さくら猫&光にゃん氏の『にゃん氏物語』
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2003年03月24日(月) にゃん氏物語 紅葉賀10(もみじのが完)

光にゃん氏訳 源氏物語 紅葉賀10

この七月には皇后が勅命によって立てられる 源氏は参議を兼ねる
宰相の中将となった
帝は近く 地位を譲るつもりで 藤壺の宮から生まれた若宮を東宮に
したいが 将来の後見人がいない
母方が皆 親王で 皇族が実際の政治をすることはできないので
せめて母宮だけでも后の位にしておくことが若宮には心強いだろうと
帝は思い考えていた 弘徽殿の女御が平常心でいられないのも道理だ

「しかし皇太子の即位は近くて その時はもう貴方には后の位に
ふさわしいだろう だから安心していてください」
帝は こんなふうに慰めた
皇太子の母君として二十数年になる女御をさしおいて 藤壺を后に
することは難しいことである 例によって世間では色々噂していた

儀式の後で御所に入る新しい中宮の后のお供に 源氏の宰相も仕えた
同じ后の中でも この方の身分は后腹の内親王である
宝玉のように美しく光り輝いて見えた 帝のご寵愛も格別に受けて
官人たちも喜んで この后にご奉仕した
言うまでもなく好意をもっている源氏は みこしの中の恋しい姿が
思いやられて いよいよ手の届かない所へいってしまうと思うと
気が気でなく じっとしていられないほどの思いであった 
 
つきもせぬ心の闇にくるるかな雲井に人を見るにつけても
尽きない恋の心の迷いに乱れ惑って何も見えない はるかかなたの
高い地位につかれる方を見る事についても
とだけ独言を言っていて なんとも もの悲しく思われる

若宮の顔は成長していくにつれて とても源氏に似ていく
宮はとても辛く思われるが 誰も二人の秘密に気がつかないらしい
何をどのように作り変えても 源氏に負けない美貌の方が生まれる
ことはないが この二人の皇子は 月と太陽が同じように空で
光り輝いているように似ていると世間では思っていた


2003年03月22日(土) にゃん氏物語 紅葉賀09

光にゃん氏訳 源氏物語 紅葉賀09

お昼になって 二人とも殿上に参内した 落ち着いてすました顔の
源氏を見て頭中将もおかしくてたまらないが 自分も蔵人頭として
公用の多い日だったから とても真面目な顔をしている

しかし 目が合うと お互いに微笑んでしまう
誰もいない隙に頭中将がそばに寄り『隠し事は懲りたでしょう』
と言って尻目に見下す
『いいえ それよりも折角来たのに無駄になって帰った貴方が
気の毒です 厄介なものですね男と女は』

お互いに秘密にしようと言い合ったが 何かの折に頭中将はあの晩の
事を話の種に持ち出した 恋しい女でもないのに源氏は罰を受ける
女は引き続き源氏の気を惹こうとして いろいろと色気たっぷりに
恨んだりして見せるが それが源氏には面白みやその気をなくさせる
頭中将は妹にその話はしないで 源氏を困らせる時に使うための手段
としてとっておいた

高貴な身分の妃から生まれた親王たちも 帝の特別の待遇を受ける
源氏には遠慮をしているが 頭中将だけは負けていないと自信があり
何かにつけ対抗してくる

左大臣の息子たちの中で頭中将だけが妹である源氏の夫人と同腹だ
源氏の君は ただ皇子であるというだけ 自分だって同じ大臣
といっても最大権力の左大臣を父として 皇女から生まれてきたのだ
それほど劣らない身分だと頭中将は思う

頭中将は 賢くてどの学問にも通じた素晴らしい人である
この二人はつまらぬ事でも競争して人の話題になることが多かった


2003年03月20日(木) にゃん氏物語 紅葉賀08

光にゃん氏訳 源氏物語 紅葉賀08

源氏は友人に見られて残念だと思って宿直所で寝ていた
脅かされた典侍は情けなく思ったが 残していった指貫や帯などを
翌朝に届けさせた

恨みても言ふかひぞなき立ち重ね引きて帰りし波のなごりに
恨んでもそれを言う甲斐も無いです 幾重にも重ねて 寄せて来ては
返していった 貴方たちの波の後では…
悲しんでいます 別れた後に恋の全てがあらわになって
という手紙が添えてあった

面目無く思っているのだろうかと 源氏は昨夜の事を思い出すと
不愉快だが 気をもんで困りきっている女の様子は可哀想に思う事も
あるので返事を書いた

荒だちし波に心は騒がねどよせけん磯をいかが恨みぬ
荒々しく振る舞った頭中将には 心は騒がないけれども その波を
立ち寄せた あなたを どう恨まないでいられようか
とだけ書いてあった

帯は頭中将のものでした 自分のよりは少し色が濃いようである
源氏は昨夜の直衣と合わせて見てみると直衣の袖が無くなっている
とても恥ずかしいことだ 女に夢中で浮気する人になると いつも
こんな馬鹿な目に合うことになるだろう そう源氏は反省した

頭中将の宿直所から
まずこれを付けたほうがいいでしょう
と書き添えて 直衣の袖を包んで届けてよこした
どうやって持って行ったのだろうと源氏は悔しかった
頭中将の帯がこちらになかったら大変だった まだ負けていない
帯と同じ色の紙に包んで

中絶えばかごとや負ふと危ふさに縹の帯はとりてだに見ず
仲が切れたら恨み言を言われると 危なかったが はなだ色の帯は
わたしには関係ありません
と源氏は書いて返した 頭中将から また折り返し

君にかく引き取られぬる帯なればかくて絶えぬる中とかこたん
あなたにこのように引き取られてしまった帯なので
こんなように仲も切れてしまったことにしましょうね
責任逃れはできませんよ と書いてあった


2003年03月16日(日) にゃん氏物語 紅葉賀07

光にゃん氏訳 源氏物語 紅葉賀07

頭中将は源氏の君が真面目ぶっていて 自分の恋愛問題で非難して
注意するのを悔しく思っていた 何くわない顔をして源氏は隠れて
通っている恋人が何人かいるはずだから 何とか一つでも見つけて
やろうといつも思う 頭中将は今夜 偶然にも現場を見つけた
頭中将はとても嬉しく思って このような機会に少し脅かして
源氏を困らせて もう懲りたと言わせたかった
それで源氏を少し油断させておいた

風が冷ややかに吹き通り 夜も更けかけた頃 源氏が少し寝入り込む
だろうと思われる頃合いを見計らって頭中将はそっと室内に入った
源氏は安心して眠る気がしていなかったので この気配に気がついた
典侍の情人で今も未練のあるという修理大夫だろうと源氏は思った
源氏はそんな老人に こんな似つかわしくない ふしだらな関係を
見つけられるのは気まずいと思った

『厄介な事になった 私は帰ります 旦那が来ることは解って
いたのでしょう 私を騙して泊まらせたのですね』と言い
源氏は直衣だけを手に取って屏風の後ろに入った
頭中将は可笑しいのを堪えて源氏が廻り込んだ屏風をばたばた横に
畳み寄せて大げさに騒ぐ
年は取っているが上品ぶって きゃしゃな体の典侍が以前にもこんな
情人がかち合って困ったことがあるので 馴れていて慌てながらも
男が源氏をどうしてしまうのか 心配で床の上に座って取りすがる

源氏は自分が誰とも解らないように逃げようと思ったが だらしない
姿で冠を曲げたまま逃げる後ろ姿は恥ずかしい事だと落ち着き通す
頭中将は何とか自分でないように思わせたくて何も言わない
ただ怒った形相で太刀を引き抜く 女は「貴方さま 貴方さま」と
頭中将を手を合わせて拝む 頭中将は笑い出しそうになった
若作りをして見た目は若いが五十七 八歳の女が見栄も外聞も捨てて
二十前後の若者の間にいて気をもんでいるのは とても見苦しい

頭中将がわざわざ別人を装って恐ろしがらせようとする不自然さが
かえって源氏に真相を教える事となった
頭中将が 自分と知っていて わざとしている事だと源氏は思って
もうどうにでもしてくれ という気分である はっきりと頭中将だと
わかると とても可笑しいので太刀を抜いている肘をつかんで強く
つねった 頭中将は ばれた事が悔しく思いながらも笑った

『本当に気がしれない ひどいね ちょっとこの直衣を着るから』
と源氏は言うが頭中将は直衣を放してくれなかった
『では君のも脱がせるよ』と源氏は言って頭中将の帯を解いてから
直衣を脱がせようとすると 脱げないように抵抗した
引き合ってどちらも直衣を放さないので 縫い目から破れてしまった

包むめる名や洩り出でん引きかはしくほころぶる中の衣に
隠している名も洩れ出てしまうだろう引き合って破れた二人の仲から
明るみに出ては困るでしょう と頭中将が言う

隠れなきものと知る知る夏衣きたるをうすき心ぞと見る
薄い夏衣では隠れるとこがなく この女との仲が解るのを知りながら
わざわざ夏衣を着てくるとは何と薄情な心だと思います
と源氏も負けずに言い返した 二人とも恨みっこなしで だらしない
引き破られた格好で帰って行った


2003年03月14日(金) にゃん氏物語 紅葉賀06

光にゃん氏訳 源氏物語 紅葉賀06

帝は似合わない二人だなと とても可笑しく思って笑いながら
「真面目過ぎ好色心がなく困りものの男も そうではなかった」
と典侍に言った 典侍はきまりが悪いが 恋しい人のためなら濡れ衣
を着てもいいという人もいるくらいだから 弁解もしない

御所の女房たちが意外な恋と噂した 頭中将の耳にも入ってきた
源氏の隠し事は知らないことがない自分も気がつかないことがあった
と思うと 好奇心も起こって 好色な典侍の情人の一人になった
頭中将も他の人よりは素晴らしいので 典侍はつれない源氏の愛を
補う気持ちで関係したが 本当に恋しいのは源氏ただ一人である
それにしても 困った多情ぶりである

とても秘密にしていたので頭中将と典侍の関係を源氏は知らない
御殿で見かけると典侍は恨み言を言う 年老いているので源氏は同情
しながらも その気になれずに しばらく逢いに行こうとしなかった
その日夕立の後 夏の夜の涼しさに誘われ温明殿辺りを歩いていると
典侍が琵琶を上手に弾いていた 清涼殿の音楽遊びの時には殿方に
加わり琵琶の役をするほどの名手だから 恨み言を言いたい気分の
源氏でも 恋に悩みながら弾く音には心を打たれた

「瓜作りになりやまし」という歌を美しく歌うのは気にくわない
白楽天が聞いた 鄂州の女の琵琶もこんな趣があったのかと源氏は
聞いていたのである 弾き止めて女はとても思い悩んでいる様子だ
源氏が御簾の端に寄って催馬楽の東屋を歌っていると
「押し開いていらっしゃい」と添えて歌うのも普通の女と違う

立ち濡るる人しもあらじ東屋にうたてもかかる雨そそぎかな
訪ねて来て立ったまま雨に濡れる人も誰もいない東屋に
つらく嫌な事に雨が注ぎ落ちてきます
と女は歌って溜息をする 源氏は自分だけに言っているのではない
だろうと思うが どうしてそんなに人を待ち嘆くのだろうと思う

人妻はあなわづらはし東屋のまやのあまりも馴れじとぞ思ふ
人妻はもう面倒です あまり親しくなるのはやめようと思います
と言って源氏は通りすぎたかったのだが あまりに侮辱した事になる
と思って典侍の望み通りに室内に入った 源氏は明るく女と冗談を
言い合っていると こういう関係も悪くない気がしてきた


2003年03月11日(火) にゃん氏物語 紅葉賀05

光にゃん氏訳 源氏物語 紅葉賀05

典侍は帝の御髪上げの役をして終わったので 帝はお召しかえをする
人を呼んで出ていった 部屋には他に誰もいない 典侍はいつもより
美しく見え 髪の形も艶で 服装も派手で綺麗に見える
源氏はよく若作りをするものだと思いながら どんな気分でいるのか
知りたい気持ちもあって後ろから裳の裾を引っ張ってみた

夏の紙の扇に華やかな絵が書かれていて顔を隠すように振り返った
まなざしは 流し目に引き伸ばしているが黒く深い筋が入っている
似合わない派手な扇だと思って自分の扇と取り替えて見てみると
真っ赤な紙に森の色が厚ぼったく塗られたものであった 横の端に
若々しくはない字だが上手に
森の下草老いぬれば駒もすさめず刈る人もなし
森の下草は老いてしまって役に立たない という歌が書いてある

他に書くことがあろうに嫌味な恋歌だと源氏は苦笑しながら
『そんなことはない
大荒木の森こそ夏のかげはしるけれ
森こそ夏の盛んなことですよ』と言ったが不釣合いな相手だから
源氏は人に見られていないか気にするが 女はそんなことを思わない

君し来ば駒に刈り飼はん盛り過ぎたる下葉なりとも
貴方が来たなら馬にまぐさを刈ってやりましょう盛りの過ぎた下葉でも
と とても色気たっぷりに言う

笹分けば人や咎めんいつとなく駒馴らすめる森の木隠れ
笹を分けて入り行ったら人が注意するでしょう
いつも馬を手なづけている森の木陰ならば
あなたの所は厄介だからうっかり行けません
と言って立ち去ろうとする源氏を典侍は袖をとってとめる

「私はこんなにつらい思いをした事はありません 今になって
すぐ捨てられるような恋をして一生の恥をかく事になるのです」
大げさに非常に悲しそうに泣き出す
『そのうち必ず行きます いつもそう思うが実行できないのです』
源氏は袖を振り放し出て行くのを典侍はもう一度取りすがり
「橋柱」(思ひながらに中や絶えなん)と恨み言を言う
そのことをお召し替えが済んだ帝が襖子から覗いていた


2003年03月09日(日) にゃん氏物語 紅葉賀04

光にゃん氏訳 源氏物語 紅葉賀04

そんなふうに引き止められることが多く 侍の中には左大臣家へ
伝える者もいて左大臣家では
「どんな身分の人でしょう失礼なことです 二条の院へ誰かが
嫁いだなんて話はないのに そのように外出を引き止めふざけあう
なんて上品な人ではないでしょう 御所などで関係のあった女房
などの人を奥様みたく二条の院へいれて それを非難されないように
誰なのか隠している 幼稚なことが多い人だと聞いてます」
などと女房たちが言っていた
御所までにも二条の院の女の事が聞き及んでいた

「気の毒だ 左大臣が心配している 幼いお前を婿にしてくれて
十分世話してくれた気持ちがわからない年頃でもないのに どうして
そんな冷たい事をするのだ」と陛下が言っても
源氏はただ恐縮したそぶりで何も返事をしなかった
帝は妻が気に入らないのだろうと可哀想に思った
「それほど好色がましく振る舞わないし 女官や女御たちの女房を
情人にしている噂もない どうしてそんな隠し事で舅や妻に恨まれる
ようなことをするのだろう」と帝は言った

帝はもうよい年をとったが美女が好きである 采女や女蔵人なども
容貌のいいのが宮廷に呼ばれる それで美人も宮廷には多い
そんな人たちは源氏がその気になれば情人にするのは容易だが源氏は
見慣れているせいか そんなそぶりを見せない 不思議がって
その人たちが冗談を言いかけることもあるが 源氏は恥をかかせない
程度にあしらい本気にしないので 物足りないと思う人もいた

年をとても取っている典侍:ないしのすけ 家柄も良く才女であり
相当人から尊敬されていながら多情な性格できらわれている女がいる
源氏は年をとっても浮気がやめられないのはなぜか不思議に思い
冗談を言いかけてみると不釣合いと思わないで誘いにのってきた
あきれたと思ったがこんな風変わりなのも興味があるので関係した
噂になれば不釣合いな年をとった情人なので源氏は冷たい振る舞いを
していたので 女はとてもつらくて恨んでいた


2003年03月07日(金) にゃん氏物語 紅葉賀03

光にゃん氏訳 源氏物語 紅葉賀03

『十三弦の琴は中央の弦の調子を高くすると切れやすいから』
と源氏は言い平調にし試し弾きをして姫君に与えるともうすねて
いないで可愛らしく弾き始めた 小さい体で左手を伸ばして弦を
押さえる手つきが可愛らしい 源氏は笛を吹きながら教えている
頭が賢くて難しい調子も一度で習い覚えた 何をしても貴女らしい
素質が見られ源氏は満足している
保曽呂具世利という変な名前の曲を素晴らしく笛で源氏が吹くのに
合奏する琴の弾き手は小さい人なのに音の合間も上手に弾けて良い
素質がみられる

暗くなり灯りをつけてから絵などを一緒に見ていたが源氏はここへ
来る前に出かける用意を命じてあったので供の侍達は促して御簾の
外から「雨が降りそうです」などと言う それを聞いて紫の君は
いつものように心細くめいっていく 絵を見せてもうつむいている
表情は可憐で 源氏はこぼれかかる美しい髪をなでながら
『私が外に行っている時あなたは寂しくなるのですか』と言うと
女王はうなずいた
『私も一日でもあなたと会わないと苦しい だけどあなたがまだ
少女なので安心している 私が行かないと嫉妬して困らせる人が
いるので今はそちらのほうへ行っている あなたが大人になったら
もう他へは行かない 他の人に恨まれたくないのは 長生きして
あなたを幸せにするためです』
などと丁寧に話すと 女王は恥ずかしくて返事もできないで膝に
寄りかかって寝入ってしまった 源氏は可哀想だと思って
『今夜は出かけないことにする』と侍達に言うと皆さがって
しまって 源氏の夕飯が西の対に運ばれてきた
源氏は女王を起こして『行かないことにした』と言い
一緒に食事をした
姫君はまだうかない様子で食が進まなかった
「それでは おやすみなさい」
外出しないのは嘘ではないかと疑ってこう言った
こんな可憐な人を置いて行くことはどんなに恋しい人が
待っていてもできないことだと源氏は思った


2003年03月06日(木) にゃん氏物語 紅葉賀02

光にゃん氏訳 源氏物語 紅葉賀02

源氏が悲しんで帰っていくことが度々目に付けば 邸の人々も
不審に思ってしまうので宮は心配で王命婦を昔ほど可愛がらない
人目に立ってしまうので何も言うことはなかったが源氏に味方する
者として宮は王命婦を憎むこともあるらしいので命婦は悲しく思う
王命婦は意外なことになるものだと嘆いていた

四月に若宮は母宮と宮中に入る 若宮は普通の赤子よりとても大きく
もう子供らしくなっていた この頃は体を起すよう寝返りもしていた
ごまかす事のできないような若宮の顔つきだが 帝は思いもよらず
優れた子は似るものだと思ったようで新皇子をとても大切にした

源氏の君をとても愛していたのに東宮にたてることは非難を受ける
のを恐れて実現できなかったのを帝はいつも一生の後悔に感じている
源氏が成長するにつれて以前にもまして王者らしい風格がそなわって
いくのを見ると心苦しくて堪えられない そう思っていたがこんな
身分の高い女御から同じような美しい皇子が生まれたので これこそ
欠点のない宝子だと可愛がる それを藤壷の宮は苦痛に思っていた

源氏が音楽遊びに参加している時に帝は抱いてきて
「私には子供がたくさんいるが お前を小さい頃からよく毎日見た
だから同じように見えるのか よく似ている気がする小さいうちは皆
こう見えるのだろうか」と言ってとても可愛がっている様子だった
源氏は顔色も変わる気がして 恐ろしいがもったいなくて嬉しくて
身にしみて複雑な気持ちで涙がこぼれそうになった
喋ろうとして口を動かす様子がとても美しく見えたから この顔に
似ていると言われるのは光栄だとも思った
宮はあまりの心苦しさに汗を流していた 源氏は若宮を見ると予想も
しない思いに心乱されるので苦しく思って退出した

源氏は二条の院の東の対に帰って 気持ちを落ち着けてから後に
左大臣家に行こうと思った 前庭の植え込みの中に何となく青く
なっている所に目立つ色で咲いていた撫子を折り それを添えた
長い手紙を王命婦に書いた

よそへつつ見るに心も慰まで露けさまさる撫子の花
思いをそらしながら見ているけれど心の気分を紛らすことはできず
涙を強く流させる愛しい撫子の花
花を子のように思って愛することは不可能とわかりました
とも書いてあった
誰も来ない隙に命婦は宮に見せて
「つゆほどの返事を… この花びらに書くほどつゆばかりの」
と申し上げる 宮もしみじみ想って悲しい時であった

袖濡るる露のゆかりと思ふにもなおうとまれぬやまと撫子
袖を濡らす方のゆかりの縁だと思うにつけても
そうは言っても疎ましくなる愛しい大和撫子
ただそれだけわずかに書き留めたように書いた紙を喜んで命婦は
源氏へ届けた
いつものように返事はないものと思って涙を落としていた所に
藤壷の宮から返事が届けられた 源氏は胸いっぱいになってとても
嬉しい事でも涙を落とした

物思いをしながらじっと寝ている事に堪えかねていつもの慰め場の
西の対に行った

少し寝乱れた髪もそのままに部屋着のうちかけ姿で笛を親しみ深く
吹きながら座敷を見ると紫の女王は撫子が露に濡れたように可憐に
横になっていた とても可愛い 溢れる愛嬌で 帰宅してもすぐ
来ない源氏を恨めしそうに向こうを向いてすねていた
源氏が座敷の端の方に座って『こちらへ来なさい』
と言っても知らん顔をしている

「入りぬる磯の草なれや」と口ずさんで
(潮満てば入りぬる磯の草なれや見らく恋ふらくの多き
私は潮が満ちると海の中に隠れてしまう磯の藻なのだろうか
貴方を見る事は少なくて恋しく思う事ばかり多いのです)
袖を口元にあてているのが可愛くて賢く見える
『ああ憎らしい そのような歌を口ずさむようになりましたか
いつも見ていないといけないなんて思うのはよくないです』
と言って源氏は琴を女房に取り出させて紫の君に弾かせようとする


さくら猫にゃん 今日のはどう?

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