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人物紹介


何かが
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翌朝、電車でRに会うと「どうだった?」と聞かれました。

「んー、普通にドライブ行って送ってもらった。
 あ、そうそう。多田さん、Rも一緒に来れば良かったのにって言ってたよ」

と私が言うと、Rは

「じゃ、次はお邪魔させてもらおうかなぁ」

と言いました。

その日は金曜日で、土・日とバイトに朝から入っていた私は、多田さんの事を特に考える事もなく忙しく過ごしました。
日曜にバイトにきたMさんに、また多田さんに会ったことを話すと

「え?いつの間に・・・」

と、少し驚いた表情をされました。
Mさんにとっては、多田さんが私を待っていたり誘ったりしたことが意外なようでした。
それは、私にとっても同じ事で。
だからこそ、気まぐれで多田さんは私を誘ってくれているだけだと軽く考えられる自分がいました。


週末は、K先輩が捕まらない事に慣れてしまっていたので、電話をかけることもありませんでした。
でも、月曜になるとやっぱり声が聞きたくなりました。
もう、一ヶ月もK先輩と話をしていませんでした。
バイトの帰りにいつものように公衆電話に入ると、すっかり覚えてしまった番号を押しました。

「もしもし」という声が聞こえた途端、私は電話を切ってしまいました。
電話に出たのは、多分K先輩のお母様だったと思います。
この一ヶ月の間に何度も電話しては「居ない」と言われつづけています。
何度も電話する自分が何だか恥ずかしくて、思わず切ってしまい、自己嫌悪に陥りました。

もしかしたら、今日はいたかもしれないのに・・・

そんな可能性を考えて切ってしまった事を後悔しました。
でも、またすぐに掛け直す勇気がありませんでした。
電話を切ってしまったのが自分だとバレるのが嫌だったのだと思います。

そして私は再び受話器を取ると、多田さんに電話をかけていました。
ちょっと時間を潰すだけ。
そんな言い訳をしていたように思います。

電話には、多田さん本人が出ました。
また、私が名前を言う前に 「おお」 と返事が返ってきました。

「この間は、ありがとうございました。」

「どういたしまして。また遊ぼうよ。」

多田さんは、前と同じ軽い口調でした。

「そういえば、Mさんに会ったことを話したら驚いてましたよ」

「Mに言っちゃったのか」

「え?ダメだったんですか?」

「いや、いいけど。俺、怒られそうだな。」

多田さんは、少し笑っているような口調でした。

「何でですか?」

「後輩に勝手に何してんのよって」

「えーっ 大丈夫ですよ。だって何かあるわけじゃないしー」

多田さんの軽い調子にすっかりリラックスしていた私は、本当に何も考えず、
思った通りの言葉を口から出していました。

「んー・・」

多田さんの反応が少し困っているように聞こえ、私は急に不安になりました。

「え?え?えっと・・・」

何をどう聞き返したらいいのか分からず、心拍数が急激に上がっていきました。

私は多田さんに特別な感情を持って会っている訳ではないし、
この先もK先輩がいる以上、その気持ちに変化があるなど思えませんでした。
当然、多田さんもそれは同じものだと思っていました。

まさか、それは違うってこと?

多田さんが黙っていた時間は、ほんの5秒程度だったのかもしれません。
でも、私には物凄く長く感じました。

「ま、Mのことはいいよ。それより、明日はバイト休み?」

「え?あ、はい。店が定休日なんで休みです」

突然、話を変えられて戸惑いながらも反射的に答えていました。

「じゃぁ、家に遊びにおいでよ」

多田さんに言われるままに、翌日家に行く約束をして電話を切りました。

どこかで何かが引っかかってはいたものの、気になるのなら明日会ったら聞けばいいし。
多田さんはきっと、Mさんに知られたくなかっただけなんだ。
Mさんが多田さんに煩く言うタイプとは思えませんでしたが、そう考えるのが一番自然な感じがしたのです。

というより、多分。
私は何も考えたくなかったというのが正直な気持ちだったのかもしれません。
引っかかった何かは、多田さんが私に感情があるとか無いとか。
そういう事をハッキリと聞かなければ分からない事のような気がしていました。
そんな事を自分から聞く事などできないし。

第一、たった2-3回会っただけで、そんな事ある訳ない。
そんな自惚れられるほど、自分は魅力的でも何でも無いし。
多田さんのような大人の男性が私を相手にするはずない。
何かなんて、この先にもない。


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会う約束
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K先輩に電話をかけました。
お母様が出て、「まだ帰って来てないのよ」と言われました。

結局、多田さんに会うかどうか決められないまま朝になり、
会う約束をした事を友達にも言わないまま、放課後になりました。

放課後になって、隣のクラスのRのところに行き、多田さんと約束をした事を話してみました。
Rは、軽い調子で「いいじゃん、遊んでもらえば」とだけ答えました。
その言葉を聞いても私の中で迷いが消える事はありませんでした。
でも、好奇心に似た感情の方が強くなっていたのも事実でした。

掃除当番のRが終るのを待つ間、私は多田さんに学校の公衆電話から電話をかけることにしました。

やっぱり止めよう。

受話器を置こうと思った4コール目で、ガチャリと音がしてダルそうな声の多田さんが電話に出ました。

「もしもし」

「おお、今どこ?」

昨日初めて電話で少し話しただけなのに、多田さんは私の声がすぐに分かったようでした。

「まだ学校です」

「もう、来る?」

「え?どこに行けばいいんですか?」

多田さんは、学校から自分の家までの道を教えてくれました。

電話を切ると、Rの教室に戻り会う事になったと話しました。
ちょうどRも掃除が終って帰れるということで、一緒に途中まで行くことになりました。

「やっぱ止めようかなぁ」

思わず、口から出てしまいました。

「行っちゃえば、きっとそれで楽しいと思うよ」

Rにそう言われ、そうかもしれないと単純に思うことにしました。
Rが多田さんの家まで一緒に来てくれるというので、その言葉に甘えることにしました。
教えられた通り、駅とは反対方向の道を曲がりました。
そのずっと先に、見覚えのある白い車が止まっていました。

「あ、あれみたい。」

私がそう言った時、奥の家から出てくる背の高い人影が見えました。
その人は、こちらを向いて手をあげました。

「あれ、多田さんじゃないの?」

Rに言われ、心臓がドキっとしました。

「あ、そうかもしれない」

「なんか背が高くてカッコいいじゃん。」

そう言いながら、Rは私の背中を軽く叩きました。
私は急に緊張と共に心細くなり、

「Rも一緒に来ない?」

と誘ってみました。

「今日は用事があるから帰るよ。じゃ、がんばってね。」

そう言うと、さっさとRは元来た道を歩いて行ってしまいました。
私はRの後姿を見送りながら、「何を頑張れっていうんだろう」と少しだけ泣きたい気持ちになりました。

Rが見えなくなるまで見送って振り向くと、多田さんが私の方を見ていました。
私は会釈をし、多田さんの方へ待たせてるというのに走る事もせず、ゆっくりと歩いて行きました。

「こんにちは」

「こんにちは。今の友達?」

「そうです」

「一緒に連れてくれば良かったのに」

「なんか、用事があるって断られちゃいました。」

この会話で、私は

多田さんは、別に私と二人で会いたかった訳じゃないんだ?

と思いました。

ということは、やっぱり気楽でいいんだ。
親切にしてくれるお兄さんでいいんだ。

一気に肩の力が抜けていきました。

その日は、一週間前と同じ海へドライブに連れてってもらい
一週間前と同じような時間に同じ場所で車を止めてもらいました。
車から降りる時に多田さんは

「また電話して」

と言いました。
私は何も考えず、

「はい。今日は有難うございました。」

と返事をし、車のドアを閉めました。

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初めての電話
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バイトの帰り。
生徒手帳に挟んでおいたメモを取り出し、多田さんの家に電話をかけました。

かなり緊張していたように思います。
でも、それはK先輩に電話をかける時とは少し違う感じでした。
一つ一つ、間違えないようにゆっくりとボタンを押しました。

2コールで電話を取る音がし、私は自分の名字を名乗りました。
そして、多田さんの下の名前を言う前に

「おー!待ってたんだよ!」

という声が返ってきました。

その声があまりにも明るくて、私は少し戸惑いました。
待たれているとは、本当に思っていませんでした。
思わず、

「あ、あの電話するつもり無かったんですけど」

と、妙に言い訳がましい事を口走ってしまいました。
それに対して多田さんに、少し子供っぽい口調で

「俺、今日かな今日かなって、首長くして待ってたのにな」

と少し笑いながら言われました。
私は咄嗟に何故か申し訳無い事をしたのだという気持ちになり、

「すみません」

と謝りました。
すると、多田さんは

「いや、ほんと電話くれて嬉しいよ。」

としみじみとした口調で言った後、

「もう、かかってこないんじゃないかって泣きそうだったよ。」

と、ふざけた子供っぽい返事が返ってきて、思わず笑ってしまいました。
そんな多田さんの喋り方に、それまで入っていた肩の力が少し抜けました。

「バイトの帰り?」

「はい」

「お疲れさま」

「ありがとうございます」

「明日、バイトは?」

「休みです」

「じゃ、明日遊ぼうよ」

多田さんのテンポに圧倒されるままに、翌日会う約束をして電話を切りました。

電話を切ってから、急に心臓がドキドキし始めました。
自分は一体何をしてるんだろう?

私は、多田さんに待たれていたということを、どう捉えて良いのか分かりませんでした。
自分が電話をかけただけの事で、あんなにも喜ぶ多田さんの気持ちが分かりませんでした。

こんなに簡単に、また会う約束なんかしていいのだろうか?

少し興奮状態だったように思います。


多田さんとの電話を切ったと同時に、K先輩の声が聞きたくなりました。

なんだか不安でなりませんでした。
多田さんと会う事を迷っていました。

電話をかけてK先輩が捕まったら、多田さんに会うのは止めよう。
そう思いました。


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「恋愛履歴」 亞乃 [MAIL]

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