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No-Mark Stall *




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無題。 | 2005年11月30日(水)
はあ、と彼女は溜息をついた。
真白い息は強風に流されてすぐに霧散する。
金を紡いだような豪奢な髪も融けかけた雪が絡まって、がちがちに凍っている。
「……ライラさん、そろそろ時間ですよ」
「クレイル」
塔の先端にうずくまる彼女に、天窓の向こうから声がかかる。
「律儀に見張りなんてしてなくていいんですよ、どうせ嫌がらせなんだし、第一こんな辺境にやってくるような物好きがいるとは思えません」
「それもそうだけど。やらないであとで文句を言われる方が面倒だ」
がこんと音を立てて天窓が引き下ろされる。
滑り込むように身を躍らせて暖かな室内に入り込むと、後を追ってきた雪がちらちらと舞い降りてきては絨毯に融けていった。
「ああもう、びしょ濡れじゃないですか」
「大したことはないけど」
「僕にとっては十分大したことですよ。お風呂沸いてますからさっさと入って来て下さい。ほら行く」
こういうときの彼は不思議なくらい強引だ。
逆らう理由もないライラは、確かにこのまま此処にいたら絨毯に水溜りが出来るなあと呑気なことを考えながら浴室に消えていく。
雪塗れの金髪が扉の向こうに消えていくのを見送り、クレイルは溜息をついた。
「あの鈍感さ、本当どうにかなりませんかねえ……両親はふたりとも感情の機微に聡いひとたちだったと思うんですけど」
しかし、彼の親友でもあった父親の方は、そういうことに気付いていても無視したり自分に向けられる好意には恐ろしく鈍かったことをふと思い出し、「そっちの血か」と低い声で呟いた。

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冬になると雪とセットで出てくるひとたち。どちらかというと春のイメージなのに何故だ自分。
よるのうた。 | 2005年11月26日(土)
七色ぱれっと夢の筆。
ビーズの星を撒き散らし、広げた宵色びろうどを、きらめく金貨で留めましょう。
風が吹いたら金貨が落ちて、くれない色した朝が来る。
藤と桜。 | 2005年11月21日(月)
山の頂上には小さなお社がある。
神主もいないが、粗末な割に小奇麗な神社の掃除は、実はごみ収集所の掃除当番と同じように町内の持ち回りである。
山がふたつの町にまたがっているために、それぞれの町から一軒ずつ、計二軒で週に一回、日曜日の朝に境内を掃いたり社を磨くのだ。
これを面倒くさがっているものもいれば、近くの他人と知り合う良い機会だと元気良く階段を上がるものもいる。
そして清は勿論のこと、前者だった。

巡ってきてしまった当番に、バトン代わりの竹箒その他用具一式を抱え憂鬱な気分で山道を上る彼女は、意外な人物を鳥居の前で見かけて目を瞠った。
「あれ、香子?」
することもないから、とついてきた天澄が首を傾げる。
「知り合いか」
「前も話したでしょ。こっちに引っ越してきて、今度家に招待しようと思ってた子」
考えてみれば、隣町の彼女の家にも当番が回ってくるのは当然のことだ。
嬉しい偶然に、清は顔を綻ばせて意気揚々と階段を駆け上がる。
「香子!」
「……清?」
古びた桶やらを抱えた香子が、目を丸くして彼女を見下ろす。
「清も当番?」
「そう。面倒だよね、これ」
「私は此処好きだからそうでもないけど」
「ふぅん? 神社仏閣好きだっけ?」
「ううん、別に。でも此処は特別だから」
香子はうっすらとはにかむ。
こちらに引っ越してしばらくは、思わずはらはらしてしまうほど不安定だった彼女は、今ではすっかり落ち着きを取り戻して町に馴染んでいた。以前よりも生き生きとしているようにすら思える。
親友の良い変化の原因を深く考えることもなく、清は良かった良かったとひとり胸を撫で下ろした。

「で、清」
香子が小首を傾げる。それにつられたように清も同じような仕草を返した。
「何?」
「後ろのひとは清の連れのひと?」
「うしろ……?」
彼女の視線を追って肩越しに振り返る。

そこには、むすりと不機嫌な顔つきで香子を睨む天澄の姿があった。

「……ええと、香子?」
「?」
ぎぎぎ、と不自然な調子で首を戻した清は、引きつった笑顔で問い掛ける。
「何が見えてるの?」
「ピンクの長い髪の男のひと」
狼狽している彼女の様子を見て、自分が幻覚でも見たと思ったのか、「……幽霊?」と若干青ざめた顔で香子が問う。
それに答えたのは清ではなく、幽霊かと思われた張本人だった。

「――幽霊じゃねェよ。テメェこそ何を抱えてる?」

ぴりりと火花が走るような警戒の伝わる声に、今度は香子の顔色が変わる。
「あ、ええと、ごめんなさい……」
「別に謝る必要はない。――いい加減隠れてないで出て来い阿呆」

その声に応えるように、すう、と石段の終わり、境内の入り口に着物姿の青年の姿が現れる。
かと思うと、その姿は霧が溶けるように掻き消え、次の瞬間には香子の目前、丁度彼女と天澄の間に割り込むようなかたちで再度出でた。
「何をそう怒っている?」
淡々と、そして本気で疑問に思っている調子のその声に、天澄は毒気を抜かれると同時に苛立ちを覚えながら吐き捨てる。
「血に狂って月に堕ちた馬鹿藤を警戒すんのは当たり前だろ」

「――」

す、と紫色の瞳が細まる。呼応するように天澄の萌黄色の目も険しくなった。
臨戦態勢に入るふたりを止めたのは、背後に控えるかたちになった少女たちだった。

「何怒ってんのよ天澄。落ち着きなさいってば」
清が背後から彼の髪を思い切り引っ張って注意を引けば、
「渡空、昼間から出て大丈夫なの?」
と香子が不思議そうに青年に問い掛ける。

そして彼女たちはお互いの顔を見遣って同時に首を捻った。
「で、何がどうなってるの?」

******

過保護な保護者たち再会編。こっちの話も早いところカタチにしたいなあ。
白道のふたりは本編の伝奇調にも関わらずその後は超ほのぼのとラブっています。もう勝手にやっててくれ(……)。
独白。 | 2005年11月09日(水)
多分、辿り着くまでにまだまだ幾度も挫けるのだろうけれど。

遺されたものがある限り、それを忘れない限り。
私は歩き続けてゆくことが出来る。


今度逢ったら何と言おうか。
残滓の祈り。 | 2005年11月03日(木)
あれからよく祈るようになった。
祈るというほど敬虔な行為ではないのだろうけれど、ふと立ち止まって目を閉じて感覚を澄ます。

吹く風のもたらす潮の匂いと、今でもときおり疼く傷跡。
頬を撫でていく冬の陽光の暖かさは、泣きたくなるような懐かしさと愛しさをもたらす。


親愛なる、私の――


ほうと白い息を吐く。
営みは何処までも続いてゆく。

残されたものを忘れてはいけない。
前へ、辿り着けるところへ辿り着くのだ。
名にかけて誓いにかけて。
己が魂の結んだ言霊を破ってはいけない。


――そしていつしか路の絶えたところに、この光と故郷の海のあることを。
written by MitukiHome
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