手紙を書く

書き損じた年賀はがきの交換と、一枚だけ当たったお年玉切手シートの引き換えのため郵便局へ行ったときのこと。書き損じたはがきは手数料を支払うと新しいはがきや切手に交換してくれますが、窓口で「どちらになさいますか?」と訊かれた瞬間、「ええっ、どうしよう」と迷ってしまいました。
昨年一年間のうちではがきや切手を使ったことが、いったい何度あったでしょう。思い出せません…というより、ほとんどなかったことに気づいたのです。同人活動をしていた頃は、それこそミニ郵便局を名乗っていいほど(笑)さまざまな券種の切手が常に手もとに揃っていたというのに。
パソコンや携帯でメールのやり取りをするようになってからというもの、手紙を書くということを本当にやらなくなりました。私は字が下手なので、受け取る側からすればきっと手紙よりもメールの方がありがたいでしょうけれど(苦笑)。
ですが私が受け取る側の場合、たとえばお誕生日やクリスマスなどにお友だちから自筆のカードが郵便で届けられると、嬉しくて何度も読み返したり、机に飾って眺めたりします。相手のことを思ってカードを選んだり文面を考えるために費やす手間や時間は同じだとしても、一文字一文字を本人が書いてくれていることや、それを畳んだり封をしたり投函したり…とさらにいくつもの手順を重ねるところに、送ってくれる方の想いがより感じられるような気がするのかもしれません。
自分がされて嬉しいことは、相手にもしてあげたいですよね。同人活動時代に買い集めた美しい記念切手もまだ残っているので、今年はなるべく手紙をよう努力して…みよう…してみたいです(苦笑)。
2006年02月28日(火)


イライラムカムカ解消法

年齢を重ねるということは、お肌のトラブルや重力との闘いなどオトメ的にはあまり歓迎すべきことではないのかもしれません。どんなに抗ったりごまかそうとしたところで、せいぜい変化を最小限に食い止めることしかできませんから。
その一方で、以前ならば耐えられなかったことが平気になったり、物事を一歩引いたところから見られるようになったり、年齢を重ねたからこそできるようになったこともけっこうあるように思います。
一番大きな変化を実感するのは、怒りの感情を抱いたとき。「何なの、あれはっ!」「ムカつく〜!」と腹を立てることは、もちろん今でもしょっちゅうあります。身近なことでいえば、電車に乗るためきちんと列を作って待っているところへあつかましく横入りしてくる人や、あらかじめ電源を切っておくようにとの映像やアナウンスがあったにもかかわらず上映中に携帯の着信音を響かせる人…など、例を挙げるとキリがありません。
だけど一方的にやられてしまったことによるその手の怒りの感情は、ずっと抱いていたところで何の解決にもならないし、どこの誰だか知らない通りすがりのおバカさんのために半日なり一日イヤ〜な気持ちで過ごすなんて悔しい、とあるとき思ったのです。どんなにこちらがイライラプンプンしたところで、罪の意識などカケラもない本人はそんなことに気づきもせずフツウに生活しているはずなのですから。
それならば、「バッカじゃないの!」と他人に聞かれない場所ではっきり声に出して言ってしまい、それでおしまいにしてさっさと忘れてしまうほうが、時間も気持ちもムダがなくて良いと思うのです。
「あった」ことを「なかった」ことにしようとすると、ムリがあります。イヤなことがあったのに我慢したり自分ひとりの胸に抱え込んでしまうとストレスになるので、あくまでも他人がいないところで(←新たなトラブルを引き起こすと大変なので/苦笑)「ムカついた〜っ!」と一度言葉にして吐き出してしまうと、案外すっきりするものです。
私が怒りを覚えることが多いのは、車の運転中。これは私の近所限定なのか全国区なのかわからないのですが、右左折の際にウインカーを出さない人やハンドルを切るのと同時に出す人が最近急に増えてきているように感じます。車間距離を取って走るので事故に結びつくような危険な目に遭ったことはありませんが、前触れもなくいきなり右左折されるとかなり驚きます。
そんなときも私は、「危ないなぁ〜。曲がるなら曲がるって、ちゃんと言ってよねっ!」と車内で怒鳴ります。だけど小心者の私は他人の悪口を言うと必ず自分に返ってくると信じているので、必ず怒鳴った後に「…とか言っちゃって(笑)」とオチをつけるのです。神様だか仏様だかご先祖様だかに向かってお詫びの気持ちをこめて。
そうすることで(たぶん)バチも当たらないし、一応ストレスは発散されるので周囲に八つ当たりをするような迷惑もかけずに済み、全てが丸く収まるというわけです。よろしければ、一度お試しくださいませ(笑)。
2006年02月20日(月)


プロフェッショナル

昨年から相次いで起こった未成年アイドルの飲酒や喫煙騒動。仮に報道されていないさまざまな事情があったとしても、こればかりは絶対に許されないことだし、同情の余地はまったくないと思います。
アイドルであり続けるために彼らが日々背負わざるをえないプレッシャーの大きさは、おそらく一般人の想像を絶するものでしょう。だけど、そのつらさと引き換えに彼らが得ているものは、一般人がどれほど夢見ても決して届かないような類のものなのです。家族や友人だけでなく、所属事務所や一緒にがんばっている仲間、応援してくれているファンの思いを充分に実感していながらその人たちを裏切ってしまうというのは、アイドルとしてだけでなく人として最低の行為でしょう。世の中には、肉親からの愛情ですら得られない子供たちが決して少なくないというのに。
先日、トリノ五輪特番にスノボの今井メロちゃんがお兄ちゃんと一緒に出演していました。司会者から「(厳しい練習をほっぽって)友だちと遊びに行きたくない?」と訊かれたメロちゃんは、きっぱりと即答しました。「プロアスリートとして、我慢することは当たり前。それができないなら、やらないほうがいい」と。
同じように10代で「プロ」としてお仕事をしているメロちゃんのこの言葉を、現在謹慎処分中の彼らに聞かせてあげたいです。そして、もしも「プロ」として今後も続ける覚悟を決めたのなら、そのときはぜひ何としてでも自力でまた這い上がってきてほしいと思います。人生は一度失敗したらおしまいなのではなく、本人の強い気持ちさえあれば何度でもやり直すことができるものなのだから。
2006年02月12日(日)


創り出す人

先月「モーリス・ユトリロ展」を見にゆきました。私は絵に限らず好き嫌いがとてもはっきりしているため、グッと胸をつかまれるような作品と出会わない限り、とても絵を鑑賞しているとは思えないような速さで会場をずんずん突き進んでしまいます。
残念ながら今回もかなりハイペースで場内を移動していたのですが、途中で何度か足を止めました。それは、それらの絵を描いた時期のユトリロがどういう生活を送っていたかという解説を読むために。
ルノワールやロートレックのモデルを務め自らも画家であったユトリロの母親は、いつも恋愛に夢中で私生児として生まれた息子のことをまったく構わなかったのですが、ユトリロは美しい母親のことを女神のごとく崇め、その愛情を求め続けたのだそうです。10代にしてアルコール依存症で入院したユトリロは、その後も精神病への入退院を繰り返す中、お医者様の勧めで絵を描き始めたところ、母親が喜んだこともあって画家への道を歩み始めます。
その後、幼なじみの画家と母親が恋愛関係になったり、絵の価値に目をつけた母親や妻によって売れるための絵を描かせられたり…。
作品そのもよりもドラマティックで寂しすぎるその生涯の方に圧倒されてしまった…などというのは、画家に対して最も失礼な感想だと思うのですが、考えてみればユトリロに限らず…どころか絵画に限らず、音楽でも小説でも、いつも私が一番気になるのは、それらの作品を生み出した人自身がどういう生き方をしてきたのか…という部分のような気がします。
2006年02月04日(土)

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