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No-Mark Stall *




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1番と2番。 | 2004年12月30日(木)
「永遠ってあると思う?」
「……何を突然」
手元の試験管の中の薬品がけぷりと可愛らしい音を立てて白い煙を吐き出した。不発。
彼女は少しばかり拗ねたような表情で、彼の手の中のそれを取り上げてフラスコの中に流し込む。
それだけで、薬品の毒々しい赤紫の色が消えて透明に近い空色に変化する。
「いや、新しく入ってきた本を読んでたら主人公が何かそんなことを延々ぐだぐだ言ってたから」
「……ああ、流行の恋愛小説? "女教皇"も面倒くさい仕事だねェ」
「そーよー、あんたと違って面倒くさいわよー。趣味じゃない本もとりあえず内容確認しないといけないし」
彼女に与えられた仕事は高齢の"教皇"の補佐と教会図書館の管理。
教会図書館は国で一番の蔵書量を誇り、ときには国の重要機密までも納められる重要な施設だ。

「そんなものまで読まなくても問題はないと思うけどねェ、君はホントに真面目だこと」
「そしてあんたはホントにいい加減だこと」
硝子棒でぐるぐると中身をかき混ぜられているフラスコを彼女の手から取り上げて、"魔術師"はまた自分の試験管に移し変える。
空色はあっという間に元の赤紫色に変化した。
「で、永遠はあると思う?」
全てに答えを与える男はにっと笑った。
「あるし、ないね」
「そういうもの?」
「大体ね、そういう問題には正しい答えはナイってのが定石なんだけど。各々が考えてそれぞれの答えに行き着くべきで、コレといった答えを他人から教えてもらえるようなものじゃあないんだよ」
「ふぅん」
納得したのだかしていないのだか分からない曖昧な答えを"女教皇"が返したとき。

「――あ、しまった」
「……何したの」
"魔術師"は無言で窓を開けると、試験管を外へ向かって思い切り投げた。
次の瞬間には爆発音があたりに響き渡り、周囲の森に棲まう鳥たちが静寂を乱されたことにギャァギャァと抗議の声を上げて飛び交う。

「……本当あんたってお約束よね」
「お褒めに預かり光栄至極」
「褒めてないから」

******

実験に爆発はお約束です。そして相変わらず無意味問答。
12番と15番。 | 2004年12月29日(水)
"愚者"を何とか追い払い、顔見知りの憲兵から見舞にと贈られた菓子折を頬張っていると、いきなり玄関の扉が居間に突っ込んできた。
「……」
どォんと大きな音を立てて壁に激突したそれは、割れたまま直していない窓ガラスを突き抜けて庭に倒れた。
「……今度は何処ぞの過激派が爆弾でも仕掛けたのか……?」
既に大抵のことでは驚かなくなっている"吊るされた男"だが、さすがに家の中が吹き抜け状態になったことには怒りを感じているらしく、眉間に激しい皺が寄っている。
そんな彼の神経を逆撫でするかのように明るい声がどたどたという足音とともにやってきた。
「よーッす首吊り、生きてるかァ?」
「帰れ」
「相ッ変わらず満身創痍で"悪魔"の俺としてはいたぶりがいがあるってもんだ」
にやにやと嗤う犬耳の男は、彼の鳩尾の刺し傷の部分を正確に狙って強く叩いた。
「……ッ」
思わずうずくまる彼を見下ろして、男は首を傾げた。
「もしかしてまだ傷塞がってない?」
予想以上の痛がりように驚いたらしい。恨みがましい目つきで"吊るされた男"は"悪魔"を睨んだ。
「当たり前だこのボケッ! 帰れ!」
「ヤダ」
「"月"に構ってもらえなかったからと言って八つ当たりはやめろ。どうせするなら他のところへ行――ッた……!」
言い募る彼の後頭部に見事な手刀を食らわせ、"悪魔"は「ウルサイ」と吐き捨てた。
どうやら図星だったらしい。
「……何で俺なんだ……」
「俺がサドでお前がマゾだから。俺からしてみれば相性抜群」
「お前がサドなことは否定しないが断じて俺はマゾじゃない!」
「災難引き寄せ体質のくせに」
「好きでそんな体質なわけじゃない! この犬耳!」
罵倒かどうか微妙な罵り言葉だが、"悪魔"はむすっとした顔つきで黙り込んだ。

「……」
「……」
「……」
「……」

場を支配する沈黙を先に破ったのは"吊るされた男"の方だった。
「……相打ちということでもうこのことに触れるのはよそう」
「……了解」

互いに痛いところを突かれた彼らはそのことを抹消するという妥協案で和解した。

******

吊るされた男と悪魔。
何か12番に世話焼き属性がついてしまっているようです。あれ?

現実逃避しまくりのここ数日。行方不明の自制心カムバックプリーズ。
0番と12番。 | 2004年12月27日(月)
「……疫病神が来たな……」
どんよりとした暗い目がにこにこと笑う青年の姿を捉えて厭そうに細められた。
「疫病神とは酷いじゃないか12番」
「番号呼びはやめろ」
「えー、じゃあ"吊るされた男"? だったらまだミイラ男の方が短くてよくない?」
「どっちもどっちだ。さっさと何処か行け、厄が憑く」
「どっちが疫病神っぽいかと言えば君の方だと思うんだけど。何か見た目痛々しいし貧相だし」
何故だか怪我の耐えない"12番"は、常に何処かに包帯を巻いている。
現在は見たところ顔の左半分が真新しい包帯で包まれている以外は変わったところは無い。
「今度はドコ怪我したのさ。顔?」
「鳩尾を刺された。まあ見ての通り顔もな。まったく外に出るとろくなことがない」
「……通り魔にでも遭ったの?」
彼は困ったように首を傾げて事情を簡潔に話しだした。
「別れ話に包丁を持ち出して心中を迫った女が相手の男に逃げられた鬱憤晴らしに通りを歩いていた俺を刺した」
「…………。それはまた壮絶だねぇ」
『"12番"の行く先では災難が起こる』とは昔から言い伝えられてきたことであるが、実際に目の当たりにしてみると哀れという他ない。
今代の"吊るされた男"もその伝説にもれず、買い物に出れば通り魔に襲われ森林浴と称して山の麓を散歩すれば熊と間違われて誤射されるのは当たり前、ときには本物の熊に襲われることすらある。
しかし家の中にいれば安全かと言うとそうでもなく、強盗が押し入ってきたり逃亡中の犯罪者が転がり込んでくるのは日常、果てには馬車が突っ込んできたこともあった。
「……いい加減死にたい」
「あーあー、ほら、絶望しない! 明るい未来がすぐそこに!」
"愚者"が殊更明るい声で彼を励ますと、居間の方でがしゃんと窓の割れる音がした。
「……」
「……」
「……ちょっと行ってくる。どうせ強盗だろう」
「いってらっしゃい」
慣れた調子で肩を落として家の中に戻っていく"吊るされた男"を"愚者"は同情に満ちた目で見送った。
「強盗に『どうせ』ってつけるあたりが凄いよねぇ……」
怪我だらけ災難だらけの人生で、何度も瀕死の憂き目を見てきた"12番"であるが、それが原因で死ぬことだけはないらしい。
歴代の"吊るされた男"たちの死因は大抵老衰である。
自殺しようとしたものも中には多かったが、大抵は首吊りのロープが切れたり、手首を切っても早々に発見されたり、荒波に飛び込んでも死ぬことなく海岸に打ち上げられたらしい。高いところから落ちても丁度下に衝撃を和らげるものが置かれていたりして助かったと言う例も聞く。

「……世界の"厄"を引き受ける人身御供、か」

カードに選ばれた二十二人の主たちはそれぞれが世界に対して役目を負っているのだと言われている。
中でも過酷な人生を強いられるカードは。

「大変だねぇ、君も僕も」

がしゃこんがっしゃんと派手な物音のあと、服装の乱れもなく、"吊るされた男"が人相の悪い男を引きずって戻ってきた。
「――待たせた。悪いがこれから憲兵に引き渡してくる」
「ていうかすぐ隣じゃん、憲兵の詰め所」
"0番"の言葉に、彼は疲れたような微笑を浮かべた。
「この前越してきたばかりのな。――俺の家の隣だと犯罪者がよく捕まるんだと」
「……それはまた何とも」
言葉に詰まる"愚者"を置いて、"吊るされた男"は隣の詰め所に向かって強盗を放り投げた。

******

犯罪者ほいほいな"吊るされた男"。
"12番"の人間は大抵体がとても頑丈で怪我はしょっちゅうですが病気は殆どありません(良いのか悪いのか……)。
無題。 | 2004年12月22日(水)
「好きか嫌いかは問題じゃない。信用出来るか出来ないかだ」
「……だからと言って大嫌いな相手にまで頭を下げる必要は無いと思うんですけど。しかも私が原因で」
彼女は不服そうな顔つきで雇い主である青年を睨みつける。
彼は異議申し立ての視線にひらひらと手を振って答えに代えた。
「別にお前の気にすることじゃない。ちゃちな誇りを守るために目的達成の手段を失うなど馬鹿らしくてやってられるか」
「……あまり無理しないで下さいねー」
倒れられたら私の方にしわ寄せが来るので、と捻くれた心配をよこす彼女に、にやりと彼は笑ってみせた。
「安心しろ。無茶はするが無理はしない」
「それの何処に安心しろと」
低い声で呟いた一言はどうやら都合良く無視されてしまったらしい。
上機嫌で封筒に封をする彼はつまらなげにうそぶく。

「嫌いな人間でも信用は出来るが信用出来ない人間は好きにはなれないからな」

******

最後の一言を言わせたいがために書いてみたら思い切り脱線されて困りました(ていうかこれは本編のどこに入れよう……)(屋台に放り込んであるのは大抵キャラの把握や番外シーンやネタのメモのためでちゃんとしたかたちになるものはとても少なかったりします)。
ていうか最近、こういう断片でなくきっちりと始まって終わるような話を書いてないなぁと思います。ネタがかたちにならずに終わってしまうのはとても問題。
TWWメモ。 | 2004年12月20日(月)
※作者用メモにつき意味不明なところも多々在りますがそもそも屋台の存在意義がそんなものなのでご容赦下さい。

タロットワールドワークスメモ書き。

魔術師(1)。黒髪眼鏡。目は橙色っぽい感じ。魔術が嫌い。実験狂。割と嫌味。
女教皇(2)。銀髪ショートに翠の目。面倒見の良い姉御肌。
女帝(3)。金髪縦ロールに赤い目。旦那と別居中。噂と政治が大好き。
皇帝(4)。茶髪金目に無精髭。部下をからかうのが趣味。チェス好き。
教皇(5)。白髪に髭。目の色不明。老いらくの恋を満喫中。タロットカードメンバーの中では隠者と並んで知恵袋で相談役。
恋人(6)。未定。
戦車(7)。茶髪に灰色の目。右頬にローマ字の「7」の刺青。いじられやすく押しに弱いがここぞというときには踏ん張る男。
力(8)。金髪碧眼の美少女。最年少。戦車と吊るされた男に懐いている。大人たちが落ち込んでいるときに励ます役目。
隠者(9)。白髪。目の色不明。いつも黒いフードをかぶっている。でも物腰柔らかな老婦人。
運命の輪(10)。未定。
正義(11)。黒髪。目の色不明。薄紫のベール。物静かであまり他人との接触を好まない。暗いところが好き。
吊るされた男(12)。赤黒い髪に黒い目の痩身。包帯だらけ。無気力。死神とは昔からの知り合い。正義とあれこれ(ぇ)。
死神(13)。銀髪で目の色不明。神出鬼没。1番あれこれと気を配っている仲裁役。
節制(14)。黒髪黒目。オネエ系。正義とは親友でひきこもりがちな彼女が心配。
悪魔(15)。黒髪赤目。犬耳(……)。サド。他人の傷に塩を塗るような言動。月が好きだが愛情表現は色々と間違っている。
塔(16)。未定。
星(17)。銀髪に翠の目。女教皇の弟。突っ込み役で幼少組のリーダー的役割。
月(18)。銀に近い金髪と蒼い目。耳が長い。ふわふわした雰囲気。他人のことをよく言い当てる。悪魔のことは別に何とも思っていない模様。
太陽(19)。金髪に茶色の目。力と同い年。頭は良いがまだ子供。真面目。
審判(20)。黒髪金目。いつも一歩離れたところからメンバーのことを傍観したり引っ掻き回す。
世界(21)。未定。
愚者(0)。茶髪に茶色の目。飄々とした青年。放浪癖持ち。厄介ごとを運んでくるのはいつもこいつ。

*

カードは持ち主が死ぬと次の主のところに突然現れる。燃やしても切り刻んでも再生していつまでもつき纏うので隠そうとしてもすぐそれと知れる(そして他のメンバーは互いに持ち主であると知覚できるのでますます隠せない)。
前の持ち主に近いひとや他のカードの主に近しいひとに現れやすい傾向が多少ある。
世界と塔と運命の輪のカードは最初の持ち主から代替わりしておらず、世界のドコかに隠遁している模様。ていうか喪われてるんじゃないかという説もある。
カードを持っている特典はそんなに無いというかむしろ面倒が多い(幾つかのカードを除く)。せいぜい他人の好奇心を煽るぐらい。たまにカードを見せると優待してくれるサービスもあるっぽい。寿命は多少延びる。
普通に市井に紛れて生活していたひとたちも昔はいたようだが今では何となくカード同士で固まっていることが多い。

皇帝と女帝のカードを持つ人間が共同で国を統治する(それまで赤の他人でも強制的に夫婦または親子関係にされる。愛人は別に何人居ても良い。でも大概独身に回ってくる。カードもこれは多少考慮してくれるらしい)。宗教行事は教皇の仕事。ただし年越しの行事は死神の担当。年始は太陽も引っ張り出される。他のカードも何らかの行事や要請があれば引っ張り出される。

カードの持ち主はその所在を常に国に報告しなくてはならない(カードが欠けたら世界が滅亡の危機にさらされるという言い伝えがあるので皆敏感)。
大体そのカードにふさわしい職種やら趣味を持ってたりすることが多い。カードの影響というか何となく使命感?(何故疑問系)(たまに全く逆の嗜好性格の人間もいたりするがそれはご愛嬌)
昨日の続き。 | 2004年12月12日(日)
柔らかく光を弾く、緩くうねった金の髪と、春の空のような淡く滲んだ水色の瞳。
均整の取れた体格に常時穏やかな微笑を湛える口元と整った容貌と、世の女の子が夢想するような完璧な王子様像を体現する騎士はさすがにその表情を曇らせて、目の前で暗く沈む少女を見つめていた。
「あの、救世主殿?」
「…………ほっといてちょうだい。立ち直るのにちょっと時間が要るだけよ」
「はあ」
彼の爆弾発言のあと、蜂の巣を突付いたように大騒ぎする神官たちを脅して事の全容を把握した彼女は、かなりの高確率で姉が敵方に囚われているだろうという事実に果てしなく落ち込んでいた。
「あぁぁおねーちゃんどうか無事でいてー邪悪なんだか間抜けなんだか分かんないけど魔王とか言われてんだからろくでもないものに違いないわよね嗚呼どうしておねーちゃんそういう厄介ごとにすぐ巻き込まれるのよもう心配するこっちの身にもなってよあぁ何も危害加えられてませんようにっていうか魔王のヤツ、おねーちゃんに何かして御覧なさいただじゃおかないんだからぁッ!」
言い募るうちに感情が爆発したらしい暮羽は、がばりと立ち上がると虚空に向かって吠え立てた。

「――決めたわ。今すぐ成敗しに行ってくる」
「は? 今すぐ?」
「そうよ今すぐ。こうなったら善は急げよ、さっさと行ってくるわ」
騎士は戸惑って瞬きを繰り返し、彼のことなどそこらに転がる石像と同等だと思っている暮羽は神官たちに地図と交通手段を要求しに廊下に出て早足で歩き出した。
「うわッ、ちょっと待って下さいよ行動早いなぁもう!」
ぼんやりしていた騎士は急いで彼女の後を追うと、肩を掴んでその足を止めた。
「何すんのよ邪魔するんだったらただじゃ置かないわよ」
「いやそうじゃなくて。魔王を倒しに行くことには賛成ですけど、救世主殿、あなたはまだこちらに来て日が浅い。少しはこちらの世界のことを学んでから行かれても遅くはないのではありませんか」
「その間におねーちゃんに何かあったらどうしてくれるの」
「魔王は強大です、そんなところに準備無しで乗り込んでも姉君をお救いになれるとは限りませんよ」
それもそうね、と暮羽は納得してこれからのことを思案し始める。
騎士はとりあえず彼女の無謀な行為を阻止できたことに安堵して深い溜息をついた。
が、その安寧はすぐ破られることになる。

「――ねぇ優男」
「はい?」
「魔王のところまで遠い?」
唐突な質問の意図を掴めず首を傾げたが、素直な彼は素直に質問に答えた。
「そうですね、早馬でもひと月とみて下さい。普通に馬で行くとなると二、三ヶ月ぐらいかかりますよ」
「じゃあこっちの世界の常識とか力の使い方とか、移動しながら覚えることにするわ」
「……は?」
固まる騎士をふんと鼻で笑って、救世主は倣岸に言い放った。
「こう見えてもあたし頭良いの。暗記も得意だし応用も得意。運動も苦手じゃないしね? 魔王がどのっくらいのヤツなんだか知らないけど、あたしの敵じゃないわ!」
おーっほっほっほ、と女王様もかくやという高笑いを上げる少女についていけず、騎士は疲れたような溜息を零して床に膝をついた。
壁に寄り掛かってぽつりと呟く。

「なんでこんなひとが救世主なんだろう……」

******

シスコン傲慢救世主と苦労人の騎士の珍道中という話になりそうです(遠い目)。ていうか最初はただのシスコンだったはずなのにいつの間に傲慢属性がついたんだろう……(ぐたり)。
無題。 | 2004年12月11日(土)
「――つまり。そのどこぞの山奥に引き篭もってる魔王とやらを倒せっていうの?」
「そうでございます救世主様!」
修飾語過多で尚且つ冗長な中年親父どもの説明に耐えた暮羽は、眉間に深い縦皺を刻んで太鼓腹の神官たちを睨めつけた。
「ふッざけんじゃないわよ。何のテーマパークよコレ。ていうかおねーちゃん探さなくちゃならないんだしさっさと家に帰らせてよ」
「はぁ、救世主様には姉君がいらっしゃるのですか……」
「そーよ自慢のおねーちゃんよ分かったらさっさと帰してちょーだいよ万が一誘拐なんかされちゃってたらどうすんのよアンタ責任取れるの?」
物凄い形相で詰め寄られた神官その一は、同じように丸々と太った体型の隣の神官その二に助けを求める視線を送ったが相手にされない。
困った神官は更に向こう、細面の騎士に縋るような目を向ける。
騎士は苦笑して暮羽の肩を叩いて宥める。
「救世主殿。せっかく可愛らしいのにそう怒られては台無しですよ」
「うるさいわよ優男。――そうよもしかしてあんたら、あたしのおねーちゃんまでこっちに拉致したんじゃないでしょうね」
神官たちはぶんぶんと首を左右に振って否定した。
「……違うのね? おねーちゃんは少なくともこっちに連れてこられてないのね?」
念を押す少女に気圧された神官たちが首が折れそうなほど頷きを繰り返す。
「えぇ、我々がお呼びしたのは救世主様、あなたおひとりでございます!」
「関係の無いただの人間まで呼び出せるほどの力は我々にはございません!」
そう、と落ち着きかけた彼女に向かって、優男となじられた騎士が爆弾を投げつけた。
「でも確か魔王がちょっと前に異世界に干渉したらしい波動が確認されたって言ってなかったっけ? しかも繋いだ先が救世主殿の居場所に近くて神殿が大騒ぎだったとか」
神官たちの動きがぴたりと固まる。
「……」
「……」
暮羽が頭を抱えて叫んだ。

「おねぇちゃーん! どうか無事と言ってー!」

******

変なテンションですいません。ていうか色々破綻してる気がする。
えーとどこぞの人違い誘拐犯の世界の別サイドの話。
向こうの話は書く気でいますがこっちの話はどうしよう。

「ねめつける」も変換できないIMEにキレる通り越して生ぬるい微笑を浮かべる気分になります。
苦手な相手。 | 2004年12月06日(月)
久々に顔を合わせた兄は、あからさまに苛立った表情で廊下の奥をびしりと指差した。
「早く引き取って帰れ。うるさくてかなわん」
「……わかってる」
過去のこともあり、非常に気まずい気分でアンドレアスは渋々返事をしたが、兄の方はそんなことなど気にかけていない様子で彼に愚痴をぶつける。
「分かっているというなら金輪際浮気なんぞするな。発覚の度に家出先にされたらこちらの身体がもたん。全くどうしていつも夜中にやってくるんだお前の奥方は」
「……だからすまないと言っているだろう」
「謝るなら私にではなく奥方に言ってやることだな。まったく何回繰り返せば気が済む?」
「……お前に僕の気分が分かるか」
さくさくと痛いところを突かれて苛立ったアンドレアスがうっかり零す。
軽い冷笑を浮かべて彼の兄はその肩に手をかける。
「分かるわけがないだろう。自分以外の人間など血が繋がっていようといまいと所詮は他人だ。理解しようとする努力まで拒んでおきながらそういうことを言うな」
冷たい言葉とは裏腹に、その表情はとても楽しげだ。
その手を軽く振り払い、アンドレアスは早足で歩き出した。
「相変わらず手厳しい」
「そうか?」
「僕はあんたが嫌いだよ、兄さん」
瞠目した目を瞬かせて、彼は楽しそうにくつくつと喉の奥で笑った。
初めて見る表情に、アンドレアスは何か不気味なものを感じて一歩二歩横に離れた。
「――あぁ楽しい。私はお前が好きだよ、アンドレアス」
「……」
「早く行ってやれ。というか行け」
壁に寄り掛かりながら、ライヒアルトはこつんと扉を叩く。
部屋の内から兄嫁の返事が聞こえて、アンドレアスは一瞬ためらった後、兄を睨みつけた。
しかし彼は、さあ行けとばかりにひらひらと手を振って視線を躱す。
仕方なく、彼は汗の滲む手で扉を開けた。

******

途中を大幅にはしょりましたが昨日の続きっぽい話。
そして実は弟を構うのが好きな兄貴でした。
発覚。 | 2004年12月05日(日)
「あら殿下」
入り口で立ち竦む彼に向かって、彼女はにっこりと微笑みかけた。
「……何してる、エメリア」
乾いた喉から零れた声は掠れている。
「何、って。見ての通りですけれど。何かおかしなことでも?」
「……」
赤く濡れた短刀を一振りして雫を払うと、彼女は傍に控えていた侍女にそれを預けた。
彼女がそのまま深く一礼してしずしずと退室していくのを見送って、エメリアは自分の衣服に付いた汚れに目を留め、驚いたように手を口に当てた。
「あら、いけませんわ。汚れてしまいました。困ったことですわね」
「それは、血か……?」
せめてワインか何かであってくれ、という彼の最後の希望は妻のあっさりとした頷きに粉々にされた。
「ええ。いけすかない女狐のものですけれど。早く落とさないと染みになってしまいますわね。それとももう手遅れかしら」
「……女狐というのは、そこに倒れている彼女のことか」
品の良い枯色の絨毯があっという間に暗赤色に染まっていく。
同心円状に広がる血の源は、彼にも見覚えのある赤毛の美女だった。
「そうですけれど。何か?」
「何故?」
エメリアはその碧眼に妖しく無邪気な光を浮かべて優しく微笑む。
「何故、と問われましても。その理由ならアンドレアスさま、あなたには心当たりがございますでしょう?」
知らないとでも思っていました? と問いかける調子の声は慈愛に満ちた海のように深い。
冷や汗が背筋を伝う感触を覚えて、彼は反射的に手をノブから離して後退った。
「――……ないと言ったら」
「ご冗談も大概になさいまし。証拠はすべて揃えておりますし、この女も白状致しましたわよ」
「だからと言って何故こんな真似をした?」
本当はこんな口論などしている場合ではない。
しかしこれを乗り越えなければ彼女の命も救えないし、下手をすれば自分の命すら危うい。
「命を奪うようなことまでする必要はないだろう!」
怒鳴りつけると、エメリアの顔が泣きそうに歪む。
普段の口論なら此処で彼女が泣き出して、自分がそれを怒りながらも動揺して謝罪を重ねる羽目になり、最後は双方が折れるかたちで決着が付くはずだった。
けれど彼女は泣かず、非難するような目が彼のそれを捉える。
「そんなつもりはありませんでしたわ。あなたとのこと、泣いて許しを乞われましたけれど、わたくしが許さなくてはならない道理などございませんもの。だから許さないと言ったらその女がわたくしに刃物を向けてきましたのよ。身を守るためですもの、仕方ありませんわ」
ねえ、と彼女は物陰で様子を伺う執事や侍女に問いかける。
彼らは一様に大きく頷いてエメリアを支持した。女を助けに駆け寄る様子はない。
「それでもわたくしをお怒りになりますか?」
ねえ、あなた、と甘い声が纏わりつくように広がる。

次の瞬間、ふうっと意識が闇に呑まれた。

*

「――ッ!」
ばねのように上半身を跳ね起こして、彼は荒い呼吸を繰り返した。
隣では、夢の中で血に塗れていた妻がすやすやと幼い寝顔を晒して眠りについている。
「……ゆめ、だったか」
あれは夢だ、と繰り返し自身に暗示をかけるように呟いて、ようやく動揺した精神と呼吸が落ち着いてきた。
アンドレアスは今度は深い溜息をついて寝台を滑り降りる。

この手の夢を見たときは十中八九、翌々日ぐらいまでに妻に浮気がばれる。
その前に、証拠の類をすべて処分し、早急に相手に別れを告げなくてはならない。
「まずいな、急がないと」
一種の予知夢に分類されそうなこの悪夢は、幾度となく彼とその度の浮気相手の命を救ってきた。
今日にも彼女に会わなければ、と思ったところで、ぎしりと寝台が軋んだ。
ぎくりと身体が硬直する。
「……何をお急ぎになるんです?」
ねえ、あなた? と夢と同じように優しい声がその背中に投げられる。

さぞかし美しく恐ろしい笑顔を浮かべているのだろうとおそるおそる振り返ると、予想に違わず麗しい微笑を浮かべる寝起きの妻のたおやかな手には、いつの間にか最大の証拠である彼直筆の文――しかも一昨日の晩に出したもの――が握られていた。
おそらくは手紙を届けに行く途中で従僕が捕まったのだろう、そういえば変な顔をしていた。
「……何のことだ」
自然とそろり、と視線が外れてしまうのは罪悪感のためだろうか。
「あくまで、おとぼけになりますのね?」
「だから、何の、ことだ」
彼女の目が据わる。
「――いいですわ、それならそれで、わたくしにも考えというものがございます」

こうなってしまったら、アンドレアスに出来るのはただひとつ。

――どうか誰も死にませんように。

天の神に祈ることだけだった。

******

夢オチ。
そもそも浮気すんなよ、という感じですが奥さん独占欲がとても強くてそれを隠さないので、旦那はときどき他の女性に安らぎを求めるようです。

ちなみにエメリアさんはクリスの先祖です。気性そっくり。
(まぁエメリアさんの方が幾分かおっとりお嬢様系ですが。クリスは割と短気で好戦的なのでこっちの方がじゃじゃ馬っぽい)
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