、話し相手もいない孤独な人も居ると思う。抱きしめ合い体温のぬくもりを感じるだけでも癒され、温かい気持ちになる人は多いのではないだろうか・・・?

大人になっても頭を撫でられたり抱きしめられるとすごく嬉しいものだ。
人と抱き合っている時、とても安心感が有る。
悲しい時や辛い時、黙って抱きしめられ、身体を揺さぶられたいと思うことがある。

抱き合うってなんか良いじゃない?
触れ合うってなんか良いじゃない?

世界中にこの運動が広がれば、喧嘩も戦争も少なくなるんじゃないかしら・・・・・・。


2008年02月23日(土)


 (日記) デリカシーのある人を見ると・・・・・・


普段おちゃらけていて、言いたい事ばかりを言ってるような人が、ふとした瞬間、相手の心を敏感に読み取り、自分の言葉を飲み込み優しくなる・・・・・・。
こういうシーンを垣間見たりすると、この人はデリカシーのある人なんだなぁ・・・とついつい感心してしまう。
こう言う人は場が読め空気も読める人なんだと・・・・・・。
そうかと思えば何故か言う事成す事が人の気持ちを逆撫でするような人も居る。

アタシも後者なのかもしれないなぁ・・・・・・。などと反省しつつも、常に人の状況や気持ちに敏感で居たい。洞察力は身に付けたいと目下修行中の身である訳で・・・・・・。

男でも女でもアタシはデリカシーの有る人が好きだ。
痛んでる人には痛んでる人用の話が出来るよう、怒ってる人にはその怒りが少しでもなだめられるよう、悲しんでる人にはその悲しみを少しでも軽くしてもらえるよう、心のアンテナをピンと立てて人との接触に望みたいものだ。


2008年02月22日(金)


 【エッセイ】 自殺への序曲 著者 岡崎里美(りみ)によせて


中学2年の時、一学年上の親友(S)と盛り場デビューを果たしたアタシは、毎晩のように二人で新宿の歌舞伎町近辺をフラついていた。
彼女も母親だけ、アタシも母親だけ、家も近所で鍵っ子だったアタシ達は直ぐに仲良くなった。
アタシの母はスナックを営み、彼女の母は芸者をしており、互いに夜は母親が居ない事を良いことに、家をすり抜けては何の目的も無く新宿をフラ付いていた。

当事の新宿はヒッピーやらフーテン族やらがあちらこちらでタムロし、所々でシンナーの匂いがし、ハードロックが流れ、サイケデリックでエキセントリックなあのゾーンへの入り口は、アタシ達少女にとって子供から大人に抜けられるトンネルのようにも見えた。
一度くぐったら元には戻れないかも知れない・・・。どこかでそんな不安と予感を感じながら、アタシ達はそのトンネルの中に迷い込んでいった。

街を歩けば直ぐに誰かと友達になり、ナンパ目的の男達に散々奢ってもらってはタイミングを見計らい逃走する・・・なんて事は日々のゲームのように行い、たまに天罰で危険な目にさらされそうになる事も有った。
そんな時にアタシ達を助け、本気で叱ってくれた一人のヒッピーに連れられて行った店が西武新宿駅近くの辺鄙な場所にある【ルナ】と言うアングラ喫茶だった。

その店は16歳〜28歳くらいまでの男女を混ぜた10人ほどのヒッピーグループの溜まり場で、みんなのアジト的な店になっていた。
アングラ劇団の女優の卵・アクセサリー売り・ミュージシャン・画家の卵なんかが居て、みんなはアタシ達の事を即座に受け入れてくれた。
それからアタシ達もその店の住人になり、毎晩毎晩その店に集まっては深夜遅くまでダベっていた。
そのグループの中の一人が岡崎里美だ。

当事彼女は16だったはずだ。
長めのマッシュルームカットに大きな目を持つ彼女は、小柄で愛くるしく、アタシと同じくらいか年下に見えたくらいだ。
いつも薄暗いテーブルで、ノートを片手にコークハイを呑みながら詩を書いていた。
時々良い詩が書けると「ねぇマキ、読んで読んで〜」と持って来ては「どう思う?」と聞く。
「ステキな詩だね」と言うと「何処がどうステキに感じる? それを教えてよ」と少し挑戦的でいたずらっぽい目をクリクリさせながら聞いてくる。
(猫みたいな子だなぁ・・・・・・)アタシは彼女にそんな印象を持っていた。

出来るだけ丁寧に彼女の詩の感想を告げると、彼女は満足そうにウンウン呟き「マキはアタシの言わんとした事がちゃんと解ってくれてるね〜」とアタシを抱きしめ、頬刷りをし、飲み物を奢ってくれるのだ。

家にも学校にも居場所を感じられなかったアタシ達は次第に【ルナ】にのめり込んで行った。
その場所だけが唯一心が安らげ、人が自分の存在を感じてくれ、愛されていると感じられる場所のような気がしていた。

一年後、親友(S)の高校進学とアタシの引越しを期に、アタシ達は離れ離れになり、自然にルナからも足が遠ざかり、更に数ヶ月経ったある日・・・・・・。
リミの父から電話があり、彼女の自殺を告げられた。

彼女の追悼会は彼女の父が経営するDORIと言うカフェバーで行われ、久々に集まったルナのメンバー達と彼女の死を悲しんだ。
なぜか偶然その中にアタシの従兄が居て、彼女の交友の広さと彼女の人懐っこさと彼女のやり切れないほどの寂しさなどを改めて知る事となった。
その数ヵ月後、彼女の父からリミの遺書が本になったと言う添え書きと共にこの本が贈られてきたのだ。


【ルナ】に集まっていた仲間は、きっとみんな子供の頃から魂に同じ色を持っていたのかもしれない・・・・・・。
常に何かに絶望し、常に何かに違和感を感じ、常に何かに飢え、常に何かで寂しくて、虚無感や孤独感や一種の諦めの中で、それでも何かが見つかると思い、必死で彷徨っていたあの時代・・・。
そんな迷子たちがルナと言う一つの店に集まり、一つの時代を共有し、ひとたび心を通じ合わせ、チリヂリに散っていった・・・・・・。
あのルナでの時代は、アタシの中に未だ根強く鮮明に焼き付いている。
もしかしたら生涯の中で最も居場所を感じられた時代なのかもしれない。

アタシの中のリミは今でも17歳のままだ。
あどけなく人懐っこく、いつも優しかったあのままのリミだ。
アナタのアカンベーをした遺影のあの顔、今でも辛くなるたび時々思い出すんだわ・・・。
「や〜い、や〜い、ヒョイと垣根を越えて早くこっちへ来てみやがれ〜♪」と挑発しているようにも思えてね・・・。

誰が行くもんか・・・。
行けたらとっくに行ってるさ・・・。

アタシはあの頃と同じ虚無感や焦燥感を抱え、何の成長も進展も無いまま、そっちに行く勇気も無く、こっちで生きる自信も無く、もう52歳にもなってしまったよ・・・・・・。
今リミは何処でどんな事をしているのかなぁ?
そっちは本当に楽園だったの?

人が自殺を選ぶのは、重い病気や苦痛を苦にする場合は別にしても、きっと現実に起きている苦悩や置かれている状況に絶望するからではないのだとアタシは思う。
毎日どれだけの人が自ら死を選んでいるかは知らないけれど、きっとみんな自分自身の無力な存在自体に深く絶望するからなのだ。

昨日、ふとリミの事を思い出し、もしかしたら・・・と思い検索を掛けてみて、長年封印していたリミの遺書を久々に読んだ。
泣けて泣けて仕方が無かった。

http://art-random.main.jp/samescale/017.html

リミはあちらを選んだ事を後悔はしていないのだろうか・・・・・・。



ある女性がリミの死に付いてご自分のサイトでこう書いてあった。
http://www6.cds.ne.jp/~haga_ken/OLDTEXT/Y04/text0412A.html

いちにちに80人が、みずからの命を絶つというぢだいに、わたしたちは生きています。
死んではいけない。生きていれば、いつか幸せになれる。
そんな言葉が叫ばれてもいますが、わたしにはそれは、ひどく虚しく、かえって人々の心を不安に陥れる、こどもだましな言葉のようにも聞こえます。

肉欲でもなく、金でもなく、ただぢぶんの居場所を探すために生き、そして疲れ果ててしまったしょうぢょ。かのぢょにとっては、そんな彼らの言葉よりも、冷たい風の音のほうが、まだ心に安らぎを与えたことでしょう。


アタシも彼女に深く共感する部分がある。
又生きられると思う垣根と今日までが限界だと思う垣根の間を何度も人間は行き来するのだろう。
それを超えた人と超えられないで居る人とどちらが偉く人間として正しいのか、アタシには未だに解らない。


2008年02月20日(水)


 (日記) やはりやりたい愚痴聞き屋


以前何をするのも虚しく、職を転々としていた頃、女性専用の愚痴聞き屋と言う商売を思い付いた事があった。
金持ちになれる事以外は、ありとあらゆるマイナーな人生経験を体験させてもらったアタシは、人の憂さや愚痴や懺悔を安値で聞いてあげる事くらいしかできそうな仕事が無いと考えたからだ。
10日に一度くらい地元紙に広告を出し、一回一時間半くらいで2千円を貰って親身に愚痴を聴いてあげるのだ。
勿論、セラピストやカウンセラーの資格が有る訳でも無いので、問題を解決させるような事は出来なく、あくまでもアタシはこんな経験が有ったと言う話を交えながら、単に愚痴を聴いてあげるだけなのだが・・・・・・。

仕事の詳しい内容は、先ず、愚痴吐き人の近くの喫茶店や公園等で待ち合わせをし、飲み物代は個々の負担で2千円で一時間半愚痴を聴くと言う事で始めてみたのだが、浸透するまで時間がかかり、たまに依頼は有ものの、宣伝費とガソリン代と飲み物代を使うとかなりの出費になり、時間をオーバーしても追加料も取れず、結局赤字になり、半年ほどで辞めてしまった。

一度地元のラジオ局の人がその広告を目にしたらしく、パーソナリティーが「愚痴聞き屋ってどんな仕事なんでしょうかねぇ・・・」と番組内で話題にしてくれていたと友人が知らせてくれ、こうこうこう言う職業でした。と番組宛にハガキを出したら、それもご丁寧に全部読んでくれていたみたいだが、アタシは残念ながら聞いていない。
もっと早く気付いてくれていたら少しは宣伝になっていたのかもしれないなぁ・・・(笑)
辞めた後だったので後の祭りだ。

初めは本格的にセラピストやカウンセラーの勉強をしたく、その学習資金を貯めようという目的だったのだが、あまりに貧乏になり過ぎて落ち込み、こっちの方がボロボロになり、こっちがセラピーを受けたたくもセラピー代も払えない状態になった。(苦笑)

アタシは自分のダメさやどうしようもなさを本気で聞いてくれる人に全てぶちまけたいと思うことが良く有る。
でもカウンセリングは結構高いし、どんなカウンセラーを選んで良いのかも解らないし、当たり外れも有るだろうし、相性もあるのだろうし、なけなしのお金を藁をもすがる気持ちで持って行くのだから、外れたら困るしなぁ・・・・・・。
お金を掛けて学問だけを身に付け資格を取った人に話をしても、果たして何かの効果が得られるのかなぁ・・と言う諦めも有る。
腰痛の悩みを腰痛未経験者に話して「それはさぞお辛いでしょうねぇ・・・」という言葉をくれても思いが伝わったとか、話して良かったと言う満足感は得られないのでは・・・と思うのだ。


アタシは今からくり箱でたまに愚痴聞き屋のような事もしている。(モチロン無料で)
かと言えば、店主のアタシが常連に愚痴を聴いてもらう事も有る。
人が人に悩み事や愚痴を言う時は、引かれるかも知れないと躊躇した上で、言わずに居れず、意を決して話すものだと思う。
話して良かったなぁ・・・と思えるのは、やはり同じ痛みを感じた事が有る人に親身に話を聞いて貰えた時だ。
なのでアタシも人の悩みには親身に耳を傾けるよう努力したい。

ともすれば、既に赤剥けの痛い傷口に、更にタバスコを掛けるが如く、説教なんかをしだす人も居る。
そういう人にはならぬよう、充分気を付けたいものだ。


今日の2個目日記  新メニュー 【汁なし坦々うどん】

(エンピツは一日一個の日記しか載せられないので上の日記の続きだと思ってください)

からくり箱でしか食べられない(普通のスナック系飲み屋では先ず無いであろう)何かを作り出そうと、色々考えてみて、本日【汁なし坦々うどん】たるものを作り、試食してみた。
汁なし坦々麺はやってるところも有るだろうが、うどんは有るまい。

コレ、中々良い感じだっ!!
お腹が空いていたし、作り立てを食べてみたかったのでシャメ撮る暇もなかった。(済まんだだ・・・)
次回出た時に載せる。

勿論タレも具も手作りで、ピリ辛。

本当は中華麺の太ちぢれ麺で作れば尚良いのだろうが、生麺はせいぜい2日くらいで売れなきゃダメになる。
アタシの店は他にも結構食べ物が多いので、ストック場所も限られている。なにせ狭い店だ。
そこで考えたのが冷凍の細うどん。
これならカレーうどんや他の麺類でも使えるしね・・・。
麺のコシは望めぬが、胡麻ダレとピリカラのひき肉と良く馴染み、結構イケた。
今日のトッピングは茹でモヤシとたっぷりの刻みネギ。
好みで温泉卵なんかを乗せても良いだろう。
ひき肉の具やタレは一度作れば4〜5日は大丈夫なので、もしも好評なら限定5食程度の定番にしようか等とも考えている。

しかし・・・・・・、こうして張り切った日に限って誰も来ない・・・・・・。(涙)
しかも(W)さんから6時40分ごろ着歴があり、来ようと思ったらしいのだが、アタシはまだ運転中で出られなかった。なので又具合でも悪くて休みだとい思ったらしい・・・・・・。
店に着いて直ぐに連絡したらもう他の店で落ち着いてしまったという事だ・・・。
あぁ・・・、負の連鎖・・・未だまっしぐらだなァ・・・・・・。
世の中厳し過ぎるナリ・・・。





2008年02月19日(火)


 (日記) アカデミー賞受賞作


昨日ビデオに収めてもらった2008年カデミー賞受賞シーンを見た。
最近とんと映画館にも行かなくなり、レンタル映画も滅多に借りる事も無く、これと言った映画を見ていない。無論ノミネート作品は一本も見ていない。
しかし元々は映画大好きバアサンなので、ああいう番組を見ると、どれもこれもが一気に見たくなる。
せめてアカデミー賞のノミネート作品くらいは全て見ようと、昨日己に固く誓った。
まだどの映画もレンタルされてないのかなぁ?

その中でも自虐の歌(?)だったっけか・・・・・・。
あれは最も興味深い。
何となく他人事ではない映画のような気がするからだ。(笑)
嫌われ松子の一生(?)だったっけか・・・(昨年度の受賞作?)あれも見てみたい。
やはり他人事とは思えない。(笑)

心のバイオリズムが最高潮に低迷しているこんな時期は、ゆっくりと見たい映画を見て気持ちのテンションを高揚させるのも良いのかもしれない。自分と置き換えて色々と考え、泣くもよし、笑うもよし、怒るもよし、共感するもよし、反省するもよし・・・・・・。
そして気持ちを切り替えて、又元気なバイオりズムに持ち上げて行く事も必要そうだ。

しかし、キキキリン・・・、大好きだなぁ・・・・・・。
ああいう一本ピンと筋の通った自由人に憧れる。



2008年02月18日(月)


 (日記) 人間模様が面白い


店を始めてもう直ぐ4年目に突入するが、この前常連の(J)ちゃんに「からくり箱を舞台にした人間模様の小説のようなものを書いてみたら良いんじゃない?」と言われたことが有る。
きわめて事実に近い架空小説みたいな物を・・・・・。と言う事なのだろうが・・・。
まぁ、個性豊か、かつ、狂人的、かつ、異端児の溜まり場であるからくり箱の常連達は、一人一人がミニドラマの主人公になり得る要素は充分で、そのメンバー達のエピソードを織り交ぜ、それを一つに纏めて小説を書くのは確かに面白い試みかもしれない。
それほど面白い人間ドラマが日々展開されているのは事実な訳で・・・。
でも、あいつが出てるのに俺が出てないとか言われそうだし、常連全部を書いていたらかなり分厚い本になってしまいそうだ。(苦笑)

アタシは元々まったく計画性の無い人間だし、怠慢なので、プロットを立てたりするのがめんどっちく、日記やエッセイは書けても、小説なんて書く自信はまったく無い。
書いてみたいような無理なような、そんな気持ちで居る。

先日も常連の(D)と、他に客も居なかったので久々に人間模様に付いて熱く語り合った。
(D)がアタシを「壊れてるねぇ〜。諦めてるねぇ〜。世捨て人だねぇ〜」と言い、「幼稚園時代とかはどんな子供だったの?」とアタシに質問をし、いつも聞き役のアタシが珍しく話し役に廻った。
人に何かを聞いてもらう事って、こんなに心地よいものなんだ・・・と言う事を改めて感じたりもした訳で・・・・・・。

話題は、なんでこんな意固地なダメ人間が出来上がってしまったのか・・・と言うようなものに移行し、こんな人間の店に集まる人々なので、やはりどこか風変わりで異色な常連ばかりだよねぇ・・・と言う結論に達し、それじゃぁ、常連達の迷惑にならぬ程度にいっちょ書いてみるべかなぁ・・・・・・なんて思い始めてもいる。

日記の読者の一人に「マキュキュは喜怒哀楽を書かせると上手いなぁ」と誉められたりもしたし、エスプリの効いたちゃんとした大人に「人間の個性を引っ張り出す文章は中々のセンスがある」と誉められたりもしたので、そろそろ小説に限らず、何か応募作品的なエッセイでも書いてみるかなぁ・・・・・・。

でも神輿は中々上がらないんだろうなぁ・・・・・・。


2008年02月16日(土)


 (日記) 人に期待するのは良くない


アタシは日記にもコメントにも、自分のダメさや情けなさや意地悪さや極悪非道振りをなるべく思いのまま書いている。(書き切れない部分は多かれど・・・)
それは、アタシはこんなダメ人間なのであまりアタシに期待してほしくないと言う牽制球でもある訳で・・・・・・。
人が人を好きになるのも嫌いになるのも自由だし、人の心までは誰も操作出来ない。
ただ、人間って人と知り合うと、始めは良い所ばかりを見ようとする。
それで勝手に好きになったり近付いたりする訳で、付き合いの中でその人の悪い部分を見つけたりすると今度は悪い部分だけが印象に残って良い部分は跡形も無く消えて行くものみたいだ・・・・・・。
挙句の果ては良い部分さえがあの良い部分はこういう魂胆があったからなんだ・・・などと勝手に解釈され、散々の悪口を言われる事すらある。
アタシは人と付き合っている内も、こじれたり仲たがいしたとしても、相手の悪い部分と良い部分は別個に考えるタイプだ。

人の事を勝手に好きになり近付いておいて、自分の期待に沿わなければ離れる。
まぁ、これはある意味自然な事であり、いた仕方ない事なのだが、自分の事は棚に上げ、相手をボロボロに傷付けて悪者にして去っていく人も多い。

アタシはなるべくなら人に好かれたくない。
人が思うよりも本当にダメな部分を沢山持ち合わせている事は自分自身が良〜〜〜〜〜〜〜〜〜く解っている。
どちらかと言うと、こんなダメ人間でも良いなら期待せずに付き合ってくださいと言う姿勢で生きてきた。
そして人に対しても過剰期待はしない。
人間は誰もが良い部分も有り悪い部分もあるものだと考えている。
その中でなるべくなら好きな部分を見ていこうと思って人と接している。
でもやはり苦手な部分が多くなり、アタシから人と離れることもある。
でも大抵の場合は自分が悪かった事が多い気がする。

52にもなれば普通は立派な大人であり、ちゃんとしていなければならないのだろうが、アタシは未だにちゃんと出来ない事だらけで、ある年齢から大人になる事を放棄し諦めた人間だ。
二十歳になれば大人だなんて誰が作ったシステムかは知らないが、精神や頭脳が大人になりきれないでそのまま死ぬまで引き継ぐ人も中には大勢居ると思う。
アタシャその良い例だ。
人に期待され、好きになられればそれにそぐうようにしようと言う努力は一応してみる。でも、その期待に対して重さや無理を感じる事もある。
なのでアタシは自分を作らず、なるべく自然体で居たいと思うのだ。
ダメ人間なんですよ〜。大人になりきれてないんですよ〜。馬鹿なんですよ〜。意志薄弱で自分に弱く、そのくせ頑固で好き嫌いがあって意地悪で極悪非道で、性悪で・・・・・・ETC
良い所は少ないが悪い所をあげりゃキリが無いような人間なのだ。

だから何を言いたいかと言うと、アタシャ何を言いたいんだ?
・・・・・えっと・・・、気を取り直して・・・・・・。 ←バカカ

アタシは決して良い人間ではないんだと言う事をお知らせしたかった訳で・・・・・・。
あまりアタシに期待しないで欲しいのだ。(汗)


2008年02月14日(木)


 (日記) 金蔵無事に手術終了


今手術を終えて自宅に帰ってきた。
手術中コマキの家で時間を潰させてもらっていた。
金蔵はまだ麻酔が効いていて夢心地。立ち上がろうとするとフラフラな状態。
時たま吐いたりしていてちょっと辛そうだ。
ゴメンネ・・・・金蔵。辛い思いさせちゃったね・・・。

昨夜は殺気を感じたのか、午前4時半ごろから延々鳴きっ放しだった。
なのでアタシも旦那も4時半からずっと寝ていない。
旦那はそのまま仕事に行き、たった今心配そうに電話をよこした。

サテ・・・・・・、金蔵が夢うつつの間にアタシも少し仮眠を取る事にしよう。
んじゃなきゃ、今日の深夜までもちそうに無い。店で寝ちゃいそうだ。



2008年02月13日(水)


 (日記) お叱りを承知で、もう一日お休みを・・・・・・


今月は過去最大級のピンチ月なので、今日こそは短い時間でも店を開けるつもりでいたのだが、正直元気が萎えてしまった。
これから雪になるようだし、去勢手術の為、明日の朝8時半までに金蔵を預けに行かなければならないし、もしも店を開けて遅くまでお客さんが来なかったら・・・等と考えている内にシュンと気持ちが縮んでしまった・・・・・・。
なので今日もう一日だけお休みを・・・・・・。

殆ど自業自得病で自分で自分の首を絞めているような気も否めないのだが、こういう日に限って己を奮い立たせて店を開ければ誰も来ないような気がするし、休めば客人が来た事を知り、申し訳なかった、勿体無かったと益々自己嫌悪に陥入り、余計に凹んでしまうのだ。
貧乏経営者にとって全てが裏目に出ると言う、この周期的に来る大きな負のバイオリズムから中々抜け出せないで居る。
その内皆から見放されちゃうのかも知れないなぁ・・・・・・。

明日は店が忙しくなる事が解っているので張り切れる。
麻酔からまだ覚め切らぬであろう金蔵をゲージに一匹残し、仕入れや何かで早くから動かなければなるまいが、しかしそれもお客に会える、少しでも確実に売り上げが有ると解っているからこそであり、実際にお客達の顔を見れば楽しいし、やって良かったと思えるのだが・・・・・・。

アタシが今一番欲しい物は、お客様探知機だ。
一人でも来る事が事前に解っていたらどんなに腰痛が辛くても、多少熱があろうとも、喜んで開けるんだろうなぁ・・・・・・。
来るか来ないか解らない時間帯を一人であれこれ考えながら過ごしていると、不安感で居たたまれなってしまうのだ。

アタシは本当に精神が弱いんだなぁ・・・・・・。
こういうバイオリズムが来ると、自分の事が嫌で嫌で仕方がなくなる。


2008年02月12日(火)


 (日記) 笑い過ぎて腰が痛い


昨日はロザリー&タカ家に招待され鍋パーティーに行ってきた。
メンバーは、ロザリー夫妻(まだ婚姻前だが・・・)ロザリーの息子とその友人・カルロス・ダウアー・たかちん・フゥーリィー(アタシの夫)・コマキ・ぇみちん・毒舌2&アタシ。&タカの愛犬ルーク。

出掛ける前に一口カツを揚げ、玉ねぎと出汁と卵でとじ、カツ丼の具のようなツマミを作り急遽差し入れに持っていく事にした。(考えてみりゃ変なツマミ・・・)
タカとロザリーは仲睦まじく甲斐甲斐しく働いており、年齢は二人ともかなりなアダルトなれど(失礼)まるで新婚家庭のような微笑ましい光景だった。

海鮮チゲと豚の豆乳鍋の2種類の鍋や、カルロス・ロザリーの息子が焼いてくれたたこ焼き・ロザリーの手作りコロッケや諸々のツマミ等を突付きながらの楽しい宴になった。

宴も徐々に盛り上がって来た所で、秋に行ったからくり箱の第一回ボーリング大会の2次会時に、タカとダウアーが撮ってくれたビデオの映写会が行われた。
本邦初公開のマル秘ビデオだ。


いやぁ・・・・・。
恐ろしいものを見てしまった・・・・・・。
見てはいけないものを見てしまった・・・・・・。
皆あんなだったんだ・・・・・・。
何とオカルトチックで狂気的な盛り上がりだったのだろうか。
今更ながら、あの日のおぞましい光景が目に焼きついて離れない。


笑い過ぎて又腰痛が勃発した。


アレは編集してメンバー皆に一本一万ずつで売ろうじゃないか(笑)
下手なお笑いのビデオよりなんぼかオモロイ。
その位笑えるビデオだったです。

そんな楽しい宴も深夜2時を迎え、解散したのだが、外に出た途端道路が凍結していてすっ転んだ覚えがある。(恥)
今腰が痛いけど、笑い過ぎて腰が痛いのか、すっ転んで腰が痛いのか、良く解らない・・・。

とても美味しく楽しい鍋パーティーだったなぁ。
あのメンバーは実に面白い。

タカ・ロザリー、ありがとう&ご馳走様でした。
大変楽しゅうございました。


2008年02月11日(月)


 (日記) 哀れ金蔵、もうすぐオカマに・・・・・・


昨日は大雪のせいで再び腰に激痛が走り、店に行ったには行ったのだが、途中でリタイアして早々に引き上げてきた。
あの雪で全然人通りもなかったし・・・・・・。
もしもどなたか来て下さったのなら、大変申し訳なかったです。

サテサテ・・・、
金蔵君の虚勢手術が今度の水曜日に決まった。
金蔵を貰い受けた先が動物愛護協会に所属しているお宅で、そこから猫を引き取った場合は虚勢手術料の半額を負担してくれるそうだ。
大変可哀想で心苦しいが不幸な捨て猫を増やさないためにも致し方ないのだね・・・・・・。
せめて一度くらい生殖本能(快楽)を試させてあげてから・・・とも思ったが、この機会に手術しないと割引がきかなくなると言うし、他所の猫に身ごもらせでもしたら申し訳ない。
許せよな、金蔵よ・・・・・・。
お前がオスで居られるのも後2日かぁ・・・・・・。

金蔵は今まるまる太っていて、もうすぐミュウーと大きさが変わらなくなり、体重も追い越さんばかりの勢いで成長している。
金蔵とミュウーは相変わらずで、いまだミュウーは金蔵を寄せ付けず、金蔵が擦り寄ればギャーギャーシャーシャーと攻撃的だ。
多分一生金蔵を受け入れる事はあるまい。

ミュウーは娘時代に避妊手術をしているし、金蔵は虚勢手術を行うし、金はオカマにミュウーはお鍋と言う事で、なんか複雑な性別の猫が2匹になる訳だ・・・・・・。
金蔵も虚勢をすれば少しは落ち着きミュウーを追い掛け回さなくなるのだろうか・・・・・・。
金蔵が落ち着いてくれ、ミュウーも何かの変化を感じ取り、これを期に仲良くなってくれたら良いのになぁ・・・・・・。


2008年02月10日(日)


 (日記) 自分が誰かにとって必要か必要でないか


と言う事を時たま誰かに確認しないと、生きているのか死んでるのかも解らなくなる時がある。(笑)

昨日も常連客の一人にそんな質問をしてみた。
「ねぇ・・・、アタシって誰かの役に立ててるのかなぁ・・・」と・・・。
そしたら
「お前さんは充分役に立ってるさ」と言って貰えた。

人に必要とされてる間は、人間って生きていられるもんなんだよなぁ・・・。



所で・・・・・・。
話は全然変わるけど・・・。

昨日松本市で火災があり、4人家族の内二人が亡くなった。
松竹亭という中華料理屋を営んでるお宅で、アタシの亡き母の友人の親戚筋に当たるご家族だ。
アタシの母の店と松竹亭はほぼ同じごろに開店した店で、そこの中華料理や手作りの中華まんが美味しくて、昔は母と息子と良く通ったものだ。
奥さんはアタシと同じ位の年代で、そこの息子さんもアタシの息子と同じくらい。
そんな事で良く行き来をしていた時期も有った。

マスターとマスターのお母様が行方不明になっていて、2体の遺体がその人達ではないかと見られている。

からくり箱を開店してから2度ほど奥さんが飲みに来てくれ、昔話に花が咲き、お互いに、こんな不況な最中だけど頑張って乗り切ろうよね・・・などと話して居たのに・・・なんともむごい事になってしまった。

亡くなられた方々とご家族の方に心よりお悔やみ申し上げます。


2008年02月09日(土)


 (日記) 倖田来未の発言問題について


倖田来未が今回は槍玉に挙げられ、かなり苛められていた。
「35歳過ぎると羊水が腐るから・・・早く子供を産んだ方が良い」
との発言が波紋を呼んだとあるが・・・・・・。

これはもちろんジョークだし、国民の女性に対して言ったわけではないし、あくまでも近しいマネージャーに向けての彼女流のシニカルジョークを交えた応援ではないか・・・。と、アタシは思う。
馬鹿じゃ有るまいし、実際に35過ぎたら羊水が腐るなどと誰が本気で思うかなぁ・・・・・・。
それを本気で真に受けて悩んだ人が居るとしても、ちょっとジョークが過ぎたんでないか? くらいに内心は不愉快に思ったとしても、それをいちいち目くじらを立て騒ぎ立て、傷付いただ侮辱しただ、はたまた真剣に不妊治療をしている人はどう思うかなどなど・・・・・・。
話の方向を彼女の立場が悪くなる方向へ方向へと無理やり持って行こうとしている人たちが多く居る事自体にアタシャ恐怖を覚えた。

出る釘を打ち付ける。
出れば必ず引き摺り下ろす。
一事を万事のように取り扱う。
こういう揚げ足取りや意地悪な人は嫌いだなぁ。

それじゃぁ、綾小路○まろとか、辛口トークのお笑い芸人などは、毎日毎日謝罪会見しなきゃぁならないじゃぁないか・・・・・・。
「お前脳みそ腐ってるんじゃないか?」等と言うジョークが出る度、脳外科を引っ張り出し「医学的に見て脳みそは腐るものではありません」等との発言をさせるのかなぁ・・・・・・。
そういう証言にわざわざ立たされる医者も何か滑稽だなぁ・・・・・・。

アタシは別に倖田来未のフアンでもないし、彼女の肩を持つわけではないが、人の言葉尻を捕らえて常に荒捜しをし、チョットした失言や失敗を狙って失脚させようとする人種、アタシはそっちの方が好きになれないなぁ・・・・・・。

こんな事がこれほどの大問題になると、お笑いの世界まで意気消沈しちゃいそうだ。


2008年02月08日(金)


 (日記) 未だ気になる歌 五輪真弓【少女】


若い頃五輪真弓の【少女】と言う歌が大好きだった。
当事は洋楽やハードロックばかり聴いていたアタシだが、この曲をラジオで聴いた時、なぜか不思議なメロディーや詩に、チョットした絶望感や恐怖にも似た独特な感性を感じ、強く引き込まれた記憶がある。
早速アタシはレコード屋に駆け込み購入した。
邦楽のレコードを買ったのはもしかしたらこの曲が最初かもしれない。

詩の深い意味や何を歌おうとしていたのかは、未だ良く解らないのだが、大昔、淺川マキと言う人が歌ってた【赤い橋】と言う曲があり、やはりこの歌を聴いた時にも同じような奇妙で不思議な感覚を覚えた。

http://www.fukuchan.ac/music/j-folk1/akaihashi.html

【赤い橋】は残念ながらカラオケには無いのだが、【少女】は今でも時々歌っている。
この歌を歌うと、当事の純真無垢(ww)だった頃の自分が呼び覚まされるような気がするのだ。
未来や将来に夢踊る年代にも拘らず、何かに絶望し、怯え、虚無感を抱えながら等々力の生家の縁側にボンヤリと座っていた頃のアタシ・・・・・・。
未来の虚しさを暗示しているようなそんな歌に聞こえてならないのはアタシだけなのかな・・・・・・。

皆さんはこの歌詞・・・・・・どんな心境で作ったものだと思いますか?

http://www.uta-net.com/user/phplib/view_8.php?ID=2549

今日も歌ってみよう。
そしてあの頃のアタシに再会して見よう。



2008年02月07日(木)


 (日記) 医者のはしご


この病院嫌いのアタシが昨日は2軒の医者をはしごした。しかも夫婦でだ。
旦那はこの所の寒さと仕事の忙しさが祟り、膝に水がたまり整形外科へ。
アタシは眼科と整形外科だ。

左背筋の筋違い、昨日はパソコンに向かう気力も無く、家でずっと意気消沈しながら寝ていたが、今日はシップと痛み止めで大分良くなり、まだ多少左方向に向く事は困難だけど、ようやく左手も動かせるようになった。

眼科の方は角膜の傷が結構デカイらしく、傷も深いので一週間くらいは無理にコンタクトレンズを入れたら失明するかも知れないと脅された。
片目じゃ視力が0.5しかないらしく、運転はおろか料理作りもままならない。
かと言って一週間も店を休んだら、即、支払いがたまってしまう。
ハテ・・・・・・どうしたものか・・・と昨日は暗澹たる気持ちで一日中思い悩んでいたが、息子から電話があり、「俺がなるべく協力するから店は開けてようよ」という頼もしいお言葉を頂いた。
しかし息子は諏訪だし、本業も持っている訳で、こっちの事で無理をさせて本業に響いたら申し訳ないとか、若いから多少の無理は利くのかなぁ、此処は素直に助けを請うべきか・・・、とか、色々考えていた。

息子が此処まで心配をしてくれ、からくり箱の事を愛し始めてきた事が嬉しくもあり誇りにも思う訳だが、せめて松本に住んでたらもう少し甘えられるのになぁ・・・・・・。
旦那もアタシモ身体障害者みたいなものなので、これ以上旦那の仕事を増やさせる訳にも行かないし・・・・・・。

今日息子に電話する事になっている。
そこで話し合い、今日から店をどうするか決めようと思う。
店を始める場合、あまり大した料理は出来ないかも知れないが、少しの間だけ我慢していただけたら嬉しゅうございます。


2008年02月06日(水)


 (日記) アタシの人との付き合い方


ある人に「マキュキュは沢山の友達が居て良いなぁ・・・。友達とうまく付き合う方法教えてよ。」と言われた事がある。
そう言われてもなんと答えたら良いか解らなかった。
なのでアタシは「実はそう上手くも無いのよ・・・」とモジモジした。

ただ言える事はアタシの基本はあくまでも「来るもの拒まず去る者追わず」と言う姿勢をずっと貫いて来た事くらいだ。
人間嫌いではないし、色々な人や色々な人の考え方に興味がある。
人間観察も大好きだ。
ステキに生きてる人は男でも女でも大好きになる。
ステキに生きている人をなるべく学び、そうでない人の真似をしないように気をつけてはいる。
今好きな人でも後で嫌いになる場合も有れば、今苦手な人でも後に好きになる場合も有るし、小ばかにしていたような人が後に偉くなって世話になることも有るかもしれない・・・・・・。なので取り敢えずは人との接し方は、冷たくなく、尖らないようには気をつけている。

アタシが人を愛してやまないのは人との付き合いには必ずと言って良いほど別れが来るからなのだ。
男女身内を問わず、その人を愛し、慈しみ、どんなに仲良くなっても、人間には必ず別れの時は来る。仲たがいでの別れも有れば、死別もあり、仲の良いままの一身上の都合による別れもある。
その刹那がたまらなく愛しいからこそ、人を愛するのだろうし、アタシは人との付き合いを自然体のまま大切にしようと思うのだ。

人に優しく、常に追う目と引く目を考えつつ、場を読み、相手の気持ちを考え、無理や背伸びをせず、邪魔にならぬ程度に、押し付けがましくなく、かと言って控えめ過ぎず、時には無邪気に甘え、時には軽く毒づき、相手の楽しむ事をし、相手の嫌がる事は極力避け、時に温かく、時に放置し、時に優しく、時に厳しく、時に真剣に語り合いながら互いの良い距離感を保ちつつ人と付き合う。
そして好きな人ならば尚更、又会えた時に互いに嬉しく思えるように、別れ際は大切に別れる。
↑こんな所がアタシの思う、人との理想の付き合い方なのかなぁ・・・・・・。(中々出来ては居ないけどね・・・・)

こんな商売をしていると嫌でも生涯、出会いと別ればかりを繰り返さざるを得ない。
だからこそ出会えている時はその人に対し、温かく楽しく居心地の良い存在で居られる様に大事に臨みたいものだ。


2008年02月04日(月)


 (日記) 尖るなや・・・・・・


うちのフゥーリィーは運転中はとても短気だ。
前にトロイ運転や怪しげな運転をしている車などが居るといちいち声に出して悪たれを吐く。
「亀じゃあるまいし、とっとと走れよ!!」とか
「方向指示器いい加減にしまえよ!!」とか
「歩けよ!! その方がよっぽど早わ!!」とか
「あのババア、運転しながら寝てやしないか」とか・・・・・・。

一度ノロノロ運転の爺さんの車(ベンツ)を追い越したら、爺さんに後ろ1Mの処をぴったりと張り付かれて煽られた事がある。
アタシャ、「あの爺さん中々やるじゃぁ〜ないか・・・」と、チト面白かったのだが、フゥーリィーは本気で腹が立ったらしく、ジグザグ運転をしながらミラー越しに眼を飛ばしていた。
「いい年コイタ人間がもっといい年コイタ人間に尖るなよ!! みっともない・・・・・・」とアタシャ鼻で笑ってやった。

でも、次にアタシが運転していた時「オマエの方がよっぽど短気じゃないか・・・」と鼻で笑われた。
どうもアタシ達夫婦はハンドルを持つと人間が変るようだ。

いけない いけない・・・・・・。


2008年02月02日(土)


 (日記) 昨日も仕事リタイアだった。


このところのあまりの冷え込みの強さに、アタシの腰が又悲鳴をあげた。
昨日は全く動く事が出来なくなり、店に行けなかった。パソコンのある隣の部屋にも行けなかった。
今年の冷え込みは異常だなぁ・・・・・・。
気温の冷え込みは財布の冷え込みにこんなにも素直に比例する。

風呂で温め、温シップを貼り、その上から更にホッカイロを当て、ようやく今朝は動けるようになった。
昨日は4人の人から電話やメールがあり、またまた心配を掛けてしまった。月末だったのになぁ・・・・・・。勿体無い・・・。
店の大家さんに月曜日まで家賃待ってもらう事にした。(汗)

所で・・・・・・、中国製の餃子が大変な事になっているのを今朝のニュースで知った。(今更だけど・・・)
うちは小さな子供が居る訳ではないので、弁当も作ってないからあまり冷凍食品等は必要が無く、殆ど買った事がない。
餃子やシューマイ等も自分で作るしね・・・・・・。でも、お弁当を作っているお母さん達は一体食の何を信じたら良いのか不安で仕方ないだろう。
明らかに日本語のパッケージで輸入会社が日本なら日本製だと思うもんなぁ・・・・・・。材料は中国などと誰も知らないわなぁ・・・。
又中国製だと思っていても、本場の味だし、安いからと買う人も居たのではないだろうか。
一部の製品にああいう不祥事が発覚すると、全てが危険のように感じてしまう。
ちゃんとした会社は良い迷惑だよなぁ・・・・・・。

食品偽造や会社の不正は内部告発がかなり多い。
もしもTVで騒がれているように、今回の事件が意図的な社員の犯行だとしたら、会社に強い不満や不信感を持っていると言う事だ。
日本の会社も向こうの会社も上層部だけが良い思いをしていて、下々は食うか食えぬかの安給料でコキ使われている会社が増えている。
そんなうらみつらみがこういう犯行や内部告発を引き起こすのではないかと思う。

会社と言うのは、社員に喜んで、楽しんで働いてもらってこそ伸びる訳で、社員に敵を作ったら怖いもんなんだよなぁ・・・・・・。
食品会社に限らず、自分の会社のために一生懸命働いてくれる人の事をもう少しちゃんと考えてあげたら、又そもそも、そういう人間が全ての会社の社長さんなら、人を欺いてまで利益を上げようなどとも思わないので、事件も起きないんだろうなぁ・・・・・・。

何か世の中全てが愛より金(利益)の嫌な時代だ。


2008年02月01日(金)

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