さくら猫&光にゃん氏の『にゃん氏物語』
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2002年12月31日(火) にゃん氏物語 若紫15

光にゃん氏訳 源氏物語 若紫15

『気の毒に見舞いに行くべきだった なぜ教えてくれなかったの?
ちょっと 私がお見舞いに来たと言ってくれ』と源氏が言うので
従者一人を使いに行かせた 訪問が目的で来たと言ったので 惟光も
入って行く 「主人自身で見舞いに来ました」と言った
大納言家では驚いて「困りました ここ数日ずっと衰弱しているから
逢うのは無理でしょうが 断るのももったいない」と女房は言って
南向きの縁座敷を綺麗にして 源氏を迎えた

「むさ苦しい所ですが せめてもの厚意のお礼だけでもと思いまして
思いもよらぬことでしょうが こんな部屋に通して恐縮しています」
と家の者が挨拶した その通り 源氏は意外な所に来ている気がした
『いつもお見舞いをしたいと思っていしたが こちらでは私の願いを
突拍子もない事と扱うので遠慮し 病状が悪いと知りませんでした』

「病気なのはいつも変わらないですが いよいよという時に 勿体無い
お見舞いを受けながら喜びを自分で伝えられず 失礼を許してください
あの話を今後も忘れないでくれたら もう少し年頃になった時にお願い
したいです 一人になってしまうあの子への未練が 私の仏道への
道の妨げになるかと思います」

取り次ぎ人に言う尼君の言葉が 隣室から心細く絶え絶えに聞えてくる
「失礼をおかけしています せめて孫がお礼を言える年ならば…」
とも言う 源氏は哀れだと思って聞いていた
『今更そんな挨拶は無しですよ 浅はかな気持ちだったら 変人で
物好きと 見られるのも関わらず こんな話は続けません どんな宿縁
でしょうか 女王様をちらっと見かけた時からどうしても忘れられない
こんな気持ちは不思議で なぜかこの世だけの事とは思われない』

などと言って源氏はまた
『自分を理解してくれないので私は苦しんでいます あの小さな人が
何か一言 言ってくれるように頼みたいのですが』と言う
「それはそうですが 姫君は何も知らないで もう寝てしまって…」
女房がこのように言っている時に 向かうから隣室に来る足音がして
「おばあさま あの寺にいた源氏の君が来ているよ なぜ見ないの」
と女王が言うので女房たちは困った 「静かにしてね」と言っていた

「でも源氏の君を見たので病気が良くなったって言っていたから」
自分がいい事をいっていると思っている 源氏は面白いと思っていたが
女房たちが困っていて 気の毒で聞かない振りで 見舞いの言葉だけを
残して帰った 幼稚と言っていたが本当に子供だ だけどよく教育して
いけるだろうと源氏は思った

翌日も源氏は尼君へ丁寧な見舞いを書く 例の様に小さい手紙には

『いはけなき鶴の一声聞きしより葦間になづむ船ぞえならぬ』
かわいい鶴の一声を聞いてから葦の間を行き悩む船はただならぬ
思いで 恋焦がれています…いつまでも貴方だけを…
わざわざ子供にも読めるように書いた 源氏の手紙の字も見事だった


2002年12月30日(月) にゃん氏物語 若紫14

光にゃん氏訳 源氏物語 若紫14

源氏の中将も変わった夢を見て夢解きを呼んで聞いてみると 到底
及ばない思いもかけない占いをした そして「順調に行こうとするには
慎まなければならない事が1つあるのです」と言った 夢の事を現実に
起こるように言われて源氏は恐怖を覚えた

「私の夢ではない ある人の夢だ 今の夢が現実になるまで秘密だ」
と言ったが 源氏は何が起きるのかと思う その後に源氏は藤壺の宮の
ご懐妊を聞いて そのことが占いの男に言われた事なのかと思い
恋人と自分の間に子供ができると言う事に感情が高ぶり 以前にまして
言葉の限りを尽くして逢う段取りをつけたいが 王命婦も宮が ご懐妊
してから 以前の自分の行動 源氏が激しい恋で身を滅ぼすのに同情し
行ったことが 重大なことに感じて 策をめぐらし 源氏を宮に近づけ
させなかった 源氏は稀に宮から一行ほどでも返辞をもらうことも
あったが それさえも無くなった

初秋の七月 宮は御所に入った 最愛の方が懐妊して帝の愛情は
ますます藤壺の宮に注がれる 少しお腹がふっくらとして つわりの
苦しみに 顔が少し痩せた宮の美しさは以前より増したように見えた
前からではあるが 明けても暮れても 帝は藤壺にばかり来ている
音楽遊びに適した季節になっていて 源氏の中将も終始そこへ呼んで
琴や笛の役を命じた 物想いを源氏は努力して隠していたが 時々我慢
できない様子がうかがわれ 宮も気がついて さすがに源氏について
忘れられない想い出をあれこれ思って 悩み続ける事を感じた

北山に療養していた 按察使大納言の未亡人は病状がよくなって京に
戻っていた 源氏は惟光などに京の家を訪問させ 時々手紙を送った
先方の返辞は春も今もかわっていない それも当然だと思うし また
この数ヶ月は過去数年より増して恋の苦しみが源氏にあり 他の事は
何一つ熱中してやろうと思わないで なおかつ恋に積極的でもなかった

秋の末になり 恋する源氏は もの寂しくて しみじみ浸っている
ある月夜ある女を訪ねる気にやっとなったと思えば さっと時雨が降る
源氏の行く所は六条の京極あたり 御所からではやや遠い気がする
荒れた家の庭の木立ちが大家らしく見える 深い土塀の外を通る時
お供に欠かせない惟光が言った「これが 前の按察使大納言の家です
先日この近くに来たついでに寄ってみると あの尼君は病気で衰弱して
何も考えられないと挨拶がありました」


2002年12月29日(日) にゃん氏物語 若紫13

光にゃん氏訳 源氏物語 若紫13

源氏の恋の気持ちのかけらも伝える時間がない 永遠の夜が欲しいのに
逢えない時より辛い 別れの時が来た

見てもまた逢ふ夜稀なる夢の中にやがてまぎるるわが身ともがな
逢ってもまた逢うことが難しい夢のような世の中だから 夢の中で
あっても入りこんで 融けてしまえばいい

涙にむせ返って言う源氏の様子をみて 宮も悲しくなって

世語りに人やつたへん類ひなく憂き身をさめぬ夢になしても
世間の語りぐさに人が語り伝えるでしょう このように辛い私の
身の上を…それが 覚めることのない夢の話だとしても
と言う 宮が悩み苦しむのもあたりまえで 恋に目のくらんだ源氏にも
勿体無い事と見えた 源氏の上着などは王命婦が かき集め寝室の外へ
持って来た源氏は二条の院へ帰り泣いて一日を過ごす 手紙を出しても
例の態度で御覧にならないと王命婦の返辞だけしかもらえず とても
がっかりする 源氏は御所にも出ず二〜三日閉じこもる これをまた
帝が病気と心配するだろうと思うと もったいなく空恐ろしい事と思う

宮も自分の運命を嘆いて悩み苦しみ それで病気の経過もよくなかった
宮中の使いがしきりに来て御所に帰るよう言われるが 未だ実家にいた
宮は実際に体の調子が悪くて その調子悪さの中に生理的現象がある
それを 宮自身が思い当たらない事だということは なかったのです
情けない事に これで自分は子供を産むのかと悩み苦しんでいた

夏の暑い間は起きることもできず寝たきりであった 妊娠三ヶ月になり
女房達も気がついてきた 宿命の恐ろしさを宮は思っても 他人には
分からない事だから こんなに月日を重ねるまで帝に報告しなかったと
聞いて 皆意外な事と思い声をひそめて話し合う 宮の入浴の世話など
している宮の乳母の娘の弁や王命婦は変だと思うが 互いに話し合う事
ではなかった 命婦は人がどうやっても避けられない宿命に驚いていた

宮中へは病気や物の怪の影響で気づくのが遅れたと報告したのだろう
誰もがそう思っていた 帝はよりいっそう宮へ熱愛を寄せる それで
前よりお使いがひっきりなしに来るのも宮にとって空恐ろしく思われた


2002年12月28日(土) にゃん氏物語 若紫12

光にゃん氏訳 源氏物語 若紫12

五位の男が手紙の使いで 僧都は恐縮していた 惟光は少納言に
面会を申し込み逢う 源氏の考えを詳しく伝え 源氏の日常の生活の
様子も伝えた 口のうまい惟光は相手を説得しようと上手に話したが
僧都も尼君も少納言も 幼い子供への結婚の申し込みはどう解釈
していいのか あきれていた 手紙の方にも心を込めて書いてあり
一つ一つ書く姫君の字を私に見せてくださいともある 封じた手紙は

浅香山浅くも人を思はぬになど山の井のかけ離るらん
浅香山の浅い山の井のように浅い気持ちで想っていないのに
どうして相手にしてくれなくて 疎遠になっていくのでしょう
と書いてあった その返辞を尼君が書いた

汲み染めてくやしと聞きし山の井の浅きながらや影を見すべき
十分汲んで飲めないささやかな山ノ井の水に深く心を寄せ後悔した
と聞くのに 浅い心のままでどうして孫娘の姿を見せられましょうか
惟光が聞いて来たのも その程度の返辞だった
「尼君のご容体が少しよくなれば京のお邸に帰るので改めて
お返辞します」と言ったのである 源氏は あてにならないと思った

藤壺の宮が少し病気になって宮中から自宅に帰っていた
帝が日々恋しく心配する様子に源氏は同情しながら めったにない
この機会を逃しては いつ恋しいお顔が見られるかと夢中であった
それ以来 愛人の所には行かず 宮中の宿直所で 二条の院でも
昼間はずっと物思いにふけり 王命婦に段取りをつけてもらう事以外
何もしなかった 王命婦がどういう方法を使ったのか知らないが
とても無理して逢っている時でさえ 現実と思われなく残念に思った

宮も思いもしない出来事を思い出すと一生忘れることのできない
罪悪感である それきり終わりにしたいと強く決心したのに また
こんな事を繰り返すのは悲しい 恨めしがちでありながら 柔らかで
魅力があり あまり打ち解けず奥ゆかしく気品がある態度が美しいと
源氏は思う

なぜ一箇所でも欠点を持たないのだろう それでなければ自分の心は
こんなに死ぬほど惹かれることはなくて楽なのにと思い 源氏は
この人の存在を知った運命さえ恨めしく思う


2002年12月27日(金) にゃん氏物語 若紫11

光にゃん氏訳 源氏物語 若紫11

『たまに何かいってくれたなと思ったらそれだ 情けないじゃないか
尋ねないのは などと他人行儀なのは 夫婦の間柄と思えない
一般的な言い方をしてはいけない 時が経てば貴方は私を軽蔑する
だろうから こうすれば考え直して こうしたら打ち解けるかな
などと私は努力する でも貴方はよそよそしくなる まあ仕方がない
長い人生を送れば わかってもらえるでしょう』と言い源氏は寝室へ
しかし 夫人はそのまま座っている 寝ようと誘っても聞かない人を
ほっといて 溜息しながら源氏が横になっていたのは夫人を誘うのに
手間をかけたくなかったのだろう 眠そうなふりで物思いにふける

若草と祖母に例えられた 兵部卿の宮の王女様がヒロインの未来の
物語が いろいろ想い描かれる まだ年が釣合わないと思われたのも
その通りである 積極的にはできない それでも何とかして迎えて
あの子を物思いの慰めにながめたい 兵部卿の宮は上品で艶な顔で
あるが華やかな美しさはない どうして 似ているのだろう
宮と藤壺の宮は同じお后から生まれているからだろうか
など考えているだけで あの子と恋しい人との血縁の深さが嬉しくて
ぜひ自分の思い通りにしなければと 源氏は思った

源氏は 次の日 北山に手紙を送った 僧都に書いたものにも女王の
事について書かれているが 尼君に送ったのを紹介すると 問題に
取り上げてもらえなかった貴方様に気を使い 思っている事を全て
言えませんでした これを言うだけでも並々ならぬ覚悟の気持ちを
受けとってもらえたら嬉しいなどと書かれ 小さく結んだ手紙もある

面かげは身をも離れず山ざくら心の限りとめてこしかど
…山桜の美しい幻は私の身体から離れません 私の心の全てを
そちらに残してきたのですが…どんな風が私の忘れることのできない
さくらに吹きつけるかもしれないと想うと気掛かりです
内容はこうでした 源氏の字を美しく思う それにまして老人たちは
手紙の包み方にさえも感心していた 尼君は困った こんな問題は
どのように返事すればいいのだろうと当惑する

あの時の話は 遠い未来お話ですから今は何も言えないと解かって
いるはずながら またお手紙で頂きまして恐れ入ります
まだ手習いの難波津の歌さえも 間を置かず書けない子供ですから
失礼でしょうが 許してください それにしても

嵐吹く尾上のさくら散らぬ間を心とめけるほどのはかなさ
嵐が吹き散らす峰のさくらに 散るまでに気持ちを寄せられただけ
と思われて あてになりません…かえって頼りないです
というのが 尼君からの返辞でした 僧都からの手紙も同じようで
源氏は残念に思う 二〜三日経って惟光を北山に行かせる
『少納言の乳母という人がいるはずだから その人に逢い詳しく
私の気持ちを伝えて来てくれ』などと源氏は命じる

どんな女性にも興味を持つ人だ 姫君はまだ幼稚であったと思うが
と惟光は思った 真正面から見てないが一緒に覗いた事を思い出す


2002年12月26日(木) にゃん氏物語 若紫10

光にゃん氏訳 源氏物語 若紫10

室内では年寄りの尼君主従など かつて源氏のような人に出会った
事がないような人ばかりなので 源氏の姿も弾く琴の音も この世の
ものとは思われないとの噂だった 僧都も「何の因縁でこんな日本の
末世に人として生まれ 不自由に生きると思うと とても悲しい」
と言い 源氏の君を思い涙をぬぐった

兵部卿の宮の娘は 子供心に源氏が美しいと思って
『宮様より お姿がりっぱです』などと誉めた
「では あの方のお子様になられませ」と女房がいうと 頷き
そうなってもいい表情をした それからは お人形遊びをしても
お絵描きしても 源氏の君というものを描き それに美しい衣装を
着せて大切にしている

帰京した源氏は まず宮中に上がり 病気中の話をいろいろした
ずいぶん痩せてしまったなと 帝は言い 源氏を気遣った
聖人の霊験あらたかな祈祷力などの質問もあり詳しく申し上げると
「阿闍梨になってもいいだけの資格がありそうだ 名誉を求めず
修行一心に来た人なのであまり知られていないのだろう」

と敬意を表した 左大臣も御所に来ていて「私もお迎えに行きたく
思っていましたが お忍びの時は迷惑になるだろうと遠慮しました
まだ一日 二日は静かに休んだほうがよろしいでしょう」と言い
「ここからは私が送ります」と言ったので 帰る気はなかったが
仕方なく同行した 自分の車に乗せて左大臣は体を小さくしていた
娘が可愛いあまりに これぼどの誠意を見せてくれるのだと思うと
左大臣の親心に 源氏は感動するのであった

左大臣家でも戻ってくるだろうと期待して 用意がされていた
しばらく見ない源氏の目には美しい家がさらに磨き上げられて見えた
源氏の夫人は他の座敷に隠れて出てこない 左大臣が色々なだめ
やっとのこと源氏と同席させた まるで絵に描いた姫君という感じで
綺麗に飾られ 行儀良く 身動きすることも自由にしない妻だから
源氏は山の二日間に興味を持ち 話し合える人なら深く愛せられるが
いつまでも打ち解けず他人行儀で 月日を重ねるに連れてこの傾向が
ますます目立っていくばかりだな と思うと心苦しい

『たまには普通の夫婦らしくして下さい ひどく病気で苦しんだから
そんな時はどうなのかぐらい聞いてくれてもいいのに 貴方はしない
今にはじまったことではないけど 私は恨めしいですよ』と言った
「尋ねないのは苦しいことなのでしょうか」と言って横目に源氏を
見た 目元は恥ずかしそうで また気高い美が備わった美貌である


2002年12月25日(水) にゃん氏物語 若紫09

光にゃん氏訳 源氏物語 若紫09

源氏は岩窟の聖人をはじめとし 読経した僧たちへのお布施類 料理の
詰め合わせなどを 京へとりに行かせていたので それらが届いた時
山仕事の下級労働者までもが皆 相当な贈り物を受けた なおも僧都の
お堂で誦経してもらうお布施をした 源氏が山を出発する前に
僧都は姉に源氏から頼まれた話をしたが
「今は何ともお返事できません ご縁があるなら 四〜五年して改めて
言ってくれればいい」と尼君は言うだけでした
源氏は昨夜と同じような返辞を僧都から伝えられ 気持ちが理解されず
残念だった 手紙を僧都の召使の小童に持たせた

夕まぐれほのかに花の色を見て今朝は霞みの立ちぞわずらふ
昨日の夕暮れ 山が霞に覆われた時 わずかに美しい花を見たので
今朝の 霞みの立つ時に 立ち去ることは難しく思われます

まことにや花のほとりは立ち憂きと霞むる空のけしきをも見ん
本当に花のそばを立ち去りにくいのですか ぼんやり霞むような
気持ちの態度にしたものを 見たいですね と返歌はこうでした
貴女らしい上品な筆跡で 飾り気なしで無造作に書かれていた

ちょうど源氏が車に乗ろうとする頃 左大臣家から どこへ行くとなく
源氏が京を出かけたと言われ 迎えの家司たち ご子息たちなど大勢
来ていた 頭中将 左中弁 その他の公達(ご子息)も来ていた
「こうした旅行にお供をしようと思っていたが 知らせがなかった」
など恨む 「美しい花の下で遊ぶ時間もなくすぐ帰りのお供するのは
惜しくて物足りないです」とも言っていた

岩そばの青い苔の上に公達は並び揃って座り 再び酒盛りが始まった
前に流れる滝水の様子も趣のある場所だった 頭中将は懐の横笛を
出して吹き澄ます
弁は扇を打ち鳴らし「葛城の寺の前なるや 豊浦の寺の西なるや」
とい歌を歌っていた この人達は普通の人より優れているが
悩ましげに岩に寄りかかっている源氏の美に比べて優れた人はいない
いつも吹く役の随身が篳篥:ひちりきを吹く
わざわざ笙の笛を持ちこむ風流好きもいた

僧都が自分で琴:七絃の唐風楽器を運び 「これをちょっと弾いて
山の鳥に音楽というものを 教えてあげてください」と熱望するので
『私は病気で調子が悪いが』と源氏はいいながら 快く弾いて
これで閉めて皆帰った 名残惜しく思い 山の僧たちは皆涙した


2002年12月24日(火) にゃん氏物語 若紫08

光にゃん氏訳 源氏物語 若紫08

夜明けの空は 満ち溢れるほど霞んで山の鳥たちがどこもかしこも
鳴く声が多く聞えてきた 都人には名前がわからない木や草の花が
多く咲いたり散ったりしていた こんな色とりどりの錦の上に鹿が
出て来るのも珍しい光景で 源氏は病気の苦しみから開放された
聖人は動くのも不自由な老体だが 源氏のために僧都の坊へ来て
護身法を行ってくれた しゃがれた途切れがちに消えそうな声でお経を
読むのがしみじみとし尊きものにも思えた 呪文は陀羅尼(だらに)

迎えの一行が京から山に着く 病気全快の喜びの挨拶がされ 御所の
使いも来た 僧都は世間では見られないような くだものを あれこれ
谷の底から掘り出してまで 用意してくれた
「まだ今年いっぱいは山籠りの誓いがあり 帰る時に京までお見送り
できません 折角ご訪問してくれた事が逆に残念に思われます」
などと言いながら 僧都は源氏に酒をすすめた

『山の風景に心惹かれる思いですが 帝に心配をかけさせるのも
恐れ多い またこの山桜が咲いている時期に来ましょう』

宮人に行きて語らん山ざくら風よりさきに来ても見るべく
大宮人に 帰ってから話しましょう この山桜が美しい事を
風が吹き散らす前に見てくるようにと
歌の発声 声使いも 態度も立派な源氏だったので 僧都が

優曇華の花まち得たるここちして深山桜に目こそ移らね
三千年に一度咲くと言う優曇華の花が咲くのに巡り逢ったような
気がして深山桜には目も移りません と言うと源氏は微笑しながら
『長い間に一度咲くという花は見る事が難しいでしょう 私ではない』
と言った 岩窟の聖人は祝杯をもらって

奥山の松の戸ぼそを稀に開けてまだ見ぬ花の顔を見るかな
引きこもっております奥山の草庵の 松の木で作った扉を珍しく開けて
まだ見たことのない花のように美しい顔を拝見しました と泣きながら
言って 源氏を見ていた 聖人は源氏を護る法を込めた独鈷を献上した

それを見て僧都は 聖徳太子が百濟の国から得た金剛子の数珠で
宝玉の飾りつきのを 日本にない唐風の箱に入ったまま
透かし編みの袋に包み五葉の木の枝につけた物
紺瑠璃などの宝石の壺へ薬を詰めたいくつかを藤や桜の枝につけた物
などなど 山寺の僧都らしい贈り物を出した


2002年12月23日(月) にゃん氏物語 若紫07

光にゃん氏訳 源氏物語 若紫07

『こんな伝言による会話は 私はしたことがありません 失礼ですが
今夜こちらに御厄介になったのを機に 真面目な相談があります』
と源氏は言う
「何か聞き違いをしているのでしょう 源氏の君に意見するような
きまり悪さ 私は何も返辞ができない」 尼君は こう言った
「そうですが 冷たい扱いと思われてしまいます」と人々は促す
「そうね 若い人は困るが 私はよい 真面目に言われるなら」
尼君は出て来た

『出来心で軽率な話をする者だと思われる時 逆に真面目な相談を
持ちかけるのは 私には不利な状況です しかし誠意を持って話を
しようとしていることは 仏様が知っているでしょう』と源氏は言うが
年配の女性が落ちついて目の前にいると思うと 話を切り出せない
「言われる通り 思いがけない所で知り合い 貴方様から相談される
などとは なぜ前世に根拠がないと思えるでしょう」と尼君は言った

『お母様を亡くした気の毒な姫君を お母様代わりに預けてくれない
でしょうか 私も早くに母や祖母と別れていて 落ちついた心なしに
年月を送りました 姫君も同じような境遇だから 将来結婚することを
今から認めておいて欲しい 私はこんな事を前から相談したいと思って
いたので 今は悪くとられる時で機会が悪いと思っても言うのです』

「それは とても嬉しい話ですが 何か話を聞き間違えていませんか
そう思うとどう返辞をしていいのか迷います 私のようなものを頼りに
している孫娘が一人いますが まだとても幼稚で どれほど寛大な心
でも将来の奥様として つりあうのは無理なので相談になりえません」
と尼君は言う

『私は何もかも知っています そんな年の差などは気にせずに
私がどれほど それを望んでいるか 熱心の度合いを見てください』
源氏がこんなに言っても 尼君は姫君の歳を知らないで言っていると
思って 源氏の希望を気にかけない 僧都が戻る頃をきっかけに
『まあよいです 相談事を話しましたので 実現するのを期待します』
と言って源氏は屏風を元どおりにしていった

もう明け方で 法華三昧(法華経を唱える事に没頭する)を行う
お堂の懺法(せんぽう:懺悔の法要)の声が山おろしの風の音に
混じって聞え 尊くて 滝の音が調和して響きを生み出す

吹き迷ふ深山おろしに夢さめて涙催す滝の音かな と源氏
方角を定めず奥山から吹く風に煩悩の夢も覚め涙がこぼれてくる
その風にのって聞える法華懺法の声と響き合う滝の音だ

「さしぐみに袖濡らしける山水にすめる心は騒ぎやはする
貴方様がいきなり涙ぐみ 袖を濡らした山の水にも 心静かに
住んでいる私の心は動かされることもありません
…もう馴れきったものです」と僧都は こたえた


2002年12月22日(日) にゃん氏物語 若紫06

光にゃん氏訳 源氏物語 若紫06

「それは非常に嬉しいのですが まだ全然 幼稚です 仮の話でも
そばに置くのは難しいことです でも女は夫のよい指導で一人前になる
ものだから 必ずしも早過ぎるという話でもないです 私は何とも言う
事ができません 子供の祖母と相談してお返事しましょう」
このように きちんと話す人が厳かな人なので 若い源氏は恥ずかしく
望んでいることをうまく言えなかった
「阿弥陀様のいるお堂で用事がある時間です 初夜のお勤めをまだ
していません 済ませてきます」と言い 僧都はお堂のほうに行った

病後の源氏は気分もすぐれない 雨が少し降り 冷ややかな風が吹き
滝の音も強くなったように聞えてくる そして少し眠そうな読経の声が
途切れ途切れに響く こんな山の夜は どんな人にも物悲しく寂しいが
それにまして源氏は いろいろ思い悩み眠る事ができない 初夜の時と
言っていたが 実際はそれより夜が更けていた 奥の方の室の人たちも
起きている様子がよく解かる 静かに遠慮していても 数珠が脇息に
触れて鳴る音が聞え 女の立ち振る舞いの 衣擦れの音も懐かしく
微かに聞える 上品でよい感じである

源氏はすぐ隣の室であるから 座敷の奥に立ててある屏風の合わせ目を
少し引き開けて 人を呼ぶのに扇を打ち鳴らした 相手は意外と思うが
聞えないふりもできず女が座ったままにじり寄る 襖障子から
少し離れて「おかしいな 聞き違えかな」と言うのを聞いて源氏は
『仏の導く道は暗いところでも間違えるはずがありません』と言う
声が若々しく品がいいので 女は答えるのも気がひけたが
「どなたへの お導きでしょうか 何もわかりませんが」と言った
『突然 ものを言われて失礼と思われるでしょうが

初草の若葉の上を見つるより旅寝の袖も露ぞ乾かぬ
(初草のような若々しい少女を見てからは 旅寝の袖は恋しさの涙で
濡れて乾きません)と言ってもらえませんか』と源氏は言う
「そのような言葉を頂いて分かる方のいない様子はご存知でしょうが
どなた宛てですか」と言う
『自然に そう言わせる訳があり言っているのだと思ってください』
源氏がこう言うので 女房は奥に行ってそう言った

まあ艶な方らしい華やいだご挨拶で 姫君が年頃と勘違いしているのか
それにしても若草にたとえた言葉をどうして知っているのだろうと思い
尼君は少し不安である しかし返歌が遅くなるのは失礼だと思って

「枕結う今宵ばかりの露けさを深山の苔にくらべざらなん
(今晩だけの旅の宿で涙に濡れているからと言って 私達の事を
引き合いに出して比べないで下さい)乾く間もないのに」と返辞する


2002年12月21日(土) にゃん氏物語 若紫05

光にゃん氏訳 源氏物語 若紫05

言葉通り庭の作り一つとっても優美な山荘だった 月は出ない頃だから
庭の水の流れ際にかがり火を焚き 燈篭を吊らせてある 南向きの室を
美しく整えて源氏の寝室ができている 奥の座敷から緩やかに薫る薫香
と仏前からの名香が混じり漂っている山荘に 源氏の君の良い雰囲気が
加わり華やかである 女たちも華やかに思った

僧都は この世の無常と来世に期待する楽しみを源氏に説いて聞かせる
源氏は自分の罪深さを自覚し来世での罰を考えると こんな出家生活も
したいと思うが そう思いながら夕方に見た貴女が心にかかって恋しい

『ここに来てるのはどなたですか その方たちと自分は縁があるという
夢を私は見ました 今日こちらに来て そのわけが分かる気がします』
と源氏が言うと「予期しない夢の話ですね 知っても きっとがっかり
するでしょう 前の按察使(あぜち)大納言は ずっと前に亡くなった
ので知らないでしょう その夫人が私の姉で 未亡人になって尼になり
最近は病気で 私が山に こもりきりなので心細くて来ているのです」
と僧都は答えた

『その大納言にお嬢さんがいたと聞いてますが それはどうなりました
私は好色から言うのではないです 真面目に聞いているのです』
少女が大納言の忘れがたみと想像して源氏が言う
「娘が一人だけいました もう亡くなって十数年になります 大納言は
宮中に入れたくて とても大切に育てていましたが その前に亡くなり
未亡人が一人で育てているうちに 誰の手引きか兵部卿の宮が通って
来るようになりました 宮の本妻は権力のある夫人でやかましく言われ
私の姪は気苦労が多くて 物思いばかりして亡くなりました 物思いで
病気になる事を 私は姪を見て よくわかりました」などと僧都は言う

そうなると少女は 前の按察使大納言の姫君と兵部卿の宮の間の子
に違いないと 源氏は解かった 藤壺の宮の兄君の子だから藤壺に
似ているのだと思うとますます心が惹かれていく 身分も非常によい
愛する者を信じない疑い深い女ではなく 素直な子を将来の妻として
教養をつけていくのは楽しみだ 直にそうしたい気持ちに源氏はなった

『お気の毒な話です その方には忘れ形見はなかったのですか』
さらに 少女が誰か明確にしようと源氏は聞いた
「亡くなる頃に生まれました それも女なのです その子が姉の気を
休めません 姉は年を取ってから孫娘の将来ばかり心配しています」

夕方見た尼君の涙を源氏は思い出す『変なことを言うと思うでしょうが
私にその子を預けてくれるよう話をつけてもらえませんか 私は妻には
理想論がありまして 今結婚はしていますが 普通の夫婦生活は私には
難しくて一人暮らしばかりしています まだ年が不釣り合いだと常識的
には 失礼な話だと思われるでしょうが』と源氏は言った


2002年12月20日(金) にゃん氏物語 若紫04

光にゃん氏訳 源氏物語 若紫04

そうしている時に僧都があちらの座敷から来た
「この座敷はあまりにも開け放しです 今日に限って こんな端にいた
のですね 山の上の聖人の所へ源氏の中将が瘧病のまじないに来た
のを たった今聞きつけました 随分お忍びで来ましたから知らなくて
同じ山にいるのに 未だにお見舞いにも行ってません」と僧都は言った
「大変 こんな所を誰かに見られたかしら」と言い 御簾はおろされた
「世間で評判の源氏の君を この機会に見せてもらってはどうですか
俗世間と別れた僧たちでも あの方を見ると この世の憂いを忘れ
寿命が延びる気がする美貌だ 私はこれからお見舞の挨拶をします」

僧都が座敷を出ていく気配なので 源氏も寺に戻った 源氏は思った
自分は可憐な人を見つけた それで自分と一緒に来た若い連中は旅を
したがる そこで意外な人を見つけるのだ たまたま京を出ただけで
こんな思いがけないことがあったので源氏は嬉しかった それにしても
美しい子である どんな身分の人だろう 逢い難い恋しい人の代わりに
慰められるなら 迎えたいと源氏は強く思った

寺で横になっていると僧都の弟子が来て 惟光に逢いたいと申し入れた
狭い場所なので惟光に言う事が源氏にもよく聞えた
「私達の坊の奥の寺に立ち寄った事を たった今聞きました すぐに
ご挨拶するべきですが 私がこの山にいるのを承知の貴方様が素通り
したのは 何か気に入らない事があるのかと遠慮する気持ちもあります
お泊りも設備が十分ではないけれど当坊でさせていただきたいです」
という 使いが伝える 僧都の挨拶である

「今月の十何日ごろから 瘧病にかかっていましたが 度々発作で我慢
できずに 人の勧め通り山に来ましたが もし効験がなかった時には
僧の不名誉ですから お忍びで来ました そちらへも伺うつもりです」
と源氏は惟光に言わせた まもなく僧都が訪問してきた 尊敬される
人格者で 僧であるが貴族出身の この人に軽装で逢うのを 源氏は
なんとなく恥ずかしい 二年越しのやまごもり生活を語ってから
「僧の家は皆寂しくみすぼらしいですが ここよりは少し涼しく綺麗な
水の流れも庭にはありますから お目にかけたいと思います」

僧都は源氏が来て泊まることを熱心に勧める 源氏を知らない
あの女の人達に とても評判だと宣伝していた事を思うと おじけづく
のだが 心を惹いた少女を詳しく知りたくて源氏は僧都の坊に移った


2002年12月19日(木) にゃん氏物語 若紫03

光にゃん氏訳 源氏物語 若紫03

山の春 日はとても長くて退屈だったから 夕暮れ 山が霞に覆われた時
今日眺めた小柴垣の所へ源氏は行ってみた 従者は寺に帰し 惟光と
覗くと 垣根のすぐ前の西向の座敷に仏を置いてお勤めしている尼がいた
簾を少し上げて 仏前に花を供えている 室の中央の柱近くに座って脇息
(ひじかけ)の上に経典をおいて 体がだるそうに読む 尼はただの尼
とは思えない 四十くらいでとても色白で上品であり 痩せているが頬の
辺りはふっくらして 目元は美しく 短く髪が切り揃えた裾は かえって
長い髪よりも艶である感じだ

綺麗な中年の女房が二人いて その他に座敷を出たり入ったりして遊ぶ
女の子が何人かいた その中に十歳くらいに見える白の上に 薄い黄色
の柔らかい着物を重ねて駆けてきた子は さっきから見てきた子供達とは
一緒にできない優れた素質を備えていた 将来 どんなに美しくなるかと
思われ 肩で垂れた髪の裾が扇を広げたようにゆらゆらとしていた 顔は
泣いた後らしく 手でこすって赤くなっていた 尼君の横に来て立った
「どうしたの 童女達と喧嘩したの」と言い見上げた尼君と 顔は少し
似ているので この人の子だろうと源氏は思う

「雀の子を犬君?が逃がしちゃったの 伏せ籠に閉じ込めていたのに」
と言って とても残念そうだ そばにいた中年の女房は
「また いつもの そそっかしやさんが こんなことをして お嬢様に
叱られるのですね 困った人だね 雀はどちらに行きました 飼い馴れて
可愛かったのに 山の鳥に見つかっては大変です」と言い立って行く
女は髪がゆらゆらととして 後姿も感じの良い女だ 少納言の乳母と他の
人が言っていたから この美しい子供の世話役なのだろう

「あなたはいつまでも子供らしくて困った人ね 私の命が 今日明日も
わからないと思われるのを何とも思わないで すずめのほうが心配なの
雀を籠に入れるなど仏様が喜ばないといつも言ってるのに こちらへ」
と尼君が言うとちょこんと座った 顔つきはとてもかわいく眉がほんのり
している 子供らしく自然に髪がかきあげられた額つき 髪の生え際など
優れた美がひそんで見える 大人の姿を想像して すごい美人を源氏は
目に描いた 何故この子に魅せられるのか それは恋しい藤壺の宮に
よく似ていたからだ そう気付く時も藤壺へ恋い慕う涙が頬を熱く伝わる

尼君は女の子の髪を撫でながら 「梳くのを嫌がるけどよい髪です
あなたがこんなに子供っぽいので心配している あなたぐらいの年なら
こんなふうでない子もいるのに 亡くなったお姫さんは十二でお父様と
別れた時 もう悲しみも何もかもよく分かる人になっていました 私が
死んでしまった後 あなたはどうなるのだろう」と言って 大変泣くので
覗く源氏も悲しくなった 子供心にもさすがにじっとしばらく尼君の顔を
見つめてからうつむいた その時こぼれかかる髪がつやつや美しく見えた

『生ひ立たんありかも知らぬ若草をおくらす露ぞ消えんそらなき』
どう育つか分からない若草を残しては死ぬに死ねない思いです
一人の中年女房が深く心に感じて泣きながら言った
『初草の生ひ行く末も知らぬまにいかでか露の消えんとすらん』
萌え出したばかりの若草が生育していくその先も知らないうちにどうして
露は先に消えようとするのでしょう 何故先立つ事を考えるのでしょう


2002年12月18日(水) にゃん氏物語 若紫02

光にゃん氏訳 源氏物語 若紫02
 
「近くでは播磨の明石の浦がよろしいです 特別変わったよさは無いが
そこから海のほうを眺めた景色はどこよりもよいです 前播磨守入道が
娘を大切に住ませている家はたいしたものです 二代前は大臣の家筋で
もっと出世するはずの人ですが 変わり者で人付き合いもせず 近衛の
中将を捨てて 自分で申し出て播磨守になった しかし国の人に反抗され
不名誉だから京へは帰れないと言い その時に入道しました
坊様なら坊様らしく山奥に行って住めばいいのに 名所の明石の浦などに
家を構えています

播磨には坊様にふさわしい山が多いですが 変わり者に見せるためかと
言えば そういう訳でもなく 若い妻子が寂しがるからとの思いやりです
それで 随分贅沢な家になっています 先日 父の所に行ったついでに
どんな感じか見たくて寄りました 京の都では不遇でしたが今の暮らしは
素晴らしく 地方長官をしてる時に財産ができて 余生も心配無い準備が
万全です その一方では仏弟子として よく修行も積んでいる様です
あの人は入道してから 本当の価値が出てきた人です」と申し上げると

『その娘は どんな感じ』と聞く 「無難で悪くないです 代々の長官が
特別な敬意で求婚しますが 入道は承知しません 自分の一生が不遇
なので 娘の将来に理想をもっている もし自分が死んで実現できず
希望しない結婚をするようになった時は海に身投げしろとの遺言です」
源氏は この播磨の変わり者の入道の娘がおもしろく思った

「きっと竜宮城の王様のお后になるんだろう 気位が高い 困り者だ」と
言う者もいて人々は笑った こんな話しをしていた良清は現在の播磨守の
息子で六位の蔵人だったが 五位になって役から離れた者である
他の者は「好色だから 入道の遺言を破る自信があるんだろう それで
しょっちゅう訪問に行くのだろう」と言う 「でもどうかな どんなに
美しくてもやはり田舎者だろう 小さい時から暮らして 頑固な親だし」
とも言う 「しかし母親は立派な人だ 若い女房や童女 京のよい家に
いた人などを縁故を頼りに集めて眩しく育てているらしい ただの田舎娘
になっては満足しない訳で 娘は相当価値のある女だと思う」誰かが言う

源氏は『なぜ竜宮の王様のお后まで思い込むのだろう そうでないと自殺
させる頑固さは 他から見ていい気はしない』と言いながら 好奇心ある
様子だ 平凡でない事に興味を持つ性格を知る家司は 源氏をそう見た
「もう暮れ近くで 今日は病気が起こらないでしょう 早く帰られては」
と従者が言ったが 寺で聖人が「もう一晩 私にお祈りさせてもらって
それから帰るのがよろしいでしょう」と言った 皆も賛成した
源氏も このような旅で寝ることは はじめてなので嬉しくて
『では 帰りを明日に延ばそう』と言っていた


2002年12月17日(火) にゃん氏物語 若紫01(わかむらさき)

光にゃん氏訳 源氏物語 若紫01

源氏は瘧病(わらわやみ:おこり マラリア熱病)にかかっていた
いろいろおまじないや僧の祈りも受けていたが効き目無く 発作が何度も
起きたので ある人が「北山の某寺にとても上手な修験僧がいます
去年夏この病気が流行った時 まじないも効き目が無く困っていた人が
多く救われました 病気がこじれると治りにくくなるので早く試した方が
いいでしょう」このように言い勧めたので修験僧を山から招こうとしたが
「老体になっていて岩窟を一歩出ることも難しい」が僧の返事だった

『それでは仕方が無い そっと忍びで行ってみよう』源氏は親しい家司
四 五人だけ伴い夜明けに出かけた 郊外にある遠い山だ 三月三十日
京の桜は散っていたが 山の桜は花盛りで 道を進むと 霞にも都の霞に
無い美がある 窮屈な境遇の源氏は山歩きの経験が無く 何でも珍しく
面白く思った

寺は心に深く感じるように清らかで高い峰の岩谷の中に聖人は入っている
源氏は自分が誰か言わず服装など粗末にしてきていたが迎えた僧は言う
「勿体無いことです 先日お呼びになった方でしょう 私はこの世の事は
考えないものですから修験の方法も忘れているのに どうしてわざわざ
お越しになったのでしょう」驚きながらもにこやかに源氏を見ていた
非常に偉い僧なのです 源氏を形どったものを作り瘧病をそれに移す
祈祷などをしているうちに日が高くなった

源氏は寺を出て少し散歩した 辺りを眺めると高い場所なので そこらの
多くの僧坊(寺院に付属の日常生活の建物)が見渡せた 螺旋状の道の
この峰のすぐ下に 他の僧坊と同じ小柴垣だがひときわ目立って綺麗に
張りめぐらされ 座敷風の建物と廊などが優美に組み立てられ庭の作り
なども凝ったものがあった『あれは誰が住んでいるのだ』と源氏が問う

「これが某僧都が もう二年引きこもっている所です」とお供が言う
『そうか あの僧都の家なんだ 知られたら困るな粗末な格好で来て』
源氏は言った 美しい侍童などがたくさん庭に出て仏の閼伽棚に水や花を
供えているのもよく見えた 「あそこに女がいます 僧都が隠し妻を置く
ことはないでしょうが 何者でしょう」こんなことを従者が言った 崖を
少し下りて覗く者もいる 美しい女の子や若い女房や童女が見えると言う

源氏は寺へ帰り 仏の勤めをしながら昼になるにつれて発作が起こるのを
心配していた 「気を紛らし病気を気にしないのが一番です」と言われ
後ろの方の山に出て 京の方角を眺めた ずっと遠くまで霞んで山に近い
木立は煙って見える『絵みたいだ こんな所に住めば人の汚い感情など
起こらないだろう』と源氏は言う
「この山はまだ平凡なほうです 地方の海岸や山の景色などを見れば
自然から学ぶものがあり絵も上達するでしょう 富士山 その他何々山」
と話す者もいた また西の方の国々の美しい風景を言い 津々浦々の名を
並べる者もいて 誰もが病から気を紛らわせようと努力しているのです


2002年12月16日(月) にゃん氏物語 夕顔21(ゆうがお完)

光にゃん氏訳 源氏物語 夕顔21

五条の家では夕顔の行方がわからず 探す方法もなかった
右近まで音信不通なのを不思議で心配していた 確かではないが通って
来ていたのは源氏の君だろうと思ったから 惟光に何か聞き出そうと
したが 全く知らない様子 相変わらず女房の所に恋の手紙が送られる
ので 探すのは絶望的で 主人が消えたのは夢ではないかと思った
もしかしたら地方官の子息など好色男が 頭中将を恐れて父の任地へ
連れて下ってしまったのか と想像する

この家の主人は西の京の乳母の娘だった 三人娘がいたが 右近だけ
他人だったので知らせてもらえないのだと 夕顔を恋しがった
右近は夕顔を死なせて非難されるのが辛い 源氏も今更 夕顔の情人が
自分である秘密を知らせたくなかった それでお嬢さんの消息も聞けず
月日はすぎて行く

源氏はせめて夢にでも夕顔を見たいと思い続けていたが 法事の次の夜
ほのかに某院で枕元に出た女と同じ者を見た これで荒廃した家に住む
妖怪が源氏に恋をしたために こんなことになった ということになり
源氏自身も随分危険だったと知り 恐ろしいことであった

伊予介が十月の初め四国に下る 空蝉を連れて行くことになっていた
普段より多くの餞別が源氏から贈られる その他 特別な贈り物や
ついでに空蝉の抜け殻と表現した夏の薄物も返した

『逢ふまでの形見ばかりと見しほどにひたすら袖の朽ちにけるかな』
逢うまで形見の品と持っていましたが すっかり涙で駄目になりました
細々の手紙の内容は省略 使いは帰るが空蝉は小君を使いに返歌した

『蝉の羽もたち変へてける夏ごろもかへすを見ても音は泣かれけり』
蝉の羽の衣替えも終わった後 夏の衣は返されても泣き声ばかりです
源氏は空蝉を思うと 普通と違う態度を取り続けた女もこれでお別れと
嘆いて 運命の冷たさを感じられた
今日から冬の季節 それらしく時雨がこぼれ 空の色も身に染みた
一日中 源氏は物思いで

『過ぎにしも今日別るるも二みちに行く方知らぬ秋の暮れかな」
死んだ人も 今日別れる人もそれぞれの道へどこに行くか解からない
秋の暮れであるなあ
秘密の恋をする人の苦しさが源氏にわかったであろうと思われる
こうした空蝉とか夕顔とかいう華やかでない女と源氏の恋の話は源氏が
非常に隠したいと思うので最初は書かなかったが 帝の子だから 恋人
までもが皆欠点が無いのは作り話だからだと言う人がいたから
それに対して書いたのだが なにか源氏に済まない気がする


2002年12月15日(日) にゃん氏物語 夕顔20

光にゃん氏訳 源氏物語 夕顔20

空蝉の継娘は蔵人少将と結婚したという噂を源氏は聞いた おかしな事だ
新妻なのに少将はどう思うかなと同情し また空蝉の継娘はどんな気持ち
だろうと小君を使いにして手紙を送った

死ぬほど精神的に苦しんでるのがわかりますか
『ほのかにも軒ばの荻をむすばずば露のかごとを何にかけまし』
たった一夜でも軒端の萩の契りを結ばなかったら わずかな文句も
なんで言えようか

手紙を長い荻につけて そっとみせるように言ったが 源氏は内心では
少将に見つかったときでも私が相手なら許してくれるという高慢な態度も
あった 小君は少将の来ていないヒマを見て手紙を見せた 恨めしくも
自分を思い出して情人らしい手紙を送ってきたのは 憎めなかった
良い歌で無いが早いのが取柄と 書いて小君に返事を渡した

『ほのめかす風につけても下荻の半ばは霜にむすぼほれつつ』
逢う機会をほのめかす手紙を見るにつけ草木の下の荻が霜にあたったよう
に軒端の荻は貴方を心待ちにする一方で半ば思いしおれている

下手な字をしゃれた書き方でごまかしている品の悪いものだった 灯りの
前にいた夜の顔も思い出される 碁盤を中にして慎み深く向かい合う人の
姿態には どんな顔でも幻滅しない良さがある 一方は何の深みも無く
若さではしゃいで得意そうであったと源氏は思い出すが それも憎めない
まだ軒端の情事は清算されたものではなさそうだ

源氏は夕顔の四十九日の法要をそっと比叡山の法華堂で行わせた
それはかなりのもので簡略せずに行われた 惟光の兄の阿闍梨は人格者
であると言われている僧で 全部引き受けて行うのである 源氏の詩文の
先生で親しくしている文章博士を呼んで 願文を書かせた 普通と違って
故人の名は出さずに 死んだ愛人を阿弥陀仏に託するという意味を 愛を
込めた文章で源氏は下書きした 「このままでよいです 筆を入れて直す
ところはありません」と博士は言った 感情をおさえていた源氏の目から
涙がこぼれて 堪えがたく見えた 博士は「どんな人だろう そんな人が
亡くなった話は聞かないが 源氏の君があんなに悲しむほど愛された人は
よほど幸運の持ち主だ」と後に言った
作った故人の衣装を源氏は取り寄せ 袴の腰に

『泣く泣くも今日はわが結ふ下紐をいづれの世にか解けてみるべき』
泣きながら今日は私が結ぶ袴の下紐だが いつの世にか再会して
下紐を解いて 二人がむすばれることができるだろう と書いた

四十九日間この世をさまよう霊魂は 未来のどの道に行かされるのかと
いろいろ想像しながら源氏は般若心経の章句を唱えていた 頭中将に
逢うといつも胸騒ぎで 故人が撫子に例えた子供の近況を知らせたいが
恋人を死なせた恨みを聞くのが辛くて うちあけなかった


2002年12月14日(土) にゃん氏物語 夕顔19

光にゃん氏訳 源氏物語 夕顔19

『年は幾つだったのですか?普通の若い人よりもずっと若く見えた
短命の人はそういうものなのか』
「確か十九才になったと思います 私は奥様のもう一人いた乳母の
忘れ形見で 三位様が可愛がってくれ 一緒に育ててくれたのです
それを思うと 奥様が亡くなって よく平気で生きていると恥ずかしい
あの弱々しい方を唯一頼りになる主人として 私は仕えていました」

『弱々しい女が一番好きだ 聡明で 人の感情に動かされない女は
嫌だ どうにかすれば人の誘惑にもかかりそうな人であり そのくせ
慎ましく 恋人になった人に人生の全てを任せるような人が好きだ
おとなしいそんな人を自分の理想通り 成長していければいい』
源氏が言うと 「それは理想通りで現実に遠い お隠れは残念で」
と右近は言いながら泣く 空は曇り冷たい風で 寂しく見えた源氏は

『見し人の煙を雲とながむれば 夕べの空もむつまじきかな』
恋親しい人が煙となり雲になったと見れば 夕方の空も親しみに思う
と独りつぶやいたが 返歌は言い出されない 右近はこんな時に二人
がそろっていればいいのにと胸が詰まる気がした

源氏は うるさかった五条の砧の音を思い出すまで長い夜を数え
『八月九月正長夜 千声万声無止時』(正に長き夜)と歌った

今も伊予介の家の子君は時々源氏の所へ行ったが 以前のように源氏
から手紙を託されなかった 空蝉は自分の冷たさに懲りて終わったのだ
と思い心苦しくて 源氏が病気と聞いた時は嘆いた それに夫の任国に
伴って行く日が近づいて来て心細く 自分を忘れてしまったかと試しに

最近の様子を聞いて心配していますが どうお知らせすればいいですか
『問はぬをもなどかと問はで程ふるにいかばかりかは思ひ乱るる』
問わないのを何故かと尋ねてくれないで月日が経ちどんなに悩むことか
苦しかるらん君よりもわれぞ益田のいける甲斐なき の歌が思われます

こんな手紙を書いた 源氏は思いがけない空蝉からの手紙で珍しく
嬉しく思う 空蝉を思う愛情も 決してさめてはいなかった

生き甲斐が無いとは どちらのセリフでしょう
『うつせみの世はうきものと知りにしをまた言の葉にかかる命よ』
(この世は悲しく辛いと知ってましたが また貴方の優しい慰めの
言葉を頼りに生きて行く私の命です) 儚いことです

病後の震えのみえる手で乱れ書きした手紙の文は美しかった
蝉の抜け殻が忘れずに歌われているのを 彼女は気の毒と思うも嬉しい
こんな手紙では好意を見せながら これ以上の深い想いになろうという
気は空蝉にはなかった 理解ある優しい女という想い出だけは源氏の
心の中に留めておきたいと思っているのでした


2002年12月13日(金) にゃん氏物語 夕顔19

光にゃん氏訳 源氏物語 夕顔19

「隠そうとは思っていません ただ自分の口から言わなかったことを
亡くなってから 喋るのは申し訳無い気がしたものですから…
両親はずっと前に亡くなっています 殿様は三位中将でとても
可愛がられていたのですが 出世が思うようにいかないのを嘆かれて
そのうえ寿命にも恵まれていなく 若くして亡くされました

その後 ちょっとしたきっかけで頭中将がまだ少将の頃 通ってくる
ようになったのです 三年間位は愛情があり関係が続いたのですが
去年の秋頃 頭中将の奥様の父の右大臣家から脅すように
言ってきたのです 気の弱い方ですから ただ恐ろしがってしまって
西の右京のほうに 乳母が住んでいたので その家に隠れていました

その家も かなりひどくて困り 郊外へ移ろうと思いましたが
今年は方角が悪く 方角よけに あの五条の小さい家にいたのです
それで 貴方様がおいでになるようになり あの家ですから 嘆いて
いました 普通の人と違って内気で 物思いを人に見られるだけでも
恥ずかしいと思われ 苦しみも悲しみも心に閉まわれるようでした」

右近の話を聞き 源氏は自分の想像が当っている事に満足し
また恥ずかしがり しとやかな人が ますます 恋しくなった
『幼子が一人行方知れずだと中将は憂鬱だが 幼子はいますか』
「さようです 一昨年の春に生まれたお嬢様でとても可愛らしい」
『その子はどこにいる 私が引き取ったとは分からない様にして
私に引き取らせてくれ 形見も何も無くては寂しさだけ思うから
それができればいいと思う』 源氏はこう言って また

『頭中将にもいずれ話をするが 夕顔をあんな所で死なせてしまった
私は 当分恨みを言われるのが つらいなあ 子供は私の従兄の
中将の子であるし 私の恋人の子であるから 私の養女として育てて
かまわないのだから 西の京の乳母にも 別の理由を言って
お嬢さんを 私の所に連れてきて欲しい』と言った

「そうなったなら どんなに素晴らしいことでしょう あの西の京で
育ちになるのはあまりに気の毒です 私どもは若いものばかりなので
世話が行き届かないということで あちらの方に預けていたのです」
と右近は言った

静かな夕方の空の色が身に染みる九月だった 庭の植えこみの草など
がうら枯れ もう虫の声もしない そしてもう段々と紅葉が色づいて
絵のような景色を右近は眺めながら 思いもかけない源氏の家の
女房になっていることを感じた 五条の夕顔の花の咲きかかった家を
思い出すだけでも恥ずかしい 竹薮の中で家鳩という鳥が調子はずれ
に鳴く それを聞いて源氏は あの某院で この鳥が鳴いた時に見た
夕顔の怖がった顔が 今も可憐に思い出されてならないのであった


2002年12月12日(木) にゃん氏物語 夕顔18

光にゃん氏訳 源氏物語 夕顔18

御所のお使いは雨脚より激しく絶え間なく来る 帝が大変心配している
と聞いて源氏は もったいない事だと思って病気に負けない気になった
左大臣も毎日きて世話をした そしていろいろな治療や祈祷をした
そのかいもあって 二十日ほど重体だった後に 他の病気も起こらず
源氏の病気は段々回復していった

ケガレをさける期間の終わる正式な日の夜だから 源氏は逢いたがって
いるという帝の気持ちを察し 御所の宿直所まで行く 退出は左大臣が
自分の車で迎える 病後の謹慎についても厳しく監督された
この世とは別世界に生き返ったように しばらくは源氏は思うのである

九月二十日頃には すっかり回復して 痩せてはしまったが かえって
艶な趣がある源氏は 今だよく物想いをし よく泣いた その様子を
不思議に思った人は まだ物の怪が付いているのでは?ともいう

源氏は右近を呼び出して のどかな夕方に お話しをされて
『今でも私はわからない どうして誰の娘か とことん私に隠したのだ
どんな身分でも 私があれほど熱愛してたので打ち明けてくれるはず
なのになあと思って恨めしかった』と言った

「そんなに隠すわけがありません そんな話しをする機会がなかった
のでは?最初があんなふうなので 現実の関係のように思われない
と言って 真面目な方なら いつまでもこのように行くものでもない
自分は一時的な対称にすぎないのだと言って寂しがっていました」

『つまらない隠し合いをしたなあ 私の本心ではそんなに隠そうとは
思ってなかった ああいう関係は私には経験がなく 世間が怖かった
御所の注意もあり その他のいろんな言動をひかえていた

ちょっとした恋でも 大問題に扱われる厄介な自分が 夕顔の花が
白かった日の夕方から やたらに私の心は あの人にひかれていき
無理な関係になったのも ちょっとの期間しかない二人の縁だったから
だと思う でもそれは恨めしくも思う こんな短い時間の縁しかないの
であれば あんなに私の心をひかなくてもいいのにと… 

そんなわけで 今でもいいから詳しく話してくれ 何も隠す必要はない
七日毎七回(四十九日)仏像を書かせ寺に納めても 名を知らない
では困る 名を出せなくても せめて心の中では 誰の極楽往生を
祈っているかと思いたいじゃないか』と源氏が言った


2002年12月11日(水) にゃん氏物語 夕顔17

光にゃん氏訳 源氏物語 夕顔17

源氏は心配ばかりして 胸が悲しみでいっぱいのまま帰途に着いた
露の多い帰り道に濃い朝霧が立ち このままあの世に行くよう寂しい
気持ちになる 某院にいた時と同じように夕顔が寝ていた事 あの時
上に掛けた源氏の紅の単衣に まだ巻かれていたこと などを思って 
一体 あの人と自分はどのような前世の因縁があったのかと帰り道を
進みながら源氏は思った 馬も しっかりと乗れそうにないので
惟光が介添えして帰るが 加茂川の土手に来た時に源氏は落馬した

『家の中でない こんな所で自分は死ぬ運命だ 二条の院までは
到底 行けないだろう』と言った 惟光の頭も混乱状態である
自分がしっかりしていれば 源氏に言われても 軽はずみに連れ出す
事はしなかったのにと思い悲しむ 川の水で手を洗い 清水の観音を
拝みながら どうすればいいか悩み苦しんだ 源氏も無理矢理自分を
励まし 心の中で御仏を念じ 惟光の励ましも借り 二条の院に着く

毎晩 不規則な時間に 出入りしているので 女房たちが
「見苦しいです 最近はいつもより お忍びしていて 昨日は大変
具合が悪かったのに それでも また出かけるから困ったものです」
こんなふうに 溜息をついていた

源氏が自分で思っていたように そのまま床について わずらう
重い容体が二〜三日続いた後は すっかり衰弱してしまった
源氏の病気を聞いて 帝も非常に心配して あちこちで絶え間なく
祈祷が 特別な祭り 祓い 修法で行われた
何にでも優れている源氏みたいな人は 短命かもしれないと思い
帝である人が病気に感心を持つようにもなった

病床についていながらも 源氏は右近を二条の院に呼んで 部屋も
近くに与えて 女房の一人として手元で使うようにした
惟光は源氏の病気が重い事に 気も動転するほど心配しながらも
その気持ちを押さえて 知らない女房たちの中に入った右近が頼り
なさそうであるのに 同情して よく世話をした
源氏の少し体調がいいと思われる時は 右近を呼び出して居間の用
などをさせて 右近はしだいに二条の院の生活に馴れて来た
濃い色の喪服を着た右近は 容貌は良くもないが 見苦しくもない
若い女房の一人 として見られていた

『運命を夕顔に捧げた短い夫婦の縁なので 片割れの私も長くない
のであろう 長く頼りにしてきた夕顔に別れた右近がどんなに心細い
だろうかと 私に命があれば 彼女の代わりに世話したいと思ったが
私も彼女の後を追うみたいだから 右近には気の毒だね』と他人に
聞えない声で言って 弱々しく泣く源氏を見て 右近は夕顔に別れた
悲しみの他に 源氏に もしそんなことがあれば悲しいと思った
二条の院の皆は 誰も冷静でいられなく源氏の病気を悲しんでいる


2002年12月10日(火) にゃん氏物語 夕顔16

光にゃん氏訳 源氏物語 夕顔16

非常に道行きが はかどらない気がした 十七夜立待月が出て
加茂川の河原を通ると 前駆者の松明の淡い灯りに鳥辺野の方を見た
不気味な景色も 源氏には恐怖心が麻痺していた ただ悲しみに
心乱された感じで目的地に着いた 凄く気味が悪い そこに板屋の家が
あって 横に御堂が続いている 仏前の燈明の影が仄かに戸に透けて
見えた 部屋の中には一人の女の泣き声がして その外に僧侶数人が
話しながら声を荒げない念仏を唱えている 近くの東山の寺々の初夜の
勤行も終わった頃で静かだった清水寺の方角だけ灯がたくさんあって
多くの参詣人がいる気配である 主人の尼の息子の僧が尊い声で経を
読むのが聞えてきた時に涙がとめどなく流れてきた 中に入ると灯りを
背けて 遺体との間の屏風の手前に右近は横になっていた

どんなに侘しいだろうと 源氏は同情して見た
遺体はまだ気味悪さを感じさせなかった 美しい顔で生きていた時の
可憐さは 少しも変わっていない
『私にもう一度 声だけでも聞かせてください どんな前世の
縁なのか 僅かな間の関係でも 私は貴方に夢中になった
それなのに貴方は私をこの世に捨てて 悲しい目に逢わせる』
もう泣き声も 惜しまず はばからない源氏だった 
僧たちも 誰か知らないが 死者と別れたくない愛着を持つ様子の
源氏を見て 皆涙をこぼした

源氏は右近に『貴方は二条の院に来なければならない』と言ったが
「長い間 小さい時から片時も離れないでお世話になった
ご主人との急な別れが来て 私は生きて帰る所がありません
奥様が亡くなったという事を どう他の人に話しができるでしょう
奥様を亡くした事もまた皆にどう言われるかも 悲しいことです」
こう言って右近は泣き止まない
「私も奥様の煙と一緒にあの世に行きたいです」

『もっともな事だが 人の世はこのようなものだ 別れに悲しくない
という事はない どんなことがあっても 寿命が来ないと死ぬことはない
気を取りなおして 私を信頼して欲しい』と源氏は言うが また心細く
『しかしそういう私も悲しみでどうなってしまうかわからない』と言う
「もう明け方に近い頃と思います 早く帰らなければ」惟光が促す


2002年12月09日(月) にゃん氏物語 夕顔15

光にゃん氏訳 源氏物語 夕顔15

ケガレを発表したため 二条の院への来訪者は皆庭から取り次ぎして
帰っていった  めんどうな人は誰も源氏の居間にいなかった
惟光を見て源氏は『どうだ だめだったのか』と言うと同時に袖を
顔へ当てて泣いた 惟光も泣きながら「もう明らかに亡くなりました
いつまでも 置いておいてもよくないので 丁度明日は葬式に良い日
でしたから 葬式の事を私の尊敬する老僧に相談して頼みました」

『一緒に行った女は?』「それが あまり悲しみ生きていられない
様子で 今朝は谷へ飛びこみそうになり心配しました 五条の家に
使いを出すといいましたが よく落ちついてからにしなければと
とりあえず止めさせました」惟光の報告を聞いているうちに悲しく
なって源氏は『私も病気になったようで死ぬかもしれない』と言う

「そんなふうに悲しんではいけません 皆運命です なんとか
秘密に処理するため 私自身でどのようなことでもしますから」
『そう運命なのだ 私もそう思うが軽率な恋愛漁りから人を死なせた
という責任を感じるのだ 君の妹の少将の命婦にも言うなよ 
まして尼君は いつもこういうような事をよくないと小言を言うから
聞かれたら 恥ずかしくてたまらない』

「山の法師にも まるで違う話に変えて話しています」と惟光が言い
源氏は安心した 二人がひそひそ話ししているのを見た女房たちは
「どうも おかしい 穢れと言って参内しないで 何か悲しいことが
あるように あんなふうに話しをしてる」と納得しないように言った

源氏は『葬儀はあまり簡単な見苦しいものでないように』と言った
「そうも できません これは大げさにしていいことではない」と
否定して惟光が立ち去ろうとするのを見ると 急に源氏は悲しくなり
『よくないと思うだろうが もう一度亡骸を見たい そうしなければ
いつまでも憂鬱が続くように思うから馬ででも行こうと思う』
主人の望みを軽率と思いながら惟光は止めることができない

「それほど 思いになるなら仕方ないです 早く出かけて 夜更けに
なる前に お帰りください」と惟光は言った 五条通いの変装の
狩衣に着替えて源氏は出かけた 病気で朝より苦しくなった事も
わかっていて源氏は 軽はずみに出かけてどんな危険があるかも
しれなくて やめたほうがいいとも思ったが 死んだ夕顔に引かれる
心が強く 今世で顔を見ておかないと 来世ではもう見られないとの
思いで 心細さもかまわず いつも通り惟光と随身をつれて出発した


2002年12月08日(日) にゃん氏物語 夕顔14

光にゃん氏訳 源氏物語 夕顔14

源氏は無我夢中で二条の院に着く 女房たちは「どこからの お帰り
ですか? 気分が悪いように見えます」などと言ったが そのまま
寝室に入り 胸を押さえて考えてみる 自分が今体験していることは
非常に悲しいことだとわかった なぜ自分は一緒に行かなかったの
だろう もし生き返ったらあの人はどう思うだろう 見捨てられたと
恨むのではないか こう思うと胸が詰まり 頭痛がし熱っぽく苦しい
このまま自分は死んでしまうかも知れない と思う

朝八時ごろになっても源氏が起きないので 女房たちは心配し始めて
朝の食事を勧めてみたが駄目でした 源氏は苦しくて死が迫ってくる
心細さを感じているところに 宮中からお使いが来た 帝は昨日も
源氏が来なかったことで 心配をしているのでした 左大臣家の人も
訪問してきたが その中の頭中将だけを『立ったまま入り下さい』
と呼び 源氏は友と御簾を隔てて対面した

『私の乳母で 五月から大病していた人が尼になり そのききめで
一時良くなっていました でもまたこのごろ悪くなり生前に一度でも
訪問してくれという事で 小さい頃から世話になった人に 恨めしく
思わせるのは残酷だと思って訪問しました その家の召使の男は
前から病気をしていて 私のいるうちに亡くなってしまったのです

恐れおおくて 私に隠し 夜にこっそり 遺体を運び出したのですが
私は気付いてしまった 御所は神事に関するご用が多い時期で穢れに
触れた私は遠慮して謹慎をしているのです それから今朝から風邪に
かかったのか 頭痛がして苦しいのでこんな格好で失礼します』
などと 源氏は言う 中将は「では そのよう奏上しておきましょう
昨日も音楽会に ご自分で指図しあちこち探させたのですがいなくて
機嫌が悪かったです」と言って帰ろうとしたが また戻ってきて

「どんな穢れにあったの?さっき聞いたのは本当とは思われない」
と頭中将から言われ源氏は はっとし『今話したような詳しくでなく
思いがけない穢れにあったと言って下さい 今日は失礼します』
素知らぬ顔で言っても 心は恋人の死が浮かび 心も痛くなった
誰の顔を見ても憂鬱だった お使いの蔵人の弁(蔵人所の弁官)
の職員を呼んで こまごまと頭中将に語ったような経緯を帝に
取り次いでもらった 左大臣家のほうにも それで行く事ができない
という手紙を出した …日が暮れてから惟光が来た…


2002年12月07日(土) にゃん氏物語 夕顔13

光にゃん氏訳 源氏物語 夕顔13

やっと惟光が来た 夜中でも早朝でも源氏の思い通りに従ってる人が
今夜はいなく 呼んでもすぐ来なく遅れて来たのを源氏は憎みながら
寝室に呼ぶ 今の悲しみを何とかしてくれるのは惟光だけと源氏は思う

呼び入れても 今から言うことの悲しみを考えるとすぐに言葉が出ない
右近は隣家の惟光が来た事で 夕顔と源氏の始めの頃からの事が
思い出され泣いていた 源氏も今まで自分一人だけが心強く右近を
抱きかかえていたのだが 惟光が来てほっとし 心の底から悲しみが
湧き上がる とても泣いた後に源氏は躊躇しながら言う 『ここで
奇怪な事が起きた 驚くという言葉では言い表せられない このような
おかしな事があった時には 僧家にお布施をして読経をしてもらうのが
よいと言う 早速手配しよう 願掛けをさせようと阿闍梨も来てくれ
と言ったのだ どうしている?』 「昨日比叡山に帰山しました
それにしても なんという奇怪な事です 以前から身体は悪かった
のでしょうか」 『そんな事も無い』と言って泣く源氏の様子に
惟光も感動されて声を上げて泣いた 年を取った人はめんどうであるが
こんな時は年を取っていて世の中のいろんな経験を持った人が頼もしい
源氏も右近も惟光も皆若かった どうすればいいのか解からなかった

ようやく惟光が「この院の管理人などに知らせる事は よくない事です
管理人が信用できても 口をすべらす身内が中に いるでしょう
まずは この院を出ることです」と言った
『でも ここより 人気の少ない場所は他には無い』
「それはそうでしょう あの五条の家は女房たちが悲しがって大騒ぎ
になる 隣家が多い近所にそんな声がすると すぐに世間に知られる
そこで 山寺は こうした死人などを取り扱うのに馴れているから
人目を紛らわすのに都合がよいと思います」と考えながら 惟光は

「昔 知っていた女房が尼になって住んでいる家が東山にあるので
そこへ移しましょう 私の父の乳母をしていて今は年老いて住んでます
東山は人がたくさん行く所ですが そこだけは閑静です」と言って
夜明けの夜と朝が入れ替わる 明暗に紛れて車を寄せさせた

源氏が女を抱き抱えて乗せることはできそうにもないのでゴザに巻き
惟光が車へ乗せた 小柄な人だったので気味悪くはなく とても美しく
思えた むごい扱いはしないで しっかりとは巻かれていないので
ゴザの横から髪が少しこぼれていた それを源氏は見て目がくらむ
ような悲しみを受けて 煙になる最後まで見届けたいという気になった

「早く二条の院にお帰りなさいませ 世間が起きぬうちに」
と惟光は言って 女には右近を添えて乗せた 自分の馬を源氏に渡し
自分は徒歩で 袴のくくり上げをして出発した 随分嫌な役と思うが
悲しんでいる源氏を見て 自分の事はどうでもいい気に惟光はなった


2002年12月06日(金) にゃん氏物語 夕顔12

光にゃん氏訳 源氏物語 夕顔12

滝口を呼んで『ここに 急に何かに襲われて苦しんでいる人がいて
苦しんでいるから すぐ惟光朝臣の泊まってる家に行き 早く来るよう
誰かに言わせなさい 兄の阿闍梨が来ていたら一緒に来させなさい
母の尼君が聞いて気にするといけないから 大げさに言わないように
あの方は私の おしのびの行動をやかましく言い止めさせる人だ』
こんなふうに順序よく用件を言いながら 胸は詰まり 恋人を死なせる
悲しさがたまらないと同時に 辺りの不気味さがひしひしと感じられる

もう夜中過ぎらしい 風が以前より強く 鳴る松の枝の音は ここが
大木の中に囲まれた寂しく古い院である事を思い出させ ちょっと
変わった鳥がかれた声で鳴くのを フクロウは この鳥かと思われた

考えてみると どこからも離れていて人声もしない こんな寂しい所に
何故 自分は泊まりに来たかと 源氏は後悔の念でいっぱいであった
右近は夢中で夕顔の側にいて 震えて死んでしまうように思われた
それも心配で源氏は一所懸命に右近を取り押さえていた 一人は死
もう一人は正気でない 自分一人だけ普通なのが源氏には堪らない

灯火は ほのかに瞬き 中央の室の仕切りに立てた屏風の上や
室の中の隅々など暗い所へ 後ろから ひしひしと足音をさせて何か
忍び寄ってくる気がしてならない 惟光が早く来てくれないかとばかり
源氏は思った

彼は泊まり歩く家が多い人なので 使いがあちこち探しているうちに
夜が少しずつ明けて来た 待っている時間は千夜にも相当するように
源氏には思えた

やっと 遥か彼方から鶏の鳴き声が聞えて ほっとした源氏は こんな
危険な目に何故自分はあうのだろう 自分の恋心から始まった事だが
恋愛について畏れ多い 想ってはいけない人を想った報いに こんな
後にも先にも例の無い 哀れな目にあうのだろう 隠していた事実は
すぐに噂になる 陛下の お考えを始めとして 皆が何と批判するか
世間の嘲笑は自分に集まるだろう とうとう自分は このような事で
名誉を傷つけるのだと源氏は思っていた


2002年12月05日(木) にゃん氏物語 夕顔11

光にゃん氏訳 源氏物語 夕顔11

『ろうそくをつけてこい 随身に弓の弦打ちして絶えず音を出せと言え
こんな人気の無い所で 安心して寝ている場合じゃない 惟光は?』

「いましたが 用事もなく 夜明けに迎えに来ると言い 帰りました」
こう言ったのは御所の滝口(詰め所が滝口にある宮中の警護人)
に勤める者だったので とても上手に弓弦を鳴らして『火の用心』と
言いながら 父である管理人の部屋の方に行った 源氏はこの時間の
御所を思った 殿上の宿直役人が名前を申し上げる名対面が終わり
滝口の武士の宿直奏上がある頃か と思う事から まだ深夜でない

寝室に戻り 暗がりの中を手で探ると夕顔は もとのまま寝ていて
右近は側でうつ伏せていた『どうした 気違いじみた怖がりようだ
こんな荒れた家などには 狐などが人を脅し怖がらせることがあるのだ
私がいれば そんなものには 脅かされはしない』と言い右近を起す
「とても気味が悪く下を向いてました 奥様は怖がってるでしょう」
と言うので 『そうだ なぜこんなに』と言って 源氏は手で探ると
息もない感じで 動かしても なよなよとして気を失っているようだ
子供のような弱い人だったから 何かにとりつかれて こうなってる
そう思うと源氏は溜息ばかりであった

ろうそくの明かりを持って来た 右近は取りに行ける状態じゃないので
ねやに近い几帳を引き寄せ『もっと近くに持って来い』と源氏は言った
主君の寝室に入るなどしたことがない滝口は座敷の上段にも来ない
『もっと近くに 何事も場所によりけりだ』灯を近づけてみると
ねやの枕元に 源氏が夢で見た容貌の女が見えて すっと消えた

昔物語に このようなことも書かれてるが 実際あったと思うと源氏は
恐ろしくてならない しかし恋人はどうなったか不安で自分がどうなる
という恐れはそれほどない 横に寝て『ちょっと』と起そうとするが
夕顔の身体は冷えていて 息は まったくないのである
頼りになる相談者もいない 坊様はこんな時に力になるがここにいない
右近に強がっていろいろ言った源氏だが まだ若い人なので
恋人が死んだのを見ると 分別も何もなくなり じっと抱いて

『あなた 生き返って下さい 悲しい目に私を遇わさないで下さい』
と言っていたが 恋人の身体は ますます冷たくなり すでに人でなく
遺骸であるという感じが強くなって行く 右近は恐怖心も消え 夕顔の
死を知って非常に泣く 紫宸殿(内裏の正殿)に出てきた鬼は
貞信公(藤原忠平の貞信公日記より)を脅かしたが その威力に
押されて逃げた例を思い出して 源氏は無理に強くなる事にした
 
『このまま死んでしまう事はないだろう 夜は声を大きく響かせる
そんなに泣かないで』と源氏は右近に忠告しながらも
恋人との楽しみが たちまちにこうなったのを思い 呆然としていた


2002年12月04日(水) にゃん氏物語 夕顔10

光にゃん氏訳 源氏物語 夕顔10

惟光が源氏を探し当て 用意したお菓子などが座敷に運ばれる
今までの とぼけた態度を右近に恨まれるので側に顔を出せない
惟光は源氏がこんなに熱心な女は魅力的な女なのだろうと考えて
自分がものにしようとすればできた女を源氏に譲り 自分はなんてお人
よしだろうと嫉妬しながら 自分を馬鹿だと思ったり源氏を羨ましがる

静かな静かな夕方の空を眺めていたが 奥の方は暗くて気味が悪いと
夕顔が思うので 縁の簾を上げて夕映えを一緒に見る 夕顔も源氏と
二人で過ごした1日で まだ揺れ動く恋心ながら 過去にない満足が
得られようで 少しずつ打ち解けて行く様子は可憐だった じっとして
源氏の側に寄り添い この場所を怖がっているのが若々しい 格子を
早めに下ろし灯をつけさせてからも 『私にはもう秘密が無いのに
あなたは まだ隠しているのが困る』などと源氏は恨みを言っていた

陛下はきっと今日も自分を呼んでいただろうが 探す人はどこに見当を
つけて どこを探しに行っているだろうと思いながら こんなに夕顔を
愛している自分を源氏は不思議に思う 六条の貴女もどれほど精神的に
悩み苦しんでるだろう 恨まれるのは辛いが恨むのは道理だと こんな
時でも気にかける 無邪気に男を信じ一緒にいる夕顔に愛を感じる
それとともに あまりにも高い自尊心に自ら苦しまされる六条の貴女が
思われて 少しそれを取り除けばと 眼前の夕顔に比べて源氏は思う

十時過ぎに 少し眠った源氏は枕元に美しい女が座っているのが見えた
「私が こんなに貴方を愛しているのに私を愛さないで こんな魅力の
 無い女を連れてきて 愛するのは あまりに酷い 恨めしい人」
と言って横にいる女に手をかけて起そうとするのを見た 苦しく襲われる
気持ちがして 飛び起きると その時 灯が消えた 不気味だから太刀を
引き抜いて枕元に置き右近を起す 右近も恐ろしくてしょうがない様子で
近くに出てきた 『渡殿の宿直人を起し蝋燭をつけて来いと言え』

「どうして そんな所まで行けましょうか 暗くて」と言うので
『ああ 子供みたいなことを』と笑って源氏が手を叩くと反響した
限りなく気味が悪い その音を聞きつけて来る者はいない 夕顔はとても
怖がり震えて どうしていいか解からない様子だ 汗もびっしょりかき
正気を失っている 「とても怖がる性格なので どんな気持でいるか」
と右近も言う か弱くて昼間も部屋の中を見る事もできずに 空ばかり
見ていた人だから 源氏は可哀相でならなかった

『私が行って誰か起そう 手を叩くと木霊がうるさい しばらくここに』
と言って右近を寝床のほうに引き寄せ 両側の妻戸口に出て 戸を
押し開けた 同時に渡殿についていた灯りも消えた 風が少し吹いている
こんな夜なのに侍者は少なく皆寝てしまっている 院の管理人の息子で
普段源氏が手元で使っている若い男 侍童が一人 いつもの随身
それだけが宿直していて 源氏が呼ぶと返事をして起きてきた


2002年12月03日(火) にゃん氏物語 夕顔09

光にゃん氏訳 源氏物語 夕顔09

門内に車を入れ 西の対に支度してる間 高欄に車を掛けて庭にいた
右近は艶な趣を味わいつつ 女主人の過去の恋愛場面など思い出す
管理人の客への扱いが非常に丁寧なので 右近はこの今風な男の
正体が解かった ほのかに物が見える頃に家に入る 急支度だが
見栄え良く座敷が設けてある「それ相応のお供がいないのは不便だ」
などと言う管理人は下家司(六位以下の下級家司)だから座敷の
傍に来て「御家司を誰か呼んだ方がいいのでは」と言うが
『わざわざ誰も解からない様に 此処を選んだのだから誰にも言うな』
と源氏は口止めをする お粥などが運ばれてきた 給士も食器も
間に合わせでやるしかない こんな経験が無い源氏は全部別の事に
考えて 気にしないで 皆と遠慮せず話し合う楽しみに酔おうとした

源氏は昼頃起きて格子を自分で上げた 景色はひどく荒れて人影はなく
はるばる遠くまで見渡せる 向かい側の木立は気味悪く 皆古い大木に
なっている 近くの植え込みの草や灌木に美しい姿は無い 秋の荒野の
景色であり 池も水草で埋って凄いものである 別棟に部屋を設けて
管理人が住むが そこからは かなり離れている
『気味悪い家になっている でも鬼も私にだけには何もしないだろう』
と源氏は言う まだこの時も顔を隠していたが この態度を女が
恨めしそうに思っているようなので 何と言う錯誤だ 悪いのは自分だ
こんなに愛しているのに と気付いた

『夕露にひもとく花は玉鉾のたよりに見えし縁こそありけれ』
(こうして花開くように覆面を取って顔をお見せするのも
 道の通りすがりにお目にかかった縁によるものです)
『当てずっぽうに貴方が思ったと言った時の人の顔を近くで見て
幻滅しないですか』と言う源氏の君を 流し目で女は見上げて

『光ありと見し夕顔のうは露は黄昏時のそら目なりけり』
(光輝いていると以前 私が見た夕顔の上露のようなお顔は
 ほの暗い夕暮れ時の見間違いでありました)と言った
冗談まで言う気になったのが源氏は嬉しかった 打ち解けた瞬間から
源氏の美は輝き始める 古くさい荒れた家との対比は魅惑的である
『いつまでも本当の事を言ってくれないのが恨めしくて 私も誰なのか
隠し通したが負けました もう名のり下さい 世間離れし過ぎてます』
と源氏が言っても 「家も何もない女ですもの」と言って まだ
打ち解けない様子も美しい 源氏は『仕方が無い 私が悪い』と
嘆いてみたり 永遠の愛を誓い合ったりして時を過ごした


2002年12月02日(月) にゃん氏物語 夕顔08

光にゃん氏訳 源氏物語 夕顔08

明け方近くになってきた 鶏の声じゃなくこの世の幸せを得る御岳教の
信者か 老人のような声で立ったり座ったり忙しく苦しそうに祈る声が
聞えた 源氏はしみじみ感じて 朝露と同じく短い命の人間がこの世に
何の欲を求め祈るのだろうと聞いているうちに 「南無当来の導師」と
阿弥陀如来を呼ぶ(南無阿弥陀仏と唱えれば死後極楽に行ける教え)
『聞いてごらん この世の幸せだけではなかった』とほめて

『優婆塞が行う道をしるべにて来ん世も深き契りたがふな』
(在家のまま五戒を受け仏門に入った男の修行の道を
みちしるべにして 来世も深い約束に背かないで下さい)とまで言った
玄宗と楊貴妃の七月七日の長生殿の誓い(比翼の鳥連理の枝)は
実現されなかったので 来世も五十六億七千万年後の弥勒菩薩出現の
世までも変わらぬ誓いを源氏はした

『前の世の契り知らるる身のうさに行く末かけて頼みがたさよ』
(前世の宿縁の不遇さが身に辛いので来世まで頼み難い)と夕顔
歌を読む才も豊富では無さそうだ 月夜に出れば月に誘惑されて帰る
ことができなくなると心配して躊躇する夕顔に 源氏はいろいろ言って
誘ううちに月も落ち東の空が白む秋の東雲が始まる(明け方になる)
人目につかないうちにと源氏は出るのを急ぐ 夕顔の体を軽々と抱いて
車に乗せ右近が同乗する 五条に近い帝室の後院である某院に着いた
院の管理人が来る間 忍ぶ草の生い茂る門の廂が見上げられた
たくさんの樹が暗さを作る 霧も深く立ち湿っぽいのに 車のすだれを
上げていて袖もべったり濡れた『私は こんなの初めてだが妙に不安だ

『いにしえもかくやは人の惑ひけんわがまだしらぬしののめの道』
(昔の人もこのように恋の道に迷ったのだろうか 私には初めての
経験の明け方の道) こんな経験ある?』と言う 女は恥ずかしく

『山の端の心も知らず行く月は上の空にて影や消えなん』
(山と空の境がどこか知らないで ついて行く月は 地上よりずっと
上の空で光が消えてしまうのではないか)「私は心細いです」
某院の凄さに夕顔がおびえているようにも見える 源氏はあの小さい
家に大勢住んでいるのだから もっともな事だと思い 可笑しかった


2002年12月01日(日) にゃん氏物語 夕顔07

光にゃん氏訳 源氏物語 夕顔07

源氏もこんなふうに真実を隠し続ければ 女の事を誰か知る術がない
仮住まいである事は間違いないと思われ どこかへ移って行く時には
どうにもならない 行方を見失いすぐ諦めがつけばいいが不可能である
世間体を気にして間隔をおき 逢わない夜は堪えられず苦しく思うので
誰にも知らせず二条の院に迎えてしまおう 悪い評判が立っても自分は
そうなる運命なのだ 自分としてもこれほど女に心を惹かれた経験が
ないので やはり前世の約束であったと考えるのが妥当だと思い

『貴方も本気になってください 私は気楽な家で夫婦生活がしたい』
と源氏は言い出すと 「そう言われても 貴方は私を普通に扱って
くれないので不安です」と若々しく夕顔が言う 源氏は微笑んで
『そうだね どっちが狐かな 化かされていればいいんじゃない』
と親しい感じで源氏が言うと 女もその気になっていく どんな欠点が
あっても こんな純な女が愛しい そう思った時に頭中将の常夏の女は
いよいよ この人らしいと疑う しかし隠しているなら訳があると思い
無理に聞く気はなかった 感情を傷つけられて突然いなくなる性格には
みられない 自分が途絶えがちになった時は そんなそぶりもみせる
だろうが 自分ながら今の情熱が少し覚めた方が女の良さがわかると
思い しかし それができないから途絶えがちにもならず女の気持ちを
心配することもないと考えた

八月の十五夜満月 中秋の夜 明るい月光が板屋根で隙間だらけの
家の中に差しこみ 家の様子が源氏には珍しく見えた もう夜明け近い
のであろう 近所の家々から貧しい男達が目を覚まし 声が聞える
その日暮らしの仕事を始める音もすぐ近くで聞え 女は恥ずかしがる
きどった女なら死ぬほどバツが悪い場所でしょう でも夕顔はおっとり
していた 辛さ 悲しさ 恥ずかしさも思ったことは見せないようで
貴族らしく 娘らしく 下品な近所の会話も分からないようであるので
恥ずかしがられるよりも感じがよかった ごろごろと雷以上激しい音の
唐臼も枕元の傍で聞える 源氏もこれはやかましく思うが 源氏も何の
音であるかわからない その他にも多くの騒がしい雑音が聞えた

白い麻布を打つ砧のかすかな音もあちこちから聞えた 空を行く雁の
声もした 秋のあわれみもしみじみ感じられる 庭に近い室だったから
横の引き戸を開けて二人で外をながめた 小さい庭にしゃれた姿の竹が
立ち 草の露はこんな所でも二条の院と同じようにキラキラ光っている
虫も沢山鳴く 壁で鳴くといい人間に一番近くで鳴くコオロギでさえ
源氏は遠くの声しか知らなかったが ここではどんな虫も耳の傍で鳴く
風変わりな趣だと思うのも 夕顔への想いの深さが何事も悪く思わせ
ないのでしょう

白い袷に柔らかい薄紫の衣を重ねた華やかでない姿のほっそりした人
際立って良いところはないが 繊細な感じの美人で物言いに弱々しい
可憐さで いじらしくて可愛い 気取った才気らしいものを少し加えた
ならいいなと源氏は見て もっとよくこの人を知りたくて『さあ行こう
この近くの家で気楽に明日まで話そう こんな風にいつも暗いうちに
別れるのは辛いから』と言うと「なんで急に言い出したの」おっとりと
夕顔は言った 不変の愛を死後も続けようと源氏が誓うのを何の疑念も
持たずに信じ喜ぶ うぶさ 一度結婚経験のある女と思えず可憐だった
源氏はもう誰の目も遠慮しないで右近に随身を呼ばせ車を庭に入れた
夕顔の女房達も女主人を深く愛する男を誰か知らずも相当信頼していた


さくら猫にゃん 今日のはどう?

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