マキュキュのからくり日記
マキュキュ


 (日記) 書く意欲も失せる日


こうも世間で、暗く、悲しく、辛く、痛い出来事ばかりが続くと、書く意欲も失せてくる。
何かを書こうと、何度もパソコンの椅子に座り、書き始めてはため息を吐いて削除する・・・・・・。
今日は朝からこんな事ばかり繰り返していた。

お陰で少しアタシも具合が悪い。
微熱があって、少しだるい・・・・・・。
きっと、気温差の激しさと昨日の疲れで心も身体もストレスを溜め込んでいるせいかも知れない。
昨日は予約があって50人入る店が、ほぼ満席状態で、動きっぱなしだったからなぁ・・・・・・。

今日も仕事なのに、身体を壊している暇などないじゃないか・・・・・・。
金曜日まで何とか持ってくれ・・・・・・。

そんな訳で今日の日記は、どうも、書けそうにないや・・・・・・。




2004年10月31日(日)


 (日記) つくづく自分は幸せなんだと・・・・・・


今回の台風も新潟地震も・・・、改めてTVを見るたび、その悲惨さがクローズアップされ、本当に被災者の人々は大変なんだなぁ・・・と思う。
TVを見ながら、今現在ファンヒーターにあたり、コーヒーを飲めている自分が、つくづく幸せだ・・・、と思う。
暖かな寝床があり、リラックスしながら本も読める。
いくら貧乏でも、生活費に困っていても、まだまだ自分は幸せだと・・・・・・。

もしも、自分の身にアレが降りかかっていたとしたら、私は多分生きては行けないかも知れない。
只でさえ苦しい現状の中、これ以上全てを失ったら、一体どうなってしまうのだろう・・・・・・。
そう考えると、さすがの私も、何かせずには居られない気持ちになった。

かと言って新潟まで行くお金もない。仕事も休めない。
せめて、TVで募集している義援金にわずかながら参加させてもらうくらいのことしか出来ないと思い、昨日ささやかに募金をした。
そして今日明日と休みを返上し、仕事に出させてもらうことにした。
又来月の給料日には、少しでも多く募金に参加出来るようになれると良い。

神戸の時もそう思ったけど、報道陣にインタビューされるたび、少々うんざり気味に受け答えする人が多い。
(貴方達は取材を終えれば帰る家があるのでしょう? 暖かい部屋や、美味しい食事が用意されるのでしょう? いかにも解りきった様な顔で、慰め事など言わないでくれ・・・)
きっと、こんな心境なのだろう・・・・・・。

アタシにも解らない。
当事者の気持ちは解らない・・・・・・。
経験のない苦しみだから解らない・・・・・・。

ただひとつだけ解っていることは、いつかはきっと、自分自身の身にも降りかかる事が有るのだろう・・・、という事くらいだ。



2004年10月30日(土)


 (日記) 真優ちゃん残念・・・


真優ちゃんの死亡が確認されたという事、とても残念だった。
きっと、真優ちゃんは優しいお母さんと何処までも一緒が良かったんだね・・・・・・。
あの状況下では、一人でも助かった事が奇跡なんだと思うしかないのだろう・・・・・・。あんな場所で怖い思いをしながら亡くなって行った真優ちゃん、お母さんが、可哀想でならない・・・・・・。
一日も早く、隊員たちの無事も考慮しながら、真優ちゃんをお母さんの傍に一緒に眠らせてあげて欲しい。

真優ちゃんも優太ちゃんも、それぞれの名前に優しいという文字が付けられている。
優しい子に育って欲しいと言う、御両親の切な願いだろう・・・。
その名の通り真優ちゃんはとても優しい子だったと保育園(幼稚園?)の先生が話していた。
きっとそんな名前を付けたお母さんたちも、とても優しかった人に違いない。

優太ちゃんに何れ、お母さんと真優ちゃんの死を知らせなければならない事は、とても残酷な事だ・・・・・・。
でも、優太ちゃんのお母さんも真優ちゃんも最後まで優太ちゃんの身を案じながら、命のリレーをしたのだろう・・・・・・。
あなたはお母さんとお姉ちゃんに守られて生還した、奇跡の子です。
その名の通り、優しく太く、たくましい人間に育って欲しいものだ・・・・・・。
お母さんと真優ちゃんを誇りに思い、元気に生き抜いてくださいね。


今回の救出劇は、私たちに大きな感動と、人間だけの力ではどうしようもならない事もあるのだと言う悲しみを教えてくれた。
今日の地元紙にハイパーレスキュー隊の一陣が松本に帰ってきたと大きく出ていた。みんなの写真も載っていた。
みんな胸を張り、とても勇ましく立派な良い顔をしている。
任務を精一杯やり終えた誇りか、その眼差しは栄光の光に輝いていた。

貴方達は英雄です。
貴方達は立派でした。
私たちに大きな感動を与えてくれました。

あの感動劇に地元(松本)のレスキュー隊が参加していた事に、胸が熱くなるような誇りを感じた。

貴方たちのような貴重な人材の一人の命も危機に晒さぬよう、今後も細心の注意を払いながら、一刻も早く貴方たちの温かな腕で、真優ちゃんを思い切り抱きしめてあげてください。
皆様が無事で任務をやり終えてくれる事を陰ながら祈ってます。


2004年10月29日(金)


 (日記) 新米作家!?


昨日、先日お会いした木曽春秋の編集長様からご丁寧にお手紙が届いていた。
どうやら私の駄文を採用してくれる事になったらしい。
採用されたのは父の事を書いた【オーマイパパ♪】
その修正原稿と一緒に送られて来た。
多少、本の都合上、端折られてはいたが、大きな手直しや書き変えは然程なかった。ありがたい事に、ほぼ私の表現をそのまま伝えるようにと配慮してくれていた。
しかも、筆力に敬意を表し、同人扱いにしてくれると言う。
その他細かい批評は特別には書いていなかったが、その筆力に敬意を表し・・・という表現が私の文章が認められたと言う証拠みたいで何よりも嬉しかった。

これで売り物の本に私の書いた文章が生まれて初めて載るわけで、私の名前も載るわけで、新米作家の初仕事となったわけだ。
ムフフフフ・・・。
ほ〜ら♪ 予てからの夢が一つ叶ったではないか・・・・・・。
私も新米作家の仲間入りが出来たと言うわけだ。

木曽春秋は木曽周辺の同人が書いた物及び、一般公募者の作品を厳選し、随筆を集めた月刊誌だと思われる。
中々田舎の人情人風情満載の味わい深い随筆集である。
私が頂いたのはテーマが【笑いの玉手箱】その他自由題が少数。終わりのほうには俳句や短歌なども少しある。
なので、笑える話が多いのは勿論なのだが、田舎特有のほのぼのさや、温かみがあり、とても楽しませていただいた。
参考のためにと頂いたのは、その2004年の4月号一冊だけなので、まだ良くその本の実態は解らないのだが、どうやら図書館などにも置かれている本らしい。
長野の書店では売られているのだろうか・・・・・・?
値段は1300円みたいだ。
もしも欲しい方が居たらメールを下されば購入方法をお知らせします。
と言っても、とんとん拍子に慌しく話が来過ぎてしまって、私自体が全然把握してなく私もいつ発売されるのかも知らないのですが・・・(笑)
私関係の人から数冊でも売れれば、少し私の顔も立つものだと思われます。(笑)
ともかくマキュのデビュー本になる事だけは間違いなさそうなので、どうか一冊記念に如何でしょうか? エッセイ集の事もあるので押し売りはいたしませんが・・・・・・。(笑)

話は全然変わるが・・・、昨日、松本でも日記を書いている最中に震度2の余震があり、それをきっかけにNHKを付けた所、親子3人の救出現場の映像が目に飛び込み、それからTVに釘付けになっていた。
TVの画面が揺れるたびドキドキし、ハラハラし、私も身構えながら、結局は出勤時間ギリギリまで見入っていた。
2歳の男の子・・・・・・。あんなに小さな身体で、あんなに怖い思いをし、寒い中空腹や脱水症状に耐えながら、良くぞ4日間も生き長らえていられたなぁ・・・と涙が出た。良くぞ頑張ってたなぁ・・・・・・。偉いなぁ・・・・・・。
本当に奇跡としか言いようがない。
残念な事に、お母さんは亡くなってしまったが、さぞや無念だっただろう・・・・・・。
お母さんも生きて助かって欲しかった・・・・・・。
きっとギリギリまで自分の子供らを励まし、かばい続け、守り続けて、どうしようもない思いを抱きながら逝ってしまったのだろう・・・・・・。
それを思うと、すごく悲しい。
早くもう一人の女の子が見付ると良い。
出来れば無事に見付ってくれると良い。
生きて見付って欲しい。

しかし、あのハイパーレスキューの人たちは立派だなぁ。
自分の命を投げ打って他人を助けている人ばかりだ。
余震・寒さ・落石の恐怖の中、たった一つの目的のために皆が一生懸命なあの姿にも大きく感動しながら見ていた。

そうかと思えば、この期に及んで、被災者を利用した悪徳商法や、オレオレ詐欺みたいな事も多発していると思うと、同じ人間でありながら、どうしてこのように、まっ二つの人格が出来上がってしまうのか、虚しくなる。

アタシはどっちにも成れないなぁ・・・・・・。

方や自分の命を犠牲にしても人を助けたいと思う人。
方や、打ちひしがれた人間に更に追い討ちを掛けて喜んでいる悪魔ども。
人間も、極端だなぁ・・・・・・。
すごく恥ずかしい。


2004年10月28日(木)


 (日記) 金子由香里に咽び泣く


すばらしい一日だった・・・・・・。
やはり、昨日は全ての不安要因からいったん解き放たれ、どっぷりと金子由香里に浸れた、本当に本当に、良〜〜〜い一日となった。
金子由香里のリサイタル・・・。それに行けただけで、今までの苦難が全てリセットされ、今日から又新たに歩き出せるような気さえする。

彼女の人気のピーク時に比べると、客の入りは減っていたけれど、今でも彼女の人気は老若男女を問わず根強い。

一曲目は、私もお得意のレパートリーとして、普段良く歌っている【時は過ぎてゆく】と言う曲。
ジョルジュムスタキの歌を日本語に訳したものだ。
場内が暗くなり、バックバンドの前奏が流れ出し、金子由香里が登場し、その歌を語り掛ける様に歌い出した途端、私の目からヴヮア〜ヴヮア〜と涙が溢れ出した。
周りのものが全て遮断され、私だけに歌い掛けてくれているような錯覚に陥る。
しゃくりあげながら泣いている私に、隣のフゥーリィーが「恥ずかしいじゃないか」と苦笑する。

この涙は、一体何の涙なのだろうか・・・・・・。
嬉し涙とも、感動の涙とも、少しだけニュアンスが違うような気がする。
きっと、台風の被災者や、地震の被災者たちの元へ訪れた田中眞紀子さんなどを見掛けた人々が流す涙のようなソレに、ニュアンスが似ているかも知れない・・・・・・。
打ちひしがれ、ひび割れた心に、染み入るような慈愛に触れた時に出る涙。聖母に抱かれた時に出る涙・・・。一番逢いたかった人に再び巡り逢えた時に出る涙・・・。そんな涙に似ている。

【どんなに逢いたかったことでしょう・・・・・・。10代の後半、銀巴里でアナタの歌と初めて出遭ったあの日から30年間 、ずっと私の人生の聖歌として、アナタの歌を聴き続けてきたの・・・。あれから色々有ったんだから・・・。 人生が辛かったんだから・・・。 人生が愛しかったんだから・・・。苦しいに付け、嬉しいに付け、いつもアナタの歌を口ずさみながら、私は生きて来たのよ・・・】
そう心が訴えた掛けた涙なのだろう・・・・・・。
そのくらい、私の側には、いつも金子由香里の歌があった。

殆どの歌は馴染み深い歌で、CDや過去のリサイタルなどで聴いているものが多い。
次々に奥の深いシャンソンが流れ行くたび、懐かしく、又、感慨深く、走馬灯のように思い起こされるその時々の想い出に戯れながら、私は全神経を集中させ、金子由香里の世界に没頭した。

金子由香里のMCによると、松本に来たのは約20年振りだと言う。
そんなに昔だったのか・・・・・・。
そんなに久しぶりだったのか・・・・・・。
どんなにこの日を待ちわびた事だろう・・・・・・。

愛しい時間と言うものはいつも短い・・・。あっという間に最後の曲になり、アンコールとなった。
4曲ほど歌をサービスをしてくれ、私と金子由香里の20年振りの3時間弱の再会は瞬く間に幕を閉じてしまった。

楽屋口で待ち、一言だけでも話がしたかったが、フゥーリィーに「やめなさいよ。そういうミーハーみたいな真似は・・・」と咎められ、諦めた。
後日心のこもったファンレターでも送ろう・・・・・・。

その後、リサイタル会場近くの海鮮居酒屋に行き、久々の贅沢を味わった。
チケットは前回のお給料で買っておいたので、今回のお給料は半年振りの外食で少し贅沢に使うことにした。
予算は二人で10000万円以内。
「でも、滅多に無い事だから、少しくらいオーバーしても良いか♪」
私たちは舌を出し合い、あまり会計は気にせず、美味しいお酒と、美味しい肴に舌鼓を打つ事にした。

「俺、シャンソンなんか聴いた事もなかったし、全然興味なかったけど、今日初めて金子由香里を聴いてみて、マキュがあれほど夢中になっていたのが、何となく解ったような気がしたよ・・・。良いね・・・、金子由香里って」
ポツリとつぶやくフゥーリィーの言葉がとても嬉しかった。
『アッタボウヨ! このアタシが唯一生涯を通し、夢中になってる人だもん・・・』


カンパチの刺身・焼きタラバ蟹・キムチ鍋・大海老の天ぷら・焼きアナゴ・その他色々食べ、最後はお好み寿司で仕上げ、お酒も進んだ。
それでビクビクしながら会計をしたら、何と9780円。

どうだい! この感の良さ♪
しかし新鮮な良い物ばかりを食べた割には、とても安い・・・・・・!!

二人は幸せと、旨い酒に酔いながら、フラフラ腕を組んでタクシーを拾い、家に帰宅した。
今度金子由香里に出会えるのは、いつになるのだろう・・・・・・。


ああ・・・、実に楽しい夜だった・・・・・・。


追伸・・・。

もしも金子由香里のシャンソンを聴いてみたいという人がいるなら、私のお勧めは【銀巴里ライブ】です。
その中の、想い出のサントロペ・ねぇ仲間たち・街角のアベマリア・街・アコーディオン弾き・・・は、特にアタシが大好きな曲です。
過去私が経営していた店の一周年記念のミニライブで、今はプロデビューしたjazzピアニストの小池純子(友人)の伴奏で、この曲全てを歌わせていただきました。


2004年10月27日(水)


 (日記) 一喜一憂


嬉しい事があると、生きてて良かった・・・と喜ぶ。
辛い事があると、もう、死んじゃってもいいかぁ・・・などと悲観したりする。
毎日毎日嬉しい事と辛い事がめまぐるしくやってくる。
それが人生っていうものなのかなぁ・・・・・・。

私のように小刻みに、日々変化する幸せと不幸。
酷い時は、一日サイクルではなく、さっきはとても幸せだったのに、今は究極の不幸になったりもするし、その逆もある。
一日に何度も幸せと不幸の時間を行ったり来たりすることもある。
そんな繰り返しも、平均すれば、幸せの水と不幸の水が入った器は、みんな、同じ大きさで公平に与えられているのかなぁ・・・・・・。

私には大きな成功も、死ぬような不幸もきっと訪れないのかもしれない・・・・・・。
幸せは小刻み。不幸は秒刻み・・・・・・。
それって何となく、裏寂しい気もする。
私はもっと劇的でエキセントリックな生涯が良い。
例え早死にしても、もっと人生に大きな波が欲しい・・・・・・。
中途半端や、無難な生き様は嫌いだ。

地震や台風などで今までとても幸せにしてたのに、一気に不幸が訪れる人も居る。
ああいう映像を見ていると、どちらが良いとも言えないけど、やっぱり幸せと不幸の器の大きさは人々に平均に与えられているのだろうか・・・・・・。
私のように小刻みのサイクルでソレがやってくる人と、一気にドカンと訪れる人が居るだけの違いなのだろうか・・・・・・。

最近そんなことばかり考えるようになって来た。

でも、不幸と言うのは、結構良いもんかも知れない・・・・・・。
不幸を味わえば他人(ひと)の不幸にも純粋に涙出来る。
不幸の痛みを知れば、人の痛みも解れる。
不幸を知ると言うことは、幸せをより感じられる要素にもなるのかもしれない・・・・・・。


今日は日頃の憂さや、不安を全て捨て去り、金子由香里のシャンソンに没頭して来よう。
小雨が降り、肌寒く、シャンソンを聴くにはもってこいのシチュエーションだ。
私の一番良い頃に聴いたあのシャンソン。
その頃に私を戻しながら聴いてこよう・・・・・・。



2004年10月26日(火)


 (日記) 身になる出逢い


何か、ドラマのようでドラマで無いよな、数奇な出逢いがマタマタ有った。
先日の金曜、出勤し、ホテルのフロント奥のタイムカードを押しに行った時の事である。
タイムカードを押し、奥方と世間話をしていたら、フロントに人影が・・・。
恰幅の良い年配の男性だ。
どうも、ホテルの馴染み客のようで、奥方と一言二言、仲むつまじく挨拶を交わしている。
アタシはてっきり泊り客だと思い、営業に掛けてはこれでも必死なので、その会話に割り込み、ずうずうしくも、「良かったら後でスナックの方に飲みに来てください」などとチャッカリ客引きをしたのだった。
生憎、そのお客様は会議でいらした様で、今日帰るとの事。
「それは残念ですが、もしも少しでもお時間が有りましたら、必ず寄ってくださいね」と言い残し、さして期待もせず、仕事場に着いたのだ。

金曜日は忙しく、会合もあったので、店は賑やかだった。
そうしたら、何と、奥様を連れ、先ほどのお客様がちゃんと来てくれたではないか・・・・・・。
私は恐縮し、喜んで迎え入れ、飲み物をお出しし、少しずつ会話を弾ませて行ったのだ。

色々な話になり、私が趣味でエッセイを書いてる事を話したら、彼はとても驚き、「それじゃぁ、俺の編集している本に載せてやる」と言うではないか・・・・・・!
「はぁ?」
わけが解らず戸惑っている私に、その本とやらをわざわざ車まで取りに行き、一冊下さったのだ。
彼は一体ナニ者か? と思いきや、何と彼はベテランの新聞記者を経て、今は、木曽春秋と言う、随筆誌の編集長などをしている名士らしい・・・・・・。

「ひょえ〜っ♪ 私が一番、出遭いたいと思っているような人と、こうして、偶然にもこんな形で出会えるなんて、ゆ、ゆ、夢のようです!」
私は臆面もなく、喜び勇んだ。
これは、単なる偶然ではない! 必然の出逢いだ! 文章を書く上で、これほど良きアドバイザーになって貰える人は居ないかもしれない・・・・・・。

以降、話は盛り上がり、名刺交換をし、私の歌も気に入ってくれ、人柄も気に入ってくれ【?】奥様共々、とても仲良しになれたのだ。

しかし、新聞記者のようなプロの書き手に、私のような新米書き手の漫画チックな駄文が通用する訳も無く、半ば社交辞令だろうと、大した期待も抱いては居なかった。
そしたら、昨日、いきなりそのお客様から自宅に電話があり、木曽春秋に4ページほどの空きが出たので、書いた作品を直ぐに送ってくれと言うではないか・・・・・・!!
では、2・3日内に、吟味し、送らせて頂きます。と言ったら、、今日中にと言う。

ぎょえ〜!!
さぁ、困ったぞ!

彼に頂いた本は早速家に帰るなり、読み始めてみたのだが、今回は【笑いの玉手箱】と言う特集号なので大変面白く、同人などの年配のベテラン書き手の名がズラズラと連なっているようなちゃんとした本なのだ。
そのような本に・・・、しかも、1300円もする様な本に・・・、とてもじゃないが掲載出来る様な、そんな気の利いた文章は無い。
しかも編集している時間も手を加えている時間も無い。

私は取る物も取り合えず、今まで書いた日記の中から、慌てて4〜5作ほどをプリントアウトし、ホテルに急ぎ、FAXを借り、半ばヤケクソ・ダメ元で、送ってみた。
それがつい、昨日の事である。

未だ感想やら、反応は聞けてないが、そんなもの、怖くて聞けやしない・・・。(汗)
送った後になり、あれのほうが良かった。これのほうがマシだった。と、後悔するも後の祭り・・・・・・!

採用されるかされないかは別としても、物書きを目指すものにとって、これほどの出逢いが有るだろうか・・・・・・。
彼は私の家から小一時間ほどの場所に住んでいる。
なので、これからも、文芸に付いて、何らかのアドバイスはいただけると思う。

何はともあれ、偶然にも声をかけた人が、編集長だったなんて・・・・・・。
私の夢にホンの一歩、又近付けた気がする。

やっぱ、ぐうたら神を首にするのは止めて置こう・・・・・・。
糞食らえ! なんて言っちゃって、ごめんね? 【冷や汗!】


2004年10月25日(月)


 (日記) 台風の後は地震かい・・・・・・!


この頃、日本は・・・、神様に集中的に苛められてるなぁ・・・・・・と思う。
あれほどの台風襲来でボロボロ・ズタズタな時期に、今度は地震・・・・・・。
松本も昨日は震度3を記録した。

最初の2回ほどは、買い物中(運転中)だったので、この、地震には超敏感なアタシも、全然気付かなかったのだけど、家に着いたらフゥーリィーから「オマエの前世は、やっぱ、ナマズだわ・・・。さっき2度も地震が有ったんだよ、しかも新潟は震度6強だってさぁ・・・」と言われた。

ソレはなぜかと言うと、1週間前くらいに、アタシがフゥーリィーに、『何だか、近々、松本に近い場所で、いつもよりも少し大きな地震が有るような気がしてならないのよ・・・』と漏らしていたからだろう・・・・・・。
次の日に、確かに震度1の地震は松本で有ったのだが、「嘘吐き! 小さいじゃん」と、フゥーリィーにからかわれたのだ。
『おかしいなぁ・・・、アタシの感ではもっと大きなはずだったけど・・・、まぁ、小さいに越した事無いじゃん』なんて言っていた所だったからだ。

帰宅後、夕飯の用意をしている最中にも震度3の地震が来、アタシャそれだけでもう、アタフタアタフタしていた。
もしも、アタシが震度6強なんかの地震に遭遇したら、きっとその場でショック死してしまうと思う。
大きな地震を経験したわけでも無いのに、それ程、何故だが地震が大嫌いなのだ。

本当に漠然となのだが、いつもそんな予感がするのだ。
これは、アタシが死ぬほど地震が嫌いなので、防衛本能から身についた予感のような物なのかも知れないけど、以前も、ネット友達の(M)チャンに、マキュが地震の事を書くと本当に地震が起こる・・・。と、BBSに書かれたことがあった。(苦笑)
ブティック勤めをしていた頃も、どこかで大きな地震が有りそう・・・、と言ったら、次の日にアメリカかどこかで、かなり大規模の地震が有ったみたいで、同僚が気味悪がっていた。
具体的な場所や日にちや時間は全然解らないし、本当に微かにそんな気持ちが過ぎるだけなので、確信も無いし、日記に書いて不安を煽るような事はしたく無いので日記にまでは書かなかったのだが、いつも何となく心がざわめき、異様な不安に駆られるのだ・・・・・・。
そうすると直感的に(地震が来るのかも・・・)と思うのだ。

しかし、台風の復興作業もままならぬうちに、あんな大きな地震が来るなんて・・・、本当に神様って意地が悪い。
何故に悪い事って、こうも頻繁に続くのかなぁ・・・・・・。
そう言えば台風24号は、どうなっているのだろうか? 逸れてくれたのだろうか?
もう、勘弁して欲しいと誰もが思って居るだろう・・・・・・。

16日は、十数年来の唯一の楽しみである、待ちに待った金子由香里のリサイタルだ。
その楽しみだけは、どうか、今のアタシから取り上げないで欲しい・・・。
この所、ミュウーの事で少し滅入っていたので、そろそろ心に元気をもたらす養分が欲しいのだ。


2004年10月24日(日)


 (日記) 毛生え薬


CMで気になって仕方が無いものが有る。
腕やオデコの毛の束を引っ張っているAN社のアレ・・・・・・。
アレは一体、どういう仕掛けなんだろうか・・・・・・。
フゥーリィーがアレを見るたび、何とも羨ましそうな、物欲しそうな、微妙な顔をしてるのだ。

ウチのフゥーリィーはスキンヘッドだ。
スキンヘッドにヒゲ面。【コレが中々良く似合ってはいるのだが・・・】
てっぺんから、徐々に薄くなったらしく、出会った頃はとても上手にソレをセットで隠していたのだが、そのセット技術たるや、どんなカリスマ美容師も敵うまい。
アレがコレになるんだよ? と、皆に見せたかったくらいだ。(笑)
初めて現場を押さえたときは、良くもまぁ・・・、アレだけの少ない毛で、アソコまで自然に、多く見せられるものだな・・・と、アタシャ度肝を抜いた。
ただ、そのセットに2〜30分掛かる事と、スプレー代が嵩む事と、水に弱い・・・などの理由から、数年前、思い切ってスキンヘッドにしたのだ。
アタシがジョキジョキはさみで切ってやり、自分で剃ったのだが、初めてスキンにした時は、頭が真っ白けで、生々しく所々青々としてて、腹を抱えながらゲラゲラ笑い過ぎてるアタシに、フゥーリィー、惨めそうに悔し泣きをしていた。

アタシャ、何もスキンヘッド迄にしなくとも、泉谷しげるの様に、自然体で良いじゃぁないかぁ〜と言ったんだけど、本人は、有るなら有る。無いならいっそスキン。と決め込んでるようだ。
中途半端は嫌いらしい。

でも、髪の毛の有った頃の栄光に浸っているようで、アノCMを見るたびに、『マキュキュ、エッセイが売れてお金儲かったら、アレ買ってぇ〜♪』と、ねだられている。

アレは買うもんか??? それとも埋め込むもんか??? それとも貼り付けるもんか???
どっちにしても、何とも不思議で不気味なCMだ・・・・・・。

買ってあげたいのは山々なれど、きっとバカ高いんだろうなぁ・・・・・・。
アレを買ってあげられるようになるまで何十年掛かる事だろうか・・・・・・。一生無理だわ・・・・・・。
ソレよりも、今の技術なら、その内、種のようなものを頭に摺り込みゃぁ、シャンプーして水を与えるたび、芽が出て、毛が伸びてくるようなものが発明されるかもしれない・・・・・・。
ほうき草か、海に生えてるモズクのようなもので、代用を出来はしないだろうか・・・・・・?
しかも、どんどん生育し、濃さも長さも思いのまま。
コレ、中々奇抜で良い発想だと思う・・・・・・。
そんな研究をした人はきっと、ノーベル賞物だろう。
何方か早く研究してください。
しかも、薄利多売なら、尚ありがたい。

そうなりゃ、この世にハゲが居なくなる。
でも、この世にハゲが全然居なくなると、きっと、ハゲがもてはやされる時代になるだろう。
ハゲばかりになれば、又、毛を生やす。
サッカーやバレーの応援みたいに、ハゲとフサフサが、なんたらかんたらウエーブで見られるようになるかも知れない。

処で・・・、その張本人のフゥーリィーさん。
昨日仕事現場で、足をくじいて、本日足を腫らしてお休みしている。
労災使って、医者に行って、それで休んでくれればいいものを・・・・・・。ええかっこしいと言うか、何と言うか・・・・・・。労災は会社のためにも自分のためにも使わないと言い張っている。(カッコ付けてる場合かよ!)
又、精勤賞もらえない・・・・・・。又、給料下がる・・・・・・。
それでアタシと喧嘩になり、今、本人、まさかコンナ事を書かれているともツユ知らず、隣の部屋でフテネしている模様・・・・・・。

仕返しだ。ぶぁははははぁ〜♪ ザマ〜ミロめ!!


2004年10月22日(金)


 (日記) 不公平か公平か・・・・・・


あれだけ各地で猛威を振るった台風23号も、長野を通ったという割には、松本のアタシの住んでいる場所は、いつも通り、さほどの豪雨も強風も無く、前フリの割には今回もあっけないほど何事も無く過ぎ去ってくれた。
アタシはコレでも大変な怖がりなので、山際の部屋のベッドに寝るのは嫌だと思い、昨日はパソコン部屋で寝たのだが、風が強くなると言う時間にも風は全然無かったし、雨が強くなると言う時間にも雨音一つ聞こえなかった。
お陰で今日は寝床が変わったせいで背中が痛い・・・。
やはり、台風被害が少ないのは周りを山々に囲まれているからと言う事なのだろうか・・・・・。

大変ありがたい事では有るのだが、同じ日本でありながら、毎回台風の被害に遭われるような場所もあり、余りにも無残であり、不公平な事が有るものだと台風関連のニュースを見るたび、理不尽な思いが残る・・・・・・。
同じ長野県でも、電車が横転したり脱線したり、浸水したりと言う被害も有ったようで、益々このオンボロコーポが(大家さんごめんなさい)聖地に思えて来た。

今回の被害は最大になってしまい、やはり死者や行方不明者も数多く出てしまった。
暴風が吹きまくる中、垂れ幕なんか外させるなよ!! ←これは人災ではないかと思う・・・・・・。
新聞だって一日くらい来なくても良いじゃないか・・・・・・。←これも。
ともかく被害に遭われた方は本当に気の毒でならない。
もううんざりだろうと心から同情する。
私も昨日は仕事だった。客なんか来るわけも無いのに仕事だった。
あんな日は、店ごと休んだ方が人件費も電気代も掛からぬではないか・・・・・・。
途中で閉めて良いとのオフレは出たものの、帰り道は山際の道は通らずに、遠回りをしながら帰った。


人間の幸・不幸の数や、ラッキー・アンラッキーの数は、本来は平等で有るべきだとアタシは思う。でも、果たして幸・不幸の数ラッキー・アンラッキーの数は、平等に与えられているのだろうか・・・・・・。
平等のようでも有るし、不平等のようにも感じられるし、不平等のようにも感じられるし、平等のようにも感じる。

山に住んでいる人たちは山の災害・海に住んでいる人たちは海の災害、農家に住んでる人たちは農家の災害、都会に住んでいる人たちは都会の恐怖も有るのだろうし、いつどこで何が起こるか解らない。
貧乏人にも金持ちにも、いつ何時、幸や不幸が訪れるかも解らない。

なんとも言えないが、やっぱり順繰り順繰りに、平均すれば同じ大きさの幸や不幸が違った形で現れているようにも思える。
お金持ちはお金に執着する故に、大きなトラブルを起こし、一気に社会的地位を無くしたりしているし、貧乏人は貧乏人で、日々の暮らしに悪戦苦闘しているし、何かの事件やブームが元で、今まで見向きもされなかった商品が急に売れ出したりもしているし、何の不自由も無いような人たちが実は人生に思いのほかの虚しさを感じていたりするし、今まで善人ぶった人間が、実はあくどい事をして逮捕されたりしているし・・・・・・。
人間何が災いし、何が幸をもたらすか、本当に解らない。

やはり、平等なのかなぁ・・・・・・・・。


2004年10月21日(木)


 【愛猫エッセイ】 ミュウーへの方針を決めました


ミュウーの事に付いてご心配をかけた皆様に報告します。
よくよく考え抜いた結果、方針を決めました。
あくまでも自然の成り行きにミュウーを任せること・・・・・・。
そうすべきだと言う結論に達しました。
様々な友人の意見や、症例などを聞いたうえで判断した結果です。

以下の文章は、BBSにもその事を書いたので抜粋させていただきます。



私達には頭を下げる身内も居ないし、解約すれば現金が手に入ると言う保険その他の貯えも何もありません。
人に借りたり、借金をしてまでの治療は考えられなくなりました。
あくまでも自力でお金を勝ち取られれば、話は別ですが・・・・・・。

人間も動物も、全ての生き物も、以前にも日記に書いたとおり、私は生きられる長さではなく、生きてきた内容の濃さだと思うのです。
何かに必死になってきたか、愛するものを必死に愛したか、嬉しい事楽しい事、辛い事を含め、生を受けている間に後悔の無いように、思い通りにやりつくせたか・・・・・・。愛しい時を過ごしたか・・・・・・。
自分の力量に合った生を生きたか・・・・・・。
それが一番、生きる事への大切な課題なのだと思うのです。

なので、自然の成り行きに逆らわず、例えそれでミュウーの命が多少縮まってしまったとしても、ミュウーに不安を与えず、ストレスを与えず、やりたいようにやらせてあげたいと言う気持ちに変わってきました。

手術や入院はどうしてもミュウーの大きなストレスになってしまいそうです。
ソレが原因で死期を早めるような事をしたら、それこそ後悔すると思うのです。
メスを入れれば人間も弱るのと同じで、動物もそうだと思うのです。
だから病院には連れて行って、今、本当にミュウーの身体の中が、どのようになっているかの検査はしたとしても、今後に来るであろう苦痛を和らげる方法を考えながら、あくまでも自然の流れに任せてあげたいと思い始めました。

あの子は生命力の有る子だと信じています。
そして、奇跡を起こせる子だとも・・・・・・。

毎日毎日、気持ちの中でエネルギーを送り、癌で無いように祈って居ます。
癌であれば癌が無くなる様、パワーを送っています。
私だけでなく、夫も、友人達もパワーを集めて送ってくれています。

ソレが今の私たちに精一杯の出来る事だと思うのです。

きっとミュウーも解ってくれてると思う。
無いお金を無理やり作って、それで苦しんでる私たちを見てるのは、ミュウーも心もとないと思うのです。



今、ミュウーは何事も無いように、私の横で大アクビをしています。
時々『ミュウー』と呼びかけると
「ン〜?」
と返事をしてくれます。
『それでいいやぁ〜ね!』
そう言ったら、軽くウインクをしてくれました。
【ハッキリと私にはそう見えたのです】

そんなミュウーを見ていると、やはり人工的な手を加えず、自然に死なせてあげるのが一番ミュウーにふさわしいような気がします。
今後、もしも癌が進行し、苦痛を伴うようになってきたら、その場その場で、苦痛を和らげる治療なりなんなりに手を尽くしてあげたいと思います。
又その頃になったら、色々なアドバイスをください。
化学療法ではなく、民間療法など、これから勉強して行きたいと思っています。

本当に心配してくれてありがとうございました。
ミュウーの日常に付いては、この先も【愛猫エッセイ】として、登場させる事と思いますので、どうぞ、見てやってください。


2004年10月20日(水)


 (日記) 冷静に冷静に・・・


少しミュウーの事を頭から切り離し、通常の心に戻すよう努力しようと思う。
それで無いと、仕事も、家の事も、日記も、何も手に付かなくなる。
考え出すと一気に落ち込み、全てが嫌になってしまいそうになる。

私が先ずやるべき事は、与えられている今の仕事を一生懸命こなす事であり、普段の生活を守る事であり、書くことだ。
ソレラをおろそかにしてミュウーの事ばかり気にかけていたのでは、どんどん気持ちが滅入るばかり・・・。このままだと書くことすらが空しい事のように感じてしまう・・・・・・。
なので、普通に戻す。極力普通に普通に、冷静に冷静に・・・・・・。
足元に擦り寄るミュウーを足先でコチョコチョしながら、【何も変わっていないんだ・・・】と自分に言い聞かす。


この所、朝晩がグッと冷え込むようになり、松本にはもう、直ぐそこまで冬がはびこって来てしまっている。
アタシが大好きな秋も、もう直ぐ終わるだろう・・・・・・。
この分だともうじき雪が降るのではないか・・・・・・。 そのくらい今朝の空気はドンヨリと重く冷たく、霧の粒子を含みながら風景をガッポリと呑み込んでいる。

今朝は周りを囲む山々に靄が掛かり、墨絵のようだ。
もう2ヶ月チョットで今年も終わりだ・・・なんて、ため息を一つ二つ・・・・・・。
メランコリックな外を眺めながらコーヒーを啜り、キーボードを叩く音がカタカタカタ・・・・・・。
静かな静かな晩秋の朝。

今日はどんな物語が訪れるだろう・・・・・・。
何が訪れようと、どんな運命が待ち受けていようと、来るもの拒まず去るもの追わず。
アタシに与えられた時を、アタシなりにこなしていけば良い・・・・・・。


2004年10月19日(火)


 【愛猫エッセイ】  とりあえずは・・・


この二日間、フゥーリィーや身近な友人たちの意見も聞き、今度の給料を貰ったら、猫専門の獣医にもう一度ミュウーを連れて行って、せめて検査だけでも受けさせ、先生と今後の処置を相談して来るツモリです。
そしてざっくばらんに家の内情を説明して、できるだけ月賦で掛かれるような病院を捜してみるなり、何らかの方法を考えて行きたいと思っています。

ミュウーに腫瘍が有るなどとは未だに信じられなく【又、信じたくも無く】相変わらずミュウーは元気に庭で、今の今も、トンボを追いかけています。
戻しも、草を食べてきていつもの様に吐く以外は、殆どありません。
食欲、元気100パーセントなんです。
ウンチやオシッコも通常です。
でも、もしも・・・と思うと自然にミュウーの顔を見るたびに泣けてきます。
そんな私の顔をミュウーは不思議そうに首をかしげながら見詰めてくれます。
そんな仕草を見ると後から後から泣けて来て・・・・・・。

ミュウーは病院が大嫌いなのです。大嫌いと言うよりも、もう異常なほどで、アタシとフゥーリィー以外の人間には絶対に触らせようともしてくれません。
避妊手術を受けた時も、怪我で入院した時も、餌も食べず、先生に触らせもせず、「このままだと死んでしまうので家に連れて帰ってください』と、手術の当日に苦笑され、家に戻されたほど、他の人ではダメな猫なのです・・・・・・。
そんなストレスがあの娘に耐えられるだろうか・・・・・・。

あの時の事を思うと、手術や入院が果たしてミュウーにとって本当に必要なのか・・・?と言う疑問も浮かび・・・、でも、なんとしてでも助けたい! と言う複雑気持ちで今、夫共々、とても激しく心が揺れ動いています。

友人の飼い犬が12歳で癌が見付かり、医師の進めるままに手術をしたのですが、その後2週間ほどで、大きなストレスからか、弱り切って亡くなってしまいました。
もしも手術をしないで置いてあげれば、後1年ぐらいは生きられたかもしれない・・・。
弄繰り回して可哀想だった・・・・・・。そう言って泣いていました。
そんなケースも有ると聞いたら、とても不安になってしまった事も事実です。

このまま、もし治療を拒否して、本当にミュウーが癌で苦しみながら亡くなったら、私は罪の意識に苛まれ、一生後悔するかもしれません・・・・・・。
悔やんでも悔やみきれずに自分を責めるでしょう。
ヤハリ本来は出来る限りの手を尽くしてあげるのが飼い主の責任なのでしょうね・・・・・・。
お金だけの問題だけではなく、本当に心底悩んでいます。

どちらにしても一軒だけではなく、もう一つの評判の良い猫専門の獣医に連れて行って、少しだけ様子を見てから再決心をしたいと思います。

この件に付き、沢山の温かい励ましと、応援のエールを送ってくださった人たちに、心からのありがとうを言います。
本当にミュウーも私も幸せ者です。


2004年10月17日(日)


 (日記) ありがたい・・・本当にありがたい


昨日のあの絶望感の中、とても嬉しい事が3つもあった。

先ずは、昨日の日記を書いている最中に一本の電話が鳴ったのだ。
時間的に見て【T社】からの利息の不足分3000円の催促の電話だと思い、物凄く暗〜い声で電話に出てしまったら、或る有名な出版社の人からだった。

実は数ヶ月前、公募ガイドを見ていたら、原稿用紙2枚分ほどのエッセイを公募していたので、プロフィール欄に自分のHPのアドレスを載せて応募してみたのだ。
賞金は確か最優秀が10万円。
なので、何とか書いた物がお金にならないかと思い、藁をも縋る気持ちで応募したのだったと思う。(苦笑)
幾人かの作品を集め一冊の本にすると言う企画だったらしい。
又、自費出版か、共同出版の営業の電話かと思い、何も聞かぬ内に『今お金が無いのでとても参加は無理なのです』と言ったのだが、どうやら満更営業だけの電話でもなかったみたいなのだ。
その作品では入賞は出来なかったが、その後、担当の人が私のHPの日記を幾つか読んでくれたみたいで、電話をくれたらしい。
「アナタは水中バレエをしていた事も有るんですね・・・・・。その他色々な経歴の持ち主で、書く意欲もエネルギーも沢山持った人だ。幾人かの作品を集めたエッセイ集などではなく、あなた個人のエッセイ集を是非作って差し上げたいものですよね・・・」という嬉しい言葉に、思わず堰を切ったように泣きじゃくってしまった。
この先も色々と日記を読ませていただいて、何か有ったらお電話します。と言ってくれた。
ミュウーの事で気もそぞろだったので、話の内容も良く覚えていないし、その担当者の名前も忘れてしまった・・・・・・。
もしこの日記を読んでくださっていたら、どうか私の最後の夢を叶えてください。
まだまだ文章は下手ですが、沢山沢山私の書いた物を読んでみてください。
私は必ずエッセイストになりたいのです。ソレだけが私の夢なのです。
ちなみに蛇足ですが、故、喜劇俳優・三木のり平の姪でも有るのです。(あまり関係ない話なのですが・・・苦笑)
書く事しか、今の私には出来ることがもうありません・・・・・・。
まだまだ勉強が足りないのでこの先勉強もします。
なので、いくばくかのチャンスが有るなら、それを是非私にください。

エッセイストになりたいと言う、無謀な夢が【もしかしたら何れは本当に叶う夢なのかも知れない】と思えた瞬間だった。


次にBBSに友人からの大変ありがたい書き込みがあった。
ミュウーの治療費のカンパを募ると言う提案だった。
ありがたい・・・。本当に嬉しい。
でも、やはり、もう少し自分自身で動いて見ようと思います。
実は売れそうなものが一つだけ見付かりました。
昔、水中バレエをしていた頃【あの頃はスタイル抜群だったのでww】母の古くからのダンス仲間でも有る春田美樹画伯と言う人の絵のモデルになった事が有るのです。
ソレが二科展で最優秀に選ばれたと言うお礼に、他の絵を一枚頂きました。【4号ほどの絵ですが・・・・・・。】
スペインでの生活が長く、今はもう亡くなってしまった画家なのですが、彼は東郷青児のお弟子さんで、リオのカーニバル等の踊り子の絵などを多く書いていた人です。
その4号の絵を、何処かの画廊で号いくらくらいなのか鑑定してもらい、手放して治療費の(せめて検査代の)足しにしようと考えています。
もし詳しい方、欲しい方がいらしたらメールください。
そして売れるものがあったら何でも売ろうと、今、家中捜し回っています。【ろくなもの無いけど・・・】(笑)
後は、最悪、社長に相談し、給料を前借して月々のお給料から少しづつ返す・・・と言う方法も考えています。(職場に弱みを見せるのは本当は不本意なのですが・・・・・・)
なので、八方手を尽くしてどうしてもダメそうな場合はご協力を募る事も考えてはいるけれど、もう少し自力で頑張ってみる事に決めました。
本当にミュウーも私も幸せ物です。温かいカキコミありがとう。



そして最後に、今朝メールに見知らぬ人からの書き込みがあった。

件名:お受けいただけますでしょうか

初めてお便りいたします。
私は○×に住む会社員です。
ときどき、エンピツの日記を拝見して楽しませていた
だいています。
私自身の人柄についてはヤフーで×○△■と検索すると自分の写真と日記しかないHPを見ることができます。

10万円くらいであれば、無利子でお貸しすることが
できます。ネットバンキングで指定された口座に送金
するので、私自身の手間もそうかかりません。

必要があれば、メールでご連絡ください。必要なけれ
ば、返事も要りません。

このようなメールだった・・・・・・・。
私は読んでいて、涙が止まらず、早速お返事を書いた。
勿論、丁重なお礼と共に、丁寧にお断りしたのだが、なんとありがたいことだろう・・・・・・。
今のこの世の中で、見知らぬ人間の飼い猫のために、10万もの大金を差し出そうとしてくれる人が居るなんて・・・・・・。
このような申し出は、申し出る方としても、いくばくかの勇気が要る事だと思うのです。
お写真からも日記からも、彼の温厚で真面目なお人柄が伺えました。
彼とは今後、良い日記仲間として交流を持てたら幸せです。
本当に本当に心から感謝します。


こうして、どん底に突き落とされると、何かしらの温かさに触れ合えると言う、表裏一体の私の人生だけど、いくら強がってみても人間は一人では生きて行けないという事がつくづく思い知らされました。
こう言う人たちが常に私の回りに居てくれたからこそ、危なっかしくも50年間生きてこれたのです。

ミュウーは何とか治療が出来るよう、手を尽くして考えます。
親の心配を他所に、食欲・元気・何も何時もと変わりません。
なんとか手遅れにならぬよう、できる限りの手を尽くして見ます。
本当に本当にありがとう・・・・・・。

明日はエンピツ仲間のアチャミの結婚式だ。
残念ながら急遽行けなくなってしまったのだが、松本からアチャミの晴れ姿を、しっかりと心の目で見詰め、プヨ2とアチャミの幸せへの旅立ちに思いを巡らせています。
いつかきっと、二人にお祝いが出来るよう、マキュは今、出来る事を精一杯やるしか無いので、その日が来るまで待っててください。


2004年10月15日(金)


 【愛猫エッセイ】  神様なんか糞喰らえ!!


何をどう書いて良いのか・・・、今、心が平常心では無いので上手く書けないかも知れない・・・・・・。
ミュウーがどうやら外でノミを移されてきたらしく、痒がっていたので、昨日ナケナシノお金を持って動物病院に連れて行った。
そうしたら、痒がっている原因は、やはりノミだと解ったのだが、他の部分の触診をしてくれていた先生から「ノミは良いとして・・・、単刀直入に言うけれど、お腹に腫瘍が有るぞ」と言われた。
少し前に行った時は何も無かったのに・・・・・・。

脾臓か腸管辺りに人間の小指の先ほどの硬い腫瘍が出来ているらしい。
開いてみないとその腫瘍は何だかは解らないらしいが、もしかしたら癌かもしれないと言われてしまった・・・・・・。

アタシにとって、最も辛い事がとうとう訪れた・・・・・・。
目の前が真っ暗になるとは、正にあんな事なのだろう。
自分の癌の時は喜んだのに、ミュウーにそんな事が有っては絶対にいけないのだ。
ミュウーは寿命が来るまでアタシ達の側に元気に居て、最後は安らかに眠らなければ絶対にダメなのだ。

先生はアタシの家が貧乏なのを知っている。とっても言いにくそうに・・・。
「検査と手術で最低でも10万は掛かると思ってくれないと・・・」と言われてしまった。しかも、腫瘍の大きさから言って出来るだけ早い方が良いという。
10万なんてお金どう足掻いても作れるわけが無い・・・・・・。
なんでこんな時に・・・・・!? なんで・・・・・・。
今月の生活費だって、もう1万と少ししか残ってない。
もう、何をどうして良いのかパニックだ・・・・・・。
出来そうな仕事を探してみるツモリではいるけれど、今以上の仕事を持つのは体力的にも限界が有る。
『そんなお金、直ぐには作れそうに無いです・・・・・』と先生に言ったら、検査や手術をした上での安楽死は許されるが、そのままの状態で何か有った場合は、安楽死は適用されないと言う。
誰か、悪い事ではなく、即座に10万円稼げる方法があったら教えてください。
出来る限りの事は何でもします。
どうしてもミュウーの事を助けたい。
病気で死なすわけには行かない。

アタシは何をしたら良いのだろうか・・・・・・。
一体今のアタシに何が出来ると言うのだろうか・・・・・・。

ああ、神さま・・・・・・。
アナタは何でこんなに次から次へとアタシを苦しめる・・・・・・。
まだ足りない? アタシに安息の時間が有ってはならないのですか?
いっそ、アタシを殺しちゃってくれたら良いのに・・・・・・。
アナタは酷すぎるよ・・・・・・。


追伸・・・。

(C)様。昨日は慰めてくれてありがとうね・・・。
愚痴を聞いてくれてありがとう。
あのフラッシュ元気でたよ〜。


2004年10月14日(木)


 【料理エッセイ】 ガーリックライス


私は中学の頃までニンニクと言うものが大嫌いだった。
何故かニンニクと言うと、鼻息の荒い、赤ら顔のノンベェ男が好む、下品な食べ物と言う気がしてたのだ。(笑)
ソレが何故にこんなにも好きになったのか、いつから大好きになったのか、そのきっかけは良くは覚えていないのだ・・・が、多分、中学時代に九段の【リコ】と言う店で、ニンニクの良く効いた、イカ墨スパゲティーを食べてからだったと思う。

今はもう無いと思うが、こじんまりとしていて、洒落たハイセンスな大人達が集う、知る人ぞ知るイタリアンで、母に連れられ良く通った店だ。
イタリアンなのに店内には軽いJAZZピアノが流れ、食事をする人、BARを楽しむ人、ダーツを楽しむ人、それぞれだ。
中学生の私は、まだ見てはいけない大人への扉を潜り抜けるようなゾクゾクとした感覚を連れ、気が急き、その店のドアを開けるたびに異様なトキメキを覚えたものだ。

そこで生まれて初めてイカ墨スパゲティーを食べた時の衝撃と驚き。
お歯黒状態もなんのその、夢中になってフォークを口に運んでいた。
ニンニクがこんなにもお洒落な使い方をされている事を知った私は、多分その店がきっかけでニンニク大好き少女へと変わったのだと思う。

その店で私が超お気に入りだったのが、イカ墨パスタはモチロンの事、牛肉のカルパッツィオ・エスカルゴ・舌平目の白ワイン蒸し・オリジナリティー溢れたガーリックライス。
料理物を食べた後の仕上げに、いつも決まってガーリックライスを注文していた。
とてもシンプルな作り方だが、その味を昨日再現してみた。
う〜〜〜ん・・・。正に【リコ】の味だった・・・・・・。


【材料】2人前

プチニンニク      1個半
冷たいご飯       茶碗2ハイ半
コンソメ顆粒      少々
塩           少々
コショウ        タップリ目
醤油          少々
バター         大匙2
刻みパセリOr青海苔   大匙1


【作り方】

☆ ニンニクは粗みじん切りにする。
☆ バターでニンニクを狐色になるまで良く炒める。
☆ そこにご飯を入れ手早く炒める。
☆ 調味料を入れ仕上げに醤油を一回しし、最後に青海苔か刻みパセリを振りいれ、フライパンを10回ばかり振って出来上がり。
【振れない人は、頑張って混ぜてね】

刻みパセリの方も旨いが、青海苔を入れると、又一味違い、コレも相当イケル。
醤油の香ばしさとニンニクの香ばしさと青海苔の香ばしさが混ざり合った瞬間、きっとアナタの舌は満足感に打ち震える事でしょう。
さっぱり系のイタリアンのおかずに添えてコレを出すと、皆喜んでくれるぞよ。



2004年10月12日(火)


 (日記) 気持ちが良い


昨日の日記が空いてしまったので、今、昨日の日付で料理エッセイを書いたので、話は前後してますが、興味の有る人は覗いてみてくださいね〜。


今回、【M氏】から3度目のパワーを入れてもらったら、急に腰が治った。
今回は、どうした事か、入れてもらっても、入れてもらっても、アタシの脳みそと一緒で、どこかしらからモレてるらしく、すぐに痛みがぶり返していたのだが、やはり、3度目の正直なのか、アレからは不思議なくらいピタリと痛まなくなった。
しかし、【M氏】のパワーは、本当に凄いなぁ・・・・・・。改めて尊敬してしまう。

【M氏】は顔はアニマル濱口にそっくりだけど・・・ww、隠居ギャグ連発で何のミステリアスさも威厳も感じないけど・・・ww(言いすぎかな?)
でも、アニマル濱口系の人って、皆が、何かしらのエネルギーパワーの受信者なのだろうか・・・・・・【?】
あの人もエネルギーを信じて止まない人らしいもの。

ともかく、不思議な人だ。
ありがとうございました。

実は、今回はギックリ腰ではなかったらしく、余りに痛いので、友達の整形外科の医者に症状と痛みの種類を話し、よくよく聞いてみたら、どうも肉離れだったらしい。
どうりで痛み方が違った訳だし、場所も変だったもの・・・・・・。腰と言うのは普通後ろ側でしょう? でも、今回は殆ど真横に近い場所だった。
しかし、肉離れするような激しい運動も、ぶつけた記憶も無いんだけどなぁ・・・・・・。
ま、ま、まさか、久々に激しく燃えたあの夜が・・・・・・!? 

イヒヒィ・・・、冗〜談、冗〜談。

お陰様で大掃除もはかどり、殆どが昨日で終わった。今日は仕上げのみ。
この所、土日にかけて雨降りばかりで、洗濯物も本格的な大掃除も中々出来ないで居た。オマケに、仕事の都合上、昼夜が完全にバラバラ夫婦なので、一日や二日の休みでは、中々腰が上がらないで居たのだ。
家具を移動しての大掃除は、どうしてもフゥーリィーの力を借りずには出来ない。
いざやろうということになると、相手が膝を痛めたり、アタシが腰を痛めたりで、4ヶ月前からの持ち越しになっていたのだ。
なので、今回だけは何としてでも、大掃除がしたかった。
引越し並みの大改造をするつもりで、休みを3日も取っておいたのに、台風&肉離れの憂き目に遭い、途方に暮れていたのだが、お陰様で何とか無事に済んだ。
すがすがしくて気持ち良い。

台風も、台風前に雨が降っただけで、こちらは何事も無く通り過ぎ、一昨日の夕方には大きな虹が出て、二人でコインランドリー(家には乾燥機が無いので)の椅子に座りながら、虹を拝んでいたくらいだった。
昨日・今日は、久々の秋晴れの良い天気に恵まれた。
半日で仕上げてしまい、後はのんびりと過ごそう。
サテサテ、日記書いてる場合じゃない。頑張ってやっつけちまおう。


2004年10月11日(月)


 【料理エッセイ】 マキュキュのオリジナルスープパスタ。【牡蠣入りボンゴレ・ビアンコ】


昨日、大掃除に明け暮れていて、日記が一日開いたので、今、昨日の日付で書き足している処。

先ほど、ようやく大掃除が無事に終了し、お腹もペコペコなので、フゥーリィーに何が食べたいかと聞くと、久々に本格的なイタリアンが良いと言う。
『お昼から本格イタリアンかい・・・・・・贅沢な・・・・・・』
「ニンニクのタップリと効いた、マキュキュ特性の本格パスタなんかが食べたいなぁ・・・」とホザクので、久々に腕を振るいたくなって来た。
良いや良いや、大掃除のご褒美だ。OKOK♪ 少し奮発しよう。

んな訳でスーパーに急ぎ、アサリと生食用の牡蠣を買って来て、マキュキュオリジナルの、【牡蠣入りボンゴレビアンコ】を作った。 
フゥーリィー大喜びで、随喜の涙を流しながら旨い旨いと、2.5人前をペロリ平らげていた。
それでは早速忘れないうちにその作り方を・・・・・・。
なんせ、オリジナルなので気の向くまま、思い付きで作ってみたので・・・・・・。自分でもレシピ書いておかなきゃ2度と作れない(笑)


【材料】 普通は4人前【我家ではコレで2人前】

パスタ        400グラム
大き目のアサリ    300グラム入り1P
生食用牡蠣      200グラム入り1P
玉ねぎ        半分
にんにく       5欠け
コショウ       少々
カエンペッパー    5〜6振り
白ワイン       半カップ
バター        大匙3
オリーブオイル    大匙1
刻みパセリ      少々
コンソメ顆粒     大匙1
塩          少々
コーンスターチ    少々


【作り方】

☆ パスタ400グラムはタップリのお湯に塩を一掴み(ツマミではなくつかみだ)入れ、茹でる。
☆ ニンニクは粗ミジンに切る。
☆ 玉ねぎはスライスする。
☆ フライパンにタップリのバターとオリーブオイルを入れ、ニンニク・玉ねぎの順に炒める。
☆ 玉ねぎが透き通ってシンナリしたら、アサリを入れ、ワインを注ぐ。
☆ アサリの蓋が開いたら、コンソメ顆粒、カエンペッパー、コショウ、塩を入れ、水を足し、少し濃い目のスープを作る。
☆ パスタが茹で上がる頃、スープに牡蠣を加え、コーンスターチ(無ければ水溶き片栗粉でもOK)で少〜しだけとろみをつける。
☆ アルデンテに茹で上がったパスタがヒタヒタになるくらい、タップリのスープを注ぎ、刻みパセリを振って、熱々を食す。

ウチはニンニクと辛味をタップリと効かせるが、辛いものが弱い人はカエンペッパーの量を抑えたら良い。
バターをケチらずタップリ使う事と、ほんの少々のとろみをつけることで、スープがより濃厚になり、パスタにも良く絡む。
フゥーリィーが2・5束。マキュが1・5束で、合計4人前をぺろりと平らげてしまった。

あ〜、旨かった〜♪ 銀座のキャンティより旨かった。(笑)

満腹満腹。

夜は質素に・・・・・・。


2004年10月10日(日)


 (日記) 嵐の前の静けさ


いま、朝の9時半。
昨夜、真夜中の3時ごろ、ミュウーがモソモソと悪戯をし、何処かの家に偶然電話を掛けてしまったので、それで目が覚め、ホウホウの体で謝ったが、あの人は猫が掛けたと言う事を信じてくれただろうか・・・・・・。ガチャッ!と切られてしまった。
その後暫く眠れず、6時ごろから2度寝したので、いま目が覚めた。

松本は今、不気味なくらい静まり返っていて、目の前の笹の葉一つ、揺れてない。
正に嵐の前の静けさだ。
しかし、この台風の多さは、一体何を意味するのかなぁ・・・・・・。
松本は周り中を山々に囲まれているので、幸いにも滅多な被害は無いが、まだ復興も終わってないような地域に又、追い討ちをかけ続けるこの台風・・・。
台風被害の多い地域の人たちは、どんな遣り切れない気持ちで居る事だろう・・・・・・。
家中が泥だらけにナリ、家具が水に浸かり、何日も何ヶ月も掛かって、やっと掃除したり、人間が住めるまでにするのだろう・・・・・・。
ボランティアの人々が一生懸命復興作業に参加してる映像をツイこの前、ニュースで見たばかりだ。
お年寄りの一人暮らしなんかはどうするのだろうか・・・・・・。

そんな中で繰り返し繰り返し、まだ台風攻めに会うんじゃ、遣り切れないを通り越し、死んじまいたくなるだろうなぁ・・・・・・。

今日の台風も大きそうで、近付くとかなり雨風が強くなり、大変危険なようだ。
どうか、外には出ず、物音がしようが、何かが飛ぼうが、去り行くまでは家の中の安全な場所に居て、祈り続けるしか無いだろう。
何度も書いたけど、下手に外に飛び出して、命を落とすような事にならないよう・・・、そんな人が今回は出ないように、心から願うのみだなぁ。

昨日【M】から改めて電話を貰い、パワーの掛けなおしをして貰ったら、不思議不思議、数時間は全く痛みが無くなったのだが、今朝起きたら又、痛くなっていた。
今回のギックリ腰は、相当手強そうだ。
それとも、アタシが今、パワーを素通りする身体になっているという事だろうか・・・。
今日から大掃除なのに・・・・・・。しかも、台風の最中に大掃除・・・。
でも、徹底的にやると決めたらやるんだい!!
来週に引き伸ばすのは嫌だしなぁ。
頑張ってやっちまおうぜ! フゥーリィーよ!!


2004年10月09日(土)


 (日記) ギックリ腰


先ずは昨日の日記の最後10行ほどを少しだけ書き直した。
でも、ほんの1、2行なので、気付く人は居ないだろうなぁ・・・・・・・。
しかし、そんなところが私の小さなこだわりなのだ。(笑)

サテサテ・・・。
昨日の昼過ぎ、本格的な【?】ギックリ腰になってしまった。
コレは持病の腰痛とは全くの別物で、なんでもなかったのにパソコンテーブルから離れて、買い物のための着替えをしようとして、チョット腰をかがめたら、左のわき腹に近い辺りの後ろ側の骨盤【?】の上の方に【グビィグビィ・・・】と言う鈍い感覚があって、そこからゼリー(潤滑油?)状のものが流れ出たのが、自分自身でもハッキリ解った。(笑)
持病の腰痛はいつも右側の坐骨辺りばかりが痛むので、ホント、全くの別物なのだ。

こりゃヤバイ!! と思ったのも束の間。
それから動けなくなり、大慌てで恩師の【M】にヘルプを求める。
パワーを入れてもらい、一時期は楽になったのだけれど、又徐々に痛み出し、今は全然ダメな状態に・・・・・・。
自分で自分にパワーを入れても、ヤハリ自分には全く効かないようなので、座薬のお世話になった。今もようやく這いずってパソにたどり着いたと言う情けなさ。

どうも、アタシの【ぐうたら神】の素行が、最近怪しい怪しいと不気味に思っていたら、やっぱり案の定、そうそう甘い神様ではなかった。
きっと、アタシが此処最近、余りに平和だったので、退屈し、又苛めてみたくなったのだろう・・・・・・。
本当に獣(ケダモノ)のような神様なんだから・・・・・・。

しかし、又もや台風が近付いてるみたいなので、その影響も大みたいだ。
此処のところ1週間ほど、チケット【金とも言う】切れで温泉も入れなかったからなぁ・・・・・・。
昨日今日と、どうにも動けず、どうしても仕事に行けそうも無いので、休ませてもらった次第。
お店の皆様、本当にご迷惑をお掛けして申し訳有りません。
私だって一日分とて、稼ぎが減れば困るわけで・・・、座薬で行けるものなら行きたかったんだから・・・・・・。
電話の声が多少憮然としてたのが少しショック・・・。

土・日・月と、わざわざ大掃除がしたくて3連休貰ってあったのに、5連休になってしまう・・・・・・。なので、ローテーション組んでるので無理も無いだろうが、痛くて動けない以上は仕方ないではないか・・・・・・。
アタシだって予想外の事で、辛い思いをしてるんだわさ・・・。
休日出勤だって2〜3度有ったんだから、勘弁してくださいよ・・・トホホ・・・。

それにしても今月の給料、かなり安くなっちゃうなぁ・・・・・・。
腰が治ってくれないと、折角心に決めた大掃除も出来ない。
それだけは嫌だ〜! 絶対にこの機会に大掃除したいんだ〜っ!! そのための3連休なんだ〜っ!!!!!

こんな時に限って、ギックリ腰を与えるなんて、やっぱ、そ〜と〜底意地悪いよ!アンタ!!!【←神への恨みつらみ】

今日パソを開いたらネット仲間の2ちゃんから、たまには創作物を書いて欲しいとBBSにリクエストがあった。
嬉しいじゃ有りませんか。
そうだよねぇ・・・少しは文芸的なものも書かなきゃねぇ・・・。

そうは思うのだけれど、創作物はパッ! と浮かびゃぁ〜スラスラ書けて良いのだけれど、ストーリーやセリフを考えて、書き出してる内に時間がなくなってしまって・・・・・・。やらなければならない事やら、店の仕入れや、仕事の時間が迫ってくる。
とりあえず途中まで書いて保存する。
そして慌てて日記を書く。
日記書かないでいると人様に忘れられてしまう・・・。投票も減る。
なので、とりあえず日記を書く。
後日、途中になった創作物を引っ張り出して続きを書こうとすると、思いのほかつまらないもに思え、自ら没にする。
そんな繰り返しの毎日で、結局は、この処、現実的な日記ばかりに逃げ込んでいる模様。
でも、近いうちに必ず短いものでも書くから見放さないで待っててね〜♪

ともかく、取り敢えずは、今日中に何とかギックリ腰を治さなきゃ・・・・・・。
宇宙パワーよ、アタシの腰を治してくれ。
マハリクマハリタヤンバラヤンヤンヤン・・・・・・。


2004年10月08日(金)


 (日記)  神様のような人


アタシが50年近く生きて来て、今まで知り合って来た人々の中に、神様のような人が三・四人ほど居る。
人が真似をしようにも決して出来ないような、(コッツラ憎くてシャクなれど)本当にステキな生き方をしている人たちだ。
そんな人たちに大変興味が有り、アタシの食指が動き、近付いて見たくなる。
それでもアタシは僻みっぽく、結構底意地が悪いので、その手の人間たちを見付けると、どうしても何処かこうか粗を探してみたくなるのだ。
折に触れ、耳をそばだて、目を見張り、意識を集中させ、その人たちの言動や行動をじっくりと観察してみる。
でも、その人たちは決して尻尾を出さず、粗も見せず、いつも、いつも、私をギャフンと言わせてくれるような、抜け目の無い神様なのだ。

最初とか、所々とか、時々神様のように見える人は結構沢山居るのだが、知り合っていく内に、【なぁ〜んだ、やっぱアンタも、立派な人間だわ・・・】と、シッポをちゃんと出してくれ(笑)ダメ出し人生続きのアタシをホッ!と一安心させてくれる人たちが殆なのだ・・・・・・。
なので、本物の神様的人間は実に少ない。

私が思う神様みたいな人とは、決して優しいだけの人では無い。人助けに燃えて生きてるような正義の味方でも無いし、私は清く正しく生きてるんだ、なんて意識も本人にはてぇんで無さそうだ。
無い袖は振れないと認識した人たちばかり。
でも、人が真剣に求めれば、そっぽを向かず、真剣に耳を傾けて真剣に対応してくれる慈愛に溢れた人たちでもある。
そして、驚くほどに皆、穏やかな人たちばかりなのだ。
人の陰口なんかは決して言わない。唾を飛ばしながら怒鳴ったりもしない。人を言い負かそうともしないし、人様に嫌な印象も与えない。
一様に大変人懐っこく、その人たちと居るだけで楽しくて仕方が無い。
どうしたらあんな風に皆、邪気が無くなるのだろうか・・・・・・。

天真爛漫で無邪気なニコニコ顔の奥に、自分に対しての厳しさや、人に対しての厳しさもちゃんと備えている。
でも、そう言う人たちに共通する点は、例え人に小言を言うにも、決して偉そうな事も言わないし、ダラダラと長く説教なんかもしない。
その人を傷つけるようなキツイ言い方もしない。
穏やかに、柔らかく、微笑みながら、でも、重みの有る言葉で一言だけ手短に、まるで自分自身を諭しているような言い方をしながら相手にドカン!と気付かせてくれる。
物凄い技術だ。

そして、余りにも分らず屋な人間からは、苦笑いしながらスッと気付かぬ内にさりげなく遠ざかってしまう・・・・・・。【アタシも何度遠ざかられた事だろう・・・】
邪気が有るものからは、極力目立たぬように自然に遠ざかっていくのだろう・・・・・・(笑)。
神様的人間は逃げ上手でもあるようだ。

だから、きっと、私が思う神様みたいな人間たちもが大好きな人たちって言うのは、その人たちよりも、もっともっと神様みたいな人たちな訳で、きっと、その人たちの人生は、追々、神様たちの寄り集まりになって行くんだろうなぁ・・・・・・。
良いなぁ・・・・・・。羨ましいなぁ・・・・・・。楽しそうだなぁ・・・・・・。
そう言う人に出会えたら極力逃げられないように気をつけなければ。

そしてそんな人たちは、生きる事の楽しみ方をちゃんと知っている。日々無駄にせず何か一つでも学びながら生きている。人生を楽しみながら、お行儀良く、目立たず、伸び伸びと生きている。
何かに付け、ハイセンスで、ユーモラスで、お酒もたしなむし、音楽や映画や食べる事も好きな人が多い。

でも、お金の力で人生を楽しんでいるのではなく、自分達で日々楽しい人生を作り上げているといった感じだろうか・・・・・・。
本当の意味でセレブな人々なのだろう・・・・・・。

そんな人たちは人に裏切られても、損害を与えられても、貸したお金が返ってこなくても決して恨み言や呪い事を言わない。
【そう言う事をした人間はきっとどこかで負い目を背負っているんだし、その負い目を負わせてしまったのは私(ボク)なんだから、人への親切も良く考えないとね・・・】などと自分に対してだか、相手に対してだか解らないようなセリフを一言唱え、にこやかに笑っている。

立派だなぁ・・・・・・。死んでも真似できないや・・・・・・。


神様なんて、人間を助けてなんかくれない。

そんな諦めや絶望を抱いた時、人間は僻みっぽく世捨て人になって生きるようになるか、【←これは、殆どアタシの生きザマ】神を頼っても仕方なかんべぇ・・・。それじゃぁ、自分が極力神に頼らなくても良いようなステキな生き方をして行くべぇかねぇ・・・、と目標を定め、悟りを開き生き直してみようとする人と、徐々に二手に分かれて行くのだろうか・・・・・・。
アタシも極力後者にあやかりたいものだ。

最近私は【本当は神様なんて居ないのかもしれないけど、神様みたいな人間って居るのかもしれない・・・。】そんな気がする様になってきた。

そう言えば、確かキリスト様もお釈迦様も、元々は人間なんだっけ・・・・・・。


2004年10月07日(木)


 (日記) 訳がわかんない


ジオシティーが様変わりした事は昨日の日記に短く書いたが、このまま元のHPを引き継ぎたいので、旧式から新式に簡単に引越しできると言う、引越しツールで引越しの最中に、訳がわからなくなり、助け合い広場と言う処に行って見たら、皆もかなりあたふたあたふたしているみたいだ。
引越しを完了せずに登録ボタンを押した人も居るらしく、元のページが全て消えたなんて言う人も居るから怖い。

元々パソコン音痴のアタシャ、やっと此処1年ほどで使い方が少し飲み込め、自分でカスタマイズできるようになったばかりだと言うのに・・・・・・。なんてぇ〜こったい!!

問題点、疑問点は大きく分けて2つ有る。

先ずは、HPを作り始めた頃の登録メールアドレスが、今のとは変わっているので、ソレを編集したいのだが、編集画面に行って変えてみたけど、メインアドレスは前のまま変わっちゃくれない。
作業中。、所々でメールアドレスが何度か出てくるが、元のままなのだ。

次に、手順通りに進めていたら、旧ホームページの市民IDとパスワードを書いたものが見付からなくて、パスワードを忘れたと記入したら新しいパスワードが届いてしまった。
それで引越しを完了して良いものかどうかが解らない。
もしも、完了ボタンを押したら今までのホームページが前者の人のように全て無くなってしまう様な恐怖に駆られ、最終ボタンを押せないままになっている。

次に、引越しツールには最終的に、旧市民IDとパスワードを入力する項目が付いているのだが、今やっと古い市民ID等が見付かり、旧市民IDとパスワードを入力したら、パスワードが違いますとで出る。
新しく来た物を入れないとダメなのかなぁ・・・・・。
新しく届いたパスワードは、旧式のソレも含まれているものなのだろうか・・・・・・?
でも、新しい物を入れたら、今までの記憶を呼び出せないのではないか・・・・・?

イヨイヨ途方にくれ、ヘルプの未解決メールに送ってみたが、まだまだ混み合っているらしく等分返事は着そうも無いしなぁ・・・・・・。
12月までに引越しをしなきゃいけないみたいだけど、無事に出来るだろうか。

何しろ年を取ると本当にこう言う大きな変化に付いていけない。
カウンターの直し方も書いて有るのだが、何しろ引越し手続きが終了しない限りは動かせないらしい。
カウンターが今100台だ。
折角積み上げてきたのにぃ・・・・・・。
しかも、酷いカウンターだし・・・・・・。

そんなやこんなで、行ったり着たりしている内に、今までやってきた事までがどこまでやったのか訳が解らなくなってきた。
頭を整理しなおしてもう一度考えてみよう。【泪】


2004年10月06日(水)


 (日記) ジオシティーが変わっちゃって・・・・・・


訳が解らなくなった。
トップページのカウンターもヘンテコリンになってしまったので、直そうとしたら今までと勝手か違ってしまっている。
何をどうして良いのか説明を読んでいるのだが、読む項目が多すぎて、チンプンカンプンだ・・・・・・。
折角使い方に慣れたというのに・・・・・・。
またお勉強しなきゃ・・・・・・。
もう・・・、時代の流れに付いて行けん・・・・・・。

まぁ、明日ゆっくり見直してみよう。
今日は遅いのでもう寝ようっと♪


2004年10月05日(火)


 【松本食べ歩記】 ラーメン愛好家


ラーメンが大好きだ。
旨いラーメン屋があると聞くと、行ける範囲で飛んで行くが、未だかつてアタシが本当に旨いなぁ〜♪と舌鼓を打ったラーメン屋は、残念な事に、松本にはまだ2件しかない。

一軒は、元町と言う場所に有る【玄こつ】
此処のラーメンは手打ちで、少し平べったいような太目のちぢれ麺。
スープは鶏がら系だと思うあっさりした醤油ベースで、生姜のほのかな香りが、スープの奥に静かに漂う。
品とお行儀の良い大人好みの味だ。
そして麺ののど越しや歯ざわりがツルリンコと滑らかで、とても心地良いのだ。
固すぎず柔らかすぎず、適度にスープを誘い込んで口の中に飛び込んでくる。
具は、昔懐かしいナルト・メンマ・トロトロの大きなチャ〜シュウ〜・海苔・ネギ・と極一般的。
頑固なオヤジさんが経営しており、スープが気に食わないと店を閉めてしまうらしいが、幸か不幸かアタシが行った範囲で閉まっていた事は、まだ一度も無い。
私のお気に入りはネギラーメン。
細〜い白髪ネギを豆板醤とごま油で和えた物がタップリと乗っていて、コレがとっても絶品だ。
そして、この店は夏場だけ、付け麺(ザルラーメン)をやっているのだが、ソレが又何とも旨い。キンキンに冷やした麺に、具はチャーシューが一枚と、メンマが少し着いている。
良く効く練辛子を麺に少しずつ擦り付け、特性の冷たいツユにくぐらせ啜るのだが、手打ちのその麺ののど越しが、ひときわ際立ち、病み付きになる。

此処は食べ方のウンチクなども書かれており、辛子はツユに溶くのではなく、麺につけて食べた方が良いとか、麺の固さ柔らかさ、スープの濃い薄いなどの注文は受けられないとハッキリ書かれている。
本当に頑固な店だ。
オヤジさんは友達感覚でアタシとは良く話をするが、他の客にとっては話し辛く、とても怖いオヤジさんだと思われてるようだ。


もう一軒、埋橋と言う場所に、【わかまつ】と言うラーメン屋が有る。
正確には大衆食堂で、ラーメンの他にも丼物やカレーなんかもやっている。
しかし、アタシはいつも、行くたびにラーメンしか食べない。
とっても美味しいので他のものも食べては見たいのだが、やはり、ラーメンから離れられず、結局はラーメンを注文してしまう。

此処は前出の店とは打って変わり、お客好みの注文ができる。
薄いのしょっぱいの・硬いの柔らかいの・コッテリだのあっさりだの・はたまたネギタップリだのメンマ多目だの・・・・・・。なんでも「アイヨ♪」と快く引き受けてくれる。
此処の麺は、極細のちぢれ麺。
具はほぼ前の店と同じ。
ただ、この店のスープは、本当にコクがあり、前の店よりも多少コッテリしている。
アタシの注文は、いつもネギ多目の、少ししょっぱめ。
本当に庶民的で懐かしい味で、月に2度は無性に食べたくなる。
鶏がらの油が薄い幕を貼り、いつまで経っても冷めないラーメンなのだ。
値段も500円と安い。
残ったスープの油を、一つ一つ箸先でつなげ、大きな油の輪にして遊んでいたら、親父さんが「俺も子供の頃やった事有る有る〜♪」と笑っていた。
そんな気さくな店だ。
今度こそ、他の物も食べてみようと、固い決意で店を出るのだが、次に行く時も、きっと又ラーメンを注文しちゃうんだろうなぁ・・・・・・。
そのくらい旨くて、いつも混んでいて、昼時は外のベンチで待たされる。

此処の息子は大きな中華料理屋のコック長で、アタシの店にも良く飲みに来てくれていた常連なので、家族中が知っていて、ホームグラウンドのようなラーメン屋だ。

もう少し他の店を開拓してみたいのだが、お金の無さと出不精が災いし、最近はずっとこの2件だけが私のお気に入り。
皆様も松本に来たら、是非寄って見てください。
そして、松本に旅行に来る時は、是非アタシにメールください。
食べ物好きのアタシがお勧めする各種名店を無料で紹介いたします。
道案内するから奢って〜♪ (笑)
冗談冗談♪

でも、観光マップで行くような店に、中々旨いものが無いのも又事実デス。
地元(ジモティー)の食道楽のお人に聞くのが一番無難。







2004年10月04日(月)


 (日記) 改めて人の書いたものを読んでみる


先日、とわさんと言うゴザンスライターが、ライター仲間の作品をご自分のページで紹介してくれていると書いたが、改めて仕事が休みだった昨日、少しゆっくりとゴザンスライター達の卒業文集を読みに出かけてみた。
先輩の常連ライター達の名前に混ざって、アタシの名前もコッソリ出ていた。

卒業文集と有って、どれも皆、思い入れの大きい作品を選んでいると思われるので、質の高い良い文章が多い。
そこには色々な作品が連なっている。
短いものもあれば長いものもあり、小説もあれば、詩やエッセイも有る。
改めて、ライター志望者である皆の作品を読んでいると、やはり、普段、物を書き続けてる人ばかりなので(当たり前か)皆とても文章が上手だ。
自分の書く物のお粗末さを思い知ると同時に、ああ・・・、人はこんな風に表現するのだぁ・・・とか、フムフム、人はこんな風に物事を見てるんだなぁ・・・、と言う、新たな発見が出来、とても勉強になる。

卒業文集には、全ての作品に、編集者からの温かい送辞が一言ずつ書かれている。
私が貰った言葉は。

人で勝負できちゃう、魅力的な書き手さんだと思います。いつからか、読者に迫るときに邪魔していたカーテンが勢いよく開いて、パワフルな作品があふれんばかりに届くようになりました。

人で勝負かぁ・・・・・・。
くすぐったくて照れる。

私がゴザンスにライター登録をした理由は、お世辞や社交辞令抜きの、厳しく覚醒した感覚での、正直な私の文章に対する意見が聞きたいと思ったからだ。
コレでいつしかは、ご飯のおかずの足しにするんだい。と決めた以上は、私の書く物が人の目にどのように映っているのか、正直なところが知りたかった。
生憎、あまり感想のようなものには出会えなかったが、たま〜に忘れた頃、感想BBSに「受けたァ〜」とか、短めの感想などを貰った記憶も有る。

私も物を書き始めたころは、まだ気取りや臆病さが有った。
何をどのように表現して良いものか解らず、その表現法の言葉も見付からなかった。
有る日、行き詰ったアタシに、友人が【思いのままを素直に正直に書けば良いんだ・・・。】そんなアドバイスをくれ、それから装飾する文章から脱ぐ文章に変えてみた。
ソレが編集者の言う処の【カーテンが開いて・・・】なのだろう。

これからも、ただ並んだ文字を読まれるのではなく、アタシ自身の心を読んでもらえるような、楽しいホンネの日記を書いて行きたい。


2004年10月03日(日)


 (日記) 思わぬご褒美だ〜♪


昨日は、女将を含めた5人分なれど、6時半から月例の予約が入ってる日で、店に4時半に入り、料理作りをする事にした。
私が入店してからは、その会の料理を担当するのは初めてだ。先月は私が入りたてだと言うことで昼の部のママさんが用意してあった。

昨日の月例会は、店のある町会(お膝元)のお偉いさんの集まりと言う事で、毎回、会費は飲み食い両方で、一人3500円程度とバカ安いものの、此処で料理の腕をアピールしなければ・・・と思い、食材の仕入れ金を極力押さえ(2800円未満)なるべく年配の人が喜びそうな手の込んだものを並べた。
今まで居た夜ママは、さほど料理が得意な人ではなかったみたいで、ソース焼きそばや、お稲荷さんや、冷シャブと言うような、ありていの物しか出せなかったらしく、食べっぷりの良い客達では無いので、品数は4品程で良いと言われていた。

そこで考えたメニューは、プリプリ海老入り、本格的なあんかけ焼きそば・鰻巻き・ナマユバの刺身・ヌカ漬け・稲荷納豆の5品。
【稲荷納豆とは、引き割り納豆を良く練り、長ネギのみじん切りと鰹節をタァ〜ップリと加え、七味と醤油で軽く味付けしたものを油揚げに包んで網で焼いたもの】
【鰻巻きとは、鰻を巻き込んだ玉子焼きだ】

そうしたら、皆、レベルの高い手料理だと喜んでくれ「とっても美味しい」の連呼だった。
一品も残らず、全て平らげてくれたのは、料理人冥利に尽きると言うもんだ。
そこで一安心なのも束の間、そんな中、カウンターにも常連の2組の客が来、オマケにその人たちの飲み物や付き出しを出すか出さぬかの内、旅館の泊り客の爺ちゃん婆ちゃんが、10人なだれ込んで来て、店はいきなりてんやわんや・・・・・・!!
補佐のバイトが8時からなので、女将に手伝ってもらいながらも、てんてこ舞い。
8時になり、やっとこさ、補佐のバイトが来て、一息付けるようになり、客達に挨拶回りが出来るようになったは良いけど、その後もずっと賑やかだったので、さすがに昨日は、少しだけ腰が痛くなった。

2時間ほどして団体客やら殆どのカウンター客が引けた頃、一人残った常連のハッちゃんが、おもむろに「持ってきたマツタケを焼いてみてくれ」と言うではないか。
『ナニュニュ? ま、ま、松茸だって!?』
ハッちゃんが、来た時、紙袋を持ってきてたのは知っている。
松茸の香りがほのかにしてたのも知っている。
山で取ったばかりだと言う松茸を袋に入れて持って来たのは薄々知ってるが、【全然知ってるじゃないか・・・】昼の部で日曜に予約が入っていたので、昼の部のママが頼んでおいた物だとばかり思っていた。
そしたら、今から焼いて皆で食べようよ、と言うではないか。
アタシャ、キャァ〜キャァ〜喜んだね。
残っているのはバイトと女将とアタシだけ。
改めて袋の中を覗くと、大〜きく立派な松茸が4本も入っている。
ひょっとしたら一人一本感覚ではないか!! 【サッと計算する辺りが、いかにもあさましい(笑)】

『こ、こ、これ・・・、全部焼いちゃって良いの?』

「もちろんさ」

『ゲッ!!! ぜ、ぜ、贅沢だぁ〜!!!』

アタシャ、イソイソと松茸の石附を包丁で削り、丁寧に汚れを拭き、包丁を使わずダイナミックに手で裂いて、アルミホイルに包んで、上等な酒と薄口醤油を少々振り掛け、弱火のグリルで蒸し焼きにした。
20分ほどで焼き上がり、だだっ広い店内に松茸の良い〜香りが漂う。
アルミホイルを開くと、もう・・・・・・溜まらん・・・!!!!! 
皆ヨダレダラダラ〜の世界。

『いっただきまぁ〜す♪』
ハッちゃんおごりのビールで乾杯し、楊枝で焼きたてホヤホヤの松茸をぱく付く。
皆で、『ひょえ〜! 旨い旨い!!』の大騒ぎ。
今年は松茸が豊作だと言うが、地物の美味しい松茸を、こんなにも贅沢な食べ方が出来るとは、夢にも思ってなかった。
仕事頑張ったご褒美だ〜。


その松茸を持ってきてくれたハッちゃんと言う人は、多分60歳前で、本当に気の良さそ〜な人間で、自分の畑で取れたと言う、バカデカイ西瓜やら農作物などを始終差し入れしてくれる、ありがたき常連さんなのだ。
人情味豊かで、中々愛くるしいところも有る。(笑)

ハッちゃんはいかにも、ハッちゃんと言う名に相応しい顔付きで、いかにも、ハッちゃんと言う出で立ちの、アニメに出て来そうな八百屋のオジチャンと言う風情。(笑)
昨日は松茸をご馳走してくれたあげく、オマケのオマケに、アタシ達に1000円ずつチップまでくれた。
な、な、な、何とありがたき、心優しいお客様だろう・・・・・・。
【嬉泪!】

チロルは人情ラウンジなので、そんな常連さんが多いらしいが、ハッちゃんはその中でも飛び切り人が良さそうだ。

奥さんと別れて今は独身だと言う。
毒針ではなく、独身だぞ。(笑)

だれか、ハッちゃんに似合う、良い嫁居ないかなぁ・・・・・・。
松茸食えるぞよ。

エッ? アタシが行けば良いじゃんかって???
アタシャダメだよ・・・。
アタシにゃ、なんてったって、愛するフゥ〜リィ〜が居ますもの・・・・・・。


2004年10月02日(土)


 (日記) とわさん、ありがとう。


私がコッソリとライター登録をしていた【ゴザンス】と言う文芸系のサイトが、この処で形上の凍結をされてしまったみたいだ。
ネットに不慣れな私は、未だに良くそこのシステムなどを理解できてはいないのだが、そこではライター登録をして自分の文章を載せる事が出来、紹介してくれたり応援してくれたりと言う、無名のウェブライター達の支援をしてくれると言うとてもありがたいサイトだった。
私がそこに登録をしていたのはほんの僅かな時間だったが、たまに、私の駄文なんかをもピックアップなどしてくれ、物書き志望者の道場みたいな場所だった。
これから徐々に作品を投稿してみようとも思っていたので、残念でならない。
つい最近、卒業文集などを応募していたので、私も書き、ソレがピックアップで又載せてもらえている。

そこのライター仲間だった【とわさん】と言う方から、先日突如メールを貰った。
ゴザンスで時たま名前はお見かけしていたのだが、私は彼女の作品に触れたのも、数えるほどしかなかったのに・・・・・・。
どうやら、彼女のサイトでゴザンスのライター仲間の作品を紹介してくれているらしいのだが、私の文章も、彼女のページで紹介させて欲しいと言うメールだった。

身に余る光栄なので早速OKさせてもらった。
そして、今日、彼女のサイトで紹介されたのだ。
ここがとわさんのページです
ぜひ、お立ち寄りください。


本来私に届くメールは、名前の知らない人は殆どが迷惑メールなので、読まずにゴミ箱送りにする事が多いのだが、危ないところだった。見もせず捨てなくて本当に本当に良かった・・・! 

彼女の試みは大変ありがたく、又、素晴らしく、同じ書き手仲間が、私のような新参者が書いた駄文を目に止めてくれた事も嬉しくてならないと共に、本来はライバルであるべき仲間達の文章を、彼女自身が読み、心を打たれ、自分のサイトで紹介してくださると言う、彼女の人間としての心の広さや慈愛の深さに、私はより深く感動したのだ・・・・・・。
そんな彼女の人柄が、とても凄い事だなぁ・・・・・・と嬉しかったのだ・・・・・・。
彼女こそ、物書き人シップに則ってるような気がしてならない。

そんな嬉しいことがまたもや有り、私は我が【ぐうたら神様】に『おいおい・・・、あまり張り切りすぎないで良いんだよ・・・。良い事は小出しに頂戴ね・・・」と、囁いたくらいである。


とわさん、貴女の文章も、これから徐々に読ませていただきます。
そして、私の書いたものに目を止めてくれて本当にありがとう。
又少し、自信が付きました。


サテサテ・・・、今日は小団体の予約が入ってて、料理を沢山作らなければならないので、もっと書きたいのだが、この辺で日記を閉じる事にしよう。




2004年10月01日(金)

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