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   Written by なお。
◆日記『心地よい孤独。』◆
孤独はいいものだということを我々は認めざるを得ない。
しかし、孤独はいいものだと話し合うことの出来る相手を持つことは一つの喜びである。
byバルザック
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2006年01月26日(木)
『自白の心理学』と『特捜検察の闇』。

以下、気分転換のために、どうでもイイほざき。(というか、この日記全体が、どうでもイイほざきなので注意してください。。)


今、アマゾンで読みたい本を探している最中なのですが、ふと見た法律入門のカテゴリーで、現在『自白の心理学』が第一位になっていた。。

●『自白の心理学』(岩波新書/浜田 寿美男著)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/400430721X/
〜出版社/著者からの内容紹介〜
『身に覚えのない犯罪を自白する.そんなことはありうるのだろうか? 心理学の立場から冤罪事件に関わってきた著者が,甲山事件,仁保事件など,自白が大きな争点になった事件の取調べ過程を細かに分析し,「自分に不利なうそ」をつくに至る心のメカニズムを検証する』


さらにちなみに、この本も、同じく法律入門のカテゴリーで、現在、第8位。

●『特捜検察の闇』(文春文庫/魚住 昭著)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4167656655/
『〜出版社/著者からの内容紹介〜
正義って何や? 検察だけが正義か?
東京地検特捜部。住管機構。二つの絶対正義と対峙した二人の異色派弁護士。検察の”裏金疑惑”を描く新章「内部告発」を追加! 』


なんだか、ライブドア事件で逮捕されてしまった方々の、現在の精神状態が心配になってきますね、ふむ。。参考までにこのニュース(↓)をぜひに。。


★[ライブドア]「今考えると違法かも」逮捕の中村執行役供述
http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__1665342/detail?rd
『(略)同社執行役で金融子会社「ライブドアファイナンス」の社長を兼ねる中村長也容疑者(38)が、東京地検特捜部の調べに「当時は違法と思わなかったが、今言われてみると違法かもしれない」と供述していることが分かった。(…以下略)』

2006年01月21日(土)
今、ライブドアについて個人的に思うこと色々。


以下、とりとめもなく思うことを色々と文章化。


まず「ライブドア」という文字を目にすると条件反射的にクリックしたくなってしまうここ数日であることは間違いありませんなぁ、ふむ。

というか、昨年末の日記にも書いたとおり、“去年末まで”私はライブドアの株主だったのですが(→年末に売りました、はい。)、まさかこんなに早く崩壊するとは思っておりませんでした、はい。。


というか、なにせ私はオン・ザ・エッジの頃からライブドア社には(良い意味でも悪い意味でも)注目しておりましたし、「気づいていなかった」とか「そんなアクドイことをする会社だとは思っていませんでした」とか「堀江さん、サイテー、ヒドイw」などどいうような発言をする権利さえもありませぬ。ええ、認めます。こうなることは気づいておりました、はい。


というのも、決算書はもちろんのこと財務諸表も当然読んでおりましたし、また、松井道夫氏の発言「株価水準が利益からでは説明できないぐらい高い」「訳の分からない株式分割をする」「投資家心理を手玉に取っている」「市場を自分の財布のように考えている」(http://blog.livedoor.jp/toi/archives/7530607.html)というのも、当時から知っておりましたし、また納得してもおりました。


しかし、ライブドア株をここ2,3年以内に購入し始めたばかりの個人投資家様方の半分以上は「気づいていなかった」と思うのです。堀江氏のメディア戦略に乗せられて株を買ってしまった彼らこそが「被害者」なのかもしれません。。


が、悲しいことに、市場の世界は「自己責任」の世界なのです。。普通に生きている人のメンタリティではダメなのです。自分の認知フレームを適正な水準に保つことから始めなくてはならないのです。なのに、この前の総会の時にしみじみ感じたのですが、彼らは「感情」によって「買っている」のです、株を。「相場の心」を読む、のではなく、「自分の心」のままに買っている方が多いのです。信じられないことに、事実、そうなのです。。


そもそも、ライブドアという会社はファイナンス的手法を多用することで成長してきた会社だということはみんな知っていたはずですし、ライブドア=事業規模拡大志向の企業であることもみんな知っていたはずなのに、です。(だからこそ、個人投資家の多くからは「投機的銘柄と認識されていた」のである。)


というか、堀江社長は近年、テレビに出たり選挙に出たりと(悪いことしてきた割に)「調子に乗りすぎ」でしたよね。。しかし、もしかするとですが、社長自身は「調子に乗りすぎ」な自分自身に気づいていなかったかもしれませんよなぁ。。


気づいてなかったとしても何も不思議はありませんよなぁ、、。おそらく堀江社長の周囲におります方々は、彼が“気づかないように”細心の注意を払って、堀江さんを「調子に乗せていた」のかもしれませんよね。。「側近ほど恐ろしいものはない」ということを、彼は忘れていたのかもしれません。



あ、そういえば、堀江さんの名言「金で買えないものはない」は賛否両論でしたね。。しかこの言葉を真とすると、今回は雲行きが怪しいかもしれませんね。。でもまぁ、今回の件は「金で買える程度の」弁護士の顔を拝見できる貴重なチャンスなのかもしれませんし、この事件は今後こそが興味深いです。


★今日の名言★

『人生には何千もの小さな分かれ道がある。
そして非常に大きな分かれ道もいくつかある。
そのときにこそ真実が明らかになる。』
(L・アイアコッカ)



2006年01月16日(月)
「彼女」を見ていて思うこと。



「彼女」の日記を読み始めてから、少なくとも2年は経過している。読み始めたきっかけもよく覚えていないし、「彼女」は特殊な職業に就いているわけでもなく普通の会社員(とその人の日記には書かれているのでそのまま信じることとしませうw)である。


書かれている内容も「恋愛」や「仕事」についてである。「恋愛」や「仕事」について書くなんて有り触れている、のは事実なんだけれど、それでもその人にとっては「それがすべて」であっても決しておかしくはないし、むしろ、「それがすべて」であり「それがすべてである自分自身に満足している」と「彼女」が思えているのならば、何も問題なんて起きないはずなのである(と、一読者の私は思う。)。


というか、とにかく、私は週に1回くらいのペースで、ここ2年間は「彼女」の日記を読み続けてきたのである。で、ここ1年くらいの間に、あるパターンに気づいたのであった。パターンというのは、「彼女」の内面を“必ず”乱れさせてしまうだろうある種の出来事と、その種の出来事を“呼び寄せてしまう”「彼女」自身の思考そのものの乱れ、いわゆる「認知の歪み」のことである。


「彼女」に独特の「認知の歪み」は、「彼女」の内面に起こる周期的な波のようなものであり、もしもそのまま波に飲まれてしまうとすると、「前回みたいに悲しい結末になってしまうかもーーーーー、ああ、や・め・と・け!ってw」と思わずにはいられない。。(でも連絡手段が全く記載されていないので「や・め・と・け!」信号を送るのも不可能でありまする。。)


というか、人のことを観察し、書いてきてしみじみと思ったのですが、もしも私の日記を長年読み、私という人の「認知の歪み」もしくは「思考のクセ」を発見してしまった方がおりましたら、ぜひ私の歪みを教えてくださいませ、自分を知るのって楽しいので(笑)♪

2006年01月14日(土)
『思考と行動における言語』



雨が降っている。こういう日は外にはなるべく出ずに、なるべく有意義なことをしたいものである。なので、彼と話し合いの末、今日は出かけずに読書日となった。というか、読み始めた『思考と行動における言語』が、ひじょーーーーーーにおもしろい♪


ずっと不思議に思っていたことの答えがきちんと書いてあって、なおかつ、名言も満載で、私がたまに使用する「低脳」という単語を著者も文中で使用していて、「あ、この人、昔の人なのに通じるものあるなw」と妙な親近感を覚えたりした(笑)。


ということで、以下、『思考と行動における言語』より、とりあえず1箇所だけ引用し、短くほざき。


自分で気づいているかいないかはともかく、ミッツ氏は、聞いたり話したりするコドバによって、四六時中影響を受けているだけでなく、“言語についての無意識の仮想"からも影響を受けている。

たとえば、彼がアルバートという名前が好きで、その名を子供につけたいとは思うのだが、前に知っていたアルバートという男が自殺したので縁起をかついでそれを避けているという時には、彼が自分で気がついているかいないかは別として、言語と現実との関係についてある仮想を持って事を行っているのだ。

このよう無意識の仮想は、コトバが彼に及ぼす影響を決定する、そしてその影響は良かれ悪しかれ、彼の行動を決めてしまう。コトバは彼の使い方と他の人が話した時の受け取り方で、彼の信念・先入観・理想・抱負を大体において形作る。それらは彼の生活する道徳的・知的雰囲気を構成する、すなわち、彼の “意味論的環境”を。
『思考と行動における言語』.p19より。



ちなみに私は、上でいうところの、自分自身が持つ“言語についての無意識の仮想"と自分自身の言動が醸し出す“意味論的環境”をある程度自覚しているし、自覚した上でこうして日記を公開しているワケである。で、実験的楽しみとして、それが他の人にとって「どう見えているのか?」を観察するのが好きなのである。

短くいえば、分析された自分を分析し、と同時に、私を分析することでその人の中で何らかの内在的判断を下したであろう分析者を分析することが、好きなのである、うふw

(★観察の例:たとえば、私が「短小」「低脳」という言葉を“書いた”り“発した”りする時、読み手&聞き手はそれを“どう解釈しどう感じどう反応するのか?”。その人の“解釈”または返答・反応を含む“行動”を観察すればその人の“意味論的環境”もよくわかるものである。)

注:主に自分が他者からどのような人であるとみなされているのか、また、どのような記号によって私はそうみなされているのか、を分析しているだけであって、常に“人様の文章を分析しているわけではない”ので、みなさん、文体とか内容とか変えない手くださいませw

ということで、そろそろ次の本に取り掛かるので、中途半端だけどこれにて勝手に終了。。

思考と行動における言語
思考と行動における言語S.I.ハヤカワ

岩波書店 1985-02
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star意味と論理とはどういうものかを説く歴史的名著
star思考する力のために
star牡牛のベッシー

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2006年01月12日(木)
“シンプルライフ”の光と影。



ここ2、3日で、恋人サマから借りていた以下の2冊を読んだ。
★『猫の紳士の物語』メイ サートン (著)
★『シンプルライフ・シンプルラブ―あくせくする人生から、愛する人との時間を大切にする人生へ』ジャネット・ルーアズ (著)



ちなみに、彼はいわゆる「猫文学」が好きみたいで趣味でよく読んでいるのである。で、私が愛読しておりますメイ・サートンという作家(いわゆる"solitude"=積極的な意味での心地よい孤独、に興味がある方にはオススメです、はいw)の作品にも「猫文学」である『猫の紳士の物語』があったのを発見したらしく、貸してくれたのであった。


で、詳しくはまたあとで書くかもしれないけど、ちと感想。
「猫文学」というものは初めて読んだのだが(というのも、猫よりもどっちかというと犬が好きなので。)これはけっこういけるかも(笑)。

読んでいるうちに、どうして私が猫似だと言われているのがよくわかったし、まるで自分の行動を第三者の目で観察しているような、不思議な感覚になりましたです、はい。。


一方、『シンプルライフ・シンプルラブ―あくせくする人生から、愛する人との時間を大切にする人生へ』のほうは、かなりの良書でありました。


というのも、いわゆる「シンプルライフ」について書かれた書籍は数多くあるけれど、この本は、“個人にとっての”シンプルライフだけではなく、パートナーとの暮らし&コミュニケーションの仕方を含めた上での“複数の人間にとって”のシンプルライフについても事例を交えて詳細に記述しているので。


というか、「シンプルライフ」という言葉って、現在世の中に溢れ返っているけれど、この本を読んで「シンプル」って奥深いなぁ〜と思いましたわ。。


だって、何よりもまず「シンプルライフ」の“定義”は“自分たち”でしなくちゃ意味はないのである。メディアから提示された「シンプルライフ」のイメージを、そのまま信じて目指すことは、結局のところ、「シンプルライフ」という言葉に飲み込まれているだけなのである。


これは、良く言えば“素直”、悪く言えば“騙されやすい”人たちを躍らせ陥らせ、搾取するための資本主義的な罠である。

言ってしまえば、「シンプルライフ」という言葉は、平民から資本家へと富を移転させるのに都合の良い道具へと成り下がっているのが現状である。(→「シンプルライフ」を流行させて誰が儲かるのか?を考えればよいのである。一例を挙げると、物産と雑誌ソトコトはLOHASで儲かっておりまする。)


というような、根本的なところを深く考えさせてくれる本が本書であり、表紙や文体は大人しめではあるけど、全体としてのメッセージや考察はかなりの勢いでリアルだし実行可能な方法まで書いてあるし、これは「力がある本」だなぁと思いましたです、はい。


ということで、この本は非常にオススメ♪
現在アマゾンのユーズドで、300円で売っております、興味のある方はぜひお買い上げを(笑)♪

シンプルライフ・シンプルラブ―あくせくする人生から、愛する人との時間を大切にする人生へ
シンプルライフ・シンプルラブ―あくせくする人生から、愛する人との時間を大切にする人生へジャネット ルーアズ Janet Luhrs ヒューイ 陽子

おすすめ平均
starsなるほど!
stars物質的充実か、精神的充実か。
stars新しい結婚観

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2006年01月11日(水)
世にも美しい声質。



以下、ほざき日記。

当然のことではあるけれど、思考で超えられる部分と、それだけでは超えられない部分がある、というのが世の常でありますです。

なんだけど、そういうような当然のことを、久々にさっきCraig DavidのStory Goesを聞き終えた時にマジメに思った〜。で、やはり、(クラシックやジャズなども聴くには聴くけど)私はこっち系の人間なんだろうなぁ、結局はそうなんだろうなぁと思ったりした。。

しかし、身体は正直なものですねえ。彼の音は昔と同じように私を疼かせたのであった。何度聞いても、やはり、セクシーかつ上品なんですよなぁ、もはや“エレガント”と言ってしまってもいいやもしれん。世にも美しい音の前では、思考の力など無力なのである。

(注:ここで“エレガント”とは「優雅な、上品な、洗練された、気品のある、素晴らしい、的確な、簡潔な」という意味であり、日本の女性誌的な安っぽいそれ、とは微妙に異なる概念である。“エレガント”の的確な意味を知りたければ、雑誌などではなく『エレガントな宇宙―超ひも理論がすべてを解明する』を読んだほうが役にたつ。)


とかいいつつ、音楽ってそれ自体が、心地よさを人間に“感じさせる”ための思考と技術の集大成ともいえるので、「思考は無力」を正確に言うとすれば、「あなたの思考に私は負けました、あなたの思考はすばらしく私の思考は下らないです」になるのであるが。。要するに、ロマンは常にテクノロジーに支えられているのであーる。

というか、Craig Davidを聞いていたら、身近で美声を聞きたくなってしまい、恋人サマに今日も家に来るように依頼したのであった。(なので、ごはんを用意しなければならないので手間がかかるが、でもまあ、やはり、恋人は美声の持ち主に限りますよね、ふむ♪)

Story Goes
Story GoesCraig David

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2006年01月10日(火)
孤独を愛する動物。



今さっきメールチェックをしたら、彼からURL付きのメールが届いておりました。で、「なお。さんのことが書いてあったので送ってみました。やはりなお。さんはターシャ(注;彼が子供の頃に飼っていた猫の名前。)似です。読んでみなさいな(笑)」と書いてあったので読んでみたのでありました。で、「なるほどなw」と思った。。確かに、こういう解釈でいくと私は「猫」似である。


まず、教えてもらったURLから少々引用。

★にゃんこはツンデレ!! −猫と女性と愛の真実−
http://d.hatena.ne.jp/kagami/20051210#p1

『犬と人間の関係は主従関係に似ていて、犬は飼い主に従う性質を持っています。が、猫と主従関係を持とうとしても受け入れられません。

なぜなら、猫は自分を独立した存在として受け入れて欲しいと思っているからです。「あなたはあなたで、私は私」とお互いを尊重しあうのが好きなのです。

「従わないし、依存もしない。だから自由にさせて」という猫。
彼らは独立心が強くて、孤独を愛する動物なのです。
その本音を理解してあげましょう。(石田卓夫「ねこのお医者さん」)』

私は確実に断言する。猫はツンデレたん!!
猫の場合は、犬のように飼い主にはずっと甘えるということがなくて、いつもはツンツンして、ツンツンしている時は、全然飼い主のことなんか気に掛けないで勝手に振舞ってるけど、突然デレデレ甘えてくるみたいな…。

(略)私は犬も好きですし、貞節で忠義を尽くしてくれる人間の女性も好きですけど、やっぱり、一番好きなのは、気まぐれで独立心旺盛なタイプ、猫たんと、そして猫タイプの女性が一番好きだなあと、猫飼ってて再確認しましたね…。


そして「俺は猫の生態を理解しているので大丈夫です、小学生の頃から飼ってたのでw」という言葉で、彼からのメールは閉められていたのでありました。ふむ。。

という日記を書いたら、早々と知人のYサマから、
"「ツンデレ」は良いことだ。忠実な女を好む男にろくな男はいないではないか(苦笑)”というご意見を頂きました。確かにそれは一理あるかもね、あは(笑)

2006年01月09日(月)
タントラと性交渉と身体の宇宙性。



以下、タントラについてメモしてほざき。

あ、ちと最初に注記しておきますと、タントラというのはいわゆる性行為によって「エネルギーの質的転換」を起こし、「身体の宇宙性」を感じるという思想です、はい。ウィキペディア(Wikipedia)での定義はこちら。

よって、引用後のほざきには、ある種の方々からみると“下品”と思われる箇所もあるかと思いますが、まぁ、個人的な日記でのほざきだから許してね、ってことで(苦笑)。

タントラについての補足【美しさの中を歩め--Spirit, Soul & Body】より以下引用。


(略)つまり私の中では「生活の質的向上」と「エネルギーの質的転換」は対立概念ではない。どちらかを選べ、ということではない。だって、そもそも性的ヨーガ自体が、性行為自体において「エネルギーを質的転換」を成功させようというものなのだから。

要するに、「性的ヨーガによるエネルギーの質的転換」と「禁欲と非・性的なヨーガによるエネルギーの質的転換」の二通りの方法がある、ということ。そのどちらも「生活の質的向上」が結果として得られる。だって、もし生きているということ自体の価値を高めるためにこそ、修行もあるのであって、決して修行というのは生きることの喜びに背を向けることではない。


(略)現代の性的ヨーガがあるとすれば、それは、パートナー間の性生活を高めるという方向でしかありえない、というのが私の考え。またこれは強調するが、そういうことが「性生活の質的向上」になるのは、そこに実際の「エネルギー転換」が起こるからこそであって、それがここでいう質的向上そのものなのだ、ということ。つまり、「身体の宇宙性」を実感することがすなわち質的向上そのものだ、と言いたいのである。


以上タントラについての補足【美しさの中を歩め--Spirit, Soul & Body】より引用。



まず、「現代の性的ヨーガ」なるものがあると仮定すれば、それってつまりは“パートナー間の性生活を高めるという方向でしかありえない”ってのは、まったくもって現実的な考えだと思うし、個人的にも同感である。(→一般的に考えてもわかるとおり、複数の相手と性交渉をすればそれだけ「病気」のリスクも高まる。それに、複数の相手と性交渉をしたからといって「性生活の質的向上」が得られるかはかなり怪しいし、また「エネルギー転換」が起こるとも限らない。)


で、方法としては“「性的ヨーガによるエネルギーの質的転換」と「禁欲と非・性的なヨーガによるエネルギーの質的転換」の二通り”があるワケである。


というか、昔から非常に非常に不思議でたまらないのであるが、たまに(いや、ごく頻繁に、と言ってしまっても良いかもしれない頻度で)現在のパートナーとの性生活に「満足していない」にも関わらず、「でも、良い人だから」という理由でその相手と付き合い続けていて、なおかつセックスし続けている女性(いや男性も居るには居るのだが、圧倒的に女性が多いと私は感じる。)に出会うのであるが、あれって一体何なんだろうなぁ、と。。


そういう方々というのは上の引用で言うところの、「性的ヨーガによるエネルギーの質的転換」にも当てはまらないし、かといって「禁欲と非・性的なヨーガによるエネルギーの質的転換」にも当てはまっていないように見えるのである。



というか、あんまり長くなるのも何なので、非常に凝縮して書いてしまうと、そういう方々って、私から見ると、パートナーシップにおいて「身体感覚」と「精神性」なるものが「完全に分離している」人たち、というように見えるのである。何だかすごーーーーく不思議な感じがするのである。


なんていうのかなぁ、ふむ。話を聞いていると、「貞操観念」という建前によって、満足していない性生活を正当化し、目の前のに実在している相手、ではなく、自分の頭の中に存在している「ファンタジーとしての相手」とセックスしているような感じを受けるというか何と言うか。


というのも、性別問わず、ある種の人たちならすんなりわかっていただけると思うのであるが、「身体感覚」の共有なくして「精神性」の共有ってあり得ないし、「身体感覚」抜きで「恋愛」関係って成立しないよねえ。。


ってことは、この場合、「身体感覚」と「精神性」が「分離」している、その「分離」の大きさを(主に女性側が)「演技」でごまかしているのかもしれず、これを経済学的見地から言い換えると、(主に女性側が)提供する「演技」というサービスに対して(主に男性側が)経済的価値(お金や物など)を支払うことで、外形上は性行為に見える性行為が成り立っている(でも内面的・精神的には少なくともどちらか一方が満足していない)、ってことになるのかもしれないけど、こういう解釈って、血が通ってないので一般受けはしないのであるが。。。


というか、ここでいう「身体感覚」とは、作家の山田詠美氏の金言、「始まりは肉体である。なりゆきは、心である」における「肉体」と同じ意味である。


要するに、人は、相手の姿を「見る」、匂いを「嗅ぐ」、雰囲気&オーラを「感じる」など、五感で相手の「身体」が“存在している”ことを知覚することからしか、いわゆる「恋」はできないのである。(注;そもそも、生物学的に言ってしまえば、恋とは「性欲の表れ」であり、恋人同士というのは「発情し合っている者同士」のことであるよ。)


というか、わけのわからないことをほざいてしまったけど。
結局、私は、「精神性」を過剰に重視することが究極の愛や恋愛であると勘違いしている種の人たちが苦手なのかもしれず。。だって、なんだか、「精神性」とか「スピリチュアル」とか「でも良い人だから」とか「相手の性格がうんぬん」とか言ってる人たちって、言ってることと裏腹に、すごーーーく「スピリチュアル」から遠い気がするんだよねぇ。。


それに、一般的に言っても、身体と心が「分離」しているのって、病気になりやすい状態だなワケですし、「精神性」とか「スピリチュアル」とか「でも良い人だから」とか「相手の性格がうんぬん」とか言いながら満足していない相手と性交渉するのって、すごくあなた自身の身体と心を蝕む行為なのかもしれないし、話をしてくれた欲求不満の友人へは「もっと自分を大事にしたほうが良いんじゃないのかねぇ〜」とだけ告げたのであった。(意味もなく長くなってきたので無理やり終了。。)

2006年01月07日(土)
“恋愛”そして“イメージ”の差異。


以下、昨日思ったことをダラダラと日記化。(よって、まとまりのない文章になること確実。。)


昨夜、恋人サマと彼の友達2名と一緒にごはんを食べに行った時、彼の友人Y氏に「なんで君らはそんなにうまくいってるのかねえ、それが不思議だー」と、すごく不思議そうに言われ、その流れでY氏の恋愛相談へと流れ、よくわからないうちに、恋愛についてアドバイスする役割を担わされそうになって焦った。。(注;確かにうまくいっておりますが、たまにケンカもしておりますです。なので、うまくいくための「ケンカのコツ」だけ話しておきました、はい。。)


というか、私は、基本的に、人の恋愛にアドバイスをするのは苦手なんですよなぁ、ふむ。。自分でも不親切だとは思うのであるが、適当なことを言って妙にこじらせるのも罪深い行為だとも思うし、相手の話を聞いているうちに相手の内に潜む問題点に気づいたとしても、それを相手に告げたところで何も変わらないようにも思うし。(だって、一般的に考えても、部外者である私が何か言ったところで、当事者間に影響を与えるほどの効果はない可能性は高いでありましょう。)


そりゃ、関係を上手くいかせるための方法やテクニックや原則というのは世の中に存在している(→だって、なんやかんや言って、みんな「人間」という動物なのだから共通性は多いわけである。)けれど、そもそも、「恋愛」と一口に言っても、人によって結びつき方や共有している価値観も違うワケなのである。

よって、「恋愛」という二文字が想起させるイメージって人それぞれ違っていて当然だし幾通りもあるワケで、結局のところ、答えは「禅の実践」だということになってしまう。。(注;あくまで私の考えでは。。)

要するに、その人“個人の”「恋愛」という概念に対するイメージと、現実の“二人の”「恋愛」が乖離しているというのが不満が出てくる根本的原因なのではないかと思ったり。(→なので、大きく二つに分けるとすれば、共有できるイメージを持つか、もしくは、「禅」的な方法を用いる、要するにイメージするのは止めて目の前の相手の特徴をよく観察し合う、という方向性があるのかもな、と思ったりもしたんだけど、断定できないので()で括りつつ終了。。)

2006年01月05日(木)
「遊び」における神聖な真面目さ。


この前、『ホモ・ルーデヒンス』(ホイジンガ著)を再読していたら、恋人サマへ贈りたい文を発見♪今年も神聖な真面目さの中で遊びましょう、その方が楽しいし♪ということで、以下、年末にプレゼントしてくれた『海からの贈りもの』と"The Sea Around Us"のお返しに、恋人サマに捧げまする。


(略)遊び―真面目という対照関係は、いつも流動的である。遊びの劣等性は、それに対応する真面目の優越性と絶えず境を接していて、遊びは真面目に転換し、真面目は遊びに変化する。遊びが真面目を俗界に置き去りにして、美と聖のはるかな高みに翔けのぼってゆくことさえあり得ないわけではない。

(略)子供は完全な真面目さ(これを神聖な真面目さ、と言っても少しも間違いではないが)の中で遊んでいる。(略)人間は子供のうちは楽しみのために遊び、真面目な人生の中に立てば、休養、レクリエーションのために遊ぶ。しかし、それよりもっと高いところで遊ぶこともできるのだ。

(略)もう一度強調しておきたいのは、本当の、自発的な遊びの心でさえも、深い真面目さの中に沈潜したものでありうるという、そのことである。遊んでいる人は、その全身全霊をそこに捧げる。

『ホモ・ルーデヒンス』(ホイジンガ著)、31−58pより引用。


《注》ちなみに、著者のホイジンガ自身は、本書のなかで、恋愛や愛情関係は「遊び」ではないという立場を採用しているのですが、これは勝手に推測するに当時の社会の風潮や、宗教的論争を避ける意味合いがあったのかもしれませんです、はい。

というか、現代でさえも、恋愛や愛情関係は「真面目」であることが良しとされている風潮もあるのですが、皆様もよくご存知の通り、「真面目」を強調しすぎるのもまた心象的に不自由だというのも事実ですよね、ふむ。。

そしてまた上の引用にあるとおり、「遊び―真面目という対照関係は、いつも流動的である」も事実であるワケです、はい。

ということで、私は、「流動的な心」というモノを前提とした上で、“現代の”恋愛や愛情関係においては、ホイジンガ自身が記している通り「本当の、自発的な遊びの心でさえも、深い真面目さの中に沈潜したものでありうるという、そのことである。遊んでいる人は、その全身全霊をそこに捧げる」という心の置き方は、人間関係にも当てはまるように思った、ワケなのであるよ。

まぁ、私自身がしんみりした人間関係を好まないというのもあるけど、要するに、思いっきり遊んでいる瞬間って、実はすごく真面目だってことだと思うのである。

というか、この本は文庫でなおかつ名著なので、私のくだらない解釈読むよりは、「遊び」というものを一度深く考えてみたいのならばこの本自体を読むことをオススメします、はい(苦笑)♪

★画像はDALIのUntitled (Landscape with Butterflies), circa, 1956
http://dali.karelia.ru/html/dali.htm

2006年01月03日(火)
謹賀新年&今年の目標♪


明けましておめでとうございます♪
というか、いきなりではありますが、以下今年の目標。

業務的な目標は、当然のコトではあるのですが「内部の部外者に徹する♪」です。それとライフワーク分野の目標はこれ♪

★お金のいらない国2〜結婚って?家族って?〜
http://www2u.biglobe.ne.jp/~nagaryu/okanenoiranaikuni2.html

「お金」というモノがなかったとしたら、今現在の社会はどのような社会なのか?を考えることによって、「お金」という資本主義的な価値尺度の意味を明らかにする。


一方、プライベートでの大目標は以下。

『完全納得できるライフスタイルを実現するために、実際に色々なことを試しながら、自分なりの“完全納得できるライフスタイル”の定義を、しっかりとしたものへと再構築する♪』

なぜに「完全納得」にこだわるかというと、

「スピードより方向が大切だ」(リチャード・L・エヴァンス)だからw


で、上記3つの大目標を達成するための前提となる小目標としては、

�_燭呂箸發△譟峽鮃�」あってこその人生&将来なので、昨年に引き続き「メンタルタフネス」の強化に努めつつ、「玄米菜食」「呼吸法」を生活に取り入れる♪(→これは実は年末から既に始めているので、継続するのが目標。)

��納得できるライフスタイル実現のため、小さなことから大きなことまで、「いいな」「試してみたいな」と思った物事はとりあえず試してみる♪


�5せ�ち良い人たちと出会い付き合う。心地よく刺激的な人間関係に恵まるよう、自分を磨く♪

�て表颪良�を広げる♪(オススメがあればぜひとも教えてくださいw。分野は問いませんww)


というか、みなさまにとって実り多き楽しい1年になることを心より願っておりますです。今年も無駄なほざき(無駄吠え、とも言う。。)が多いかと思いますが、ぜひともよろしくお願いいたしますw


★お知らせ★
このページ上部には、密かに「名言」が書いてあるのですが、新年ですしそれをちと変えてみました。で、ちと引用が長くなりすぎたので短く凝縮してしまったのですが、「実際の引用はこれですw」ということで以下、より正確な引用をお知らせ♪


「わたしたちの暮らしはいま、ウィリアム・ジェームズがドイツ語で言ったところのシュリッセンハイト(細かく引き裂かれた状態)にしだいに近づいている。

女はこのままでは、粉々にされてしまう。それゆえにわたしたちは、ひとりの時間を求めなければならない。ひとりで静かに過ごす時間。ゆっくりと考える時間。祈りの時間。自分を自分の内部に向かわせて、わたしたちを分断しようとする各種の遠心的な力に抵抗しなくてはならない」

(アン・モロウ・リンドバーグ『海からの贈りもの』)
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