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2004年01月31日(土) 退院しました!

こんばんわ。ゆみなです。
無事に帰還しました。


あゆとるるの日記を読むと、まるで私の入院はネタに行き詰まりを感じ始めてきた『いれぎゅりゃ!』のために
ひとはだ脱ぎに行ったかのようだ。
「笑いのためには命をも惜しまず」を体現したのか?私は。


さて、入院中の出来事はたくさんあったのだが、るるがこれでもかというくらい書いてしまっているので、
今日はるるの知らないことを書こうと思う。
入院ネタでのメーンエベントはやはり手術だろう。
って、やっぱりネタだったのか?しかもエベントか。


私の手術はレーザーメスとかというヤツで子宮の一部を切除する手術だった。
全身麻酔で行われた。最初全身麻酔は怖いなぁ、なんて思っていたのだが今思うとほんと全身で良かったと思う。
もし腰椎麻酔だとしたら話し声は聞こえるわけだから、先生が
「うわっ!」とか「やべっ!」とか「くさっ!」とか、
そんなことを口走ってるのを聞こえてしまった暁にはおそらくショック死していただろう。
ほんと眠ってる間にとっとと終わってくれて良かったと思う。


病室を8時20分に出て、手術室までは点滴をしながらストレッチャーで運ばれた。
ダンナと母と弟が一緒にオペ室まで横に付き添ってくれた。
途中廊下をすれ違う赤の他人のどっかのオヤジが心配そうに私の顔を覗き込んだりしてた。
こういう場合、「やぁ」とか言うのも変だし、ニタッと笑うのも不気味なのでなるべく顔色を変えずにいた。


「なんかドラマで見る光景と同じだなぁ。私、病人みたいだなぁ。」と一人悦に耽っていると、オペ室に到着した。
手術室の前で看護師さんが
「ご家族の方はここまでです。手術が終了するまで待合室でお待ちください。」と言ってるのを聞いて、
ますますドラマだなぁぁ。しかも主役なんだなぁ!と思うと、思わず顔がニヤけただらしない顔になっていた。
万が一手術が失敗したとなると、家族は私のこの「だらしないニヤケタ顔」が生前最後の顔になるのだ。
やっぱりこういう時は少し不安げな顔を作るべきだよなぁ。
でも、あんまり不安じゃないんだよね。それよりも手術室ってどんななってるのかなぁ。麻酔がかかっていく瞬間って
どんな感じなのかなぁ。なんか楽しみだなぁぁ。とワクワクの方が前面に出てしまい、
家族に
「じゃ、ちょっくら行って来るわ!」とここでもピースサインを出した。


手術室に入るとケミストリーの音楽が流れていた。
まさかここでこんな音楽が聴けると思ってなかったので、ちょっとびっくりしたが、どうせだったらミスチルにしてほしかったな。
と思った。
でもケミストリーでもいいや。これがベートーベンの『運命』とか『第九』とかだったら、
お医者さんも気合はいりまくりで切らなくてもいいとこまで
この際だから切っちまうか。なんて気分になられてもやだから、やっぱりそこそこ無難なとこでケミストリーでも、まぁ良しとした。
そんなことを考えてたら意識がなくなっていた。



「ゆみなさん。ゆみなさん。」と呼ばれて目が覚めた。
ボーっとしていたら手術が無事に終わった事を告げられた。
私の第一声は「今、何時ですか?」だった。
今、思うとそんなこと聞いて「だからなんなんだ?」とも思うのだが、なぜか聞いていた。
「9時40分ですよ」と看護師さんが教えてくれた。
まだその時点では意識も朦朧としていたので、どこをどうやって来たのかわからないけど次に気がついたら病室だった。
目が覚めると、ダンナと母と弟がいた。
ダンナが
「よく頑張ったな」と言ってくれて、母も弟もニコニコしていたので、この時初めて
「ああ、終わったんだ」と安堵した。


手術が終わって、私がまだ回復室にいる時に、先生は切除した肉片を家族に見せながら今回の手術についての説明をしていたそうだ。
「どんなんだった?」と私が聞くと、
ダンナは「ナマコみたいだった」といい、
母は「よく一個入りの梅干しが売ってるでしょ?ああいうケースに入れられてたよ。」と言った。
「一個いりの梅干し」ってやつを私はあんまり見たことないので想像つかなかったが、
母が言うには「よく売ってる」らしい。
第一、その感想は切除した肉片の感想ではなく、入れ物の説明ではないか。とも思ったが、
「そかそか」と頷いた。
写真撮っててほしかったな。とダンナに言うと
「あんなもん見るもんじゃないっ!」と苦々しい顔をしながら一蹴された。
あんなもんって・・・あーた・・・・。
それも、そんなに嫌そうな顔しなくても・・・。


それから6時間はずっと酸素マスクをつけたままで、その間にるるがお見舞いに来た。
るるの顔を見た時、なんでか分からないけど涙が零れそうになった。
「良く頑張ったね」と言ってくれたので、また泣きそうになった。
そして、るるは「お腹すいたからパンを買ってくる」と言い出し、売店へと走り、パンを買ってきた。しかも二個。
それを酸素マスクでやっとの思いで呼吸してる私の枕元でムシャムシャ食べ始めた。
また涙が出そうになった。


マスクは午後3時に外れたのだが、導尿管と点滴は翌日の朝まで付けっぱなしだ。
まったく起き上がることもできず、腰が痛くなったし、なにより自分でおしっこができないってことがこんなに辛いものだと思わなかった。
翌朝、尿管を外してもらい、初めて看護師さんにトイレまで着いて来てもらって自分の力でおしっこをした時の爽快感といったら言葉で言い尽くせないほどだ。
たかだかおしっこなのに、こんなに幸せだと思えるなんて。


手術で切除した肉片を病理に出したので、その検査結果次第ではまた次の治療に入るかもしれない。
だが、たとえそうであったとしても命に関わる事ではない。
お医者さんが、何度も言ってくれたように
この段階で見つかったことは本当にラッキーだった。


なんとなく、あらゆるものに感謝したい。





2004年01月29日(木) スキー

こんばんは、るるです。
まずは、ゆみなが本日無事退院いたしましたことを皆様にご報告いたします。
ほんと、よかったね。ゆみな。

さて、ワタクシは久しぶりに美容院に行って髪を切ってきました。
溯れば、辻元、かまやつ、ロッド・スチュワート、松たか子と変遷をとげてきたワタクシの髪型ですが、
今回は大丈夫です。
ええ、今回こそ











グッドラックのときの黒木瞳です。

文句ある人はおいていきます。


明日から我が家はスキーをしに那須まで行ってきます。
今回はタッキーの仲良しG君の家族と一緒です。
金曜出発ということで、最初は祐二たちの下校を待って4時半ぐらいに出発かなぁと考えていたのですが、
先日、祐二が持ち帰ってきたプリントによると
明日は、どういうわけか学校がお休み♪
当然、慈英とタッキーにはずる休みしてもらおうじゃないかと話がまとまり
明日は朝から出発いたします。
ということなので、今日は慈英の連絡帳に明日欠席する旨を書いてもたせました。
ええ、始業式は忘れてもこういうことは忘れません。

「明日、慈英は家庭の事情により欠席いたしますのでお届けします。」

どうですか、家庭の事情って。
法事とかにしようかとも思ったのですが、ちょっと縁起でもありませんのでね。
なんだかわからないけど、ご事情があるんでしょう、と思わせる婉曲法に出たわけです。
夕方、慈英が帰宅した際に連絡帳をチェックしましたところ、
先生からお返事が書いてありました。


「承知いたしました。




気をつけてお出かけください。」





バレバレっすか?

そんなわけで、明日は誰にも見つからないように早朝出かけようと思ってます。
今度はリフトから落ちないように気をつけて行ってきます!






2004年01月28日(水) 確信

根本はるみは、ただのデブだと思うが、どうでしょうか。こんばんは。あゆです。でも「縦の線」は確実にありまくりです。どうする、るる。

昨日のるるの献身的な見舞い客ぶり、いかがでしたでしょうか。

それにしてみゆみなったら明日退院なんだって?
はやっ!

あたしゃてっきり最低でも10日くらいは入院してるもんだと思ってましたよ。ええ。
昔は盲腸の手術でも一週間くらい入院してたと思うんですけどね。
てか、してました。私。
脂肪吸引の時もそのくらいでしたね。ってわしは浅香光代か!
しかも吸引してこの腹かいっ!

まあ、そんだけ初期の初期だからこそってことで喜ばしいことなんですけどね。

酸素マスクしてVサインしてる写真なんて普通考えられますかねえ?坊ちゃん嬢ちゃん。小学生の遠足写真かよ。
それだけじゃありませんぜ、ダンナ(わしは一体誰に話しかけてるんだ)、
見舞に行ってるんだかパンを食べに行ってるんだかわかんないるるの写真まで送りつけてきやがったんですぜ。
その顔は、いかにも息子の始業式の日を忘れそうな顔だったのが、泣かせやがってこのやろうだ。さすが今年はやる気を出しているだけはある。

しかし、その写真を勤務中に送られた日には・・・。

思わず痔に見せてやったぜ。
あ、会社の痔は最近尻の具合も良好だそうだ。

痔の感想は

「いいですねえ。笑いのために身体はってて」

だった。

痔もたまにはいいことを言う。
今回の入院は、低迷しつつある「いれぎゅりゃ!」復活のためののろしなのだ。のろしかよ。
五木か?それはひろし。
ドッキリカメラか?それは野呂圭介。


ま、わしもそのためにわざわざ苦労して雑菌を繁殖させているわけだが。
昔は雑菌など繁殖するイトマもなく色々あったんだけどなあ・・・。
懐かしんでどうする。
わしもまだまだ減益。どんどん業績が悪くなるのかよ。
まだまだ原液。いや、だからその原液がご無沙汰なわけで・・・。
どこまでいくねん、わし。

よい子にはなんのことやらだろう。早くねんねしな。


因みに更年期障害の原因は
潜在的な欲求不満らしいから要注意だ。わし。
この調子じゃ全然潜在してねえかもしれないな。

ゆみなは「屁」や「うんこ」などの幼稚園児御用達下ネタ系。
るるは嫁姑問題やほのぼの家族のファミリーネタ系。
そしてわしはお色気ネタ系。
ということで今後は落ち着いてきそうだな。ふふ。


ってことで明日は退院早々の第一声が聞けるのか?

何せ、
入院している今、ゆみなには「いれぎゅりゃ!」しか楽しみがないそうだから今日はサボるな
というメールがるるから来たくらいだから・・・。

しかし・・・いれぎゅりゃ!しか楽しみがないって・・・
「いれぎゅりゃ!」はオマエの孫か!

とにかく元気で何よりだ。
土産話、楽しみにしてるぜ。






2004年01月27日(火) ご報告

こんばんは。るるです。
ゆみなのお見舞いに行ってきました。今日は皆さんにご報告したいと思います。
実は今回、ゆみなが入院している病院はワタクシの家から近いのでございます。
電車に乗ってる時間は10分程度でしょうか。
昨日は午前中、用事があって病院の近くまで行ったので、初日ではありますが突撃してみました。

病室に行ったら、もぬけのカラだったので、「明日の手術のための検査でもしてるのかな」と思い待つことに。
ところがワタクシも幼稚園のお迎えの時間を考えると1時間も居られない状況だったわけで、さらには朝から出ていたためにお昼も食べていなかったため、誰もいない病室でおもむろにパンをむしゃむしゃと食べながら待つことにしました。
ええ、ロスタイムゼロでございます。そのパンも病院についてから総合案内を見つけられなかったために(帰りに見つけたけど、ものすごくわかりにくいところにひっそりとあった)院内を彷徨い歩いているときに見つけた売店で、ゆみなの元気な顔でも見ながらお昼にしようと購入したものです。
誰もいない病室でドキドキしながらカレーパンを食べてると、「ぶるぶるぶるぶる」とケータイのバイブが鳴りました。一瞬、ゆみなが放屁してるのかと思ったのですが、なんとそのゆみなからのメールでした。

「ひまだ」

と。
ワタクシが病室にいることを告げると、喫茶店にいるから来いと指令が下りました。カレーパンを口に押し込み喫茶店に行くと、ゆみなは一番奥の席でコーヒー飲んでました。タバコ吸いながら。って、どうですか。ええ、まったくいつも通りのゆみなでした。
そこで、同室の人が良い人そうでよかったねとか、
あの人なら屁を聞き流してくれそうだとか、
それはいいとしても、いびきが心配だとか、
それなら鼻腔を広げるテープみたいのが売ってるから買って来てあげるよとか、
きっとその商品名は「イビキトマール」だろうとか、
いや「ノンイビキ」じゃないかとか、
それは類似品だなとか、
ちょうど今、カレーパンを食べたところでコーヒーが飲みたかったとか、
病室がカレー臭かったらごめんねとか、
いやお昼ごはんがカレーだったから大丈夫だとか、
主治医が大変に無愛想でイヤなんだけど、婦人科で愛想が良いのもイヤだよねとか、
はい、診ますよ〜〜なんて言われたらやだよねとか
手術を明日に控える患者とそれを心配する見舞い客らしい、大変に思いやりに満ちた会話をし、ワタクシはゆみなにコーヒーをごちそうになって帰ってきたのです。

今日は朝から手術と聞いていたので、術後に行くのも迷惑かなと思いながら
午前中のコーラスの練習の後、また行ってきました。「イビキトマール」を持って。
ちょうど回復室から病室に戻ってきたところだったようで、酸素マスクをつけ、点滴を受けていました。看護婦さんに聞くと疲れさせない程度なら面会も大丈夫だということだったので声をかけると、笑顔を見せてくれたので本当にワタクシはほっとしました。
でも今思うと、ゆみなはいつも笑ってる顔だったんだわ。
それから「やっと終わったよ」「よくがんばったね」などと話し、時計を見ると1時過ぎ。ワタクシはまたお昼抜きで幼稚園のお迎え時間になってしまうと思い、
「じゃ、売店でパン買ってくる」と言い残し、昨日と同じパン屋でデニッシュとレーズンカマンベールとかいうパンと缶コーヒーを買い、ゆみなの枕元でムシャムシャと食べてきました。
ええ、手術のために朝から何も食べていないというゆみなの目の前で。
さらには今日一日しっかりとした食事を摂れないと言ってるゆみなの目の前で。
「ここでこんなイジメをうけると思わなかった」と笑いながら言っていたので、ワタクシは喜んでくれてると安心してすっかりきれいにパンを食べてきたのですが、
今思うと、ゆみなはいつも笑ってる顔だったんですよね。

でも、ほんとに元気そうだったのでご安心くださいね。
あゆにも元気だって伝えようと、なんとゆみな、酸素マスクの顔でピースをしてる写真を送ってました。
それから、
あゆも検診にいったらしいよとか、
異常なしだったけど、雑菌が入ってるって言われたらしいとか、
雑菌って、一体なにをしたんだろうとか、
何もしなさすぎて繁殖したらしいとか、
まことに術後まもない患者とそれを心配する見舞い客らしい会話をして
帰ってきました。

で、明後日は退院できるそうです。
でもしばらくは安静にしていたほうがいいだろうから、やっぱりここはあゆと二人で回そうと思います。
ラリホーラリホーラリルレロンです。それはスーパースリー。
あ、あゆ、スーパーフリーだから。フリークってあーた。

しかし、そういいながら金曜からスキーに行くワタクシ。
ゆみなの元気そうな顔みたので安心してスキーに行けます。
でも今考えると、ゆみなはいつもああいう顔なんだけど。

結局お見舞いと言いながら、元気をもらったのはワタクシの方でした。
ありがと、ゆみな。
お大事にね。
そして、しっかり病院生活でネタを拾ってくるのよ。




2004年01月26日(月) 君の誕生日

今日の題名を見て「まだガロネタひっぱってんのかよ」と思ったあなた、夜中にトイレに行く回数が増えてきたんじゃないっすか?こんばんは。あゆです。この季節、冷えは大敵です。

土日とPCに近づけないでいたら
ゆみなは病院送りになってるわ、
題名がしりとりになってるわ
それをまた元の人に戻してるわで
えらいことになっていた。

おまけにるるときたら、もうゆみなの見舞いに行ったらしい。
入院するのを待ってたんかいっ。
とにかくこの模様は明日のるるの日記でお伝えできると思う。
(るる、ネタふっといたから)

てなわけで、いれぎゅりゃ!も当分二人で廻していかないといけない。
スーパーフリークかよ!←古い上に危ないネタだ。

ゆみなが留守をするということは
しばらく「屁」とか「うんこ」とか
しろくま幼稚園うめ組の中でかわされるような話題はとりあげられないということだ。
屁やうんこネタなしにこの「いれぎゅりゃ!」をやっていけるのだろうか。
とっても不安である。

それに、なんかるるは週末また家族でお出かけらしいし。
週末は私1人じゃん。
いいなあ、みんな。スキーとか病院とか。
上げ膳据え膳じゃん。

顰蹙ものですか。すみません。
それにしても「顰蹙」って字にすると虫みたいだな。

                  
 
              蹙


こうやって書くとなんかハエが止まってるように見えない?
あれ?見えない?わたしって強引?
矢のごとしってこと?それは光陰。
吉田?それは松蔭。
ウチの会社に妙に腰を低〜くして入ってくるのに、話し出すと急にタメ口になる人のこと?それは行員。


最近、とにかく腹が減る。
旦那がケチで有名だからかな。
最近、ここでこんなことを書くものだから
ゆみなやるるに「ケチで有名な旦那さん」と呼ばれる。わが意を得たりとはこのことだ。
しかし、
旦那の名誉のために言っておくが、
旦那は私と娘の携帯の利用料金を払ってくれているのだ。
あ、もちろんそれはカードで立て替えてくれてるだけで
あとからわしも娘もお金を払うのだけど。

でもここからが違うのがウチの旦那だ。

いつだったか、請求金額を間違えて私は3000円ほど多く旦那に払いすぎていたことがあった。
旦那はなんとそのお金をくすねることなく私に返金してくれたのだ。
私はこんなこともあるのだと感激していた。
しかし、実際払いすぎていたのは2984円だったため、3000円を私に渡した旦那は

「おつり16円ちょうだい」

と言った。

旦那に殺意を覚えた一瞬だった。

こんなヤツと結婚して今年で20年。
そら太らないほうが不思議だよな。

太った原因はそこかよ。

とにかくゆみなにはがんばってほしいものである。




2004年01月24日(土) 唸る

今のご時世、ガロネタでこんなに引っ張ってるのは『いれぎゅりゃ!』くらいなもんだろう。
こんばんわ。ゆみなです。


さて、急だが入院することになった。
さっき病院から電話があったのだ。
まったくワガママだねえ。でっかい病院。
人を人と思ってないね。
いえ、私は鶏ですが。なにか?(まだ言うか。)

前回の日記で入院するにあたっての懸念事項をいくつか書いた。
中にはあれはネタだと思ってる人がいるかもしれないが(いないか?)、本当にネタでもなんでもなくその三点が気がかりで
仕方がないのだ。


イビキの件。
これは先祖代々イビキの血統らしく、親戚の叔母さんが入院した時、あまりのその凄まじさに同室の患者から
「出てってくれ!」と追い出されたほどだ。
放屁の件。
このことに関しては、くどいっつーくらい書きなぐり倒したのであれ以上でも以下でもない。
寝言の件。
最近、一番悩んでいるのがこれだ。
寝言といっても私の場合、普通の寝言とは違い、どちらかというと「唸る」に近いのだ。
腹の底から搾り出すように

「う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛・・・・」


なんて声が聞こえる状態を想像してほしい。
これ以上の恐怖があるだろうか。いや、ない。(反語)
私自身はまだいい。なんてたって唸ってる張本人だからな。その上寝てるから覚えないしな。
だが、隣の人はどうなる。
白いカーテン横の隣のベッドから押し殺したような野太い声で苦しそうに「うううううううう」と聞こえてくるのだ。
ああ。これじゃ治るどころか隣の人は恐怖のあまり精神に異常を来たしかねない。
私の姿が遮断されているので余計に想像力だけが増幅され恐怖感を煽るに違いない。
そして朝、看護婦さんが巡回に来たとき、その患者はヘラヘラとヨダレを垂らしながら何かワケの分からないことを口走っているのだ。
当然、看護婦さんはすぐに異常事態が発生したことを察知し医者に連絡する。
しかし、当の患者から何を聞き出そうにもヘラヘラと笑い続け、目は焦点すら定まらず虚ろで、
いつしか「きっみとよっく〜♪この店に〜きったものだ〜♪」と歌い出す始末だ。
これでは埒が明かないと判断した医者は隣にいる私に昨夜変わったことはなかったか?と事情徴収してくるだろう。
私はその時すでに原因は自分の「唸り声」にあることは分かっているのだが、しかしその事を白状してしまえば、言った瞬間から患者から容疑者へと呼び名が変わる。
眠りにつくまでの状況は詳しく説明してもその後のことは頑なに口を閉ざす私。
つまり「半落ち」。
医者も看護婦も隣の患者が一晩にして人格を喪失してしまうほどの恐怖が何か判断つきかねぬまま、
隣にいる患者は婦人科病棟から精神科病棟へと移動されていく。
そして、その晩からまた新しい患者が私の隣のベッドへと入院し、同じように・・・・・



ああ。怖い。なんという恐ろしいシナリオであろうか。
だが、あながち全くのウソ話で片付けられそうもないほど、私の寝言は怖いらしい。(BY ダンナ)
心配である。いや、マジで。



ってことで、しばらくの間、留守しますがその間、あゆとるるがしっかりと更新しててくれることを信じている。
病院で携帯から読むからな。
絶対に書いてくれよ!

<ゲスブのあなたへ>

・ほんなこつ嬉かと。ありがとですたい。
私は自分自身がフリークなんじゃないかと思うちょります。
こげん私ですけん、これからもよろしくお願いしますだばってん。







______________________

今日の日記はこちらの方から「尻とリーリレーコラム」という形でリンクされております。
実を言いますと、この原稿の下書きをしてから掲示板を見た次第でありまして、慌てて「う」から始まるタイトルをつけたという、
おそらく企画始まって以来のどうしようもない書き手だったことでしょう。
主催者の方、もうしわけありません。
また、次の方へ指名しなきゃならないらしいのですが、残念ながら『いれぎゅりゃ!』の我々に指名されたとなると、その方は末代までの不名誉な一件として語り継がれる恐れもありますので、
今回はまたこちらに戻させていただきます。


友達いないのかよ!わしら。


2004年01月23日(金) きっみとよっく、こっのみせっに、きったものだ〜♪

こんばんは、るるです。
マークじゃなくてトミーだったんだ。。
で、もう一人は何て人だったんだろう。
ってか、ワタクシの場合「ガロ」の3人の顔はほとんどわかりませんの。
なんかいつも椅子に座って3人で歌ってて、真ん中の人は帽子かぶってて
どっちかの人はメガネかけてたような髭生やしてたような、、、
もう、そのへんぼんやりです。モンタージュとか全然協力できないですよ。

しかし、日本人でマークっていうのはどうですか。
たぶん「マーくん」から来てると思われますね。本名は「マサヒロ」とかね。
トミーは名字からでしょうね。「富田」とかね。
高校の時の友人で、ロックバンド組んでた子がいましてね、
「石原くん」って言うんですけどね、
「シャラ」でしたから。イシハラ、イシャラ、シャラですよ。
SHARAですよ。ロックしてましたよ。バリバリでしたよ、シャラは。
鎖とかジャラジャラさせてましたからね。もうね、歯にも鎖まいてましたから。
矯正とも言いますけどね。ロックンローラーだったんですよ。
石原くん、元気にしてるかなぁ。今でも先のとんがった靴履いてるのかなぁ。
お尻のポケットから趣味の悪い型押しのお財布を覗かせて、歩いてるのかな。
修学旅行では、なぜか新京極で木刀買ってものすごい悪い目つきで歩いてたよね。
そのわりには清水寺ではネコのついた耳かき買ってたよね。
あと、おばあちゃんの顔がくっついた孫の手も買ってたよね。
シャラはおばあちゃん子だったからね。

話がそれました。北北西に。
そう言えば、「ガロ」って名前の喫茶店があったんですよ、学生街に。
まんまですね。「GARO」って書いてあったんですよ。入り口にね。
でも、ぜんぜんお客さんが入ってる様子がないんですよ。
窓とかもなくて、メニューも外に出てなくて、なんとなく入りにくい店だったんです。ある意味、ガロのイメージにぴったりなムードだったわけですね。
で、友人と一度入ってみようということになって、意を決して入ったんですよ、高校生のときです。
そしたらね、そのお店、








画廊だったんですよ。




と〜〜きは、なが〜れ〜た〜〜〜♪

これは、そんなウソのようなほんとの懐かしい思い出でございます。





2004年01月22日(木) だめだ

宗方コーチは、内野聖陽よりも、ココリコ田中にしてほしかったあゆです。こんばんは。

一昨日のるるに告ぐ。ガロで自殺したのはトミーなんだよ。トミー。
あたしゃあの3人の中でトミーが一番好きだったんだ。
それで中学1年の時に夏休みの作文でネタに困ったあたしは
苦し紛れに子供向けのお話を書いたのさ。
それの題名が忘れもしない

「トミーの夏休み」だった。

そんなあちきの、はずかすぃ過去はどうでもいいのだが、
ガロって言うとグループには嫌われ者がいたよなあ・・・って思うのはなぜだろう。
ボーカルが嫌われ者だったからかな。ボーカルって呼び名もどうよ。
じゃあ宮史郎も「ボーカル」でええやん。
宮路おさむも「ボーカル」でええやん。
前川清も「ボーカル」で・・・あ、もういいですか。そうですか。

嫌われ者に話を戻すと、フォーリーブスでは江木俊夫が嫌われ者だった。
今、「江木俊夫」が一発変換で出てきたことに驚きを隠せないでいる。
さすがマグマ大使を笛一本で呼び出していただけのことはある。

最近のグループでは
嵐の大野かな。
これは私が個人的に嫌いなだけだけど。


ええっと何を書きたかったのかな。
あ、そうそう。
近所の奥さんで誰かに似てるんだけど誰だかわかんなくて、
ずぅぅぅぅぅっと気にかけていた人がいた。
それこそ長女が小学生の頃から知ってるから10年くらいか。
ほんとにずっっっっっっっっっっっっっと気に病んでいた。
病んでたのかよ。
でこの間思い出したわけよ。

あああ、
ガロのマークだったんだ!
あの頭頂部がちょっと爆発気味で裾は思いっきりすいてるへアスタイルと、うすいブルーのレンズのでっかい眼鏡は、マーク以外の何者でもなかった。

るる、長年の懸念事項を解決してくれてありがとう。
感謝するぜ。

でもかわいいねえ。男の子って。
水着の女のどこに人気があるのか本能的にわかってんだろうね。
えらいゾ。
縦の線がないとか。そんなこと、私ならるるの目を見ながら言えないね。
勇気をふりしぼったタッキーちゃんに乾杯だ。


しかし、ゆみなも忙しいな。
でっかい病院から小さい病院まで。
しかも小さな病院には母子で慰問に行くなんて。


さて、これから風呂に入ろう。
実は最近何を思ったか阪神欲を始めた。
川に飛び込みたいっていう欲望かよ。
半身欲だ。
欲求不満かよ。だから「欲」じゃないって。
小一時間くらいゆったりとお湯につかって本を読むことにしている。
昨日はフジ三太郎だった。
今日はヒゲとボインかな。持ってねえよ。


最後になったが、私はタバコをやめた。
そして4kg太った。どうしてくれる。



だったよね。


2004年01月21日(水) 誰だ

こんばんわ。鶏のゆみなです。
いや〜久々です。こんなに熱が出たのは。
るるがオフ会で狂ったように踊っていたのを見た以来でしょうか。
魘されてました。
皆さんもお気をつけください。インフルエンザとるるの踊りには。

さて、そんな私も今ではだいぶ良くなり、以前のように首を前後に動かせるようになりました。

昨日はKO病院に行く日でした。
前回は手術の説明のみだけできちんとした返事をしてなかったので、昨日はその件について返答してきました。
「考えさせてください」と言ってはみたものの、洗濯の予知なんかあろうはずもありません。
洗濯してる場合じゃねーし。
このままほっとくと癌が広がってくだけですしね。
昨日はちゃんと言ってきましたよ。
「思いきって切っちゃってください。ついでに尻もね」と。
目が点になってましたけどね。お医者さん。
ウソですけど。


しかしね、でっかい病院ってのはどうしてあんなに待たせるのが平気なんでしょうかね。
入院の期日なんですけどね、2月か3月って言うじゃありませんか。
2月か3月ですよ。あーた。
アバウトにもほどがあるってなもんですよ。
ま、それだけ急を要する事態ではないってことなんでしょうけど、待たされるミニもなってほしいもんですよ。
ミニ穿きながら待ってるんでしょうか。私。
しかも、入院の日が決まり次第、前日に電話するって言いやがるんですよ。
だからそれまで準備だけはしといてくださいね。と、ほざきやがるんですよ。
こっちだって色々予定はあるんだよ!と言いたくなりましたよ。
たとえば、
ヨーロッパ豪遊ツアーとかね。ウソですけど。
競馬場貴賓席観覧とかね。ウソですけど。
箱根日帰り温泉とかね。ジミですけど。
とにかく、そういう諸々の計画やら予定がまったく立てられないったらありゃしない。
まったく人を人と思ってませんね。いや、私は鶏ですが。なにか?


そんなこんながKO病院であった後、私は近所のいつもいく内科へと向ったのです。
病院のハシゴですたい。
いきなり九州弁かよ。
その点、ちっちゃな病院ってのはいいですね。
次女と一緒に行ったんですが、患者は私たちだけ。
行ったらすぐに名前呼ばれましたよ。まだ検温中だというのに。
ヒマだったんでしょうね。先生。
次女から先に診てもらったんですが、その医者曰く
次女は絶対にインフルエンザではない。と言い張るんですよ。
いえね、確かにそこで予防注射打ってますからね、認めたくない気持ちは分かりますよ。
「効果なし」の烙印を押されたも同然ですからね。
でもね、症状はどう考えても長女と同じなんですよ。
長女が行ったときは、インフルエンザの検査をして調べてくれたのに、次女の時はその検査すらしないんですよ。
最後まで「これはただの風邪」で押し通してましたよ。
ま、なんでもいいんですけどね。私は。治してさえくれれば。
結果として、今はだいぶ良くなってきて、なんとか明日の入学試験は受けられそうなんでいいんですがね。


長女が一番先に罹り、次に長男。そして次女、私と続き、残るは・・・・
そう、ダンナですね。
よく一番最後に罹った人が一番重いって言うじゃありませんか。
楽しみですね。

あ、そうそうダンナで思いだしましたが、
あゆのケチで有名な旦那さんは、私の屁は意思で自由自在に放屁できると思ってるようですが違いますから。
逆ですから。まったくの逆です。
意思でどうしようもないから困り果ててるんですよ。
だから、こんな日記で生き恥を晒してるわけですから。
そこのところ、ちゃんと説明しといてくださいね。

あ、それと屁で思い出しましたが、昨日も受験のことでナーバスになってる次女を励ましてる最中にこいちゃいましてね。
それも「ぶるぶるぶるぶるぶる・・・・」ってヤツを。
次女に言われちゃいましたよ。

「ああ、びっくりした。携帯のバイブかと思ったよ」って。


こんなに突然ところ構わず出てしまうようじゃ、今から入院が心配でならないんですよ。
しかも私の場合「イビキ」というクセモノまでついてますしね。
その上「寝言」も、なかなかいけるクチらしくてね、
ダンナに
「おまえは寝ててもうるさいヤツだな!」と言わしめたほど四六時中、落ち着きない体質なんですよ。



ほんと、困ったもんです。私って。





2004年01月20日(火) 代打

こんばんは。「最近、毒舌キャラになってきたわよね」と実生活で友人に指摘されて、すっかり自分を見失いつつあるるるです。
最近っていうのは、あれですかね、やっぱり。
「いれぎゅりゃ!」を復活したあたりからでしょうか。

そうそう、おやびんがインフルエンザらしいですよ。
鶏だったんでしょうか、おやびん。
そう言われれば、首の動きはちょっと鶏っぽいかもしれないです。
あ、お大事にね。>おやびん

ま、そういうわけで代打ですよ。いれぎゅりゃーと言いながら代打ですよ。
ワタクシはママさんコーラスをやってるんですけど、先日その発表会がありました。
ごく一部の方はワタクシとカラオケに行ったことがあるかもしれませんけど、
カラオケとコーラスとでは、発声がまったく違いますのでね、
いらぬ心配はけっこうでございますよ。
コーラスしながら、踊ったり手品したりしませんから。
で、今回も大変に気持ち良く歌ってきたんですけど、毎回パパと子どもたちが見に来てくれるんですが、今回はパパが仕事でいなかったため、子どもたちにも来なくていいよ、と言ったんです。
それなのに、息子3人でミニ着てくれたんですよ!
って、息子がミニはいてどーする。
見に来てくれたんですよ、息子3人で。うれしいじゃありませんか。
その上、帰ったら「お母さん、じょうずだったよ」と言って
「マッサージ券」とか「おふろ洗い券」とか「せんたくたたみ券」とか「背中洗い券」とか、いっぱい作ってプレゼントしてくれたんですよ!
かわいいじゃありませんか!
うれしいじゃありませんか!

それで、さっそくタッキーちゃんとお風呂に入るときに「背中洗い券」を使ったんですよ、さきほど。
背中洗いながらタッキーがしみじみ言いました。
「お母さん、水着きたら人気でないかもね・・・」と。
「なんで?」と聞くと
「だって、水着きて人気ある人は、ここに縦の線があるんだよ。」

そ、それは、、、、

た、谷間のことですかぃ?

し、しかも、背中を洗ってるときに、な、なぜ、、、、
ま、ま、まさか、、、
母の、背中と胸の区別がついてないんじゃないでしょうね、、、、、

と思い、念のため「タッキーちゃん、そこは背中なんだからおっぱいはないわよ。」
と言うと、
「わかってるよ。マークがないもん。」
と、とてもきっぱりと利発そうに答えました。
そのマークというのは、お前が2歳2ヶ月まで吸いつづけた、さらにお前の二人の兄もそれぞれ1歳半まで吸いつづけた、そして時に噛みついて引っぱったりして、痛くて痛くてそれでも離さなくて鼻をつまんで息ができないようにして口をあけさせたりした、その乳首のことでしょうか。

マークって。。。

私の乳首はガロの自殺した人かよ。









2004年01月18日(日) 昆布

腹いっぱいです。こんばんは。あゆです。

今日、娘ふたりとカラオケに行った帰り、私たちの車の前を横切ったおっさんを見ながら私がふと言った一言を聞いた次女に、「おかあさん、ちょっと下品」と言われてしまった。

私はただ

「ほらほら、古ぽこちんが通るよ」

と言っただけなのに・・・・。



いきなり下ネタから入った私をお許し願いたい。


下ネタという言葉で思い出したが、
ゆみなが手術をするそうだ。

ゆみなの身体にメスを入れるということは術後は今より
女に近づくのだろうか。メスって♀かよ。

実は私は今までに4回腹をかっさばいている。
1回は小学生の時の盲腸の手術。
2回目は十数年後、盲腸の手術後、体内に残っていた糸が化膿し、さらに癒着していたのでその摘出手術。
あ、言い忘れていたが、この時の入院生活中に、今はすっかりケチで有名になった旦那が足しげく見舞いに来てくれたのをきっかけに付き合い始めたのだが、そんなことは本編に関係ないどころか、この時入院していなければ、ケチで有名な旦那とも結婚することもなかっただろうに・・・とちょっと感慨深げになったりしている。はぁ〜・・・。ため息かよ。
ささ、気を取り直して本題に戻る。
3回、4回目は、そのケチで有名なうえ、その頃から25キロは太ってしまった旦那との間にできた子供の帝王切開だった。

入院生活は、いつも楽しかった。
昼間は退屈なもんで昼寝をするのが習慣になり、夜眠れなかったりとか、
夜中にトイレに行くのが怖かったりとか、夕食の時間が早すぎて夜中にお腹がすいたりとか、いろんな人がお見舞いに来てくれるのはいいけれど、素顔がバレバレだったりとか、ほんとに楽しいことばかりだった。

それに、4回も腹を切ったワリには、今でも腹が出ているし、性格はお茶目で少し根性が悪くなったような気がするし、ヒトの上げ足を取るのが好きになったのも三回目の手術のころだろうか。金遣いが荒くなったのは上の子を産んだ頃くらいからで、貧乏になったのは下の子を産んでからだ。
そのうえ娘たちは立派なオタクになった。
ええとこなしかいっ。

きっとゆみなのことだから入院中も
看護婦さんや入院仲間のおばちゃんたちを笑わせるのだろう。
だから私は、ゆみなが病院に行くのは、
手術のための入院ではなくて


 入院患者さんたちを笑わせる慰問 
だと思うことにする。
ただ心配なのは
ゆみなが横たわれるほどのベッドがあるかどうかということだ。

ところで今回のゆみなのことを
ウチのケチで有名な旦那に話した。
旦那とゆみなは何回も会ったことがあるので旦那は心配していた。

わし「いや、それがね旦那さんに検査結果を話すときに・・・」
私はこの日の日記の概要を話した。
するとケチで有名なうちの旦那はこう言った。

「まるでゴルゴみたいだな」

ゴルゴ?あの私がさんざん金を搾り取られたゴルゴ13か?
私はてっきりパチンコのことだと思っていた。
それにしてもパチンコ台とゆみなとどういう関係があるんだと
私は不思議そうにケチで有名な旦那の顔を見た。
すると・・・・ケチで有名な旦那は言った。



「TIMのゴルゴ松本だよ。あいつは自分の意思で屁がこけるんだ」

知るかよ。そんなこと。
それにゆみなは自分の意思に関係なくこいているんだと思う。

あの深刻な話のときに自分の意思で
あのタイミングで屁をこくなんざ人としてどうかと思う。


でも、もしそうなら
今度慰問で病院に行ったときにネタとしてみんなの前で披露してほしいものである。







2004年01月17日(土) 塗布

小学校の大掃除のときに、床にワックスをかけることを「塗布」といいました。
だからなんなんだ、段田男。

昨日は、祐二の学校も慈英の学校も、タッキーの幼稚園も忘れなかったのに、
『いれぎゅりゃ』を更新するのを忘れてしまいました。
どうもすみません、青木さやかです。うそです。
青木さやかで検索してここに辿り付いた方、すみません。
おわびに、ワタクシの知る限りの「青木さやか情報」をお伝えします。
青木さやかって人は、ワタクシと相通じるものがあるらしいです。以上。
あ、申し送れましたが、青木さやかを知らないるるです。
「エンタのなんとか」って番組に出るそうですよ。
今日も出るんでしょうか。

しかし、ゆみなって人は本当におかしな人ですね。
先日までは、彼女の頭の中をパッカリと割って中を見てみたいと思ってましたけど、
今はどちらかというと腸のあたりを覗いて見たい気分です。ガスマスク装着して。
ほんとに、ご同情申し上げます、ご主人に。
あんなふうにうまいタイミングで出るものでしょうか?
マッサージ屋での放屁もまことにご立派でしたけど、
今回のも圧巻でございますわ。

ま、それはそれとして、ゆみな、入院することになったそうで。
本当に心配です。
同室の方がガス中毒になってしまうのではないかと。
それかよ。
院内感染で黄疸が出た、とかの騒ぎになったらどうしましょう。
いやいや、実は小心者のゆみなのことです。
同室の患者さんに気をつかって、ガスをお腹にためこみ
肝心の手術のときに麻酔で緩んだ肛門から一気に放ってしまうということも考えられます。
先生は「みなさん、なさいますよ」と言ってくれるでしょうか。マッサージ屋のお姉さんみたいに。
心配です、本当に。

お見舞いには、ほっかほかの「やきいも」を持っていってあげるね。
お大事に。





2004年01月15日(木) 老婦

「抱負」「豆腐」「掛布」と来たので、あゆにちなんで「老婦」にしてみました。
ゆみなです。こんばんわ。


まったく、るるといいあゆといい、なんという体たらくぶりだろう。
始業式を忘れたり卒業式に遅刻したり、母親たるものの片鱗も見られないではないか。
その点、私はというとお弁当を作るのが面倒で
「あんたは今日熱がある・・・あんたは今日熱がある・・・」と
さりげなく暗示をかけて幼稚園を無理やり休ませたり、受験生の娘に私の分の夜食を作らせたりしたくらいのもんだ。
二人とも母の鑑とも言える私に早く近づいてほしいと願わずにいられない。


さて、私は自分の日記にも書いたのだが、近々入院することになった。
入院といっても何週間もではなく、ほんの死後日だ。
死んでどうする。四、五日だ。
それも次女の受験が終わってからなのでまだまだ当分先のことだ。


私はそのことをダンナに言う時は、思いっきり深刻ぶって話そうと決めていた。
病気じたいは大したことではないのだが、ダンナにはこの時とばかり目一杯心配してもらおうという魂胆だ。
不思議と親とか子供には心配かけたくないので、普段から少々具合が悪くても元気を装う私だが、
こと相手がダンナとなると、オーバーすぎるほどの重病人になりきるのだ。
一種の甘えなのだろうと自分でも分かっている。だが、そればかりでもないのだ。
ダンナは鈍感といおうか緊張感がないといおうか、現実味を帯びてないといおうか、
温泉は硫黄か?
まったくもって私に対しては無頓着なのである。
なので、大げさくらいに話してちょうど良いのだ。


声のトーンを落とし、意図的にドヨョォォォォォンとした顔を作り、本題に入ろうとした矢先、
なぜか私の腹具合がどうもよろしくないことに気づいた。
腹具合がよろしくないというのは、下痢っぽいとか便秘気味とかではなく、
なんとなくガスがたまってるといおうか、出そうで出ない感覚といおうか、一発踏ん張れば絶対出るぞといおうか、
松本伊代か?
とにかく、そんなふうに調子が良くなかった。
しかし、私としてももう本題に入り始めようとしていたし、ダンナもすでに話を聞く体制に入っていたので、
こんなとこで屁なんかこいてる場合ではなかった。
なので、話し始めた。


「あのね、私、やっぱりね、ブッ。手術しなきゃならないらしくてね、ブッ。」


すると声に出した勢いと共に、私の意志とは関係なく勝手に屁は出やがった。
それでも内容としては深刻なことだし、なによりも「心配させる」という目的があるために、
ここで当事者である私が笑うわけにはいかない。
今笑ってしまったら、ダンナは心配するどころか、
これはネタだと勘違いする恐れがある。
私は何事もなかったように話を続けた。


「思ってたよりも、ブッ。病変は広がってなかったんだけどね、ブッ。でも子宮の一部をとって、ブッ。
もう一度、検査をした方がいいらしいのね。ブッ。」


なんなんだよ!この屁は。
とどまる事を知らないのか。


ふとダンナを見ると、さすがのダンナも内容が内容なだけに笑ってはいけないと感じているのか、
いつもならとっくに
「いいかげんにしろや!」と怒り出す場面なのに、笑いを堪えながらもギリギリのとこで沈黙を守っている。

この時点で私のほうがかなり可笑しさに耐えがたき状況になってきたのだが、それでも一応最後まで話を続けた。


「だからね、思い切って入院して、ブッ。悪い所をとってもらうことにするわ。ブッ!」


あ〜あ、結局最後までブッブッ、合いの手のように入っちまったなぁぁ。と思いながらダンナの顔を見ると、
ダンナもとうとう我慢できなくなったらしく、
怒りと笑いを半々に交えながら、













「ついでに、そのケツも取ってもらえええええええええ!!」



と叫んだ。


まったく同感だ。
なんで、こんな肝心な時に私は屁なんかこいてるんだろう。



本当に、できるもんなら取ってほしい・・・・この尻。






2004年01月14日(水) 掛布

仕事帰りにバーゲンに行ってコートと手袋とバッグを買ってきたあゆです。こんばんは。

題名はゆみなの「抱負」→るるの「豆腐」ときたんで
ほんとは「農夫」にしようか「甲府」にしようか「江戸幕府」にしようかと迷ったのだけど、どうせ「ふ」しかあってないのならあのはげちゃびんでもいいやと、半ばやけくそで題名をつけたわけである。
でもよく考えたら「毛布」の方が昨日からの自然な流れに身をまかせることができたのだった。

それにしてもるるったら
ものすごい青木さやかっぷりである。
いくらわたしが太っていたって、娘の始業式は忘れたことはないぞ。
卒業式には遅刻したけど。

ところでるるは実は青木さやかを知らなかったらしい。
どんな人物か説明しようと思ったが、いつも「ついてこれない人はおいていくぞ主義」のるるには、自分で調べてもらうことにしよう。

でだ。
知らない人が多いと思うが、私はお笑い好きである。意外だろうな。ふふっ。
今日は私の中の「お笑いにおけるアリな人々」について考察してみようと思う。

早速だが、私の中の今一番の「アリ物件」が青木さやかなのだ。
元アナウンサーであるメリハリのある声を生かして毒舌を吐く時のすました顔も好きだ。間のとりかたがうまいと思う。
毒舌といえば「間違いない」の長井秀和も私的にはアリだ。
M-1で優勝したフットボールアワーもアリ。
本当なら面食いな私は、のんちゃん系はパスな筈なのだが、
彼にかぎり「キモかわいさ」がアリなのだ。なんといっても意表をつきまくるボケが魅力だ。
あ、もう一組、キモいのにアリな奴らがいた。ドランクドラゴンである。最近、何かを説明しようとすると思わずツカジのような中学生の夏休みの研究発表会っぽい口調になる自分がいてちょっと悲しくなる。
いつもここからもアリ。二人とも無表情なのと中途半端にうまい絵がいい。

しかし、何度も言うようだが(ってか自分の日記で書いた)同じように「日常によくある情けない現象」をネタにしているテツトモはナシだ。全然なしっ。ありえない。大阪弁で言うと「ありえへん」。なぜなら面白くないから。顔を崩して笑わそうとするところ、あと、ギター弾く方が自分のネタで笑うところが腹立たしい。
なぜここまでテツトモが嫌いなのか自分でも不思議なのだが
きっと二人が人が良さそうだからだと思う。

だが、

お笑いに人の良さは必要なし。無駄。

以上。
考察といってもただ好きなヤツの名前と嫌いなヤツの悪口を並べただけだが
そのへんは新春第二弾ってことで許してちょんまげ。←笑いを語る資格なし。









2004年01月13日(火) 豆腐

こんばんは、スキーがあまりにも楽しかったせいか、長男の始業式をすっかり忘れてしまった青木さやかです。
タイトルに深い意味はありません。まさか、昨日の「抱負」とかけてみた、なんて口が裂けても言えません。
いえね、うちの長男と次男、別々の学校に行ってるんですよ。
さらにタッキーは幼稚園。三人それぞれ違うものですからね、毎日がいれぎゅりゃーなんです。
そんなわけですから、カレンダーにも手帳にもそれぞれの予定がギッシリ書き込まれてるわけですが、
そのカレンダーにも手帳にも
 7日 スキーより帰宅
 8日 慈英 始業式
 9日 祐二 タッキー始業式
と、書いてあったわけです。
スキーから帰って、筋肉痛の身体に鞭打って早起きして、慈英を学校に送り出し、ほっとしていた午前9時。
電話がなりました。
出ると祐二の担任の先生。
「あら、○○先生、おけましておめでとうございます。
 今年もよろしくお願いいたします。」
「あ〜〜、どうも、こちらこそどうぞよろしくお願いします。えーっと、祐二くんは、今日は、、」
「はい、おりますが。。なにか?」
「・・・お母さん、今日、始業式ですよ、、」
「えええええええええええええええええええええ!!
 明日からじゃありませんかああああああああああああああ?
 うちのカレンダーには明日って書いてありますうううううううううううう!」
「はははははははははははは、、、、」
「あの、あの、今からすぐに登校させますうううううううううううう」
「はははははははははははは、、、、」
「よ、よろしいでしょうかあああああああああああああああああああ」
「はははは、も、もう、式終わっちゃいましたけどね、、ははははははは」
「も、申し訳ありませんでしたああああああああああああああああ」
「いやいや、ははははははははははは、、、、」




笑いすぎです。
ほんと、ビックリしましたよ。
こんなことは初めてだよねぇ、さすがに。と話しておりますと
「夏休みのプールに、お母さんが行けっていうから行ったら、
女子の時間だったことがある」
と祐二に言われてしまいました。
さらに、タッキーに
「幼稚園がお疲れ休み(代休)でお休みだったのに行ったことある」
と言われてしまいました。


ワタクシは年頭にあたり、息子たちに声を大にして言いたい!



ワタクシをあてにするな、と。
ワタクシを頼りにするな、と。
どうなっても知らないぞ、と。

ワタクシはね、ワタクシのことだけでもいっぱいいっぱいなんですから。
もうね、昨日なんて朝ごはん食べたかどうか思い出せなくて、10時ごろにやきそば作って食べようと思ってお箸を探したら食器カゴの中にちゃんとお茶碗やお椀と一緒にあって、ひょっとしたら朝ごはん食べたっぽいなーとちらっと思ったんだけど、せっかくつくっちゃったやきそばを食べちゃったんですよ。
その上、そのやきそばを食べたことも忘れてお昼にはみんなと一緒にピザを焼いて食べちゃったんですよ。
スキーに行ったときなんかね、ワタクシはリフトから落っこちたんですよ!どうだ、すごいだろう。
タッキーとね、二人乗りのリフトに乗ったんですよ、毎度のことなんですけどね。
で、乗ってすぐタッキーを奥にぐっと引っ張り上げてあげるんですけどね、そうしないとちっちゃいんで落っこちちゃいますからね。
その時は、ひっぱりあげようと思った瞬間、もうタッキーがズルッとすり抜けちゃって落ちちゃったんですよ!
乗ってすぐですからね、タッキーは大して痛くもなかったとは思うんですけど、
ワタクシはビックリしちゃいましたよ!
だって、ワタクシだけ乗せてリフトはどんどん上がっちゃうんですから。
後ろを見ると、タッキーが倒れながら心細そうにこっちを見てる、、、、
その姿をみたら、もう反射的にワタクシは上昇を続けるリフトから飛び降りましたよ!
板はずれまくりですよ!ほんと、ビックリしちゃいましたよ、周りの人が!

ま、そんなこんなで、身体が痛いんですけどね、
皆さんどうぞ、ワタクシを当てにしないで今年もよろしくお願いします。






2004年01月12日(月) 抱負

ゆみなです。遅くなりましたがどうぞ今年もよろしくお願い致します。


今「遅くなりましたが」が書いたが、ほんとに遅いと思う。
今年になってすでに12日目なのになんと『いれぎゅりゃ!』はまだ三回だ。
3人もいながらまだ三回の更新しかなされてない。
「まったくこの3人は。とほほ。。」ってやつである。
去年は『りゃ!』の閉鎖とか『いれぎゅりゃ!』の開始とかリレー小説の復活とかリレー小説の失敗とかなんだかんだとあった年だったが、
今年もたいして代わり映えのしない一年になることは推して知るべしであろう。
なぜなら、私たち3人、新年を迎えても「今年こそはこうしてやろう」とか「今年の抱負は」ってもんが何もないからだ。
いや、もしかしたらあゆとるるは密かに秘めているのかもしれないが、
少なくとも私はない
わざわざ太字にすることでもないが、ないもんはしょうがない。
だいたい私は昔から予定をたてるとか計画を練るとか抱負を語るとか、そういう類が苦手だった。
嫌いではないのだが苦手なのだ。
では「嫌いではないのに苦手」とはどういうことか。

子供のころから夏休みや冬休みの宿題とかに決まって「夏休みの学習計画表」なるものが出された。
私はそのような長い休みに入る直前にはそれはそれは立派な計画表を立てたもんだった。
宿題等は休みの前半に全て終了し、後半は自由研究に打ち込み、当然朝のラジオ体操も欠かさずに行きます!
というものだ。
休みに入るまでの意気込みたるや、おそらく誰も私に敵うまい。
気持ちだけは充分にあるのだ。
だが、その計画は一度も実行されることなく気づけば休みの最後の日を迎えていた。
ラジオ体操なんてとんでもないことだったし、自由研究どころか宿題だって手付かずのまま最終日がやってくるのだ。
読書感想文だって、本当は3冊分書かなきゃならないのに、一冊だって読み終わってない始末だ。
結局、本の紹介文を参考に、きっとこんな内容なんだろうと勝手に解釈し、それについての感想を書く始末だ。
つまり読書紹介文感想文だ。
かと思えば途中まで読んだ本の途中までの内容の感想だけを書いて提出したことだってある。読書途中感想文だ。
思うに、計画をたてた時点で私の気持ちの上で半分は達成されていたに違いない。
それだけで充分に果たした気になっていたのだ。


結婚してからも計画や抱負だけは誰にも負けなかった。
絶対に来年こそは家計簿をつけようとか、早起きしようとか、掃除もマメにこなして母親らしい母親になろうとか、
とにかく年末の意気込みだけはすごい。
しかし、年が明けるやいなや、その意気込みは三日と持たず消沈し、暮れに買った新品の家計簿はいつのまにか姿を消し、
早起きや掃除をするという目標は元旦から玉砕した。


そんなことを毎年続けてるうちに、へたに目標や抱負なんか持つから新年早々自分の不甲斐なさに腹が立つのだとやっと分かり、
ここ最近は、なんの抱負も持たず新年を迎えることにしている。
すると、なんと清清しい新年を迎えられることだろう。
今年の目標が何もないもんだから何かに向って必死に頑張る事もないし、自分に課したノルマがないから、
なんのプレッシャーも感じられず生きていかれる。
その日その日に起きた事だけをこなしていけばいいわけだ。
なんと楽なことか。
どうせ何が起きたところで、なんとかなるもんなんだから難しく考える必要はないのである。
流れに任せておけばいつか終わってるってもんだ。
いやー楽々。
どうせ人生山あり谷ありで計画通りになんて行かないもんだ。
そしたら最初っから計画なんて立てるもんじゃないってことにやっと気がついたね。
「行きあたりばったりの人生」
これほど楽しくラクなもんはない。


ま、今年もいろんなことがあると思うが、その時その時でなんとかなっていくだろう。
ってことで、今年もよろしく。












2004年01月11日(日) 事情

おひさしぶりです。おはようございます。あゆです。

年末年始、ほんとうにいれぎゅりゃ!な感じないれぎゅりゃ!であるが、これには結構深いワキゲがあるのだった。

このところ、ウチではパソコン争奪戦が壮絶なのである。
今までは長女と私の2大勢力がパソコンというシマをめぐって熱い戦いを繰り広げていたわけであるが、最近、次女という新興勢力が侵攻してきたのだった。
私が帰宅したころには次女がパソコンに張り付いていて、それが終わると今度は長女である。私は長女が使い終えるのを待っているのだが、その前に睡魔に負けて眠ってしまうというパターンが最近続いている。

一見、全く深いわけではないように思えることだが、
次女からパソコンを奪おうとすると「泣いてわめく」という攻撃が待ち構えており、長女から奪おうとすると「ふてくされる」という飛び道具が出てくる。これらの攻撃を駆逐する元気はもう私には残っていないということだ。それより、午後9時には襲ってくる睡魔に年を感じずにはいられない。それだけ早く眠れば、朝も当然早く目覚める。で、朝五時ごろ起きてパソコンに向かおうとすると

ケチで有名な旦那が既に起きてパソコンに向かっているのであった。

そんな中やっと見つけられたこの時間。
長女はオタクの象徴「コミケ」に出かけ、次女はまだ眠っている。
ケチで有名な旦那は起きてはいるがテレビを見ている。
そしてウチは今年も貧乏。
こういう状況の中、今いれぎゅりゃ!は更新されているのであった。


で、何が言いたいかというと、
さっきまで、録画していた「エンタの神様」を見ていてふと思った。



るるは青木さやかに似ていると。



いや、顔じゃなくてなんとなく雰囲気っつーの?
強いて言うならゆみなが北陽の虻川に似ているって感じかな。ふふっ。

今日言いたかったのはそれだけっす。

そんじゃ今年もこんな感じで
なまぬるく進んでいきますんでよろしく。






2004年01月07日(水) 今年もよろしくお願いします

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
今日スキーから帰ってきたるるです。

みなさま、どんなお年越しをなさったのでしょうか。
ワタクシは、紅白を見ましたよ。
だって、あなた、一年の最後を締めくくる日に格闘なんて見たくありませんもの。
でも、やっぱり視聴率は格闘が勝ってたらしいですね。
やっぱり、こう身体中の血が沸くような感じっていうんですか、
ああいうのが今の日本人が欲してるものなのかもしれませんね。
ワタクシも紅白みながら曙のことは気になって、チャンネル変えたりしてたんですけど、変えたときにはもうやられちゃってました。
やっぱりね、ぐーで叩かれたことないんですから、彼は。
せめて、まわしは許してあげるとかね、ちょっと譲歩してあげたらよかったのにね。
って、やっぱり見てたんでしょうか、格闘。

紅白は、なにがびっくりしたって、日本野鳥の会のみなさんが出なかったんですよ!あれはねー、なんか出てくると「なんでだろなー」と思わせるわりには、出ないとなると「やっぱりねー」って思わせますよね。
って、前々からいまいましく思ってたんでしょうか。

そんなこんなで元日を迎え、ワタクシ、義母のところに新年のご挨拶に伺ったんですよ!
1年ぶりですわ、まともに口を利くのは!
ええ、昨年の元日にぶち切れて以来、ワタクシは沈黙を守り通してきたのですが、
ま、新しい年ですしね。
ワタクシも怒ったら怖いんですのよ、ということは昨年でわかったでしょうからね。心なしか、ワタクシにビビってる感じでしたしね。ふふふ。
ここのネタのためにも、多少の行き来は必要なので、今年は緩和していこうと思っております。

ま、そんなかんじの今年の幕開け。
今年もどうぞお付き合いくださいませ。








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