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No-Mark Stall *




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故郷の歌。 | 2005年10月30日(日)
遠く響く故郷の歌


思い出のままに、それはとても優しくて
寂しさを孕み奥底で流れる、大地のうた
血に潜む太古の記憶に魂は共鳴する


頬を懐かしい風が撫でていった
捕まえることは出来ずに、ただそれは通り過ぎていって



もう、かえることのできない故郷の、その歌が今も耳に響いている
どこからか抜粋。 | 2005年10月25日(火)
「ロルカは竜の王の巣と、長老たちは言っているが」

青年は目を眇めて砂埃の向こう、竜と共に生きる術を知らぬ者たちの住まう都を眺めた。
隣に従う少年が不思議そうな顔つきで彼を見上げた。
「違うんですか? 僕はずっとそう聞いていましたが」

ロルカは竜の王の巣。
そのうちに棲まう人間に出来ることはたかが知れている。己を世界の王と驕ることなかれ。

連綿と受け継がれる口承のひとつを口ずさみ、「別に違うと言っているわけではない」と彼は無愛想な答えを返した。
「ただ、竜の王の巣と言うよりは女神の掌のようだと思っただけだ」
「女神の掌?」
「サティヤの柔らかくしなやかな掌のように。恵みと試練に満ちていると思わないか?」
くつくつと上機嫌に喉を鳴らし、彼は手綱を繰って踵を返す。

「此の世は結局、女性が支配するものだ」
「何ですかその実感と哀愁の物凄くこもった声は」
慌ててそのあとを追いながら、少年は呆れと疑問の入り混じった調子で呟く。
「お前にひとつだけ処世訓を与えておいてやろう。女は怒らせるな」
「……何かしたんですか」
じとりと睨まれ、男は苦笑気味に首を振った。
「いや、ただ見ていてそう思っただけだ。世界を真に動かし変えることが出来るのは彼女たちだとつくづく感じる」
「……よく分かんないんですけど、つまりオーディさんの周りの女の方たちは皆ご気性が激しいってことですか」
彼は薄く笑った。その頬骨のあたりにうっすらと隈が出来ていることに気付いて、少年は何があったかは分からないまでも、この年上の男に同情した。
「……そこまで分かっているのなら少し黙っていろ」
「……はーい」

******

「さいごの夢が眠るまで」ネタ。最近この話ばかりぐねぐね練っています。歯が痛い(唐突すぎ)。

ロルカ=世界。サティヤ=女神。サティヤはあと人名でもあります。
女の子ばかり活躍するお話です。男性陣は殆どがへたれているか間抜けか尻に敷かれっぱなしかのどれかに分類されます。いいのかヒーロー。
しかしこの話、トルコなのかヨーロッパなのかアジアなのかよく分からない世界に育ちつつあります。どうしよう。
少年少女。 | 2005年10月18日(火)
夜明けの兆しが見える街の中を、ひとりの少女が早足で過ぎていく。
路地裏の粗末な二階建てのアパート。
その建物の中でも最も安くて狭い小部屋がアリーチェの住まいだ。
仕事場である酒場から歩いてすぐなのが唯一と言ってもいい長所であるが、彼女はその小さな住まいがお気に入りである。
教会の孤児院育ちであった彼女からしてみれば、自分だけの空間が持てることは小さな頃からの夢だったのだ。

「ただいま」
習い性で誰もいない部屋に声を投げる。しかし、何も動くもののないはずの暗く静まり返った室内で、何かが動いた。
びくりと身構えた彼女に向かって、それはへらりと笑ってぶんぶんと手を振ってきた。
「おかえりー遅かったねー」
「……ルーカ?」
聞き覚えのある少年の声に、アリーチェは眉をひそめた。
「うんそう。おひさしぶりー。でもさぁ、ちゃんとした鍵くらいかけておこうよ、オンナノコなんだし」
「別にこんなところに盗みに入る泥棒なんていないわよ。金目のものも何もないし」
「そういうモンダイじゃなくてね」
何で分かんないかなぁ、と彼は首を傾げる。アリーチェからしてみれば、何も惜しいもののない部屋に高い鍵をつけなくてはならない道理の方が分からない。
「まぁいっか。俺が入れなくなっても困るし」
その手に握られているのは細い針金で出来た鍵破りの道具である。
「まさか壊してないでしょうね」
「俺の腕を疑ってる? だとしたら心外だねェ」
「……もういいわ。――で、何の用なのよ今度は」
「二、三日でいいから匿って」
にっこりと笑ってとんでもないことを言い出す彼を、アリーチェは呆れたように見た。



アリーチェとルーカの出会いは一年ほど前に遡る。
いつも通り仕事を終えて帰ってきた彼女が、部屋に入って最初に目にしたのが、彼女のベッドですやすやと眠っているルーカだった。
即座に警察に連絡しようとしたアリーチェを引き留めて何だかんだと言い訳を始め、その狼狽ぶりと無害そうな外見にほだされた彼女が一日だけ家に置いてやったのだ。
何をするともなくただ居るだけなのだが、二度三度と繰り返されるうちに、アリーチェは彼のことをふらりとやってくる野良犬か猫のように思い始めた。
気を許し始めたことを敏感に嗅ぎつけたのか、今では数週間に一度程度のペースでルーカはアリーチェの家にやってくる。
「それで、一体何から匿えばいいの」
さっさと二人分の朝食の支度を始めたアリーチェは、何ともなしに彼に問う。
食事代ぐらいは自分で用意してちょうだい、と二度目に転がり込まれたときに怒鳴ってから、彼はそれなりの金額を持ってくるようになった。
おかげでふたりでいるときはひとりで生活しているときより裕福ですらある。
「んー、色々やらかしちゃったせいで多すぎて分かんない」
「……」
何をしたの、とは怖くて聞けない。
その代わりに、頭からつま先まで、彼の姿をじっと検分して怪我や返り血の類が一切無いことを確かめた。
平民にしては割と上質な部類に入る布を使った簡素な衣装と、それに不釣合いな豪奢な剣。さすがに外へ出るときは布を巻いて隠しているようだが、どう見ても彼のような格好の人間が持つものではない。
「ねぇ、その剣って何?」
それさえなければ、ルーカは普通の少年に見えるのだが。
「あーコレ? 別に置いてきてもいいんだけどねー、やっぱり武器は手に馴染んだものが一番でしょ」
「……」
金や銀こそ使われていないものの、細かな細工の施された鞘と鋭く美しい刀身は十分に鑑賞に値するものだとアリーチェは思う。
それをあっさり武器と言い切るルーカの正体は、誰なのだろうか。

「あんた一体何者なの」
出来上がった食事を狭いテーブルに並べたアリーチェがぽつりと零すと、ルーカの纏う気配がすっと冷えていく。
その目は冷たい氷のように輝いてアリーチェを見つめていた。
「――知りたい?」
「知りたいって言ったところで、どうせ教えてくれないでしょ。別にいいわ、この家に厄介ごとさえ持ち込まなければ」
平穏さえ崩されなければアリーチェはそれでいいのだ。彼が誰かを知ることで壊されるくらいなら、知らないでこのままでいた方がずっと良い。
「だからアリーチェは好きだよ」
にっこりと残酷な言葉を吐いてルーカはいそいそと椅子に座る。

「……だからわたしはあんたが嫌いよ」
溜息交じりの呟きは、どうやら彼の耳に届く前に空気に溶けて散っていったようだ。

******

ファイルを発掘したら書きかけの話が出てきたので上げてみました。去年の8月というとえーと……100題挑戦してた頃のあれかなあ。
自分の好きな王道設定をちょっと詰め込んでみた記憶があるので白道終わったら続きでも書こうかなあと思います。短編。書くもの山積みですね。
最後の剣。 | 2005年10月10日(月)
失われし双剣の片割れが発見された。
――そういう噂が国を駆け巡ったのは、およそ一月半ほど前。

「……それで今、その剣の聖女にお会いするっていうんだから驚きですよね」
「そりゃ急いだんだもの、当たり前でしょ?」
確か普通の方法で向かえば二月はかかったであろう道程を強行突破して平然としている娘を化け物を見るような目つきでセスは見返した。
「というか、何で見つかったばかりの剣にもう聖女がついてるんですか?」
あんた何聞いてたの? と言いたげな胡乱な視線に、彼はうっと詰まりつつも返答を待った。
「急いでようが何だろうが、情報はちゃんと集めないといけないでしょ」
「いいから教えて下さいよ」
あの無茶な日程の何処に情報を収集する隙があったんだと感嘆――むしろ呆れている彼に、エナヴィアは淡々と応える。
「剣が見つかったのはいいんだけど、持ち運べるような状態じゃなかったのよ。それを見事に取り出した女の子がいて、そのまま聖女認定」
「……持ち運べるような状態じゃなかったって、どんな状況ですか」
「さァ?」
「そもそもその剣の真偽はどうなってるんです? 教皇は中央から動けないでしょうし、向こうに運ばれてるんじゃないですか?」
「運ばれてたらこんなとこ来ないわよ」
彼女は自信に満ちた傲慢な微笑みを浮かべる。
「……何を知ってるんです?」
ふふん、とエナヴィアは鼻を鳴らした。むっとするセスの鼻先に人差し指をぴっと掲げる。
「少しは考えてみなさいな。――聖女か剣が移動を拒否したに決まってるじゃない」
「?」
「あの業突く張りの因業爺どもが八方ふさがるような状況なんてそれくらいしかないじゃない。でもまぁ、信仰を盾に大量虐殺さえ企てるようなヤツらと渡り合えるなんてよっぽど強情で頭の良い子よね。ちょっと会うの楽しみ」
「……」
彼女は、わくわくといった調子で堪えきれない笑みを零した。
「今回の場合は一度中央に行かないとどうしようもないから、困りきった上層部は私たちに頼るでしょうね」
「……説得、ですか」
よく出来ました、とエナヴィアは彼の頭を叩くようにして撫でる。
「恩を売るには絶好の機会だと思わない?」
「……他の聖女に頼むという選択肢はどうなんです?」
あるわけない、と思いながらもセスはにやにやしている彼女に問い掛けた。
「あんたも知ってるようにそれは無理でしょ。動けるのは私だけだわ」
他の聖女たちは各々の信念、或いは守護する剣の事情などから土地を離れることはほぼない。
「ああ、楽しみ。喪われた剣の銘は何というのかしらね?」
不謹慎とも取れる言葉に軽く顔をしかめながら、セスは軽い足取りの彼女を重い歩調で追った。

*

「――あなたが、神剣の聖女さまですか?」
痩せた少女だった。
腰ほどまである髪を緩くみつあみにして背に流している以外は、取り立てて目立つところはなかった。着飾ればそれなりに見えるのだろうが、至って普通の、何処にでもいるような平凡な娘だ。
健康的なふくよかさと、ひとの目を惹きつける若い輝きを湛えるエナヴィアと並ぶと彼女は酷く華奢に見えた。
けれど、儚さはない。
それは、前を見据える強い光を湛えた目と、ぴしりと背筋を正されるような凛とした声のせいかもしれなかった。
エナヴィアはにこりと微笑む。
「そうよ」
彼女は己の細い指をぎゅっと握り締めた。
「お願いがあります」
「――あなたと一緒に中央に行けばいいのね?」
「えぇ」
硬い表情で頷いた娘を、エナヴィアはじっと見つめる。
「……何を、企んでいるの」
彼女は一瞬きょとんとして、それからにこりと笑った。
どうということはない、はにかむような微笑に、何故かセスは不気味なものを感じて肌を粟立てた。
彼女は何かが狂っている。

「……ひとり、殺したい男がいます」
愛しいものを見つめるように、彼女は手の中の剣に目を落とした。
聖女に似て刀身の細い、何処か色褪せた様子の金色の剣。
「それが私とこの剣の望みです」

******

愛憎。この剣の話だけは細かいところまで決まっています。
written by MitukiHome
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