カエルと、ナマコと、水銀と
n.446



 

=汗=

つるっぱげのおじさんが、額にハンケチを沿わせながら「今年の夏は、ほんとに、例年以上に、あ、あついですねえ」と、日傘をさしたおばさまにしなを作っている横で、三歳児の僕は丸玉の砂利石を積み上げ、落とし、蟻を見つけては、手のひらに乗せようと、したら。車が、じゃりりと鳴らして、入ってくるから、僕は顔をあげて、自分の額に浮かぶ汗を確認する。三歳の僕は、アイスが食べたくなってママにねだるけど、彼女は「待って」と、一声し、車から降りてきた僕のおじいさまに挨拶をしているから、僕は待ちきれなくなって、ママのスカートを握るのをよした。境内の、縁台の下を見つけて、そこの土は乾いているから、潜り込んで握りしめてもお団子を作れない。僕は家の昆虫図鑑で、アリジゴクを見たことがあるのに、アリジゴクがやがて美しく、獰猛な(小さな昆虫を食らう)気高いカゲロウに変わるのも知っていたけれど、アリジゴクはそこにはいなかったから、ぐるぐると乾いた地面に突き刺した指を回して、アリジゴクの巣を作ろうとする。僕の指は小さくて、つたないから、上手くできなくて、ようやく捕まえてきたありんこをそこに落とすと、すぐさま、逃げ去り、幾度落としても逃げ去るから、暑い日差しに焼かれて、僕のほほを伝った汗が、ぽとり、地面に染みを作った。
「おにいちゃん」
 僕を呼んだ妹は、縁の下にいる僕を見つけて、駆け寄って、潜り込むと、それに気付いた母親が「もう」と、会話を打ち切って、「出てきなさい」と言った。僕はその意味をわかって、出て行こうと、アリのことは忘れて、振り返ろうとした瞬間。もっと奥に何かが落ちているのを無意識に見つけてしまうから、母親のことは忘れた。四つん這いの格好で、手の平に染みでた汗が、砂粒をくっつけ、膝頭もまたそうで、這って行くと、僕は、腐敗した、蛆と、骨と、蟻と、膿と、匂いにまみれた狸の死体を見たのだった。
「おにいちゃん」
蝉の声がする夏の日差しの下、妹は僕を呼んでいる。

2008年03月24日(月)
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