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2006年05月05日(金) けんじゃのおくりもの/ジロ跡(やや長め)

 5月5日は、世間一般にはこどもの日で、休日。嬉しい日。
 おれにとっては、一年にたった一度の、自分の誕生日だ。だから、おれにだって嬉しい日なはずなんだけど。


 誕生日がこどもの日っていうと、とっても覚えてもらいやすいけど、当然その日は学校が休みだから、タイムリーで友達に祝ってもらえる事があんまりない。小さい時は、お誕生会なんてものがあったけど、さすがに中学生になってそれはない。
 それでも翌日が学校なら、覚えていてもらえる率も高いけど、今年みたいに五日が金曜日だと、土日を挟んでしまうのであっさり忘れられてることも多くて、ちょっとさみしい。中学生になって買ってもらった携帯、あれはあんまりよろしくない。だって、メールも電話も来なかったら、余計にさみしい。
 もっとも、今おれが所属している氷帝学園男子テニス部は、休日もばっちり練習があって、去年の誕生日は学校にいて、帰りにみんなが奢ってくれた。のに、今年に限って、監督のはからいとかで四、五日は休みになってしまった。皆は喜んだけど、おれは嬉しくなかった。かんとく…うらんでいいかな…。

 って、今までのおれだったらここで午後までふて寝でもするところだけど、今年は違う。おれは今とっても充実している。なぜって、好きな子がいるから。でも、誰にも言えない。なぜって、相手が跡部だから。もうその時点で色々ヤバいってかんじだけど、それでもおれは楽しくて、毎日充実している。
 だから、今年は前向きに誕生日をすごそうって決めた。お祝してくれるのをいじいじ待ったりしないで、自分から祝ってもらいに行く計画をたてた。もちろん、跡部に。
 跡部はどうせおれのことを馬鹿だとかガキだとか思ってるから、それを利用するつもり。突然家に行って、不意打ちを喰らわしたところで、「たんじょうびおめでとう」って言って!ってお願いする。普段もまあだいたいこんな感じで馬鹿やってるから、そんなに変には思われないはず。すげー、なんかおれ、超前向きじゃね?
 前の日は、どこにもでかけないで早く寝た。跡部は行動が早いから、早く行かないとどっか出かけちゃう可能性もある。目覚ましを8時にセットして布団に入った。

 …はずなのに、目が醒めたら11時って、なにこれ。目覚まし、いつもの癖で止めちゃったんだ、たぶん。
 慌てて起きて、その辺にあった適当な服を着て、家を飛び出した。おれんちから跡部んちまでは少し遠い。おれは、電車の中で走りたいと思った。


「あいかわらず、でけー家…」
 駅から猛ダッシュして、跡部の家についた時にはもう昼だった。ハンカチもタオルも持ってこなかったので、汗を袖でぬぐってから、外門のインターフォンに手を伸ばす、その時。
「…ジロー?」
「あ、あとべ!」
 門が開いて、出てきたのは跡部だった。ギリギリセーフ!
「何してんだ、お前」
 おれは計画を実行しようとして、でも言葉に詰まった。
 跡部の顔が、ものすごく不本意そうだったから。
 よく見ると、跡部はすごくきちんとした洒落た格好をしている。普段みんなとそのへんに遊びに行く時でも、跡部はお洒落だけど、今日はまた一段と磨きがかかっている、ような気がする。右手に高価な店でもらうような紙袋を下げて、足は革靴だった。
「え…っと、跡部、どこか行くところだった…?」
「…まあな」
 それは、なんだかひどくぶっきらぼうな言い方で、おれはますます言い出せなくなってしまった。ひょっとして…
 
 デートかな…。

 せっかくのゴールデンウィークに手に入れた休みなんだから、それは当然予想されてしかるべきことだ。跡部は部活とか生徒会とか、毎日すごく忙しいくせに、ちゃんと女の子とも付き合ってるらしい。あんまりそういうのを表に出さないから、噂程度にしか、知らないけど。本当ならすごいバイタリティだ。おれにはむり。
 でも、だとしたら跡部は今すごく迷惑だろうな。そう思ったら、さっきまでの前向きな気持ちはどっかへ行ってしまって、おれは気まずい思いで、ぼんやりと跡部の顔を見ている事しかできなかった。
「…まあいい、とりあえず入れ」
「え、跡部これから出かけんでしょ?いいよ、別におれのは大した用事じゃねえし」
 自分の台詞にちょっと傷付いたけど、跡部に気を使わせたくなかったので、笑顔を作って見せた。でも、跡部はさっさと向きを変えて、家の中へ入って行く。おれがそのまま突っ立ってたら、振りかえって目で「早くしろ」と言われたので、仕方なく、跡部のあとについて行った。


「先に俺の部屋行ってろ。飲み物頼んでくる」
「あ、えーと、おかまいなく…」
 リビングの方へ向かう跡部を見送って、おれは溜息とともに階段を昇った。跡部の家には、何度も来た事があるから、跡部の部屋の場所も知っている。
 そっと扉を開けて部屋に入ると、そこはいつもどおり綺麗に片付いていた。おれの部屋とは、なんていうの?雲泥の差、ってやつですよ。
 ベッドのはしっこに座って、おれはこれからの身の振り方を考えた。デートを邪魔しておいて、「誕生日を祝って下さい」なんて言おうものなら、多分今日がおれの命日になる。いっそ、今のうちに、逃げちゃおうか…。でも、明日は練習があるから、せいぜい寿命が一日のびるだけだ。適当にごまかして、一刻も早く帰るしかない。
 跡部は、なかなか帰ってこない。跡部の部屋で、こんなに居心地の悪い思いをするのは初めてだ。いつもなら、ただ嬉しくて、楽しいだけなのに。
 なんだか、おれは哀しくなってきて、また溜息をついた。
 今、誰と付き合ってんだろう。跡部のまわりにはいつも女の子がたくさんいるから、よくわからない。いいな、女は気軽に告れてさ…。別に、自分が女だったらよかったなんて思った事ないけど、でもやっぱりうらやましく感じる時もある。おれなんて、振られるとかいう以前の問題なんですけど。くそっ、うらやましい。
 もやもやとそんなことを考えているうちに、跡部が入ってきた。珍しく、自分でトレイを持っている。いつもは、お手伝いさんが持ってくるのに。
 ポットとカップが乗ったトレイをテーブルに置いて、跡部はソファに座った。おれがその向かいに座ると、無言のまま、カップをこっちに押してよこした。こ…怖えー。
「で?」
「はいっ!」
「だから、今日はどうしたんだよ。つうか、来るなら前もって連絡くらいしろ」
「ごめんね。ほら、今日練習休みだし、おれ暇だから、もし跡部も暇ならちょっと遊ぼっかなって思っただけなんだ。来てみていなかったら、別の奴誘おうかなくらいのつもりだったんで、連絡しなかったんだよ」
 われながら、すらすらと嘘が出てくるところに感心もしたけど、同時に寂しさもあった。誕生日が暇だなんて、言いたくない。
「ふーん」
「だから、おれ帰るからさ!跡部、出かけなって」
「いや…そういうことなら、別にいい」
「?」
 跡部はカップを置いて、ソファの横に置いてあったさっきの紙袋を取り上げると、中から何かを取り出して、俺の目の前に差し出した。
「ホラ、ジロー」
「…?何?これ」
 思わず受け取ったそれは、紺色の包装にシルバーのリボンがかけられた、ノートくらいの大きさの包みだった。
「何ってお前」
 跡部は、そこで、今日初めての笑顔を見せた。
「まさか、自分の誕生日忘れてんじゃねえだろうな、アーン?」
「…え?」
 おれの少ない脳味噌は、それを理解をするまでに数秒かかった。
「ええええええええ!」
「そんなに驚くことじゃねえだろ」
 コイみたいにぽかんと口を開けているおれを、跡部はしょうがねえなって顔をして見ている。おれは、跡部のこの顔がすごく好きだ。なんでも許してもらえるような気がして、だからつい甘えてしまう。
「本当は、突然お前の家に行って驚かせてやるつもりだったんだけどな」
「そ、そうなんだ…?」
「お前の方から来たから、正直焦ったぜ」
 跡部は、そう言って、また笑った。
 鼻の奥がツーンとしてきて、おれは不覚にも涙が出そうなのを必死にこらえた。もし、跡部が突然おれの家に来ておめでとうって言ってくれたりしたら、きっと泣いてしまっただろう。すごいうれしいよあとべ。今日は、人生で最高の誕生日だ。
「おれ、てっきり跡部はデートなのかなって思った」
「は?誰と」
「いや、おれ跡部の彼女が誰かなんて知らねえし」
「いねえよ、そんなもん」
「…そうなの?」
「全国大会控えてるこの時期に、女なんかと遊んでる暇ねえよ。面倒臭えしな」
 この台詞、女子が聞いたら泣くだろうな…でもおれは嬉しい。
 だってデートする暇はないのに、おれんちにはお祝に来てくれるんだ!
 おれは今、きもちわるいくらい輝かしい笑顔になっているとおもう。跡部が微妙な顔してるから、絶対そうだ。でもいい、だっておれは今最高にE〜気分なんだから!さっきまで苦かった紅茶すらおいしいと思える。緊張した分喉も乾いていたので、カップの残りを一気に飲み干した。
 急に、携帯の着信音が鳴った。この面白味のない音、跡部のだ。こないだ、こっそり『泳げたいやきくん』の曲に変えておいたらグーで殴られたっけ。
 跡部は、着信相手を確認してすぐに出た。
「俺だ。…ああ、わかった。いや、すぐ行くから、そこで待ってろ」
 そんで、すぐに切った。大体いつもこんな感じで、跡部は長電話しない。
「誰?」
「窓の外、見てみな」
「んー?」
 大きな窓に近寄って、伸び上がって外を見ると、塀の向こうがわで、見なれた面子がこっちに向かって手を振っていた。
「え、みんないんの?」
「始めから、そのつもりだったんだよ。お前の家の近くで待ち合わせしてたから、さっきこっちに呼んどいた」
 あ、さっき飲み物取りに行ってくれた時か…。だから戻ってくるの遅かったんだな。
「あいつらは二度手間になっちまったな…まあ、これもお前の誕生日らしくていいだろ」
 行くぜ、と言って立ち上がった跡部は、思わず押し倒したいくらいかっこよかった。ふたりっきりじゃないのは残念な気もするけど、みんなが来てくれたのも嬉しいからいい。それに、ちょっとだけ跡部とふたりだけで話ができたし。おれの超前向き作戦のおかげじゃん?
 だだっ広い玄関の前で、跡部は急に止まって、おれの方を振り返った。
「そういや、まだ言ってなかったな」
「なに?」
「誕生日おめでとう、ジロー」
 跡部。
「おう、サンキュー!あっ、おれ、今跡部より年上じゃん!うやまってー」
「そういう台詞は、遅刻減らしてから言うんだな」
「えー、それは無理だC〜」
 跡部がおれの隣にいてくれること以上にすごいことなんて、きっとこの世界にはない。それは、どんな高価なプレゼントよりもおれを嬉しくさせてくれる。
 跡部、大好き。
 思わずそう言ったら、跡部は、あのおれの大好きな顔で、聞き飽きたぜ、と言った。
 それだけでもう、おれは、なんにもいらないと思った。


2006年05月02日(火) イルカショーのおにいさんパラレル…?跡塚(たぶん)

大学を卒業したあと、釣り/魚つながりで
地元の水族館に就職を決めた手塚。
本当は、淡水魚の飼育係になりたかったのですが、
ルックスがそこそこいけてて若いという理由で、
イルカショー係にまわされてしまいました。
(実際はとても難しい仕事だと思いますが、そこは妄想なんで!)
見た目よりはるかに不器用な手塚は、イルカを手なずけるどころか
なめられっぱなしでした。
そんな手塚も、おりからの人出不足で早々にショーに出ることに
なりましたが、もちろんうまくいくはずもありません。
イルカがわざと合図と違うところでジャンプしたりして散々です。
それはそれでお客さんにはウケましたが、手塚にとっては辛い毎日でした。

その日もお客さんに笑われながらなんとかショーを終えた手塚。
舞台の上のポールやバケツを集めながら、ふと客席を見ると、
一番はじっこの席に、若い男が足を組んで座っていました。
他のお客さんはみな帰ってしまって、観客席に残っているのはひとりだけです。
ショーの間はいっぱいいっぱいなので気付きませんでしたが、
高級そうなスーツを身につけた若い男が、
イルカショーに来ているのはちょっと不思議な感じがしました。
ここは昔気質の古い水族館で、
若い男女がデートに訪れるようなおしゃれな場所ではなかったからです。
片づけながらちらちらと客席を伺っていましたが、
連れの女性が現れる様子もなく、さりとて席を立つ気配もないので、
手塚は思い切って声をかけてみました。
「今日のショーは、これで全て終わりなんですが…」
「んなこと、見ればわかる」
その高飛車な物言いに手塚は内心むっとしましたが、
一応客商売なので、黙っていました。
ところが、手塚は建て前というものを知らずにこれまで生きてきたので、
思いっきり顔に出てしまいました。
それを見ると、男は何がおかしいのか、くつくつと笑って、
ようやく立ち上がりました。わざとらしい動作でスーツの埃を払うと、
ふふんと鼻で笑って言いました。
「なかなか面白かったぜ。もっとも、イルカじゃなくてお前のショーって感じだが」
「…!」
「また来る。邪魔したな」
「…もう、来なくていい」
根が全く客商売向きじゃない手塚は、ついはっきりと言ってしまいましたが、
男は別段気を悪くした様子もなく、笑いながら立ち去りました。
ぽつんとプールに残された手塚を、
水の中からイルカ達が生暖かい目で見上げていました。


翌日も、その翌日も、男はショーにやってきました。
世事に疎い手塚が見てもそれとわかるほど高価なスーツで、
そしてやっぱりひとりきりなのです。
彼は、一日3回あるショーのうち、必ず最後の回に現れました。
最後とはいっても、始まるのは夕方の4時です。
一体どういうカテゴリーの人間なのでしょうか。
先日の一件に腹をたてていた手塚は、無視してはいましたが、
日を追うごとに男のことが気になっていきました。
おかげで、最後の回はいっそうミスが目立つようになってしまいました。


ある日、いつものように最終のショーの舞台に立って
客席を見渡した手塚は、いつもの席に彼がいないことに気付きました。
不思議なもので、顔も見たくないと思っていたのに、
いざいなくなってみると、そこにぽっかりと穴が空いたような、
落ち着かないきもちになりました。
結局、ショーが終わるまで、彼は姿を見せませんでした。

やがて水族館は一日の業務を終え、職員達もそれぞれ帰宅していきました。
プールの方でイルカが泳ぐ音が聞こえるほかは、静まり帰っています。
なんとなくさみしい気分のまま、手塚が水族館の門を出ると、
目の前の街灯の下に、あの男が立っていました。
「間に合わなかったか」
「…」
「今日は、いくらかマシにできたのか、アーン?」
「お前、そんなにイルカが好きなのか?随分熱心だな」
真面目な顔でそう言う手塚に、男は呆れたようでしたが、
やがて笑いだしました。
「…何がおかしい」
「いや…」
男は笑いをおさめると、やや真面目な顔になって、手塚に少し近付きました。
「別に、イルカが好きなわけじゃねえ」
「じゃあ、なんだ。嫌がらせか」
「最初に言わなかったか?お前を見に来てんだよ」
「…」
眉間に皺をよせ、口をへの字に結んで黙っている手塚をおかしそうにみていた男は、
再び笑いましたが、それは今までのような皮肉な笑みではなく、
とても優しい顔だったので、手塚は少しどきりとしました。
「さてと、これ以上ここにいても仕方ねえな、帰るぜ。…また来る」
「…」
「来なくていい、って言わねえのか?今日は」
「…」
「じゃあな」
男は、笑いながら去って行きました。
ぼんやりと立ちすくんだままその姿を見送った手塚は、
ふと、まだ彼の名前も知らない事に気付いたのでした…。



続きません。
ていうか、何ですかこれは。


hidali