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人物紹介


憎まれ口
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K先輩は決してマメなタイプではなく、どちらかと言えばだらしないし、大雑把な性格で。
私に対する優しさから見れば、多分、面倒見が良い所もあり、だけど基本的には物凄い面倒臭がり屋で。
良くも悪くも我儘なところがあって、嫌だと思う事を無理してまでするようなことは、きっとしないというタイプでした。
そんなK先輩が私と会う為に、嫌な思いをするのを覚悟の上で電話をくれたという事の大きさを、私はこの瞬間に思い出しました。
大好きなK先輩にそこまでしてもらえたことだけで、私にとっては幸せすぎることなのに。

私はいつの間にか勘違いし始めていたのです。
逆にそこまでして先輩が誘ってくれた事で、
「私は特別に想われているのかもしれない」
という気持ちが、私の中でまた出てきてしまっていたのです。
だから、余計にK先輩から漂う女性馴れしてそうな雰囲気に、
「別に私だけじゃないんだ」
という失望感もあって、嫉妬し、イラついたのだと思います。
私は、素直な感謝の気持ちを忘れていました。

私は素直に、

「ごめんなさい。ほんと、有難うございます。」

と言い、頭を下げました。
K先輩は、突然私が素直に謝り出したので、少し慌てたように

「いやいや、俺が勝手に誘ったんだし。っつーか、恥ずかしいから、もう止めよう」

と言いました。

「え?」

と言って、K先輩の顔を見ると、先輩は当たりを見回しています。
その様子を見て、私は周りの人に私たちの話が聞こえてたのかもしれないことに気付きました。
急に恥ずかしさが込み上げてきて、窓の方に身体を向けて

「はずかしーー」

と私が呟くと、K先輩は腕をひじで突っつくようにしながら、

「俺ってば、すっげー女ったらしの悪いヤツみたいじゃんかよっ」

と小声でヒソヒソ言いました。
その言い方が面白くて、私もそれに合わせてヒソヒソ声で

「え?先輩の女ったらしは、中学の時から有名じゃないですか?」

と返しました。
すると、K先輩は驚いたように

「うそ?」

と、周りの乗客の何人かがK先輩を見るほどの大きな声をだしました。

「先輩、はずかしー」

その様子がおかしくて、私が笑いを堪えながらヒソヒソ言うと、

「お前が変なこと言うからだろっ」

とヒソヒソ声で責めるので、

「えー、だって。先生が、「Kは女好きだ」って言ってたもん」

と私はからかうように言い返しました。

「まじで?あいつ、何てこと言いやがったんだよー。誤解だぞ?誤解っ」

先輩の焦ってるような怒ったような困ってるような、そんな表情がおかしくて調子に乗った私は

「そうですか?だって、私と最初に会った時も、女子の更衣室に女の先輩たちと居たじゃないですか?」

と言ってしまいました。
ここまで言ってから、私は自分が中学の時の話をし始めたことに、内心焦りました。
私の中で、これまでK先輩との中学の時の話はタブーでした。
最後に私がフラれた話でもあるので、お互いにあまり良い想い出にはなってないと思っていたのです。
これまでも、過去に形だけであっても「付き合ってた」ということは、暗黙の了解で無かった事のように。
ただの中学の先輩後輩としてお互いに接していたように思います。
なのに、思わず出会ったときのことまで口にしてしまい、先輩がどういう反応をするのか不安になりました。

先輩は、そんな私の不安とは全く関係なく何も気にしてないように

「おーおー、そうそう。違うぞ?あれは、なんだっけか、話があるとか言って呼び出されたんだぞ?」

と弁解し始めました。
そして更に、

「あん時、俺、「お前たち双子?」って言ったんだよな」

と懐かしそうに言いました。
私はそんな先輩の何も気にしていない様子が、逆に憎らしく、なんだか悲しい気分でした。

先輩にとってのあの頃の事は、単純に懐かしい思い出になっているんだ。
先輩と、付き合ったことを何時までも特別に思っていたのは私だけだったんだ。
いつまでも過去を引きずって、気にしてるのは私だけだったんだ。

K先輩の言い方はまるで、その後に私と付き合った過去など無かったかのような、すっかり忘れてしまっているような感じがしたのです。
私は先輩の方を見ずに、窓の外を眺めながら

「そうですよ。初対面がいきなりそれだったから、軽いな〜って思いましたよ」

と、自分でもかなり嫌な言い方をしたような気がします。

「え?まじで?お前、そんな風に思ってたの?」

先輩は、少しだけ、ショックを受けたような感じでした。


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最悪なことを言ってしまいました。
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女馴れ
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「綺麗だなと思ってさ」

そう言われた瞬間、嬉しいとかよりも先に、呆気にとられた感じでした。
そんな言葉をサラリと言えるK先輩に驚いたのです。
驚きすぎて、目がそのまま逸らせなくなっていました。
ちょうどその時、止まった電車のドアが開いて、立ちすくんだ状態の私が邪魔だったのでしょう。
K先輩に、「ほら、危ないだろ」と言って腕を掴まれ、先輩と体がくっつきそうな程、そばに引っ張られました。
その距離で、乗客が降りてくる間、K先輩の真後ろに私は居ました。

近くになって、その時始めて、K先輩からコロンか何かの香りがする事に気が付きました。
私が知っていた中・高校生の頃の先輩とは、なんだか違う人に見えました。
でも、中学の時のK先輩の担任であり、私の部活の顧問の先生が言っていた
「Kは、女好きだからなぁ」
という言葉が急に頭に蘇ってきて、私は間近の先輩の顔を斜め後ろから見つめながら、
「やっぱり、先輩は女馴れしてるよ」
と心の中で悪態をついていました。
なんとか先輩の雰囲気に飲まれまいと、何故か必死でした。

電車に乗り込むと、空席が無く、ドアの所に向かい合うように立ちました。
何を話していいのか分からず、窓の外を見ていると

「なんだよっ」

と頭を小突かれました。
チラッと先輩を見ただけで、私がまた窓の外を見出すと今度は

「なに?怒ってんの?俺、また何か言ったか?」

と聞かれました。

「いえ、べつに」

なんと答えていいのか分からずに、それでも窓の外を見ていると、また小突きます。
私は、少し手が届かない距離に離れようと思って、一歩身体をずらしました。
すると、私のすぐ後ろには同じように窓に寄りかかる人が居て、その人にぶつかってしまいました。
慌てて「すみません」と私がその人に謝るのと同時に、先輩の手が、また私の腕を掴んで引き寄せました。
まるっきり電車に乗る時と同じ状態を繰返した自分が、余りにも情けなく、恥ずかしくなりました。
しかも、今度は向かい合わせで物凄い近い距離に先輩が居る状態で。

「ほら、ったく」

K先輩に言われて、思わず私は

「先輩、女馴れしすぎ」

と言ってしまいました。
さっき、思っていた事が思わず口から出てしまったのです。
あまりにもぶっきらぼうに言ってしまって、これじゃぁ冗談にもならない言い方をしてしまったと後悔しました。

「なんだよそれ?」

やっぱり、先輩は少しムッとしたように聞いてきました。
でも、先輩は何とも無いかもしれないけど、私にとってはそういう一つ一つが大変な事なんだと分かって欲しいと思い、すぐに謝る事は出来ませんでした。

「さっきだって変な事平気で言うし」

心の中では、怒らせちゃったどうしよう・・と焦ってはいても、態度に素直に出すことは出来ません。

「あ?さっき綺麗って言ったからか?」

K先輩は、それでなんで怒るんだろう?とでも言いた気でした。

「そうです。普通、そんな事言いませんよ。」

私が答えると、K先輩は少し笑ったような口調で

「そうかぁ?・・・ん?お前、俺が誉めたの髪の毛だぞ?」

と言い出しました。
その言い方が、「何、勘違いしてんだ?」風に言われたような気がして、

「そんなの、分かってますよ。自分で髪の毛ぐらいしか誉められないって自覚してますっ」

と思わず強い口調で言い返してしまいました。
K先輩は、まるで独り言のように小さな声で

「そんなことねーんだけどなぁ・・・」

と呟いたまま、黙ってしまいました。
沈黙に耐えられず、思い切って先輩の顔を見ると、やっぱり怒ったような厳しい表情をしていました。
途端に、物凄く怖くなり、

「すみませんでした」

と謝りました。
すると、先輩は溜息をつくように息を吐き出した後、

「俺さぁ、そんなに軽く見えるかぁ?」

と言いました。
その声を、どこか寂しそうに感じながらも私は、

「だって先輩、色んな女の人と遊んでそうだし。」

と言い返してしまいました。
先輩は

「お前さ、勘違いしてんべ?俺、そんなに遊んでないし。誰にでも同じ事言う訳じゃないぞ?」

と少し強い口調で言いました。
でも、私の中で、やっぱりすっきりしないものがあり、

「だけど、先輩、たくさん女友達居そうだもん」

と、まるで拗ねるかのような言葉を言ってしまいました。


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吐き出すように言いました。


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分からないことだらけ
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普通のこと?
会う相手を言って出かけるのが普通ってこと?
単純に、いつもそうだよってこと?
相手が誰でも、両親が何も言わないのが普通ってこと?
女性とデートだと分かっても、何も言わないのが普通ってこと?
普通になるほど、それほど、先輩が女性と出かけてるってこと?
沢山、女友達が居るってこと?
私はその中の一人だから、驚きもしないってこと?

K先輩の言葉の意味をグルグルと頭の中で考えだし、徐々に悪い方ばかりを想像し、止まらなくなっていきました。
そんな私の状態に気付きもせずに、K先輩は「じゃ、行くべ」と言って切符売り場に歩き出しました。

「あ、どこまで行くんですか?」

自分で切符を買おうと、慌てて財布を出そうとしていると

「俺が買うからいいよ。待ってて」

と言って、さっさと行ってしまいました。
その後姿を見ながら、私はまだずっと「普通」の意味を考えていました。

思えば、K先輩と一緒に出かけるのは初めてで、それどころか休日に男性と電車に乗って出かけるということ自体が始めての事でした。
切符を買ってもらうというのも初めてだし、映画は当然初めてで。
何をどうしていいのか、どういう対応をしていいのか、何を言ったらいいのか、どう受け止めていいのか、どう返事していいのか。
ともかく、何もかも分からないデートが始まり。

切符を買って戻ってきたK先輩から、普通に切符を受け取ってしまいました。
それは、気付いたら受け取っていたという感じでした。
あまりにも、K先輩の渡し方が自然だったので、一瞬、お礼を言うのが遅れました。
そのまま、私の前を通過して歩いて行ってしまうK先輩に、慌てて

「あ・・切符代・・・」

と声を掛けました。
K先輩は、私が「幾らですか?」と聞く前に、

「いらない。」

と無愛想な声で答えただけで、私の方を振り返りもせずにスタスタと改札に歩いて行ってしまいました。
その後ろを追いかけながら、もう既に私は難題にぶつかった気分でした。

それじゃなくても、私はまだ、K先輩の言った「普通」の意味に拘っていて。
その上、あまりにもぶっきらぼうに返事をされて、もうどうしていいのか分からなくなり、私は泣き出しそうでした。

「亞乃っ!」

突然、K先輩に大声で呼ばれました。
声の強さにビクっとして顔を上げましたが、K先輩の姿がありません。
私は、いつの間にか下を向いて歩いていて、K先輩と反対方向に歩いていたのです。
慌てて、当たりを見回しました。
すると、後ろから頭をポンっと叩かれ、振り向くと

「おい、どこ行くんだよ」

とK先輩が少し困ったように笑っていました。

「あ、ごめんなさい」

私はしょっぱなから失敗した自分が物凄く恥ずかしく、情けなくて。
でも、先輩に呼ばれた事や頭を叩かれた事は凄く嬉しくて。
とても複雑な気持ちでした。
K先輩は、優しい声で笑いながら

「ったく。ほんと、ガキなんだから」

と言いました。
それを聞いて、少しショックを受けました。
子供扱いされている自分がまた情けなくなり、

「ほら、行くぞ」

と言ってK先輩に背中に手を回されて押されるように歩き出すと、今度はその手にドキドキし出して。
先輩の手は、すぐに離れましたが、もうホームに降りる頃には私はヘトヘトでした。
こんな気持ちの繰返しじゃ、神経が持たないと思いました。
なんとか、普段の自分を取り戻そうと必死でした。
せっかくの先輩とのデートなのに、こんなんじゃダメだと思い、顔を上げました。

すると、またK先輩が居ません。
慌ててホームを見回すと、時刻表を見ているK先輩を見つけました。
この場合、私もそこに行った方が良いのだろうか?
またもや、問題にぶつかりました。
困っていると、先輩が私の方を振り向き、戻ってきました。
その姿をジッと見るのも変だと思い、わざと目を逸らしました。

戻ってきた先輩は

「あと3分だな」

と言いました。
そこで始めて、私はどこに行くのかを聞きました。
それは、その頃の私が行った事が無い場所で。
先輩はいつも私の知らない所で、知らない人たちとそういう所に行ってるんだ・・・と思いました。
それが、今の先輩の普通の日常で。
やっぱり、私とは違う所に居る人なんだと感じました。
そこからまた、私は「普通」に拘り始め、その中には女の人も居るんだろうなどと一人考え込み出したとき、ふとK先輩の視線を感じました。

また、下を向いて難しい顔してるとか思われてるんだ。
そう思った私は、先輩が見てることに気付かないフリをしながら、右側に居るK先輩とは反対側の電車が来る方向を、わざと気にするように見ました。
そして。
私の髪に先輩が触ったような気がしました。
ただの風だったかもしれません。気のせいかもしれません。
そのぐらいの感覚でしか無かったのに、私は体が固まり、余計に先輩の方を振り返る事が出来なくなりました。

そこへ、電車が来るのが見えました。
ふいに、先輩が口を開きました。

「お前、髪、伸びたなぁ・・・」

部活を止めてから徐々に段を取りながら伸ばし続けた私の髪の毛は、その頃には背中の半ばまである程の長さになっていました。
でも、徐々になので、ある程度その間に会っている先輩に、改めて言われるとは思いませんでした。

「え?あぁ・・伸ばしっぱなしなんで・・・おかしいですか?」

先輩が自分の髪の毛を見ていると思うと、余計に私は意識してしまい、ホームに電車が入って来ても動く事ができませんでした。
目の前に電車が来てるのに、私は電車の後ろの方を見ているのは、かなり不自然だったと思います。
その事に自分でも気付き、それに先輩と話してるのにそっぽを向いているのも変だと思い、思い切って先輩の方を見ました。
見た瞬間、K先輩と目が合ってしまい、かなり焦りました。


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その時ホームは、電車の音とアナウンスの声と別のホームの発車のベルが響いていたのに、先輩の声だけハッキリと聞こえた気がしました。

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親公認
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それから9日の間。
約束の日が近づくに連れて、だんだんと不安になっていきました。
もしかして、先輩に急な用事が入ってたらどうしよう?
そう考え出すと、確認の電話をしたくて溜まらなくなりました。
でも、しつこいとか思われそうだし・・・と一生懸命に我慢しつづけ。
前日の夜は、何度も何度も電話を掛けてみようかという思いと戦いながら時計を見つづけ、23時を回ってからやっと、もう電話するには遅すぎる時間だということで諦めが付きました。

当日、何を着て出かけたのか、物凄く悩んだはずなのに覚えていません。
髪の毛を下ろして行った事だけは覚えています。

駅までのバスに乗っている時から、私の心臓はドキドキし始めました。
待ち合わせの13時より10分前に駅に着きました。
その10分が物凄く長くて、駅の時計が13時になると、また不安になりました。
先輩が来れなくなって、連絡が取れないで困っていたらどうしよう?
5分になり、10分になり。
私は殆ど、泣きそうになっていました。
階段を降りてバス停の方を見回しても、K先輩の姿は見当たりません。
物凄い不安で、もう来ないのかもしれないと思いました。

駅の時計が20分を指した時。
K先輩の家に電話してみようと思いました。
でも、あと少し。そう思って、さらに10分待ちました。
1時半になりました。
私は、不安で不安でどうしていいのか分からない心境になり、Rの家に電話をかけました。
Rとは、朝の通学は別になっていましたが、下校の時は一緒にいる事が多く、ずっとK先輩の話はしていました。
電話に出たRに、

「K先輩が来ないんだけど、どうしたらいい?」

と聞くと、あまりにも泣きそうな情けない声だったからでしょう、

「大丈夫?ともかく、電話してみなよ。それで居なかったら、私、そっち行ってあげるから」

と言われました。
それを聞いて、少し安心した私は、

「ありがとう。かけてみるね。また、後で電話する」

と言って電話を切り、そのままK先輩の家に電話をかけました。
呼び出し音が5回位鳴り、私は誰も居ないのかもしれない・・と諦めて電話を切ろうとしたとき、お母様が出ました。
名前を名乗り、K先輩いらっしゃいますか?と聞くと

「あ、○○さん(私の名字)ね。ごめんなさいねぇ。あの子、さっき出てったのよ。貴女から電話あったら、遅れるからって言っといてって伝言頼まれたの。もう少しで着くと思うから、待っててあげてね」

と言われました。
私はK先輩のお母様から伝言を言われるとも思っていなかったので、余計に緊張し、

「あ、すみません。どうも有り難う御座います。すみませんでした」

と何度も謝ってしまいました。
K先輩が、私と会うということを親に知られても良いと思っている事事態が、驚きでもあり、嬉しくもありました。
と同時に、私が電話をしてくるだろうと予測されていた事が、なんだかとても恥ずかしくなりました。
K先輩宅の電話を切ると、すぐに私はRに電話を掛け直し、

「お母さんに「もうすぐ着くから待ってて」って言われちゃったよー」

と報告しました。
Rも、なんだか少し嬉しそうに

「きゃー、それって、母親公認ってことじゃん?」

とからかい始めました。
そこで、素直になれない私は、

「えー、でも普通、こんだけ遅刻するってなったら、仕方なくなんじゃない?」

と本当は嬉しいのに言い返すと、

「そうかなぁ?どうでもいい相手だったらさ、親に伝言頼まないと思うよぉ?」

とRは言ってくれました。

「っていうか、それって、私が電話かけて来るだろうって思われてるってことだよねぇ?」

と聞くと

「そりゃそうでしょ。30分以上も遅刻するのに、相手が黙って待っててくれるなんて、普通、思わないでしょ。」

とRはあっさり答えてくれました。
それを聞いて、私はほっとしました。
もしかしたら、私の性格がしつこいとか、そんな感じで思われていて。
だから、電話があるってK先輩に思われたんじゃないかとか考えて、物凄く恥ずかしくて不安だったのです。

「いやいや、30分も私だったら待てないね。亞乃は偉いよ」

と更にRは、誉め言葉なのか、気休めなのか、一生懸命私を宥めるように言ってくれました。
Rとの会話で、物凄く軽い気分にしてもらい、笑った顔のまま電話を切り、何気に見た階段にK先輩の頭らしき姿が見えました。
咄嗟に私は、何故か気付かないフリをして、階段とは反対方向の改札の方に歩き出してしまいました。

少し駆け足の聞きなれた大きな足音が、背後に近づいてきて、私の肩をぽんと叩いた瞬間、分かっていたくせに、心臓が物凄く大きな音でドクンと鳴った気がしました。
我ながらわざとらしく振り返ると、K先輩が息をきらせながら

「いや〜、ごめん。ほんと、ごめん。」

と拝むように手を合わせて謝りだしました。
それを見て、私は慌ててなんとかその格好を止めてもらおうと、

「いえ、いいですよ。そんな。大丈夫ですから。そんなに待ってないですから」

と思わず早口で言いました。
K先輩は、

「あ〜・・・ほんと、焦ったよ。オレ、寝坊しちまったんだけどさ、お前と連絡とれないしさー。駅に電話しようかとか考えちゃったよ。」

と言い出しました。

「じゃぁ、出る前に電話した方が良かったですね。すみません」

「いやいや、お前は悪くないって。あ、俺ん家電話した?お袋に伝言頼んだんだけど」

「あ、はい。すみません、電話して、さっき伝言聞いたところなんです」

「なら、良かった。バスも来なくてさ、どうしようかと思って車で来たんだよ」

私は思わず、車?と疑問に思い、

「え?バスじゃなかったんですか?わざわざタクシー呼んだんですか?」

と聞き返しました。

「違う違う。親父に頼んで、駅まで送ってもらったんだよ」

K先輩のこの言葉に、私はまた驚いてしまいました。
お母様に伝言を頼んだだけじゃなく、お父様まで・・・・・
息子のデートの約束に協力してくれる両親であるということも勿論ですが。
やっぱり私としては、「私と待ち合わせ」だという事を両親に知られても良いとK先輩が思っているという事が、不思議でなりませんでした。
かなり疑問で、思わず

「え?大丈夫なんですか?」

と聞いてしまいました。
すると、K先輩に、意味が全く分からないと言った風に

「大丈夫ってなにが?」

と聞き返され、

「いや、、だから・・あの、、女の子と出かけるとかそういうのって・・・」

本当は、私自身の事を両親に何て説明して来たのかを聞きたかったのですが、さすがにストレートに聞けず、しどろもどろになってしまいました。


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私はその意味が分からず、戸惑いました。

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やっぱり
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K先輩から電話を切り、バイト先までの道を小走りで急ぎながら、ずっと頭では休みを取る言い訳を考えていました。
社員の人の機嫌が余り良くなかった事もあり、言い出せずにその日のバイトは終りました。
バイト先には、同じ高校の子が私以外に4人居ました。
その中で、私とは別の科のOと一番私は仲良くなっていました。
M君の事を相談したのもそのOでした。
Oに休みのことを相談すると、すぐさま「法事だって言えば?」と返ってきました。
私は、この時まで「法事」という物がどういうものなのかすら知らずに居ましたが、翌日の日曜日

「再来週の日曜に法事があるので、休ませてください」

と社員の人に言いました。
滅多に休みを取りたいと言う事が無かったのが幸いしたのか、すんなりと了承してくれて、ほっとしました。

K先輩に、すぐにでも休みが取れたことを報告したかったのですが、あまりにもすぐだとなんだか・・・と思い、その夜は電話を我慢しました。
本当はすぐにでも声が聞きたくて仕方がありませんでした。
でも、会えるまで後二週間もあるし。
私はスケジュール帳を眺めながら考えました。

会える日までに、先輩に電話を出来るのは多分、この一回。
早く電話をしてしまうと、会えるまでの期間が長くなって苦しいかもしれないし。
間を取って、土曜日。
土曜日に電話もらったから一週間我慢して。土曜日に電話して声を聞いて、また一週間我慢すれば先輩に会える。
でも、K先輩は私の家に電話できないから、返事を待ってるのかもしれないし。
あまり遅くなって電話をするとダメなんだと思われて、別の予定を入れてしまうかもしれないし。
そんな事を考えて、私は水曜日に電話しようと決めました。

水曜日の夜。
家に帰り、そっと靴を部屋に持ち込み、私はドキドキしながら9時過ぎるまで待ちました。
その日は雨だったのですが、逆に好都合でした。
親に見付からないように抜け出すには、少し早い時間でした。
二階の部屋から抜け出すには、手摺がすべるので危険でしたが、都合よく母がお風呂に入っていました。
雨の音のおかげで、階段を降りる私の足音は掻き消され、無事に玄関から外に出る事が出来ました。
玄関の鍵をかける音も、雨で消されたようでした。

結構本降りの雨の中、私は傘も差さずにいつもの公衆電話に走りました。
久しぶりだったので、かなり緊張しました。
電話に出たのは、先輩のお母様で、

「まだ帰って来てないのよ」

と言われました。
いつもなら、かなり落ち込む所ですが、この日は違いました。
K先輩の声を聞いてから会える日までの間が、少しでも短い方が良い。
そう思っていたので、声を聞ける日が延びた事が嬉しかったのです。

ただ、部屋に戻るのはかなり大変でした。
案の定、自分の身長以上の差があるベランダの手摺は雨で滑って、なかなか力が入らずに乗り越えるのに苦労しました。
一度、足を滑らせて、かなりの擦り傷をつくりました。

翌日は晴れていました。
この日は二階から抜け出し、10時近くに電話をかけにいきました。
電話に出たのは、K先輩でした。

「おー、昨日電話くれたんだって?悪かったな」

と先輩は言いました。

「日曜日、休みとれました」

と報告すると、

「そっか。じゃぁ〜・・・映画行かない?」

と聞かれました。
映画なんて、本当にデートみたいだ・・と物凄く嬉しくなりました。

「いいですよ」

と答えると、

「お前、門限何時だっけ?」

と聞かれました。

「あ・・・9時です・・・」

思わず、嘘をつきました。8時では余りにも情けないと思ったのです。

「そっか。じゃぁ・・1時に駅でいい?」

K先輩は、門限にあわせて待ち合わせの時間を決めてくれたようでした。
電話は、待ち合わせを決めるとすぐに終りました。
K先輩は電話の最後に、

「お前、ほんと、気をつけて帰れよ」

と言ってくれました。
そう言われて、急に私は帰り道が怖くなり、かなりの勢いで走って帰りました。

その翌日から、私は先輩とデートできる嬉しさでいっぱいで、抑えきれませんでした。
何も考えずに、嬉しさを友達に報告しまくっていました。


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Y美の立場を考えたら、嫌味の一つを言われても仕方無いことでした。
私はやっぱりK先輩しか好きになれないと思いました。

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誘い
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M君とのことがあってから数日後。
4月の終わりの土曜日。
バイトまで時間があったので一度帰宅し、そろそろバイトに行こうかという夕方の時間。
電話が鳴って出ると、母からでした。
用事を頼まれ、急いで済ませていると、また電話が鳴りました。
もう、出かけないとバイトに遅刻するのに・・と思いつつ、また母親だろうと思って電話に出ました。
少し不機嫌そうに「もしもし?」と電話に出ると、一瞬の沈黙の後

「亞乃さん、いらっしゃいますか?」

と言われました。
その声に、ドキンとしました。
でも、まさか・・と思いつつも

「私ですけど・・・」

と答えると

「おーー・・良かったぁ〜」

と相手はホッした声を出しました。
確信が持てなかった私は、「え?」と聞き返しました。

「あ、ごめんごめん。Kですけど。」

K先輩でした。
もう、私の家には電話できないとあんなに言っていたのに、どうして?と驚きました。

「すっげー、緊張したーーーー」

K先輩は出たのが母親か私か、分からなかったのでわざと名乗らなかったのだと言いました。

「俺、実はこの間もお前に電話してさ。お袋さん出たから思わず切っちまったんだよ」

とK先輩は言いました。
そう言えば、母に数日前に

「(電話に)出ると切れるんだけど、アンタ(の友達)じゃないの?」

と言われた記憶がありました。
その後、M君からの電話があったりしたので、彼だったのかもしれない・・と勝手に思っていたのです。

「え?電話くれてたんですか?」

と私が驚いて聞き返すと、

「ああ。っていうか、お前もさ。この間、電話くれなかった?」

と逆に聞き返されました。
この間、M君の電話が話中の最中に、私は抑えきれずにK先輩の家に電話して、お姉さんが出たので切ってしまったのです。
でも、私はそれを正直にいう事ができませんでした。

「いえ、かけてませんけど」

悪いとは思いながらも、K先輩が私の家にかけるのとは違い、切ってしまう理由がK先輩の家には無いので、後ろめたくて嘘を付きました。

「ああ・・じゃぁ、誰だろうなぁ。なんかお袋にさ、最近、そういう電話があるんだけど、アンタじゃないの?って言われてさ」

とK先輩はすんなり、私の嘘を受け入れてくれました。
K先輩もお母様に同じような事を言われてるんだと思うと、少しおかしくなりました。
と同時に、それは何回かあったかのうように聞こえ、何かが引っかかりました。
私が電話をして切ってしまったのは一度きりで。
私以外にも、K先輩の声が聞きたい女性が居るのかもしれない。
そんな事を思いながら、「そうなんですか・・・」と答えました。
そして、ふとバイトに行く時間だという事に気付き、

「あ、あの、なんで電話くれてたんですか?」

と我ながらマヌケな聞き方をしてしまいました。
でも、嫌な思いをするかもしれないと分かっていてまで、私に電話をくれた理由が本当に思い当たらなかったのです。

「ああ、そうそう。お前さ、GWってバイト入ってんの?」

と聞かれ、

「え?なんでですか?」

と聞き返してしまいました。
K先輩の

「なんでって・・・」

という、苦笑しているような困ったような声に、私は自分がまた失言をしていることに気付き、

「あ、すみません・・・えっと、休みの日もあります」

と答えました。
「いつ?」と聞き返され、私はシフト表を見ながら答えると

「その日は、俺がバイトだわ・・あー・・・じゃぁさ、GW明けの日曜は?」

と聞かれました。
日曜は当然のようにバイトが入っていましたが、もし誘いであれば、何が何でも休もうと思い、

「休めますけど・・・」

と答えました。

「え?休みじゃなくて?」

とK先輩に聞き返され、私は困ってしまいました。
まだちゃんと誘われても居ないのに、とんだ勘違いだったらどうしよう?とドキドキしながら、

「ん〜・・・っと、前もって言えば休めるんです」

と嘘を言い直しました。
実際、休みを取るのは社員の人に凄く嫌な顔をされるケースが多いので、大変だったのです。

「そっか。いや、特に何って訳じゃないからさ・・無理しなくてもいいよ」

私の嘘を見透かしているかのように、K先輩に言われ、慌てて私は

「いえ。無理じゃないです。休みます」

と思わず、「何が何でも休んでやる」かのように、強い口調で言ってしまいました。
すると、K先輩はその勢いがおかしかったのか

「そんな力んで言わなくてもいいよ」

と笑いました。
私は途端にムキになった自分が恥ずかしくなり、言い返す言葉が出てこなくなりました。
そして、笑ったままK先輩は

「じゃさ、休み取れたら連絡してよ。あ、そっか。お前、夜、電話できるか?」

と言いました。
心配されて、そうだ。夜、家から出れるんだろうか?ということに気づきましたが、

「大丈夫です。何時ごろなら居ますか?」

と聞き返しました。

「あー、大体、9時過ぎには家に居るから。もし、それで居なかったら、相当遅いと思ってよ」


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K先輩のそういう優しさが、とても好きでした。

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短気
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翌日。
M君が何故話中だったのかが分かりました。
相手は、Y美でした。
私がM君に電話を何度かかけているその時間、M君とY美で私のことを話していたそうです。

「Mに「俺と付き合う気あるのか?」って聞いてくれって言われたんだけどさ」

Y美に言われました。
私は、その展開の早さに正直驚きました。
この間、たった数時間会っただけで何を決められるっていうんだろう?
この間、会えないって言っただけで、なんでそうなるんだろう?
結局、付き合えないのならもうお終いにしたいって事なんだ。
そう思いました。
それまで「M君を好きにはなれないかもしれない」という気持ちだったものが、はっきりと「絶対に無理だ」という思いに変わりました。

「やっぱり、うち、親がうるさいから電話してもらっても困るし・・・無理だと思う。ごめんね。」

そう、私はY美に言いました。

「そっか・・・じゃぁ、最初から付き合うのは無理だったってこと?」

Y美にM君と同じような事を聞かれました。
もしかしたらM君に言われたから聞いてるだけなのかもしれないけれど、なんだか、やっぱり会った事事態が私の間違いであったと責められている気分でした。

「う〜ん・・ごめん。正直、友達から少しずつ始めたかったし・・・急に付き合うとかっていうのは、決められないんだ。」

これも、私の素直な気持ちでした。
ただ、会った後の電話で嫌になってしまったとは、やっぱり言えませんでした。
Y美は、それに対し、

「そりゃそうだよねぇ。Mも短気だからさ〜。」

と笑って言ってくれました。
少し、ホッとしながら私は

「う〜ん・・ちょっと実は怖かったんけど、私も悪いし。でもね。昨日、ちゃんと言おうと思って電話したんだ。」

と言いました。
Y美は「あ、そうなんだ?」

「ってことは、もう、付き合わないって決めてたんだ?」

と言いました。
その口調は特にキツい訳でもなく軽い調子でしたが、私にはズキンとくるものでした。

「っていうか・・・ごめん。M君がどーのっていうより、今の状態じゃ誰とも付き合うのはやっぱり無理だと思う。ほんと、ごめん。会わなきゃ良かったよね。ごめんね」

正直言えば、徐々に面倒にな気分になっていました。
でも、きっと私がいい加減な事をしたのだと思い、謝るしかありませんでした。

「いや、そんな、私に謝らなくてもいいよー。しょうがないじゃん?」

Y美はそう言ってくれました。
そして、「M君にちゃんと電話して言う」と言った私に対し、

「いいっていいって。私から言った方が、軽く済むからさ。」

と言ってくれました。
ということは。相当、M君は私を怒っていたのかもしれない。
そんな電話を受けたY美に対し、物凄く申し訳無いと思いつつも、M君に電話をするのは物凄く憂鬱だったので、Y美から伝えてもらえると聞いて、ホッとしました。

これでやっと解放された。
そんな気分でした。


M君とは、数年後。
Y美の結婚式で再会しました。
もう、殆ど顔も忘れてしまっていた私は、来ているのは知っていても自分から見つける事は出来ませんでした。
おまけに、その日。
私は、38度を越す高熱状態で、無理をして披露宴に出席していました。
披露宴の最中に、新婦であるY美が私の側に来て、

「ほら、あそこにM来てるよ」

と少し離れたテーブルの方を指差しました。
差された方を見ても、正直、朦朧としていた頭と記憶が薄れているのとで、だれがM君か分かりませんでした。
でも、一応、椅子から立ち上がって会釈をすると、一人の男性が立ち上がり、それでその人がM君だと分かりました。


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聞こえた感じで、それは良い響きでは無いと思いました。
その時、M君にとって私ことは、やっぱり、数年経っても嫌な印象しか残っていないんだ。と思いました。

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話中
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なんでって?

M君と会った理由は、会いたいって言われたから。
Y美の幼馴染で、悪い人じゃないと思ったから。
楽しく遊べる友達が欲しいと思ったから。

頭の中に幾つ物理由があっても、父が隣に居る状況で話せる事ではありませんでした。

「いやあの・・・」

なんとか言葉を選んで説明しようとした時、一階から母がお風呂から出てくるような音が聞こえてきました。
母が上がってくる前に電話を切らなければと、焦りました。

「ごめん。今、話せない。電話切らないと。ごめんね。」

電話の向こうでM君が「え?」と言ってるのにも関わらず、一方的に「ごめん、ほんとごめん」と言って電話を切ってしまいました。
受話器を置いてから、ちらっと父の方を見ましたが、何も言いませんでした。
慌ててそのまま部屋にそっと戻るとすぐに、母が上がってくる音がしました。

部屋に戻ると、私は考え始めました。
M君は、私ともう付き合ってると思っているのだろうか?
「紹介」で会って、その場で断らないと、イコール付き合うということになるのだろうか?
付き合う気がなかったら、会ってはいけなかったのだろうか?
そう考えると、友達にでもなれたらという軽い気持ちで会った事を申し訳無く思いました。
すぐにでも電話をして、ちゃんと謝るべきなのかもしれないと感じました。
でも、K先輩の事があったのに、何も言わずに電話を取り次いでくれた父に申し訳なくて、今から外に行くことなど出来ないと思いました。

申し訳無いと思うのと同時に。
その半面で私は、M君を嫌になっていました。
強引過ぎるその物言いに、私は拒否反応を起こしていました。
悪い人では無いのは分かっているし、親切な所もあるのも分かっているけれど。
確かにK先輩も乱暴な物の言い方をする人だったけど、M君のように私に向って言ったりはしなかったし。
「オレオレ」なんて事は一度も言わなかった。
家の事情も、理解してくれてた。

気付くと私は、またK先輩と比べてしまっていました。

翌日。
学校でY美と話をしました。

「昨日さ、M君から電話もらったんだけど。うち、親がうるさいから、やっぱ話せなくてさ」

私がそう切り出すと、Y美は

「あ?電話したんだ?一応、親がうるさいらしいよとは言っておいたんだけどね」

とカラっとした口調で言いました。
それを聞いて、まだM君はY美に何も言ってないんだと感じました。

「そうなんだ?有難うね。」

私は、Y美がちゃんと気を利かせて親の事を言ってくれた事に対して、お礼を言いました。

「いいんだけど。そっか。なんか親に言われた?」

Y美は心配してくれたようでした。

「いや、言われては無いけど、お父さんがもう寝てる時間でさ。上手く話せなくて怒らせちゃったみたいでさ。」

本当は「あの時間に電話されては困る」と伝えてと言いたかったのに、ハッキリいう事が出来ませんでした。

「あいつ、怒ったの?」

私は、昨夜のことをどこまでY美に話すべきか迷っていました。

「怒ったっていうか・・・口調が怖かったような気がしたんだけど・・・」

何かを話せば、なんだかM君の悪口になりそうで、私が言葉を選んでいると

「あ〜、あいつ、ああいう口調なんだよ。気にしなくていいんじゃない?」

と軽くY美に言われました。
でも、あれがM君独特の口調だけの問題じゃ無い事は、私が一番分かっていたことです。

「そうなのかもしれないけど・・・誘ってもらっても、私、バイト入っちゃってて」

「あ、もしかして今週末誘われたの?」

「うん。そう」

「そういう事ね。あいつの仲間って週末になると集まるんだけどさ。みんな彼女連れで、いっつもオレだけ一人だって言ってたから、それでじゃない?」

「そうなんだ・・・けど今月は無理だからって言ったら怒らしちゃったみたいでさ・・・」

「ああ、気にしなくて良いよ。あいつ、結構、亞乃のこと気に入ってたみたいだからさ。紹介したかっただけでしょ?」

Y美は「子供みたいにスネただけでしょ」と明るく笑いましたが、私にはそうは思えませんでした。
例えそうだとしても、そんな事でスネてああいう物の言い方をする人は、好きになれませんでした。
結局私は、ハッキリと断る事も出来ず、

「ま、勘弁してやってよ。懲りずに電話してやって」

とY美に宥められてしまい、モヤモヤした気持ちのままでした。

その日のバイトの帰り道。
M君に電話をすべきかどうか迷っていました。
バイト先の友達に昨夜のこととY美との会話を話すと、
「その友達には申し訳無いけど、やめなよ。そんな男」と言われました。
明日、Y美にハッキリ断ればいいよとも言われました。
でも私は悩みました。
Y美になんて言えばいいんだろう?
それにM君とあのままにしてしまうのは、すごい失礼な気がしていました。
M君に失礼な事をすれば、間に入ったY美を困らせる事になるし。
正直、物凄く憂鬱でした。
でも、私は電話をする決心をしました。

プープープー・・・

話中でした。
少し待ってみようと思い受話器を置き、私は困りました。
この待つ時間の間に、K先輩に電話しようとか無意識に思う自分が居たからです。
少し前まで、アルバイトの帰りのこの時間。この公衆電話は、私にとってK先輩の為にありました。
その習慣が、まだ自分の中に残っていることに戸惑いを感じました。

仕方なく、私はボックスから出て近所をグルっと一周しました。
5分後。
まだ、M君は話中でした。
もう一度、外に出て、それでダメだったら止めようと思いました。
また一周して戻ると、その公衆電話には他の人が居ました。
仕方なく、私は別のボックスでは無い離れた公衆電話に行き、再度M君に電話をかけました。
まだ、話中でした。

私は受話器を置くとジャラジャラと戻ってきた小銭をゆっくり一枚一枚取り出し、また掛け直すという作業をそれから3回ぐらい繰り返しました。
M君が相変わらず話中で繋がらす、掛け直すたびに。
私は目をつぶっても掛けられるぐらいに覚えてしまったK先輩の番号を押そうとする誘惑と戦っていました。

そして、誘惑に負けました。


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結局その日、M君とは話す事が出来ずに家に帰りました。

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オレオレ
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「もしもし?」

と電話に出ると、いきなり

「あ、オレオレ」

と言われました。
聞いた瞬間、あまりにも無礼な言い方に嫌悪感を覚えました。
私の知り合いに、電話で名前を名乗らないような子は居ませんでした。
毎日会って声を聞いて分かるような子でさえ、名前を名乗るのが常識でした。

「誰?」

思い切り、不機嫌な声で聞き返しました。

「オレだよ。」

誰?と聞いても、相変わらず相手は「オレ」で分からせようとします。

「ごめん、誰?」

まるで、「オレ」で分からない私が悪いかのような押し付け的な言い方にムっとしながらも、もう一度聞き返しました。

「オレだよオレ」

その瞬間、私は「もしかして・・M君?」と思いました。
思ったけれど、M君とは一度しか会ってないし、声だって一週間前に一度聞いただけです。
それだけの関係の人間に、「オレ」の一言で自分を分からせようとする事に無償に腹が立ちました。
イライラする気持ちを隠そうともせず、私はわざと再度聞き返しました。

「ホントに分からないんだけど・・・誰?」

「オレだって。M」

ここまで聞き返しても「オレ」を言い続けては居たものの、やっとMだと名乗ってくれました。
まさかとは思っていましたが、相手が本当にM君だと分かり、隣には父が居る事もあり、余計にイライラしました。

「ああ、こんばんわ。どうしたんですか?」

素っ気ない感じで私が聞き返すと、

「いや、どうって。お前、電話してこないからさ」

M君にいきなり「お前」と呼ばれました。
そういう喋りが彼の特徴で、少々乱暴なだけだったのかもしれません。
でも、「お前」と呼ばれてますます嫌悪感が募りました。
それに、普段から家で女友達とも電話などしない私にとって、知り合って間もないM君に頻繁に電話しなければならないという理由が分かりませんでした。
一週間前に話したばかりなのに、責められる筋合いは無い。
そう思いました。

「え?でも、この間、話したよね?」

思わず口をついて出た言葉は、もう敬語では無くなっていました。
自分でも思いのほか、強い口調で言ってしまったことに驚きました。
M君は、それに対し

「それって、一週間も前じゃん?」

と言いました。
彼にとっては一週間は「も」であり、私にとっては「しか」だという感覚の違いでした。
咄嗟に、
「だから何よ?」
そんな言葉が頭の中を過ぎりました。
でも、まさかそんな言い方が出来る訳も無く。
そこで、ふと「なんで家の番号知ってるんだろう?」という疑問がやっと湧いてきました。
そもそも、教えても居ないから、電話の相手がすぐにM君だと分からなかったのです。

「っていうか、どうして番号知ってるの?」

頭の中では当然Y美が教える以外に無いと分かっては居ても、電話をされるのが嫌だったことを暗に伝えたくてわざと聞きました。
それに、私はすぐ側にいる父の存在が気になって仕方がありませんでした。
父に、妙な勘繰りをされるのが嫌で、「私はこの人に電話番号なんて教えてない」といのを、聞いてるか聞いて無いかも分からぬ父に伝えたかったのです。

「知ってるの?って・・Y美からじゃん?」

当然の答えが返ってきました。

「え?お前、電話番号教えたく無かったわけ?」

M君の口調が少し強くなりました。
正直に言えば、教えたくなかったので教えませんでした。
かけてこられたら困るから、私からは教えなかったのです。
だからと言って、教えてしまったY美を怒るわけにもいかず、M君にそれを言うわけにもいかないと思った私は、やんわりと、今は話せないという事を伝えたくて

「いや、私、家からは電話できないし。それにこの時間だと父が寝てるし、私ももう寝る時間だから」

と言いました。
するとM君は、

「こんな早くに?」

と聞き返してきました。
私が寝る時間だというのは半分嘘でした。でも、22時過ぎには眠っていたのも事実です。

「うん。うち、早いんだ。それに今もお父さん、側で寝てるし」

私は「だから電話を切りたい」という続きの言葉を飲み込みました。
そこまで言わなくても、いい加減気付くだろう。
そう思っていました。なのに・・・

「ふーん。やっぱ、御嬢様なんだな」

と詰まらなそうな半笑いのような声でM君は言い出しました。
M君は、部屋に電話があるからいつでもかけてと、Y美に言われていました。
「自由な家に住んでるアンタには、わかんねーよ」
そう言いたい気持ちでした。
もう、返す言葉が見付からず無言で居ると

「今週末さ〜、こっち来れない?」

と唐突に言われました。

「ごめん。バイト休めないんだ」

電話を切ろうとしないM君に対し、イライラするのを抑えながら答えました。
すると、

「ぁ〜んだよぉ、じゃぁ、いつなら休めるんだよ?」

と強い口調で言われました。
その言い方に、「なに勘違いしてるんだろこの人?彼氏気取りな訳?」と腹が立ち、

「今月はもう、シフトが決まってるから無理」

と、自分でも驚くほどつっけんどに答えてしまいました。
M君は、さすがに私の言い方に何かを感じ、カチンときたでしょう。

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と言い出しました。

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嫌悪感
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Y美からM君の電話番号を渡されてから3日。
毎日、バイトの帰りに公衆電話の前を通るたび、「かけなきゃ・・・」とは思っても、何と言ってかけてよいのか分からずに通り過ぎていました。
私には、M君に電話をかける理由がありませんでした。
好きな相手になら、理由など無く声が聞きたいだけで電話は出来ても、何の感情も湧かない相手には無理でした。

それでも、紹介してくれたY美に
「Mが、電話待ってるよ〜」
と言われる度に、断る言葉も浮かばず、一度ぐらいは電話しないと申し訳無いというプレッシャーを感じました。
それに、M君が私を好きになってくれているという事が、本当は嬉しかったのだろうと思います。
男性に自分が好かれていると思えたことなど、それまでに無かったことで。
だから、少し話して慣れてみたら、M君への気持ちが変わる事があるかもしれないと思いました。

4日目の木曜日。
バイトの帰りに、私はM君に電話をかけました。
結構、しつこく毎日のようにY美から「電話待ってるって」と聞かされていたのに、

「亞乃ですけど」

と掛けた電話にM君本人が出たにも関わらず、

「ああ・・・」

と気の無いような返事が返って来て、まるで待ってなど居なかったかのような素振りでした。

「バイトの帰り?」

そんな事を聞かれたような気がします。

「遅いんだな」

とも言われたような気がします。
よく覚えていません。
ともかく会話は案の定、続きませんでした。
ふいに、M君に

「日曜さー、遊ばない?」

と誘われました。私は

「バイトが入ってて、急には休めないんです。ごめんなさい。」

とすぐに答えました。M君は、意外にあっさりと

「そっか。じゃ、また今度」

と言いました。
その後すぐ電話を切り、私は歩きながら「今度か・・」と、なんだか気が重くて仕方がありませんでした。

私は自分の事に置き換えて考えてみていました。
高1の時のI君のことを思い出していました。
あの時、私はI君が好きだとかいう事ではなく、たった30分の会話で自分を判断された事がショックでした。
だから、M君に同じことをしてはいけないと。そう思っていました。
せめてもう一度。会ってやっぱりダメだったら断ろう。
そう決めました。

その頃、私はバイト先ではかなり頼りにしてもらっていて、丁度3月で大学生バイトの人たちが辞めたこともあり、休みが取りづらい状況になっていました。
自分がこれから先、何の予定も無いと思っていたので、日曜日は朝から晩まで入れてしまっていました。
一か月分のシフトが既に決まっていて、4月中は無理な状況でした。

そして、M君に電話をかけてから1週間近く。
Y美から「Mが、電話掛かってこないなって気にしてる」と2回ぐらい言われていましたが、会う予定を空けられない状況では連絡しても意味が無いと思い、電話を出来ずにいました。
次の日曜日が近い週末だったと思います。
夜21時半頃。電話が鳴りました。

その時間には、大概、父は寝ており、滅多に電話が鳴る事はありませんでした。
例え、私の友達が急用で電話をかけてくるにしても、21時前までの事でした。
母はお風呂に入っていました。
何回か鳴り、私が電話に出ようかと立ち上がりかけた時に、父が電話を取りました。
そして、「亞乃、電話だ」と呼ばれ、私は誰だろう?と思いながら両親の寝室に行き、父の寝ているすぐ側の電話を取りました。

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私はその言い方に、咄嗟に物凄い嫌悪感を感じ、思い切り不機嫌な声で「誰?」と聞き返しました。
本当に、誰なのか分からなかったのです。

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ボーリング
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翌日、私はM子の家からバイトに行き、そのまま自宅に戻りました。
母は何か文句を言っていましたが、父は何も言わなくなりました。
そして、4月に入り、私は高3になりました。
クラス替えは無く、バイトも引き続きやっていて。
何一つ変わらない毎日でした。

バイト先では、当時大学生だったアルバイトの女性や、社員の20代前後の女性から、とても可愛がってもらっていました。
他の売り場のバイトの男の人とも、少しずつ話すようになり、結構楽しんでバイト生活を送っていました。
K先輩のことを思い出す事も、徐々に少なくなっていきました。

4月に入って間もなく。
1年の時から同じクラスのY美に、会って欲しい男友達が居ると言われました。
Y美と中学の時同級生だったM君という人に、修学旅行での写真を見せたところ、私を紹介して欲しいと頼まれたとの事でした。
Y美は、K先輩との事を話していたので、丁度忘れるのにも良い機会だと思ってくれたようでした。

Y美が見せた写真の内一枚は、クラスの集合写真で私は座って写っていました。
その写真は、私が自分で見ても、実物よりかなり写りが良いものでした。
それを見て、M君は私を気に入ったと言ったそうです。
でも、もう一枚のやはりクラスの殆どが写った写真で立っている私を見て、
「この子、背が高いんじゃないのか?」
と心配していたと聞きました。

私はY美から、M君の写真を見せてもらいました。
坊主頭で、目つきが悪く、いかつい感じの人でした。
ただ、彼が気にしていたように、背が高くは無いらしく。
でも、とっても気の良いヤツだよ〜とY美に言われました。
私は、いつも聞いていたY美と元同級生のM君達との関係を、羨ましく思っていました。
幼馴染ということもあり、男女関係無く集まって遊ぶという関係は、私には無いものでした。
その仲間に入れたらいいな・・・
そんな気持ちで、私はM君に会う事をOKしました。

4月の半ばの日曜日。
私はY美の地元までM君に会いに行きました。
実際に会ったM君は、写真と違って怖いと言う印象は無く。
なんだか照れているのか、目を合わせてくれようとしませんでした。
M君の友達と数人で、ボーリングをしに行く事になりました。
そこまでの道中で、前を歩くM君のヒソヒソ話が聞こえました。

「やっぱ、俺より背ぇ高くない?」

かなり、私の身長を気にしているようでした。
正直、私としても、思ったより背が低いM君に会って、少しだけガッカリしてしまったのが本音でした。
でも、あまりにも気にされると、余計になんとなく嫌な気分になっていきました。
M君に対して、気乗りがしなくなった上に、情け無い事に、私はボーリングをするのが初めてで。
物凄く憂鬱になって、出来れば少し話だけして帰りたいと思っていました。
でも、私一人の我儘で、そんなことを言い出せるわけもなく。

ボーリング場ですぐに私は困りました。
投げ方は勿論。どうやってボールを持っていいのかすら、私は知らなかったのです。
前の人が投げるのを一生懸命見て、それを見よう見真似でボールを投げました。
後ろで、

「おいっ、持ち方教えてやれよ」

という声が聞こえました。
もう、その時点で、ますます嫌で嫌で居たたまれなくなりました。
私は、指を居れずに投げていたのです。
投げ終わると他の子に背中を押されたM君が近づいてきて、ボールの持ち方を教えてくれました。
恥ずかしくて、顔を上げることも出来ずにかろうじて「有難う」とだけ言いました。
心の中では、「だって初めてだし。知らなかったし」と口に出せない言い訳がグルグルしていました。
でも、下を向いていては暗いやつと思われてしまう。
それに、皆が私に気を使っているのが分かりすぎて、私は無理に明るい子でいるように意味も無く笑ってみたりと努力しました。

その後、お茶をしに、誰かの家の喫茶店に行ったような気がします。
周りが気を利かせてくれて、M君と私は二人で正面に向かい合って座って。
でも、会話は殆ど覚えていません。
以前やっていた部活の話と、やっぱり身長の話でした。
確か、「身長いくつ?」と聞かれたのだと思います。
M君は、私の身長を聞くと「俺と同じぐらいだな」と言いました。
でも、歩いているときの感じで、きっと私より1-2cm低いかもしれないと思っていました。

「もしかして、御嬢様?箱入り娘なの?」とも聞かれました。
ボーリングをやったことが無いというのが、彼にとってはかなり不思議だったのでしょう。
身長のことも、ボーリングが始めてだということも、私にとっては恥ずかしく、いちいち指摘されたくない話でした。
会話していてもお互いにぎこちなく、しかも身長を本気で気にしているM君を見て、私は次があるなどとは思えませんでした。

翌日、Y美に「Mは、どうだった?」と聞かれました。
どうも何も、あれっきりでもう会わないだろうと勝手に思っていた私は答えようがなく、

「ああ、なんか身長気にされてて困った」

とだけ言って、笑って誤魔化しました。
するとY美が、

「Mは、結構、気に入ったみたいだよ?」

と言いました。

「ま、あいつも結構緊張してたらしいからさ。ちょっと付き合ってみてやってよ」

Y美はそう言いながら、M君の家の電話番号を私に「かけてやって」と差し出しました。


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「恋愛履歴」 亞乃 [MAIL]

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