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No-Mark Stall *




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血まみれの夜に生まれる。 | 2007年07月24日(火)
血まみれの己の手を、ただ呆然と見下ろしていた。
初めて見た外の世界は深い赤色に染まっている。薄情な月の注ぐ冷たい光が、目の前にぬらぬらと光る血溜まりをその目の前にあらわにする。
不意にぱしゃりと水を踏んだ音がして、彼は肩を揺らして振り返った。
鉄錆びじみた匂いの充満する暗闇の中で、真白いドレスを着た少女がこちらをじっと見つめていた。
彼の中で思考がぐるぐると空回る。

見られてしまった、殺さなくては、彼女が、殺したくない、見てしまった、知られたくない、殺して、

怯えに耐え切れない理性が焼き切れ、彼は拳にぐっと力を込める。
凶器になるものは手元にないが幼い娘ひとりぐらいなら自分の腕力だけでもどうとでもなる、とそこだけやけに冷静に分析し、彼は座り込んでいた両膝を立てた。
けれども次の瞬間、ふわりと風に舞うかのように白いドレスの裾が揺れ、次の瞬間には視界はその一色に染まっていた。

「大丈夫よ」
「……?」

ぎゅう、とぼさぼさに荒れた彼の頭を抱き込んで、彼女は確かにそう言った。
「大丈夫」
「……なに、が」
思わず彼女に触れようとして、その綺麗なドレスを汚してしまう、と彼は静かにその手を引いた。振り払うことなど簡単なはずなのに、どうしても体に力を込めることができない。
「これからは、私があなたを守ってあげる」
「……」
「だからもう、泣かなくていいの。怖がらなくていいの」
腕を解いた彼女は、今度は血溜まりの中に座る彼に視線の高さを合わせ、その両手を握り締めた。
床についたスカートの裾が血を吸い、赤く染まっていく。
柔らかく小さな白い手が、彼が殺した人間たちの手でやはり赤く汚れた。
泣きそうな顔で、彼女は彼を見つめて、こう囁いた。
「傍にいてあげる」

生まれたときにも泣かなかった彼は、そのとき初めて涙を零した。


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割と好きな設定とかシチュエーションを別の話で繰り返すタイプです。
だからマンネリになるんだなぁと思ってもうっかりやらかしてあとでアレコレあれに似てない? と気付いてがっくりしていますが、もういいよその設定そんだけ好きなのね自分、と思って終わります。
ゆりかご。 | 2007年07月19日(木)
無明無音の闇があった。
天地の境はなく、空間に果てもなく。
只人であれば発狂しそうなその闇の中、揺り篭にでも揺られているかのように安らかな表情で指を組み、彼女は眠っていた。
夜を迎える空に似た、藍色の瞳がゆっくりと開かれる。

塗り潰された視界から滲むように、柔らかな明かりがひとつ灯る。
すぐ傍でぷかぷかと浮かぶその光の球を指で突きながら彼女は眠たげに瞬きを繰り返す。
しばらくそうやって遊んでいた彼女はようやく体を起こし、まるでそこに見えない椅子でもあるかのように闇の中に座り、背を預ける。

何もない。宙に伸ばした手は空を掻き、耳は自らの呼吸音や衣擦れの音を捉えるのみ。
けれど不安は覚えない。
この闇が誰によってもたらされているのか、彼女は誰よりよく知っていた。
しいて言うなら、今の彼女は母親の腕に抱かれた赤子のようなものだ。
誰より信頼する者の庇護のうちに置かれている。
外がどんなに騒がしくとも、世界が滅んでいようとも、此処はけして侵されない聖域のようなものだ。

この闇の番人、或いは主人である彼と離れていたのは一年もなかったが、ひどく長い時間だったように思う。
闇から滲む彼の気配はひどく心地が良くて、疲れの抜けきらない体は眠りを求めて意識を沈めようとする。
このまままた寝てしまってもいいな、と思った。
おそらく彼は咎めない。叱るどころか、好きなだけ眠っていろと甘やかしにかかってもおかしくないくらいには、彼は甘い。
うとうとしながら、彼の名前を呼んだ。
「どうした?」
感情の薄い、淡々としたいらえがすぐに返ってきて、彼女は淡く微笑んだ。
闇の中に向かって声を投げかける。
「忙しい?」
「そうでもない」
「外に出てもいい?」
重い沈黙のあと、仕方ないと言いたげな溜息が彼女の耳に届いた。
「……物騒だ」
「それは知ってる」
会話を交わせどその姿をこちらに現さないのは、外で彼が戦っているからだろう。
けして揺らがない闇の揺り篭に保護される形で、今、彼女は全てから疎外されている。
「護ってくれるのは嬉しいけど」
「ならばそこにいてくれ」
「でも逃げるみたいでやだ」
「……」
溜息がひとつ。
「それにまだちゃんと顔見てない」
「……」
もうひとつ。

虚空に向かって両腕を伸ばすと、どこからともなく伸びてきた腕が彼女を抱き上げた。

*

光が瞼を刺す。
そっと両目を見開くと、そこにあったのは飛び散って床を埋め尽くす白い羽毛と、その上に倒れこんでいる幾つもの人影だった。思わずぎょっとして彼にしがみつくと、だから言ったのにと言いたげな顔つきで抱え直される。
「……死んでるの?」
「一応生きてはいる」
黒い外套に包まれるかのような格好で抱き上げられていた彼女は、ふぅん、と頷き、彼の服を引っ張った。
「下ろして」
「……」
しばらく無言で彼女を見つめていた紫色の双眸が、ついっととそらされる。どうやら下ろしてくれる気はないらしい。
しょうがない、と首筋に腕を回して抱きつく。彼は僅かに動揺したように肩を揺らしたが、抱擁されるがままそこに立ち尽くしていた。
「お姫さま抱っこされっぱなしっていうのも結構大変なんだけど」
耳元で再度ねだると、渋々といった体で彼はゆっくりと彼女を床に下ろした。それでも腰に回した腕を解くつもりはないらしく、彼女は彼の外套から顔だけを出すという奇妙な状況に置かれてしまった。
「……変じゃない、これ?」
「いやか」
「まぁ、それは別に」
少々歩きにくいのが難点だったが、彼女は何も言わなかった。
あまり多くを要求すると、敵を前にしてぴりぴりしている今の彼によって問答無用とばかりにまたあの闇の中にしまわれかねない。
天使たちの無残に散った羽を踏みながら、彼女は廊下に出た。

「……派手だなぁ……」
そこには先ほどの室内と同じような光景が延々と広がっていた。


***

テンション低いバカップルを描きたかったんですが予想以上にべったりでどうしようかと思いました。
場面が意味不明なのは仕様ですごめんなさい。ぶっちゃけ話のラストの方です。
出てくるなりパワーバランス崩壊したりとんでもないインフレ起こしてくれるキャラが多いのであああああもうどうするよこれ、となる話ではあるのですが自分の底の方に根付いてるものなのでちゃんと書いてあげたいなあと思います。
実は喧嘩っ早い。 | 2007年07月14日(土)
「悲劇? 私の思い出をそんな陳腐で安っぽいものにしないでくださいな」
「……あの惨劇を思い出と一言で片付けられるあなたの神経は一体どういうつくりをしているのやら」
「どうしてそう劇的なものにしたがるのか理解できませんわ。そのときそこにあったのはひとつの嵐、現実の向こう側にある想像の世界の事件ではなく、私にとっては実際その身で経験した出来事なのですから」
「あなたの表現の方がよほど詩的だ」
「飾り立てて見映えがするほど現実って美しいものでしたかしら」

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夏休み入ったらロジェニネ終わらせてあと少なくとももう1本中編書くのが目標です。放置しすぎにもほどがある。
無意味にシリアスというか今回も淀んだ話になりそうです。自分が成長してないからか成長物語が書けません。読むのは大好きなんですが。
むしろ停滞とか破滅ばかり書いている気がします。どうしようもないほど依存的で閉じた関係とか大好きです。それを打破して世界に飛び出しても閉じきって終わってしまってもいい。
真っ暗よりも薄暗い方に趣を感じます。明るくて楽しい話も書いてみたい。
written by MitukiHome
since 2002.03.30