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No-Mark Stall *




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ことの顛末、冒頭他。 | 2006年04月28日(金)
「は、逃げ出した?」
顔を真っ赤にし、肩を怒らせて怒鳴り散らす禿頭の老人の言にうんざりしつつ、彼は聞き返した。
「そうだ! 怪我人も出たぞ! お前が強く推すから牢に閉じ込めるのみとしたのだ、この不始末の責任をどう取ってくれる!」
「……その怪我人は誰なんです?」
「カシアスの息子だ。名前まではわしゃ知らん。長男だったかな?」
その名前を聞いて、オーディは眉をひそめた。
カシアスは人格者で武にも秀でた男だが、子供に大層甘いという欠点を持っており、そんな彼に育てられた子供たちの評価は案の定芳しくない。
特に長男は武には秀でているが女にだらしなく、自分より弱いものにはすぐに暴力を振るう男だと聞いている。
「……その怪我人と面会は出来ますか?」
「無理だな。相当錯乱しとる。おかげで昨晩何があったかさっぱりだ」
一通り怒鳴り散らして落ち着いたらしい老人は、今度は手ぬぐいでしきりに自分の顔を拭き始めた。
「見張りは」
「いたがな、ひとりはカシアスの長男で、もうひとりは下剤飲まされて席を外しておった」
「薬を飲ませたのは件の怪我人でしょうね」
訝しげな顔の老人は気にも留めず、彼は剣を腰に佩いた。
牢に閉じ込められていた人物は既に身体検査を受けており、妙なものは持ち込めなくなっているし、そもそもそういう陰湿な手は好まない。
逃げ出そうとするなら、正々堂々檻を蹴り倒して正面から出て行くことだろう。
「鍵は」
「かけられておらんかった。長男が持っとったがな」
「……それで、あなたはどう考えておられるんです?」
「中の人間が誘惑して、鍵を開けさせたところを」
「違いますね」
じゃあ何だ、と問いかける視線に、彼は肩を竦めた。
「見張りが中の人間を手篭めにしようとして返り討ちにあった――というところでしょう」
「……」
「あの男は彼女を狙っているという噂も聞いたことがありますしね。しかし気位の高いあの女があんな男を受け入れるはずもなし、色々あって錯乱状態の隙を突こうとしたのかは知りませんが、愚かとしか言いようがない。殺されても文句は言えないところでしょう」
外套を身にまとう。
禿頭の老人は不機嫌そうに足を踏み鳴らした。
「根拠もなしにそんなことを言うな。侮辱と取られてもおかしくないぞ」
「既にひとりを決めた彼女が、他の男に気を許すとでも思いますか? 逃げ出すためとはいえ、彼女はそういうことは出来ない。するくらいなら死んだ方がマシだと即座に断言するでしょう」
その様子を、彼は克明に脳裏に描くことが出来た。溜息が出る。
あれほど今の状態の彼女を刺激するなと言ったのに。
罵倒の言葉を呑み込んで、彼は老人に退出の挨拶を残して現場に向かう。

早足で歩きながら、彼は心底憂鬱そうに溜息を吐いた。
「……どいつもこいつも勝手に行動しすぎだ」
昔からずっとそうだった。
彼の周りにいる人物たちは揃いも揃って他人の迷惑顧みず、自分の目的に向かって突き進んでいく性質で、彼らよりも少しだけ周りを見ることの出来た彼が、周囲に発生した被害の後始末をして回っていたのだ。
しかも、そういう輩に限って行動力と決断力と実行力だけはやたらと備えている。
そういうわけで、子供の頃は元より、長じた今となってもオーディは常に頭を抱える羽目になっていた。

*

ひどく透明な眼差しは、見つめる先を見つけられずに不安に揺らぐ。

「会えるかしら」
「会えるだろ。都で見つかんなくても、探すの手伝ってやるし」
ふたりで探せばきっと見つかるだろ、と少年は笑う。
「……ありがとう」
その気遣いが嬉しくて、彼女は久しぶりに心から微笑んだ。

*

「さてこれよりご開幕。貴人の方々、愚かな道化師の最期のあがきをとくとご覧あれ」
そういって、佳人は流れるような所作で優雅に礼をひとつ。
頭を上げたその瞳は、不気味なほどに凪いでいた。


******


苦労人オーディは本編でも大層苦労します。
他の登場人物が周囲見てなくて好き勝手に突っ走っているので常識人に全てしわ寄せがきます。
かわいそうに、とは思うもののどうしようもできないので彼にはがんばってほしいところです。

ラストの方が煮詰まらなくて中々公開に踏み切れません。ぬー。
プロローグ。 | 2006年04月08日(土)
ばたん、と勢い良く扉が開く。
肩肘をついて行儀悪くお茶をすすっていた彼女は、む、と不機嫌そうに眉をしかめてそちらを見て、にっこりと慈母のような優しい微笑みを浮かべた。

「グラツィエラ!」
「そんなに慌ててどうしたの、リーチェ」

真っ青な顔で飛び込んできた少女を抱き留める。
「へ、へんなひとが」
「まあ! 何もされなかった? 大丈夫?」
「ううん、別にこわいことは何もされてはいないんだけど」
「大丈夫よ、ほらアリチェ、落ち着いて」
柔らかなローズブラウンの瞳をおどおどと彷徨わせる彼女は、結構人見知りをする性質だが、おっとりとしている性格と周囲が全て長年の付き合いのある人間のせいか、慌てることは少ない。
その彼女がこれだけ怯えるとは一体何事か、と彼女は思案を巡らせる。

きらきらと輝く星の河のような銀髪と、海のような深く澄んだ青色の瞳の美しい娘であるグラツィエラは、扉の向こうに現れた人影を見つけ、瞳を鋭く細めた。
「何の御用かしら?」
「此処は魔女殿の家、ということでよろしいですか?」
好戦的な眼差しに答える笑顔はひどく穏やかで、通った声も浮付いたところはない。
けれども、ぱっとグラツィエラの後ろに隠れたアリチェの様子を見て、犯人はこいつかと自然と目元が険しくなる。
「魔女なんておりませんわ。此処にいるのはただの村娘と薬師です」
「その薬師殿に御用があるのです。ご同道願えますか?」
「用件ぐらい仰ってもよろしいのではないですか? 理由も告げずに引っ立てていくように連れて行くなんて、都の騎士さまとも思えないやりようですわね」
ちくちくぴりぴりした皮肉にも動ぜず、暖かそうな灰色の髪をした青年はそうでしたね、とはにかんだ。
「これはどうも申し訳ありませんでした。こちらとしても少々焦っていたものでして」
グラツィエラはゆったりと腕を組み直す。
「それで、薬師に一体どのような御用事で?」
「……薬師殿にのみお伝えするようにとのことですので、あなたは席を外して頂けますか」
彼女はぴくりと片眉を跳ね上げた。
「……大抵、初対面の人間は勘違いするのですけれど」
「簡単なことです。あなたの手は整いすぎていらっしゃる。薬を扱う関係上、薬師の方の手は荒れることも多いと聞きますし。そのように貴婦人のような手をしていらっしゃる方が薬師ということは珍しいかと思いまして」
後ろで控えるアリチェが恥ずかしそうに俯いて頬を染める気配を感じながら、グラツィエラは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「洞察は鋭いようですけど、気配りが全くといっていいほど足りない方なのね、あなた。アリツェ、こんな男の話なんて聞く必要ないわ」
ふるふると彼女は首を振る。
アリツェの手は確かにグラツィエラに比べれば荒れているといってもいいかも知れないが、それでも十分しっとりとして柔らかいことを知っている彼女としては、何だか友人を侮辱されたような気がして気分が収まらなかった。
なおも言い募ろうとする彼女を制して、アリツェは青年を見上げる。
「いいよグラツィエラ。本当のことだもの。……それで騎士さま、この薬師めに何の御用ですか?」

******

乙女ゲーっぽい導入を目指してみたり。
友人と仲が良すぎるのは仕様です。ええ。おんなのこの友情ダイスキ。
逃亡中。 | 2006年04月07日(金)
あたしをあいしてるとかあいしてないとか、どうでもよくて。
ただあたしは、あなたといっしょにいたいのよ。
あたしがあなたをあいしてるだけ。

それでじゅうぶんじゃない?

*

「邪魔者は排除する。これ常識じゃない?」
さらりと流れる艶やかな黒髪をひとつにくくった少女はにこりと笑った。
けれど、兄に似た繊細な容貌に浮かぶ微笑はその柔らかさとは対照的に、ひどく剣呑で凶暴なものを感じさせる。
「……落ち着けよ、エチカ」
彼女の隣に並ぶ少年は、うんざりした様子で鞘に収まったままの剣を肩に載せた。
「だぁって、むかつかない? 腹立たない? 苛々しない?」
「確かにむかつくし腹立つし苛々するけどよ、だからって八当たんなよ。向こうだって仕事で仕方なくやってるだけだしよ」
「召使って大変ね」
赤い髪の少年は、ますます胡乱な目つきでエチカを見やった。
「……ホントお前ってお姫さま思考だよな」
「いいのよだってあたしホントにお姫さまだもの」
「へいへいこっちはしがない庶民ですよ」
「あら。アーウィーには這い上がって来てもらわないと困るわ、あたし」
彼女は小首をちょこんと傾げて少年を見上げる。
灰紫の瞳が碧の目をまっすぐに射抜き、彼は思わずうろたえた。
「何でだよ」
「だってあたしのお婿さんになってくれるんでしょ? 貴族の称号くらい獲ってもらわないと兄さまの面目つぶれちゃうし」
真性お姫さまのお言葉に、彼はがっくりと肩を落とした。
最後の一言さえなければ嬉しかったのに、と思う気持ちを殺して、彼はあからさまな溜息を吐く。
「……誰がいつお前と結婚するなんて言ったよ」
「あ、約束忘れるなんて男としてサイテー」
冗談と分かっているのに頬が引きつるのは何故だろうか。
襲い掛かってくる長身の男の急所を蹴り上げながら、アーウィーはそんなことをつらつらと考える。
「お前さぁ、言いがかりつけんも大概にしとけっつの。そして冗談ぐらい分かれ」
「あたし素直だもの、言われたことは言われたままに受け取るわ」
エチカも負けじと黒服の男の向こう脛を鉄板で強化されたつま先で蹴飛ばす。
「嘘こけワガママ捻くれおじょーさま」
別の方向から彼女に伸びてきた手を叩き落として、彼はそんなことをぼやく。
「あらひどいわあんなことしておきながらやっぱりあたしのこと捨てるのね!」
「誤解を招きかねない表現はやめろー!」
よよよ、と泣き崩れる真似をする彼女に、ついにアーウィーはぶち切れた。
「お前さっきから妙に絡みすぎ! 今そんな場合じゃねーことぐらい分かれほら後ろ!」
指摘を受けてエチカは胸元に隠した短剣を引き抜いて闇に投げる。
どす、と何かに突き刺さる音と呻き声を耳が捉える前に、彼らはまた駆け出していた。

******

そういえば少年少女のかわいらしいカップルってあんまりいないなーと思ったり。
可愛いことは可愛いですが何かどうにも凶暴ですねこのひとたち。

プロット切ったり展開妄想したり。他にも書きたいものあるんですがさっぱりですorz
うた。 | 2006年04月01日(土)
木の葉からもれる、柔らかな日差しに眠気を誘われながらてくてくと歩く。

ふと、誰かのうたう声がきこえた。
聞き覚えのあるそれは、穏やかながら伸びやかに空に響き渡る。
視線をさまよわせてみると、木立の向こうに見慣れた人影があった。

彼女は、珍しく和やかな微笑を浮かべて芝生の上を軽やかに歩いていた。
紅を刷かずとも艶のある色をした唇が楽しげに歌を紡ぐ。
彼の知らない国の言葉の軽やかな旋律は、聞き覚えはないのに懐かしく感じられた。

大樹に寄りかかった彼女は瞳を閉じて、どこかにあどけなさを残しながらも色めいた表情でまた別の歌を歌い始める。

いつも大人びた静かな佇まいを見せる彼女が、こんな風に気持ち良さそうに歌を歌うことがあるのかと。
意外な面持ちでしばらくその様子を眺めていた彼は、不意に止んだ歌声にも気付かなかった。

「……」
じ、と彼女がこちらを見ている。どうやら誰かが聞いているとは思わなかったのだろう、照れているのか耳が赤い。
しまった気付かれた、と逃げようとしたときは既に遅く、彼女はこちらに向かって歩き始めていた。


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ギャップってすばらしい。
written by MitukiHome
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