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No-Mark Stall *




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冬、昼、ふたり。 | 2007年10月31日(水)
窓から差し込むあたたかな光を全身に受けて少年は午睡を楽しんでいた。
ひとの腿に足を載せてソファを占領するその暴君は、呑気な顔つきで夢の世界に深く深く浸かっている。
クッション代わりにされた腹いせにその膝を書見台代わりにして本を読んでいた彼は、ふと視線を上げて眩しそうに目を眇めると背にしていた窓のレースカーテンを引く。小花模様をすり抜けて、薄暗がりの中に少し弱くなった光が落ちた。白い頁の上で蜘蛛の巣にひっかかった灰色の花がゆらゆら揺れる。

冬の陽の光は穏やかで、肌を焦がすような凶暴さを持つ夏のそれと同じものとは思えない柔らかさで全てを包み込んでくる。
ソファの肘掛けに載せられた色の濃い金の髪とゆるやかに結ばれた唇をぼんやりと眺め、彼はしばらくしてまた手元に視線を落とす。
健やかな寝息と本の頁をめくる音だけが響く、そこは静かな楽園だった。

やがて眠気が伝染したのか、重くなってくる瞼に逆らえず、彼も目を閉じて背もたれに寄りかかる。

窓の外、小枝に引っかかった雪が少しずつ融け始め、ぽたりとひとつ雫をたらした。


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この前の屋台の文章読み返してあまりの下手さに頭を抱え、文章練習にともかく何でもいいから書こうと思い立ったはいいものの意味不明すぎる。
分かりにくいけれど男の子がふたり。
情景描写オンリーというのは難しいけれど楽しくて読む側だと少し飽きる。
歌姫と鈍感従者。 | 2007年10月28日(日)
白い雲の大地を眼下におさめ、クリスはまるでそこに足場があるかのようにふわりと宙に降り立った。
「まあ、これが噂の天上の島ね」
真っ青な空を背景に浮かび上がる島には白亜の建物が幾つも屹立し、風に優雅にそよぐ緑がそれに彩りを与える様はまさに余人の想像する楽園と言って差し支えない美しさを誇っていた。
感嘆の溜息をつき、彼女は内部の様子を確認するべく目を凝らした。
その地の住人たちに気付かれないよう距離を取ってはいるが、その島の周囲を何か白い生きものたちが取り巻いているのは肉眼でも確認できる。
己の視力を上げる魔法を自身にかけ、彼らの様子を遠くからつぶさに観察しながら、彼女は今度は呆れを込めた息をこぼす。
「……ああいうひとたちって集団でいるとありがたみが薄れるのね。意外な発見だわ」
ひとりひとりのその翼の美しさ、容貌の見事さは眼福に値するが、それが険しい顔つきでうようよばさばさ飛び回っている現実というのは残酷だ。
しかも今の彼女にとって彼らは許すことのできない敵である。

「さて、わたくしの親友はあの島の何処にいるのかしら」
正面から殴り込みをかけて連れ帰りたいところではあるが、あいにく彼女にはあの島全てを敵に回して拮抗できるほどの力はなかった。
とすれば気付かれないうちに侵入してそのまま脱出するしかない。
「まあ、陽動はあの愚か者たちがやってくれるでしょうけれど……」
今回の行動には危険が伴うから連れてはいけないと彼女を置いてけぼりにした従者の存在を思い出し、彼女はむっと眉を寄せる。
そのとき、胸を衝かれるような大きな爆発音がし、翼もつ人々はいっせいにそちらの方へと飛び去っていく。
「もう始まったの」
連鎖的にあちこちで爆発が続き、クリスは呆れるしかなかった。
「あのひとたち、どこまで派手にすれば気が済むのかしら」
ともあれ、おかげで入り込みやすくなったことには感謝せねばなるまい。
翼のないクリスは、あの中で誰かひとりにでも見つかったらおしまいだ。生半可な魔法など通用しないあの島でどこまでやれるか。
「黙ってきてしまったんだもの、助けは来ないわ、クリス。殺される覚悟で挑まねば駄目ね」
自らを鼓舞するようにそう呟くと深呼吸をひとつ、美しい緑と白の島をしっかりと見据え、彼女は短い歌を紡ぐ。
クリスにとって己の声は世界と相対するための最も重要な武器だ。
彼女の歌は、文字通り世界に変化をもたらす。
高く伸びゆく音の連なりは誰の耳にも届くことなく、しかし紡ぎ手の意図するままに作用する。
次の瞬間には、その場に彼女の姿はなかった。

*

よく知る歌声が聞こえたような気がして、彼はふと敵を駆逐する動きを止めた。しかし彼の耳に届くのは、白い翼の人々が呟く耳障りな呪文とはばたきの音だけだ。
「……」
何処にいても何をしていても、彼女の居場所を無意識のうちに把握するのが彼の常ではあったが、何処にいるのだろうと考えた瞬間、それがぼやけているということに気付いて彼は愕然とした。
「ああもう、あれほど大人しくしていてくださいと言ったのに……!」
繋がりが絶たれたわけではない。そうであれば大まかな場所の特定さえできないだろう。
正確に分からないまでも把握できるということは、彼女は物理的に近いどこか他人の結界内にいるということだ。その条件に該当するのはただ一箇所、目の前の島の中しかない。
己が三重にかけた結界に閉じ込めてきたはずなのに、それを壊したことを悟らせもせずこの近くまで来ることに成功する彼女の成長具合を読み損ねたことにほぞを噛みながら、周囲に腹立ちをぶつける。
「どけこの鳥もどき!」
翼人たちを恫喝で一掃し、彼は白亜の塔の上に降り立った。ぱきん、と結界の割れる音がしたがそれはどうでもいい。今重要なのは彼女の居場所だ。

*

「……探しましたよ、おてんばお嬢さま」
「探してくれと言った覚えはないわ、強情頑固爬虫類」
ぴりぴりと肌が痛むほどの怒りに身を晒しながらも、クリスは引かなかった。これしきで怯んでいては追い返されても文句は言えない。
「帰りなさい。子供のいていい場所ではありません」
「……子供、ですって?」
「あまり言いたくはありませんが、あなたの術は私たちからしてみれば児戯に等しい幼さです」
「……」
彼女は俯いたまま答えない。
泣いていないといいんですがね、ときつい言い方をしたことを若干悔やみながら彼は言葉を続ける。
「彼女は必ず私たちが連れて帰ります。お願いですから先に帰っていてください」
「……お荷物が増えて手間だというわけね」
「理解が早くて結構なことです。地上までは私が送りますから」
「帰らないと言っても、力づくで連れて行くつもりなのでしょう?」
「よく分かっていらっしゃる」
さあ、と差し伸べた手を、しかし彼女は睨みつけるだけで握ろうとはしなかった。
「クリス?」
「あなた、わたくしを最大に侮辱したわ」
若干目が赤いのは涙を堪えているからだろう、しかしその震える手は悲しみによるものではなかった。
ただならぬ気配に及び腰になりつつ、ベリィは引きつった笑みを浮かべて彼女を抑えようとした。
「あなたの術を子供だましと言ったことについては申し訳ないと思います。ヒトの中であなたに敵う者は数えるほどしかないでしょう。しかしここには人外の者たちが集っています、その中で戦うというのは――」
「別に慰めてくれなくていいのよ。わたくしが怒っているのはまっったく別のことだから」
「ええと、では何がお気に召さなかったんでしょう、か……?」
「それに気付かないからあなた駄目なんだわ」
歌ってもいないのに彼女の周りの空気が揺れる。
「親友のために命も張れないようではわたくしシアシェに合わせる顔がありませんの」
「あなたは十分やりました。彼女もそう言うでしょう」
「あなたにシアシェのことを分かったように言われたくはありませんわ。アスに言われるならともかく、あの子のことなどどうでもいいと思っているあなたでは説得力のかけらもないというものよ」
痛いところを付かれた彼は一瞬黙り込み、その沈黙こそが何よりの証拠であることに気付いて溜息を吐く。
「……そうですか。あなたにとって私と彼女のどちらがより大切な存在なのかお聞きしたいところではありますが、時間もありませんしこうなっては力ずくで言うことを聞いてもらうしかありませんね」
「わたくし友情を何より大切にする女ですの。ということで」
さようなら、と歌うような調子で言葉を告げた彼女は刹那の間に掻き消える。
「しまっ……」
彼女は歌を起動装置として用いることが多いせいで忘れられがちだが、その本質となっているのは声である。その気になればただの会話だけでも魔法を起こすことができるのだ。
「まったく、どうしてこう大人しくしていてくれないのか……」
がっくりと肩を落とした彼はしかし、迅速に行動を再開する。人間の娘程度では太刀打ちできない怪物だらけのこの場所に彼女を置いておくわけにはいかない。


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お転婆お嬢さまと頑固従者(爬虫類)。
お嬢さまの気持ちが汲めなくて逆鱗に触れることしばし。
written by MitukiHome
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