戯言、もしくは、悪あがき。
散る散るミチル
ミチルは果てた
充電切れたら
今夜も寝逃げ

2004年12月30日(木) 晴れた朝を連れていく

一日たって、ずいぶんと落ち着いています。
昨日の日記で心配かけてしまったらごめんなさい。
ただ自分のために書いておきたかったから。

年末年始だったことが、かえって予定をゆったりしたものにしてくれて、
いまは、妹とべたべたしています。
ひさしぶりに横に並んで寝たり。
とても穏やか。

わたしたちはやはり、独立した一本の線と線ではなくて、
ところどころ絡み合って、入り組んでいるんだと思った。
それはとても大変なことで、とても嬉しくてあたたかいことだった。

昨日の雪が嘘みたい。
でも嘘じゃなかった。
ぜんぶ嘘じゃなかった。
覚えていることも、覚えていないことも。

あした、今年が終わるんだなあ。
いろんなことがあったけれど、
悪い年だったとは、到底、言えないよ。
大切な年でした。とても。



2004年12月29日(水) 降りそぼる雪の坂みちを

父が亡くなった。
最初の入院からたったの1年半だった。
今日の午前2時に死亡の確認をして、遺体を引き取って、
葬儀場の一室に寝かせてあげて、お線香を上げてうとうとして、
朝、買い物に外に出たら、雪が降っていた。
昨日までは雨さえほとんど降らなかったのに。
前が見えないほど降りしきっている雪と、そのしたの街を見ながら、父が降らせたんだなあと思った。
そうじゃなかったら、空もかなしんでくれているのかもしれないと思った。
誰も、それは、事故だったとは言わないけれど、たしかにもう治ることのない病気ではあったけれど、でも、自分を責めようと思えば、いくらでもできた。
でも、冷え切ってぴんとはりつめた空気と、雪に閉じ込められた静寂の中で、とても落ち着いて、父を見送ることができたような気がする。

あのひとは、最後まで、大黒柱だった。
家族の誰よりも痩せてしまっても、動くこともままならなくなっても、私たちの中心にいて、ずっと、励まし続けてくれていた。
誰よりも最初に病気を受け入れて、私たちの心配もひっくるめて、自分の身に背負ってしまった。

発病してから、前よりもずっと強く、父と、母と、このひとたちの娘でよかったと思った。
もうどこにもいない、触れることも、話すことも、見つめることもできないけれど、でも、やっぱり、いる。

もう一度山に行かせてあげたかった。
自分の足で坂道を登って、登って、その先に広がる青空と雲のなかで、思い切り深呼吸させてあげたかった。
それから、お土産話をいっぱい、聞かせてほしかった。

ひとの命って本当に、とても不思議だ。
とても儚くて、とても強くて、つづいていく。

どうか安らかに眠ってください。
いつかもう一度出会えたときに、胸を張って笑えるように、わたしはわたしにできることを、せいいっぱい、やるだけだ。
おやすみなさい。ありがとう。


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